| 2011/10/16 | ||||
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■北海道の思い出 お客様のSさんにお会いしに北海道に行ってきました。 近代化が進む札幌市や、昔の町並が色濃く残る小樽市などに足を運び、北海道の建築を見てきました。札幌や小樽の都市部はオフィスビルを中心とした近代ビルの林立する街の中に、ぽつぽつと明治時代の、装飾の施された歴史の重みを感じる建築が建っています。発展する街に 残されるその姿が、北海道の歴史をより際立たせているといった感じです。 北海道の発展は、明治維新後に北海道開拓使(北海道の中央官庁)が設置される事から始まります。鉄道の開発や、ビールを中心とした農産加工や木工、鉄工などの産業を官営で行い、近代化を急ピッチで進めました。(ちなみにサッポロビールの星マークは、開拓使を表すシンボルから取ったとのことです。) その頃の建築はというと近代化=西欧化という流れがあったようで、実際のモデルはその時代の歴史主義建築でした。簡単に言うと西洋の過去の様式美を取り入れた建築です。 特にその中でも印象に残ったのが 日本郵船株式会社の小樽支店です。 札幌が北海道の都市機能が移転される前に、小樽は北海道開拓の拠点だったそうです。海に隣接する当時の小樽は商業港湾機能を充実しつつあり、港には石造りの倉庫が多く建てられました。その中で日本郵船は小樽の産業を支える中心として設置されたのだと思います。 設計は佐立七次郎で、東京駅を設計した辰野金吾ととともに明治時代に活躍した建築家です。 建物はルネサンス様式、石造りの重厚な建築です。細部に装飾が施され、内装の豪華さは 小樽発展の拠点とすべくこの建物を造った開拓使の心意気が伺えます。一見の価値ありです。 今回、建築や自然に触れながら、北海道の歴史を伺い知るという贅沢な時間を過ごせました。 限られた時間の中だったため、広大な北海道の一部を見ることしかできませんでしたが
ぜひとも今度は時間をとって、都心では見られない風景に出会ってみたいと思います。
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2011/9/30
■芹沢_介の家
もともとの家のしつらえは簡素ですが、芹沢の手によってリノベーションされています。
佐野 |
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2011/6/27
■牧野さんのこと
東京都練馬区にある牧野記念庭園に行ってきました。 都内に出た際に、時々フラ〜っと寄ります。 園内は300種あまりの植物、高さのある木々に囲まれ、薄明るくて静かです。
展示中の牧野さんの言葉に「跋渉(ばっしょう)の労を厭わない」というのがありました。 ただ、そこに写っている牧野さんの顔はいつもニコニコしています。 ここまで気持ちよく笑っているって、なんなんだろう。 植物の美しさ、豊かさ、おもしろさ、ありがたさ、それらを楽しんでいるのでしょうか。 牧野博士の独特のユーモラスな雰囲気が好きです。
展示室の設計は建築家・内藤廣。 建築は伸びやかでおおらかでありながら、チャラついていません。 高知県にある本館もすばらしい建物です。
佐野 |
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2011/5/25 | |||
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■基本設計
北区で計画中の住宅の基本設計を行なっています。 この計画では、現在客間として使っている築80年近い歴史がある和室部分を居間として保存し、新築する母屋のほうにダイニングキッチン、水周りとそれぞれの個室を作る予定です。そんな2つの箱がうまれる、この住宅ならではの魅力的な生活ができるようなプランを検討しています。 模型製作をしていますが、2つの箱がそれぞれの特徴を生かしながら、保存する居間部分と新築するダイニングキッチンが一つの空間のように繋がりある場ができ、この計画ならではのプランが出来たと思います。
鈴木 |
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| 保存する和室 | ||||
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2011/5/24 | |||
| ■街の力
GW、旅行に出かける。旅行の予定は、香川の友人と会って、丸亀、直島、金比羅をめぐること。東京から向かう途中に岡山を通るので、少し回り道になるが倉敷に寄る 見所はなんといっても、美観地区の、白壁が続くレトロな街並みだろう。駅前の近代的な街並みが続く目貫通りから一本路地を入ると、周りの土地の文脈から切り離された蔵造りの商店街が現れる。江戸時代からのこの地区は商店が居並んでおり、中身は変わりながら、町のハードはそのまま大事に使われてきているようだ。(商店は観光に特化したものでなくて、飲食店や、衣料品店、など形態は様々なものだった) GWということもあり、観光目的らしき人たちで街に賑わいがあり、この街並みが今と変わらず保存され続ければ街の活気も衰えることはないのだろう。 旅行に行くといつも感じることがあって、倉敷にしろ、川越、京都にしろ歴史を観光資源とした街にこぞって人が集まるのか。きっと日常とは切り離されたレトロな雰囲気に惹かれそこに足を運びたいと思うのだろう。 ただ僕が不思議に思うのは、この根源的な欲求とは切り離された心の揺らぎが何に引起されるかだ。 観光地は、突き詰めればこの心の揺らぎによって維持され続けるわけだから、揺らぎを起こす原因を考えれば街を動かす原動力が実体として見えてくるはずだと思う。
国民が一丸となって、豊かさを未来のビジョンとして思い描くわけだから、物質的にも、精神的にも画一化が、経済の成長と共に進んでいく。空っぽの豊かさの箱はものすごいスピードでいつの間にが満たされ、そこからあふれ出た。満たされる前は上向きの一方方向の豊かさのベクトルが、箱からあふれ出ることで四方八方に散らばった。高度経済成長の囲われた豊かさが終わったときだ。 物的に十分に満たされた日本人が次に求めたのは精神の豊かさだ。 ものの資本主義の殻を破って、思いの資本主義が生まれたのだ、主要な売り物が気分になるのだ。 募る思いは天井知らず。差異がなくなれば、そこにまた差異をつくればよい。 最初に話に出た心の揺らぎは、気分が永遠と市場にあふれ出る、思いの資本主義によって造られているのだ。文明の進歩は、差異の輪郭をよりはっきりさせるだろう。歴史をもつ街のエネルギーは時間の流れと共にいつまでも耐えることはないのだ。
岸田 壮史 |
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倉敷の街並み |
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2011/5/23 | |||
| ■震災後に思うこと
停電や放射能に恐れおののくことなく、日々の業務が進んで行きます。 地震発生の2週間後、事務所の有志と共に現地でのボランティア活動に参加しました。 私達が向かった宮城県亘理町は都市部から離れ、津波の被害にあった地域であり、支援ボランティア組織の手もまだまだ行き届いていない状況でした。 10人程度のチームが編成され、あるお宅のゴミや泥出しのお手伝いをすることになりました。海岸線から6〜7kmにあるそのお宅は、1.5mほど津波による浸水があり、庭や家の中一面に泥が5cmほど堆積していました。 各自、スコップや一輪車を使い、1日かけて手作業で泥を外に出していきます。 そのお宅から、更に海岸線に近づくと、そこはまさにTVで映されている光景が広がっていました。全壊した家々、横転した車やショベルカー、線路を塞ぐゴミの塊、なぎ倒されて流された防波林の松、散乱するゴミやヘドロなど・・・。 その被害が現在どのくらい改善されているのか。薄れていく視覚的な記憶と共に、時々ふと思い出す泥の感触があります。 私自身の微妙な変化として実感していることは、建築単体として家づくりに従事するだけでなく、少し範囲を広げた地域レベルでの活動に興味を持ちつつあるということです。 私達は、日々、忘れ、慣れ、生きています。 停電で本当に真っ暗になった街を歩いて帰ったこと。食料品や飲料水が店舗から一斉に消えたこと。被災地で見た惨状、瓦礫の埃、ヘドロの匂い。 今はそれが何よりも大切なのではないかと思っています。 佐野 |
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| 2011/1/8 | ||||
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■閑谷学校に行ってきました。 閑谷学校は岡山県の山間にある、江戸時代につくられた庶民教育のための学校です。 山道を徒歩でとぼとぼ50分程、トンネルを抜けると閑谷学校をぐるりと囲む石塀の脇に出ました。施設全体を囲む石塀は、山間を切り開いた高低差に沿って蛇行しています。 建物のメインは、生徒たちが儒教を学んでいた講堂です。備前焼の手法が使われたどっしりとした瓦屋根は、雨が入りやすい焼き物を瓦として使っているため、屋根下地の上に通気層を設け、また軒先には入ってきた水を抜くための穴を設けるなど、様々な工夫がされています。 しかし、一番驚いたのは現在においても黒光りしている床板です。磨きこまれた床板に座り、開口から光が注がれる床板を眺めていると、儒教の講義の前に、雑巾がけをしている学究の姿さえ浮かんでくるようです。 田村 |
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| 2010/12/24 | ||||
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■色、素材について 普段設計や現場管理をしていると白や木(木造が多いので)の素材感をそのまま生かした仕上げを多用する。 でも、たまには違うようなこともやってみたいという欲求にかられる。 そこで、頼りというか勇気をもらえるのがお客さんのイメージ像になる。1つの例を挙げると所沢のリフォームがある。 この家のお施主さんは、北欧に在住していた過去を持っていて、リフォームイメージとしてそのときに経験したようなものを教えてくれた。使った材料は普段ますいいで使用しているフッラトバーの手摺、パイン材の床にオスモ塗装などで、職人さんも普段と変わらない。記憶やイメージを頼りにする設計や現場は楽しいし、思いもよらない収穫がある。 中村 |
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2010/8/5 | |||
| ■マイルスデイビス
ニューオリンズで生まれてから100年余り、いまや多様なスタイルやジャンルに枝分かれし、 マイルスデイビスがジャズの歴史を作ったというよりも、ジャズのそのものといったほうが正しいと思える 1940年代にジャズの主流だったスタイル、ビバップ(ライブハウスなどでアドリブ主体で演奏するスタイル) さらに先駆的な活動を続け1950年代にはハードバップ、60年代モードジャズを完成させます。 ここからの活動がさらに面白く、多彩な楽器を使い、他ジャンルとの融合を試みます。 マイルスの名盤は、模索と進化の過程なのです。作り出した音楽はもとより, この稀有な存在こそジャズの歴史なのです。 岸田
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In A Silent Wayのジャケット写真 眼力が半端じゃない |
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| 2010/4/30 | ||||
| 光の渦 先日、建築家の伊東豊雄さんが設計された、座・高円寺を見に行きました。 座・高円寺は2008年に東京都杉並区に建設された、本格的な舞台芸術のための劇場です。 伊東さんは現代日本を代表する気鋭の建築家です。 階段は濃いえんじと白のコントラストが鮮やかです。 また、カフェは深海にたゆたうような…。 伊東さんは中世のテント小屋のイメージを持たれていたそうです。 伊東さんは60歳を過ぎられて、建築家としてますます円熟味を増しています。 建築家もここまで振り切れていると、快い笑いが腹の底からこみ上げて、清々しい気持ちで満たされました。 伊東さんはどこまでいくんだろう…。
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2010/3/30 | |||
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田村 |
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2010/3/2 | |||
| ■イージーライダー
冒頭でピーターフォンダ演じるキャプテンアメリカが
夢や現実を実直に描きながらもただひたすらにカッコいい。そんな映画が僕は好きだ。アメリカンニューシネマと、作品「イージーライダー」は映画史に残り続けるだろう。何度見てもその魅力は色褪せない。 岸田 |
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2010/2/9 |
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| 実験生活
私事で恐縮ですが、引越しを行いました。 女優の麻生久美子さんは引越しが趣味だそうで、「物が減って環境も新鮮になり、生活が軽くなります」と書かれていたのをどこかで読み、恥ずかしながら大いに共感してしまったのです。 この際、今までの生活の澱は思い切って処分しました。 今回の行動の一端は、私の過去の体験的な部分にも拠っています。 いつか再び、そう、いつか再びあのような空間に身を置きたいと思い続けてきました。 引越してみて、本を読む時間が増えました。 捨てることによって始まることもあると、最近は実感しています。 佐野 |
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| 旅先のラトゥーレット修道院 僧房内部 | ||||
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2010/1/5 |
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新年明けましておめでとうございます。 |
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写真:余部橋梁(左) 植村直己冒険館(右)
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| 2009/12/3 | ||||
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先日、ビートルズのオリジナルアルバムがすべてリマスターされました。 |
![]() 若き日のリンゴ・スター |
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| 2009/11/18 | ||||
| エジソンが好きだ
最近たて続けにエジソンの本を買った。 「発明は99%のパースピレーションと1%のインスピレーションである」 あまりに有名な言葉だ。 パースピレーションは試行錯誤のことだと思う。 発明のアイデアは、そのひたすらな試行錯誤の中から搾り出される様に、記憶や経験がない交ぜになって一瞬にして生まれるのだ。設計と似ているところがある。 エジソンは不撓不屈。 どんな時でも、どんな時でもポジティブマインド。 その溢れるバイタリティに憧れる。 佐野 |
![]() 徹夜明けのエジソン肖像 |
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| 2009/11/2 | ||||
| さいたま市北区の現場の足場がはずれました。 現場の管理をしていて、楽しみな瞬間がふたつあります。 ひとつは床などを保護している養生を撤去するときで、もうひとつは建物の外周部を囲む足場が取れるときです。 床の養生を撤去するときは、自分達で作業することや竣工前で今まで隠れていた内観の全体像が見えてくるということで、プレゼントのパッケージを開けるようなワクワク感と期待感があります。 一方、足場の解体は少し違った感傷にひたります。 現場での作業や職人さんと打合せなどをしていると、その囲いは現実の社会と現場を仕切る結界のように僕には思われます。その中と外では、時間の流れが全く違うように感じられるのです。住宅という小さい建築物ですが、そこには多くの職人さんの技術や時間がかけられ、様々なやりとりが存在しています。 そして足場をはずすときは結界が破られ、なんだかそんなやりとりまでが、現実の社会、人目にさらされるような感じがして、少し気恥ずかしい気分になります。 しかし、まるで以前からそこに存在していたかのようにどーんと建っている建物を見ていると、建てぬしだけではなく、地域の人たちにも愛されるような建物になればいいなーといつも思います。 田村 |
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| 2009/10/20 | ||||
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サッシについて
住宅設計をしながら常々感じているのですが、コストや施工性を考慮すると均質な工業製品を使うのはやむ得ないとしても、その中で、合理性とは別の、人の手の跡が感じられる工夫やデザインを何とか設計に盛り込めないかと、日々頭を悩ませています。 住宅の表情を一変させる部位としてサッシがあります。CGなどでスタディするとよくわかるのですが、サッシの種類を変える(たとえば木製からアルミサッシに変える)だけで奥行きがなく味気のないデザインになったり、かと思えば、見附の細いスチールサッシを使うだけで、風景と部屋内部に連続感が生まれ、面積以上の広がりが空間に生まれたりもします。 どうしてここまで、住宅の表情がサッシに支配されているのかと考えてみると、開口部の内外で住宅特有の 境界を作っているからだと思います。換気、採光などの住環境作り出す境界、プライバシーの高低を作り出す境界を作り出すなど、その境界があるからこそ住宅が住宅として定義されたり、機能するのであり、サッシはその重責を担っているのです。そしてその重責を私たちは無意識に感じ、注目するからそれがあたかも住宅の表情として捉えられているのだと思います。 |
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| 2009/10/8 | ||||
| 身辺雑記
帰郷した際についつい足を運んでしまう場所がある。 富士山本宮浅間大社だ。 浅間大社は浅間造と呼ばれる二層の楼閣建築。拝殿の後方上部に本殿がある。様式は流造り、総朱塗り、屋根は檜皮葺き。日本で唯一、二階に本殿がある神社建築とされている。 富士は不死、不二ともされ、古来より富士曼荼羅なども描かれ信仰の深い山である。江戸時代には冨士講が盛んになり、富士山に魅せられた人は多かった。武将からも尊崇を受け、社内には坂上田村麻呂、源頼朝、足利尊氏、武田信玄・勝頼父子、徳川家康などによる寄進が残る。 私は冬の富士山が好きだ。空気の澄んだ冬の日に見る富士山は、恐ろしくも美しい。山は父性の象徴とされるが、厳しい姿に心を打たれる。 静寂である。いずれにせよ浅間大社では、改めて自分の生まれた場所を認識することとなる。 佐野 |
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| 2009/9/30 | ||||
| あるお施主さんの敷地を調べていると、面白い写真を見つけました。 左下写真は航空写真ですが、規則正しくグリッド区画された田園地帯に円弧を描くように宅地(集落)が形成されています。方眼用紙に、子供が落書きしたような光景です。宇宙人の仕業でしょうか。 よくよく地図を見てみると、どうやら円弧を描いた水路沿いに宅地が形成されているようですが、なぜ円弧なのか詳しいことはわかりません。 私が大学時代に住んでいた大阪の南部でも似たような光景を見たことがあります。 そこでは、古墳によって計画道路が大きくカーブしていたり、不自然に円弧を描いた道路が、実は無くなった(破壊された)古墳の外形をトレースしたものだったりしていました。 こうした不自然なものたちは、普段の何気ない生活では気に止めないのですが、よくよくその形成プロセスを調べてみるとその所以は面白いことが多く、私たちの生活に奥行きを与えてくれているもののような気がします。 田村 |
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写真右 : 円弧の道路が前方後円墳の円形部分です
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| 2009/9/2 | ||||
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正月など、年に一度や二度神社に参拝される方は多いかと思いますが、小さな神社にも必ずといっていいほど、参道空間があり、そこまで意識して来訪する人はなかなかいないのではないでしょうか。 参道は鳥居や山門から神社までの通路を普通は示しますが、本来は街道など人通りの多いところから、神社に至る道のすべてを意味するようです。 鳥居を抜け、緩やかなカーブを描く階段を登っていると、少しずつゆっくり社殿が現れたり、かと思えば、上方に木々の茂った暗く急勾配の階段を抜けると、明るい本殿の広場に出くわし、琴平町全体の町並みが眺望できたりと、自然の作り出す空間演出とともに象頭山の豊かな地形を、たった785段の石段を登ることで感じることができます。 琴平町が今もなお観光地として賑わいを見せるのは象頭山の自然に最小限の人間の手入れによってできた、人と自然の歩み寄った特異な場に人が魅力を感じるのであり、利便性と経済性が軸となる都市機能の発達が、相反するその魅力と非日常の場の価値を高め人を呼び込んでいるのだと思います。 岸田 |
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| 2009/8/24 | ||||
| 読書雑記 藤森照信・著 『藤森照信 素材の旅』を読んで 著者は東京大学生産技術研究所の教授である。 佐野 |
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| 2009/8/20 | ||||
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お盆休みを利用して、帰省していた島根の実家から三時間程車を走らせ、三仏寺に行ってきました。 田村 |
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