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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記
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増井真也日記

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2019/02/06

好きな素材というものがある。写真は千葉県の船橋に造ったWさんの家の居間であるが、この現場では僕が好きな素材をふんだんに使用することができた。床には針葉樹の杉を貼っているが、杉やヒノキ、唐松のような針葉樹の床板はとても柔らかくって温かみがあるのが良いと思う。樹種によってその表情は微妙に異なるのも良いところである。すごく簡単に言うと杉は少々赤みがあって、ヒノキは多少黄色っぽいところがあり、唐松は茶色が強い印象と言える。木の目については、唐松や杉がやや強く、ヒノキはそれほどでもないので少々上品な印象になるようだ。どちらにしても、木の持つ柔らかさがとても良い肌触りを生み出してくれるのは変わりないので、後は好みで選択すればよい。

窓辺には障子が良いと思う。障子の和紙を透過した光はこれまた何とも言えない柔らかみがある。この柔らかさはレースのカーテンなどでも得ることができるし、最近ではガーゼ素材のカーテンなどもよく見かけるけれど、木でできた障子というのは本当によくできたスクリーンなのではないかと思う。ガラスだけよりも断熱効果も期待できるし、視線を遮る装置としても利用が可能なのである。この住宅の窓辺は外部の庭に連続しているので、窓を開けると縁側のような設えとなっている。だからよけいに障子が似合うような気がしている。

階段にはヒノキの厚板を使用しており、その骨組みを表現した。部屋の中央には杉の5寸角の太い柱を立て、大黒柱のような印象を与えている。白い仕上げの壁はもちろん漆喰である。こうした自然素材の調和した様子がなんとなく好きなのであるが、こうした素材感は何も日本に限った話ではなくって、世界中どこに行っても共通の、とても古くから使われてきたものなのだ。

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2019/02/02

12時、埼玉県和光市にて進行中のKさんの家の上棟式に参加した。大工さんの松本さんと、お子さんが生まれたばっかりのKさんご夫妻、そして担当の江崎、林と僕で現場に造ったベニヤ板テーブルを囲んでの食事会である。昔はお酒を飲んで酔っ払っての上棟式が普通だったけれど、最近はノンアルコールが普通になった。短時間のお食事会だけれど、クライアントと大工さん、そして設計者の僕たちが顔を合わせるのはなかなか意味のある機会だと思う。建売などの場合はいったい誰のための仕事をしているのかわからない状態なわけだが、こうして顔合わせをすることでお互いに顔の見える仕事ができるのである。

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18時、お世話になっている基礎屋さんのお父さんが亡くなったということでお通夜に参加。会場で水道屋さんの関さんに合う。関さんは若い頃に型枠職人をやっていたことがあって、その時に亡くなった松本さんのお父さんのお世話になったそうだ。話を聞くと、松本さんのお父さんはとても厳しい鳶の親方だったそうで、若い職人などは話しかけることも出来なかったらしい。糊のきいた鳶の作業着を着て、現場に来る様子は皆のあこがれだったというからよほど貫禄のある親方だったのだろう。最近の職人の世界では、こんな風に親分と呼べるような存在は減っていると思う。どんな世界でもそうなのだろうが、だからこそ僕たちがもっと頑張らなければいけないとも思うのだ。

2019/01/31

午前中は林君と滝本君の二人と一緒にウッドデッキに使用する予定のデッッドシダーにキシラデコールを塗装した。約100本ほどであろうか、お天気も良くとても気持ちの良い作業をすることができた。建築の仕事というのは、こういう実際に体を動かす作業と図面を引く作業と、社会のことを考える時間とデザインのことを楽しむ時間が混在しているから面白い。僕はもともとデスクワークをずーっとできるタイプではないので、スーツを着て会社にじっとしている仕事はやりたくなかった。建築を造る過程はデスクワークもあるし、現場での作業もある、僕にとっては程よいバランスなのだ。

夕方より会社全体での打ち合わせ。続いて新年会を兼ねた新人の平田さんを囲んでの懇親会。日本酒などを少々いただく。9時ごろ帰宅。

2019/01/30

午前中、埼玉県川口市にて築40年ほどの古い住宅をリノベーションしてシェアハウスの運営をしたいというAさん打ち合わせ。住宅は京浜東北線の川口駅から徒歩で15分ほどの場所にある小さな木造住宅である。小さな家が2棟並んでいて、玄関同士が同じ方向を向いているので、敷地の中で行き来ができる。両方の住宅をうまく区分けすると合計で7名ほどの部屋ができる。共有のリビング空間は一つにまとめて、カフェバーのような雰囲気を創り上げる予定だ。Aさんは会社を経営されているので、ここにスタッフを住まわせてあげたりの寮のような機能とシェアハウスの機能の両方を持たせて、楽しい交流の場とすることを目指しているのである。

Aさんからはもう一つ楽しい提案があった。

川口市内は駅前の再開発が盛んで、背の高いマンションビルが次々と建ち並んだ。こういう再開発は街の個性をどんどん消していく。今も駅前の東口商店街では2軒の再開発が進行中で、この計画が進むとまた街の個性が消えることとなる。今ここで飲食店や商店を経営している人たちは、たいていの場合は商売をやめて賃貸オーナーとなってしまうであろう。そして新築のタワーマンションの家賃は高いから、大手のチェーン店が出店することとなるわけで、それが個性の消失につながるというわけである。これはどうしようもない現象である。しかしこういう大規模計画は面白みのない表通りを作るとともに、魅力的になりうる可能性を秘めた裏路地を造るという効果ももたらす。これこそが今回Aさんが目をつけている点なのだ。

魅力的になりうる裏路地というの古い建物が多いしあんまり目立たないのでまだ家賃も安いから、魅力的な個人店を誘致するにはもってこいの場である。そして裏路地という響きは多くの人の心に期待感をもたらすし、ちょっと行ってみたいという気持ちにさせる魅力がある。裏路地に魅力的な点をちりばめ、それが線となり、魅力的な街となる。街づくりにつながる点の一つとなりうるシェアハウスを作りたい、それがこのプロジェクトの面白さだ。さてさてどうなることか。3週間後の打ち合わせに向けてスタディーを進めていきたい。

16時、水廻りのリフォームお見積り。1.25坪のお風呂と洗面室の内装すべてをやり替えて180万円ほどの工事である。今時の住宅は壊れないので50年でも100年でも使用できると思うが、水回りの設備はそういうわけにはいかない。設備器具の耐用年数というのは大体10年から15年ほどであろうか。給湯器などの機械ものは7,8年で壊れることもある。外部廻りのメンテナンスと同じくらいに、このくらいの年数で手を入れなければいけない部位なのである。

2019/01/28

朝礼終了後、事務所にて雑務。

11時ごろ、埼玉県蕨市にて進行中のHさんの家の現場確認。この現場は築30年ほどの鉄骨3階建ての住宅で、残念ながらすでに亡くなってしまったけれど佐賀和光さんという湘南の建築家が設計をした建物である。佐賀さんという方は光と風を設計のテーマにしていたというが、この現場もたくさんのトップライトがあり、ガラスの屋上棟屋があり、階段室を通して屋上まで煙突のように風の通り道があったりと、まさに佐賀先生の設計理念が表現されている建築となっている。今回はこうしたガラス部分の補修や防水処理、外壁のガルバリウム鋼板の再塗装や、ウッドデッキの作り直しなどを行っているのだけれど、随所に現れる佐賀先生の思いをなんとなく感じながら作業工程や手法を考えているのは、とても心地の良い仕事である。建築は思いが無ければただの箱だ。住宅など本来は雨風がしのげて、それなりの性能があればよいわけで、それでも一つの建築に魂をかけて設計をするのは、こうしたほうがより気持ちが良いよというような思いがあるからである。リフォームの仕事をしていると、こういう思いのある建築に出会うことがある。そして、そういう時、僕はとても幸せな気分になるのである。

14時、國井さんと池田さん、田村・田部井・柳沢の3名、そして僕でますいいの住宅における詳細部分の標準納まり図集に関する打ち合わせを行う。18時ごろまで。

2019/01/27

朝寝坊。今日は8時ごろまでうとうととしていた。年始のドタバタもひと段落してようやく日常が流れ出したという感じである。とはいうものの明日から息子の受験が始まるし、来週には娘の受験もある。何となく落ち着かない状態なのは変わらないわけで、今日は家族全員で畑に行くことにした。そわそわするときほど畑のような場所は良いものである。焚火をしたり、木を切ってみたりの原始的な遊びは、現代の子供たちにとっては逆に目新しい遊びの様で、皆夢中になって作業に没頭していた。あるものはのこぎりで枝を落とし、それを細かく切っている。あるものは濡れ新聞とアルミホイルで包んできたじゃがいもを焚火の熾火の中で焼いている。畑の収穫自体は白菜や小松菜、ホウレンソウ程度しかないのでそれほど時間はかからないけれど、家から持ってきた暖かい紅茶をいただきながら3時ごろまでゆったりとした時間を過ごすことができた。

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2019/01/26

10時過ぎ、東京都台東区にて新築住宅を検討中のMさんご夫妻打ち合わせ。今日は土地の購入を決めてからの1回目の打ち合わせということで、家づくりに対するご要望などのヒアリングを改めて行った。敷地は3方を建物に囲まれている土地である。浅草という場所柄、建物同士も接近していて光が差し込むのは道路側しか望めない土地だ。もちろん空に対しては開いているので、少々高さを高くするなどの工夫や、吹き抜けなどを設けて光を拡散させるなどの手法も取り入れなければいけない。奥様は子育てがひと段落するくらいの将来、ここでカフェをやりたいと考えている。カフェをやるということは、保健所の定める決まりをクリアできるように設計を行わないといけないわけで、この点に対しても配慮が必要だ。

下の写真は昨年行った住宅のリノベーションである。古い木造住宅をカフェにリノベーションしたのだけれど、すべてを新しくしてしまうのではなくて昔ながらの和風住宅が持つ柔らかさを生かしながらの設計とした。クライアントは女性で、今後の人生の豊かさの一つとしてカフェを営むという。商売というよりは、暮らしのスタイルの一つという感覚、ちょうどベニシアさんのような感じだろう。女性の持つこうした柔軟さはすごいと思う。何歳になっても自分の夢を抱き、自分らしい暮らしを実現する行動を止めないというのは、男性よりも女性のほうが得意とするところなのではないかと思うのだ。カフェのある暮らし・・・、それは自分らしさを外部に対して表現しながら、外部と柔らかくつながる暮らし方なのかもしれない。

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2019/01/23

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

昼過ぎよりシェアハウスに関する打ち合わせを行う。今日はひつじ不動産というシェアハウス専門の情報サイトを運営している会社の方にお越しいただき、お客様目線でのシェアハウスの良さについてのレクチャーをしていただいた。ますいいでは今後川口市内で新しいシェアハウスの提案をしていく予定である。いろいろと参考になるご意見を聞くことができ感謝感謝である。

若者の暮らし方の変化に関しては多様性が社会の中で認められるようになってきているように思う。固定の住宅を決めることなく、ゲストハウスなどに暮らすスタイルや、週末だけ千葉の実家に帰るけれど平日は都内のゲストハウスで暮らすとか、シェアハウスなどの集まって暮らすスタイルもだいぶ定着しているようだ。どの事例を見てもその場での暮らしに、一人では作り出すことができないようなスタイルがあり、それを柔らかくつながる仲間と共有する楽しさがあるように思う。これは個人主義の裏返しのような現象であるような気もするわけで、結局人間はどこかで価値観の合う人とリアルに集まりたいという願望からは逃れられないのかなあなどと感じたりもする。これからの展開を楽しんで考えていきたい。

2019/01/22

14時、埼玉県川口市にある青木町公園のサインに関する打ち合わせ。公演を囲む約1キロメートルの外柵のデザイン計画を行ったのだが、今日はそこに設置する説明用の看板についいての打ち合わせを行った。どうしてこのような柵を設置したのかを町の人々に分かりやすく説明するための看板を作りたいが、どのようなデザインで行えばよいのかを相談したいとのことである。夜、家に帰って看板の言葉を考えてみた。街の記憶、この言葉は川口で建築家として長く活動し亡くなった森行世先生が生前よく口にしていた言葉である。発展すればするほどに特色をなくしどこも同じようになっていく世界の中で、建築という行為を通して少しでも街のアイデンティティを残していきたいと思っている。

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2019/01/18

10時より、埼玉県桶川市にて設計中のAさんの家の打ち合わせ。今日は第1回目の見積もり提示である。延べ床面積60坪ほどの茶室のある住宅である。いくらでも使ってよいのであればこれほど簡単なことはないけれど、そんなわけにはいかないから大変である。だからコスト配分がとても難しく、お金をかける設えの部分とそうでない部分とを明確に分離する手法をとっているのだけれど、これがまたバランス感覚を要するわけだ。茶室の材料というのはこれでなければいけないと決まっているわけではないのだけれど、でも大体これだなあという常識みたいなものがあって、そういう材料を京都から取り寄せたりすると普段の家造りの中ではなかなか目にしたことが無いような金額が提示されたりするのである。

14時過ぎ、川口市役所にて社会福祉協議会に参加。今回は幼保連携認定こども園と保育園の審議を行ったのだが、これでまた数百人の幼児の受け入れが可能になるという。こんな風に保育園が作られていく様子を見ていると、普通に家で育つ子供っていったい何人くらいいるのかの疑問を感じたりもする。昔は当たり前だったことが、当たり前でなくなる事例の一つなのだろう。

2019/01/17

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

13時より、東京都北区にて新築住宅を検討中のOさんご夫妻打ち合わせ。ご実家の裏手にある古い建築を解体して、新築住宅を造ろうという計画である。「集まって住む」このスタイルは東日本大震災以降急激に増えたのだが、やっぱり家族が助け合って暮らしていくというのは、超高齢化社会を迎えるこの国の一つの答えであるような気もする。高齢者専用のシェアハウスなどが出現しているのも、自分の子供と暮らすことはかなわないけれど誰かと手を取り合って暮らしていきたいという思いの表れなのだろう。

数年前、同じく北区に造ったNさんの家ではお母さんと娘さんご家族、そしてお姉さんが共に暮らす家を造った。この家に初めて打ち合わせにお邪魔した時のことは今でもよく覚えているのだが、和室の片隅に亡くなられたお父さんの銅像が置かれていた。お父さんの銅像・・・こういうのはあまり見たことが無い。家族に対する思いを強く感じた出来事だった。よく見ると和室はとても立派な設えである。これを今の時代に造ろうと思ったらいったいどれだけのお金がかかるのだろうと思うと、とたんに壊すのがもったいないと思うようになった。大切なお父さんとの思い出の場である。何もかも壊してしまうのではなく、一部だけでも保存してこれからの暮らしの場として生かすことはできないかという話をしたところ、お母さんもとても喜んでくれた。こうしてNさんの家では、古い家と新しい家が融合する形が生まれたのである。下の写真はその様子である。これもまた集まって住むからこそ手に入れることのできた豊かさの形だと思う。

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2019/01/16

午前中は事務所にて見積書の作成などの雑務を行う。

午後は裏千家東京道場にて初釜式に参加。一年に一度、お家元の御一行様が東京に来て関係者を招いてくれる恒例行事である。牛込柳町にある道場へは毎年多くの人が訪れる。政治家、経済界の人々、茶人・・・なんだか僕なんかが足を踏み入れることが場違いなような気がするシチュエーションなのだけれど、縁あってお声掛けいただいているのでできる限り参加したい。こういう行事に参加していて思うこと、それは今年も同じように迎えることができて本当に良かったなあということである。当たり前のことが当たり前に次の年も行われる、それだけで何ともありがたいことかと思うのである。

終了後、銀座にあるギャラリーにて石山先生の個展にお邪魔する。会場には数人のお客様がいて、僕を含めて来場者に向けたミニレクチャーをしていただいた。下の絵はマチャプチュレの山が見えているとある計画の建設予定地である。この計画はアンモナイト美術館と呼ばれるものである。先日開催された日本の建築展でも紹介されていたものだ。ヒマラヤの山々とその前で戯れる動物たち・・・、石山先生の心の中の澄み渡る世界が垣間見えるようである。
ちなみにこの絵は僕が話を聞きながら言かいたスケッチです。

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2019/01/14

午前中はリビングデザインセンターにて東京都杉並区にて設計中のUさんの家の打ち合わせを行った。年末にかけて設計作業を終え、見積もり金額などについての最終確認等を進める。12時過ぎまで。

15時、埼玉県さいたま市にて新築住宅を検討しているFさん打ち合わせ。古い民家を受け継いできたところを、取り壊して新築に建て替えようという計画である。昔々は食堂を営んでいたらしい。敷地には住宅と食堂の2棟の建築が建っている。僕の会社の隣にも個人経営の食堂があるけれど、こういうお店はだんだん減ってしまっている。なんとなく昭和の匂いのする町の食堂がある景色、そんな小さな歴史遺産なのだろう。食堂の看板は妙にきれいだ。北側だからきれいなんですよ・・・、と言っていたがきっと大切にされてきたのだと思う。なんとなくまっさらに壊してしまうのはもったいないなあなどと考えながらお話を伺う。まずは2棟ある既存建築物の解体にどれくらいの費用を要するのかを調査してみることにした。

今日は成人式である。2022年からは18歳で成人となることが決まった。今から3年後に成人式を迎える僕の息子はぎりぎり2021年に成人式を迎えることになるけれど、2022年生まれの人はもしかしたら3学年合同の成人式なんてことになるのかもしれない。成人の定義が早まることによって、その世代の人にいったいどのような変化が起きるのだろうか。選挙権が持てるとか、ローンが組めるとか、なんだかハッピーそうな権利ばかりが報道されているけれど、権利の裏側には義務が必ず潜んでいるわけだし、ローンが組めるなんて言うのは、ローンを組むのは良いが、結局は返済しなければ破滅への道が待っているわけだから、子供でいられる期間が短くなるという厳しさのほうが勝っているような気もする。

この国の高齢者による高齢者のための国づくりの現状はあまり健全な状況とは言えない。高齢者の投票率が圧倒的に高い中で政治活動を行うわけだから、必然的に高齢者に耳触りの良い政策を掲げる人が多くなるのは当然である。そしてこれから成人する若者たちは、第2次ベビーブームの僕たちが高齢者となった後も支えなければならない、まさに超高齢化社会の担い手となる人たちであり、彼らがもっと早く大人の意識をもって国づくりにかかわるようになるのはとても大切なことだと思う。

僕はこの国にはたくさんの移民が増えると思っている。移民という言葉は使っていないけれど、定住権のある技能実習生はやっぱり移民だ。日本人はこの移民に対してのアレルギーがあるけれど、多民族がごちゃ混ぜになって暮らす国家像は避けて通ることができるものではないだろう。スター銀行には永住権のない外国人向けの住宅ローン商品などもあるけれど、外構人にとって金利の低い日本でお金を借りて家が買えるなどというのはとても良い話のひとつである。僕が暮らす川口市はすでに多国籍地域になっている。みんなが心配してくれるけれど治安はそれほど悪くない。チャイナタウンがあるらしいけれど、要するに中国人が経営する中華料理店や不動産屋さんが増えたということだ。駅前のビルもどんどん中国人の持ち物になっていくけれど、特段の危機感は感じていない。やっぱり共存共栄だ。ニューヨークにだってイタリア人街もあればチャイナタウンもある。かつては日本人街もあったらしい。でもその国が中国人に乗っ取られるなんて心配をしている人はいないのである。

2019/01/13

ようやく熱が下がり体調は回復したものの、さすがに風邪をうつしてはいけないので社中の初釜には参加も出来ず、今日も一日家で過ごすことにした。家に3日間も連続でいるなんてことはめったにない。以前寝込んだのは何年前だろうか、思い出すことも出来な行けれどこれはこれでなかなか良いものである。今日は落合陽一「日本進化論」を読了。少子高齢化の日本がどんなふうに問題を抱えていて、でもどんなチャンスがあるんだよという内容であるが、こちらはどうも頭に入ってこない。最後には若い世代をつぶさないでというメッセージを受け取るも、具体的な方策の類が込められている書物ではなかったように思う。まあ、新しい考え方の一つとして読む分には良いのかもしれない。落合陽一の父は落合信彦である。こちらは僕が大学生くらいの頃にはまっていたいわゆるハードボイルド物の小説や、ノンフィクションと称した脚色された物語を次々と出版していた方である。もう何年も読んでいないけれど、若い頃にはだいぶ楽しませていただいた記憶がある。息子さんの本も当時のお父さんの書物と比較してみるとなかなか面白い。当時の落合信彦は冷戦、諜報機関、オイルマネー、アメリカ・・・そんなキーワードで世の中を切り、そんな中で激しく生き抜くさまを描いていたのに対し、今の落合陽一は超高齢化社会、さらには若者の無意欲とか、高齢者の権力独占とか、高齢者による高齢者の選挙制度とか、日本の内に潜む問題を浮き彫りにし、それに対する解決策を示している。時代は変われど、親と同じことをしているのだ。彼が今後どのように実業とアカデミズムのはざまを泳ぐのかはわからないけれど、なんだかおもしろそうな期待は持てるのである。

2019/01/11

新年早々風邪をひいてしまった。急な発熱・・・しかも39度である。セルフジャッジでインフルエンザということにして、残っていたタミフルで対応する。家で休んでいるしかないのだけれど、何もしないでいることができるほどに衰弱しているわけでもないから読みたかった本を読んで過ごす。ハンス・ロスリングによって記された「ファクトフルネス」は世界の現在の統計を使用して、正しい姿を認識してもらおうという本である。本の初めに世界の中でいったいどれくらいの女の子が初等教育を受けることができているか?などの質問を投げかけ、いかに読者の認識が古いかを指摘する場面があるのだが、僕も13門中で6問しか正解することができなかった。作者によるとこの正答率、実はこれでも結構良いらしい。先ほどの答えは80%なんだけれど、多くの人が選択してしまう答えはもっと低いということだ。つまり多くの人は世界中でとても多くの女の子が初等教育すら受けることができない境遇にいると思い込んでいるのである。どうしてこんなことになってしまっているのかというと、多くの人は20年くらい前に自分が学んだ状況が今も継続していると思っているらしい。僕が学んだ頃の世界の人口は60億人だったけれど、今は70億人である。中国やインドはとても貧しい国だったけれど、今はとても豊かな国に成長した。バングラディシュなんて多くの人が飢餓で死亡するような国だったけれど、今ではそんなことは起きていないし、洪水時の緊急アラートシステムも完備されて災害の被害者も減らすことに成功している。世界は成長し、割とまともに暮らすことができる人がほとんど、食糧難に苦しむ一日の生活費が1ドルに満たない貧困層はもう10億人しかいないそうなのだ。

この感覚はアジア最貧国といわれるネパールに行った時に感じた??を思い出させた。最貧国とはいうものの、貧困にあえいでいるような印象はない。10年ほど前にカンボジアに行ったときに見たストリートチルドレンのような子供たちはすでにいなかったし、そういう子供は今ではカンボジアにもいないそうである。世界は確実に良くなっている。風邪を引いたおかげで、世界がそんなに悪くないことを知ることができた。そしてちょっと楽観的な気分になることも出来た。よい本に出会うことができ、良い年のスタートとなりそうである。

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