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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
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増井真也日記

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2019/03/29

昨日の日記の続き。

数年前に造らせていただいたスタジオのSさんの家のリフォーム工事について打ち合わせを行った。新設したスタジオの横には築年数が80年以上のとても古い古民家が建っているのだけれど、小動物が侵入したり、寒かったり・・・いろいろ問題が出ているということである。まずは寒さ対策としてシングルガラスをペアガラスに交換する工事を提案しているのだが、次はトイレのリフォームをして、続いて外壁の各所にある穴をなくす工事をして・・・・ひとつづつ整理をしながら進めていかなければならない状態なのである。

夜、東京タワー近くにある茶室にて森さんなる茶人と会う。僕より年が若いけれどとても強い信念を持った方であり、とても尊敬できる人物であった。こういう人に出会えたご縁に感謝したいと思う。

2019/03/28

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

長らく工事をしてきた埼玉県蕨市のリフォーム工事がようやく終わりを迎える。20年ほど前に著名な建築家が造った住宅なのだけれど、すべてのジョイント部分がコーキングによって納まっているために、あちらこちらからの雨漏りが絶えない状態となってしまっていた。リフォームとはいえこれらのサッシや外壁をすべて造り直すことはできないので、再度コーキングを施すしかないわけだが、これがまた一筋縄ではいかないのである。ホースで水かけ試験を行い、内部で漏水のチェックをして、漏れたところを再びコーキング。この繰り返しの末にようやく雨漏りを押さえることができた。めでたしめでたしである。

雨漏りはするけれど、この建築はとても良い建築である。設計者の魂が込められていて、そして住まい手がそれをとても大切に使ってくれている、それこそが良い建築と呼べる一番の条件だ。外壁にはガルバリウムの波板が無造作に貼られ、サッシとの取り合いが少々危ない納まりだから水が回ってしまうし、今では絶対に造ることができない準防火地域内における造作の羽目殺し窓などのチャレンジャーな部分が満載なのだけれど、日本の家造りがとても自由だった時代の良さがにじみ出ている本当に良い建築だと思うのである。そしてクライアントもそういう自由のなかで生きた世代であって、そういう感覚を大切にしているからこそこの建築を大切にしているのだと思う。

モノづくりは本来こういう自由さがあるべきだと思うのだけれど、日本の制度設計というのは何か悪いことがあるとそういうことが絶対に怒らないように過剰に規制をしてしまう傾向があるようで、少しずつ自由なふり幅をなくしてしまっている。自転車に乗っているときに傘をさしてはいけない!!確かに危ないかもしれないけれど、これを法律で規制する必要があるのだろうかの疑問をきっと多くの人が感じているのに、そういう規制がどんどん増えてしまう状態だ。火事で亡くなる人がいると住宅にも火災報知器が付くようになるし、準防火地域のサッシなどは規制を満たしていなかったとか言って突然値段が跳ね上がってしまった。規制規制の先にいったいどのような未来があるのか。どうしても不安を感じてしまうのである。

2019/03/27

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

ますいいリビングカンパニーではモルタルの外壁仕上げを採用することが多い。左官屋さんによるモルタル塗りを施し、そこに撥水材を塗って仕上げとするのだが、とても味があってよい風合いの仕上げとなる。モルタルの外壁仕上げというのは結構珍しいと思うのだけれど、ますいいではキッチンなどにもこの仕上げを採用している。初めてモルタル仕上げを採用したのは僕がこの仕事を始めた初期のころに造った「さんかくの家」のキッチンやお風呂の仕上げだった。システムキッチンは形に縛られてしまうから使いたくないなあと考えていた時に、大工さんの下地に左官屋さんのモルタル仕上げを採用すれば、自由な形状のキッチンが造れるのではないかと考えたのである。

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初めて採用した時は実験的な取り組みだったわけだけれど、これがとてもうまく出来たから2号、3号と新しい作品に採用することになった。採用していくうちに、テクスチャーが変わったりのアレンジも加わった。そして外壁にも使用することとなった。モルタルというとても原始的な材料による仕上げなのだけれど、会社の年齢とほぼ同じような長い時間をかけて少しづつ生み出された仕上げ手法だけにこれからも大切に使っていきたいと思うのである。

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2019/03/25

今日は朝からトラブル対応。日本との電話対応に追われる。

14時ごろホテルを出て、王府井の界隈を歩く。家族はすでに万里の長城に向かってしまったので妻と二人での散歩である。ここは日本でいう銀座というところだろうか。大きなデパートのような建物が立ち並びいろいろなものが売っているけれど、わざわざ中国まで来てみたいものではない。だって日本のデパートとほとんど変わらないのである。

つづいてギャラクシーSOHOを訪問する。ここはザハ・ハディドが設計したオフィス群である。有機的な形態が特徴的な建築で、実際に行ってみるまではよくわからなかった構造的な技術の挑戦が腹の底まで響き渡るような力強い建築である。日本でも本当はオリンピックスタジアムによって実現するはずだったザハの建築だが、数年前の中国にできてなぜ日本では実現することができなかったのかの憤りを感じた。この建築は明らかに挑戦である。技術的には解決されたけれどどうしてよいかよくわからないような手法で実現に向けて一歩を踏み出すか、はたまた工期や費用の理由から手を付けることさえもやめてしまうか、この差は非常に大きい。白い曲面の壁面を造形するステンレスパネルは確かに造りは粗いし、コーキングの精度も悪い。でもそれ何だというのか。挑戦をすることを忘れてしまった民族にどんな未来が待っているというのだろう。この旅を通じて感じたこと、それは挑戦することの大切さである。中国は良くも悪くもいろいろな意味で挑戦している。それに引き換え日本の姿勢はなんとなく弱腰に感じる。「挑戦することの大切さ」この感情は今後のますいいリビングカンパニーにも生かしていきたいと思う。

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2019/03/24

時差はほとんどないのだけれど、なぜか夜中の2時過ぎに目が覚めてしまう。本を読んだりうとうとしたりを繰り返しながら5時ごろまで過ごす。6時30分に朝食をとり、8時に移動を開始した。

今日の初めの目的地は、天安門広場である。明・清時代の応急である紫禁城の第一門である天安門を遠くから見ていると普段テレビのニュースで見る光景が広がっている。ここは西太后によって最後の皇帝に指名された溥儀の映画「ラストエンペラー」の舞台として知っている人が多いであろう。広大な広場には、何万人もの人がいる。外国や中国のほかの地域からくる観光客、警察、軍隊、ガードマンなどなど、とにかくまるでハリウッドの映画でも見ているかのような様子である。日本でこんな光景は見たことがないけれど、これが中国の大きさであろうか。天安門はかつて悲しい事件があった。1989年の6月4日、民主化を求める学生など数万人のデモ隊に対して、中国人民解放軍が武力鎮圧を行い、数百人から数万人の人が殺されたという事件である。実際に中国でこの手の情報を検索しようとしても出てこないけれど、これは隠そうにも隠しようのない事実である。

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屋根は橙色の瓦が葺かれているのだが、その鮮やかな色が空の青と対比されて際立って見える。日本の寺院は極彩色が剥がれ落ちてしまっていたり、もともとなかったりの理由で木の肌がむき出しになっている場合が多いが、ここではほぼすべてのものが何らかの着色をされている。詫び寂の世界観に慣れている僕には少々きつい印象にも感じるけれど、日本でも再建された薬師寺の西塔のように当時の彩色されている様子を見ることができるものもある。これがもともとの姿なのであろうか。詫び寂とは・・・、なんだか根底からの価値観を揺さぶられるような気もするくらいの激しさである。

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歴史を振り返ればそんな思いを感じるのが自然かもしれない。しかし現代の価値観は昔とは異なる。色も映像もなかった時代に人々の心を集めるため極彩色に染められた建築はもう不要だ。今ではそれに代わる様々な装置がある。だからこそ今の時代に求められる建築とは、逆に素朴なリアルに触れることができる数少ない空間なのかもしれない。エイジングした木部に美しさを見出し、そこにエコロジーや地域性を感じる感覚というのは日本人が作り出した、現代社会に必要とされる価値観だ。そういう過程を踏まえれば、日本の建築群は中国の省略なのではなく、まさに現代に必要とされる建築群を現代社会の状態に合わせて維持しているといえるような気もするのだ。

この建築は1970年ごろに再建されたもので、RC造に木造を乗せた作り、5つの通路を開けたコンクリートの上部に木造の楼閣が乗せられているという構造だ。いざ実際に門を潜り抜けてみるとその門の奥深さと、大きさに驚かされる。屋根を支える腕木の段数の多さを、装飾的絵画の量には先の考えをもってしても抗えないパワーがある。建築の持つ力、装飾の持つ力、あまりそういうものに慣れていない日本人には建築的食あたりになるような力があふれ出している。今日はここから故宮博物館をまっすぐに抜けるという順路を通った。

数々の門、大規模建築群、少々疲れだしてきたところにちょうど人間が収まることができる小規模建築を見つけた。ガイドの話によるとこれは先生の住む場所だったという。四角形の建物の上部が円形に作られている。中に入ると12の窓のうちちょうど太陽の方向を向いているところから一筋の光が差し込んでいる。光は窓の格子によって数本の光線に分けられ、内部を強く照らしている。ヒューマンスケールにあった建築の胎内にしばし収まり休息をとる。外から見る民衆に絶大な巨大性をもって畏怖の感覚を抱かせるのではなく、そこにいる人に神聖な何かを感じてもらうことができる空間を作ること、やはりこれが僕の時代の建築なんだよなあの感を改めて思う。

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続いて近くにある胡同と呼ばれる細い路地まで移動し、人力車に乗って周辺を散策した後に、四合院という京町家のような昔ながらの住宅群を見学した。四合院というのは中庭型の住宅のことで、大小様々なものがある。今でも住宅や別荘として利用されているということで、そのうちの一つを拝見させていただいた。

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最後は隈研吾氏による設計の三厘屯SOHOを見て回る。有機的な平面形状を持つ高さ100mの同じ粒子的表面を持つ塔が数本建っている間に生まれた谷間を人が歩く。ほかのビル群と比較してそこだけがなんだか浮遊しているかのような場となっている。残念なのが、中国のゼネコンの施工技術はなかなかの粗悪品で、隈氏による繊細な表現はあちらこちらで外れかけている、もしくは実際に外れてしまっている部分が多く見受けられるということだ。この界隈は銀座のごとき町とのこと、長居は無用ということで遅めの昼食へと向かった。

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中国にはお茶屋さんがたくさんある。食事を済ませると、ビルの2階にあるとあるお茶屋さんへと向かった。中に入ると店員さんが5種類のお茶を出してくれた。中でも気になったのがプーアル茶である。直径20センチほどの円盤状に固められた発行した葉を砕き、煎じてちゃとするのだが、なんとも言えない香りと苦みがとても深い味わいを生み出す。古ければ古いほど高価になるらしく、15年くらいのものは10万円以上で販売されている。中には龍の形に造形されてまるで壁画のようにされているものや、5重の塔のごとくに鏡餅状に積み上げられたものまである。日本の濃茶などには古いものを良きとする文化はないが、発酵茶ならではの価値観なのであろう。僕も試しに6年物のお茶を購入してみることにした。

夜、ホテルの日本食にて食事。昨夜の火鍋がものすごいボリュームだったので今日はそばくらいがちょうどよい。

2019/03/23

今日から4日間、母と僕の家族、そして妹の家族の総勢9名で中国北京に小旅行に出かける。僕が高校生くらいのころだろうか、それまで専業主婦だった母が宅地建物取引主任者の資格を取得し、突然始めた不動産業がスタートである。そういえばその前の数年間はハウスクリーニングの仕事もしていた。とにかくこの辺が僕の一家が建築関係を仕事とし始めたスタートである。2000年、世の中は不景気のどん底、ミレニアムか世紀末か、喜んでよいのか不安を感じるべきなのかよくわからない時代、大学卒業後にゼネコンに努めていた僕が母の会社に合流した。一緒に戸田建設を退社した同期の仲間も3年間共に働いた。同じくミサワホームを退社した妻もである。それからかれこれ18年、ずーっと代表だった母が僕に代表を譲ったのが昨年だった。というわけで何となくそれを記念しての家族旅行、理由は何でもよい、家族でよい思い出を残せれば何よりである。

9時の便で羽田から北京へ。天気は快晴、少々肌寒いがとても良い条件だ。まだ2時過ぎなのでそのまま頤和園という巨大な庭園建築へと向かった。ここのスタートは元の時代、都のための貯水池が始まりだそうだ。現在のものは西太后の隠居後の住みかとして作られたそうだが、日本の動揺の施設である金閣寺や銀閣寺と比較するとそのスケールの大きさに驚いた。

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橙色の屋根の上には鬼瓦のようなものが乗っている。これは龍を描いた瓦だそうで、棟の先端には龍の子供たちも置かれているのが見えて面白い。雷などで建物が消失することが多かった時代、魔よけなどの意味も込められていたのだろう。

2019/03/18

午前中は事務所にて雑務。

午後は川口市の社会福祉協議会に参加。今日は合計6か所の保育園新設に関する審議を行った。そのうち1か所は私の住む川口市の幸町というところで、駅から徒歩10分ほどの住宅街である。周辺には数百世帯が入る大型マンションが建ち並び、戸建ての住宅もぎっしりと建っているエリアで、当然のごとく保育園の需要と供給のバランスはよろしくない状況である。そんな中で造られる保育園、実はつい最近までは病院として利用されていた建築だ。どのような事情があったのかわからないけれど、病院から保育園への転身を図る建築というのもなかなか面白いと思う。そもそも保育園だってこれから先ずーっと必要とされるビジネスモデルではないのである。川口市もいずれは人口減少時代に突入するといわれている。そうすれば子供の数だって減少するだろう。その際には今大量に作っている保育園が老人介護施設に転身しなければならないかもしれないし、現にそうした転用を予測して作られている学校建築などもたくさんあるのである。

2019/03/17

今日は朝から家族総出で畑作業に向かった。3月の畑作業といえばじゃがいもの植え付けである。6月までの約3か月ほどで、丸々と太ったじゃがいもが出来上がるのだが、植え付けの時期が早すぎても霜の被害にあってしまったりするし、遅すぎても十分成長することなく収穫時期を迎えてしまうので時期の選定は割と重要なのである。耕運機のコマメを使って畝を作り、溝の中に肥料を入れて、じゃがいもを植えたら土をかぶせる、何とも単純だけれど楽しい作業なのだ。畑の隅ではいつものように焚火を楽しんだ。焚火はなんとなく心を和ませてくれる。隣の敷地は植木屋さんなので、梅の木がまさに満開、まるでお花見のように楽しむことができる。お化けのように成長してしまった水菜は一つの株が60lのポリ袋いっぱいになってしまうほどだけれど、まだまだ美味しく食べられそうだったので収穫してみた。春菊はちょうどよい具合に育っている。冬に種をまいたほうれん草もちょうど食べごろだ。今年の冬は暖かかったので、こうした野菜たちが無事に越冬できたようだ。喜んでよいのかどうかは微妙だが、無駄にするのも嫌なので食べることにした。

収穫をしながら雑草を取っていると、土の中から白い幼虫が出てくることがある。農薬をまいていないのでいろいろな虫が出てくるのもまた楽しみの一つ。野菜を食べつくしてしまわれるととても残念な気分になるけれど、それでも虫がいない畑をつくる気分にはなれないのである。

帰りがけに青木町公園に立ち寄る。僕がデザインをしたサインが出来上がっているというので見てみると、すでに公園の中央付近に立ち上がっている。上のブロンズの彫刻もなかなかの出来栄えである。

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2019/03/16

10時、埼玉県桶川市にて設計中のAさんの家の打ち合わせ。今日は2回目の見積もり調整ということで、各所増減項目についてのご説明をさせて頂いた。この住宅には下の写真のような広間の茶室を作る予定である。茶室には床の間があり、隣の部屋には本格的な水屋も作られることになっている。茶室の唐紙には京都の唐長さんの唐紙を貼る予定なので、華やかな仕上がりがとても楽しみなところだ。連休明けには工事に移る予定であるが、いよいよということでとても楽しみである。

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午後、埼玉県さいたま市にて新築住宅を検討中のOさんご夫妻打ち合わせ。擁壁のある土地を購入したら、その擁壁の底版をよける形でプランを作ることが難しく、しかも擁壁底板の上に建物荷重をかけてしまうと3階建てを造ることが難しいということで、困ってしまったとのことである。2階建てなら審査基準がないので建てることができるといわれたそうだが、それを大丈夫と信じいてよいものかどうかの不安も残る。しかも、2階建てでは必要な床面積を確保することができそうにない。さてさて、どうしたものか?

こういう場合は擁壁底板を避ける形で基礎を作り、そこから跳ねだしで擁壁の建築を支えるしかない。少々杭工事などが高くつくだろうけれど、擁壁をすべて作り直すよりは安いだろう。杭の引き抜きに対する抵抗力が重要な要素なので、詳細は構造事務所との協議が必要になってくる。それにしてもである。このような土地を売却したのがとある役所だというから驚いた。相手は素人、もう少し詳細な説明があってもよさそうなものだと思うのである。

2019/03/15

10時、東京都豊島区にある本納寺さんにて屋根の吹き替え工事に関する契約・打ち合わせを行う。約90年ほど前に建てられたお寺の本堂の屋根を葺き替えるということで、まずは本堂をすっぽりと包み込むような足場を組んで、それから屋根の瓦を下ろして、下地の木材も剥がして、次に宮大工さんが建物自体の補強工事やゆがみを直して、屋根の下地を作って、また新しい屋根を葺くという一連の作業を半年くらいの時間をかけて行うこととなる。言葉にすると簡単だけれど、足場を組んだらその下を人が通れるように安全通路を確保したりの打ち合わせを念入りにしておかないと現場をスムーズに進めることができないわけで、事前の調整が重要というわけである。

お寺の屋根の上には宝珠という飾りがのっている。これは当然宗教的な意味を持っており、霊験を現す宝の玉として本堂の頂点に祀られている。現状の宝珠は板金で造られており、台座の大きさは1m角ほどである。今回の屋根の吹き替えにあたり宝珠も取り換えるということで、古い宝珠は記念碑として保存しようということになった。宝珠を祀る台としてはやはり天然石がふさわしいと思う。コンクリート製の台座でもよいが、お寺の中となると自然石のほうが風情がある。庭を見渡していると井形に組まれた自然石を見つけた。蹲としておかれた石だが今ではあまり使われていないようだ。これなうまくいきそうである。この石の下に高さが30センチメートルほどの台座を作り、その上にこの井型の石を置いて、宝珠を祀ったらどうだろうか。これならコストもだいぶ節約できるだろう。後は宝珠の状態次第、下りてくるのを楽しみに待つとしよう。

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2019/03/13

今日は朝から依頼されていたコンテナの納入作業に立ち会う。船用のコンテナというのは中古品で30万円程度から流通しており、それにシャッターをつけたり換気ガラリをつけたりの工事を含むと50万円程度の商品となる。9畳ほどの床面積を持つし、上に重ねることも出来るということで、簡単に物置を作りたいという場合にはなかなかの優れものだ。今回は中にいれる荷物が濡れることが無いようにと両側にすのこを設け、一部に高さ1mほどの棚を造った。スタッフの山本君と二人で約3時間ほどの作業である。余り材を使って作った割にはなかなかの出来栄えであった。

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2019/03/09

午前中、事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後、東京都豊島区にて新築住宅を検討中のHさんと顔合わせ。ゼネコンに勤める女性のHさんは、当然ながら建築の事はとてもよく知っているかたである。設計事務所やゼネコン、ハウスメーカーと言った建築のプロがますいいに依頼してくれるケースというのは実はとても多くて、おそらくすべてのご依頼の半数くらいはこのケースに当てはまる。「もっと自由に家を作ろう」「自分の家は自分で作る」と言ったますいいの理念は、クライアント自身の家に対する強い思いを実現するためにあるのだけれど、そもそもそういう強い思いというものを持つ人種というのは、家について学び、理想を抱くに至ることができる人たちであり、だからこそ建築を学んだことがある人達が来てくれるのだと思う。

Hさんは民泊のような家を欲しいという。民泊というのはそこに住みながらにして年間180日くらいを上限として旅行者などを宿泊させる施設だけれど、本当に宿泊施設を運営するような思いがあるのかと伺っているとそうではなさそうなニュアンスを感じた。友達が集まる場所であり、自分自身もそこに必ず毎日帰るわけではないようなあいまいな家のような場所、こうした表現を重ねていくうちになんとなく新しい人の暮らし方への模索をしているのかという風に感じた。都会の暮らしのスタイルは多様である。この多様性をシェアハウスのようなスタイルで実現しようというプロジェクトもある。そのプロジェクトでは同業種をテーマにしたり、酒などの嗜好品をテーマにすることを考えている。多様な暮らし方はもしかしたら住宅の形をも変える可能性があると思う。面白いテーマなのである。

2019/03/07

午前中、東京都練馬区にて新築住宅を検討中のYさん打ち合わせ。今日は狭小地に立つ最大ボリュームについて、もしもスキップフロアなどの手法を採用した場合の可能性などについてご相談をさせていただいた。

午後、埼玉県草加市にて新築住宅の設計中のYさん打ち合わせ。いよいよ実施設計に移行するに当たり基本設計段階の最終確認を行う。

2019/03/06

朝一番より、東京都豊島区にて計画中の本納寺屋根葺き替え工事の工事打ち合わせ。いよいよ契約が迫りつつある中での打ち合わせということで、足場などの仮設計画や資材の管理方法、工程管理などについてもろもろのお話をさせて頂いた。11時ごろまで。

14時、埼玉県川口市にて新築住宅を検討中のMさん打ち合わせ。約70坪ほどの延べ床面積を持つ木造3階建て専用住宅の設計である。今日は2回目のプランニングということでクライアントの要望のままに大きくなりすぎないように、面積を絞りつつ要望をかなえていくことを意識した計画案をプレゼンさせていただいた。

夕方、小屋について考える。コルビジェは「創造的で活動的な人、つまり指導者は静かで安全な場所に、その黙想のためのシェルターを要求する。つまりこれは専門化された人々の健康にとって欠くことのできない問題である。」という言葉を残している。以前埼玉県の川口市に造った安行の小屋は、ますいいによる工事とクライアントのセルフビルドによって造られた、週末のガーデニング作業のための居場所である。この小屋の工事では写真にあるテラコッタのタイルを張ったり、ミニキッチンを造ったりの工事をクライアント自身の手によって行っている。結果ローコストでとても魅力的な小屋を手に入れることができた。こんな小屋を次もまた作ってみようと思う。

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2019/03/04

今日は建築士事務所協会の会合で、飯能市に造られたメッツァビレッジの見学会に参加した。いわゆるムーミン村として紹介されている一連の施設のオープン前見学会である。終了後はカールバーンという地元のお店にて会食を楽しんだ。これまた飯能らしくない、まるで六本木から運んできたかのようなレストランである。食事もおいしいが、建築自体もなかなかのものなのでセットで行ってみてはいかがかと思う。

先日、茶室の入り口にするふすまの寸法について話をしていたら、5尺7寸という数字が出てきた。昔の尺貫法による表記なので今風に直すと約1730mmとなるわけだが、茶室の入り口寸法としてはこの寸法が最もふさわしいとされている。現代住宅の一部に配置する茶室なのでもう少し高くしたいところだから、結果的には1800mmという寸法を採用することにしたのだが、適正な「低さ」というものには空間をしまったものにするという効果もあるから大切にしなければいけない要素だと思う。同時に天井の高さも考えなければいけない要素だ。リビングの天井などはともすると高く高くの方向に行きがちだけれど、一部のたまりとなるような場所だけを2100mmくらいまで低く抑えるような工夫もしてみたいと思う。

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