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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記

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2017/09/04

午前中、埼玉県川口市にて設計中のIさんの家の打ち合わせ。川口駅からほど近い、商店街と住宅街のちょうど境界線上にある敷地に、小さな3階建て住宅を造る計画である。2回目のプレゼンテーションの今日は、前回とは異なるエントランス計画を土台にして、部屋の配置を変更したり、3階のリビングのレイアウトを変えたり、3階の上にあるロフト部分のデザインを変更したりの工夫を加えたものとなった。

打ち合わせの前には、土地の区画変更に関する説明を、司法書士の平野先生よりしていただいた。昔の土地によくある話なのだけれど、隣の親戚の倉庫が越境してきていたり、逆にこちらの住宅が親戚の家の敷地に越境していたりの状態である。せっかく新たに建てるのだから、境界ラインを現状に合わせて整備してしまおうということでご相談した次第である。土地の話は意外と時間がかかるもの。今回も2~3か月を要する可能性があるということで早め早めの対応が望まれるところである。

17時、埼玉県川口市にて計画中のHさんの家の打ち合わせ。こちらは実施設計ということで、着々と図面を書き進めている。奥様のご希望のスペイン瓦を使用する予定で、7.5寸の急こう配が特徴となる住宅だ。このスペイン瓦なるもの、ますいいでは初めて使うものなので、おさまり等の検討をしっかりとしなければいけないと思う。

2017/09/02

今日は裏千家茶道の会に参加するために、群馬県の四万温泉に出かけた。群馬県の人に聞くと県内にある温泉の中で一番良いという人が多い、そんな山深い魅力的な温泉である。茶道というと、僕はなんとなく自然の中で行われるイメージがある。近年の都会の茶会はビルのワンフロアーにある茶室で模擬的な路地を設えているようなところでおこなわれることも多いのだけれど、やはり自然の力には勝てないもので、見渡す限りの山々に囲まれた中での茶道なるものはそれだけで幽玄な印象を醸し出す。強いて言えば会場がその地の温泉旅館の宴会場でなく、自然の中の一角のごとき場所などあれば最高であろうが、そうそう大勢が集うことのできる施設が山の奥深くにあるはずもないので仕方がない。

僕が泊まった温泉宿の目の前には、千と千尋の神隠しのモデルになったという温泉宿がある。300年以上も続く温泉宿だそうで、宮崎監督が映画の製作前に宿泊したことからそのモデルになったといわれているらしい。今回は反対側の建物から写真を撮るだけになってしまったけれど、いつかは実際に訪れてみたいと思う。

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群馬県の県道を走っていると、結構な山奥であるにも関わらず、結構な人を見かける。新しい家も建っている。東京へのアクセスのしやすさがあるのかもしれないけれど、本当の田舎とは違う気がする。過疎化が進んでいるような寂しげな雰囲気も感じないし、ちょうど祭りをやっていて逆に活気を感じるエリアもあった。

途中、中之条ビエンナーレなるイベントの記事を見た。先日訪れた十日町に同じ、ありがちなアートイベントである。実は埼玉でもトリエンナーレなるイベントをやっており、まあこれは2年に一回か3年に一回かの違いなのだけれど、とにかくアートイベントを町おこしに使う手段はどこでも同じように行われているのである。この手法、誰が聞いてももう古い様な気がする。それにアーティストの若い無垢なパワーに頼りすぎの気もする。これらが本質的な街の活性化につながるかどうかの結果は楽観的ではないと思う。群馬の山奥の魅力は、やはり山であろう。この資産を生かすことが一番の近道のような気もするが、群馬の人には見えにくいのかもしれない。わざわざ怪しげなアーティストを呼ばずとも、群馬にいる魅力的な人を都会のなまった人々に見せてあげるほうがいかに面白いかという気もするのである。

2017/09/01

9月。季節がらか小笠原諸島には台風がうろうろしている。台風シーズンというのがいつなのかが良くわからなくなるほどに不順な天候が続いているけれど、いよいよ本番のこの月に大きな被害が出ないことを祈るばかりである。ますいいでは設計だけでなく、工務店として工事も行っている。なので雨が長く振り続ければそれだけ工事が遅れてしまう。これは結構な痛手である。僕たちが作るものは建築だから、屋根さえかかれば雨が関係なくなるけれど、道路などの工事をしている人たちはもっと大変なのであろう。

突然のゲリラ豪雨によってヒョウの被害が発生している。僕の知人には買ったばかりのBMWが見事にぼこぼこになってしまった人がいるのだけれど、その車は見事に新車になって帰ってきたからよかった。保険制度は大したものだと喜んでいたが、こういう被害が増えているようだからきっと保険金も上がるはずだ。最終的には消費者の負担になるしかないのは明確なのだ。雷の被害も目立つようになってきた。ますいいでは雷の被害に備えて、無停電電源装置の導入を行った。図面等のデータを守るためである。これがどれほどの効果があるのか、期待通りに機能してくれるのかはわからない。でも何もしないで後悔するのも嫌だからできるだけのことはやっているしだいである。

世の中にはどうにかなることとどうにもならないことがある。数日前にミサイルが来るかもしれないから避難したほうが良いとの警告があった。埼玉県は範囲から外れていたけれど、それでも得も言えぬ気持ち悪さを感じた。地下に避難・・・、いったいどこへ行けばよいのか。一瞬シリアの難民たちの映像が頭をよぎった。川口市にいるクルド人難民の顔も頭に浮かんだ。この人たちはいつもこんな不安を感じながら生き、そしてそこから逃げるためにいま日本にいるのだと改めて感じた。

地震・雷・火事・おやじの怖いものからおやじは外れて久しい。もう少し怖くならなければいけないのかもしれぬが、何を語るべきかの規範がわかりにくい世の中である。その規範を見出すことができればよいと思い学ぶが、そんなに簡単なものでもない。なんだかいろいろなことを考える季節、それが秋だ。

2017/08/29

朝一番より、埼玉県川越市にて進行中のSさんの家のセルフビルド立ち合いへ。ますいいではセルフビルドでの家づくりをお勧めしているわけだけれど、その中でも最も頻繁に行う作業が漆喰の壁塗りである。漆喰を壁に塗り付ける前には、石膏ボードの継ぎ目をパテで処理をしたり、ジョイントテープというメッシュを張り付けたりの作業があるのだけれど、今日は部屋ごとに段階を追ってそれらの作業を行った。

作業の終盤には左官屋さんの塙さんが自ら漆喰の塗り方講座である。教えられているのはクライアントのSさんとますいいの渡邊君だ。僕も参戦して15時ごろまでみんなで作業である。とても暑い中での作業、汗をかきながら何とも楽しい時間を過ごすことができた。

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漆喰塗りのセルフビルドを久しぶりに行った。今日は左官屋さんの作業立ち合いが付いていたのだけれど、左官屋さんがいてくれるおかげでだいぶ作業ははかどるわけで、やっぱりプロの段取りの手際の良さというのは素晴らしいものだと思った次第である。この後クライアントのSさんとますいいのスタッフだけで同じペースン作業ができるわけはないけれど、Sさんの壁塗りの手つきはとても初めてとは思えない器用さであったから意外と簡単に進んでしまうかもしれないの感もあるのだ。

2017/08/28

朝一番で埼玉県川口市にて検討中のTさんの家のリフォーム打ち合わせ。今日は第1回目のご提案ということで、リフォーム後のプランと主要な展開図のご説明、そして概算の見積金額についてのご説明をさせていただいた。打ち合わせ終了後、小屋裏空間に潜っての調査を少々。クライアントも一緒に潜って、どんな工事ができるかの検討を行った。小屋裏空間というのは、リフォーム工事の時に最も利用価値のある空間だと思う。古い家の場合は通常は平らな天井で隠されているけれど、ひとたび天井の上をのぞいてみるとそこにはとても広い空間が広がっていることが多いのである。小屋裏から屋根のほうを見てみると、そこには屋根を支える野地板という材料が見える。その野地板を支える垂木という材料も見える。その垂木は母屋という角材の上に乗っかており、その母屋は束という垂直な柱のような材木で支えられている。そして束は梁の上に誇らし気に立っているのだ。

下の写真は以前両国で行ったリフォームの様子である。古い木造住宅の2階部分をリビングに変更し、小屋裏空間の魅力を存分に表現している。Tさんの家は三井系列の会社が作ったいわゆるハウスメーカー住宅である。今では考えられないような特殊な工法を採用していて、柱を両側から鉄骨の部材で抱き込んだ梁が小屋組みを支えていたり、水平剛性を鉄筋ブレースで確保していたりの面白い構造なのだけれど、これらをうまくデザインに取り込むことができればと考えている。

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2017/08/25

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。最近はなぜかリフォームのお問い合わせが増えているようで、しかも2世帯で暮らすためのリフォームという形態が多い。このようなケースの場合は1階と2階でゾーンを分けて、なるべく生活動線や設備器具の使用状況が被らないように配慮する場合が多く、つまりは2世帯住宅という名前の集合住宅のような、上下階に分かれた長屋のような形態をとることになる。

一つの家を長く住み続けて、次の世代まで受け継ぐというのはまるで農家の住宅のごとき、ちょっとノスタルジックな感覚を思わせる。でも行き過ぎた核家族化の状態を元に戻したいという思考が都市部においても働いているわけだから、なんとなく正常な状態に戻っているような気もするのである。僕が仕事を始めた頃、今からほんの15年ほど前にはこんな要求はほとんどなかったこともまた面白い現実である。如実に変化が現れたのは、東日本大震災である。人が集まることの意味を思い出させるのは、やはり生命の危機のごとき現状が最も強い力を持つのかもしれない。人も所詮は動物である。孤高のトラのような動物もいるが、集団を作ることに意味はやはり大きいのだ。

2017/08/23

午前中、東京都豊島区にて設計中の本納寺 屋根葺き替え工事に伴う耐震診断のための現地調査立ち合い。岐阜県から来てくれた構造診断を行うための調査員さんたちと一緒にお寺の隅々までを見て回る。お寺は築年数が約100年である。古い割にはとてもしっかりとしており、不動沈下などの不具合もほとんどない。床下に潜ってみると、なんとべた基礎である。普通お寺の柱は外回りが土台の上にのっていて、中通りは土間の上に置いてある石にのっていることが多い。柱の足元が固定されていないから、それを固定する補強工事を行うことが一般的だが、その補強工事がすでに行われている状況である。住職さんにお話を聞くと今から十数年前、先代の時代に補強工事を行ったそうだ。床下に入れられている断熱材が伝統建築に似合わずちょっと面白い。

瓦は本葺きである。通常は土を乗せた上に瓦を重ね置き、瓦と瓦の隙間を丸い形をした瓦でカバーする。一部を外して確認するとなんと土が部分的にしたのっていない。通常は全面にのせられた土で固定する瓦が、引っかけ桟瓦のように固定されており、さらに重なりしろもほとんどない。つまりは軽量化を図るための工夫がされているのである。軽量瓦を使用していないのに軽量瓦のごとき施工をしているあたり、100年近く前の大工さんの強い意志を感じるのである。調査は二日間続く予定である。明日も引き続き行う予定だ。

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2017/08/22

午前中、埼玉県川口市にて計画中のIさんの家の敷地調査。司法書士の平野さんと一緒に土地の形状変更に関する確認を行った。昔の土地である。本当の敷地境界線をはみ出して既存の住宅が建っていたり、昔の敷地境界線をはみ出して隣の倉庫が建っていたりの摩訶不思議が当たり前にある。今回は住宅の建て替えに伴って、現状の建物に合わせる形で土地の形状を変更すし、新しく作る住宅を現状の形と同じようにするつもり。家づくりの準備は念入りにしておかないと後が大変なのである。

2017/08/20

今日は早稲田大学創造理工学部建築学科の渡辺大志先生が、新築の住宅作品のお披露目会を開催するというのでお邪魔した。

実は、ますいいリビングカンパニーは2001年に早稲田大学の教授をしていた建築家・石山修武氏のアドバイスのもとでスタートした会社である。僕がまだ戸田建設というゼネコンで勤務していたころ、2か月に一度くらいの頻度で新しい「家づくりを行う組織」の可能性を探るためのゼミのごときものを開催していただき、設計事務所が工務店機能を兼ね備えるという現在の仕組みを考案した。当時の工務店は相次ぐ手抜き工事などにより社会的信頼を失い、設計力などというものは皆無であったのだけれど、建築家が住宅を扱うのならば工務店機能まで行うべきであるという石山氏の考えのもとで生み出されたのである。

建築家が住宅設計を行うのであれば工務店機能も兼ね備えるべき。当時は建築家がいわゆる普通の規模の住宅を扱いだしたスタートのころで、様々な建築家によるアート作品のごとき住宅がたくさん作られていた時でもあった。ともすると意匠的な操作に寄りすぎた結果の問題作も多くあらわれ、裁判の一つくらい持っていないと一人前の建築家ではないなどと強がるものまでいた時代である。そんな時代の中で、住宅を扱う以上は施工まできちんと管理し、責任を負い、将来にわたる保証までをも含めて建築家が行うべきという考えは非常に説得力のあるものであった。そしてますいいがスタートしたのである。

渡邊先生はその石山先生の研究室を継いだいわゆる後継者だ。僕も長いお付き合いをさせていただいているわけだけれど、こうして初めての新築作品をお披露目する機会を得ることができたということで本当に嬉しい思いである。大学の学年では後輩にあたるわけだけれど、僕が心から尊敬できる建築家の一人になりつつあると思っていた。作品を見て、彼の建築に対する姿勢を生々しく感じることができ、その思いは確信に変わった。多くの敬愛すべき師が年齢とともに活動を縮小する中で、今の時代だからこそ貴重だと思える魂のこもった建築を見て、とても幸せな気分になった。帰り道、一緒に見学に行った妻と町田分室の田村君と一緒に吉祥寺の駅前にあるハモニカ横丁にて楽しい建築談義の時間を過ごした。2時ごろからスタートして、17時ごろまでの長丁場である。まるで学生の頃のごとき熱い建築に対する思いがふつふつと湧き上がる、そんな一日であった。

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2017/08/19

朝10時、埼玉県川口市にて新築住宅を検討中のKさんご夫妻打ち合わせ。会社から車で15分ほどのところでの計画である。もともと水路だったところに人が通れるように蓋をして整備された緑道に面する土地で、普通の道路に面しているのではないけれどちょっと特殊な確認申請を行うことで建築確認申請が取れるという特殊な事情を持つ敷地に建つ専用住宅を計画している。今日は敷地に関する事前の役所調査の結果をご報告させていただくとともに、家づくりのご希望を伺うための打ち合わせを行った。次回のプレゼンに向けて準備を進めていきたいと思う。

夕方、猛烈な雨が降る。川口市は想定される洪水時の水位を電柱に赤いラインで明示しているのだけれど、それによると僕の会社があるところは約3mほどの水位になるという。今のところ川口市では何の規制もないのだけれど、妻の実家のある滋賀県などでは、平成15年に「流域治水の推進に関する条例」を定め、建築や都市計画側の治水対策を進めているようだ。それによると200年に一度の発生確率で3m以上の浸水深が生じる恐れのある地域では、新築時に想定水位以上の高さに居室や避難空間を確保できない建築を建てられないようにしたそうだ。

この考え方は僕の水門の家と同じで、要するに水害の時に困らないように高いところに住居を作りましょうというものである。昔の日本では高床式の倉庫なるものが普通に作られていたわけだから、自然の中で暮らすスキルとしては決して目新しいものではないはずだ。写真はカンボジアのトレンサップ湖にある住宅の様子である。今の日本がこうはなることはないだろうけれど、でもなんとなく未来の姿の要素を含んでいるような気もするのである。

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2017/08/16

朝4時滋賀県の実家を出発。6時間のドライブを経て9時川口市に到着である。片付け、仕事の準備、そして今日もプールに行く。いよいよ明後日から仕事である。今回の旅で学んだことを早速生かしていきたいと思う。

2017/08/15

京都二日目。今日は妻と二人である。朝10時ごろ京都について、早速目的地「白沙村荘」に向かう。ここは日本画家「橋本関雪」が芸術拠点として作った建物群と庭園である。現在は二つのレストランと、公開されている庭園部分に分かれている。どのように運営されているのかはわからないけれど、何度も焼け落ちて再建築を繰り返された有名な寺院建築よりも、造られた当時の作り手の思いがダイレクトに伝わってくるような感じがして何ともパワフルな建築群であった。

まずはじめに、レストランNOANOAにてランチを食す。メニューは無難にハンバーグ定食。このレストランがある建物は橋本関雪が1929年に建てたスパニッシュ様式の洋館を1970年にレストランとして改装したもので、当時の建築がそのまま残っているところで食事をすることが出来る。食事をしているのか、建築の実測をしているのかの区別がつかないような状態での昼食タイムであったが、まだほかの客がいない貸切状態のお店の中を自由に歩き回りながら思う存分楽しむことが出来た。

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食後、いよいよ白沙村荘に入る。住居、茶室、持仏堂など多くの建築がちりばめられた庭園を順路に沿って歩く。庭のあちらこちらには国内外から集めた石が置かれている。「離合反復常なき人事の中にあって、一木一石は私の唯一の伴侶であったともいえる。私にとっては庭を造ることも、画を描くことも一如不二のものであった。」「樹を植え、石をすえ、水をうった後の気持は法悦に浸って居る心持ちであり、芸術家の所謂三昧境である。」と自ら言っているように、30年間の歳月を費やしてこだわりにこだわった庭や建築を作り続けている。しかも設計は自分自身、まるでますいいのクライアントのごときセルフビルドの思想なのだ。


明日は五山の送り火である。白沙村荘にある画室・存古楼は8月16日の大文字送り火の際に、目の前の池に送り火を映して鑑賞するように構成されているそうだ。そしてその数分間がこの庭園のクライマックスであるという。何とも贅沢な話ではないか。

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病に倒れた妻のために作ったという茶室。その目の前には蓮の花が咲き乱れる池がある。まるで絵画の中を眺めているような光景である。1時間ほどの散策の後、抹茶をいただき白沙村荘を後にした。建築を訪れて再び来たいと思うことは少ない。ここは数少ないそんな場所になりそうである。

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庭園を後にして、曼殊院と詩仙堂を訪問した。この二つの場所は十数年前に大学時代の級友と訪れた後これで3回目となる。なんとなく5年に一度くらい来たくなる、そんな場所だ。その中でも今回は特に曼殊院の八窓軒なる3畳台目の茶室を見学した。またもやガイドさん付である。しかしながら今回のガイドさんはとても親切な女性で感じがよい。狭い茶室の中で初老の男性の話を聞くより、やはり女性の方がありがたいのである。この八窓軒、字のごとく窓が8個ある。①躙り口上の連子窓②その左の下地窓③連子窓④化粧屋根裏の突き上げ窓⑤客座南側の下地窓⑥点前座の風炉先にある下地窓⑦⑧色紙窓の二つ、これら合わせて合計8個の窓が開けられているとても珍しい茶室だ。遠州好みなどの伝えがあるけれど、確証はない。茶道をやっているといろいろな茶室に入る。その多くは大勢の人を入れることが出来る広間であり、そういう広間に入っても建築的に何かを感じることはとても難しい。そしてまれに小間に招かれることがある。小間は4畳半だったり、3畳だったり、とにかく狭い。狭い茶室は入った瞬間、どことなく息が詰まるような感覚になる。閉所に閉じ込められたような、なんとなく落ち着かない感覚である。子供のころに押入れに入った感覚であろうか、はたまた土管の遊具に入った感覚ともいえる。しかしそれから先が違う。土管も押入れもそのまま変わらないけれど、茶室の場合は、穿たれた窓、掛込天井などの工夫、床の間、中柱、中柱に着く袖壁、畳の敷かれ方、常識外に細い柱など多くの工夫によって、次第に空間に身体的感覚があってくる。そして初めに入った時とは比べ物にならないくらいの広がりを感じるのだ。この感覚は面白い。そしていつか作ってみたいと思うものでもあるのだ。
二日間にわたる京都自由時間、とても楽しいひと時であった。この感覚を次の仕事に生かしていきたいと思う。

2017/08/14

朝から京都に向けて出発。どうせ道が混んでいるだろうと予想して、車を近江八幡駅の前にあるコインパーキングに止めて、琵琶湖線で京都駅まで移動した。京都駅に着くと予想通りすごい人である。あんまり盆休みには関係ないであろう外国人の観光客もたくさんいる。この町は日本の暦に関係なく常に世界中の人を集め続けているようだ。

早速タクシーに乗り込み、最初の目的地である裏千家本部に移動した。ここは、利休を祖父に持つ三代宗旦が建てた茶室「今日庵」があるだけでなく、茶道資料館や裏千家学院などの、つまりは裏千家にまつわることを学ぶことが出来る施設もある場所だ。僕は何度も来たことがあるのだけれど、一緒に茶道を習っている妻は来たことがない。というわけで一度は見てみようとの訪問である。あいにくの月曜日で、中には入ることが出来なかったけれどなんとなくの雰囲気は味わってもらえたと思う。そういえばこの今日庵がある小川通りという小道は、数年前に無電柱化の工事が完成してとてもすっきりとした状態になっている。電柱などというものあって当たり前の見慣れた景色になってしまっているけれど、ひとたびなくなってみるとどれだけ邪魔な存在であったかがわかる。電柱と言っても今の電柱は電気だけを運んでいるのではない。電話にケーブルテレビなどなど、新しい技術の普及に伴って無計画に増やされた電線のまるで蜘蛛の巣のごとき様子というのは、安全面のことを考えても何とかしなければいけない問題であるようにも思うのだ。

続いて、石塀小路に移動。ここは高台寺の周りにある石塀の残された雰囲気の良い小道で、京都に来たら一度は歩いてみたい場所だ。料理屋さんや、隠れ家的なカフェなどがあるかと思えば、THE SODO HIGASIYAMAのように古い日本建築を利用したレストランなどもある魅力的な場所である。ここに来たらわざと細い道を探して歩かないと意味がない。幅が1mほどの小道を歩くこと30分ほどであろうか、いつの間にか八坂神社の南門にたどり着く。高台寺から南門までのほんの一瞬のタイムスリップ、景観が保存された区間はとても短いのである。

そのまま八坂神社を抜けて、祇園でうどんを食す。なぜか祇園界隈にはカレーうどんのお店が多い。カレーうどんと言えば早稲田にある三朝庵が発祥というから、別に祇園が発祥ということもないのであろうが、きっと流行るからにはそれなりの理由があるのであろう。

最後に西本願寺、東本願寺を眺め、特別に公開されている東本願寺の飛地境内地である渉成園を拝観した。この庭園は、宣如上人が三代将軍家光から東本願寺の東側の土地を寄進され、自らの隠居所を作ったことから始まっている。庭園は池泉回遊式庭園で、詩仙堂を開いた石川丈山の作庭と言われているそうだ。今日は2階建ての茶室「蘆庵」が公開されていた。建物の中には初老のボランティアの男性が各階に一人ずつ陣取っている。こういう人がいるとたいていちょっとしつこいくらいの解説がついてくると構えていると、案の定であった。知ったかぶりの解説は家族に任せ、僕はなるべく建物の空間を体感することに集中する。解説などは後で知りたければ本を読めばよいのだ。建物を訪れるということは中に入ってじっと体感し、その空間をどう感じるかを吟味することであって、決してうんちくを聞くことではないのである。

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2017/08/13

二日目。午前中は昨日に続いて布引体育館のプールへ。午後は義理の妹の家族が来て皆でバーベキューを食す。池の上に作られた縁側にバーベキューのセットを並べて、家の裏に広がる広大な空き地を見ながらのバーベキューはここでしか味わうことが出来ない最高の贅沢である。事前に買っておいたみずかかみという滋賀県で採れる米で作った日本酒を飲み、気分よく酩酊。お休み二日目終了である。

2017/08/12

11日から12日に日付けが変わる頃、妻と二人の娘を乗せて出発。今年の連休は、一年ぶりに妻の実家の滋賀県に帰郷である。僕にとっては故郷ではないのだけれど、まだ社会人2年目だった24歳の頃に、戸田建設というゼネコンの社員として滋賀県の村田製作所の工場を整備する現場に派遣され、そこで通っていた1級建築士を取得するための日建学園で当時ミサワホームの社員だった妻と出会い、結婚して・・・の結果、僕にとっては第2の故郷という感覚なのだ。

途中で発生していた事故やら故障車やらのアクシデントを何とか通り過ぎ、約7時間のドライブで滋賀県到着である。このくらいの時間であれば、まあまあの出来だ。ひどい事故にあってしまうと平気で10時間くらいかかることもある。朝7時頃、滋賀県東近江市蒲生郡にある実家に着くと、早速お義父さんとお義母さんが出迎えてくれた。

ほぼ徹夜でのドライブである。さすがに眠いので、朝食をとってから朝寝をする。昼ごろ眼をさまし、近所にある布引体育館のプールへ行く。ここは滋賀県で働いていたころからのお気に入りスポットで、たまに泳ぎに来ていた。今日も30往復、1.5キロほどをゆっくりと泳ぎ体をほぐす。娘たちも久しぶりのプールを楽しんでいるようだ。

夜はみんなで食事。久しぶりの滋賀県なので、滋賀県名物の鮒ずしを購入し、日本酒と共にいただくと何とも言えない美味である。最後に、そのままでは食べることが出来ない頭としっぽをほかほかの御飯に埋めて、そこにお茶をかける。滋賀県の人なら知らない人はいないであろう、鮒ずしの茶漬けである。とろけそうに柔らかくなった鮒ずしとご飯が何とも言えなく絡み合う最高の一品だ。

何とも幸せな気分で早めの就寝。なぜか滋賀県に来るとテレビを見ないのだけれど、今回の旅には先日高校の同級生に勧められて購入した「宇宙兄弟・1~28巻」がついてきている。眠くなるまで読みながらしばしの時を過ごした。

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