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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

ますいいリビングカンパニー|埼玉県川口市

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増井真也日記

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2018/01/20

朝礼終了後、10時より埼玉県川口市にて設計中のKさんの家の打ち合わせ。基本設計の変更案についてのご説明をさせていただいた。12時ごろ終了。

13時、東京都北区にて新築住宅を検討中のMさんご夫妻打ち合わせ。今日が初顔合わせである。
Mさんご夫妻は予算が2000万円ほどで準防火地域に70㎡程度の住宅を検討しているとのことである。これまで数社に住宅のプランを依頼してきたけれど、どうも気にいるプランができないということで、オゾンさんより紹介されてますいいリビングカンパニーに足を運んでくれた。これまで打ち合わせをしてきた会社さんは建売住宅を得意とする建設会社ということである。プランを拝見すると確かに建売住宅のごとき匂いがプンプンとするプランが記載されている。

仕事のスタイルというのはそうそう簡単に変えられるものではないと思う。普段建売を作っている会社が急に建築家のまねごとをしてもそれは難しいし、逆に建築家が突然建売分譲会社のごとき事業に挑戦してもそれもそれで難しいだろう。もしも僕が建売住宅を作るとしたら、アメリカのアイクラ―ホームのごときスタイリッシュな高級建売のようなものを想像してしまったりするだろう。その結果建売という市場では高すぎて全く売れないという結果に陥ってしまうかもしれないのだ。

16時、埼玉県和光市にて住宅の建て替えを検討しているKさんご夫妻打ち合わせ。以前はリフォームにするか新築住宅にするかのところで迷っていたのだけれど、新築を作る方向で決意されたとのこと。ということで、今回は1回目のプレゼンテーションをさせていただいた。お話を進めていくうちに中庭型の住宅も見てみたいということになった。しかも以前作った二つの中庭のある家をとても気に入っていただいているとのことである。これは2011年に完成したもので、女性が独り暮らしをするための平屋の住宅である。平屋で土地全体を城壁のごとき外壁で包み、その中に二つの大きな中庭を配置し、結果的に余ったスペースに居室やキッチン、寝室といった機能を与えている。いわゆるn-LDKのプランとはかけ離れた建築の作り方で生まれたとても落ち着くくつろぎの場であり、設計時点では胎内空間のようなことも意識しながらそのプロポーションを検討した。写真にある玄関は僕の父に作ってもらった。いわゆる完全オリジナルの玄関ドアである。ドアの中心には青いガラスの板を埋め込んである。この板ガラスの中を通り抜ける南側からの光が内側の扉に青く灯る様子が僕は好きだ。

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2018/01/19

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。

11時、埼玉県川口市にあるアトリエKさんを訪問。2年前に造った70坪ほどの大きな絵画アトリエで、小学生から大人まで多くの生徒さんに絵を教えている。当時と比べると格段に生徒さんが増えたそうで、それも建築のおかげといわれるとなんだかとてもうれしいものだ。当時は古い木造住宅の一角で教室を運営していたから、それと比較すれば格段に目立つ存在になったのであろう。街の中にますいいリビングカンパニーで造った建築がちょっとずつ増えて、そこでいろいろな人がいろいろな魅力的な活動をして、そしてこの町がちょっと魅力的になる、そんな変化を生み出すきっかけの建築を造れていることが何よりも大事なことだと思う。今日のご依頼は当時予算の関係で作ることができなかった厨房スペースのキッチンと、2階のアトリエの扉の取り付けである。ちょっとしたカフェっぽいスペースにしたいとのことだけれど、また一つこの建築が魅力的に動き出すきっかけになれればよいと思う。

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2018/01/18

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

埼玉県川口市にて設計中のKさんの家のプランについて担当の江崎さんと打ち合わせをした。決まりかけていた基本設計のプランを変更して2回目のご提案である。変更した理由はコスト調整だ。この敷地は道路に面していない。人が通ることができるように舗装された道路のような緑道に面していて、その部分を工事期間中だけ車両が通行できるように養生し、川口市から借りることで建物を建てることができるようになるという特殊な条件を持つ。そしてこの養生やら使用賃借やらに意外とお金がかかるのである。というわけで下屋を少なくした総2階に近いプランをご提案することにしたというわけである。今日は二日後の打ち合わせに向けてプランと模型を作成しているところ。完成が楽しみだ。

庭ではスタッフの田部井君と土田君、そして柳沢君がスロープの作成をしてくれた。このスロープは現在設計しているスロープのある家の中に使う勾配を再現したもので、通常の階段とは別に車いすの上り下りに使おうというものである。実際に使ってみて車いすの上下移動ができるかどうかの検証のために作成したけれどその結果やいかに。土曜日に実験をしてみるつもだがどうなるか見守りたいと思う。

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2018/01/15

今日は裏千家の初釜に参加した。初釜というのは年始にご宗家が関係者をお招きして、濃茶一服と点心をふるまってくれる行事である。利休から続く茶道の家元に直接会うことができる数少ない機会でもあるので、僕にはとても楽しみな会である。場所はもちろん東京で、わざわざ京都まで行くのではない。市谷の近く牛込柳町というところに東京の道場があるので毎年そこで行われる。会場には各国の大使さんやら、政治家さんやらなんだかとても偉そうな方々がおそろいで、僕はといえばちょっと小さくなりながら皆様の中に入れさせていただいた次第である。

2018/01/14

昼過ぎ、なんとなく時間があったので東京散歩へ出かけることに。今日は原宿駅から、裏原を通って渋谷駅までのコースを歩いてみた。僕は昔から早稲田大学のある高田野馬場周辺がホームだったし、予備校も新宿にあるSEGに通っていたので原宿やら渋谷やらのおしゃれなエリアに足を踏み入れることは少なかったのだけれど、ちょうど30歳ぐらいの時に青山にあるIDEEという家具屋さんと一緒にリノベーションやら新築住宅やらのお仕事をしていた関係で、急激に身近なエリアになったのである。ちょうどそのころは初めて体験する南青山界隈の街並みを楽しんでいた。今日歩いた裏原宿もそのころによく打ち合わせなどを行った場所で、そのついでに入る洋服屋さんやカフェなどが新鮮だった記憶がある。

青山とか裏原と比べると、渋谷はちょっと違っていて、やっぱり僕たちの世代にとっては高校生の時が一番のブームだったように思う。比較的まじめな高校生だったのでチーマーなどという流行の集団にはかかわらないようにしながらも、でもやっぱり人が集まる渋谷の街はちょっと刺激的な場所だった記憶がある。ものすごく久しぶりにスペイン坂を歩いてみたものの、当時の賑わいが嘘のように閑散としている様子に驚いた。やっぱり町の隆盛というのはコントロールが難しいのであろう。なんだか意味の分からないガチャガチャのような機械がおいてある店や、下着やさん、空き店舗・・・全く魅力のない状態はまるで西川口駅の西口商店街のごときであった。最後にヒカリエに行くも、こちらも駅ビルの持つ悲哀を感じざるを得ない再開発ならではの無個性街である。新宿副都心でもさいたま新都心でも同じなのではないかと思うような再開発特有の建築デザインに、これまたどこでもいっしょの小売店の入るフロアー、そしてレストラン街と映画館・・・町の開発というのはこれしか手段がないのだろうかの疑問だけが印象であった。

それに比べて裏原の小規模建築群はなかなか面白い。一つ一つに個性があって、何とも言えない主張がある。その主張が絡まりあって町全体の魅力となる。青山でもそういう感じがあるけれど、やっぱり魅力的な個人の集合ほど面白いものはないのであろう。

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2018/01/13

朝一番で、田部井君と吉村さんと一緒に東京都練馬区のIさんの家を訪問。今日は基本設計の打ち合わせである。プランの変更中の打ち合わせということで、昨年末に打ち合わせしたプランの変更についてのご説明をさせていただいた。Iさんの家は分譲されたばかりの新しい住宅街に建つ。ゆえに必然的に周りは新築ばかりである。なんでも古家を壊して賃貸住宅までできる予定というから、本当に新しい町がそのエリアに出来上がることになるのだ。

こういう状況で家づくりをすることはよくあることだ。建売住宅群の中にぽつんとますいいで作った家ができると、通りすがりの人が来てこれを売ってくださいなどと、見当違いのことを言われたこともある。東京都杉並区に建つ浜田山の家でも、建売住宅を見に来たお客様がますいいが作っている現場に入ってきて、こちらの住宅はおいくらですかと聞かれたことをとても印象深く覚えている。この時は周辺の建売住宅が南側の道路に対して掃き出し窓を配置し大きく開いたプランを採用しているのに対して、ますいいでは北側の善福寺川の河川敷に対してウッドデッキを介して大きく開いたプランを採用したのだけれど、南側だからといって道路に面してプライバシーの確保が困難な窓を大々的に配置するという、いかにも建売住宅らしい設計に対し、敷地の周辺環境に調和した居心地の良い住まいを作ったことでそのような珍事が起こったのである。住宅を作る以上やっぱり僕たちが作る家がいちばん良い、と言われるような仕事をしたいものだ。Iさんの家もそうなるように頑張っていこうと思う。

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2018/01/12

朝礼終了後、東京都台東区にて設計中のSさんの家の打ち合わせ。Sさんの家は、狭小地に建つ18坪ほどの小さな家である。まるで小屋のごとき、とてもかわいらしい家で屋上に出ることが出来たりの魅力がある。南側の光を取り入れるために、屋上に面したハイサイドライトを設けている。屋上には階段で登ることができるようになっており、ビール片手にお月見なんてしゃれたことができるのである。こういう家を設計していると無駄に大きな家など必要ないのではないかの気もしてくる。以前建築家、ル・コルビジェのカップマルタンの休暇小屋を再現した建築の中に入ったことがあるけれど、人が一人で寝起きすることができる最低限のスペースにデスクやらベッドやらが造りつけられている空間は妙に居心地が良いものであった。程よい大きさ、程よい設え、きっとこういうものが本当にくつろぐことができる空間を生み出すのであろう。

夜、東京都板橋区にて設計中の住宅打ち合わせ。数度目の基本設計プランであるが、なかなか気に入ってもらえそうなプランとすることができた。ようやく進展の兆しである。

2018/01/11

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。10時より東京都小金井市にて設計中のOさんの家の打ち合わせ。実施設計に移って初めての打ち合わせということで、1/50のプランを見ながらお話を進めさせていただいた。この住宅は20坪ほどの面積を持つ狭小住宅である。予算は1680万円と大変厳しい。もちろんセルフビルドでクライアント自ら仕上げなどの工事を行ってもらうことでコストダウンを図っていく予定であるし、クライアント自身もそれを強く希望している。

僕はこういうローコスト住宅を作るときに、予算がないからといってつまらない建売のごとき住宅になることを避けるようにしている。建売の場合のローコスト策は一口に大量生産大量消費の業である。同じものをたくさん作れば当然安くなる。これはカローラと同じ、つまりは人件費の削減であり、大量購入によるコストダウンである。しかし、住宅の場合はこれでは魅力的なものは作れない。そもそも、空き家が社会問題となるような時代に魅力的でないモノならいらないのだ。敷地も施主も家族構成も異なる条件の建築の場合、しかも一生に一度の大きな買い物である住宅の場合、その土地に適したプラン、家族の好みにあった建築があって当然である。多少のコスト的な無理はあるけれどそれでも最後に本当に自分で考えた自分だけの家ができれば、それほど素晴らしいことはないと思うのである。

2018/01/08

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。

埼玉県川口市にて設計中のYさんの家のサイン計画などについて。Yさんの家ではフランス人のご主人がフランス語教室を営んでいて、今回はそのための教室を含めた住まいを作るためにリフォームを計画している。もともとの住宅は住友林業さんの古い木造住宅である。先日屋根裏に登ってみたら、とても広々としていて綺麗な状態が保たれていた。Yさんのおじいさんたちが住んでいた住宅を受け継いで、手直ししながら自分たちのスタイルに合わせて使っていく、日本の家もようやくこういう風に世代を超えて使われるようになってきたのだと思う。Yさん御家の近所にはフランス料理のお店があって、そのお店の外壁にはかわいい銅板製の看板が掲げられている。Yさんもこんなかわいらしい看板が欲しいということである。さてさて誰に頼めばよいか・・・。

川口市は鋳物で有名な街だ。今でも多くの鋳物やさんが街に点在している。どうやらこの看板はその鋳物やさんが作ったらしい。調べてみるとなんと僕の知り合いの会社である。それなら今回もその会社にサインを依頼してみようということで早速相談をしてみることにした。サイズはこのままではだいぶ大きすぎるので50センチほどの大きさにアレンジしよう。CHAT BLEU(青い猫)という教室のお名前にちなんで、猫とアルファベットの教室名をサインに入れることにした。さてさてどうなることやらである。アーティストによる作品の良さは、既製品と異なりそれ一つしかこの世に存在しないことである。アートと建築の融合といえば大げさだけれど、ガウディだって、他の西洋の教会建築だって彫刻家や画家の作品が建築を彩ることは大昔からの常とう手段なのである。川口市におけるアートと建築の融合のあるべき姿、そんなことを考えながら想像を膨らませてみた。

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2018/01/07

仕事が始まったかと思ったらいきなりのお休み。なんとなく世間はまだ正月休みが続いているような雰囲気もあるけれど、僕は所属している裏千家の社中、つまりはお稽古をしてくれる先生を中心とした教室の初釜に参加した。初釜というのはその年の稽古始で、その社中ごとにいろいろなスタイルがあるようだ。僕のところでは、立礼席を僕が受け持ち、濃茶席を先生が受け持ち、みんなでお弁当を食べた後に、花月をやって解散となる。なんだかんだと一日がかりでのお稽古なのだ。

先生は10年区切りで先生の茶道を考えているそうである。今年古希を迎えたということで、多くの生徒が集まってくれている現状を踏まえて、次の10年間を指導者として歩んでいきたいというお話をしてくれた。自分の周りにはいろいろな70歳の方がいるけれど、次の10年に対してここまでしっかりとした視野を抱いている方はなかなかいない。通常の仕事年齢を言えば、今の時代で60歳とは言わないけれど、それでも70歳はほぼ終わりの年である。大学の先生だって退官してしまう。再就職をした人も本当の意味での退職をしてしまう。ただの仕事では70歳から80歳まで現役としてさらに10年活動することなどなかなか難しい。

でも先生の周りには総勢17名の生徒がいる。先生と同じくらいの年の方もいれば、僕よりも若い20代の生徒もいる。そして今月からはまた更に2名の生徒が増える。だからこそ、次の10年を明確にイメージできるのである。仕事は続けられないけれど茶道はそうではない。さてさて、その違いはいったい何なのであろうか。

茶道の稽古は、先生の前に生徒が座り点前をしてそれを指導するという形式である。季節ごとに行われる行事では生徒が来る前に準備をし、特別な設えで出迎えてくれたりもする。たまには茶事を行ったり、難しい奥伝を教えてくれたりもする。茶道を習いに来る人は日本文化の愛好家たちであり、こうした稽古を通して様々な文化に触れ、文化を作る側になることを目指す。つまり先生を通じて文化を伝承してもらっているのである。何かを伝承することは仕事の世界にもある。スポーツなどの指導者にもある。テクニック的なことの伝承も大切だけれど、でも多くの場合は精神的なことの伝承がとても大切であることが多い。精神的なことの伝承者は年齢制限がないような気がする。だから茶道の先生はみな高齢になっても続けているのかもしれない。僕は先生のこんな姿がとても好きだ。尊敬もする。70歳になって堂々と次の10年を語る、なんと素晴らしい姿かと思うのである。

2018/01/04

新年4日目。今日は地元川口市に商工会議所の賀詞交歓会である。こういう行事に参加するようになって7年目くらいだと思うのだけれど、だんだんと毎年顔を合わせるメンバーというのが固定してきて、そしてさらに新しい人との出会いがあったりもしてなかなか良いものである。もちろんすべての経営者が集まるはずもなく、総勢500人程度の参加意思のある人だけが集まっているわけなのだけれど、だからこそ新年のスタートにはふさわしいような気もするのである。19時ごろ終了し帰宅。明日からはいよいよ仕事始めだ。またスタッフの皆と一緒に頑張ろう。

2018/01/02

午前中は、大徳寺にある茶室「密庵」についスタディー。なぜこんなことをいきなり始めたのかというと、3月にこの茶室を見学できることが決まったためである。大徳寺の塔頭・龍光院の国宝茶室である密庵は、特別拝観もなく、日本で最も見ることが難しい茶室などといわれている。そもそも国宝となっている茶室は千利休の作といわれる待庵と、この小堀遠州好みの密庵、そして今は愛知県にある織田有楽斎の如庵の3つだけ。裏千家の今日庵だって国宝ではなく重要文化財である。

そんな珍しい機会を得ることができたのだから、調査をするのは当然なのである。資料は堀口捨巳先生による「茶室研究」。この書物の中には密庵に関する記述が30ページほどある。資料を読み、歴史や背景などについては一通りのことを理解できた。さてさて、問題は実物である。実際にどれくらいの時間を過ごすことができるのかはわからないけれど、一体全体何を感じる事やら・・・。こればかりは行ってみないとわからないのである。

国宝茶室といえば、京都の大山崎にある待庵には20代の後半に訪れたことがある。この時は確か大学時代の友人たちと一緒に桂離宮と合わせて見学をした。

数年前に造った茶室ではこの利休の待庵と同じような室床の床の間を作ったのだけれど、室床にするということは床の間内部の入隅にある木部を左官で塗り隠してしまうということなので、すると柳釘が打てなくなってしまうわけで、ということは正月の柳の飾りを設えるための竹の花入れを取り付ける場所がないということだから、つまりはいつでも利用できる茶室とはならなくなってしまうという落とし穴がある。同じ社中で茶道を学ぶYさんのための茶室を作ってから、この指摘を受けたときには茶道を学ぶ方のための「自宅の茶室」の難しさを知った思い出がある。いわゆる茶道を学ぶ方のための「自宅の茶室」は利休好みというよりも、なんでも対応できることが大切であるのだ。僕が作りたいものを作ればよいなどという傲慢な話ではないのである・・・。

茶室の良さを学ぶには茶室に足を踏み入れるしかない。その空間を体感するほかにない。例えば利休の待庵を見たとき、なぜ室床のごとき簡素な設えがあったのかを空想し、細かな作法は抜きにしてこのようなものを純粋に良いという感覚思いを寄せて、つまりはわびさびを解することはとても価値あることと思うのである。その茶室の使用方法を理解し、そしてさらに魅力ある空間を作ってあげられたらこれほど素晴らしいことはないのである。

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午後からは夕方は仲間と集まり所用を済ませ、会食。またまた日本酒を飲みすぎでしまった。正月の日本酒だけはやめられない。これは日本の良き伝統である。

2018/01/01

今年の冬は子供たちの受験もあって、妻の実家の滋賀県に帰省しなかった。せっかく川口市で過ごす年末年始である。たまには川口神社に初もうでに行ってみるかということで、夜中の0時をめがけて神社に足を運んだ。神社には多くの人が並んでおり、初もうでのための行列を作っている。毎年の恒例ではないので、周りの人たちの様子をうかがっていると皆それぞれ、家族ごとの個性があって面白い。あまりの寒さに屋台で日本酒を買って一杯だけ飲むと、何となく体が温まってきた。

今年もいよいよスタートである。どんな年になるかわからないけれど、平安で健やかに過ごせればよいと願っている。
皆様、新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2018年、日記のスタートである。

2017/12/28

今日は恒例の本納寺お餅つきに参加。一緒に参加した田部井君と林君は、生まれて初めてのお餅つきということで初めのうちはこわごわとした様子でソーっと杵を振り下ろしていた。周りで見ている人たちもこれで大丈夫かの不安を隠しきれない様子だったのだけれど、誰でも初めての時はそんなもので、そして誰でも何度もやればなれるものである。全部で十数回の回を重ねるころには、まるで餅つき職人さんのごとく餅をついていた。

こういう行事はだんだん少なくなっている。僕の妻の実家でも毎年お餅つきをしていたのだけれど、いつの間にかやらなくなってしまった。お寺という場所は、檀家さんが集まり、そのお寺を維持する関係者が集まり、そして住職さんが祈りをささげる神聖な場所である。人が集まり、心をきれいにして祈る場所だからこそ、こういう行事がふさわしい場所であるように感じるのだ。ここに集う人々の心はいつもとてもすがすがしい様相である。毎年餅をつくたびに思う自分の体の非力さ、来年はもう少し鍛えておくことにしよう。

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会社は今日で仕事納めだ。いろいろと途中の現場もあるけれど、また来年心機一転頑張ろう。お世話になった皆様、一年間ありがとうございました。そしてまた来年もどうぞよろしくお願いいたします。

2017/12/26

ホテルの朝、やたらと早く目覚める。こういうなれないところで迎える朝はいつもそうだ。1階に降りて、朝食のバイキングをいただく。あまり食欲もないので軽めにしておいた。

9時ごろ、裏千家の今日庵へ移動。この場所は堀川通を二条城のほうに進み、少し曲がったところにある。いわゆる観光地ではないのでとても静かな朝景色だ。一つの通りに、表千家の不審庵と裏千家の今日庵が並ぶように建っている。この通りの下にはきれいな水が流れているらしく、井戸からくみ上げた水を茶で利用するためにこの場所を選んだそうだ。

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用事を伝えると、改修工事が終わり出来上がったばかりの茶室に通される。これはとてもありがたいこと、再利用された古材の構造材、そこに塗られた左官の壁だけが妙に新しい。照明は暗く落とされているので、雰囲気はとても厳かである。やはり茶室はこうありたい。まるで事務所のように蛍光灯がついているような明るい茶室は、茶室とは呼べないのである。

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終了後すぐに事務所に戻る。14時、帰事務所。

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