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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
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増井真也日記

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2016/07/26

午前中は事務所にて雑務。今日は吹き抜けの効用について考えてみた。吹き抜けと言うと冷房効率が悪くなるといった悪いイメージがある。1階と2階がつながってしまうのだから、冷房時の涼しい空気は下に移動し、暖房時の暖かい空気は上に移動するという当たり前の現象が生じることは避けようがなく、その上で空気を循環させたり、床暖房のごとき設備を利用するなどの工夫が必要となる。でもこういう工夫が必要になることを承知したうえでもやはり吹き抜けというのは、住宅における大きな魅力となりうるとても重要な断面設計の工夫だと思うのである。

下の写真は埼玉県さいたま市にて造ったTさんの家。この住宅では、2階にリビングを配置し、1階と2階の中間階にサブリビングを配置した。このサブリビングの下には子供室があって、それらは写真のようなオープン階段によってつながっている。開放的な空間に作られた段差による空間構成は、それぞれの空間を段差によって区切りながらもワンルーム型の空間構成を断面的にも成立させる効果を生み出している。吹き抜けの良い事例の一つである。

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もう少し単純な吹き抜けもある。さんかくの家では、三角形の敷地に建つ三角形の平面を持つ住宅のほぼ中央部分に、1階から3階まで吹き抜ける穴をあけている。ここには天空からの光を取り込むことをイメージしているとともに、風の通り道として屋上に向けた開口部を設けている。

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吹き抜けとは、視界を開けさせ、光と空気を自由に取り込むことが出来る様にするための工夫だと思う。周辺状況が込み入っていたりの理由で土地自体が開放的でない場合など、敷地条件が厳しい場合ほど効果的となる手法だと思うのである。

14時過ぎ、埼玉県川口市にて設計中のAさんのリフォーム打ち合わせ。今日は水道屋さんの関さんとガス屋さんの田中さんが現調に来ている。現場での一通りの打ち合わせを終えたのち、家の中に入って図面を見ながらの打ち合わせ。古い住宅の耐震補強をしながらのリフォームという、近年とても需要が増えている事例であるが、あくまで補強をしながらのリフォームということで、その強度を損なわないようにする意識を持ちながら計画を進めることが重要となってくる。例えば開放的にしたいという意識から壁を安易にとってしまえば、その部分は現状よりも弱くなってしまうわけで、そういう部分をなくすような意識設定は新築よりも強度に保っていないといけないと思うのである。15時過ぎ終了。

16時、川口市立西中学校にて校長先生と面談。昨年までPTA会長をさせて頂いていた学校であるが、冬に行われる講演会の講師を依頼された次第である。中学生相手に何がしゃべれるか・・・、多少の不安は感じるけれど建築家という仕事の夢を伝えることが出来ればと考えている。

夜、友人と会食。久方ぶりの会話に楽しい時間を過ごすも少々飲みすぎてしまった。12時過ぎ帰宅。

2016/07/25

午前中、各プロジェクト打ち合わせ。埼玉県吉川市にて設計中のOさんの家では実施設計の作業を進めている。基本設計から実施設計に移行するときには、これまで1/100のスケールで描いてきた図面を、1/50に拡大し、実際に理想的な形で建物を造るための具体的な図面を書く作業に入る。初めは柱を落とすところからスタートし、壁の線を入れて、開口部などを開けていくとても地道な作業である。

図面というのは図面それ自体が一つの作品のようなものであり、図面が良く書けている建築は実物もよい建築となることが多いのでとても大切だ。昔はCADなどなかったから、すべて手書きで行っていた。ちょうど僕の世代はその過渡期であり、大学を卒業して5年後くらいで大方がCADに入れ替わったことを記憶している。今では手書きの図面を書いている人はほとんどいない。

今日は軒先の納まりについて考えてみた。軒先には雨どいというとても邪魔な存在がある。この雨どいというのは屋根に降った雨水を集めて、軒先から屋根の端っこまで運んでくれるとても大切なものなのだけれど、でもデザイン的に言うときれいに見せたい屋根の先端に丸っこい塩ビの樋が出てきてしまうのは出来れば避けたいところでもある。

むかしのお寺のような建築では、雨樋が無いことが多い。屋根に降った雨水はそのまま地面に落ちればよいという考えである。それでは軒先にいる人が濡れてしまうではないかと考えても、広いお寺ではわざわざ雨の日に軒先を歩かぬという選択が可能なのだ。

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内樋という手法がある。これは樋を外に出すのではなく、屋根の先端部分の内側に作ってしまう方法である。こうすれば外側から樋を見なくてすむので、軒先のデザインがとてもすっきりとなる。最近のゲリラ豪雨の時を考えると、この内樋はそれなりに大きく作る必要があり、それでも間に合わないくらいの沢山の雨が降った時には、縦樋につながる枡に入りきらない分はきちんと外部側に溢れ出してくれるような仕掛けもしなければならないのだけれど、そういうことをきちんとやればとても良いデザインとなってくれるのである。Oさんの家でも内樋を採用することにした。下の写真は埼玉県所沢市にて造った所沢の家、とてもきれいな内樋の納まりとなった事例である。

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2016/07/24

最近は雨が多かったけれど、何とか今日は雨が降らずにすんだ。気温もいまいち上がらない。気温については、過ごしやすいと言えばそうなのだけれど、畑にとってはあんまり良くは無いようで、白さび病のたぐいの病気が発生してしまう。きっと湿度と温度の関係であろう。どうしてもしょうがない場合には少量の農薬を使わざるを得なくなるので、出来ればカラッと晴れて欲しいところである。

夕方、娘たちを連れて畑に出向いた。息子は友達と脱走。高校生になればなかなか親の遊びには付き合ってくれなくなるものだ。娘たちもあと何年こうして一緒に来てくれるか。今を大切にしたいものである。

畑ではトマト、ナスといった夏野菜が育っている。カボチャもだいぶできてきた。雑草も大量発生していて、耕作地以外の部分には除草剤を使わざるを得ない。こういうことをしているといろいろなものの生命力を感じる。置いてある石を動かせばその下からは、何百匹もの蟻やダンゴ虫が出てきたりする。トトロの映画に出てきそうな八つ頭の葉の下は、日影が気持よいのかカタツムリの居場所になっている。大きな葉っぱの下にもぐり10分少々の間、何も考えずに草むしりをしていると、外からは全く見えなくなってしまう状態の中でちょっと変な気持ちになる。しばらく草の下にいると、沖縄のトウモロコシ畑を逃げる戦争の被害者を想像したり、まるでトトロのように草のトンネルを抜けた先にある何かを想像したり・・・僕の想像力はなんだか良くわからないことを考えてしまったりもするのである。

大葉は雑草である。これは畑をやっていて気が付いた。いたるところに勝手に生えてくるし、その生命力は雑草並に強い。日本人にとってはとても親しみのある野菜だけれどこういう野菜は無農薬栽培にとても適している。こういう風に自然に生えてくる野菜はなんだか親しみを感じてしまう。

畑は手を入れていないとすぐに天空の城ラピュタのごとく荒れ野原になってしまう。2反、600坪のスペースを管理するのはなかなか大変で、だいぶ慣れてきたとはいえ、二日もあけるとほころびが出始め、4日もあければ雑草が生い茂る。こういうことをすべて自分でやっていると、自分でやるためにやりやすい野菜は何か、管理のしやすい区画割はどのようにしたら良いか、そういうことを考える。そしてやりやすい状態をつくるために自分でできるいろいろな工夫をする。

僕は家でもおんなじように過ごしている。掃除をするし洗濯もする。料理もとても好きである。家とはこうあってほしいという理想の状態にするべく自分自身もせっせと動く。畑とおんなじ、僕たち夫婦はいつもそんな風に動いているのである。

普通の人ががんばって手にいれる理想の住まい、僕にとっては畑もその一つの状態であり、住宅と呼応して互いに必要とするものだと考えている。普通の人が手に入れることが出来る物、そうでなければ意味がない。一部の富裕層はどうしたって理想的状態を創り上げるのだ。僕はそうではない普通の人が、自分自身で体を動かしながら作り上げる理想に興味があるのである。

2016/07/21

セルフビルドを推奨して15年になる。今では壁の石灰クリームや白い壁の仕上げ工事、床のフロアワックス、簡単な家具工事、塗装工事など様々な工事を行う人が訪れる。

若い夫婦がカフェの経営を目指している場合も、早期退職した夫婦がカフェの経営を目指している場合も、全く同じようにセルフビルドを取り入れた。少々年を取ってるからと言って全く問題はない。むしろ若い人よりもそのこだわりは強くなっているかもしれないと思うほどに完成度は高い。ここで言う完成度というのはどれだけ個人のこだわりがにじみ出ているかということである。決して目地が真っ直ぐになっているかどうかとか、隙間が空いていないかどうかとかいうことではない。そのデザインに対して共感できるか、こだわりが感じられるか、好きになれるかというような感覚的な問題である。

この点については僕たち建築家が設計した通りに作れば出来上がるものでもない。あんまり狙いすぎるとまるで牛角のごとき、テーマパークのような造られた空間になってしまう。使ってもいないのに古びた雰囲気を醸し出すような塗装をしたりの装飾は少々やりすぎのような気がする。初めは普通に作り、経年変化をしやすいような自然素材をなるべく利用し、クライアントが欲しい雰囲気の空間を、時間をかけてゆっくりと作り上げていくこと、時間と共に自由に変化することが出来て、気分に応じて簡単に表情を変えることが出来る、そんな住宅を手に入れるためにはセルフビルドがとても有効だと思うのである。

僕は今の世界に強い違和感を感じる。金融によって支配された世界、建築は採算でしか判断をされなくなってしまった。人間味のある建築は捨てられ、求められるものと言ったらせいぜい災害からの復興関連施設のようなものだけ。ハウスメーカーが作る住宅もしかり。妙にきれいで、まるでビルのごとき堅牢な構造で、高価で、つまらない。
そういう違和感に唯一逆らうことが出来る世界がこの住宅という世界であると思うし、その手段こそがセルフビルドであるような気がするのだ。人の営みによってしか得ることが出来ない価値があると思う。それはゲームの世界には決してないリアリティである。そういうものを創り出すための設計が、「施主とのコラボレーションとしてのセルフビルド」なのではないかと、最近考えるようになってきた。

2016/07/20

昨日から所用の為、1泊で京都に来ている。今日は帰るだけなので、南禅寺に出向いてみた。この南禅寺には水道橋がある。この水道橋は琵琶湖の水を京都市内に引くために作られたもので今でもその上には水が流れ続けている。

僕はこのアーチ形という建築形態になんとなくひかれる傾向がある。アーチというとても古風な、そして原理的な構造形式に惹かれるのは、その分かりやすさとアーチの下側に生み出される空間の表情の豊かさからである。もともと南禅寺の境内を通るからという理由で、設計者の田辺朔郎もデザインには気を使われたそうである。東京タワーやエッフェル塔、富岡製糸工場などの構造美とはまた違う、なんとなくもう少し素朴な、しっとりとした美しさが感じられる場所であった。

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2016/07/19

午前中事務所にて雑務。

キッチンについて考える。最近のキッチンは対面型に作ることが多い。壁を向いて料理を作るのはなんとなく疎外感があるとか、料理中に子供の様子がわかるようにしたいとか、様々な理由からこういう風に作る傾向がある。そのキッチンがアイランド型か、それともカウンタ―式かについては好みが分かれるところだけれど、キッチンを中心としたLDKのシーンをつくりたいときにはアイランド型、ある程度目隠しをしたいときにはカウンター型を選択するようにしている。

下の写真のキッチンはモルタルで作っている。大工さんの手作業で下地を組み、普通は人造大理石かステンレスの天板が乗せられるところに、左官職人の手によってモルタルを塗って仕上げている。表面には水分が浸透しないように撥水剤やガラス塗料などを塗装するようにしている。モルタルの風合いというのはなかなか良い。木やステンレスともとても相性が良く、質素な質感が部屋全体を優しい雰囲気にしてくれる。素材としては安価な素材であり、高級メーカーのデザイン性の高いアイランドキッチンを購入するよりも安く出来上がるところがまたよい。

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ベニシアさんのキッチンが良いと言われることがある。たいていは木で作った質素な台にタイルを張ったカウンターを指しているのだけれど、そのセルフビルド感がとても良いのだ。セルフビルド感、つまり自由に変更できる感じ、自分でメンテナンスが出来る感じ、そういうところにみんなが引かれているのであろう。

キッチンなるもの、あくまで設備であるのでそれぞれの器具の寿命はせいぜい10年から15年程度である。特にガスレンジは故障が多い。水栓金具もパッキンやらの寿命がある。でもキッチン自体はただの箱だから壊れることはない。掃除さえしていれば、ずーとつかえるのである。だから壊れた機器だけを取り換えられるように、箱をデザインしておくことが大切だと思う。

そしてこの箱のデザインは、やっぱり大切にしておいたほうが良いと思う。どうせすぐにリフォームできるからと安価なシステムキッチンを購入する場合もある。もちろんキッチンにこだわりを持たないという場合はそれでよい。でも、本当はこだわりたいという場合には、やっぱりこだわったほうが良いと思う。

建築の本体構造ではないから、いつでも取り換えることができるとはいえ、箱ごと取り換えるのは大掛かりだし、コストもかかる。気に入らない箱をずーっと使い続けるのは嫌だ。でも取り換えてお金を使うのも嫌だ。どちらも嫌だと思いながらストレスを感じ続ける、なんてことにもなりかねないのである。

上の写真のモルタルのキッチンのクライアントは、別の住宅のモルタルのキッチンを見て、僕に家づくりを依頼してくれた。キッチンからつながる縁、面白いものである。

2016/07/18

午前中、ゴン太をお迎えに火葬業者さんが来る。ついにお別れである。16年、このますいいリビングカンパニーという会社をつくり、今の本社を建てて、営業をし始めたその時から一緒に暮らしてきた家族である。

長年住んできた犬小屋も、その当時に僕が手作りで作ったものだ。構造材は桧を利用している。割と大きな小屋だから構造材はプレカットを利用した。図面を書いて当時材料をとっていた大東木材さんに依頼した。材料が来てから二日間かけて一人でくみ上げた。事務所の前で犬小屋を作っていると、道行く人から良く声をかけられたものだし、それが犬小屋だと説明するとちょっと驚かれたものである。

土壁を塗るときは近所の子供たちを集めてワークショップを開いたりもした。木舞を編むのには竹のすだれをばらして編みこんだ。指導者は近所の左官屋さんに依頼した。外壁には杉板、仕上げの塗装は柿渋である。こんな小屋を造ったから16年間も長生きしてくれたのかもしれない。

夜、ゴン太が骨になって戻ってきた。割と大きな人間用の骨壺に入って戻ってくると、なんだか家の中で一緒に暮らし始めたかのごとき感覚になる。不思議なものだ。これまで逝った親戚やら知人やらよりもさらに近くにいるような、ペットという存在ならではの近親さを感じる。まるでよだれが付きそうなくらいの距離にいて、ボールを加えて遊んでほしいとおねだりしているかのごとき感覚になる。ペットの死、これも僕にとっては初めての経験である。ゴン太の小屋はしばらくはそのままにしておこうと思う。他の犬を飼うかどうか・・・、これはまだ考えないことにする。

2016/07/17

日曜日。今日は相模原の駅前ギャラリーにますいい建築展の巡回展を見に行った。連休の中日ということで、道路もすいている。圏央道を順調に飛ばし13時ごろには会場に付いた。

会場についてしばらくすると、国分寺の家のSさんご家族が会場に来た。まだ町田の分室を作ったばかりの頃、僕が田村君と一緒に対応させていただいたクライアントである。数年前に出来上がった家で家族楽しく暮らしていただいているというお話を伺うと本当にうれしくなる。こういう瞬間が僕の仕事の中で最もやりがいを感じる一時なんだと思う。

続いて町田分室でこれから家を造ろうというOさんご家族も来場。田村君も頑張っている。なんだか頼もしい限りである。僕がでしゃばるところでもないような気がするので、おとなしく会場を見渡していた。

下の写真はこれまで手掛けた作品の写真を展示している様子である。こうして眺めると圧巻だ。約150棟の住宅を造ってきた実感がひしひしと湧いてくる。これからもがんばっていかなければの感である。

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二つの展示が終わり、いよいよここで発表したことを現実の社会に持ち込むための動きをしようと考えている。下は飯能市で提案しているハンノウ生活。この提案を実行するにはプロジェクトに協力し土地を提供してくれる地主さんが必要だ。まずは一人目の協力者を探すところから始めることになろう。一つ一つのプロジェクトすべてに力を注がなければいけない。ますいい建築圏の実行の時である。

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帰り際に事務所によってみると、愛犬のゴン太がついに息絶えていた。ここ1年くらいはラブラドールで16歳という高齢の為に息をするのもつらそうにしていたから、ようやく楽になることが出来たのかという安堵の気持ちを感じた次第である。

2016/07/15

そんなに親しくはないけれど、でも何回かお会いしたことがあって、名刺交換のたぐいもしたことがあって、そして同じ茶道の団体に所属している方がお亡くなりになったというお知らせを受けた。年齢は48歳、若すぎる急逝である。一番最近お目にかかったのは先月のこと。懇親会の中で一言二言、言葉を交わしただけだったのだけれど、でもその時の光景がとても鮮明に浮かんでくる。

一期一会、普段何気なく口にしている禅語だけれど、果たしてどれだけ実践できているのだろうか?僕自身、人と交わるその時一瞬を、常に、全力で、本当に心の底から大切にしているかと自問自答すれば、やっぱりそうではない自分がいる。そして今回のように、本当にたわいもない一言二言だけが、その人とのすべてになってしまうこともある。こういう知らせはただただ悲しい、ご冥福をお祈りするばかりである。

2016/07/14

朝6時過ぎ事務所を出発。今日は相模原駅にあるギャラリーでのますいい建築展巡回展の設営ということで、作家さんたちの展示を担当している妹の真理子さんと一緒に会場へ向かった。こういう場で妹のことをなんと呼んでよいのか、普段は当然真理子と呼んでいるのだけれど、文章に書くときに呼び捨てというのも何となく気が引けるので、真理子さんと書くことにする。

8時45分会場着。スタッフの林君もちょうど同じ時間に到着したようだ。町田分室のスタッフも続々と到着。作家さん達も集まってきた。こういう作業を控えているときはなんとなくテンションががってくるから不思議である。

前回に引き続いてのおなじみのメンバーである。みな2回目の展示ということで手馴れている。それぞれが自分の役割を果たすべく黙々と作業を続けていると、3時ごろには展示作業を終了することができた。5時過ぎ、帰事務所。200キロのドライブに展示作業、さすがに少々疲れた。19時ごろ帰宅。

2016/07/12

午前中、埼玉のハウススタジオ打ち合わせ。ハウススタジオというのは、CM撮影やカタログの製品撮影、ミュージシャンのプロモーションビデオ撮影等を行う施設である。都心近郊に展開しているビジネスで、マンションの一室だったり、庭付きの一戸建てだったり、モダンだったり、和風だったり、とにかくありとあらゆる撮影のための背景を提供する建築物という定義であろうか。今回は比較的大きな規模のハウススタジオの設計と施工のご依頼を受けての打ち合わせという次第である。

前回の初顔合わせの時に頂いたご要望に基づくプランを作成していたので、それに対するご意見を頂戴する形での打ち合わせとなった。

撮影スタジオならではの面白い仕掛けがある。まずはトップライト、屋根の3分の1ほどもあろうか、とても大きなトップライトが空間を覆う屋根についていて、天空からの光を取り込むことが出来るようになっている。そのトップライトの下には、遮光カーテンと光を透過するカーテンがとりついていて、光の量を自由に調整できるようになっている。

自由に動く壁。住宅の設計をしていても可動間仕切りという言葉はよく使用するのだけれど、たいていは建具のごとき薄い壁をイメージしている。しかしスタジオの中の稼働壁は、厚さ30センチほど、収納付の本格的な壁が梁からぶら下がっていて、レールのついている部分を自由に動き回ることが出来るようになっている。大空間として部屋を使用したいときは壁を収納し、間仕切って使用したいときは本棚や収納が付いた壁として使うことが出来るというアイデアは、実際の住宅においても面白いアイデアとして転用できるような気がしたほどであった。

動くキッチン。何のこと?と思うかもしれないけれど、キッチンの下にキャスターがついて動くのである。水を繋げば使うことも出来る。まあこれは普通の家ではありえないかもしれないけれど、僕自身初めて目にする奇想天外な発想である。

大空間。倉庫のような鉄骨の大空間の中に高さ4mほどの可動仕切りがあり部屋を構成している。一部にはロフトのごとき場所もある。アメリカの納屋を改装して大空間の中に暮らす様子を雑誌で見たことがあるのだが、そっくりそのまま、鉄骨という近代的な素材で作られた大空間を自由な発想で区切って使う様子は見ていてとても面白い。あたかも住宅という概念を再構築するかのごとき様子がある。

シェルターの家を考案している。この家は空のシェルターと地のシェルターなる二つの要素で構成されており、普段は鉄骨の大空間が厳しい外部環境から内部を守る空のシェルターとして機能するようになっている。内側にある地のシェルターは緊急用の本格的なシェルターである。暴風、水害、などの様々な驚異的な状況から身を守ることが出来る地下室付きのコンクリート構造を提案している。二つのシェルターの間にある空間は、住空間として魅力的に機能するように設えられる。デッキテラスのようなダイニング空間、個室などなど、暮らしやすさを追求して設計できるようになっている。住宅とは、人が安全に暮らすための箱である。安全は外的要因によって左右される概念であり、近年の自然の驚異は安全であるための条件を確実にあげている。だからこそ住宅の側から、その構成要素を変えていく必要があるのである。

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2016/07/10

日曜日。最近は日曜日をお休みにするようにしているのであんまり仕事が入ることはない。特に現場の運営もしているスタッフの疲労を考えると、日曜日まで出社させていては体がもたないわけである。クライアントにはご迷惑をおかけしてしてしまうけれど、営業マンのたぐいがいる会社ではないのでご容赦願いたい。

朝起きると8時、最近ではたいそうな寝坊である。40歳を超えたころから目覚まし時計などなくとも、自然に6時ごろ目が覚めるようになってしまった。それが8時まで寝ることが出来たというのは、きっとそれなりに疲れていたということか。

11時過ぎ、幸町小学校に投票に行く。建て替え工事中の学校に入ると、まるで工事現場のごときプレファブ校舎である。テレビで見る被災地の仮設校舎のようなものである。こういう状況を見ると、普通の状況で授業を受けたりすることが出来ること、つまりあたりまえのことの大切さを改めて感じる。僕の娘は今、この小学校の4年生。再来年の完成までこの状態だと思うと少々かわいそうな気もする。

終了後、近所のスーパーにてお買い物。

その後畑に収穫に行く。畑では夏野菜が収穫の時期を迎えている。茄子、トマト、ピーマン、きゅうり、つるむらさき、小松菜、ちんげんさい、にら、ネギ、万願寺唐辛子、などなど様々な野菜がどんどんとれる。たくさん採れるし、日をあけてしまうと落ちてしまうし、最低でも一日おきには収穫をしなければいけない、少々忙しい時期でもあるのだ。

すべての作業が終わって家に帰るとすでに17時を超えている。大量に収穫したバジルを使って、にんにく、オリーブオイル、を混ぜ合わせた自家製バジルソースを作った。これをパスタにかけて食べるとなかなかの美味である。主菜は、トマトと鶏肉そして夏野菜のグラタン、付け合せにポテトサラダをつくり家族での食事。楽しい日曜日はあっという間に終わってしまうものだ。

2016/07/09

まちづくりについての考察

自分のまちの魅力は、自分たちで創る

鋳物を中心とする工業と緑の産業のまち川口市は、急速な都市化や人口増加を迎え発展を続けている。市役所や市立高校の整備など暮らしやすい街としての整備が進む一方で、まちとしての特色が無い、文化的なものが少ないといった負のイメージが意識される。
いずれ迎える人口減少の時代や、現在の急激な都市化により流入した人口の急激な高齢化の時代を控える中で、それでもまちが魅力的で生き生きと成長するためには、東京から近いという立地条件による利便性や、地価の安さなどによる発展の時代から、まちの魅力による発展の時代へと変化する必要がある。
そしてその魅力とは誰かから与えられるものではなく、まちで暮らし仕事をする私たちが作らなければいけないのだと思う。川口で暮らし、かわぐちで仕事をする人が集まり、かわぐちの魅力を外部に、そして世界に発信することが出来る場、そんなものが合ったら良いと思うのである。


建築を通してかわぐちの魅力を感じ、人が育つ場をつくる

自分のまちの魅力を感じながら、自分のまちを愛して育った子供たちは、一時的には様々な事情からまちを離れるかもしれないけれど、最終的には自分のまちに帰り、暮らし、何らかの貢献をしたいと考えるものだ。そのようなまちに対する思いの連鎖が、このまちをさらに魅力的な場所へと育てる。
川口市は鋳物産業と植木産業を中心として成長してきた。この二つの産業はまちの歴史ともいえる。しかしながら、一部の地域の住民を除いてこの町で暮らす私たちでさえもこれらの産業を強く意識しながら毎日の生活を送るわけでもない。つまり、日常の中でこれらの産業と肩を振れあわせて暮らしているわけでも無いのである。
建築にふれることを通してかわぐちの魅力を感じ、人が育つことが出来る場があれば良いと思う。そんな建築が身近にあれば、子供たちのまちへの愛情が育まれるのではないかと思うのである。

2016/07/07

10時、早稲田大学の中谷教授の研究室の学生さん来社。修士課程の2年生ということで当然将来を意識しての会社訪問であるけれど、まだ具体的にどうするかについては悩んでいる最中とのこと。でも在野の精神が失われつつある早稲田大学で、こうして独立志向の意欲を持っている姿には頼もしさを感じるし、是非挑戦してほしいと思うのである。2時間ほどの時間をかけて、ますいいリビングカンパニーについてのお話をさせて頂く。

午後、埼玉県伊奈町にて設計中のWさんの家の概算見積もり作業。スタッフの渡邊君と一緒に約2時間ほどの作業。ある程度の予算をにらみながらの設計を進めることで大幅な予算の超過を防ぐことが出来る。決して楽しい作業ではないけれどとても大切な作業である。

七夕祭りが近所の商店街で開催されているけれど、今日が本番、最終日である。この商店街では毎年恒例となっているこのお祭りには、川口中から結構なお客さんが訪れる。光に集まる蛍のように人が集まるのは何ともほほえましい姿である。屋台も沢山出るし、商店街の飾り付けもあるし、地元の小学生による短冊も飾られるし、なかなかのにぎわいとなる。こういう夏の風物詩のようなものは出来れば長く残していきたい。もしもなくなってしまったらもう一度創り上げるのはとても大変な事なのだ。

2016/07/06

午前中は各プロジェクト打ち合わせ。川口市のシティープロモーションについてのスタディー。この川口市という町は鋳物と植木の産業がとくに有名な町。特筆すべき観光資源のようなものがあるわけでもなく、なんとなく東京都のベッドタウンとしての利便性だけがもてはやされているような感覚がある。住んでいる僕たちは、この状況に対して大した疑問も感じないわけだけれど、でも他の町と比較してみたりするともう少し何とかならないものかの可能性を感じたりもするわけである。

安行の植木、これは川口市に育ったすべての人が小学生の時に教えられるキーワードである。実際に安行というところに行けば様々な植木畑があって、僕たちもそれを目にすることはできる。でもいわゆる観光地のように植木を展示しているわけでもなければ、歴史などを紐解くわけでもない。もしかしたらそういう施設があるかもしれないけれど、川口市で生まれ育った僕でさえも知らない。つまり埋もれた資産である。

こういうものをどのように見せることが出来るか、例えばBONSAIというような世界に通じるような商品も川口市にはあるわけだけれど、見てみたい、触れてみたい、そう思うようなストーリーをどのように作ることが出来るかが大切なような気がする。

伝統的なものが観光の対象になって、町全体がにぎわう例はいくつもある。例えば信楽焼きで有名な滋賀県の信楽などは、町に行けば狸の置物があちらこちらに置かれており町全体が焼き物のギャラリーのごとき様相を呈している。

では川口市がこの様に町全体テーマパークのごとき状態になるか?を考えるとそれは怪しい。何もないところが一色に染まるのは簡単だけれど、様々な雑多なものが織り交ざっている地域を一色に染めるのは不可能である。そもそももともと川口市には鋳物産業にまつわる工場が立ち並び、安行方面には植木産業が栄えていた状態だった部分に、開発の波が押し寄せ雑多な現状に至ったのだ。もともと雑多だったわけではなく、結果としての現状なのである。

雑多な要素が混ざり合う町が魅力的に思えるときは、その雑多さ自体が魅力的に見えるのであり、つまり魅力的な雑多さを生み出す小さな要素が集まる必要があるような気がする。大切なことは魅力的な要素が集まる場を作ること、その魅力を町の外に対してアピールすること、そしてどのような類の魅力を集めるのかの3点であるような気がするのである。

谷中の魅力とは何かを考えると、やはり雑多な中の魅力的な小さな要素の存在だ。わけのわからないトルコ料理のお店があり、墓地があり、古い洋館があり、商店街があり、駄菓子屋さんがあり、食堂があり、カフェがあり、ギャラリーになった銭湯があり・・・・こういうものたちが一つの場所に自然発生的に集まっている魅力なのだと思う。それぞれの運営者は大資本でないほうが良い。魅力的な小さな要素を作る人は、大資本ではなくマニアックな個人である場合が多いと思う。マニアックな個人が作る点をいかに線にするか?そしてその線をどう外の世界とつなげるか、それに建築単体のデザインがどう貢献することが出来るか、そんなことを検討してみた。


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