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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記

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2016/11/14

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

GA・JAPAN143号の冒頭を読んでいたら、藤本壮介さんのこんな記事に出会った。この話は南フランスの小さな街で旧市街に隣接する敷地開発のマスタープランのコンペに招待されて現地を訪れた時の話である。
「社会というのはいろいろだな、と思わずにはいられなかった。フランスでまだ何も作ったことのない異国の建築家に、美しい旧市街に隣接する場所のマスタープランを提案させる社会がここにはある。しかし別の場所には、まちづくりというあいまいな言葉で、どこでも行われているような「普通」さに理由づけして済ませてしまう社会がある。コンペという形式すら、単なるアリバイとしてしか認識していない社会もある。建築物にまつわるあることないことをあげつらって大げさに問題にして、本当に何が必要で何が問題なのかを見ようともしない社会もある。異国の建築家をコンペで選んでおきながら、まっとうなマネジメントが出来ずにプロジェクトが迷走し、挙句の果てにその異国の建築家にすべての責任があるかのようにスキャンダラスに騒ぎ立てて追い出してしまう社会もある。そんな「社会の声」におどおどしながら、出来るだけ事を荒立てないようにといって、小さな提案や提案の無さを正当化する社会もある。しかしそこに未来はあるのか?
僕は社会というのは未来への想像力のことだと思う。今自分がしていることが、未来を形作るということ。自分が去った後にも、その先の人々に価値を手渡すことが出来るか、という想像力。・・・今僕たちが見ている「普通」は、以前に誰かが勇気をもって未来へと投げかけた新しい何かなのだ」

豊洲の問題、国立競技場のザハ、当然ながらこの社会は日本という国を指している。ところで、日本の未来は、という問いかけに対して明確な未来像を描くことが出来る人がどれだけいるだろうか。僕は数年前にこの国の未来像を探し求めるために、この国の近現代史の過去をめぐる一年間を過ごしたことがある。この一年間に様々な人に出会い、様々なものを見た。そして分かったこと。それは戦争によって失われたものを取り戻そうという様な運動をしている人たちですら、その目的がいつの間にか運動自体を継続することになってしまっているということであった。つまりは誰も未来を見ていないのである。

僕はその手の運動に未来を感じることはなかった。その後、失われてしまった国家観を健全に認識する手法としての「文化」というものの価値を認識して、総合文化の結晶である茶道の道を選んだ。そして今、茶道の道に入ったら入ったでやっぱりその道から未来というものを見出そうという人の少なさを感じている。未来を見る、安泰の時代にそれをすることはとても難しい。でもだからこそ想像力を膨らませる必要があるのであろう。

2016/11/12

朝一番、埼玉県伊奈町にて設計中のWさんの家打ち合わせ。今回は第1回目の見積もり提出ということで見積もり内容の詳細部分についてのご説明をさせて頂いた。注文住宅の設計をしている以上、クライアントの要望を形にしていけば予算を上回る見積金額になることが多いのだけれど、今回も少々のオーバーである。とはいえまだ1回目、まずはご要望を満たしながらの減額の可能性を探っていきたいと考えている。

夕方、川口市の稲門会と三田会の会合で阿部昭恵首相夫人を招いての会合を開催。総理大臣の奥様という普通の人が想像もつかないようなたち派での体験談や思いを1時間ほどにわたってお話しいただいた。講演会の終了後はそのまま会食にもご参加いただくことができた。いろいろとお話を伺うことが出来たけれど、一番感じたことはどんなに高い立場を手に入れたとしても、人には同じ時間が流れていて、そしてその人の想いに引き寄せられた他の人たちが周りにいて、そして同じように何かの活動をしているということであった。たしかに立場が高いということは、その活動の規模や影響する範囲が少々大きな気もするけれど、でもそれにしたってそんなに大きく変わるのではないということに気が付いたときに、たとえちっぽけな自分であっても、一人の人間の良い世の中をつくりたいという意思や行動がどれだけ大切かということに改めて気が付かされた感である。

2016/11/11

朝礼終了後、現場管理。まずはじめに埼玉県富士見市にて進行中のTさんの家へ。現場に着くと水道屋さんの関さんご夫妻が工事を進めている。比較的狭い現場なので今日は大工さんはいない。あまり多くの職人さんがいると混乱してしまうので、作業日をうまく分けて進行しているのである。

この住宅では2m弱の擁壁を作り直すところから工事がスタートした。擁壁の下に駐車場をつくったりの検討もしたのだけれど、やっぱりそういうことを考えるとどうしてもコストがかさんでしまう様で、結果的にはもう一度普通の擁壁を作り直しての新築工事とすることになった。現状では、新しく作った基礎の上に木造の躯体が立ち上がり、その中で大工さんの木工事を中心に進めているところである。白とグレーの二つのボリュームが重なるようなデザインがもうすぐ立ち現れることとなるであろう。

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2016/11/10

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

15時より、新宿のパークタワーにあるリビングデザインセンターOZONにて東京都世田谷区にて設計中のKさんの家打ち合わせ。今日はプランの微変更、平面図や担当の田部井君のスケッチを用いて、収納量・キッチンの使い勝手などなど、様々な方向についての打ち合わせを行った。打ち合わせはとても楽しい雰囲気の中、2時間ほどで終了。Kさんたちは一緒にいるとなんだか楽しくなってしまうような雰囲気を持っている方々で、設計の話をしているはずなのにいつの間にか笑いが起きているというとても変わった打ち合わせとなる。今日もとても和気藹々の雰囲気を作ってくれて、2時間楽しんで終了することが出来た次第である。

夜、村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」読了。ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞して話題になったけれど、この小説にもそのボブ・ディランが何度も登場する。村上春樹が文学賞受賞、という期待を裏切ってのミュージシャンであるボブ・ディランの受賞ということで、なんとなくではあるけれどこの小説を読んでみることにした。1985年ごろに発表された小説ということで、少々色あせているのかもの恐れはあったのだけれど、まったくそんなこともなく引き込まれての1週間、あっという間に読み終えてしまった。

物語は「世界の終り」章と「ハードボイルドワンダーランド」章の二つの物語が同時に進行していきながら、いつの間にか最後には同じ人物の脳の中の表と裏ですすんでいる二つの世界を描いていたという風に構成されている。「世界の終り」がユートピア的な理想郷だとしたら「ハードボイルドワンダーランド」の方は僕たちが暮らす現実社会という感じであろうか。現実社会にいるべき現実の人物が、結局最後にはこの現実社会を捨てて理想郷に移行してしまうことで話は終わる。いろいろなものを捨てて、何もない理想郷に行くわけだけれど、でもそれが何となく逆にいろいろなものを得るかのようなそんな予感を感じさせながら話は終わる。まあ、僕たち現代人の脳の中にもありそうな表と裏、ちょっと憧れてしまう世捨て人的な人生、あこがれる自由、・・・いつもの村上作品同様に読んでいて様々なことに思いが巡る、そんな一時を過ごすことが出来た。

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2016/11/09

朝一番で、東京ガスさん来社。ZEHについてのレクチャーを受ける。ZEH?何のことやらという感じであるが、ゼロエネルギーハウスと言ってしまえば、とてもわかりやすい概念である。要するに、使うエネルギーと作るエネルギーを比較したら、作るエネルギーのほうが多い住宅をこう呼んでいるわけである。このZEH、2030年ごろまでには日本で造られる住宅の半数位をZEHにしたいという風に国が目指している、つまりは国家戦略的目標に位置付けられている。だから一応無視はできないのである。

ますいいリビングカンパニーはクライアントのご希望を形にする工務店機能を兼ね備えた建築家集団である。だから国に言われたから急に全部の建物をZEHにするという方針を掲げることはない。第一そんなことをしたらすべての建物が高くなってしまう。ローコストはますいいの命である。でもZEHをやってほしいと言われた時に何のことやら?という状況ではいけない。ということで、まずは早急にZEHビルダーの登録をすることとした。なんでもこの登録をしないと助成金の申請が出来ないらしい。何とも国のやりそうな制度なのである。

10時より、埼玉県越谷市蒲生にて新築住宅を計画しているというSさん来社。Sさんのご主人は大工さんである。でも建売住宅しか作ったことが無い、そしてまだ一棟の建築を請け負ったことの無い大工さんだ。大工さんがなんでますいいに来るの?の疑問はそれを聞いて晴れた。つまり決められた建売の組み立てはできても、家をゼロから作る経験が無いのである。職人の技術力の低下が叫ばれる昨今であるけれど、こうして初めて大工さんから仕事を依頼されるとその現実を改めて感じざるを得ない。

話を進めれば当然自分の家の大工工事は自分でやりたいということになる。ハウスメーカーではありえない提案だと思うけれど、ますいいでは至極当然のご提案だ。予算はなんと1000万円。普通じゃないクライアントが来ると、当然予算も普通じゃない。ちょっとめまいがするくらいのローコストである。でも好きなんだなこういう話が・・・。今日は奥様が来ての話し合いであった。でももし本当にやりたいなら、大工さん本人がぜひ来て下さい。その時は一緒に最高の家をつくりましょう。

埼玉県蕨市にて設計中の木造住宅のリフォームについての作業打ち合わせ。築50年ほどの古い住宅は、クライアントであるAさんが長年暮らしてきた御実家である。家の前にはこじんまりとした、でも心のこもった手入れをされているであろうことが感じられる庭がある。普通だったらバリアフリーとか言って壊して建て直してしまいそうな古い住宅なんだけれど、かたくなにリフォームにこだわるのは、この住宅に対する愛着であろう。

今回の計画ではただ単に新しくするだけではなく、この住宅の居間の部分をカフェとして利用できるようにリノベーションをすることを計画している。Aさんはご自身の経験から、自然を重んじた食事などにとても詳しいということである。このカフェでは同じように、オーガニックな食事を欲している人たちに対してや、地域におけるちょっとさびしい思いをしている人たちに対して開かれたコミュニティースペースとして利用することを予定している。もうすぐ工事が始まることとなるわけだが、その進行がとても楽しみだ。

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2016/11/08

朝礼終了後、林君が担当してる川口市前川にて設計中のNさんの家スタディー。ますいいではとても珍しい貸家のお仕事。しかもご予算は1500万円ほどのローコストである。Nさんが建てて、全く違う老夫婦が住む。土地がとても狭いので、2階建てになってしまうのだけれど、キッチン以外の水廻りは1階に配置することにした。ローコスト、狭小地、デザインを進めるのがとても難しい状況なのだけれど、それでも粘って何かを考えるのがますいいである。今日はファサードについての一考を進めることとした。

午後、茶道稽古。炉開き後の初めての御稽古ということで、初炭のお点前から続き薄茶までを行うことに。月末に控える茶名披露の茶事のための御稽古である。今日は少々長めの時間をかけて細部までこだわってお点前をしてみた。茶事をやるということは、当然点前もすべて自分でやることとなる。普段の御稽古はやっていても、人前でお点前をする機会というのは実は少ない。だからこそ、たまにはこういう緊張感のなかでの稽古も新鮮かつ大切なことだと思うのである。

2016/11/07

建築のファサードについて考えてみた。ファサードというのは要するに顔、建築がどのように見えるかということである。建築というのは都市におけるとても大きな物体であるから、このファサードというのはお施主さんの自己満足のためのものという側面だけではなく、まちの顔、まちのデザインに大きな影響を与える要素ともいえる。場合によってはその建築が出来たことで、なんとなくパッとしない通りが急に華やかになったり、趣のある通りになったりの変化を生み出すことだってある。たった一つの建物だけれど、そういう力を持つことがあるから建築は面白いのである。

下の写真は、川口本社にほど近い場所に作った絵画教室の建物だ。僕の子供もお世話になったことがある教室なのだけれど、英語で絵画を教えてくれるというとてもユニークな試みをしている。先生は昔ディズニーの建物にある巨大な壁画を描く仕事をしていたそうだ。もちろん勤務地はアメリカ。日本ではそんな仕事はめったにないであろう。このアトリエ、当然多くのお子様、そして大人も学びに来る場所である。だからこそいつも作っている住宅とは少々異なる、そういう場所としてふさわしいファサードを作る必要があるわけだ。

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ちなみにこちらは内部の様子。内部の様子が外から垣間見えつつ、楽しげな雰囲気が漏れ出すような建築としている。

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こちらは東川口エリアに作ったカフェのファサードである。目の前にあるおおきな道を走っている車からも認識されるような塔上のかわいらしいファサードを構成している。このカフェでは現在オープンに向けて準備が進められている。セルフビルドをふんだんに取り入れた建築の中で、若い夫婦が運営する手作りの温かいカフェとなるであろう。

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ちなみに最後にご紹介するのはスペインバルセロナにそびえるサクラダファミリアのファサードである。僕はこれまでも沢山の建築を見てきているのだけれど、この建築のファサードを見た時の感動は今でも忘れることが出来ない。人が作ったまるで自然の造形のごとき複雑な造形で、驚くほど巨大で、そして長い長い時間をかけて作り続けている人の手の跡が消えることなく残り続ける神秘性があり、見た目だけではなく中に入ったときに洞窟の中にいるような感覚となる空間性、建築の夢というものがあるとすれば、これがその答えであると言わんばかりの建築なのである。

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2016/11/06

今日は神奈川県川崎市にして茶事に参加。先月の茶事に引き続いての今年2回目の参加である。内容は先日の日記に記載したので重複は避けるが、心のこもったおもてなしに感謝感謝であった。

夜、神宮外苑での事故のニュースを見る。東京デザインウィークに出店していた日本工業大学の展示作品に火災が発生し、その中で5歳のお子様がお亡くなりになったということであった。ジャングルジムのような木組みのなかに、光を受ける木の破片が飾られているものであったようだ。

何とも言うことが出来ない、言葉をなくすような事件である。アートのための作品が一変してこういう事故の場面になりうるということを改めて思い知らされたし、建築に関わる私たちは常にそういう可能性を意識しなければいけないという戒めを感じもした。

亡くなられたお子様のご冥福をお祈りしたい。

2016/11/03

午前中は急用にて外出。

午後、江戸東京たてもの園にて建築見学。祭日ということで駐車場が大変混んでおり車をとめることが出来ない。公園のちょうど裏側にあるコインパーキングが空いていたのでそこから歩いて建物園まで向かうことにした。エントランスを入ると目の前に前川國男邸がある。2枚目の写真の階段の足元、1段目の段板の下でまるでピロティーで建築を支える柱のごとき造作があることに気が付く。しかも円柱ではなく楕円である。まるでコルビジェの建築の柱のような形態がこんなところにも埋め込まれている様子をみていると自然とにんまりしてしまう。面白い建築なのである。

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続いて小出邸である。この住宅は建築家堀口捨己が作ったもので、和洋折衷の形式となっている。それにしても和瓦がのる三角屋根の下が洋室で、洋風の水平屋根の下に和室が設えられているのは何なのであろうか?なんとなく逆なのかと思って中に入ると、予想を裏切られることで変な感覚になる、もしかしたらそんなことも意識して設計したのかもしれない。

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見学後、北口を目指してあるくもなぜかまた同じところに戻ってしまう。なんと軽い迷子である。夕刻の暗闇の中1時間ほどさ迷い歩きようやく車までたどり着くことが出来た。18時過ぎ帰宅。

2016/11/01

朝礼終了後、埼玉県さいたま市にて1年ほど前に作ったTさんの家取材立会い。Tさんの家は、ご家族と初めてであった時に話題となったベニシアさんの家をモチーフに作っている。ベニシアさんの家と言われても知らない人には何のことやらわからないと思う。ベニシアさんというのは、失礼ながらすごく簡単にご紹介すると、日本人と結婚したイギリス人で、ハーブなどを育てたりしながらのナチュラルなライフスタイルや独特の詩が多くの人の共感を呼び、NHKの「猫のしっぽカエルの手」に登場することになった人である。僕も、妻に紹介されるまでは知らなかったのだけれど、そのテレビを見てから関心を抱くようになったというわけだ。写真家のご主人が経営するカレー屋さんが京都にあるのだけれど、そこまでカレーを食べに行ったりもした。(残念ながらご主人に会うことはできなかったけれど、・・・)

で、家を作るに当たって何をモチーフにしたのか?

ベニシアさんは大原あたりにある古い民家を購入して、自分たちでセルフビルドのリフォームをして暮らしている。先のテレビ番組でもその様子はたびたび紹介されていて、その自由なリフォームがとても良い暮らしを演出している。

ベニシアさんの家の前には畑があって、その畑でのハーブや野菜の栽培とベニシアさんの魅力的な暮らしがとても近い関係を持っている。ベニシアさんはその畑で採れたハーブや野菜を使って、まるで料理の専門家のようなナチュラルなグルメを創り上げる。

ベニシアさんのそんな暮らし方は多くの人の共感を呼び、人が集まったり、その暮らし方を講演したりの状態になるくらいである。

僕がモチーフにしたという点は、上記のような事柄である。

まずはセルフビルドに対して。
僕は新築住宅を設計するときに、まずは予算にとらわれない理想的な設計をして(とはいうものの全く的外れな設計はしないようにしているけれど・・・)、その後に見積もりをして、予算内で収まらない部分はあとから作ればよいというふうに考えるようにしていることが多い。もちろんクライアントの年齢や体力を考えてそういうことが出来ない場合はしないのだけれど、もしも若くて自分たちでいろいろなことが出来る場合には、予算を理由に妥協の塊みたいな家を作ることは絶対にしない。ちなみに若いという定義はとても難しい。だってアスタリスクカフェのクライアントご夫妻は退職後に多くのセルフビルドを取り入れて、あんなに素晴らしいカフェを創り上げていたりもするのである。Tさんの家でも多くのセルフビルドを残すことで、家が成長し続ける余地を残している。

外と内の関係。
Tさんの家ではダイニングキッチンが土間仕上げとなっている。(正確に言うと寒がりの奥様のために床暖房付のフレキシブルボード仕上げ)リビングは一段上がったところにあって、DKとは障子で仕切れるようになっている。そのリビングにはストーヴが置かれ、家の中心をしっかりと形成している。こうすることでベニシアさんの暮らしの魅力の一つである外と内の関係、分かりやすく言うと、普通の家では冷蔵庫とキッチンの関係しかないところに、畑の野菜とキッチンの関係を作り出しているのである。

この家にどんなふうに人が集まったりのことが起きるのかはまだわからない。でも、きっと魅力的な暮らしに集まるお友達が集う楽しい場所になることを確信している。

夜、飯田郷介氏「おいしい美術館」出版記念パーティーに参加。もともと大林組の方ということで、大林組の会長さんやら丹下事務所の副社長さんやらのお歴々が参加している。縁あって参加させていただくことが出来、楽しい時間を過ごさせていただいた。

終了後、母と二人で赤坂にある寿司屋さんへ。赤坂サカスの真裏にあるお店で、年に2回くらいは通っているのだけれど母と二人で過ごす誕生日というのは生まれて初めてのことである。たまにはこういうのも良いものかもしれないななどと思いながら0時ごろ帰宅した。

2016/10/31

午前中、埼玉県東松山市にて設計中のKさんの家の打ち合わせ。今回は3回目のプレゼンテーションということで前回からの変更案をご提案させていただいた。基本設計というのは敷地に対する配置計画やらプランの考え方やらを、いろいろと変更してみながらの思考錯誤を繰り返す段階である。最終的にどのアイデアが気に入るかは別として、その敷地が持つ可能性を探るという意味で、何度も繰り返すことがとても大切であるような気がする。

終了後、同じく東松山にて土地を購入したいというYさんご相談。土地についてみると、道路から2mほど上がったところにある高台の土地である。道路との境は土のままの傾斜となっており、そこに家を作るにはどう考えても1000万円以上はかかるであろう擁壁の工事が必要となるように思われた。しばらくするとYさんが訪れた。事情を話してみると、そうした土木工事は全く想像外であったようで、予算的に今回は無理であろうとの判断をされていたようであった。がけ地に家を作るにはいろいろなお金がかかることが多い。今回は購入の前にご相談いただいたので良かったけれど、皆様もご注意願いたい。

2016/10/30

日曜日、今日は遠山記念館にてミニ茶会を行う。遠山記念館というのは埼玉県の川島町というところにある邸宅と美術館のある施設で、今は財団法人によって運営管理されている。もともとは、日興証券の創業者である遠山元一さんが、幼いころに没落した生家を再興し、苦労した母の住まいとなるようにと、昭和8年から2年7か月の歳月を費やして完成させてそうである。ちなみにここにある美術館には遠山家に伝わる美術品が展示されているのだけれど、それを飾る建築もまた美術品と同じくらい素晴らしい。設計は今井兼次で早稲田大学の大先輩ということだから、僕も学生時代にこの美術館だけを見学しに来たことがあるのを記憶している。

ちなみに今日は大名物の茶入れが展示されていた。この茶入れ、なんと大坂夏の陣の時に大阪城と一緒に崩れ落ち、その後バラバラだったものをもとの姿に直して、そして徳川家康の手に渡り・・・最後に遠山家に行きついたという道具だそうだ。そんなものが普通に目の前にあることが何となく不思議な気持ちがするのだけれど、そう感じるのはきっと今回の行事のおかげで遠山記念館の学芸員さんと親しくなり、なんとなく身近に感じるようになったからかもしれない。(だって普通の美術館でどんなに高価な物や珍しい物が展示されていて、もこんな気持ちになることはないのである。)

茶会の終了後、アスタリスクカフェにて昼食。総勢30名弱の人数ということで2班に分かれての昼食会となった。アスタリスクカフェさんはいまさらここで紹介するまでもないけれど、僕が作ったとても素敵なカフェである。

続いて岡崎さんの工房にて和紙漉き体験。岡崎さんもたびたび登場する和紙職人さん。ここでは自然の色を付けた和紙を漉くことが出来て、しかもそれを自分の家に貼ることも出来るので、ますいいの家づくりにもたびたび利用させていただいている。

最後に東松山の和菓子屋さん清晨庵にてお土産を購入して解散。なかなか充実した一日を過ごすことが出来た。

2016/10/27

午前中は事務所にて雑務。

夕刻より、夕ざりの茶事に参加。茶事自体が初めての体験であるのだけれど、さらに夕ざりとなると余計に分からないことだらけとなる。でも、お茶をやっているうえで最もうれしいひと時が茶事に招かれた時であるので、見よう見まねで楽しもうとの感である。

茶事とは?お茶をやっていない人には何のことやらわからないと思うので簡単にご説明すると、要するに食事をして、御菓子を食べて、お茶を飲む一連の流れのことを言う。この時に食べる食事のことを「懐石」という。この懐石には一応のルールがあって、始めは米と味噌汁と向付がのった盆が出てくるなどの決まりごとの中ですすむことになっている。さらに言うと客がそれをどういう順番で食べるかということまで決められているので、一応のルールは覚えていかなければならない。

食事が終わると、炭をおこす。そしてお菓子を食べる。お菓子を食べたら一度茶室から出る。そしてまた呼ばれてはいると濃茶が出る。その後にまたお菓子を食べて、そしたら薄茶を飲んで終わりとなる。時間にして3時間強ほど。亭主はこの時間を最大限の心を込めたおもてなしをする。そして客はその時間を最大限に楽しむ。まさに一期一会の思いで、一座を建立するわけである。お招きいただいた南浦和のOさんには心より感謝感謝である。

2016/10/25

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。


13時過ぎ、埼玉県川口市にて設計中の撮影スタジオ打ち合わせ。コストを大幅に減額すべく設計を変更しての打ち合わせである。それほど大幅な変更をしたわけでもないのだけれど、一部の構造を木造にしたり、屋根をかける向きを90度回転させたりの変更の結果、3分の1ほどのコストカットが出来たということで、いよいよプロジェクトの実現に向けた判断をしていただくところまでたどり着いた次第である。後は良いお返事を待つばかりである。

夕方、畑にて作業。11月に玉ねぎの苗を植えるための畝を作る。これまでは苗づくりから行っていたのだけれど、今年は時間が取れずに苗を購入して植えることにした。つまり少々の手抜きをしたということ。まあ趣味だからこういうこともある。でも畑作業を出来るくらいの余裕は出来るだけ失わないようにしたいものでもある。

それにしても最近は日が短くなった。5時過ぎには暗くなる。ちなみに夏場は7時30分ごろまで畑で作業が出来る。その差は2時間、大きな違いである。冬になれば日が短くなるのは当たり前だと言われるかもしれない。でもオフィスの中で電気のあるところで仕事をしている人にとって、こんな当たり前のことでも感じにくくなっているのも事実なのである。日本には四季があって、昔からその四季をいとおしみ楽しみながら暮らしてきたという歴史がある。魔法瓶のごとき環境の中で暮らし、仕事をすることを義務付けられている現代人には、こんなあたりまえのことを感じることが出来ることもまた難しい世の中なわけだけれど、四季を感じることくらいは最低限のこととして大切にしていきたいと思うのである。

2016/10/23

今日で3日目となる川口市産品フェアもいよいよ最終日である。今日は日曜日ということで一番下の娘を連れて、妻と一緒に参加することにした。会場には今日も林君と埼玉大学大学院1年生の張さんがいる。張さんは埼玉大学に通う中国人で、在日外国人と日本人の融合を研究しているのであるが、ますいいでの実践を経験したいということでインターンシップに参加してくれた。

張さんは昨日も来てくれていたのだけれど、参加している子供たちの中には最近川口に増えているパキスタン人のお子さんがいた。様子を見ていると張さんが優しく対応してくれている。自身が外国人として苦労した点を生かし、当たり前だけれど僕たちにはとっさに出来ないような対応をしている。「日本語はしゃべれますか」「英語のほうがいい」「どこの国から来たの」・・・よく考えればそれを聞かなければ何もはじめられない質問をして、相手の情報をつかんで、結局は片言の日本語で外人同士がコミュニケーションしている様子は、将来の日本のまちで普通に見ることになるであろう「今よりも少し国際的な国のイメージ」を感じさせるものであった。

夜、村上春樹「神の子供たちはみな踊る」読了。この本は1995年に発生した阪神淡路大震災の後に書かれた短編小説を集めたもので、神戸と何らかの関係のある人物が登場し、そして神戸で起きた地震とは全く関係のないその人のエピソードの中で、何かを描こうとしているものである。

物語自体は地震とはほとんど関係はないわけだし、しかもその一部はアンリアルな村上春樹ワールドであったりもするわけで、読んでいるといつものように何が言いたいのかの思考をぐるぐるとめぐらすことになるわけだけれど、僕にとってはそれが本当に心地が良い時間となる。

そもそも村上作品というのは、言葉で簡単に説明されがちだけれど本当はそんなに簡単に操ることが出来ない人間のうちにある何かや、その何かがちょっとした拍子にはじけたり、しぼんだり、暴力的になったりの変化を、リアル・アンリアルに関わらず様々な登場キャラクターを駆使することで生き生きと描いている。そしてその訳のわからない表現を解読する中で、僕自身に抱える矛盾を再認識することとか、矛盾を乗り越えたうえでの再びの前進とかにつなげる力を得ることが出来るような気がするのである。

人間の社会というのはとかく何かの枠にあてはめられがちである。ちょっと油断をするとすぐに何かの組織だったり、肩書だったり、立場だったりの枠にはまってしまうことになるし、そういう枠があることがその人にとっての安らぎになってしまうこともあるわけだけれど、そういうものではない何か、もう少し生々しい本質的なものを探り出そうとする言葉の羅列こそが村上作品であると思うのだ。だからこそ僕にとっては最も優れた心の薬となるのかもしれない。

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