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増井真也日記

2020年2月アーカイブ

2020/02/29

10時、東京都練馬区にて新築住宅を検討中のTさんご家族来社。土地を購入されて、いよいよ家づくりに移行しようという段階である。以前に土地探しのご相談を受けて以来、久しぶりにお会いさせていただいたのだが、今日は購入した土地の形状に合いそうなますいいの住宅の図面などを参考にしながら、家造りの方針について話を進めた。敷地は30坪弱の角地である。木造の2階建てを想定して1階にリビングを配置したものと、2階にリビングを配置したものを比較検討してみると、どうやら今回は2階リビングのほうがよさそうである。敷地前面の道路を挟んだ土地には古い桜の木があって、ちょうど南西の借景になりそうだ。

2階リビングから桜の花楽しんで暮らすことができる家である。この家の名前は桜見ハウスが良い。2階のリビングには畳スペースを設え、そこで宿題をしたり在宅ワークのお仕事をしたりも出来ると良い。お母さんが泊まりに来た時には宿泊のための場所にもなる。なんだかよいプランができそうである。早速一つ目のプランを考えてみようと思う。

2020/02/28

新型コロナウイルスの影響でとうとう学校まで休みになってしまった。こういう事態はこれまでの人生で経験したことが無いけれど、そういえばこれまでの様々な疫病はたまたま日本に大きな影響を及ぼさなかっただけで、ここまで外国人が多い昨今の状況を考えれば当然の結果なのかもしれないとも思える。今日で学校がお休みに入ってしまう学校もあれば、明日までは登校させる学校もあるようだし、地方によっては休校自体を行わない地域もあるというからさまざまである。一様な暮らしが当たり前の現代社会においては、こうした不測の事態が起きるとそれに対する状況適応力が著しく低くなってしまっていることを感じざるを得ないけれど、でも人間の本性の中にはいざとなればどんな状況にも立ち向かっていくエネルギーのようなものが秘められていると思うのできっと打開できるはずだと思う。

そういえばテレワークとか休校とか言っている中で、これを機会に社会を良い方向に変革することを目指すという議論がある。何かの問題が障壁となったときにそれを避けることが新しい社会の仕組みとなる、これはとても理想的な話だ。そういう自由が一番必要そうな最も膠着した世界が行政機関のような気もするので、これを機に時節に応じて変化する組織に移行するのもよいかもしれないけれど、やけに大きな組織だけにそれもなかなか難しいのかもしれない。今の社会は経済がすべてだ。経済が破たんしてしまえば、国家という機能も破たんしてしまうであろう。そうなる前にかえなけえばいけないことを変化させる良い機会となればこの混乱も意味があるものになるのかもしれない。

モノづくりの世界ではグローバル化とともに日本の製造業の空洞化が進み、国家間の水平移動ができなくなったとたんにモノ不足に陥るという困った事態が起きてしまった。これはマスクだけではなくほかの様々な製品に波及しているようだ。この問題一つとっても、人件費が安いところに製造拠点を持っていくだけの経済原理による仕組みづくりの問題だといえるわけだが、川口市の鋳物産業などは様にこの状況に陥っている。製造業の工場街はマンション群へと姿を変えてしまったから、そうそう簡単には元に戻ることなどできるはずもない。さてさて、困ったものである。

これはモノづくりの世界における職人の労働単価を下げるという思考からの社会構築の限界ともいえる。労働者の賃金を下げ、資本家が利益を生み出すという仕組みが正義ならば、製造拠点は日本から中国へ、そしてベトナムやアフリカへと移行することが結果であるのもうなずける。これが今問題になってしまっているとするなら、そもそも僕たちの頼っている資本主義という社会制度の限界のような気もしてくるが、これに代わる社会制度がないのだから仕方がないと放置されてきた。昨今の格差社会の問題も同じような感じだ。皆がおかしいと感じているのに放置されている。そしてその状況がどんどん進み、後戻りできなくなる現階の今、なんだかコロナウィルスに振り回されることで足元を見つめる機会が生まれているような気がするのである。

建築の世界は現場でのモノづくりが大きな意味を持っている。職人の存在も価値も、機械化が簡単に行える工場労働者と比較すると格段に高いといえるだろう。(もちろん建売のように誰でもできるものを造っているだけではだめだけれど・・・)設計者と職人さんの格差もないし、現場の監督だって職人さんに頭が上がらないことがしばしばある世界だ。フラットなモノづくりの世界が珍しく残っているのが建築の魅力である。だから職人になりたいという若者だって少ないけれどいまだにいるし、一人前になればそれなりの暮らしも出来る魅力もある。建築がこのような状況なのは海外生産ができないからだ。そして日本人が建築というものを暮らしの中で自然に学んでいて、結構高いレベルの建築を求めたくなる教養を身に着けているからだと思う。

この建築の仕組みをほかの製造業に転換することは難しいだろう。海外で安く作れ、それを輸送したほうが国内で生産するよりも結果的に利潤を生むというものを国内生産に移行するには、人の労働力に頼らないレベルの機械化が必要になる。でもそれは大規模な投資が必要だから、中小企業にはそれを行う資本がない。僕の知っている中小企業の経営者さんの中には、こういう初期投資が必要な事業からの撤退を決断する人がとても多いという現状を見てもやっぱり一筋縄ではいかない問題なのだと思う。では国内の労働力の賃金を抑えるために移民を受け入れるのはどうか、これは技能実習生という形で実施されている。この形態は一見うまくいきそうな気配もあるが、今中心となっているベトナムの経済成長を見ると数年後には、日本などには誰も来ないという逆転現象が起きるであろう。もうすでに日本の零細企業の製造業者は、海外移民レベルの賃金での労働を強いられているという現状もあるようだ。経済成長率を上げる。その成長した分のお金が製造業者に回ることで、製造業が再び生き返るという循環を造るには、モノの値段が製造者たちのコストの積み上げによって決まる仕組みが必要である。

トランプによる関税戦争を傍目に見て、異様に感じていた僕たちが、次はそれをやる順番なのかもしれない。それは国内の製造業にとっては価格保持の要因となりうるからである。僕たちは医療関係者ではない。でもこういう時だからこそ僕たちに考えることができることもあるはずだ。こうした議論が活発になり、何らかの社会変革が起きることで、この国がもっと良い国になること、それこそが危機に立たされる僕たちのやるべきことのような気がするのである。

2020/02/27

今日は朝から近所のIさんのお宅訪問。Iさんは僕がこの仕事を始めたときに、たまたまポスティングをさせて頂いた珪藻土に関する記事をお読みいただき、ご自宅のリフォームをさせていただいてからのお付き合いである。今から約20年ほど前、あの頃は現役の千葉大学の教授のIさんと、東京大学に通うお嬢さん、順天堂医科大学の医師を務める奥様というなんだか信じられないようなスマートなご家族に驚きながらの仕事であった。Iさんのお母様もまだ70歳くらいだったからとってもお元気だった。奥様がお亡くなりになり、お嬢様はアメリカでの生活を始められ、お母さまは90歳を超えるご高齢となった今ではあるが、大学をご勇退されたIさんは相も変わらず精力的で、専門分野のお仕事に忙しそうに活動されている。

今日はそんなIさんのご自宅の緊急避難施設造作に関する大工さんを交えた下見を行った。原理はいたってシンプルである。押入れの一部の床を解体し、もっこでお母さんを釣り上げるというもの。押入れの床の半畳分のスペースは障害となる下地もなく、その上には梁を仕込むことで釣り上げの機器を取り付けることができそうである。釣り上げるための道具はチェーンブロックが良いかと考えているが、滑車の真下にくるチェーンが人にあたってしまうのではないかの心配もある。この辺は一度実験をしてみないとよくわからないのである。

夕方、東京都文京区にて設計中のKさんの家打ち合わせ。今日は実施設計の中盤段階ということで、各部屋の展開図などを見ながら詳細部の確認作業を行った。21時過ぎまで。

2020/02/24

土間のある家について考えている。土間といっても本当の土がそのまま残っているわけではなくって、モルタル仕上げだったり、タイルを張ったりしているスペースである。土間は内部と外部の中間的な領域として利用されることが多く、DIYのための作業スペースだったり、自転車等を置くためのスペースだったりする。畑作業などが好きなクライアントだと、収穫した野菜を保存したり、洗ったりの作業場となることもある。京都の大原で暮らすイギリス人のベニシアさんの家などは、キッチン自体が土間のような空間となっており、家の前で収穫したハーブなどが所狭しと置かれている様子をテレビなどでよく見たものだ。

少々変わった事例としては、茶の湯の空間として利用される茶室の全室、つまりは茶の路地として利用されることを期待して造ったものもある。写真右側の黒い部分は淡路瓦のタイルを敷き込んでいる。一番奥には蹲を設置することができるように水場を設けた。左側のモルタルスペースはリビングへとつながる玄関である。家に付属する茶室の場合はこのような疑似的な庭を土間空間に造ることができるようにすることも面白い設えである。

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2020/02/23

今日は朝から川口市にある樹里安なる道の駅に植栽を買い求めに行ってきた。この施設は植木の街川口市の緑化産業の振興のためのもので、一般のお客さんが格安で植木屋花などを購入することができるなかなか楽しい施設である。店員の女性もとても知識が豊富で、例えば午前中の1時間ほどしか日が当たらないような場所に植える和風の植栽のお勧めは?等の質問に、快く丁寧に答えてくれる。種類もとても豊富だし、すぐ隣の生産者直売所ではさらにお安い価格での販売などもしているので、興味のある方はぜひ足を運んでほしいと思う。

家に帰ると今度はその植栽の植え付け作業である。オリーブ、赤玉の西王母(金沢に江戸時代から伝わる椿)、白い侘助(ウラクツバキの類で花粉を造らないもの)、タマリュウ、苔、アゼビ、柳紅葉などを適当な位置に植える。あらかじめ表面には赤土を入れているのだが、敷地がガラだらけだけに穴堀に時間がかかる。約2時間ほどの作業の末にようやく終了した。

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2020/02/21

10時、川口市にある神社さんにて打ち合わせ。今日は図面の最終確認と見積書の提出、敷地に対する建物の位置出しなどを行った。

続いて東京都新宿区にて計画中のHさんの家のスタディー。Hさんの家はご両親から受け継いだ土地にHさんが一人で暮らすための住宅である。この住宅は民泊として利用ができるようになっており、一定期間はほかの住人もいる、共生空間となることが計画されている。ただの住宅が人と人との交流の場になるわけだし、いくばくかのお金を生むことにもつながるわけで、これは従来のアパート建築などとは異なる新しい形の働く建築といえるだろう。

いわゆるアパート建築をいまだに造り続けている事例を見かけるが、都心の駅近くの好条件なら良いけれど、ちょっと郊外に行ってしまったら空き家だらけの失敗例となってしまっているものも多いようだ。そもそも住戸が単純に区画割されていて、それぞれで小さなスペースを利用しながら暮らす形はあまり魅力的とは言えない状態のような気もする。それに圧倒的に数が多いのだ。それに引き換えコミュニケーションの場となりうる共生の場は、逆にまだまだ少ない状態だ。働き方や暮らし方が変化し、人と人とのつながりがより貴重なものになっている現代社会だからこそ、コミュニケーションの場を持つ建築の価値が高まっているように感じるのである。

2020/02/19

10時、埼玉県上尾市にて新築住宅を検討中のHさんご夫妻打ち合わせ。広大な農家さんの土地の一角を造成して、娘さんご夫妻の住宅を新築しようという計画である。敷地には伐採するには惜しいと感じる植木が植わっていたり、ご実家で使用する薪が高く積み上げられてたり、すぐ隣には農業用の倉庫があったりと都会では味わうことができないのびやかな魅力がある。こういう伸びやかな土地で家を造るということでいろいろとご希望を伺っていると、やっぱりその土地にあった楽しい建築をご希望されている様である。敷地は南側に大きく開いている好条件だ。この土地の光をいかに魅力的に取り込むか、よく考えてみたいと思う。

2020/02/17

価値について考えていることを日記に書いた。変わらない価値とは何かを考えると、果たしてどんなことを思い浮かべるだろう。近年の家造りでは環境問題に配慮した断熱性の強化とか、省エネ対応などが注目を浴びている。建材メーカーが競って作る装飾仕上げ材などは多数ある。でもこういう価値は時間とともに大きく変わる価値である。今は新しいものも5年たてば古くなる。この価値の劣化スピードは車に似ている。車の価格が、3年3万キロでで大きく変化することは以前の日記に書いたとおりだ。つまり3年で価値が半減してしまうのである。

欧米の家は長く使われる歴史がある。それはなぜか、そこには時間の変化とともに変わらない価値があるのだ。時間とともに変わらないものとは、それは光である。すべてのものは変化するが、光だけは変わらない。魅力的な光を伴う空間はそのほかのすべてが劣化しても、変わらぬ魅力を持ち続ける。光を扱うことがずば抜けてうまかった建築家にルイス・カーンがいる。彼が1967年に造ったフィッシャー邸にはいくつもの魅力的な窓がある。この住宅は杉材でおおわれた二つの立方体が45度の角度で連結されており、道路側にはほとんど窓が設けられておらず、両サイドと庭側に大きな羽目殺し窓と開閉可能な窓が組み合わされている。

写真は食堂型北側の窓を見る様子である。大きな羽目殺し窓の横には開閉可能な木の窓が設けられている。表層の汚れ、木の劣化、そういうものはメンテナンスすればよい。でもこの窓から見える北側の変わらぬ光、それだけは変わらぬ価値と言えるのではないか。日本人は変化する価値に慣れすぎてしまっている。マスコミや広告によって造られる価値に心を奪われる方が本質的な価値を考える夜も簡単だし、ともすると金額の高いものが価値であるような錯覚に心を奪われがちなところもあるように思える。でも、実は変わらぬ価値とは意外に身近にあるものかもしれないし、身近にあるものを魅力的に感じるように制御することこそが本質的なデザインによる価値の創造とも思えるのである。

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2020/02/16

日曜日。午前中から夕方にかけて諸会合に参加。

夜は家でゆっくりと読書である。司馬遼太郎の「太閤記」を久しぶりに読んだ。僕はあんまり歴史小説を読んだことはなくって、興味もあんまりなかったのだが、最近なぜか秀吉やら家康やらの歴史に興味があって読んでみた。普通の人にとってはすでに当たり前の歴史かもしれないけれど、僕にとってはなかなか新鮮な物語で、恥ずかしながら初めて知ることも多く大変勉強になった。特に稀代の人たらしといわれる秀吉の思考が手に取るように描いている様子はとても興味を惹かれる部分であったと思う。

全く関係ないけれど、信長が本能寺で討たれた瞬間の秀吉の行動力と対比して柴田勝家ののんびりとした様子を考えてみると、今の日本の新型コロナウイルスに対応する悠長さは勝家的だなあと思わずにはいられない。思いつくすべての可能性に対処して、可能な限り迅速に行動することができないのか、それともあえてやらないのか。為政者の思考の方向性をこれほど理解できないことはなかったように思える。

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2020/02/15

今日は裏千家の会議に参加するために日帰り京都である。昔は京都に行くなど数年に一回のことであったが、茶道にかかわるようになってからというもの、まるで会社の仕事関係の出張のごときに足を運ぶようになってきた。僕が担っている役職は今年いっぱいで終わりである。そうすれば自然と足が遠のいてしまうのかもしれないけれど、今だけはこの状態を楽しみたいと思っている。それにしても新型コロナウイルスの影響で京都には全くと言ってよいほど人がいない。タクシー乗り場も二人だけ、あれだけたくさんいた外国人の姿が無いのである。観光産業に頼っている街だけにこの経済的な打撃は相当なものであろう。いったいどこまで続くのかわからないけれど、昨年末からの経済成長率の低下を見ても先行きの不安感は免れないような気がする。

会議はみやこメッセにて行われた。5月に開催する予定の北の大茶会を模した大茶会の会場下見である。本当に開催することができるのだろうかの不安も感じざるを得ないながらも、まあこういうことは粛々と準備を進めるしかない。何もかも中止の方向で考えていけば何もできなくなってしまう。その時の状況がもしも今よりも緊迫したものになっていれば当然中止になるわけだが、もしも収束していれば、数か月の停滞を取り戻すべくより一層の飛躍をしなければならないわけで、医療関係者でもない僕たちとしてはその時が一刻も早く来ることを願って準備をするしかないとも思うのである。

夕方京都の居酒屋さんにて仲間と食事を摂り、21時ごろ帰宅した。

2020/02/13

午前中はさんかくの家の契約業務を行った。買主さんのご夫婦と、オーナーさんのTさん、そしてますいいの不動産担当の私の妻での作業である。買主さんはとてもこの家を気に入ってくれて、初めて見に来た後にすぐに購入の申し込みをしてくれた。無事に住宅ローンも組めて、晴れて契約ということになったわけだが、こんなに不動産取引っぽくない取引というのは初めての経験であった。買主さんがこの家を購入した後もなんとなく遊びに来ても許されるような気がするくらいに気さくな買主さんであり、そういう買主さんに買ってもらえることをTさんもとても喜んでいた。契約後にはみんなで当時造った模型を手に記念撮影をした。なんだかすでに家をきっかけに一つのコミュニティーが出来上がったような状態なのである。この家の出来事は、最近の僕にとって最も嬉しいことの一つである。建築の力・・・、そういうものがあるとするならきっとこういうことなんだなあと思うのだ。

下の写真は15年前のプレゼンの時に描いたスケッチと、玄関のハンドルを彫刻刀で造っている15年前の僕である。
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今日はスタッフ勉強会ということで、リクシルのショウルームの中にある住まいスタジオなる場所を見学した。このスタジオは気温0度の環境を再現した中に、断熱性能を3段階に分けた家を造り、実際にその家の寒さを体感してもらおうというものである。昭和55年レベルの家、今の性能の家、G2レベルの家のそれぞれの断熱性能を比較してみると、例えば開口部廻りのひんやり感だとか、例えば壁の入隅のひんやり感などに大きな差があることがわかる。G2レベルというのは、断熱等級4よりも高いZEH相当よりもさらに高い断熱レベルなので、まるで魔法瓶のような温かさなのだけれど、これを採用しようとすると現時点では大幅なコストアップになってしまうということなので、断熱材メーカーの価格ダウンに向けた努力が望まれるところだろう。こういうものは多くの場合普及する割合に応じて価格が下がる。初期に採用しようとすれば大きな投資になるが、数年するとそれが当たり前になっていることの類に入る事象だ。現に今の基準ということになっている断熱等級4程度というのも、昔は相当にコストアップにつながってしまう断熱性能だったのである。だからこそ今の時代にコストパフォーマンスが最も良いものの性能を上げていくという業界全体の努力が必要なのだと思う。

終了後は大久保駅の近くのネパール料理屋さんにて懇親会。この界隈のネパール料理屋さんは本格的なダルバートを提供してくれるということで楽しみに来た。20時ごろまで楽しく過ごし帰宅。

2020/02/11

祭日ということで何となく久しぶりのお休みである。とはいえやっぱりやることはある。朝いちばんで家の周りをゆっくりとジョギングした後に、5月に使う予定の茶室のデザインについて少々考えた。こういう内容は祭日の朝が一番良い。なんとなく電話もかかってこないし、心も落ち着いている。要するに頭が最もその内容に集中できるのである。

10時、さんかくの家に向けて出発。家の販売の契約を控えているということで、最終的な建物の点検を行った。さんかくの家の販売のご相談を受けたのは年末のパーティーの時である。それから準備を行い、最初の一人目に来ていいただいた方が、そのまま契約者となったので大変スムーズに事が運んだわけだが、このことは僕にとってもとても新鮮で、そして嬉しい出来事であった。魅力的な建物がいとも簡単に壊されていく様子を目にするたびに、何とかならないものかと考えてきた。でもそういう状況をどうにかできるものでもなく今に至るわけだけれど、なんとなくではあるが取り壊されずに再利用される条件というものが見えたような気もする。

・建築の設計が魅力的かつ特徴的であること
・適正な土地・建物の価格設定
・建物のメンテナンスを行っていること
・できれば建物の設計者による解説(できなければほかの設計者でも)
これが今の時点で感じていることである。特にほかにない特徴があることは大きな要因のような気もする。

僕はトヨタが復刻版を販売したランドクルーザーの70に乗っている。この車もファンが多いせいか、なかなか値が下がらない。すでに5万キロも乗っているけれど、驚くべきことにいまだに購入価格とそう変わらない値段で販売することができてしまう。車と建物は違うけれど、でもなんとなく共通点もあるような気がするのである。

高級な車の値下がり率はものすごい。新車の価格はすごく高いけれど中古だとそうでもなくなる。この現象は建築でも同じだと思う。高級ハウスメーカーで造られた一般的なデザインの家はやっぱり価格の下落幅が大きくなってしまう。それに対して、初めからローコストで工夫され、デザインされている建築は、そこからの値下がりはそんなにしようもないわけだし、オンリーワンの希少価値を認めてもらうことができる可能性がより高くなるのであろう。この現象はとても面白い現象だ。

価格、価値とは何だろう。

高級車は値下がりする価値がある。
と書くと、それは価値なのだろうか?と疑問に思う。
高級車は初めの購入者にとっての価値がある。という言葉が正しいのかもしれない。

ここでいう価値、それはステータスである。もちろん安全性や走行性能という利点はあるが、それだけならそこまで高級である必要はない。他者からの羨望を受けるということに対する価値であれば、それは初めて利用されるものだからこその価値があることにもうなづける。

西洋の住宅は何世代にも受け継がれて利用される。内装はやり替えられるけれど、建物自体に価値があり、メンテナンスをされながらきちんと取引の対象となるのである。この場合の価値とは、ステータス性のようなものではなく、そこに暮らすことができるという実際の価値である。

ステータス性の価値ではない実際の価値を設計すること、これはとても大切なことかもしれないと思う。でもそれっていったい何なのだろう、ということをちょっと考えてみたい。

2020/02/08

11時、知人の還暦の祝いの茶事に参加。還暦など今ではようやく成人かというくらいに若いので、昔のような感覚はないわけだけれど、でも人生の一区切り、ここからのリスタートという意味で会を開催したという。この度は京都大徳寺の高僧も参加する会となり、なんだか僕なんぞがいてよいのだろうかの疑問を感じながらの一日ではあったが、それでもとても良い経験をさせて頂き感謝感謝である。

夕方、上棟式を兼ねた焼肉パーティーに参加。大勢の大工さんとの会食である。なんだか賑やかを通り越した状態となってしまったが、職人さんとの会合はとかく激しいものなのだ。午前中の茶会とのギャップがあまりにも大きく、なんだかおもしろいものだなあの感である。

2020/02/06

10時、埼玉県川口市にて設計中のマンションの耐震診断についての打ち合わせ。鉄筋コンクリート造5階建てのマンションの耐震診断をしたら、耐震補強工事ができない程の弱い建物であるとの判定をされてしまったから、この際取り壊して新築のマンションにしたいというご相談を受けたのが始まりである。現地に足を運んでみると築50年とはいうものの、取り壊すのはもったいないと感じる綺麗さである。しかも川口駅にほど近いという好条件である。あまりコストをかけずにリノベーションを施し、若者でも借りやすい価格帯のアーティスト向け賃貸住宅などの構想をたてるにはもってこいの建築なのだ。もしも建て替えてしまえば、よくある新築デザイナーズマンションが登場するわけだけれど、今の川口市にこれ以上新築アパートを作っていかなるものかの疑問を感じていない人はいないであろう。〇〇建託の営業マンには悪いが、もうそんな時代ではないのだ。もちろん利用できないくらいに老朽化している場合は別であるから、調査は必要だ。でも今回の診断の結果、補強をすればこれからも利用できるほどの強度にはなることが分かったのである。これは良い結果である。この方針でクライアントのHさんとの話し合いを進めていこうと思う次第である。

2020/02/03

川口市の依頼で、埼玉県建築士事務所協会で請け負っている危険ブロックの相談が舞い込んできた。こういう活動に深くかかわるのは初めてだけれど、町中にある危険なブロック塀をなくそうという運動は全国的に展開されているもので、川口市の場合は年明けから3月末日までの間で行われることになっている。通学路に面する危険なブロック塀を解体する際には助成金が支給されるので、普通に壊すよりも半分くらいの費用で解体できるこの制度を利用しようという人は多く、結果僕たちにご相談が舞い込んでくるという仕組みなのである。さてさて、ただ単に壊すだけのご相談から、新しく作り直したいというごご相談までいろいろである。ちょっと忙しくなりそうだけれど、ひとつずつ対応していきたいと思う。

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