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増井真也日記

2019年5月アーカイブ

2019/05/16

午前中は、埼玉県草加市にて計画中のYさんの家の見積もり作業の確認を行う。すでに担当の渡辺君が精査してくれている見積書を、また別の視点で眺めてみる作業である。設計の作業を進めながらの見積もりなので、概算の部分もたくさんあるのだけれど、次第に詳細に詰めていく過程で、家づくりの細部のおさまりなどについての話も次から次へと出てくる。見積もりの話をしていたはずなのにいつの間にか壁内通気の話になっていたり、はたまた外観のデザインの話に飛んでいたりととりとめもない。約2時間ほど打ち合わせをして終了した。

2019/05/13

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後より、川口市の社会福祉協議会に参加。今日はいくつかの保育園の認可についての会議を行った。

17時、新入スタッフ面接。

夕方、畑にて作業。この時期になると夏野菜の植え付けを行う。ゴーヤやキュウリなどのツルものも植える。今年のゴーヤコーナーはいつもよりも少し大きく作成した。屋根を作りぶら下がることができるようにしたのだけれど、果たして台風などの攻撃に耐えることができるかどうか・・・。これが倒れてしまうと、僕は子供たちにだいぶ馬鹿にされてしまうことになる。「お父さんの造った家大丈夫?ってね。」

畑に花の花が咲いていた。それが終わって今は春菊の季節だ。春菊はその名の通り菊になる。黄色く咲く菊はとてもきれいだ。野菜は野菜、花は花、僕たちの意識のなあでは勝手にそういう風に分けてしまっているけれど、白菜も春菊もとてもきれいな黄色の花が咲くし、じゃがいもだって紫色のかわいい花をつける。にらの花なんて綿帽子みたいで、なかなか風情があるものだ。今日はいくつかの茶花を植えてみた。茶花というのは、茶会で飾ったりできる山野草のことである。これが咲くかどうかはまた難しいけれど、楽しみに一年間待つとしよう。

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2019/05/11

9時、埼玉県桶川市にて設計中のAさんの家の契約作業を行う。すでに詳細の変更事項はご説明しておいたので、1時間ほどで終了した。いよいよ来週の月曜日から工事が始まるので、しっかりと進めていきたいと思う。

先月、ますいいの柳沢が担当したマンションのリフォームに関してクライアントが記事を書いてくれた。初めてお邪魔してお話お伺った時のクライアントの依頼は、マンションのリフォームはもちろんのこと、さらに新しスタイルのキッチンを作ってほしいというものであった。スープ作家というお仕事をされているクライアントならではのご要望だなあの感で、これまでにあんまり見たことが無いようなプロダクトデザインができると良いね、で始まった仕事である。とても長いけれど、思いのこもった記事なのでご紹介したいと思う。

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2019/05/09

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。埼玉県川口市にて計画中のSさんの家のリフォーム工事などについて。Sさんの家はとても古い古民家を改装した母屋の横に、バレエ教室や絵画教室を運営するためのスタジオを併設している。このスタジオはますいいが数年前に造ったもので、モルタル塗りっぱなし仕上げの外壁が、古い古民家と対比してとても良い雰囲気を醸し出している。今回のプロジェクトでは、母屋の方のメンテナンスを行いつつ、庭に小さなカフェを営むためのウッドデッキを作る予定である。工事の進行がとても楽しみなところである。

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2019/05/07

今日は帰国の日である。

朝5時過ぎに中庭に出る。こちらの人々は朝がとても速いようですでにカジさんの家族は活動を開始しているようだ。6時ごろになるとカジさんご夫妻が現れたのでゲストハウスの目の前にあるマハブッダ・テンプルへのお祈りに同行した。カジさん達は毎朝食事前に必ず地域の寺院をすべてお祈りして回るそうだ。所要時間は約40分ほどである。街のあちらこちら、日本で言えばまるでコンビニの数と同じくらいの祈りの場が点在している。それぞれお墓だったり、お寺だったりの違いがあるようだけれど、そこまで詳しいことはよくわからない。足早に寺院から寺院へと渡り歩くお二人に同行するのはなかなか大変なのだけれど色々な人々の様子を見ることが出来てとても素晴らしい時間であった。
街を歩いていると緑色のジャンパーを着て町の掃除をしている人たちを見つけた。カジさんによると、今朝から町の人による清掃活動が始まったそうだ。3日間に及ぶ街の会合を開催し、47世帯のうち22世帯が賛同し活動がスタートしたという。

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僕たちがパタンの特産品である仏像などの工芸品を製造販売しているお店に行くと、昨日物色しにきた時には見せてくれなかった笑顔で迎えてくれた。
「お前はカジの友達だな」
「そうです。」
「何日間ここに居たんだ」
「5日間です。今朝はカジさんと一緒にお祈りをしてきましたよ」
「知っている。俺もその時お祈りをしていて、お前を見かけたんだ・・・」
そんな会話をしているとなんとなくこの町の一員に一歩近づいたような気がした。

トニーハーゲンの話を思い出した。現地の人々に対し敬意を払いながら、産業を興す。この思想に少しだけ近づけたのかなアと思う。

2019/05/06

いろいろ検討した結果、ゲストハウスの候補地はカジさんが住んでいる隣にある3m×4mほどの小さなスペースにとても高い塔のような建築を作り、現状あるゲストハウスと結んで一体的に運用する計画となってきた。

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この搭はマハブッタ地区のシンボルであるマハブッダ寺院の中の搭のごときものである。ただのゲストハウスが出来るのではなく、この地域の特性を象徴するような現代建築が、この地域に来る人々を迎える場となる。当然ながらレストランなどの施設も併設する予定だ。

というわけで、今日は僕だけがゲストハウスに残り、石山先生のスケッチをもとにカジさんとの詳細の打ち合わせなどを行った。よくわからない部分は渡邊先生や佐藤先生の書く図面を基に説明したけれど、基本的な建築の構成は石山先生の頭の中からわき上がってきているものだ。さてさてどうして進めていこうか、とても楽しみなプロジェクトだけれどきっと3年くらいはかかるのかなあとも思っている。

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14時ごろ、一人で王宮跡をリノベーションしてつくられているパタン博物館を見学した。約3時間ほどゆっくりと一つ一つ丁寧に展示物を見て回る。何とも贅沢な時間であった。

2019/05/05

今日はカトマンズ盆地の中にあるパナウティーという古都とバクタプールという第3の都を訪問した。この度の中で初めての観光らしい観光だ。パナウティーは川沿いにある古い町並みで、人の数もまばらな小さな街である。すぐとなりの街がまるでカトマンズのごとくに近代化した街だったので、きっと町の一部分だけが古都として保存されているのだろう。こちらの古い建築はみんな同じような造られかたをしている。レンガで柱と壁を立ち上げ、壁に差し込んだ梁で床を支える。それを繰り返して3層のレンガ造を造り、小屋組みは木造の束だて和小屋組のような形で造る。一番下の部屋は作業室など、2階には居間、3階は個室があって、小屋裏の4階に台所を造る。

僕たちが歩いているとちょうどどんな古い住宅を直している建築現場に出会った。作業を見守っているのはこの住宅の御主人だという。中を案内してくれるようにお願いしてみたら快く最上階まで見せていただいた。

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田村君達が採寸・図面起しをしている間に、僕はと言えば屋上でスケッチ。ちょっと日差しが暑かったけれどさわやかな風の吹く中で中約1時間ほどスケッチをして、とてもゆったりとした時を過ごすことが出来た。

続いてバクタプールの街へ移動した。こちらはもう少し規模が大きい街で、パタンのような鉄筋コンクリートの建物がだいぶ増えている。人の数も多いし、まちの主要部に入るには1500ルピーの入場料がいる。なかなか良く管理をされているのである。パナウティーでかなり詳細に建築を見たので、こちらでは散歩や食事をしながらゆったりと時を過ごした。

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4時ごろタクシーに乗り、ゲストハウスに戻る。

2019/05/04

朝一番は石山先生によるレクチャーから始まる。先生はやっぱり人に教えることが本当に好きなのだ。建築のことを考えるか、それを人に伝えるか、先生の行動はこのどちらかによって構成されていて、それ以外は全くない。

今日のレクチャーは流通についての話である。ヒマラヤの山奥で採れるお茶を上海の展示会で販売すること。上海と筑波の飛行場は片道たったの7000円で行き来が出来ること。中国製のコンテナは約10万円ほどで購入できること。などなど、現実社会の流通について様々な事例を紹介された。

午後は、昨日に引き続きギャラリーLAにてレクチャに参加した。今日は早稲田大学の中谷礼仁先生による講義だ。XXスペースなる女性が生き生きと暮らすことが出来る場の創造について様々な事例写真など交えながらお話しいただいた。

終了後、パシュパティなートというヒンズゥー教の聖地である死体の焼き場を見学した。彼らは皆この聖地で死に、焼かれることを希望するということだ。死期になるとこの近くで死を待ち、聖なる川の水で清められた後に、公然と木組みの炎の中で焼かれるのである。僕たちが付いたときも二人が焼かれ、一人がその準備をしているところであった。涙を流して大声で泣いているご婦人もいた。何とも言えない気持ちになる、そんな場所であった。

2019/05/03

朝一番、ゲストハウスにてミーティングを行う。

石山先生を囲むレクチャーは、スイス人のトニーハーゲンが書いた「ネパール」の紹介から始まった。トニーハーゲンは、ネパールの人々に対して尊敬の念を抱きながら、その暮らしのようすを調査研究していたという。その後ネパールのカーペット産業を興したそうだが、それもとても丁寧にネパール人のためにやったそうだ。

続いて道の話に移る。ネパールにはいくつかの道がある。一つはシルクロードで、天山南路と天山北路というヒマラヤのあちら側とこちら側の二つの道がある。もう一つの道はコチャサバドウという茶の道である。他には塩の道というのもある。モノを移動するには道がいる。ネパールはインドと中国に挟まれて海を持たないから、陸路の様々な道が機能していたのだろう。まるで島国のようなこの国は割と最近まで鎖国をしていたそうだ。日本と同じである。鎖国をしていたからこそ、道もそこしかない際立ったものになっていたのだと思う。

終了後、僕と田村君と息子の3人で井戸の清掃作業に立ち会う。井戸と言ってもいわゆる日本の井戸のようなものではなくて、イタリアのローマにあるトレヴィの泉のようなもので、この国の街のあちらこちらにある憩いの場だ。ここは生活用水を獲得するために利用されていたようだけれど、いまではあまり使われることなくヘドロがたまるごみためのような状態になってしまっていた。すでに石山先生たちが大方の清掃を終わらせてくれていたので、僕たちはレンガの彫刻部分の細やかな清掃を行うこととした。掃除をしていると町の人がとても興味深そうに僕たちを眺めている。遠くの国からやって生きて、自分たちの国をきれいにしようとする姿はとても珍しく映ったのであろう。

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この井戸掃除は今回の訪問の一番の目的である。日本の戦後とバブル時代が一度に訪れてしまったような状況の中で、土ぼこりや捨てられたゴミなどが散乱する道路はとてもひどい状況だ。井戸だって憩いの場などと呼ぶには程遠い状態である。現地の人の心には自分たちがそれ自体を世界中の人々に誇れるくらいの世界遺産の素晴らしいところに住んでいるという自覚が薄れてしまっているのである。異邦人の僕たちが一生懸命掃除を行い、それを見た現地の人たちが自ら清掃活動を始めたらどれだけ素晴らしいことか。この国の素晴らしい未来の一助になることをめざして活動に参加した。

1時間ほど作業を行い、ゲストハウスに戻る。

午後は、ラックスマンさんが運営しているチベット難民の自治区にあるギャラリーLAにて早稲田大学の渡邊先生によるレクチャーに参加。

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その後はゲストハウスに戻って、石山先生、中谷先生、そして上海の趙さんと一緒に王宮前のダーバースクエアという広場を見下ろすカフェ・ド・テンプルのルーフトップレストランにて会食を行った。

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2019/05/02

今日から二回目のネパール紀行である。先週くらいから石山先生の呼びかけに賛同した人たちがカトマンズの隣町のパタンに集まっている。今回の参加者は早稲田大学の中谷礼仁先生と渡邊大志先生、東京大学で博士をしている佐藤研吾さんに佐賀県のジャーナリストの梅木さん、中国の上海から来たかなり大きな都市計画を手掛けている趙さんと、豊島区の牧師の息子さんの芳賀君である。ますいいからは田村君、そして僕の愚息が参加した。飛行機からは雄大なヒマラヤ山系を見ることができた。これはとてもラッキーなことらしい。

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僕たちの目的の一つはネパールのカトマンズ盆地にある3つの都の一つ、パタンにあるマハブッタ地区の街づくりだ。とてもまじめな仏教徒が多いこの小さなコミュニティーの中で街の美化活動を行い、いくつかのゲストハウスを作る。ここは仏像などの工芸品を作るアーティストの街でもあるので、日本とネパールの流通も作ろうと考えている。僕達の役割はそれらを成り立たさせることだ。

到着するとすぐにゲストハウスにするかもしれない建築物を見学した。2500万円で売っているという建物は、全く買うに値しないけれど、状況がちょっと面白かった。というのも5階建ての鉄筋コンクリート造の建物を現在進行形で建築中にもかかわらず、下の方の3階まではすでに住宅として利用されているのである。住宅として利用している部屋はサッシがはめ込まれて、外部とは縁が切れているけれど、それ以外の部屋はコンクリートの開口部が開けられているだけでサッシすら取りついていない。現場監督は建て主、設計も建て主という。なぜ途中で止まってしまったのかを聞くと、なんと資金が途絶えてしまったからだそうだ。今の日本の住宅と比べたら、動物園の小屋のごとき状況であるけれど、なぜか快適に住めるのである。

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彼はこの家を誰かに売りたいそうだ。そのお金でほかの家を買い、利ザヤで生計を立てる。まさにバブルの状況の国だからこそ成り立つ原理である。そういう話は半分くらいだけ聞いておけばよい。僕がとても興味を持ったのは、自分自身で造りながらその場所に住んでいるというということである。この手法は建築費をとても安く抑えることが出来る。そして日本でも誰でも使える手法なのだ。

例えば木造住宅の構造や屋根だけを作ってスケルトン状態で引き渡してあげる。あとは何年かかけて、住みながら造り上げればよい。基礎工事に3週間、上棟して筋交いなどの構造を固め、屋根をふいて、外壁のサッシと仕上げを行う。内装は合板の床下地だけ貼ってあげて、断熱材を入れるくらいのところまで行う。本当に最低限のところまでを2か月くらいの期間をかけて行い、あとは住みながら行えばよいのである。

ネパールの建築は作りすぎていないところが良いと思う。鉄筋コンクリートの柱・梁・床・レンガ積の壁でほとんどすべてが構成されていて、断熱材や石膏ボードの類は使われていないのである。決して気候が穏やかで、暑くも寒くもないような場所ではない。現に今日だって30度を超える暑さだ。でもなんとなく日本の都市よりも前々快適だ。すべての家のエアコンをつけエネルギーを大量に使って家の中の熱を外に出せば、外が熱くなるのは当然である。建築が密集することで風が止まる。都市にたまる熱は逃げ場がないのである。

そう考えると先進国と呼ばれる国に住む僕たちはいったい何をしているのだろうかと思う。アジアの最貧国に来て、気が付くことは意外と多いのである。何故なら僕たちが普段の生活の中でなんかおかしいなあと思っているようなことをせずして、それでも人々の暮らしは活気にあふれているからである。

201905

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