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増井真也日記

2019/03/24

時差はほとんどないのだけれど、なぜか夜中の2時過ぎに目が覚めてしまう。本を読んだりうとうとしたりを繰り返しながら5時ごろまで過ごす。6時30分に朝食をとり、8時に移動を開始した。

今日の初めの目的地は、天安門広場である。明・清時代の応急である紫禁城の第一門である天安門を遠くから見ていると普段テレビのニュースで見る光景が広がっている。ここは西太后によって最後の皇帝に指名された溥儀の映画「ラストエンペラー」の舞台として知っている人が多いであろう。広大な広場には、何万人もの人がいる。外国や中国のほかの地域からくる観光客、警察、軍隊、ガードマンなどなど、とにかくまるでハリウッドの映画でも見ているかのような様子である。日本でこんな光景は見たことがないけれど、これが中国の大きさであろうか。天安門はかつて悲しい事件があった。1989年の6月4日、民主化を求める学生など数万人のデモ隊に対して、中国人民解放軍が武力鎮圧を行い、数百人から数万人の人が殺されたという事件である。実際に中国でこの手の情報を検索しようとしても出てこないけれど、これは隠そうにも隠しようのない事実である。

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屋根は橙色の瓦が葺かれているのだが、その鮮やかな色が空の青と対比されて際立って見える。日本の寺院は極彩色が剥がれ落ちてしまっていたり、もともとなかったりの理由で木の肌がむき出しになっている場合が多いが、ここではほぼすべてのものが何らかの着色をされている。詫び寂の世界観に慣れている僕には少々きつい印象にも感じるけれど、日本でも再建された薬師寺の西塔のように当時の彩色されている様子を見ることができるものもある。これがもともとの姿なのであろうか。詫び寂とは・・・、なんだか根底からの価値観を揺さぶられるような気もするくらいの激しさである。

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歴史を振り返ればそんな思いを感じるのが自然かもしれない。しかし現代の価値観は昔とは異なる。色も映像もなかった時代に人々の心を集めるため極彩色に染められた建築はもう不要だ。今ではそれに代わる様々な装置がある。だからこそ今の時代に求められる建築とは、逆に素朴なリアルに触れることができる数少ない空間なのかもしれない。エイジングした木部に美しさを見出し、そこにエコロジーや地域性を感じる感覚というのは日本人が作り出した、現代社会に必要とされる価値観だ。そういう過程を踏まえれば、日本の建築群は中国の省略なのではなく、まさに現代に必要とされる建築群を現代社会の状態に合わせて維持しているといえるような気もするのだ。

この建築は1970年ごろに再建されたもので、RC造に木造を乗せた作り、5つの通路を開けたコンクリートの上部に木造の楼閣が乗せられているという構造だ。いざ実際に門を潜り抜けてみるとその門の奥深さと、大きさに驚かされる。屋根を支える腕木の段数の多さを、装飾的絵画の量には先の考えをもってしても抗えないパワーがある。建築の持つ力、装飾の持つ力、あまりそういうものに慣れていない日本人には建築的食あたりになるような力があふれ出している。今日はここから故宮博物館をまっすぐに抜けるという順路を通った。

数々の門、大規模建築群、少々疲れだしてきたところにちょうど人間が収まることができる小規模建築を見つけた。ガイドの話によるとこれは先生の住む場所だったという。四角形の建物の上部が円形に作られている。中に入ると12の窓のうちちょうど太陽の方向を向いているところから一筋の光が差し込んでいる。光は窓の格子によって数本の光線に分けられ、内部を強く照らしている。ヒューマンスケールにあった建築の胎内にしばし収まり休息をとる。外から見る民衆に絶大な巨大性をもって畏怖の感覚を抱かせるのではなく、そこにいる人に神聖な何かを感じてもらうことができる空間を作ること、やはりこれが僕の時代の建築なんだよなあの感を改めて思う。

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続いて近くにある胡同と呼ばれる細い路地まで移動し、人力車に乗って周辺を散策した後に、四合院という京町家のような昔ながらの住宅群を見学した。四合院というのは中庭型の住宅のことで、大小様々なものがある。今でも住宅や別荘として利用されているということで、そのうちの一つを拝見させていただいた。

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最後は隈研吾氏による設計の三厘屯SOHOを見て回る。有機的な平面形状を持つ高さ100mの同じ粒子的表面を持つ塔が数本建っている間に生まれた谷間を人が歩く。ほかのビル群と比較してそこだけがなんだか浮遊しているかのような場となっている。残念なのが、中国のゼネコンの施工技術はなかなかの粗悪品で、隈氏による繊細な表現はあちらこちらで外れかけている、もしくは実際に外れてしまっている部分が多く見受けられるということだ。この界隈は銀座のごとき町とのこと、長居は無用ということで遅めの昼食へと向かった。

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中国にはお茶屋さんがたくさんある。食事を済ませると、ビルの2階にあるとあるお茶屋さんへと向かった。中に入ると店員さんが5種類のお茶を出してくれた。中でも気になったのがプーアル茶である。直径20センチほどの円盤状に固められた発行した葉を砕き、煎じてちゃとするのだが、なんとも言えない香りと苦みがとても深い味わいを生み出す。古ければ古いほど高価になるらしく、15年くらいのものは10万円以上で販売されている。中には龍の形に造形されてまるで壁画のようにされているものや、5重の塔のごとくに鏡餅状に積み上げられたものまである。日本の濃茶などには古いものを良きとする文化はないが、発酵茶ならではの価値観なのであろう。僕も試しに6年物のお茶を購入してみることにした。

夜、ホテルの日本食にて食事。昨夜の火鍋がものすごいボリュームだったので今日はそばくらいがちょうどよい。

201903

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