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増井真也日記

2019年2月アーカイブ

2019/02/17

午前中は家でゆっくりと過ごす。世間ではトランプ大統領が相変わらずよくわからないことを言っていたり、イギリスのEU離脱の影響からかHONDAがイギリスでの製造を中止したり、いったいこの先どんな風になるのかよくわからないことも多いわけだけれど、そんな中で日本という国もゆっくりと姿を変えていくような気がする。

例えば外国人労働者の受け入れが本格的にスタートすれば、川口市などはすでに日本で3番目に外国人居住者が多い町として有名なわけだけれど、さらにその人数が多くなることも予想されている。なんでも健康保険証を複数人で使いまわすような事案も発生しているらしく、このような外国人による不正が増えれば、その結果日本人が加入している国民健康保険も運営がうまくいかないような事態になってしまうかもしれない。好景気とはいえ、その影響が日本人にすらいきわたらない現状の中で、さらに貧しくなる可能性のある外国人労働者をどのように支えるのかは火急の課題のようだ。労働人口が減少してしまっては経済が縮小する。それでは今の生活レベルが維持できないので人を増やす。ここまではわかる。そもそも世界の人口は増え続けているわけで、この超高齢化社会というのは一部の先進国特有の現象だから、移民を受け入れるということは人口のゆがみをうまく平準化する手法のような気もするわけだ。

なんだかわけのわからないことを考えながら、ニュース番組などを見ながら過ごしていたが、いい加減同じようなニュースに飽きてきて家を出る。王子で乗り換えて都電荒川線に乗り雑司ヶ谷で降りると、鬼子母神のあたりを経て池袋駅までの散歩をしてみる。けっこうな距離があるけれど、ぶらぶらと街を歩きながら気に入ったものを買い物などして楽しい時間を過ごす。疲れてきたらカフェに入ってコーヒーを飲むとなんだか元気が湧いてくる。たまにはこういう散歩もよいものである。街の様子は時代とともに少しずつ変化している。変化するから面白いのだと思う。社会の様子も変化する。きっとそういう変化も最終的には魅力と感じられる時が来るのかもしれない。

2019/02/15

スタッフの渡辺、吉村と一緒に東川口のカフェに造る予定の壁についてのスタディー。このカフェは住宅の一部屋を改装して作った小さなお店で、今回はその外部エントランスの部分に新しい壁を増設しようという計画である。下の記事は以前カフェのインタビューをしたときに書いたもの。前に造ったときも友人によるセルフビルドなどの物語があった。今回はどんなストーリーが生まれるのだろうか。とても楽しみである。

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東川口の駅から少し歩くとある小さなカフェ。月に一回程度の営業で、ブログや人伝てに集まったお客さんに健康的な料理とお店の名前にもなっている「ドクダミ」のお茶を提供している。女性限定で平日に営業するため、このカフェは、母親が子供を学校や幼稚園に見送ったあとくつろぐための空間になっている。この現場は、普通のハウスメーカーの住宅の一階の一部を、まるで築40年ほどの住宅を改修したかのようなカフェに造り変えるというものであった。初めて現場に行ったときには、ゴージャスな既製品がちりばめられた現状と、古い住宅のようなカフェというご希望の間のあまりのギャップに驚いたのだが、家を建ててからそのような空間を作りたいと考えたというのだから仕方がない。まだ新しい住宅の内装を壊すことには若干の抵抗を感じはしたものの、既存のリビングをほぼスケルトン状態にしての工事となった。
仕事の進め方はいつもクライアントとの打ち合わせとは違い、平面図や展開図などを使って案を練っていくのではなく、パースを各部屋4面ずつ描き、そこでこちらのデザインとクライアントの要望をすり合わせていくというもので進めて行った。
クライアントのUさんはいわゆる専業主婦でカフェをやりたいという夢をずっと持っており、周囲の友人たちに背中を推されて、思い切ってやってみたということだった。そのため、自分のこういうカフェをやりたいという理想をしっかりともっており、内装の至るところにそのこだわりが見て取れる。例えば、古民家をイメージして作られたイナゴ張りの天井、今でもUさんは生活をしている中で、ふと上を見上げた時に可愛い空間になってよかったなぁと思うそうだ。メインの開口である木製の窓は当初掃き出し窓になっていたが、コスト面を考え引き違いの腰窓になった。けれども欄間や中桟の入れ方や高さなどを何度も何度もパース上で検討していきできたその窓はUさんのこだわりを実現しており、特に冬の季節にその窓から見える雪はUさんのイメージである古民家風カフェを象徴する風景になっているようだ。

こういう住宅街の一角にひっそりとカフェをやるには、周囲の人々とのつながりが必要不可欠と感じた。天井や窓や建具それにキッチンの収納部はクライアントのセルフ塗装によって仕上がっており、セルフ工事の時には、Uさんの友人が手伝いに来てくれた。ますいいを知っていただいたキッカケも友人から紹介されたからとのこと。営業している今でも、友人の作家さんの作品を店の傍らに置いたり、営業日になると友人が料理や配膳の手伝いをしてくれたりとUさんの周りには彼女がカフェをやることに対して応援をし、支えてくれる人々がたくさんいることUさんは教えてくれた。

営利目的ではないこのカフェはUさんの自己の表現の場、そんな表現が正しいのかもしれない。僕はこれまでたくさんの建築を作ってきたが、自己というものとしっかりと向き合おうとする種族には、やっぱりそれなりの空間が必要であり、その空間は決して一人でつくり上げられるものではなく、その考えを理解してくれて、背中を押してくれる存在があるのだと改めて気づかされた。

2019/02/14

今月の住宅特集は平屋という選択というテーマである。平屋というのはとても贅沢なもので、広い敷地があって、平屋でも十分に必要となる部屋を納めるプランを作ることができることが条件となる。そしてもしそれが奇跡的に可能であったとしても、2階建てよりもコストがかかってしまうという点もクリアする必要がある。建築のコストの中で多くのウェイトを占める基礎工事と屋根工事の面積が、2階建てと比較して約2倍ほどになってしまう時点でコストアップをしてしまうことは必然であるのだ。

埼玉県寄居町に造った寄居の家では平屋を採用している。大きな敷地にL字型の平屋とし、茶室・LDK・3つの個室群を配置した。写真は外観と茶室の様子である。玄関には淡路島で造られている瓦を敷き込み和の雰囲気を感じさせるホールとした。茶室は普段は家族のだんらんの場として利用されているが、炉を切っているので本格的な茶会を行うことも可能だ。平屋という選択、僕自身もとても好きなのでまた作ってみたいと思う。

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2019/02/11

10時、東京都台東区にて新築住宅を検討中のMさん打ち合わせ。浅草の雷門に近い敷地で、将来カフェをオープンできるかもしれない4人暮らしの家族のための小住宅の提案である。周りを背の高い建物に囲まれており、光をどこから取り込むかについて頭を悩ます条件であるが、幸いにして南側が道路ということで、南側の採光を可能にする形で屋根に段差を設け、吹き抜けを介して光を取り込むという提案をすることにした。浅草や蔵前当たりの路地にはたくさんの魅力的なカフェがある。個人店の小さいお店でそれぞれとても個性があるので面白い。この建築も将来そんな風に使ってもらえると良いと思う。

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2019/02/10

今日は朝から裏千家茶道の埼玉県青年部・新年会に参加した。日曜日朝一番から大宮駅近くの会場にて会議が始まり午前中を終え、午後は宴席となる。茶道というのは茶を飲むことが中心にあるわけだけれど、こういう組織運営のようなことをしているとお茶を点てて飲むこととはあまり関係のない活動に参加することも多くなってくる。会場も出来れば茶室のごとき和風建築が望ましいわけだけれど、今日の会場のように中華料理店だったりするともう和の雰囲気など全く感じられないなかでの開催となってしまう。とはいえそんな便利な茶室があるかといえば、それもなかなかむずかしい。大きなホールがあって、茶室があって、料理を取って宴会のごときことも開催できるような場など、広さに余裕のある寺院くらいのものであろうが、はたして貸してくれるものかどうか。

こういう活動に参加する動機は、日本の文化を少しでも次の世代に継承したいという思いである。忙しい日常のなかで、稽古に通い、茶道の点前をするのは至上の贅沢な時間であるが、何年も継続してくるとこの時間がとても心を落ち着ける大切な時間であるようになってくる。世知がない世の中で、こういう貴重な時間を得ることができることを多くに人に伝えたいなどの思いも出てくる。そしてそれを一人で行うことはなかなか難しく、それを行う仲間を大切に思う気持ちが出てきたりする。そんな思いを持つ人が集まる場がこの裏千家という場なのかもしれない。夜、なんとなく名残惜しく感じつつも20時ごろ解散。よい一日を過ごすことができた。

2019/02/08

午前中は事務関係雑務。

午後より、埼玉県蕨市にて進行中のHさんの家のリフォームの現場にて屋上で組み立てるウッドデッキ材の荷揚げ作業を行う。僕と渡辺君、林君と大工さんの4人で約100本の材木を足場を使って荷揚げする作業だが、これが結構な運動になった。途中からはクライアントのHさんまで参戦してくれた。まさに総力戦である。

もともとここに造られていたウッドデッキはHさんの手造り、いわゆるセルフビルドで造られたものであった。SPFを使用してしまったこと、防腐剤の塗装を行わないで済ましてしまったことで、わずか6年ほどで造りかえることになってしまったけれど、それでもこれだけの面積のウッドデッキをセルフビルドで造ったこと自体が大したものである。しかもその時は外部足場などない中でのたった一人での荷揚げだから、短く切った板を何往復もして階段で屋上まで運んだらしい。これまた驚きの根性だ。こういう経験をした人だから僕たちの荷揚げも手伝ってくれたのだと思う。何とも言えないうれしい瞬間だったので日記に書かせていただいた。

2019/02/07

今日は朝から大工の本間さんと一緒に、埼玉県川口市にて進行中のHさんの家のリフォームの現場に出かけた。屋上にウッドデッキを作るために、採寸などの段取り立ち合いである。ウッドデッキ材にはすでにキシラデコールが塗装されている。採寸後は大工さんによる加工作業である。今日の午後から明日の午前中にかけて作業を進める予定だ。

夕方、田部井君と渡辺さんと一緒に埼玉県桶川市にて設計中のAさんの家の打ち合わせ。約1時間ほど。

2019/02/06

好きな素材というものがある。写真は千葉県の船橋に造ったWさんの家の居間であるが、この現場では僕が好きな素材をふんだんに使用することができた。床には針葉樹の杉を貼っているが、杉やヒノキ、唐松のような針葉樹の床板はとても柔らかくって温かみがあるのが良いと思う。樹種によってその表情は微妙に異なるのも良いところである。すごく簡単に言うと杉は少々赤みがあって、ヒノキは多少黄色っぽいところがあり、唐松は茶色が強い印象と言える。木の目については、唐松や杉がやや強く、ヒノキはそれほどでもないので少々上品な印象になるようだ。どちらにしても、木の持つ柔らかさがとても良い肌触りを生み出してくれるのは変わりないので、後は好みで選択すればよい。

窓辺には障子が良いと思う。障子の和紙を透過した光はこれまた何とも言えない柔らかみがある。この柔らかさはレースのカーテンなどでも得ることができるし、最近ではガーゼ素材のカーテンなどもよく見かけるけれど、木でできた障子というのは本当によくできたスクリーンなのではないかと思う。ガラスだけよりも断熱効果も期待できるし、視線を遮る装置としても利用が可能なのである。この住宅の窓辺は外部の庭に連続しているので、窓を開けると縁側のような設えとなっている。だからよけいに障子が似合うような気がしている。

階段にはヒノキの厚板を使用しており、その骨組みを表現した。部屋の中央には杉の5寸角の太い柱を立て、大黒柱のような印象を与えている。白い仕上げの壁はもちろん漆喰である。こうした自然素材の調和した様子がなんとなく好きなのであるが、こうした素材感は何も日本に限った話ではなくって、世界中どこに行っても共通の、とても古くから使われてきたものなのだ。

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2019/02/02

12時、埼玉県和光市にて進行中のKさんの家の上棟式に参加した。大工さんの松本さんと、お子さんが生まれたばっかりのKさんご夫妻、そして担当の江崎、林と僕で現場に造ったベニヤ板テーブルを囲んでの食事会である。昔はお酒を飲んで酔っ払っての上棟式が普通だったけれど、最近はノンアルコールが普通になった。短時間のお食事会だけれど、クライアントと大工さん、そして設計者の僕たちが顔を合わせるのはなかなか意味のある機会だと思う。建売などの場合はいったい誰のための仕事をしているのかわからない状態なわけだが、こうして顔合わせをすることでお互いに顔の見える仕事ができるのである。

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18時、お世話になっている基礎屋さんのお父さんが亡くなったということでお通夜に参加。会場で水道屋さんの関さんに合う。関さんは若い頃に型枠職人をやっていたことがあって、その時に亡くなった松本さんのお父さんのお世話になったそうだ。話を聞くと、松本さんのお父さんはとても厳しい鳶の親方だったそうで、若い職人などは話しかけることも出来なかったらしい。糊のきいた鳶の作業着を着て、現場に来る様子は皆のあこがれだったというからよほど貫禄のある親方だったのだろう。最近の職人の世界では、こんな風に親分と呼べるような存在は減っていると思う。どんな世界でもそうなのだろうが、だからこそ僕たちがもっと頑張らなければいけないとも思うのだ。

201902

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