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増井真也日記

2017年3月アーカイブ

2017/03/23

過去の日記を読んでいたら、僕のプロフィールの紹介の下に下記の文章が記載してあった。今でも全く変わらない思い、というよりこの思いだけが僕をこの仕事に突き動かしているモチベーションであるような気もする。最近では川口の街に公共物として何らかの作品を残す機会も得られるかもしれないの気配もしてきた。

過去の日記、なんだか別の自分が語っているような気がするから面白い。僕はこの作業をきっと続けることができる限りは続けると思う。50歳、60歳になったときに20代の自分が書いていたことをどういう風に思うのだろうか。それもまた楽しみである。

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「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。

しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。

このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。

私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。
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2017/03/21

朝礼終了後、予定していたスタッフとの打ち合わせが明日にずれたので時間ができる。とはいえ目の前にある仕事をしているといつの間にか昼になってしまう。何をしていたのか、正確に思い出すことはできない。なんとなく気になる仕事を確認したり、図面のチェックをしたり、スタッフに声をかけたらそのまま1時間しゃべり続けていたり、午前中とはそんなものだと思う。

午後、茶道稽古。今日は夕方に用事があるので1時間ほどしか時間が取れない。こういう忙しい時は薄茶の平点前かなと思いながら先生の所へ行くと、なんと大円の真・・・。またまた奥伝である。僕にとって奥伝のお稽古はとにかく足の痺れとの戦いである。1時間を経過するころには、まず感覚がなくなり、立ち上がることも歩くことも出来なくなる。次第に血が流れて感覚が戻るときの何とも言えない状態がとてもつらいのだ。

夕方、東京都台東区の根津にて、小さなギャラリーの計画についてのご相談。以前もこの日記に書いたけれど、今回正式に不動産の賃貸借契約を結んでのご依頼である。この場所で現代アートを扱うギャラリーを運営されるとのこと。ますいいでこれまで10年以上にわたり運営してきたRDRギャラリーの雰囲気を見て気に入ってくれたということである。初めてのご相談ということで、まずは図面と模型を使ってのご提案のお約束。約3週間後、提案の内容が楽しみなところだ。

2017/03/20

朝10時、埼玉県川口市にて鉄骨3階建て住宅のリフォームを計画中のIさんご家族打ちあわせ。これまで1年以上の長い時間をかけて計画を進めてきたところで、いよいよ仮住まいへの引っ越しを検討する段階まで進んできた。いよいよ工事である。無事に進んでくれることを祈るばかりである。

15時、東京都荒川区にて新築住宅を検討中のSさんご家族打ちあわせ。初めての顔合わせということで、お互いの紹介から始まり、ますいいでの家づくりの流れについてのご説明などをさせていただいた。お話をしていると、昭和49年生まれの同級生。出身大学が僕の戸田建設時代の同期社員がいる大学であるということだから、つまりは僕の同期がSさんの同じ研究室の同級生ということで、なんだか不思議な気分になる。長く生きているとこういうご縁はあるものである。なんとなくの繋がりの感覚を感じつつ打ち合わせを終了した。

夜、村上春樹「騎士団長殺し」読了。僕はたまに古い本を取り出して読み返すようにしているので、1Q84から7年とはいうものの、これまでも一年に1回くらいは村上ワールドに入り込んでいる。ちょうど主人公の男性が同じくらいの年齢であろうか。勝手にそういう風に思い込んでいる。つまりはなんとなく自分に当てはめて読んでいる風でもある。

これまでもそうだけれど、主人公の考え方や生き方に共感をするような場面が何度もあるもので、その中の一部を自分自身の実際の生活に取り入れて試してみたりもする。これまでも1Q84を読んで、ヤナーチェックのシンフォニエッタのCDを聞いてみたり、スコッチウイスキーのボトルを買って家飲みをしたりの挑戦をしてきた。そして今回も、画家の男性の嗜好や思考に自分を重ねつつ、さらには非現実的な空想の表現の中に込められた自由や信念、愛、という言葉で表されるであろう感覚を見出しながらページを進めていったりしたわけである。

2巻の最後にある「信じる力」、この言葉が妙に心に残っている。村上氏もきっと自分自身の表現活動の中にある様々な揺れ動く心の状態を小説に込めているのであろうと思う。そしてそんな活動の根幹に必要なものがこの「信じる力」なのではないかとも思うのである。人は何かに導かれてどこかに向かっている。その何かがすべて明確に露呈することは決してなく、その何かは時にはいくつもの選択肢を持っている。イデアとメタファー、理念と暗喩、つまりはそれぞれの人にとっての普遍的価値と何かを暗に示す直接的ではない現象、それは誰の人生の中にも様々な形やタイミングで現れては消え、そのあとにとる行動に大きな影響を与えるものでもあると思う。既成概念的なイデアを刺殺したあとに現れるメタファー、そのメタファーに指示された道を歩む中で何かをクリアし、乗り越え、自分が幸福と感じる状態に近づく、なんて理想的な心と実践のバランスではないかと思う。そして自分自身もそうありたいと思うのである。

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2017/03/18

朝礼終了後、埼玉県久喜市にて設計中のIさんの家の打ち合わせ。

終了後、畳についてのスタディー。最近の家づくりでは畳を使用することはとても少ないのだけれど、でも僕と同じくらいの年齢層の人が家づくりを行う場合には、畳の部屋が欲しいという要望を聞くことも多い。この感覚、なんとなく共感できる。

僕たちの世代の両親の実家というのは、たいてい畳の部屋があったものである。僕の場合はというと、母方も父方もどちらの実家にも畳の部屋があった。というよりは畳以外の部屋のほうが特別な空間だったような気がする。つまりは和風の住宅の中に、洋風のキッチンが挿入されたような状態であり、洋間こそが近代を現す特別な部屋だったのであろう。

畳の部屋が欲しいという人は、なんとなく男性のほうが多い気がする。くつろぎのスぺース、座禅をしたり一人になったりの自分だけのスペース、茶室、・・・用途はいろいろあるように見えるけれど、実は共通しているようにも見える。僕の家にも畳の部屋はあるけれど、茶をたてたり座禅をしたりの目的で使用しているのは僕だけだ。僕以外の家族がこの部屋に入ることは、菓子とお茶を家族にふるまう時以外はめったにない。それを求める人にとっては畳という素材の持つ理念が、なんとなく心にしみわたる何かを持っているとしか考えられないほどに特別なスペースとして利用されるのである。

畳には障子が似合う。この二つの素材の愛称は特別に良い。それに障子には断熱効果もある。サッシ自体が高性能でなくとも、障子の一層があるだけで冷気を遮ってくれる。特に大きな窓を作った場合には効果的だ。コストはカーテンなどよりも安いと思う。汚れたカーテンを洗って、もしくは買い替えることを考えると、障子の場合は紙を張り替えるだけでよい。そしてその作業はもちろん自分でできる。

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畳には和紙も合う。この茶室の天井には和紙を張っている。埼玉県の川島町で小さな和紙工房を営む岡崎さんの和紙をますいいではよく利用している。岡崎さんはますいいのクライアントに自分で和紙を漉かせてくれたりの体験もさせてくれる。しかもそれを自分で壁に張るなどのセルフビルドの指導まで面倒を見てくれる。その周辺の素材と調和して何とも言えない温かい雰囲気を作ってくれる畳という床仕上げ材、これからも、より積極的な新しい使い方を考えていきたいと思う。

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2017/03/17

朝礼終了後、埼玉県伊奈町にて進行中のWさんの家の現場確認。今日は鉄筋の配筋状況を第3者機関が検査をする日であるので、それに合わせて確認に来た次第でる。新人スタッフの林君に鉄筋工事の要領を指導したりの1時間程、ほどなくクライアントのお父さんもお孫さんと一緒に現場にいらして記念撮影をされていた。まだまだ工事は始まったばかりだけれど、4月の上棟に向けて準備は着々と進んでいる。

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15時ごろ、町田分室で担当している玉川学園の家の現場確認。こちらの現場は完成に向けての仕上げ段階である。2階のリビングにある木製建具の完成度の高さは目を見張るものがある。担当者の中村君のこだわりの結果であろう。キッチンの天板に利用されているフレキシブルボードも面白い。決してチープな住宅ではないデザインされた住宅の中に、安価な素材がきれいに使用されている様は、これまた担当者の上手なコントロールの結果だ。デザインとコスト、この二つをうまく操りながら、家づくりをいかに楽しく進めるかがますいいの家づくりの面白いところなのである。

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2017/03/16

朝礼終了後、埼玉県川越市にて設計中のSさんの家の打ち合わせに向けて、橋本と江崎の3人で現地に向かう。今日は見積もり作業に向けた最終的な打ち合わせという段階である。仕上げ関係をまとめ、設備なども一応の決定事項とする。つまりモノの値段がわかる状態にするということである。この作業は料理に例えると、まずはフレンチなのか中華なのかの方針を決めて、もし中華料理に決まったとするならば、その中で具体的にエビチリなのか麻婆豆腐なのかはたまたチャーハンなのかのメニューを決めて、そしてその料理に使用する食材の種類やらを決めていくという作業である。今夜の夕食の予算は3000円と決めたとして、もしもそれをオーバーしてしまうようであればやっぱりエビチリはやめようとなるかもしれない。まずは一回目の見積もりである。果たしてどう出るか・・・。

下はプレゼンで使用した模型である。今回はリフォームの雰囲気がわかりやすいように1/30の模型を作成した。二つの部屋を仕切るオープンな階段の雰囲気など、図面では伝わらない部分の状況もわかりやすい。

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話をしていると、古い建具や欄間を使ってほしいという。なんでも思い出のある古い住宅からはずしてきたものであるとのこと。こういうものは作ればそれなりにお金がかかる。線の細い千本格子などは職人の手間がかかるのでとても高価であることが多い。昔は人の手間が安かったのだ。だから複雑な装飾がとりついているものが人々の暮らしの中に溶け込んでいたのである。現代はそれらの装飾が画一的な大量生産の既製品に代わってしまった。結果、本当はものを作りたい人々の作る場まで奪われてしまった。そして今である。今はどこに向かっているか、時代の揺り戻し、個人の手仕事の大切さが再び脚光を浴びている。それは日本という国の成熟の過程なのかもしれない。

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14時ごろ事務所に戻る。続いて田部井君と週末に控えた埼玉県久喜市にて設計中のIさんの家についてのスタディーである。これまで基本設計を進めてきたIさんであるがここ1か月ほど中断していた。コストの問題や光環境の問題などを検討し、もしかしたら土地を変更するかもしれないという中での中断であったが、もう一度打ち合わせをしようということでの準備である。1時間ほどの作業を経て終了した。

2017/03/14

蛭から茶道稽古。今月は初めてのお稽古である。今日は一人だったので真の行台子のお点前をすることに。風炉でのお稽古は経験済みだけれど、炉でのお稽古は初めてである。奥伝と呼ばれるお稽古だから内容を記載することは避けるけれど、対した経験のない僕にとってはとにかく長時間の正座に耐えることだけでも十分に大変なお点前である。茶道経験7年、何をもって成長なのかが良くわからない世界ではあるのだけれど、でも自分自身ではそれなりに茶人と呼べる人に近づいているような気もするわけである。それでもこの奥伝の長いお稽古だけはなかなか慣れることができないものなのである。

夕方、数人のスタッフとともに埼玉県蕨市にて進行していたAさんの家の現場確認。担当スタッフの和順と一緒に現場を見る。現場にはとても満足そうなご様子のクライアントAさんもいる。こういう風にクライアントの満足そうな表情を見ることができる瞬間が何よりもうれしいひと時なのだ。

この現場は古い木造住宅をカフェとして利用できるようにリノベーションしたものである。初めての面談の時には、本当にリフォームを望むのか再確認したほどだった。つまり古いし傷んでいるしの状態だったのである。予算的にも新築にしてよいのではないかと真剣に考えたのだけれど、住宅に対する思いを伝えられての結果リフォームをすることになった。住宅には素晴らしい庭がついている。ここはこれまでAさんによってとても丁寧に、そして自然に手入れをされ続けていて、わざとらしい日本庭園などとは違う心地よさが感じられる。だからリフォームの計画も当然この庭に対して開放的に開くことを大切にするようにしている。

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もともと和室だった部分はすべて壊してしまうのではなく、部分的に当時の部材を残すことで新旧が組み合わさる面白さを生み出している。

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玄関などは雰囲気に合うようにデザインし新たに作り替えている。土間には黒モルタルの洗い出しを採用し、重厚感の合う雰囲気を生み出した。

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2階の個室にはまるで茶室のような意匠の部屋があった。船底天井に丸太の棟木の天井の下には水屋をイメージした流しを作りつけている。もちろん構造的な補強も施している。体力壁を取り付けている部分などは、一部壁をふかして収めるなどの工夫もしている。現場合わせでなるようにしかならない面白さをうまくデザインしている結果が見ていてとても楽しい作品である。

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2017/03/12

日曜日。昨日の夜はやたらと早く寝てしまったので、6時前に目が覚める。あたりはまだ暗い。日曜日だからあんまり物音もしない。家族はみんな寝ているし、一人で本など読んでみる。こういう時間に目が覚めたりするのはとても得をしたような気がするもので、まるで世界を自分だけが独り占めしたような感覚になるときがある。まだ世の中が動き出す前の静寂の時間、そんな時間が僕は好きだ。

9時ごろ畑に出かける。だいぶ暖かい日が増えてきたので、そろそろ畑の作業も再開しなければいけない時期だ。ニンニクを植えたスペースには雑草がだいぶ生えてきた。あんまり雑草が生い茂ると風の通りが悪くなっての病気の発生へとつながったりもするので、丁寧に手で抜き取らなければならない。1時間ほど作業をするとほぼ終了である。続いて冬野菜のスペースのお掃除作業に移る。これまた大根などを採り終えたところにある雑物を片づけたりの地味な作業である。

つまらない作業をしているだけだけど、でもあたりを見渡すと梅が咲いていたり、椿が咲いていたりの楽しみもある。大きな変化が起きるのはもう少し後だけど、もう春はそこまで来ている。土の中や木々の小枝の先で、本格的な春の到来の前にうごめく春の気配のようなものが見て取れる。もうじきカナヘビやモグラなどの生き物もちょくちょく顔を見せるようになる。四季の移ろいとは肌で感じて初めて分かるものなのである。

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午後からはディズニーランドへ。二人の娘たちの喜ぶ姿を見るのが楽しくて行っては見たものの、あちらこちらで工事中のご様子。ここもオリンピックの影響なのだろうか。ここまでみんなで一斉に工事をしなくともよいだろうにとあきれてしまう。夜の10時ごろまでいると、際限なく披露されてきた花火やらパレードやらの催しも終わりとなる。世界が宗教やイデオロギーの対立などで混とんとしている中でも、ここだけは夢の国であり続けるように作られていること、その夢の国を見ていると、まるでアメリカという国自体が夢の国なのではないかということを思い出すこと、というより日本のほうがむしろ夢の国なのではないかとの思いがしたりすること、そしてその夢がもしかしたら覚めてしまうような危機がもしかしたら意外と近くまで来ているかもしれないなどというようなことを考えてしまう僕は、やっぱりディズニーランドを純粋に楽しむことができない、損な性格である。

2017/03/10

朝礼終了後、埼玉県東松山市にて設計中のKさんの家の打ち合わせ。実施設計も終盤に入り、断熱性能の検討や細部のプランなどについて打ち合わせ。今日は1/30の模型を作成したのでKさんご夫妻にもとても分かりやすくご説明をすることができたと思う。図面を書くだけではわからない部分も、立体となることで誰にでもわかるようになる。というよりこの模型を作ってみないことには、図面を書いている人にだって正確にどう作り上げられるのかのイメージなどできないのだ。建築士だからわかるはず、なんて嘘である。だって僕だってわからない。模型を作りながら、デザインを考え、それらしき形を切り出してみて、納まりや雨仕舞、そしてコスト感をイメージし、それで初めてどんなものになるかの実感がわいてくる、設計とはそういうものだと思う。

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終了後、川口市のラーメン屋さんにて昼食。現場や打ち合わせに一緒に行ったスタッフと昼食をとるのは僕の日課となっている。打ち合わせを振り返ったり、これからの進め方を相談したり、結構大切な時間だ。初めて入るラーメン店、なかなかの美味であった。


2017/03/09

朝礼終了後、東京都豊島区にある本納寺さんにて本堂修復工事の調査立ち合いへ向かう。このお寺の本堂は昭和9年ごろに造られた木造建築である。1933年、今から84年前の日本はいったいどんな国だったのか。太平洋戦争に突入する前。ドイツではヒトラーが首相に就任し、アメリカではフランクリンルーズベルト大統領がニューディール政策を始動したころである。初めて知ったのだけれど、この年に三陸沖でM8.1の大地震が起き、多くの人が犠牲になったということである。このあと3月には日本が国際連盟を脱退したというから、とても大きな時代のうねりの真っ最中の年だったことがわかる。

宮大工の鈴木さんが小屋裏に入っていったのであとをついて覗いてみると、写真のような曲がりくねった丸太の小屋組みが現れる。小屋裏に仕込まれたエアコンのダクトなどが複雑に絡みついていて、一見何が何だかわからない様相を呈しているけれど、よくよく見れば案外単純な木組みをしていることに気が付く。もっとひどく傷んでいるかと思ったけれど、屋根の裏側は意外なほどに当時の姿を保っていた。同行した鈴木と田部井が図面の作成のための採寸をしているので、僕は一足先に帰事務所。途中、池袋のLOFTにて画材などを買い込んで帰ることにした。

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2017/03/08

朝礼終了後、現場関係打ち合わせ。ますいいリビングカンパニーは工務店機能を兼ね備えた設計事務所である。2000年当時、僕がこの組織をスタートさせた頃このような体制は他にはなく先進的なものだった。近年建設会社が設計事務所出身者を採用するなどの工夫をして、だんだんと似たような組織が増えてきたようではあるが、「僕の組織作りは一味違うんだよ」、の自負がある。合理化を目指す現代社会ではちょっと大変なのだけれど、僕にしかないこだわりがある。それは、設計者がそのまま現場において家づくりの陣頭指揮を執るということである。

クライアントと初めて出会い、住宅に対する希望などの設計条件となる諸事情を伺い、そこにふさわしい建築とはの想像を膨らませて、建築の姿を描き出す。時にはスケッチを行い、スタイロフォームなどの材料を使っていくつものボリューム模型を作り、プランを描き、また模型を作製する。このような作業の繰り返しによって基本設計を終えると、今度は基本設計で考えた理想の住宅を現実のものへと昇華させるための実施設計に入る。構造的な検討を進めながら、実際に使用する部材を選定し、寸法、材種などの情報を整理して作図を進める。当然コストの検討もこの段階で行う。定められた予算におさまっているか、オーバーしているとしたらどこをどのように変更すれば治めることができるかの検討の末に一つの形を導き出していくのである。確認申請を終え、いよいよ工事請負契約を締結する。いよいよ工事である。設計担当者は、そのまま現場工事段階に突入するとそこでは現場監督の業務を行うことになる。これは簡単なようで難しい。大体人間のタイプが違うのである。

設計者になるような人間は大体おっとりしている。そしてまじめだ。僕とは違って大学では設計演習の作品作りに明け暮れてきたいわゆるエリート集団である。デザインをすることが好きで、建築を見たり旅行に行ったりのことに明け暮れた若い時期を過ごしている人が多い。反面車の運転などは苦手で免許証は持っているけど運転したことはほとんどない、人と激しくぶつかるよりはパソコンに向かっていたほうが楽、というようなタイプが多い。

それに対して現場監督になろうというような人間はいわゆる体育会系が多い。設計という作業があまり好きではなく、デザインに対する理解も浅い。ともするとデザインは社会の悪のように思っている節もあり、奇抜なデザインの建築を設計する建築家も同じく悪のように思っている節もある。職人さんと付き合って時には激しくぶつかりながら、現場を進めるわけであるので、人当たりが強く、デザインよりはモノづくりの現場にいることを生きがいとするようなタイプである。

ますいいリビングカンパニーは、工務店機能を有する設計事務所である。この定義はとても大切にしている。ただ単に設計事務所出身の人間を雇って、工事部とは別物の設計部を組織している建設会社ではないのである。なぜこの体制をとるのか、設計者と工事管理者がもし別々の人だとすれば、設計者はたとえ同じ会社の人間だとしても、無責任な線を引くことができてしまう。どうやって作ればよいかはあとで現場担当者が考えてくれるであろう、どうやって指定された予算内で収めるかの工夫は所詮現場担当者の仕事であろうという他人任せの考えで、図面を作成することができてしまうのである。僕はこういう無責任な線を引く体制下で、良いものが作れるはずはないと考えている。一本一本の線に責任を持つ、設計者としては当たり前のこのことが分業制の中ではできなくなってしまうのである。

皆さんはスペインのバルセロナにあるサクラダファミリアを設計したガウディを御存じだろう。彼は、設計者としてこの建築を設計する中で、このような言葉を残している。「私の唯一の長所は私のもとで働いている人々の一人ひとりが仕事を十分に出来るよう、彼らの能力を引き出すことにある」。

ここに一つのエピソードが残っている。ガウディは大きな鍛鉄細工の仕事にほとんど慣れていない小さな町のこじんまりとした錠前屋に手すりの仕事を任せるときに、それを原寸大の図面に書いて見せた。ガウディは初めにこの手すりの最も簡単な要素を示し、次に段々とその他の鍛鉄細工の要素をたくさん加えて、図面を書き上げていった。それにつれてその錠前屋もだんだんとその作業に引き込まれていった。それは、彼が紙の上に現れてくる形態を理解した時に、彼の顔一面に広がった満足感に現れていた。しかしこの同じ図面の上に完全な球が現れた時、彼は非常に困った顔をした。というのは、彼はその球を鍛鉄で作り上げることが実に骨の折れる仕事であるのを十分に知っていたからである。ガウディは職人の表情を見ても顔色一つ変えずに、彼に次のように説明した。これらの球の取り付けられる高さが決まれば鍛鉄を曲げたり、冷やしてたたき伸ばしたりして、望みどおりの薄さになった手すりの上面と下面によってこれらの球は得られるだろう。つまり球面の印象を与える面と面同志を極接近させられさえすれば、と。ガウディのこの説明を聞いて、錠前屋は肩の荷を下ろしたように、彼の顔には再び満足げな表情が蘇った。(アントニオガウディ、その新しいヴィジョン)

こういう話をすると、そんなのは時代が違うと思う人がいるかもしれない。でも考えてみてほしい。建築なんで時代が変わっても、機能はそれほど変わっていない。別に動くわけでもないし、飛ぶわけでもない。確かに地震に対して強い建築を作るために免震工法や制震工法などの開発がなされたり、超高層を建てるための構造技術が発達したり、はたまた3次元曲面で成立する有機的な建築の構造解析ができるようになったりの技術進歩はある。でもそんな高度な技術を仕込まなければ建たない住宅なんてないのだ。もっと言えば、高すぎる超高層建築、だからこその免震技術、その一方の増え続ける空き家問題なんて言う順番で考えを進めていくと、本当にそんな技術が必要なのかもちょっと怪しい気もするわけである。

僕たちは工業化という幻想に目がくらんで、あたかもそれが現代社会の標準仕様で正しいもののように思いこまされながらも、その一方で時間の流れを感じる過去から受け継がれた素晴らしいものたちを求めて旅行に行ったりする。そして今の時代にそういうものを作ろうとすると、あまりにもカタログから物を探すという行動に慣れてしまった人たちは、カタログに載っていない過去の自由なモノづくりの中で生まれたようなものを、いったいどこで手に入れたらよいか、いったい誰に作ってもらったらよいかの検討をつけることも出来なくなってしまっている。これは何もクライアントの側だけに言えることではなくって、設計者の側にも浸透してしまっている現代病である。

特にCADを利用して設計をすることに慣れている世代の建築家には、自由な曲線を引くことはとてつもなく難しい作業であると同時に、それをしてしまえば建築コストがとてつもなく上がってしまうとの恐怖感すら感じるのである。僕はそういう環境を少しでも何とかしたいと思っている。だからこそ手仕事を大切にしている作家さん達とも交流しているし、川口の街工場の社長さん達とも交流している。実は、モノづくりの精神を持った人たちは身近にいるのだ。その人たちとの交流の中で自由な家づくりを進めるためにも、建築家が工務店機能を兼ね備える、つまりデザインする人と作り手が近くにいることが大切だと思うのである。


2017/03/07

朝礼終了後、東京都世田谷区にて設計中のKさんの家の打ち合わせのために、新宿パークタワーにあるリビングデザインセンター・オゾンに向かう。今日は第1回目の見積り書提示である。1割強の予算オーバーとなった1回目の見積り書であるけれど、1回目の見積りというのはまだまだ減額の余地が残されているものなので、次回はもう少々ご希望の予算に近づいたものをお見せできるはずだ。

ますいいの家づくりでは、伺った予算に合わせて設計を行うわけだけれど、どうしても予算のなかで最大限の建築をなるべく多くの要望をかなえる形で実現しようという欲張りな気持ちで設計するのが常なわけで、結果的には予算オーバーの時点からの、見積り打ち合わせスタートとなってしまいがちである。とはいうものの工事費の実勢価格を熟知し、見積もりをある程度予想しながらの設計を行っているわけなので、予算をはるかかなたまでオーバーするということもあまりないわけだ。ここからの見積もり調整というステージ、どのように進んでいくか、これが終わるといよいよ確認申請である。

夜、事務所にて住宅の外皮性能計算ソフトを操作。現在、埼玉県東松山市にて設計中のKさんの家の外皮性能を検討している中でのスタディーである。この外皮計算ソフトを捜査していてなんとなく気が付いたことがある。それは外皮性能を上げたいと思うと、窓を減らしたくなるということ。つまり窓というのは熱損失の弱点となってしまうために、必要ないかもしれない窓はできることならなくしてしまいたいという感覚が自然と生まれてくるのだ。

もちろん本当に必要ないならよい。でも外皮性能に注意するばかりに、魅力を損なうような開口部の削減をするのは良くない。温熱環境の心地よさだけが、心地よいと感じる人間の感覚に影響を与える要素ではない。視線の抜け、光と風の取り込み方、住宅の心地よさを決める要素は断熱性能以外にもたくさんある。むしろ断熱性能以外の要素のほうが、視覚的感動に追儺がるような魅力を生み出す要素としては大きいのである。だからこそここはバランスが大切だ。担当スタッフの渡辺君とも相談しながら慎重に選択を繰り返すこと約1時間、ようやく窓の整理整頓も終了し、等級4の性能ならこの断熱仕様、ZEH(ゼロエネルギーハウス)の性能ならこの断熱仕様という仮定を立てることも完了した。

2017/03/04

今日から二日間は京都に小旅行である。会社の朝礼だけは参加して、9時過ぎに川口駅を出発した。新幹線に乗ってしまえばあっという間に京都である。本を読んだりのゆったりとした時間を楽しんだり、眠気やだるさを感じてうたたねをしたりである。12時ごろには京都着。

この時期の京都は観光客の出足も落ち着いて、いつもよりは人が少ないようだ。ハイシーズンになるとホテルが予約できなくなるようなこともあるようなので、落ち着いた京都を味わいたいならこういう時期のほうが良いのかもしれない。行先はグランドプリンスホテル京都である。ここは建築家の村野東吾氏が設計をしたドーナツ型のプランを持つホテルだ。1986年ごろの竣工とあってだいぶ古びたところもあるのだけれど、僕は最近のきらびやかなホテルが嫌いなので、逆に居心地が良い。少々くすんだタイルや、スタッコの塗面、金メッキが剥げそうな調度品の様相は、すべてが新品の空間よりも、本来この世界のあるべき姿を現してくれているような気がするのである。

小旅行といっても遊びに来たわけではない。僕が取り組んでいる茶道の裏千家による会合に参加することが今回の目的だ。全国から集まった60名ほどの参加者と、裏千家の家元をはじめとする宗家の方々と一緒に二日間の会議である。

夜も更けて部屋に戻るとすでに日付が変わっている。今日のところはこれで終わるとしよう。

2017/03/02

朝礼終了後、埼玉県川越市にて設計中のSさんの家打ち合わせ。今日は実施設計に入って初めての打ち合わせである。とても古い木造住宅をリフォームする仕事なので、これまでも畳を上げて梁組の状況を見たり、はたまた床下に潜って土台や基礎の状況を確認したりの調査を繰り返してきたわけだけれど、いよいよ実施設計を進める段階となった。

打ち合わせ最後、玄関の位置がやっぱり気になるとのお話を受けた。方位的にあまりよくない位置に玄関があることが前々から気になっていたということである。気になることは何とかしたほうが良い。それをすることでプランがどうにもならないなら仕方がないけれど、工夫すれば玄関を移動しても魅力的なプランになるかもしれない。帰りの車の中で江崎さんと橋本君との3人がかりのスタディーをしていると、なんだかよい案が生まれそうな気配である。早速プラン作りに取り掛かるよう指示、Sさんとも連絡を取り、「明日にはプランを送ります」とのお約束。良いことは早くお伝えするに限るのである。

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