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増井真也日記

2016年10月アーカイブ

2016/10/31

午前中、埼玉県東松山市にて設計中のKさんの家の打ち合わせ。今回は3回目のプレゼンテーションということで前回からの変更案をご提案させていただいた。基本設計というのは敷地に対する配置計画やらプランの考え方やらを、いろいろと変更してみながらの思考錯誤を繰り返す段階である。最終的にどのアイデアが気に入るかは別として、その敷地が持つ可能性を探るという意味で、何度も繰り返すことがとても大切であるような気がする。

終了後、同じく東松山にて土地を購入したいというYさんご相談。土地についてみると、道路から2mほど上がったところにある高台の土地である。道路との境は土のままの傾斜となっており、そこに家を作るにはどう考えても1000万円以上はかかるであろう擁壁の工事が必要となるように思われた。しばらくするとYさんが訪れた。事情を話してみると、そうした土木工事は全く想像外であったようで、予算的に今回は無理であろうとの判断をされていたようであった。がけ地に家を作るにはいろいろなお金がかかることが多い。今回は購入の前にご相談いただいたので良かったけれど、皆様もご注意願いたい。

2016/10/30

日曜日、今日は遠山記念館にてミニ茶会を行う。遠山記念館というのは埼玉県の川島町というところにある邸宅と美術館のある施設で、今は財団法人によって運営管理されている。もともとは、日興証券の創業者である遠山元一さんが、幼いころに没落した生家を再興し、苦労した母の住まいとなるようにと、昭和8年から2年7か月の歳月を費やして完成させてそうである。ちなみにここにある美術館には遠山家に伝わる美術品が展示されているのだけれど、それを飾る建築もまた美術品と同じくらい素晴らしい。設計は今井兼次で早稲田大学の大先輩ということだから、僕も学生時代にこの美術館だけを見学しに来たことがあるのを記憶している。

ちなみに今日は大名物の茶入れが展示されていた。この茶入れ、なんと大坂夏の陣の時に大阪城と一緒に崩れ落ち、その後バラバラだったものをもとの姿に直して、そして徳川家康の手に渡り・・・最後に遠山家に行きついたという道具だそうだ。そんなものが普通に目の前にあることが何となく不思議な気持ちがするのだけれど、そう感じるのはきっと今回の行事のおかげで遠山記念館の学芸員さんと親しくなり、なんとなく身近に感じるようになったからかもしれない。(だって普通の美術館でどんなに高価な物や珍しい物が展示されていて、もこんな気持ちになることはないのである。)

茶会の終了後、アスタリスクカフェにて昼食。総勢30名弱の人数ということで2班に分かれての昼食会となった。アスタリスクカフェさんはいまさらここで紹介するまでもないけれど、僕が作ったとても素敵なカフェである。

続いて岡崎さんの工房にて和紙漉き体験。岡崎さんもたびたび登場する和紙職人さん。ここでは自然の色を付けた和紙を漉くことが出来て、しかもそれを自分の家に貼ることも出来るので、ますいいの家づくりにもたびたび利用させていただいている。

最後に東松山の和菓子屋さん清晨庵にてお土産を購入して解散。なかなか充実した一日を過ごすことが出来た。

2016/10/27

午前中は事務所にて雑務。

夕刻より、夕ざりの茶事に参加。茶事自体が初めての体験であるのだけれど、さらに夕ざりとなると余計に分からないことだらけとなる。でも、お茶をやっているうえで最もうれしいひと時が茶事に招かれた時であるので、見よう見まねで楽しもうとの感である。

茶事とは?お茶をやっていない人には何のことやらわからないと思うので簡単にご説明すると、要するに食事をして、御菓子を食べて、お茶を飲む一連の流れのことを言う。この時に食べる食事のことを「懐石」という。この懐石には一応のルールがあって、始めは米と味噌汁と向付がのった盆が出てくるなどの決まりごとの中ですすむことになっている。さらに言うと客がそれをどういう順番で食べるかということまで決められているので、一応のルールは覚えていかなければならない。

食事が終わると、炭をおこす。そしてお菓子を食べる。お菓子を食べたら一度茶室から出る。そしてまた呼ばれてはいると濃茶が出る。その後にまたお菓子を食べて、そしたら薄茶を飲んで終わりとなる。時間にして3時間強ほど。亭主はこの時間を最大限の心を込めたおもてなしをする。そして客はその時間を最大限に楽しむ。まさに一期一会の思いで、一座を建立するわけである。お招きいただいた南浦和のOさんには心より感謝感謝である。

2016/10/25

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。


13時過ぎ、埼玉県川口市にて設計中の撮影スタジオ打ち合わせ。コストを大幅に減額すべく設計を変更しての打ち合わせである。それほど大幅な変更をしたわけでもないのだけれど、一部の構造を木造にしたり、屋根をかける向きを90度回転させたりの変更の結果、3分の1ほどのコストカットが出来たということで、いよいよプロジェクトの実現に向けた判断をしていただくところまでたどり着いた次第である。後は良いお返事を待つばかりである。

夕方、畑にて作業。11月に玉ねぎの苗を植えるための畝を作る。これまでは苗づくりから行っていたのだけれど、今年は時間が取れずに苗を購入して植えることにした。つまり少々の手抜きをしたということ。まあ趣味だからこういうこともある。でも畑作業を出来るくらいの余裕は出来るだけ失わないようにしたいものでもある。

それにしても最近は日が短くなった。5時過ぎには暗くなる。ちなみに夏場は7時30分ごろまで畑で作業が出来る。その差は2時間、大きな違いである。冬になれば日が短くなるのは当たり前だと言われるかもしれない。でもオフィスの中で電気のあるところで仕事をしている人にとって、こんな当たり前のことでも感じにくくなっているのも事実なのである。日本には四季があって、昔からその四季をいとおしみ楽しみながら暮らしてきたという歴史がある。魔法瓶のごとき環境の中で暮らし、仕事をすることを義務付けられている現代人には、こんなあたりまえのことを感じることが出来ることもまた難しい世の中なわけだけれど、四季を感じることくらいは最低限のこととして大切にしていきたいと思うのである。

2016/10/23

今日で3日目となる川口市産品フェアもいよいよ最終日である。今日は日曜日ということで一番下の娘を連れて、妻と一緒に参加することにした。会場には今日も林君と埼玉大学大学院1年生の張さんがいる。張さんは埼玉大学に通う中国人で、在日外国人と日本人の融合を研究しているのであるが、ますいいでの実践を経験したいということでインターンシップに参加してくれた。

張さんは昨日も来てくれていたのだけれど、参加している子供たちの中には最近川口に増えているパキスタン人のお子さんがいた。様子を見ていると張さんが優しく対応してくれている。自身が外国人として苦労した点を生かし、当たり前だけれど僕たちにはとっさに出来ないような対応をしている。「日本語はしゃべれますか」「英語のほうがいい」「どこの国から来たの」・・・よく考えればそれを聞かなければ何もはじめられない質問をして、相手の情報をつかんで、結局は片言の日本語で外人同士がコミュニケーションしている様子は、将来の日本のまちで普通に見ることになるであろう「今よりも少し国際的な国のイメージ」を感じさせるものであった。

夜、村上春樹「神の子供たちはみな踊る」読了。この本は1995年に発生した阪神淡路大震災の後に書かれた短編小説を集めたもので、神戸と何らかの関係のある人物が登場し、そして神戸で起きた地震とは全く関係のないその人のエピソードの中で、何かを描こうとしているものである。

物語自体は地震とはほとんど関係はないわけだし、しかもその一部はアンリアルな村上春樹ワールドであったりもするわけで、読んでいるといつものように何が言いたいのかの思考をぐるぐるとめぐらすことになるわけだけれど、僕にとってはそれが本当に心地が良い時間となる。

そもそも村上作品というのは、言葉で簡単に説明されがちだけれど本当はそんなに簡単に操ることが出来ない人間のうちにある何かや、その何かがちょっとした拍子にはじけたり、しぼんだり、暴力的になったりの変化を、リアル・アンリアルに関わらず様々な登場キャラクターを駆使することで生き生きと描いている。そしてその訳のわからない表現を解読する中で、僕自身に抱える矛盾を再認識することとか、矛盾を乗り越えたうえでの再びの前進とかにつなげる力を得ることが出来るような気がするのである。

人間の社会というのはとかく何かの枠にあてはめられがちである。ちょっと油断をするとすぐに何かの組織だったり、肩書だったり、立場だったりの枠にはまってしまうことになるし、そういう枠があることがその人にとっての安らぎになってしまうこともあるわけだけれど、そういうものではない何か、もう少し生々しい本質的なものを探り出そうとする言葉の羅列こそが村上作品であると思うのだ。だからこそ僕にとっては最も優れた心の薬となるのかもしれない。

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2016/10/22

川口市産品フェア二日目。昼ごろまで会場にいて、午後からは埼玉県寄居町にて進行中のMさんの家の上棟式に参加した。

ますいいからは僕と鈴木君と土田君の3名、Mさんとご両親、そして工事を手伝ってくれているおじさんという顔ぶれである。上棟式とはいっても上棟してだいぶ日数が経っており、すでに外壁の下地や内装の唐松の床板貼りが始められている状態であるので、この時期でもそれほど寒さを感じることもない。

とてもおいしいお料理をご用意していただき、しかも僕が運転係とうことでスタッフ2人は十分にお酒までいただくことが出来、とても楽しいひと時を過ごさせていただいた。

お母さんの手作り料理で栗を入れたお赤飯のおにぎりがふるまわれたのだけれど、こういう料理を作ることは僕の家ではすでに皆無になってしまっている。でも考えてみれば栗という旬の素材と、赤飯というおめでたい料理を混ぜ合わせたとても心のこもったお料理なわけである。こういう小さな心遣いとそれを感じる幸せの積み重ねこそが、実はとても大切なもののような気がするわけで、僕も何かの時にはお赤飯を炊いてあげられるような人になりたいものだなあなどと思ったしだいである。

夜、自宅に茶道裏千家淡交会・埼玉県青年部の役員さんお二人来訪。30日に行う行事の準備などを行う。20時過ぎ終了。

2016/10/21

朝礼終了後、川口市内にあるスキップシティーというところで開催されている川口市産品フェアに出向く。昨年から始まった奥ノ木新市長肝いりのお祭りなのだけれど、今年はますいいも他の会社さんたちに交じって出展しているのである。展示の内容は、ますいい建築圏で展示をした15年間にわたる150件の住宅作品の一部と、おなじくますいい建築圏で展示したプロジェクト3事例に関するパネル展示である。そのほかには、20センチほどの四角いベニヤ板に、モザイクタイルを張り付けるという、鍋敷きつくりワークショップを開催することに。こちらは無料で合計100名ほどの皆様にご参加いただくようにした。

初日は開会式が開催されることもあり、多くの市役所職員さんや市議会議員さんたちが会場に足を運んでいるようである。市長が先頭を切って運営しているのだから当然であるけれど、こんなにも多くの行政関係者を一堂に見るのは初めてのことかもしれない。午後になるとだんだんと多くの一般来場者が来始めて、ますいいのブースにもワークショップに参加する人の予約がたくさん入った。担当のスタッフは林君、さらにはインターンシップでますいいに参加している埼玉大学の大学生のふたりである。こういうイベントの設営はやってみると楽しいもので、二人とも夢中になって運営をしてくれていた。

会場を回ると、100以上の企業のブースが様々な形で展示されている。行政職員が川口市内の企業を知る機会となり、市内の企業同士が出会う機会ともなる。植木産業のブースにあった10センチ程の厚さで植物が育つナイロンの網、意外に美味しかった和菓子屋さん、行きつけの居酒屋さんで出しているカツサンド、十数年来のお付き合いをしていながらも初めて会社で作っているものを見せていただいた製造業の社長さん、火であぶると動き出すエンジンを作っている会社、3Dプリンターの型屋さん、とにかくたくさんの企業活動を垣間見ることが出来てとても有意義な一時を過ごすことが出来た。

2016/10/19

朝礼終了後、埼玉県寄居町にて進行中のMさんの家スタディー。続いて川越にある川越銘木センターに出かける。ますいいの家づくりでは銘木なるものはめったに登場しない。銘木というのは、要するになかなか採ることが出来ない価値のある=価格の高い木ということで、ローコスト住宅を得意とするますいいの家づくりに早々登場するはずのない物なのであるけれど、ごくたまに茶室を作る時にだけどうしても必要となるのである。

今日探し求めて来たものは床の間関係の木である。床の間というとまずはじめに床柱を決める。決め方にはいろいろとあって、例えば茶室の雰囲気に合ったものを選んだり、誰か大切に人から由緒ある材木を頂いたり、もしくは建て替える前に住んでいた家の古い床柱を再利用したり・・・。今回は茶室の雰囲気に合ったものを選択しようということで、赤松を使用することとした。赤松の床柱と言えば、室町三井家の三井高大氏が箱根に作った松の茶屋にある「卯の花」という6畳の茶室に用いられている。ここでは6畳ということで2寸4分、少々細めの物が使われているが、今回は8畳の部屋なので3寸4分ほどの太さを選ぶことにした。

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次に決めなければいけないのが落とし掛けである。落とし掛けと言われてもどの部分かわからないと思うので説明すると、床の間の上の方から降りてくる垂れ壁の下端にある横に流れる木のことを言う。ここには松を選ぶことにした。松というのは少々赤みがかった木で、かんなで仕上げると何とも言えない良い艶を出す。まっすぐな柾目を見付けに向けて、良い具合に出た木目を下端に向けるのだけれど、松という樹種自体も何とも茶道の世界らしい、縁起の良い木なのである。

最後に決めるのは床框、床の間というのは一段高くすることが多いのだけれど、その段差の部分に入れるのが床框となる。今回はその部分にヒノキの錆丸太を選ぶことにした。丸い部分を正面に向けて平らな部分を上に向けて取り付けることとなる。この茶室は内装を白い和紙張りとし、床の間の奥の壁だけは黒い漆喰で仕上げる予定である。全体的にはモダンな雰囲気の創作茶室といった感じなのだけれど、床の間だけはいわゆる伝統的な意匠を設えるようにしている。

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14時過ぎ事務所に戻り、茶室部材の注文作業を行う。蛭釘、二重折れの軸釘、蛭花釘、花釘、柳釘といった金物は床の間に花をかけたり、軸をかけたりするときに使用するもの。炉壇の受け金物は、金物製の炉を取り付ける下地である。こうした物の注文はやはり僕しかできないのである。

茶道を初めて7年ほどであろうか。その前には聞いたこともなかった部材やら部位についての理解は次第に深まってきたように感じる。そして知れば知るほどに、高価な物への見識も深まってしまう様な感覚もある。そしてそれに対する嫌悪感もまた同時に感じるのだ。高価なものというのは一度知るとそれが次の基準になってしまうようなところがある。そして実はもっと安くできるはずなのに、植樹林でなく天然ものでなければいけないとか、木目がきれいでないとか、そういうことにとらわれてしまったりもしがちである。でもそういうことには本質的な価値はない。茶室を家に作るという感覚や、それを生活の中でどのように利用するのか、しいては暮らしの中で日本の文化というものがどのように根付き、関係し、人間の暮らしを豊かなものにしてくれるのかということにこそ本質的価値があるのであり、珍しい木だからといって一本何十万円もするような銘木を使うことは、高級なブランドを身に着けるがごときに過ぎないような気もするのである。今日の部材の選定も高価すぎず、そして茶室の設えとしてふさわしいものを選ぶことを心掛けたつもり、果たしてクライアントに気に入っていただけるであろうか?

2016/10/18

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

午後、茶道稽古。今日は僕一人の御稽古、たまにこういう風にマンツーマンで指導を受けることが出来る時があり、そういう時は普段できないことを指導してもらうことが出きるチャンスとなる。今日は風炉の炭点前、そして中置きのお点前をさせて頂いた。風炉の炭出前はかれこれ一年ほど前に習得した記憶があるのだけれど、自分自身を疑いたくなるほどに見事に忘却している状態からのスタートで、それでも記憶というものは何かのきっかけを与えると芋づる式に蘇ることもあるようで、何とか最後まで進めることが出来た様であった。中置というのは風炉がいつもの位置よりもお客様の方に移動しているお点前で、水差しがいつもとは逆に勝手付け側に移動するという形式となる。火が客に近づく、もっと近づく11月には炉になるのだけれど、炉に変わる前の月の10月に行う、火が移動する途中での名残の点前というものなのである。

夜、事務所にいたスタッフ4人を連れて、赤羽にあるステーキハウスに出向く。橋本君に何が食べたいかを聞いた返事が「肉」ということで決まった食事会である。会社で仕事をしているときだけの付き合いでは聞くことが出来ない話を聞いたり、僕のくだらない経験談を伝えてみたり、時には建築やデザインについて議論を交わしてみたり、とにかくよく話をすること3時間ほど。途中から土田と林の2名も加わり、11時過ぎまで楽しい時を過ごした。

2016/10/15

午前中は、埼玉県さいたま市にてご実家の敷地内に新築住宅を検討しているというSさんご家族打ち合わせ。はじめてのご訪問ということで、ますいいでの家づくりの流れなどについてお話をさせて頂いた。

夕方、畑作業。日に日に秋の気配が深まってくるこの時期は、まだまだ種をまいたりの作業が出来る時期でもある。もう少し遅くなってしまうと、来年の春を待たなければいけないのだけれど、10月の中ごろであればダイコンや春菊、小松菜や法蓮草などの種をまけばまだまだおいしく収穫することが出来る。今年の9月初めごろに種をまいた野菜たちは、その頃に来た連続する大型の台風の影響だろうか?、本当のところは良く分からないのだけれど大方ダメになってしまったので、今日はそのリベンジということでの種まきを行った次第である。

種まきを終えると収穫である。今の畑ではネギやナス、シシトウしか採ることはできなくなってしまったのだけれど、それでも何かしら収穫できるだけで小さな満足を味わうことが出来る。30分程度の作業で終了。最後に少々畑の整備を行い家路についた。

2016/10/13

朝礼終了後、埼玉県寄居町にて大工工事が進行しているMさんの家について、土田君と施工図についての打ち合わせを行った。今日の打ち合わせの内容は枠について。ドアやアルミサッシの周りについている木製の部分を枠というのだけれど、今日ではこの木製の枠は通常既製品の物を使って、ビスで取り付けるだけというのが一般的である。枠の角が妙に丸くなっていたり、段々の飾りのようになっていたりの様子を見かけることがあるが、古いものは別として、あの手のデザインの枠は既製品を使っていることがい多い。ますいいではこの木製品真っ盛りの時代に逆行して、大工さんが手加工した手作り枠を使うわけだけれど、その加工を行うには図面が必要なわけで、今日はその図面についての打ち合わせを行ったというわけである。

午後、事務作業など。

2016/10/12

10時、東松山にて設計中のKさんの家打ち合わせ。今日は2回目のプレゼンテーション、敷地が広く基本設計のバリエーションが広がりやすいので、2パターンのプレゼンをさせて頂いた。最近はなぜか関越自動車道方面のお仕事が多い。思い起こせば週に1回はこの高速道路を走っている気がする。埼玉県は東京外環自動車道で左右の移動を行い、東北道や関越道で上下の移動を行うのだけれど、この交通網のおかげで県内であれば1時間ほどでどこへでも行けるようになっているのである。

午後、東京都市大学T君来社。拙著「もっと自由に家を作ろう」を呼んで話を聞きたいという積極的な大学生である。インターンシップの二人といい、僕の周りには自分の子供たちを含めてたくさんの学生がいる。そして学校を卒業したばかりのスタッフもいる。42歳という年齢が彼らのような学生たちに自分の仕事の手法を伝えることを求められる世代なのかもしれないなとも思う。そういえば僕が学生だった頃の、今から約20年ほど前の、当時50歳くらいだった石山修武先生の周りにもいつもたくさんの学生がいた。そしていつも時間がある限り、様々なお話を聞かせてくれたものである。そしてさらに言えば、その言葉一つ一つが今の僕を作る原料になっている。そう考えると、今僕の前にいる若者たちとの接し方も自然と真剣にならざるを得ないのだ。2時間ほどのお話をして終了。

2016/10/10

午前中は事務所にて雑務。体育の日の祭日なのでスタッフはほぼ全員お休みだ。打ち合わせがある二人だけがいつもより遅い出勤をしてくる。誰もいない事務所というのはいつもと違う新鮮さがあるものだ。10人ものスタッフがいれば、自分の会社という感覚はすでに無く、いつも皆の姿を目で追っているうちにいつの間にか時間が過ぎていく感があるわけだけれど、お休みの日だけはまるで一人で事務所をスタートした時のような感覚を得ることが出来る。つまりこれが新鮮だということ。

途中珍しく部活動が休みの息子が事務所に遊びに来る。こうして改めて事務所に来たのは初めてかもしれない。宮大工に関する本と、安藤忠雄氏の自伝を手渡し、仕事についての話をしてあげたのだけれど、こうして話しているとまるでスタッフに話しているかの様な感覚にもなる。すでに高校1年生、将来を何となく意識する年齢ということなのであろう。そういえば先週の金曜日から埼玉大学の学生が二人ほどインターンシップに参加している。彼らの年齢が18歳だから息子とは3歳の差だ。一番若いスタッフは23歳、5歳の差である。こういう若いころの成長ぶりを目の当たりにすると、彼らにとっての1年は本当に大切な時間だと思う。そしてこういう若い子たちを預かることに改めて緊張感を感じるとともに、出来る限り色々なことを伝えていこうとも思うのである。

14時、埼玉県久喜市にて設計中のIさん打ち合わせ。教が2回目のプレゼンということで、前回からの微変更案を提案させていただいた。

16時、埼玉県伊奈町にて設計中のWさん打ち合わせ。実施設計の2回目。お子様の運動会の後打ち合わせに来ていただいたということで少々お疲れのご様子である。1時間ほどの手早い説明をして早々に切り上げさせていただいた。

18時ごろ帰宅。

2016/10/09

日曜日。朝6時ごろ目を覚ますとものすごい雨が降っている。予報によると午前中にはこの雨が上がると言うが本当なのだろうか。こんなに早く起きても仕方がないので8時ごろまでうとうととして、ホテルを出発した。

すでに雨は小降りになってきている。雨上がりの森はとても気持ちが良いので、星野リゾートの北側にある野鳥の森に行ってみることにした。ここは日本で初めて野鳥という言葉を生み出した文学者の中西悟堂氏の提唱によって、1974年に日本初の野鳥の森として指定された公園である。休日とはいえほとんど人がいない静かな所で、歩いているととても気持ちが良い。申し込めば森を案内してくれるということで、お願いしてみることにした。

森の中には唐松、ハルニレ、山椒、藤、真っ赤に染まった蔦漆、山葡萄、猛毒のあるマムシ草、山桜、などなど様々な木々があり、小鳥もそれらの実をおいしそうに食べている。ザトウムシなるヘンテコな虫はまるで宮崎駿さんの映画に出てきそうなユニークな動きをする。ハリガネムシという白い糸のような虫は、池の中で不気味に動いている。熊の爪の跡やイノシシの足跡もあちらこちらについている。僕は中学高校時代に山岳部で山歩きを散々していたのだけれど、こんな風に木々を眺めながらゆっくりと歩を進めたのは初めてであった。そしてこんな風にそういう世界に興味を持つことが出来たのも初めてである。山は歩きぬけるものから、見て感じて楽しむものへと変わったような気がした。きっとこれもそういう年齢になったということなのであろう。2時間ほどゆっくりと散策をして森を出た。

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続いて軽井沢ゴルフクラブの裏道を通り抜け、脇田美術館へ向かう。この道は中軽井沢から旧軽井沢に抜けるとても便利な道である。脇田美術館というところは脇田和氏による絵画を展示する美術館で、中庭には氏のアトリエとして1970年ごろに造られた吉村順三氏の建築が保存されている。アトリエは2階レベルまでコンクリートで持ち上げられていて、床の下のピロティーはバーベキューでもするのであろうか、暖炉などのあるスペースとして設えてあった。すでに40数年が経つとても古い建築だけれど、こうして見学させていただけることに感謝である。

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しばらく美術館で過ごした後、旧軽銀座を散歩して帰宅。たった1泊の小旅行であったけれど、なかなか良いものを見ることが出来た。

2016/10/08

午前中は雑務をこなす。

午後一番で妻と軽井沢へ出かけた。ちょうど良いお休みがとれたということで建築見学の小旅行である。約2時間ほどで軽井沢のまちに着いた。3連休の初日ということでやけに人が多い。多くの人が別荘に遊びに来ているのであろう。まだ4時、少々時間があるので絵本の森美術館へ立ち寄る。何度か来ているのだけれど、絵本だけでなく庭園や建築も楽しめる場所だ。

早朝、阿蘇山が噴火したなるニュースを聞いた。同じ火山があるこの軽井沢でも、もし浅間山が本格的に噴火したら大変なことになるであろう。が、現時点でそのようなことを感じさせる要素はみじんもない。ツルヤにはいつものように多くの人が食材を買いあさっているし、道路も大混雑である。

ホテルに付き、食事まで1時間ほどの時間があったのでジムで軽く汗を流す。運動不足の体がギシギシ悲鳴を上げているけれどとても心地よい。その後の食事もおいしく頂くことが出来た。夜、絵本の森美術館にて購入した清川あさみさんによる宮沢賢治「銀河鉄道の夜」読了。読了というよりも、清川さんの手によるキラキラと光る宮沢賢治の世界を見て楽しむといったほうが良いであろうか。小説の世界観をこのようなアートで表現する、何とも楽しい本なのである。

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2016/10/07

今日から埼玉大学の工学部建築学科の1年生が二人、ますいいにインターンシップのために参加することになった。期間は3か月ほど、週に2回のインターンシップで単位を取得できるということらしい。朝礼終了後すぐに埼玉大学の担当教授、そしてインターンシップの担当官に連れられて二人の学生が事務所に入ってきたのだけれど、1年生というあまりの新鮮さになんとなく戸惑ってしまった。でも事務所に若者がいるのは良いこと、何よりも活気が出るのである。是非楽しんで、何らかのことを習得して、そして立派な社会人に向けて進んで行ってもらいたいと思う。

10時30分、新宿パークタワーにてKさんの家ミーティング。今日は2回目のプレゼンテーション。前回からの変更案についてご提案をさせて頂いた。とても小さな旗竿地に建つ狭小住宅なのだけれど、旗竿地の使い方の工夫などでなかなか面白いプランが出来上がっている。前回は3階に水廻りの配置をしたのだが、今回は1階にそれをおろし、その代わりに3階を開放的な書斎として提案することにした。2階に配置したリビングと吹き抜けを介して一体となった書斎は、目の前に大きなテラスを持つとても魅力的な場所となりそうな気配である。敷地が狭いということで少々工事が大変そうだけれど、是非とも完成を見てみたいものである。

2016/10/04

夜、先日寄居町にて進行中のMさんの家でいただいた栗を使って、甘煮に挑戦した。栗を使った料理などこれまでやったこともないわけで、Mさんのお母さんからうかがったレシピをもとに初の挑戦となった。渋川を残して皮をむく作業だけでもなかなかの重労働である。栗向きの専用器具があるらしいが、そんなものはないので包丁で何とか対応。渋皮だけの状態になったら、重曹を少々入れたお湯で3回ほどあく抜きをする。

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あくを抜いたら砂糖と塩を入れて味をつけながら煮ると完成だ。Mさんの家の現場でいただいた物と同じようなおいしい甘煮を作ることが出来た。栗、初めての経験だったけれどまた一つ楽しみな季節のレシピを身に付けることが出来た。

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2016/10/02

午前中は、地元の西川口駅東口商店街で行っているお祭りに参加。この商店街の町おこしのためのプログラムは、川口市の呼びかけによってすでに1年間ほど継続しており、ますいいからも田部井君が初回からずーっと参加している。構成メンバーは、商店街の方々、埼玉大学の内田先生、ますいいリビングカンパニー、仕切り役はメインストリートプログラムなる町おこしの手法を手掛ける内藤先生である。正直言って、今のところ成果は出ていない。でも今回のお祭りは、そんな中でつくられたはじめの一歩である。はじめての成果である。ということはやっぱりきちんと見に行かなければいけない。ということで見学に行くことにした。

会場に着くとなんとなんと、お祭りのために作られた特設のステージの横で、なぜか私の娘が司会をしているのだ。すぐ横には奥ノ木市長をはじめとする地元の議員さんがいる横で、堂々たる司会ぶりである。どうやらお祭りの盛り上げのために地元である幸並中学校の吹奏楽部を招待したらしく、ちょうどその司会を私の娘が行っていたというわけであったのだけれど、知らずに見ただけに少々驚いた。12時過ぎ終了。

その足で栃木県益子に向けて出発。3時過ぎ到着。約100キロのドライブもすいていると1時間半ほどで到着する。益子焼で有名なこの町にはたくさんの窯元があり、たくさんの作家さんがいて、そしてたくさんの販売店がある。つまりは焼き物で成り立つ数少ない街だ。昔からの作家もいれば、新たな移住者もいる。今日は吉川心水さん、埼玉県の岩槻出身の西田利治さんの二人の作家さんと出会い、お二方の茶碗を購入した。西田さんは日本工業大学の建築学科出身という。僕よりも7歳ほど年上の方である。こういう出会いがあるのもこの町の楽しいところ、お付き合いが出来ないような高価な作家の物よりも、身の丈に合ったお買い物をしたほうがどれだけ楽しいことか。

今は破格な価格が付けられている楽茶碗だって、もとは瓦職人に焼かせた前衛的作品だった。その茶碗に美を認め、破格の価値を付けた利休の仕掛けは、今も美術品という形で細々と残っており、世間の人にほとんど関心を抱かれない世界ではあるけれど茶道家の中ではいまだにある価値を持っている。楽茶碗だけではない。国立博物館にある井戸茶碗だって、もしもオークションにかかれば優に一億は超えるものだ。ただの土塊がまるで貨幣のごとき、創造された価値をまとうだけでなく、歴史上の誰に所有されたかという由来を持つことで、海外の有名な絵画のごとき価値をも持つのだ。だってその昔は、戦争の活躍の褒美として信長や秀吉から家来に渡される領地の代わりになったほどなのである。

作られてしまった後の価値はそうそう変わるものではない。特に美術品のたぐいはそうである。どこかの国の貨幣であればその国の破たんと共に価値を失うであろうが、美術品の価値のたぐいはまるで金のごとく失われにくい物である。そして、千家十職に代表されるすでに有名な作家ものの道具は、すでに成立したその価値を失うことがおそらくないであろう物に分類される。

僕は利休の優れた点を、すでに価値を認められたものを大量に所有した点ではなく、価値のない物に価値を見出した点にあると思っている。すでに認められた価値を高い物を収集するのはお金持ちの道楽でしかない。そしてそういう行為にはあまり興味もない。もちろん見るのは好きである。でもそういうものは美術館で見ればよいのだ。高価なものは高価なもの。僕は作り手が見える身の丈に合う物に心惹かれる。そして益子にはそんな出会いがある様な気がした。

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