ますいいの運営するノンプロフィットレンタルアートギャラリーとギャラリー。各アート作品の展示・販売をするショップとなっております。

公式サイト>

ますいいでは、古くなった物件を壊すことなく次の世代に引き継ぐお手伝いをしております。

詳細情報>

ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

ますいいリビングカンパニー|埼玉県川口市

ますいいについて/about us
作品集/galleryコンセプト/concept現場進行中/project仕事の進め方/workflow
増井真也日記
田村和也雑想設計室雑感
お問い合わせ/contact

top > 増井真也日記 > 2016年3月アーカイブ

増井真也日記

2016年3月アーカイブ

2016/03/30

厚板を使用することについて思うこと。

昨日のTさんの家に関する日記で、米松の厚板についての記載をした。実はこの米松の板、厚さが55㎜もある。こんな厚板を使ってみたいという思いは、バラガンの建築を見ているときに感じたものである。メキシコの有名な建築家であるバラガンの建築には、こういう厚板がたくさん出てくる。とにかく惜しみなく使われている。でも、決して野暮ったい建築ではなくて、木を使用する場所とそうでない場所の区別がはっきりとつけられている。そしてその絶妙なバランス感覚によってとても心地よい野趣感が漂っている。僕もこんな風に厚板を使ってみたい、そんな感覚をいつも持っていた。

このように55ミリもある板を仕上げに使用することはあまりないことである。使いたくてもなかなか使えるものではなく、もしも無理に使えばとても高いものになってしまう。通常の造作材の値段は立米単価で取引されているのだけれど、例えば普通のヒノキの造作材であれば80万円/立米程度で取引されているから、1mの長さで、幅が30センチ、厚さが2センチだとすると、その価格は4800円となる。厚さが6センチの場合はその3倍だから、14400円となってしまうのである。

今回使用した米松という材料は、実は梁などに使用される素材である。スライスすればそってしまうし、割れ放題に割れる材料でもある。でもその価格はとにかく安くて、使いたい放題に使うことが出来るくらいなのである。

僕は今回の計画で、あえて米松を使用することにした。無垢の木を使用するのだから、多少の反りや割れは許容したほうが良い、そういうことを許容することで合板から厚板に変わるの出れば、この建築にとってはそのほうが正解であるという思いから、こうした選択と決断をした次第である。そして完成した様子を見ていると、この選択がとても正しかったということが確信できるのである。(実は僕の事務所1階にある壁面の棚板には既にふんだんに使用している。)

そもそも日本の住宅は綺麗すぎる傾向がある。このことは住宅の価格を上げる大きな理由である。バラガンだけでなくカーンの名作を見ても、実はその施工精度は日本の住宅ほど精密ではなく、そこで使用されている素材もそったり割れたりの、自然な動きを自由に提示しているのである。

コストダウンを目指して使用したちょっと荒っぽい素材は、この綺麗すぎる感覚をなくしてくれることにも寄与してくれたような気がする。そしてこの荒っぽさがまた、この建築の魅力を高めてくれているような気がするのだ。

もちろんこういう選択は常にあてはまるわけではない。家というもの、常にクライアントのために作られているのである。だからこそクライアントに適した正解を探す過程がとても重要なのであると感じるのである。

2016/03/29

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。事務所の3階に居場所を移動してから数日が経って、なんとなくではあるけれどこの状態にも慣れてきたような気がする。自分の目の前を常に人が通り過ぎるのだけれど、それ自体はあまり気にならないことが意外であった。それよりもスタッフ同士のコミュニケーションの状態、つまり連携がとれているべき部分でそれがとれていなかったり、関心を持つべきほかの人の仕事に無関心だったりの違和感を感じる部分について、自らは潤滑油の役割を果たさなければの感を持った次第である。それと同時に、これを怒らずに行うことのむずかしさを痛感、まだまだ人間が小さいのである。

埼玉県さいたま市にて進行しているTさんの家が完成した。この住宅は、家族4人が暮らすための二十数坪の小さな家である。1階に土間のような仕上げのダイニングキッチンと小上がりの居間を配置し、2階に寝室などの個室を設えた。1枚目の写真は、居間にある階段と開口部の様子である。階段などの厚板はすべて米松を使用している。この米松という材料は普段は梁などに利用するものであるのだが、それを半分の厚さにスライスすることで階段板や棚板として利用できるように加工した。開口部の前にはペレットストーヴが置かれる予定で、すでに煙突の工事までは完了している。今はまだ窓だけが目立っているけれど、ストーヴの後ろ側にバランス良く配置されることを意識してデザインしているので、その姿を見るのがとても楽しみである。

2階の写真には隣の敷地の緑を最大限に取り込むことが出来る窓が写っている。お隣さんはこのあたりの大地主さんで、林と呼んでも良いような風景が広がっているのである。階段を上がって寝室の方を振りかえった先にあるこの景色は家族の心をいつも安らげてくれることであろう。2階の天井は屋根のこう配に沿って作られている。この屋根と天井、実は微妙な勾配を作るために大工さんが1週間もかけて作り上げた。そのおかげであろうか、それも居心地の良い空間が出来上がったような気がする。こうした職人さんの努力にも感謝〃である。


20160329.jpg

20160329-2.jpg

2016/03/27

10時より、埼玉県寄居町にて設計中のMさんの家打ち合わせ。今日は第1回目の見積もり提示である。第1回目の見積もり提示では予算をオーバーしてしまうもので、それを如何に減額するかの検討が大事なところとなってくる。今回は現場が遠いので、現地の職人さんにも協力してもらう必要があるかもしれない。ということでMさんのお父さんから電気屋さんと基礎屋さんを紹介していただくこととした。細かい造作にかかわる職人さんたちは普段からやりなれている仲間と一緒に仕事をしないと難しい部分があるけれど、そうでない部分に関してはこうした工夫も有効な手段となる。良い人をご紹介していただけるとよいと思う。

終了後、新宿パークタワーにあるノルディックフォルム・ニッポンフォルムへ。この家具屋さんはオゾンさんが直営しているお店で、いわゆる名作家具を販売している。今日は、ハンス・J・ウェグナーのYチェアー(ビーチ材オイルフィニッシュ)、水之江忠臣の図書館椅子、坂倉準三の子椅子、菅沢光政のロッキングチェアの4脚を購入した。ロッキングチェアーは事務所3階のスタッフのくつろぎスペースに配置し、それ以外は打ち合わせスペースでクライアントに体験していただくこととする予定である。

続いて新宿駅東口にあるデパートにて娘の買い物お付き合い。こんなに若いこと一緒にデパートの洋服売り場を歩くなんて、大学生くらいのころに彼女と一緒に歩いた以来の久しぶりの出来事である。なんということのないことだけれど、それでもなんとなくとても新鮮な気持ちになった。何より今の流行に触れることができたことが楽しかったから、これからはシーズンに1回くらいは娘と一緒にデートをしてみようと思う次第である。

2016/03/24

スタッフの中村君と5月に予定されているますいい建築圏~もっと自由に家を作る」についての打ち合わせ。今日はプロジェクトコーナーに展示する「水門の家」について。

「水門の家」とは、水害の可能性の高い都市に建つ住宅の提案として、鉄筋コンクリートの強固な構造体の上に木造の構造物が乗っている、まるで水門のような建築を提案するものである。僕の事務所がある川口市でも、「もしも荒川の堤防が決壊したらここまで水位が上がりますよ」というラインの表示が、あちらこちらの電柱になされているのだけれど、その高さは平均して道路面から3mほどとなっている。こういう表示は実際にはほとんど起こらないであろう、非現実的な、本当に最悪の場合を想定したものだといって、意識の外にはずしている現状ではあるのだけれど、それでも昨年の栃木県の水害の様に起こらなそうなことが実際に起きていることを意識して、より積極的に建築の提案をしてみることとしたわけである。

ちなみにこの提案は1年ほど前に本当のプロジェクトの中でプレゼンさせていただいた。しかも僕の事務所から歩いて10分ほどの敷地でのプレゼンである。とても現実的な提案なのである。

20160324.jpg

2016/03/23

午前中は所要にて外出。

事務所に戻って、住宅特集を読んでいると「住宅は都市の夢を見るか」と題した塚本由晴氏の論考が掲載されていた。内容をかいつまんで言うと、篠原一男氏が住宅設計に対して言った

・工業化、大規模化、大組織化する建築生産の主流との対立関係に住宅設計を位置づけ、「人間そのものに直接関わり文化創造に参加」「社会的生産とは無関係だと自認」することで「自由」が私たちの前に立ち現れる・・・

・一つ一つの住宅が美しくなることだけである。一つ一つが美しくても、全体は調和した美しさを持たないというかもしれない。現代の集落が表現するものは、しかし、調和した美ではなく、混乱した美であって良いのである。・・・

という言葉を紹介した後に、社会的意義を持たないことを肯定することに疑問を呈している。

・「戸建て住宅で作られた都市」に生きるならば、住宅を「つくる」個人の幸福が、社会的幸福の基盤である都市空間に貢献できない社会は、生命力を失うはずだ。個のふるまいが社会の幸せになり、そのことが個に再帰的に幸せをもたらす。・・・

つまりは住宅が魅力的都市を造りだし、その魅力的都市の存在によって個人の幸福につながることを目指さずしてどうすると言っているのである。個人が大きな都市を語ることができる時代ではなくなった久しいけれど、個人が造る住宅が都市を作るという考えは、まだ有効であるような気もする。というよりこれを信じなければ、都市における住宅設計などやっていられないのではないかと思うのである。

2016/03/22

昨日から事務所での僕の居場所の引っ越しをしている。今までは1階で仕事をしていたのだけれど、建築のスタッフのとのコミュニケーションを円滑にすることを目的として、3階に移動することにした。3階の喫煙ルームだった雑然とした部屋は写真のように造り替えられている。工事をしたのは大工さんの本間さんとスタッフの柳沢君である。机のデザイン一つを見ても、まるでジャン・プルーヴェのスチールの足のデザインのごとき遊びが施されており、なかなか心地よい空間となった。扉も壁もない完全なるオープンスペースだけに気を抜けない感じがるのだけれど、まあ楽しくやっていこうと思う。

20160322.jpg

2016/03/21

東京都杉並区にて新築住宅を検討中のTさんご夫妻来社。とっても小さな狭小地での建て替え計画である。小さな家を作ることは楽しいもので、これまでにも9坪ハウスのごとき狭小住宅は多く手掛けてきた。そもそも住宅などというもの、そんなに大きく作る必要はないのである。身の丈に合ったサイズというか、自分で容易にコントロールできるサイズというか、つまりその人その人にとっての適正な大きさというものがあるのであって、それっを過剰に超えてしまうとまるでものに押しつぶれるかのごとき無理が生じるような気がするのだ。

僕のところに相談に来てくれるクライアントの中には、米軍ハウスを良いという人がいる。米軍が昔日本に来た時の小さな仮設住居のごとき類のものをよいという感覚は上記の小さな家を好む感覚に等しい。もちろん今の仮設住宅には感じることのできない、ノスタルジックな意匠性も十分理解はしている。しかし、本質的には、小屋を好む感覚、つまりはほどほどであるということをとても大切に感じる精神性と言ったほうが近いような気がする。建築家も昔から多くの小屋を作ってきた。もっとも有名なものはル・コルビジェによるカップマルタンの休暇小屋であろう。この小屋はわずか8畳ほどの広さの中にトイレと洗面器とベッドのみが置かれた最小限の暮らしの場である。でも、名作と言われる究極の最小限空間でもある。さてさて、今回はどんな狭小住宅を作ろうか、とても楽しみなところだ。

2016/03/20

朝10時、埼玉県吉川市にて住宅の建築を検討されているOさん打ち合わせ。現在住んでいる大きな家をお子様の世帯に譲渡し、その代わりにご自身が住むための小さな住宅を建築しようという計画である。今日はお嬢様とお母様のお二人でご来社。増井は初めということで、ますいいの家づくりの流れについてのご説明をさせていただいた。

打ち合わせ終了後、ますいい農園にてじゃがいもの植え付け作業など。日に日に春の気配が濃厚となってきた。畑にいるとこういう季節感を本当に身に染みて感じるもので、まずは作業をしていても寒くないということに春の到来を感じるのである。

寒くないことはありがたいけれど、もちろんそれだけではない。芽吹き、蛇穴を出づ、苗床、花種蒔く、等の3月の季語にも表れているようなことがますいい農園では実際に起きる。今日も冬眠から目覚めて寝ぼけているカナヘビを目撃したり、まさに法蓮草や小松菜の種を蒔いたりの実際の春を感じることができた。写真はじゃがいもの植え付けの様子である。今年は大きく育ってくれるであろうか。楽しみに育てることとしよう。

20160320.jpg

2016/03/19

朝礼終了後、スタッフの和順と一緒に埼玉県さいたま市にて進行中のTさんの家の現場管理へ。現在大工工事の最終段階で、同時進行でセルフビルドをしているところ。今日はセルフビルド工事の調整と、大工さんの最終工事の確認のために現場を訪れた。

10時ごろクライアントのご家族がやってきた。今日は石灰クリームを塗る予定の壁にジョイントテープやパテを塗る作業を行うということであるが、現場では大工工事の真っ最中、ここでセルフビルドを行うことは少々危険である。自分たちの手で家づくりをすることはよいことだけれど、その最中にけがをしたのでは本末転倒であるから、今日のところは作業は中止していただくことにした。

大工さんと二人になった後は、
・階段足場を整備してセルフビルドの作業が安全に行うことができるようにしたこと
・キッチンの上部にある飾り天井の小口のおさまりを指示したこと
・玄関と掃出しの窓の部分にある床のフレキシブルボードの小口にアングルの施工を指示したこと
などなど、最後の仕末となる工事指示を行っていった。
現場からの残材処理も2回ほど行い、だいぶすっきりしたので明日からのセルフビルド作業はだいぶ行いやすくなることであろう。現場管理者はすべての関係者が気持ちよく安全に作業を行うことができる場を作ることが仕事である。和順君も少しは理解してくれたであろう。

2016/03/18

夕方、所用で都内に来ていたので、上野の国立西洋美術館で行われているカラバッジョ展に立ち寄る。今回の展示では、世界初公開となる法悦のマグだらのマリアが見れるということでぜひ足を運びたいと考えていた。金曜日の夜ということで、目玉企画の割には会場は閑散としている。土日では考えられない恵まれた状況での鑑賞となった。

20160318.jpg

2014年、長いこと行方不明とされていたカラヴァッジョの作品が発見されました。《法悦のマグダラのマリア》。この作品は、カラヴァッジョが殺人を犯してローマを逃亡し、近郊の町で身を隠していた1606年の夏に描かれたもので、その4年後の1610年、彼がイタリアのポルト・エルコレで不慮の死を遂げた時、彼の荷物に含まれていた「1枚のマグダラのマリアの絵」がこれであると考えられています。科学調査を受け、カラヴァッジョ研究の世界的権威であるミーナ・グレゴーリ氏が本作を"カラヴァッジョ真筆"と認定。世界で初めて、本作品が公開されることとなりました。
(国立西洋博物館HPより)

2016/03/17

朝礼終了後、川口市の里という地名ところにある土地の利用相談を受けに出かける。この里というところは、埼玉高速鉄道が開通する前は駅から遠いからだろうか、それとも鳩ヶ谷市というとても小さな行政区の中に存在していたからであろうか、とにかく開発が遅れていたところで、それでも少しずつ区画整理が進んでいる、なんとなく名前の通り古里的な存在であった。僕はそんな町の雰囲気が好きで、独立したころには暇さえあればこの里地域を歩いていた。近年は駅ができたおかげで、急速に開発が進んでいる。町の中にはいかにもという新築が建ち並んでいて、新しい住民もだいぶ増えたのだと思う。今日はそんな里にある、300坪と500坪ほどの二つの土地の利用についてのご相談を伺った。少々規模が大きな土地だけに慎重に考えなければいけない。まずはいろいろと調査をしてみようと思う。

建築の仕事をしているとこんな風に土地の利用方法について尋ねられることもある。特に最近は実際の数値的な人口減少以上に、高齢者が自分の家に一人で済むことができなくなって空き家になってしまったりの現実的人口減少の影響からか、このように利用されない土地の相談がとても増えている。それと同時に土地を取得する若手にとっては、とても取得しやすい状況になっているようにも感じる。不動産についての資産の感覚もだんだんと変わるのかもしれないな、等と感じるのである。

ますいい展示が建築ドットコムに掲載されました。
https://kenchiku.co.jp/event/evt20160315-2.html

2016/03/16

朝礼終了後、埼玉県富士見市にて設計中のTさん打ち合わせ。今回の打ち合わせは見積もりについて。Tさんの家は道路から2m弱のがけの上にある。現況は古い擁壁が立っているのだけれど、今回は木造住宅の新築にあたってその擁壁の作り変えから行う予定となっている。

擁壁の工事の計画は、擁壁と住宅の基礎を一体にして行うものとしている。これは擁壁の上に建物が乗ることによって、建物の荷重が擁壁の横移動に影響を与えることを考慮し、一体化したコンクリート構造物を設計したほうが工事が簡略化であろうとの判断によるものだ。この手法のほうが結果的には構造的にも安定し、コストも抑えられることが予想される。

2mを超えない擁壁というのは、建築士による判断ということで確認申請上は構造計算の提出義務はないのであるが、そうはいっても地震や大雨による災害が頻繁に起こるこの国においてこうした工事をする以上、やはり構造上の安全が確保できる手法を選択しなければならない。そしてその中でコストを最も抑えられる方法を模索することも大切な判断となるのである。

たまたま今日、町田分室の田村君から崖上の土地を購入することを検討されているクライアントの相談を受けた。この土地は土地の奥が30mほどの傾斜となっていて、土地がその頂点に位置しているということである。役所は斜面の最下点から地盤に影響を与えるであろう角度内の地盤を避けるところまで建物荷重を到達させる地盤改良を行うことで建築が可能であるとの指導を行っているということである。そしてこの手法の妥当性を聞かれたわけであるが、こうした判断はとても難しいものだ。大きなビルを建てるのであれば、地盤改良などで済むはずがないことは明確だけれど、小さな木造住宅を作るためにそこまでやる人はいない。どこまでやれば安全が確保されるかの判断と同時に、コストの妥当性を考慮するというバランスが求められるのである。

2016/03/13

建築を設計するといってもいろいろなスタイルがある。僕はどちらかというと泥臭いスタイルを好む。個人住宅という最も利益の上がらない分野で、しかもハウスメーカーなどとは一線を画して、地道に一軒一軒設計するやり方だ。そんな合理化や効率化とは程遠いやり方を15年間も同じように続けている。

もちろん店舗設計などをしていたり、ちょっと大きな建築を扱っている友人もいる。回転の速い店舗や大型建築はとても儲かるらしい。でも僕はどどうしてもそういう方向にシフトする気にはなれない。お金持ちの仕事をしているときよりも、お金はこれしかないのだけれど何とかしてこんな建築を手に入れたいという施主と話しをしているときのほうが幸せな気持ちになれる。こういう時は自分の設計という仕事のおかげで、施主の持つ個人の尊厳というものが確保されたような気になる。僕たち建築家が個人住宅を設計する意味はこの個人の尊厳の確保という点にあるのではないかとさえ思うほどである。

世の中はどんどんと効率化の方向に向かう。日本でもマイナンバーが始まったけれど、要するに国民一人一人が番号で管理されている社会なのである。システムというものは怖いものだと思う。もちろんなければ困るし、今急にそれを失ったらまるでマッドマックスのごとき混乱が生じてしまうであろうけれど、本来人のために開発されたもののせいで、逆に人から自由というものを奪い、挙句の果てにはその社会システムの対立による戦争などまで起きたりする矛盾にもみんなが気が付いている。そしてこういう矛盾に気が付いていたとしても、そんなことをどうにかすることは僕らにはできないし、できないことを語っていてもそれは胡散臭い評論家になってしまうから語る気にもなれない。

では自分に何ができるのかということを考えた時、最後まで自由でいられる「個人住宅」という楽園のような分野に身を置き、その中で一つ一つの小さな建築を丁寧に作り続けること、それしかないのではないかと思うのである。個人住宅は施主一人のものである。最低限の法律や制度を順守すれば、生産効率や運用効率に縛られる必要もないし、投資をして利益を生み出す建築である必要もない。住まい手が自分の人生を豊かに営めることができそうな拠点を作ること、それしか求められない。お金がなければセルフビルドをやればよい。多少下手でもだれも文句は言わない。自分が嫌なら練習すればよい。それに多少ムラがあっても、それは家庭菜園で育てたでこぼこの人参のように、自分で食べる分には何の不自由もない。逆においしいと思えるようなものなのである。さてさて、今度は何のセルフビルドリフォームをやろうかな、日曜日なのでなんとなく考え始めてみた。

2016/03/11

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。


午後より、埼玉県行田市にてリフォーム中のKさんの家の現場打ち合わせ。Kさんは現在小川町で有機農業の研修をしているのだけれど、このたびめでたく行田市にて農地つきの住宅を購入し有機農家として歩み始めるということとなった。Kさんの購入した住宅は古い住宅ともっと古い住宅の二つの部分がある。古い住宅のほうはとても質が良いもので、傷みもあんまりない。もっと古い住宅のほうはそのまま使うのは少々つらいくらいに傷んでしまっている。そこで今回はもっと古い住宅の部分だけをスケルトン状態まで解体し、補強工事を施しながらこの先も安心して使い続けることができるような状態までリフォームすることにした。

写真は解体工事後の様子である。ブロックのところにはお風呂があった。構造体は桧で、腐りはあまりない。柱が少なかったり、金物が全くなかったりの部分を補強すれば使えるものになるであろう。もちろんコストは少ないほうがよい。これから先の農業開業に向けてとっておけるものはとっておいたほうがよいに決まっているのである。すでに古い部分の住宅についてはKさん独自のセルフビルド工事が開始されている。数か月後の引っ越しに向けて急ピッチで進めていきたいところだ。

20160311.jpg

2016/03/09

午前中、済生会病院。40歳を超えると、これまで経験したことが無いようなことを医者に言われるようになる。僕の場合は少々太り過ぎ、これと言って本格的な運動をしていないのに食べる量は減らないのだから、当たり前である。それにしてもいろいろ言われると、なんだかそれだけで病気になったような気がするもので気分の良いものではない。もう少し痩せるようにちょっとだけ努力をしてみようと思う。

午後より、埼玉県寄居町にて設計中のMさんの家の打ち合わせ。見積り作業に入る前の最終確認である。この住宅では天井高さに工夫をしている。まずは、リビングのある大きな空間の天井高さを3mとし、このスペースを基準としている。付属する和室は2.3m、L字型部分にある子供室や寝室も2.3mとし、リビングの中のキッチンは2.7mとした。全体的に高めに設定されているのは、40坪の平屋がほぼワンルームの様に連続するプランということで、水平方向の広がりに見合った高さを設けた次第である。

全体的には高い天井高さとしながらも、和室や寝室は少々低めの設定としたのにはそれなりの理由がある。和室は正座の部屋である。床に座るのだからその分天井は低くなってくれないと、逆に間延びしてしまうことになる。寝室は寝る部屋である。これまた理由は同じこと。つまりその部屋の用途に合わせて適正なプロポーションを確保することが大切なのであって、やたらと天井を高くすればよいというものでもないのである。適材適所の寸法を探すこと、天井の高さを考えるうえで最も大切なことだと思う。

2016/03/08

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

金曜日に第1回目のプレゼンを行う予定の埼玉県川口市のKさんの家のスタディーを行った。Kさんの家の建て替え計画は、とても小さな土地に建つ古家を取り壊して新築住宅を作るという計画である。敷地野間口めいいっぱいに建物を作ったとしても、3700㎜程度の間口しかとることができず、さらにはその間口の中に駐車場を設けようということであるので、まずは構造的な工夫が必要となるところである。

今回の提案では木質ラーメン構造などと呼ばれている門型工法を採用することとした。この工法では、幅が300㎜程度の梁のような柱を門型の両側に立たせ、それを梁材と強固に金物で接合することで筋違を設けることなく駐車場部分の耐震力を確保することが出来る。故に今回のような建物の幅が狭い場合にはとても有力な工法となるのである。

また接道条件が西道路ということで、光の取り入れ方にも工夫をした。建物の中央部分に吹き抜けを設け、その吹き抜けの上部に設けるハイサイドライトからの光を2階にあるリビングまで引き込むというものである。西側の道路に対しては最低限の開口とし、その代わりに道路際にすのこ状の床のインナーバルコニーを設けている。インナーバルコニーの上部にはトップライトを設け、そこからの光がすのこを通して2階のリビングに到達するように計画した。

午後、久しぶりの茶道稽古。今日は棚の薄茶点前と運びの濃茶手前を行った。それにしてもやっぱりこうして時間を取れて、お稽古をするというのは良いものである。仕事をしているといろいろなことがある。どうしても時間が取れないことも当然ある。ストレスなどというものにあんまり縁がない僕のような人間でも、忙しく仕事をしているとストレスというのはこんなものなのかなという風に感じることもある。でもゆっくりと落ち着いて稽古をしている時間は、なんとなくそういう日常の喧騒を忘れ、ゆったりとした自分を作ることができるような気がする。この感覚はまるで海外旅行に行った時のようなものである。でも海外旅行よりも、数倍も手軽にできることなのである。

2016/03/06

今日は息子が入学する高校に行く用事があるということなので、僕としては特別な用事があるわけではないのだけれどなんとなくの興味で両国までついていくことにした。両国という場所には全く親しみがなく、駅を降りたこともないのだけれど、子育ての縁でお近づきになる、これもまた縁である。

高校を一目見てその存在を確認したのちはそれ以上の用事はないので、時間つぶしに江戸東京博物館へ。この博物館は以前にも一度だけ来たことがあるのだけれど、相変わらず中身がないというか、中半端さを感じてしまう展示内容であった。でもまあこれが外国人観光客にとっては一番人気の場所だというのだから、それはそれで存在する意義があるのかもしれない。

この建築は菊竹清訓氏の設計で、行ってみれば巨大スカイハウスのごとき容貌である。3階のチケット売り場にあるテラスに上がってみるとその姿に圧倒される。もうこんな建築を作る時代は二度と来ないのではないかの気がするほどの威圧感であるが、平成5年のバブル終盤の建築として見てみると当時の日本の経済状況がなんとなく伝わってくる。でもこれ、実は僕が好きな建築のひとつなのである。

終了後、浅草まで足を運ぶ。浅草は相変わらずの混雑で多くの観光客でにぎわっている。僕ももし外国から来た観光客だったら浅草にはいくと思う。もしかしたら京都よりも面白いと感じるかもしれないなと思うそんな場所である。浅草がなんとなく好きな理由は、その親しみやすさであろう。町全体が下町ならではの敷居の低さというか、入りやすさを持っているような気がする。そして、観光地にありがちな懐古主義だけではなく、今も町全体が生き続けているように感じるのである。しばし観光ののち、夕方には帰宅。何はともあれ一番下の娘と久しぶりに手をつないでゆっくりと散歩をしたのが一番の収穫であった。

2016/03/05

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

午後より、埼玉県伊奈町にて設計中のWさんの家の打ち合わせ。今日は2回目の基本設計打ち合わせである。前回の打ち合わせからの変更案について二つのプランをプレゼンさせていただいた。前回のご提案は、比較的広い土地の特性を利用し、子供室以外はすべて1階に配置した平屋のようなプランであった。今回のプランは夫婦の寝室と子供室を2階に配置する案のなかで、25坪、30坪という二つの広さのパターンを作成した。

基本設計の段階では、このようなあえて様々なパターンを決めた中でのご提案をするようにしている。住宅価格は安く抑えられればそれに越したことはないのであるが、同じ仕様であれば広いほうがどうしたって高くなってしまう。それに広ければ広いほど、その住宅の使い勝手がどんどん良くなるというのではなく、広ければ広いで掃除が大変になってしまったりの悪い点もある。子供世帯が家を出てしまい、使われる部分が半分くらいになって閑散としてしまっている住宅を目にする機会は意外と多い。だから程よい広さというのはどの程度なのかの感覚を、さまざまな広さのプランを見てみる中で見出すこと、そして自分たちの家はどの程度の広さにするのかを決定することがとても有効な作業だと思うのである。

夕方「チェルノブイリ・ダークツーリズムガイド」を手に取る。この本は、1986年4月26日ウクライナ北部のチェルノブイリで起きた原子力発電所の事故現場を、「観光」という観点から伝える本である。内容からして、当然福島の未来を意識する本であるのだが、まずはこの本を手に取ってみることにした。本の初めに印象的な言葉が記してあったので記載する。
「フランスの思想家、ポールヴィリリオは技術の発明とは事故の発明だと指摘しました。私たちは新しい事故の可能性にさらされることなしに、新しい技術を手に入れることはできません。自動車でも航空機でも情報技術でも生殖技術でもそして原子力でも、その条件は変わりません。・・・」
最後まで読んで何を感じるか・・・、楽しみな本なのでご紹介しよう。


2016/03/02

昼過ぎ、スタッフの土田君とますいい本についての打ち合わせ。校正が終わりあとは印刷を待つのみという段階であるのだけれど、表紙のデザインを見た時に何となく違和感を感じる。というわけで、急遽変更をお願いしてみることに。こういうものはなかなか決断ができないものである。関係している方にはとても申し訳ないことをしていると思うのだけれど、どうかお許し願いたい。

続いて早稲田大学創造理工学部建築学科、渡辺先生との電話ミーティング。ますいいリビングカンパニーの生みの親である石山修武先生の後継者である渡邊先生には、5月に川口市民ギャラリーアトリアにて展示する予定の「ますいい建築圏」のマップを作成していただいている。今日はその解釈についてのご説明をお電話にて頂戴した。

石山先生と言えば、先日京都駅で石山先生に偶然お会いしたかのような出来事は、なんとなく忘れることのできない出来事となる。「常に見張られている」と表現するとちょっと悪い意味に感じてしまうが、全くそうではなく、常に心の中にある人生を歩むうえでのコアのごとき何かが突然目の前に、しかも京都駅で現れるという偶然がまるで必然と感じられるかのような何かを感じてしまうのである。

五十嵐太郎「忘却しない建築」のなかに、東日本大震災の遺構を何らかの形で残し、記憶を次の世代につなげることに利用すべきであるとの記載があった。ニューヨークの9.11の跡地では、2015年にメモリアルミュージアムがオープンしている。僕はまだいったことがないけれど、ここでは当時の記録が音声や画像という形で鮮明に残されているということである。先日、某氏から川口市で作られたしいたけから基準値を超えるセシウムが検出されたという話を聞いた。こういうことを聞くと、震災はまだまだ終わっていない、という普段の生活の中では忘れてしまいそうなことを再認識させられる。そして今後の国の進むべき道を僕みたいな個人でも考えさせられたりもする。

page top