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増井真也日記
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増井真也日記

2016年1月アーカイブ

2016/01/30

朝礼終了後、埼玉県行田市にて古い農家の住宅を購入して、農家暮らしを始めようとしているKさんご家族打ち合わせ。Kさんは現在小川町にいる有名な有機農家さんで研修を受けているということである。この研修を終え、新しい住宅を取得したら、いよいよご自身で有機農業を始めるという。今はさいたま市に住んでいるというから、同じ埼玉県でもかなりの田舎に引っ越すことになるわけで、自分の目指すライフスタイルに合わせてさまざまなことを整えている、まさに挑戦の時なのである。

敷地は2反ほどの畑とおそらく300坪ほどの宅地から構成されている。畑には今の地主さんが近所の農家さんに依頼して作ってもらっているキャベツが収穫期を迎えていた。母屋は、住宅と蔵、そして倉庫から構成されていて、蔵と倉庫は相当古い。蔵に関しては、ここに住んでいた地主さんが田舎から移築したものだというから、築何年かがわからないほど古いことになる。田舎から蔵を移築するほどの建築道楽の地主さんによってつくられた建築群、見ていると本当に魅力的で、取得できるKさんがうらやましくなるほどであった。

今回のリフォームをは新たな暮らしを始める上で最低限のものにする予定である。あとは暮らしながらコツこと進めていけばよい。きっとそうすることで先代の地主さんが作り出した魅力に勝るものを、Kさんたちが造っていくことになるのであろうとも思うのである。

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2016/01/29

朝礼終了後、和順君と一緒に埼玉県さいたま市にて進行中のTさんの家現場管理。現在大工さんの工事が進行中で、現場では大工の田村さんと青島君が作業をしていた。ベニシアさんの家をイメージしながら、無垢の木をふんだんに使ったデザインをしているので、大工さんの手間は普通よりもだいぶ大変になっている。設計中から予想はしていたものの、予想以上に手間取っているようで、大工さんの目も若干怖い。ご機嫌取りのコーヒーもあまり効果はないようである。何とか最後まで理想の家づくりにご協力いただけるようお願いするばかりである。

現場の隣には地主さんの持つ広い敷地があり、そこには埼玉県の住宅地には珍しくいまだに多くの緑が残っている。今回の計画ではその緑を借景として取り込むことを考えており、各所に開口部を配置している。この窓は完成引渡し後に取りつける予定のペレットストーブの煙突が立ち上がる吹き抜けに面しており、階段をのぼっり振り返るとそこに煙突と緑の景色がある、というシーンをイメージして配置した。

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2階の子供室は勾配天井になっており、解放されているロフトを設置した。屋根形状が整形でない複雑なもので、それに合わせて造られた天井もまたかなり作るのに手こずるものであった。ここには最終的に合板が仕上げとして貼られる予定だが、苦労した分のびやかな魅力的な場所となるであろう。

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こちらはあらかじめ開けられている煙突の出口の穴である。これさえ作っておけば、好きな時にストーブを取り付けることができる。もちろん使うまでは蓋をしておくので何の問題もない。

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夕方、赤坂のスタジオにてCMについての打ち合わせ。とある自動車会社のCMで使う「家づくりのシーンのセットや動作」についてのアドバイスを求められるものの、僕がやっている本当の家づくりと、あくまで映像を作成するためのセットを作るという世界観の違いに戸惑うばかりである。撮影したらすぐに壊す、つまりは撮りたいシーンを撮るために最低限必要な舞台を作るという、まるでドリフターズの8時だよ全員集合の舞台のごとき表面的な造作を作るということなのである。建築として真面目に考えても仕方がない。CMの撮影に付随して監督や関係者から求められることに対して誠実に答えることだけを考えてみよう。

夜、協力会社さんの主催する会合に参加。

2016/01/28

朝礼終了後、自宅3階の寝室にてカーペットの張り替え工事を体験。グリッパー工法で固定されたカーペットの交換工事をセルフビルドで行うことができるものなのだろうかの実験をしてみたいということで、今回は職人さんと一緒に体験してみることにしたという次第である。ちなみにグリッパー工法というのは、釘のようなものの出た板を部屋の床の端っこに打ち付け、その釘にカーペットをひっかけて止めるというものである。

グリッパーというのは写真のような細い木の棒である。これを端っこから少しだけ放して取り付けるのだけれど、この隙間はここに最後にカーペットを折り込むためのものである。こういうことは作業の最終形を知らないとできないのでやっぱり何でも体験してみることが大切だ。

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グリッパーの内側にはフェルトを貼りつける。これはボンドを使って貼るのだけれど、この作業自体はたぶん誰でもできる、セルフビルド向けの作業だ。

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問題はここからである。オーダーのカーペットというのはその部屋のサイズに合わせて注文する。大きさは3640×何メーターというのが最大寸法で、それ以上のホールなどの場合は継ぎ手を作って溶着することになる。通常の住宅であればまずこの最大寸法に収まるわけだが、この大きな絨毯をそこまで運ぶこと、そして運んだ絨毯を設置できるように振り回すことがなかなか大変なのだ。

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絨毯を設置したらいよいよ固定である。専用の工具は以下の写真のようなものを使うのだけれど、カーペットを両側に思いっきり引っ張ってひっかけて固定するという一連の作業には結構な熟練を要する。しかもこのような作業に適した道具はあまり一般的ではなく、僕も20年間もこの業界にいるけれど実際に使うことはないものであった。

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一日体験しての感想として、このようなセルフビルドのカーペット工事を計画するならば大きな部屋全体ではなく、例えばリビング全体のうちのソファーを設置する予定の部分の6畳程度だけをカーペットにするような平面計画をあらかじめ行うというような設計上の工夫が有効であるように感じた。

僕の部屋の寝室の様に直角でない部分があったり、建具の枠の切り込みや柱型の切込みがあったりすると、とてもじゃないけれど素人が自分でやるのは難しい作業であるように感じた。でもある程度の小ささで整形な状態であればなんとかなるのではないかとも思うのである。セルフビルドを追求するには、初めの新築段階での設計もそれに合わせて行う必要がある。今回はこれまで体験をしたことがなかったカーペットについてのとても有意義な体験ができたと思う。

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2016/01/26

午前中、設計事務所立ち入り検査。アネハ事件以降の法改正後2回目となる検査である。なんだかいろいろと法律が変わり、管理建築士なる制度もでき、対応するほうにも苦労が伴うのだけれど、昔のようなずさんな状態には戻らないほうがよいに決まっているので、この手の検査を定期的に無作為に行っていただけるというのはとても良いことなのだと思う。結果は2点の書類不備に関するご指摘受け、是正をお約束。なかなかの良い出来である。

大学の先輩で清水建設にお勤めのYさんよりCMの技術指導の依頼が来た。なんだか楽しそうな内容であるが、これ以上書くと関係者に怒られてしまいそうなので、感想はテレビでCMを見てから書くことにしよう。

2016/01/24

午前中、千葉県流山市にて新築住宅を計画中のSさん打ち合わせ。今回は初めてのプレゼンテーションということで、二つの案をご説明させていただいた。1週間ほどの間に奥様と話し合いをしていただき、ご意見を頂戴する予定である。

夕方、妻と二人で東京丸の内にあるコットンクラブへ。このジャズバーへは定期的に来ているのだけれど、今日は僕たちがとても好きなカナダのシンガー、エミリー・クレア・バロウが2回目の来日をしているということで訪問した。下の写真はライブ終了後のもの。とても良い時間を過ごすことができた。

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2016/01/23

朝礼終了後、新築住宅を検討中のIさんご夫妻打ち合わせ。ますいいで家を作りたいというお話をいただき、ますいいのエリア内で土地を探したいという、これ以上ないくらいのうれしいお話をいただいた。横浜と新宿にお勤めということなので、もしかしたら町田分室のエリア内のほうが移動に便利かもしれないので、埼玉方面と町田方面の両方で土地探しをスタートすることになる。

土地探しの段階から、建築家がアドバイスをするというのはよい土地を探すためにとっても効果的なことだと思う。土地の値段というのは、地域の相場、地型、道路の向き、周辺の環境など様々な条件によって左右される。周辺相場が坪当たり100万円ほどの場所であっても、北道路で、細長い変形地などという場合には、その土地だけは坪当たり70万円で売りに出ているということもある。広さが30坪程度の場合、その差額は900万円となるわけなので、残った予算、つまり建築にかけることができる予算が大きく変わる、とても大きな変化を生み出すのだ。

一見悪い条件の土地でも、設計の工夫によって魅力的な建物が造れる場合もある。そういうことを見極めたうえで土地の購入ができるなんていうラッキーにもつながる、そんな事例があった。

以前造った三角の家では、土地探しをしている途中に三角形の土地に出会い、その購入を決める段階からアドバイスをさせていただいた。一見どうしようもない、奥まった変形地の土地だったのだけれど、もしも三角形の家を造ったら、裏にある魅力的な緑道と私道のつながりを生み出すことができ、そうすることで土地の解放感を高めることができるのではないかという予感から購入を決めた。

結果以下のような魅力的な住宅ができ、僕の作品で初めて渡邊篤史の建物探訪に取材されるなどの成果も収めることができたのである。もちろんクライアントにもとても喜んでいただいている。

この土地も周辺相場よりも安い土地であった。駐車場を確保することはできない、三角形の地型、このようなデメリットがそのクライアントにとってデメリットでないという確信のもとに話を進めた好事例である。

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2016/01/22

朝10時、リビングデザインセンター・オゾンさんよりご紹介のAさん宅にて顔合わせ。築40年以上の古い住宅のリフォームを計画されているということでお呼ばれしたわけであるけれど、これだけ古い住宅だとなぜリフォームをご希望されているのかのヒアリングがとても大切になってくる。

オゾンさんからのヒアリングシートには、優先順位は何ですか?という欄に、1位耐震性、2位断熱・気密性という風なことが書かれており、というよりリフォームをしようと考える方はこういう項目を優先的にとらえるのはまず当たり前のことであるとは思うのだけれど、でもこれだけ古い建物をリフォームしても、それが最優先というほどの結果、つまりは現行の基準に合うまでの改善ができないことが多いから、それでもリフォームをしたいのだろうかという点については再確認をする必要があると思うのである。それでもリフォームをしたいと思う感覚というのは、合理性だけでは判断できない何らかの感情、つまり思い入れというか、土地に染みついた記憶というか、そういうものが潜んでいることがほとんどなのであって、そういう感覚を共有しない限り仕事はできないというのが僕の考えだ。

今日の打ち合わせは、現在の住まい・庭・一つ一つのものに対する深い愛着がとてもよく伝わってくるものであった。古いものが残されることはとても良いことだ。そしてそういう行為は、合理性とはちょっと違うとても個人的な感覚が伴わないとなかなか実現しないものである。この現場に訪れた時、まずはじめに庭が目に入った。一番奥まったところにあるのだけれど、ちょっと早めについてしまった僕たちをAさんが自然に庭のほうに引き入れてくれたからである。その庭は豪華ではないけれど丁寧に育てられていることが一目でわかるようなものであった。その時に感じた感覚と、打ち合わせが終わった時に感じた感覚がほぼ同じ、あとは工事が終わった時に感じる感覚を同じにすることができればきっと成功となるのであろう。

2016/01/21

朝礼終了後、ますいい展示についての打ち合わせ。今日は町田分室から田村君も参加して、RDRギャラリー担当の真理子を含め合計5名での会合となった。それぞれが進めてきた状況を皆で把握すること、そして広報計画についての話し合いをした。いよいよ年も変わり、本番まで5か月となった。僕がこの仕事を初めて15年、これまでを振り返り、これからの道を示すという今回の目的は節目としてとても良い機会であると思うし、それなりに緊張もする。最後まであがいてみたいと思う。

終了後、日曜日に打ち合わせ予定のS邸についてのスタディー。担当の柳沢君が提案したプランはとてもよくできている。今回はまだ1回目のプレゼンなので、まずはたたき台となるであろうが打ち合わせが楽しみなところだ。

基本設計というのは、その土地に求められる建築をどのように配置し、どんなプランにするか、つまりはその土地をどのように使うかという大きなところを考える段階である。だからこそ幾通りものパターンが生まれるし、そのどれもがよい面もあれば劣る面もある。どれがベストかという決断は、最終的にはクライアントが決めることだけれど、そこに至るまでには様々な設計者の話を聞いているので、クライアントも適正な判断基準を手に入れることができているわけだ。僕はこの一連の作業をとても大切にしている。それに一番楽しい部分であると思うのである。

そういえば過去に作った家のクライアントの話を聞いて本にまとめるために取材していた時に、かつてのクライアントである俳優の津田寛治さんと話をしていた時のことを思い出した。
・・・・・以下はその時にまとめた記事である。

「僕の家づくりには、設計を押し付けるような建築家は絶対に入れたくないと思っていました。そういう建築家って他人の住む住宅を自分の作品としてとらえているじゃないですか。でもそれは傲慢なことでしかないと思うんです。住宅は決して建築家の作品ではないと思います。住宅はあくまでそこで暮らす人のものなんですね。だからこそ、住む人の希望とか使いやすさとかをないがしろにして作品性を高めることに偏りすぎてしまうことは傲慢だと思います。建築家の人がもしクライアントの希望を聞いていて、でもやっぱり後々後悔するよって思っても、お客さんがそう望むのであれば思うようにやらせてあげればよいと思います。それで、どうしても嫌になったらやり直せばいいと思います。僕たちは、デザインを押し付ける建築家ではなく、工務店なんだけれどセンスのわかるところを探していたんですね。その考えにぴったり合う会社を見つけたのが、たまたま(ますいいリビングカンパニー)さんだったんですね。はじめての打ち合わせで、妻がこれまで依頼しようと考えていた他の設計事務所が書いた図面を見せて「これでお願いします」というようなことを言ってしまったときに、さすがに失礼だろって思ったのですが、増井さんが「わかりました」と言ったんですね。あの時の増井さんを見て、クライアントの要望を寛容に受け入れるところと、それでも自分を崩さないところを持っているなあと、つまりとても自然体だなと思いました。施主の思いを実現するという設計手法は、ともすると設計という行為に対してモチベーションが感じられなくなる場合もあると思います。でもそこをうまくバランスをとって、それを楽しんでくれるのがすごくよかったんです。」

津田寛治さんは僕の印象では、芸能人と呼ばれる人が持つであろうとイメージされる派手さとか、傲慢さとかとは無縁の人である。むしろ普通の人よりも自然体かもしれない。乗っている車は、ぼろぼろのワゴン車にニコちゃんマークのペイントを施しているような車だし、服装だってセンスの良い普通の大学生のようなもの。とにかく見栄を張るような行為とは無縁の人だ。僕は当時、津田さんのことを知らなかった。もともとあまり芸能界に詳しいほうではない。だから僕も自然体でいられたのだろう。知っていたらもっと緊張していたと思う。

素朴な人だからであろうか。この工事では素材そのものを表現することを求められた。塗装等で仕上げることは最小限にして、なるべく素材のままの表情を大切にしたいというのである。例えば外壁では、吹付下地として施工するモルタルのままで仕上げてほしいという要望があった。普通では割れてしまうモルタル下地をどうしたら割れないようにできるかの苦悩の末に、ファイバーネットを敷きこんだりモルタルそのものに繊維を混ぜ込んだりの工夫を施したりもした。工事をするときにも言ったけれど、これは僕にとっても実験的な試みだった。皸だらけになってしまうかもしれないとの不安を持ちながらの工事であった。今回、7年がたって現場に行ってみて、壁が割れていないことには正直驚いたが、何よりもそのモルタル仕上げの風合いが経年変化と共にさらに良い雰囲気になっていたことがうれしかった。そんな津田さんにとっての住宅とは、どのようなものだったのかを聞いてみた。

「俳優って特殊な仕事のように思われるけど、実は普通の仕事と変わらないんです。一部のスターは違うかもしれないけれど、僕たちのような役者は現場に行って、衣装に着替えて、せりふをしゃべって、お疲れ様でしたと、まるで大工さんみたいに働いています。日本中のいろんな現場に行って、その現場の仕事をします。だから僕が家を建てる時も俳優だからと言って特別なことを考えていたのではなく、普通のお父さんと同じように、ただただそこで育つ子供のことを考えていました。僕の中では子供たちがたくさん集まる児童館みたいな家にしたいと思っていたんです。決してファッショナブルなものではなく、どちらかというと暖かいもの。僕にとって家というものは、その場だけの完成作品ではありません。住んで、何十年もたって完成するものです。できた時はすごくきれいだけれど、20年たっていろいろなところが汚れてきたらみすぼらしくなるものではなく、時間がたって使い込んだ時に魅力があるようなものが良いと思います。この家ももう7年がたっていますが、先日も通りすがりの人が、この家を建てた人を紹介してほしいと言ってきましたがこういうのはうれしいですね。
僕は特にこの家のモルタル仕上げの外壁面が大好きです。吹付とかしていないただのモルタル仕上げですがこのラフな感じがすごく良いと思います。ラフさって要求することがすごく難しいと思います。映画のカメラワークでもそうなのですが、映画監督がカメラマンさんにわざと揺らしてくれと言うと、すごくわざとらしくなってしまうんです。でもカメラマンが一生懸命とっていて、でもちょっとカメラが揺れてしまった時はとてもかっこよく仕上がります。壁も一緒で、すごくきれいにして欲しくはないんだけれど、わざとムラムラをつけられるとわざとらしすぎて嫌なんですよね。増井さんは僕がそんなことを行った時に「ようは吹付の仕上げの下地程度にすればいいんでしょ」と言ってきましたね。結果とても好きは風合いに仕上がりました。
左官屋さんも大工さんも、左官の魅力とか木の魅力に取りつかれているんですね。そういう人を見ると本当に幸せだと思う。大好きな仕事をして夢中になっていられるのは見ていて気持ちが良いですね。実は昔は水道工事のアルバイトをしていたこともあるんです。小いさい現場だと、親方が途中でほかの現場に行ってしまって、庭の裏の土間コンクリート工事を任されたりするんです。そういう時にコンクリートの金鏝仕上げをやったりするのは病み付きになります。コンクリートとか土壁、粘土、あと鉄がさびた様子などは取りつかれると病みつきになるんです。そういうことに取りつかれて仕事にしている方は本当に幸せだなと思います。」

津田さんは家づくりの最中もとても熱心に自分の希望を担当者の田村に伝えて、まるで自分が設計者のように参加していた。
「映画を作ることと、家づくりはとても似ていると思います。僕は映画監督もしています。本業は俳優だから、異業種監督と呼ばれるんですが、この異業種監督の場合は本当に家づくりに似ていると思います。つまり映画監督は、家づくりの場面のお客さんみたいなものなんですね。専業の映画監督ではないから、撮影などに関する技術は何も知らないけれど、いろんな映画とか本を読んだりして、すごく知識はあります。そしてこんな映像を造りたいという強い思いはあるんです。家を建てている間は、自分の家というよりも一つの作品作りに参加している感じでした。この家の特徴は先ずは大きなウッドデッキ、そして斜線制限の関係で屋根がとんがっているところですね。基本的に家づくりは妻にお任せと思っていたんですが、あるとき「往々にして旦那は意見を言わないけれど、それがだめな家をつくてしまう原因である」と何かの本に書いてあったのを読んだんです。それで口出しをするようにしました。

思い出に残っているのは、外壁に丸い窓を配置したことと、玄関のトイレのところに同じ大きさの丸い窓を開けたことですね。担当者の田村君に丸い窓を開けてって言ったら、始めは小さい窓の絵が描かれてきました。そうじゃないと思ったので、大きな窓をつけってって言ったら、どーんとつけてくれた。これも映画監督と似ていると思う。映画監督がああしてこうしてと言って、現場のスタッフが一生懸命頑張ってくれて、思った通りの画が撮れた時と同じなんです。あとアトリエの本棚もそうでしたね。素材をただ切り取ってざっくりしたもの、きれいに仕上げないで欲しいって言ったら、厚い合板の積層小口を表しにして、切り出したそのままみたいで、それがすごくかっこよかったんです。僕は最近いつもそこで過ごしていますね。素人の僕がいろいろと意見を通したのだから、実際には多少の後悔はあります。でも本当に嫌ならあとから直せばいいんだし(笑)。僕は意見を言って、よくその後に「もし嫌になったら後から治りますよね」と、いつも言っていたんですよ。この窓あとから大きくできますかみたいに。そしたら田村さんが嫌な顔をするんですね。そういえば、階段の真ん中に段板を支える鉄骨の柱があって、俺は白だと思ったけれど、田村さんは絶対黒だと言いました。僕は正直全く黒くする意味が分からなかったので、せめてグレーにしませんかって言ったんです。結局妻と相談して黒にしたんですが、あれは黒が良かったと思っています。とてもいい感じになっているんですね。」

そういえば、津田さんの家の完成間近の時に、リビングの丸柱に棕櫚縄を巻いて存在を和らげようとしたことがあった。完成した姿を見て喜んでもらおうと思い、津田さんには黙って縄を巻いておいたのだけれど、引っ越しして数日でその縄はほどかれてしまっていたことを思い出した。どうやらその縄の表現は、引っ越しを手伝ってくれた若手の俳優にしか受けなかったそうで、しかも縄が好きな幾分変わった性癖を持っている方だったというから、仕方がない。縄を巻くときは縄を持って柱の周りを何十周も歩きながら締めていくのだけれど、その数日後に奥様と二人で柱の周りを何十周も歩きながらその縄をほどいていたというから、思い出すと思わず吹き出してしまう。通常は家づくりにおける映画監督とは僕たち設計者のことである。でも津田さんにとって、自分自身が監督をやっている感覚のほうが合っていたのだろう。最後にもう一度家づくりをするとしたらどんな家を造りたいか聞いてみた。

「基本的にあの家は気に入っているので、もう一度建てたいとは思わないですね。今の家はたまにはっと思う時があるんです。仕事が終わって帰ってきたとき、外から見て丸い窓があって、そこから明かりが漏れていて、そんな姿を見ていると温かいなと思います。僕は建築雑誌に載るような家は好きじゃないんです。かっこいいかもしれないけれど、住んでみたら大変だろって思う家は嫌いです。たまに人の家にお邪魔したりしたときに、デザイン的にはそんなに肩ひじ張って頑張っていないけれど、なんかいいなと思う家があるんですね。奥さんが家事をやりやすくなっていて、家族が自然に使えている感覚が滲み出しているような住宅が僕は好きで、今の僕の家もそういう風になっていると思います。だから、建て替えようと思うことはないですね。」

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2016/01/20

朝礼終了後しばしの打ち合わせ。

10時過ぎ、埼玉県三郷市にあるイケアに出かける。この店舗ができた時に何度か来たことがるだけでしばらく遠ざかっていたのだけれど、最近は足を運ぶことが多い。セルフビルドを前提とした販売の方法を採用しているので、時間に余裕のある方でないとちょっと敬遠されてしまうとは思うけれど、僕にとってはなかなか楽しめる場所だ。

基本的には低価格の製品のデザインを楽しむ感覚のお店である。無垢材やらを好む僕としては、それほど心を惹かれるものではないのだけれど、でもたまには気にいるデザインと出会うことがある。今日購入したのは60センチほどの高さのスタンド照明、高校生になる息子のためのベッドおよび付属品、ガラスのサラダボール、ポテトをつぶすマッシャー、キッチン用のマット3枚、クッション1つ、スタンドミラーであった。

商品を棚から探し出し、会計をすると、商品の配送スタンドがある。川口市への配送は20点150キログラムまで4000円ほど。一つだけを送るとしたらとても高い印象だけれど、ある程度まとまればそれなりに満足のサービスだ。16時ごろ、帰事務所。

2016/01/18

朝起きると、昨日から降り続いている雪がだいぶ積もっている。窓の外の景色は真っ白な雪模様、関東地方がこういう景色になることはそうそうあることではないけれど、何となく気持ちがわくわくするような状態になるのは大人になっても変わらないものである。

会社までは歩いて10分の道のり、雪が降っても何も困ることはない。遠くまで電車で通勤している人はダイヤの乱れで大変な思いをしなければいけないのであろうけれど、職と住が近い人はこういう時にとても楽である。今年はスタッドレスタイヤに変えていないので、会社までの道を歩いていると、今日だけは車がほとんど走っていないようで、道を歩行者が独占している。普段は端っこを歩かなければいけない歩行者が、こんなに堂々と道の真ん中を歩けるのもまた雪の日の楽しみである。

今日はスタッフも現場に行くのをあきらめているので、朝礼終了後は次から次へと打ち合わせが続いた。こういう風にみんなが事務所にいる月曜日は珍しいのだけれど、どこにも行くことができないとあきらめている状態だと自然と思考が進むようである。雪国の人がなんとなく思慮深く感じたりするのは、こういうことに関係しているのかもしれないな等と感じる。

夜、手塚治虫のマンガ火の鳥の映画鑑賞。脚本を谷川俊太郎、監督を市川崑が務めた実写とアニメーションの混合された映画である。1978年、僕がまだたったの4歳の時に作られた映画だけれど、壮大なスケールを何とかして観客に伝えたいという作り手の苦労を感じながらも楽しむことができるものであった。作品は漫画を読んだとおりである。火の鳥を追い求め、さまざまな人が絡み合い、殺し合い、新たな命が生まれる。平和を願いつつも、変わらぬ人の世の愚かさを描き、そんな中でも変わらぬ生命の誕生の神秘と希望を描く、まさに手塚治虫らしい映画であった。

2016/01/16

午前中は、埼玉県伊奈町にて新築住宅を検討中のWさんご夫妻打ち合わせ。Wさんは10年ほど前に作った伊奈の家のクライアントのお兄さんである。この住宅は、扶桑社さんの住まいの設計や渡邊篤史の建物探訪など多くの取材を受けた作品で、僕にとってはとても思い出に残る仕事であった。こういう仕事をした後に、その関係の方から再びお仕事を依頼されるというようなことはとても光栄なことで、まさに建築家冥利に尽きるという心持である。僕たちの仕事は一人の人から何回も依頼をされるような類のものではないから、いつも新しい出会いの中で成立していくものなのだけれど、でもたまにはこういう紹介による出会いがあって、そういう時にはふと昔を懐かしんだりもしてしまうのである。

Wさんと出会ったころ、つまり2005年の日記を読んでいたら下のような記事があった。
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入院中、入院後を含めて最近セルフビルドや自分で設計したい人からの問い合わせが相次いでいる。これまでもたまにそういう人からの問い合わせがあることはあったのだが、これほどまでに続けざまに来ることはなかった。YAHOOなどでセルフビルドを検索するとますいいは上位に検索される。しかしそれだけが原因ではなさそうだ。そういうことに興味を持つ人自体が確実に増えてきている。これはテレビや雑誌、ネットなどのメディアによる効果とホームセンターなどの流通形態の変化による効果だと思う。情報はあふれかえっている。特に設備関係の建材などはわれわれよりもクライアントのほうが情報をたくさん持っていることも珍しくないし、ネットオークションなどを通じて業者価格よりもさらに安い値段で購入できることもあるようだ。このような状況が進んでいくことは予想できていたことではあるし、私としては非常に好ましい。しかし、建築にはどうしてもはずすことのできない専門的知識もある。これをはずすと大変なことになってしまう。セルフビルドと一口に言っても何をどこら辺までできるのか、何を誰に聞けばよいのかこれを知っている人は少ないはずだ。そこで、わたしは自分のページでこれらの情報を少しずつ開示していきたいと思う。最終的にはセルフビルドハンドブックのようなものになるようにしたいと考えている。
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今ますいいでは、5月に企画している「ますいい建築圏」の展示の中で「ホームレシピ」なるクックパッドの建築版ウェブサイトのオープンを計画している。本格的な運用はもう少し後になりそうだけれど、このサイトではまさに2005年の日記にあるようなセルフビルドの情報交換をできる場を構築する予定だ。10年前に考えたことがようやく形になる、しかもますいいの社員である田村君や堤君の発案で実現するということにとても感慨深いものを感じるのである。

こんな風に昔の記事を読んでいると、まりで自分ではない第三者の人生を読んでいるかのような感覚になることもある。考え方が若いなと感心することもある。幼稚だなと感じることもある。2002年から初めて14年間つづけてきた習慣なのだけれど、これだけ続けているともう死ぬまでやめられないなという気もしてくる。そして未来の自分がどんなことを書いているのかを楽しみに感じる気もするのである。

昼過ぎ、裏千家初釜式に参加。この回は裏千家さんが毎年新年に開催するもので、今日の一番初めの席には阿部首相も参加されていたようである。僕たちは13時からの席にお招きいただき、各国の大使の方々と一緒に一服をいただくことができた。下の写真は千宗室お家元との写真である。このような流派のトップに立つ苦労は計り知れないが、そういうことを全く感じさせない、誠に大きな人物であることを感じるひと時であった。

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2016/01/15

朝礼終了後プロジェクト打ち合わせ。ますいいの川口事務所のすぐ隣にある青木町ハイツの改修計画について。この計画では、数百世帯もある大型のハイツの一部屋を改修する計画を作るにあたって、一戸のリフォームの図面を描くだけではなく、一般化した改修計画のパターンを示すことによって、クライアント自身が理想の改修計画を思い描くことができるようになればよいという理想を描きながら進めている。具体的に言うと、同じくらいの大きさの部屋をリフォームした事例を探し出し、それらの事例の中に隠されている共通した手法を分類し、示すという作業を行ったわけである。

示した事例は6種類ほどだ。今回はその事例の中からクライアント自身がそのイメージを自分の住戸の中に落とし込み、下の様なパースを描いてくれた。まさかパースまで描いてくれるとは考えていなかったのだけれど、これこそまさに「自分の家は自分で作る」というますいいが普段から提唱している行為のお手本のような結果となったわけである。

今回はこのクライアントのパースを基に設計を進めてみようと思う。もちろんそのまま利用できる部分ばかりではないけれど、初めに示した分類の中に込められた理想を現実の空間に落とし込んだクライアントの行為は、まさに普段僕たちが建築家として行っている設計行為と同じものであるわけだから、これを収まるように調整してあげるだけで魅力的な空間の創造につながるであろうと考えている。

この計画が進んだ後には僕はこの一連の行為をハイツの人々に公表したいと思っている。そしてみんなが同じように自分たちが住むハイツの可能性を描くことができるようになることが、結果的にはハイツ自体の未来にもつながるのではないかと思うのである。古い公団住宅という今の社会が一様に抱える問題ではあるけれど、まだまだ内在する魅力を引き出す手段はあるように思えるのである。

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2016/01/14

午前中、各プロジェクト打ち合わせ。

夕方より早稲田大学創造理工学部建築学科 渡邊大志研究室にて5月に行われるますいい展示についてのミーティング。参加者はいつものように二人のドイツ人と大学院2年生の藤森君、こちら側からは田村君が参加した。

今日のミーティングでは、早稲田大学側から「チェスボードアーキテクチャー」なる提案をこの企画展に向けて考案していただくことが決まった。ますいいリビングカンパニーが田村君と堤君を中心に考案した「ホームレシピ」なる住宅版のクックパットとともに、この企画展時の未来に向けた強いメッセージとなる予定である。

2時間ほどの会議ののち、渡邊先生が最近設計されたヤキトン屋「BOO BASE WASEDA」にて会食。とてもおいしい串焼きを食べながらジャパニーズ サケを飲み過ぎること約3時間。途中で通りがかりの大学生も加わり大変楽しい時間を過ごさせていただいた。2件目でワインを飲むころにはおそらく同じ話を繰り返す、レコーダー状態になっていたであろう・・・。ただただ、反省である。

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2016/01/13

午前中、各プロジェクト打ち合わせ。

午後より、埼玉県寄居町にて設計中のMさんの家のプレゼンテーション。今回は平屋案となった後、初めての1/50模型作成である。平屋ののびやかなボリュームの中に、LDK・広間の茶室・子供室・寝室をL字型に配置し、中央部分に庭を配置している。もともと農地として利用されていた広々とした敷地を生かすとともに、高さ方向のボリュームは屋根を勾配の緩やかな寄せ棟屋根とすることで最小限に抑えるよう工夫した。L字型のボリュームは用途に合わせて天井の高さを変えることで、高さの違う二つのボリュームが組み合わせるようにデザインされている。広間の茶室の周りには土間がL字型に配置されていて、土間の奥には蹲が置かれるスペースもある。設計していると本当にうらやましくなるような建築なのである。

今後はいよいよ実施設計に移行する。6月ごろからの工事がとても楽しみである。

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2016/01/10

日曜日の今日は、僕が茶道を習っている松田社中の2016年の初釜にお呼ばれ。僕の先生はとても気さくな方で、こういう茶道のような世界にありがちなこと、つまり高価な道具を無理やり購入させられたり、許状の申請にやたらをお金を払わなければいけなかったり、と言うことはまるでない。むしろなるべくリーズナブルに日本文化の総合芸術である茶道に触れる機会を作ってあげようという意思で運営しているように感じるとても過ごしやすい社中である。僕がお点前さんを担当して2回ほどの立礼席を回し、その後先生による濃茶をいただいて、みんなでお弁当を食べて終了した。

こういう年中行事は毎年変わらないで同じようなことをやるわけだけれど、この同じようなことをやるということにとても意味があるように思う。そもそも人の生活などというものは数百年前の昔からそれほど変わっていない。2回ないし3回の食事をして、寝て、その間に人に役に立つことをする、つまり仕事をして、その繰り返しがなるべく平穏に続くことをみんなが願っているわけである。一見つまらない、意味のないことに感じるかもしれないけれど、でもまた今年も同じことができたということに感謝をしないでいったい何に感謝をすればよいのかという気もする。そもそも僕が造っている住宅などは、毎日の変わらぬ生活を包み込む箱を設える仕事であるのだし、こういうことが平穏に行われる世の中でなければ誰も自分の家を作ろうなどということをやる余裕などないわけである。

そういえば昨日筑波大学の石塚修先生よりお便りをいただいた。

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増井さま
いつも楽しくブログを拝見しています。

あちこちの建築物で茶室と称する部屋を見るたびに、

炉や水屋の位置で唖然とすることがままあります。
それというのも、建築家と称する方たちが、

茶の湯の実もなく設計して施工しているからにほかなりません。
酒を飲まない陶芸家の酒器ほど味わいのないものはないのと同じかも知れません。

本年もご本業はもとより、茶の湯にもますますお励みください。

尊家の弥栄をお祈りいたします。

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とのことである。果たして僕は石塚先生が期待するような知識を得ることができているかと言えば、まだまだ怪しいものである。でも「できることからコツコツと」、経験と知識の習得に努めていきたいと思う。

2016/01/08

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

中庭についての考察をしている中で、以前造った越谷の家の中庭について考えてみた。この住宅は比較的広い50坪ほどの敷地に建っていて、コの字型に住宅を配置し、南側に面した広い中庭を作った。この中庭は幅を4550mmとし、東側のボリュームは1層とすることで、光と風が十分に入る空間となるように工夫している。中庭の周りにはリビングや和室を配置している。

庭に面して大きな全開口サッシをあけることで、庭とリビングを段差のない一体の部屋として使うことができるようにしている。中庭にはウッドデッキを敷きこみ、一部に穴をあけて樹木を植えている。夏の暑い日差しをターフで遮り、テーブルといすを出してティーパーティーを開くこともできるようにした。このような開放的な庭を作ることが出来るのは、ひとえに敷地の広さによる。50坪程度の宅地こと神で購入することはとても難しく、この広さは埼玉県ならではのものといえる。

最近は郊外に住宅を作る人が増えたように思える。都心への一極集中が分散する方向に転じたと意識するようになったのは震災後の事であった。郊外に家を作るようになれば自然と土地は広くなる。故に中庭のプランも増える方向にある。プライバシーが保たれ、半分内部として利用できる中庭はとても魅力的だ。今後も様々な形に挑戦していきたいと思っている。

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2016/01/07

一年が始まり、仕事もようやく軌道に乗ってきた。午前中は、ますいい展示にて展示予定の茶室空間のスタディー。茶室といってもいわゆる伝統に基づく茶室空間を作ろうというのではなく、現代における建築的な操作を施した新しい茶室空間の提案ということで、自由な発想でのデザインを進めてきた。結果、細い木組みがまるでジャングルジムのごとく組み合わさったものの中に2畳の最小限の茶室空間を配置するというデザインにすることにした。細い木組みに使われる素材は杉か松を使用する予定である。この素材は地元の埼玉県のものにしようと考えている。細い材料ということはいわゆる間伐材などの材料から採ることができる、安価でどこにでもあるものとなる。そういうものを組み合わせることで、魅力的な空間を作ることができれば、結果的には普段僕たちが造っているような新築の建築にも応用することのでいるような操作になるであろう。和紙や布等の素材も考えたが、今回は建築屋さんらしい木を使うことにした。まずは一部分だけを抜き出したモックアップを作成してみる予定である。完成を楽しみにして欲しいと思う。

夕方より川口商工会議所の賀詞交歓会に参加。数百名が一堂に集まる川口市の代表的な賀詞交歓会である。ここに行けば何らかの形でお付き合いのある地域の方々とたいていは顔を合わせることができるということで毎年参加している。終了後知人との会食、11時ごろ帰宅。

2016/01/05

今日から仕事始め。年末年始の休暇を自由に過ごしてきたせいか、スタッフの顔も一様に晴々している。普段忙しく過ごしているので、里帰りをしたり、旅行をしたりのできるこのような機会は、それぞれにとってとても大切なものだと思う。仕事だけの人生ではなかなか自分自身を高めることはできないもので、仕事と良い意味での遊びのバランスが大切なのであろう。

仕事始めの今日はいろいろな業者さんがあいさつに来る。普段は作業着を着ている人がスーツを着て来たりもするから面白い。

僕は昼過ぎよりしばしの間、浦和のロイヤルパインズホテルにて裏千家の新年会に参加。夕方には帰事務所。

夜、事務所にて村上春樹「使い道のない風景」再読。村上春樹の移住や風景についてのエッセイである。村上さんは旅行は好きではないといっていた。本質的には落ち着いた場所で好きな音楽や本に囲まれて過ごすことが好きで、数回の移住はしているものの、別に旅行をしているわけではないということであった。

こういう本を読んでいると、僕自身もどこか違う場所に行って暮らしてみたいななどと思ってしまう。移住をするにはきっと貸家がよいだろう。今住んでいる家は処分しないほうがよい。結局戻ってくるであろう自分にとっての拠点はなくさないほうがよいと思うからである。あとの問題は子供たちだ。転校?これは現実的ではない。となると・・・やっぱり難しいわけである。なかなか実現できることでもないからこそ、本を読んでいる間とても幸せな空想のひと時を過ごすことになるわけだ
けれど、その時間もまたとても心地よい時間となるのだ。

そういう僕もこれまでの人生で何度かの移住を経験した。それは戸田建設に勤務していた時のことで大阪の寝屋川市や滋賀の野洲市に住むことができた。大阪ではいまだに付き合いのある友人と出会い、滋賀県では今の妻と会った。どちらも長くいたわけではないけれど、とても良い記憶になっている。そしてその移住の中ではいろいろな風景とも出会ってきた。たとえばいつも通勤の時にお気に入りだった野山の風景。たとえば行きつけのお好み屋さんの様子。たとえば勤務していた現場事務所の周りの街並み、大好きだったカフェの窓から見える田畑。短い時間の旅行をしただけの場所ではこのような風景を思い出すことは難しく、やっぱりある一定期間住んだからこその記憶であり、自分のリズムや感覚と偶然マッチしたまさに使い道のない風景たちが、おそらく一生消えることのないとても鮮明な記憶となっているのだと思う。そしてそうした風景が、実は小説を生み出す原動力になっているという言葉にもとても共感できるのである。この空想はもう少し考え続けて見ようと思う。

2016/01/04

今年のお正月は久しぶりに家で過ごした。例年は妻の実家の滋賀県にいることが恒例となっているのだけれど、義理の妹の出産にまつわる里帰りなどの事情で今年は変えるのを控えたのである。何日間も家で過ごしているなんていうことは本当に珍しいことで、もしかしたら家族を持ってから初めてのことかもしれないから、まあなんとなく初めはどうしてよいやらわからないような感覚だったわけだけれど、何日かするといろいろと目についてくるものであちらこちらの掃除をしてみたり、読み忘れていた本を手に取ってみたりと、なかなか有意義な日々を過ごすことができた。

今日は今年の初畑である。昨年の年末に間に合わなかったジャガイモの収穫を娘たちと一緒に終わらせた。写真のじゃがいもが60キロほど。昨年採れた分を入れて今回の収穫では150キロほどの量が採れたことになる。ちなみに購入した種芋の価格は8000円ほどだ。肥料などの費用は5000円ほど。無農薬のじゃがいもは10キロで3000円ほどで販売されているので、13000円が45000円になったといえば聞こえはよいけれど、そこには結構な手間がかかっているから、まあこれは趣味以外の何物でもないわけである。新じゃがの一番おいしい食べ方は、ふかしイモだ。ちょっとバターをつけて塩をかけて食べるととてもうまい。とても素朴な料理だけれど、そんなものがおいしく感じる。これも自分で採った人だけが味わうことができる感覚かもしれない。

明日からはいよいよ新年の仕事始め。今年も忙しい一年になりそうだから体を壊さないように過ごしていきたいと思う。

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