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増井真也日記

2015年9月アーカイブ

2015/09/29

朝礼終了後、住宅のコストについてのミーティング。住宅の供給コストを抑える工夫は、僕たちのような仕事をしているものにとっては常に付きまとうとても大切な課題である。モノの値段を落とそうと思うと、通常は合理化の方向に考えが向くわけだけれど、同じものを大量に作るハウスメーカーや建売のごとき建築を否定的に見る僕たちにとっては、商品化住宅の持つ合理性を受け入れることはできないので、あくまでオリジナルの建築を作りながらできること、というとても無理のあるコストダウンを狙うことになる。

最近よく使用する床材の中に唐松がある。以前の日記でも紹介したのだけれど、この唐松は坪当たり9000円程度で買うことができる。加工しているのは群馬県にある製材屋さんで、職人さんが4人くらいで一枚一枚丁寧に作っている。抜け節があればヒノキの木栓をして、最終的なフロアリングになるわけだけれど、丁寧につくられているから無垢材にしてはほとんどあばれない使いやすい材料となっている。この場合、地元の材木屋さんが材木市場を通して仕入れた材料を購入することに比べると、製材所からの直接仕入れということで、2社の中間マージンを省くことができている。故に通常の販売価格と比較すると、3割くらいは安く仕入れることができるわけだ。こういう合理化はとても良い。特に誰も傷つかないし、きっと製材所の収益も市場に卸すよりは向上しているはずである。

良い材料の直接的な購買ルートを開拓する動きは今後も続けていこうと考えている。そのためにはより原理主義的な素材の探究が必要であろう。例えば漆喰について、こんな話がある。建築用の材料屋さんで漆喰を買うより農業用の資材屋さんで買うほうが断然安いのである。この建築用漆喰と農業用漆喰の価格の差は(もちろん畑にばらまいてしまうための農業用漆喰のほうが断然安いわけであるが・・・)仕上がりの差にどのように影響するのかの実験なども必要となってくるであろう。もしなんの差も無いのであれば安いほうがよいに決まっているのである。

2015/09/28

京都二日目。昨日より京都にて建築を見たりの研修に来ている。今回は縁あって初めて大徳寺の中にある金毛閣なる門に上ることができた。通常は拝観することはできない施設である。この門は、利休が自らの木造を安置したことで有名な建築だ。とても急な階段を上っていくと、門とはいえその上は講堂のような広い空間となっている。門の中には数々の仏像が安置されていて、天井中央に長谷川等伯の龍の絵が描かれており、柱には仁王像、龍の周りの天井には天女が舞うなど、相当にきらびやかなものであったことを連想させるものであった。利休はこの門の上に自らの木造を作ったことをとがめられて、そのご切腹までさせられるきっかけとなったということであるが、その辺の顛末についてはあまり詳しくないので書くのは控えよう。

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2015/09/26

午前中は各プロジェクト打ち合わせ。

夕方より早稲田大学創造理工学部建築学科、渡辺研究室訪問をする。来年の5月に控えているますいい展示に向けて、渡辺研究室のご協力をお願いしに来たわけであるが、あらかじめお電話でお話した内容に基づいて渡辺先生のほうでもなんとなくのご準備を進めていただいていた。研究室には、インドネシア出身のベルギー人留学生とドイツ人留学生が二人、日本人のM2の学生一人と、渡辺先生、そして僕と和順という総勢6名がいた。なんとなくゼミのような雰囲気の中でスタートした今回のテーマは地図。外人さんたちは英語で話し、僕と和順は日本語で話し、渡辺先生は両方話して通訳をするというとてもめんどくさい会話になったが、英語を話せない僕らが悪いのだから仕方がない。島国日本を一歩出てしまえば、日本語など通じないのである。

さてさて、地図についてにレクチャーは約1000年にわたり書かれてきた様々な内容の地図についてのものであった。地図というのはただ単に地形を表すためだけのものではなく、昔は宗教的な理念を表すことにも使われていたらしい。そうしたマップを見ながら、ますいいの今後の10年を表現するマップを作れないかと・・・そうした結末の話であった。10年のマップ、新たな分野に出る気はないけれど、より良い家づくりのためのマップを描くことにはとても興味のある話である。どんなマップが描けるか、いろいろと考えを進めていきたいと思う。

2015/09/23

朝礼終了後各プロイジェクト打ち合わせ。

終了後、スタッフに対して建築におけるモノの値段についてのレクチャーを行う。ものの値段は工夫次第でとても安くできる場合がある。何をどう工夫すればよいかのアイデアを共有することは、ローコスト建築を作るうえでとても大切であるのだ。今日は階段について。

よく雑誌で目にするオープン階段、こうしたものも作り方次第で結構値段が変わる。階段の値段は、構造を支えるササラの作り方と、段板の値段で決まる。通常はその構造を軽やかに表現するために構造や手すりにはスチールを利用する場合が多いのだが、鉄骨屋さんに物作りを依頼するとどうしても高くなってしまうので注意が必要だ。

どうしてもオープン階段を造りたい、でもコストがないというときには、アングル部材を利用することをお勧めする。壁が両側についている場合にはアングルだけで段板を固定できるし、もしも片側だけが壁になっていて反対側は何もない場合には、片側の分だけスチール製のササラ板を製作すれば良い。もしくは何もないところに段板を支え、さらには落下防止としても使用できるルーバー壁を設けるなどの工夫をしてもよいであろう。これならば壁側に本当の手すりを設ければよく、落下防止はルーバーで済ませることが出来るので、さらに何かを造る必要はなくなるわけである。

ちなみに何の変哲もない既製品の突板の階段セット(大工さんが現場で組み立てるだけの状態に加工されている製品)の値段は約15万円ほどである。それでも結構な値段がするのである。だからこそ工夫次第でさらに良い階段を手に入れたいと思うのだ。

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10時すぎ、埼玉県寄居町にて計画中のMさんの家打ち合わせ。今日は第2回目の打ち合わせである。前回の打ち合わせに続く変更案と、新しい提案の二つをご説明させていただいた。

14時、埼玉県富士見市にて計画中のTさんの家打ち合わせ。ガレージ付の擁壁から通常の擁壁へと計画を変更するということで少々仕切り直しとなるも、これまでの蓄積された打ち合わせがあるのですぐに追いつくことができるであろう。

夜、ラグビーワールドカップのスコットランド対日本代表の試合観戦。先日の南アフリカ戦での快挙が印象に残っているので、なんとなく今回も勝てるのではないかと期待しつつ観戦していたけれど、結果は惨敗。でも前半最後の五郎丸のタックルは一生忘れない素晴らしいプレーだったと思う。

2015/09/22

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後、鎌倉建長寺にてOさんご相談。お寺の周辺のバラックになっている建物を整備して利用する等の計画について。それにしても鎌倉はすごい人である。一本道の小さな町に、あれだけの観光客が集まってしまうのだから仕方がないのであるが、どう考えてもキャパシティーを超えた人を迎えているとしか思えない状況である。京都にしてもそうであるが、お寺を中心にした日本文化の発信地は、その存続を観光収入に頼るしかないような状況に陥っている。長らく頼ってきた葬式仏教による資金集め制度も、集団墓地やらセレモニーホールやらの台頭により終わりつつあるし、そもそも日本人の宗教観がよくわからない状況になってしまっているのであるから、いかにお寺とはいえお布施だけで存続できる状況にならないのは当然なのだ。そのお寺にいる住職さんたちもあたかも世襲制のような現状に甘んじていて、到底お布施をしたくなるような人物ではない場合が多いのもまた悪い条件だ。

観光頼りの状況は、たとえば日本神道の中心である伊勢神宮の鳥居の前を見ても、そこはまるでテーマパークのごとき状態であり、その集金をする赤福が集金の一部を寄付するのであろう構図があからさまに見て取れる。つまりは商業主義者に乗っ取られた宗教施設なのである。僕はお寺の前で売られるお土産やら、抹茶やら、軽食やらの充実をいかに図るかの競争を繰り広げている状況は、逆にお寺の均質化、つまりはお寺の思想の源としての特色を減じ、逆にテーマパークとしての要素を高めてしまう状況を加速させると思う。寺が現代に必要とされている思想を伝える場であるならば、その思想を伝えられる人がそこに存在できる制度をしっかりと整備することのほうがいかほど大事かと思うのである。誤解をされることを覚悟で例えるなら宮崎駿という思想家が住職を務める寺があれば、そこにはきっと多くの檀家が集まるであろう。少なくとも僕はそう思う。親鸞も法然も、そうして自らの思想を説いたのであり、寺に固執して不動産を取得し続けることを目的に宗教活動をしていたわけではない。その目的はただただ民衆が幸福に生きるための考え方を伝えることである。

伝統を維持することは大切なことであると思う。しかし、形式的伝統だけを残し存在の持つ本質的伝統を取り去ってしまっては意味がない。宗教の存在意義は、その時代に生きる人を幸福にするためのものでなければならず、過去を忠実に伝えるだけであれば、それは思想ではなく歴史である。歴史伝承施設となりつつある多くの寺や観光都市に、現代の思想を作り出す場所としての機能を付加することができればより良い場所が出来上がる、そう思うのである。

終了後、一緒にきた子供たちを八景島シーパラダイスに連れて行く。水族館、イルカショー、そして夜の花火をまじかで見て、10時ごろ帰宅。それにしてもクラゲは美しい。クラゲの体の中の文様は、さまざまな歴史的文様に使用されているように思えるが、きっと多くのデザイナーがこれをモチーフにしたのであろう。

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2015/09/21

連休なか日。ますいいはいつも通りの仕事である。というよりも来週に控えているバルセロナ研修に行くためにやらなければいけないことが山ほどある。スタッフの半数が1週間も会社をあけるということだから、何とか調整をしていかなければならない。

かねてより設計中の住宅で設計の変更の申し出があった。擁壁工事とともに行う予定であった駐車場工事を中止しようかとの事である。これにより、工事費用は約400万円ほど安くなる。その代わりに駐車場は近隣で借りることとなるわけだけれど、敷地周辺の賃料を考えると400万円もの駐車場賃料を支払うことは考えられない。ということは出費は確実に抑えられる方向に向かうわけだ。

こういう設計変更は仕事をしているうえでよくある事である。もちろんこれまでの作業の一部分が無駄になってしまうので、大歓迎というわけではないけれど、それでも作ってしまってからでは変更することはできないわけで、図面を書いている最中に言ってもらえれば多少の手戻りをしても対応したいと思う。これから先住宅を使い続ける時間の長さを考えれば、僕たちの数週間の作業の手戻りなどは大したことはないのである。

家づくりをしているといろいろなことを決めていかなければならない。その中には合理性だけで決めることができない問題や、どちらを選んでも正解と思えるような問題もある。僕自身だって、すべての事柄に明確な答えをずばり出せているわけではないし、そもそもそんなことをする必要などないと思っている。だって考える方向によって物事の裏側と表側のどちらも見えるわけだし、どちらが正しいかは最終的にクライアントが判断することなのである。

連休中とあって、なんとなく世間は静かである。僕も仕事を早めに切り上げて、久しぶりに夕食の支度などをしてみた。今日は今年初めての鍋である。畑で採れる野菜をたっぷりと使った鍋はなかなかのものであった。

2015/09/20

シルバーウイーク二日目。連休とはいえますいいは普段通りの日曜日、明日からは普通に仕事である。今日は朝から、サントリー美術館「藤田美術館の至宝」を見に行った。明治時代の実業家、藤田傳三郎が収集した美術品の展示なのだが、曜変天目茶碗をはじめとする茶道具の展示が見事で、たくさんの人をかき分けながらの鑑賞のひと時となった。

美術館は、東京ミッドタウンの中にある。この場所は、江戸時代 萩藩 毛利家下屋敷で、明治時代に陸軍駐屯地となり、終戦後には米軍将校の宿舎、日本に返還された後は防衛庁の檜町庁舎として利用されていたのだけれど、2000年に防衛庁の移転に伴い民間に払い下げられた。現在ではリッツカールトンホテルを中心に、住宅、店舗など多数の施設が運営されている。できた当初は、なんとなく先進的な異質感があったのだけれど、すでに何年かたってしまうといわゆる六本木の街並みに当たり前のように溶け込んでいる。都市は生きている。時間とともにそこにしかなかった先進性も廻りとなじんでしまう。そして見えなくなる。世界中の都市が均質化していことと同じことなのである。

通りがかった1階のストラスブルゴのショップにて、ラルディーニのジャケットを購入。大柄なチェック柄のウールのジャケットである。そういえば、同じような雰囲気のジャケットを成人式のお祝いに祖母からプレゼントされたことを思い出した。確か銀座で買ったような気がするのだけれど、とても気に入っていてだいぶ着古してしまったので、数年前に処分した。久しぶりのチェック柄、久しぶりに気に入ったデザインに出会えたような気がする。

終了後、六本木を後にし、東京タワーまで歩く。途中ノアビルを見ると、レンガ造りの壁の中に「N」の顔を持つ彫像がはめ込まれていることに気が付く。建築家、白井晟一の名作であるが、この顔には初めて気が付いた。東京タワーのほうは絶好の観光スポットということで展望台に上るためのチケットを購入するだけのために長蛇の列ができている。当然ここに並ぶはずもなく、近くの古風な喫茶店に入って、娘たちにストロベリージュースをふるまった。僕たち夫婦はホットコーヒー。とてもレトロな、とても雰囲気の良い喫茶店であった。そのまま浜松町まで歩いて帰宅。普段あんまり行く用事のないエリアだけに、散歩をしているだけでもそれなりに楽しむことができた。

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2015/09/19

シルバーウィーク初日。このような連休はみんな旅行に行ってしまうので、打ち合わせの仕事が入ることはまれである。今日は土曜日だというのに、何の予定も入っていないとても珍しい日となった。午前中は、埼玉県の寄居町で設計中のMさんの家のリビング部分スケッチを行うことにした。たっぷりと時間が取れるので、考えていた階段と薪ストーブ、そして子供のためのプレイスペースが一体となっている部分についてのパースを描く。郊外の住宅地という場所柄土地の広さは十分に広い。そこにどのような住宅を作るかのスタディーは、ある意味今の僕にとっての理想の住宅を考えるに等しい作業となる。故にスケッチをしていると本当にうらやましくなるような空間が生み出されてくる。とても楽しい時間となった。

たまたま不動産の情報サイトを見ていると、都心のマンションが数億円の高値で売り出されている様子を目にした。しかし、内装などを目にするととても残念な気持ちになるものばかりである。確かに立地条件は繁華街や官庁街にほど近い、とても便利な、そしてステイタスを感じることができるものなのであろうが、建築に限ってみるととてもその立地条件の持つ格式の高さに比例しているとは思えないような貧相なものばかりなのである。どうせ高いのだから、もう少し頑張ってみてもよいのではないかと思うのだけれど、それはしない。ということは顧客の側にそのようなものを求める志向がないのかもしれない。

これについては確かにそう感じる節がある。これまで何度も立派な会社の経営者の自宅を訪問したことがあるのだけれど、多くの日本の富裕層の自宅は驚くほど画一的である。本来様々な価値観を有することができる多様な社会であるはずなのに、新しい家は先のマンションと変わらぬ既製品の張りぼてで、古い家は数寄屋風の大工建築と相場が決まっている。いつの時代からこんな風になったのかは知らないけれど、元来日本の文化には住宅のデザインをそこまで意識する流れがなかったのかもしれないと感じるほどにこの事実は当てはまるのである。もちろん全てがそうだとは言わない。建築家が設計した素晴らしい邸宅があることは当然知っているし、そういうものを求めて旅をしたこともある。あくまで一般的な話をしているのである。こういう風潮は、もしかしたら絵画や彫刻などの美術品を自宅に飾る人が少ないこととも共通しているかもしれない。殺風景、この言葉が最もあてはまるような気がするのである。

住宅とは、人が暮らすための拠点であり、そこには無理のない豊かさが求められていると思う。僕たちの職能はそういう豊かさを提示してあげることができるものであり、それを作り上げてあげることができるものである。当然その過程ではクライアント自身の選択が必要となる。でも的確な選択をさせてあげる材料を的確に提示してあげることがあっての選択なのだから、やはり僕たち自身の持つ価値観はとても大切な要素となるのである。

2015/09/17

午前中、埼玉県川口市にて新築住宅を検討中のTさん打ち合わせ。これから土地の取得をして、そこに住宅を建てようという段階でのご相談である。家づくりの流れなどについてのご説明をさせていただいた。

午後、友人が着物を購入するというのでお付き合い。はじめては誰にでもあるものだけれど、特に着物を初めて購入するとなるとどうしてよいかさっぱりわからないというのが正直なところだと思う。男性用の場合は、襦袢と着物、そして袴を作るわけだけれど、諸々のアドバイスをさせていただいた。僕が着物を初めて買ったのは5年前だった。小学生のころ剣道をやっていたので、似たような衣装は着たことがあったけれど、まあきものとは全く違うし、大人になってからだってそんなものを着ようと思ったこともなかった。そういえば、大学生の時に初めてスーツを作る時も同じような感覚だったことを思い出す。お店の店員さんの言うがままにシングルの3つボタンの紺のスーツを作ったのを覚えているけれど、自分自身では何が何だかわからなかった。日本人なのだから着物くらいは着れたほうがよい、そう言えるようになっただけでも多少は進歩したのかもしれない。

夕方、スタッフミーティング。来年のますいい展示に向けて3畳の小屋を作るグループと、半農生活の班に分かれスタディー。続いて早稲田大学創造理工学部建築学科の渡辺先生とお電話でお話。同じ件についてであるが、思わず30分ほどの長電話をしてしまった。来週来訪する旨をお約束して電話を切る。渡辺先生より、ますいい建築圏という言葉をいただくが、なかなか良いキーワードのような気がする。これからの10年間の活動に向けての思考を巡らすには、その範囲を示すイメージとなるであろう。

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夜、安保法案のニュースが駆け巡っている。この法案については、本音は反対でも現実を見れば仕方がない、というのが一般的な見解であろうが、この仕方がないという思いの積み重ねが、歴史の中で何度も戦火につながってしまったというのもまた否定のしようがない事実であり、ということは歴史の中の戦火もその時代においては仕方のないことだったのかもしれないわけである。議論が不足しているとはいうものの、どれだけ議論をすればよいかもわからない。そもそも、何年も前からこの議論は粛々と進められてきているような気もする。いざ進み始めたものの歩みを止めることは困難である。果たしてどうなることやら・・・。

2015/09/13

日曜日。昼間は雑多な用事を済ませる。

夜、アイルランドに点在するかわいらしい小屋について考える。なぜいまだに紀元前の小さな小屋が残っているのかはわからないけれど、なんとなく懐かしさを感じさせる魅力的な小屋をスケッチしていると、そういうものを作るルールのようなものが見えてくるような気がする。新しく物を作る時に懐かしさのような感覚を感じるようにすることはなかなか難しい。一歩間違えればディズニーランドであり、牛角になってしまうのである。

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2015/09/12

今日は息子が通っている中学校の体育祭。これまで子供の運動会などまともに見に行ったことは数えるくらいしかないのであるが、どういうわけかPTA会長をやっている関係上朝一番で参加することに。

こちらは開会式での激励の言葉
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さて、体育祭の激励の言葉ということですが、僕が皆さん一人ひとりにどんな言葉をかけるべきかなど、考えても全く見当たりません。大体僕自身運動音痴で、体育祭など大嫌いでした。リレーも出たこともなければ、組体操は体が大きいというだけの理由でいつも土台、どちらかというと文科系の僕にとっては、こういう行事は早く終わってほしいだけのものでした。
ここには500人の生徒がいます。500人いれば、500通りの性格があります。さて皆さんはどんな気持ちで今日、この場に立っていますか?
中学という教育の現場では、とにかく全体をある程度まとめなければいけないから、伝統とか誇りとかそういう言葉でみんなを導きますよね。でもそういう感覚的な言葉って、大人になってみてわかるもので、意外とみなさん当事者には、まだ見えないものなのではないかと思います。もしみなさんの中で、「おれが西中の伝統を背負っているんだ」と自信を持って言える人がいたら、それは運動が得意だとか、とても優秀だとか、とにかくそうとう幸せな人なんじゃないかなって僕は思います。
昨年僕は西中の体育祭を見ました。こんな僕でも意外なことにとても感動しました。運動が苦手で、子供の時から体育祭が嫌いな僕が、とても感動したのは、きっと昨年の生徒たちが、いや生徒だけでなく先生までもが、成功に向けて心を一つにして、精一杯やぐらを挙げていたりするそんな姿を目にしたからです。人は、人の純粋な心にのみ感動するものです。
いろんな気持で今ここに立っているみなさん、特にあんまりやる気が無くって、早く終わればいいなと思っているみなさん、でも時間が来れば組体操とかやりますよね。なんかしらの競技に参加しますよね。僕のせいで失敗したらいやだという気持ちかもしれないし、僕のせいで負けたらいやだという気持ちかもしれないけれど、なんだかんだ言って始まっちゃえば一生懸命やりますよね。それでいいんだと思います。そしてそんな瞬間に、ふと感動ってやってくるものなんですよね。
参加していれば無理に感動しようって思わなくたって、感動の方からやってくるんです。そしてそんな感動を得たひとは、またそんな感動を味わってみたくて、また少し頑張ってみたりするもので、それが人の成長じゃないかと思います。生徒の皆さんが、みなさんなりのそれぞれの、いろんなタイプの感動を得ることを期待します。そしてこれを僕からの激励の言葉とさせていただきます。どうか一日けがをしないように頑張ってください。
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なんだかんだの義務感で参観してみれば、やはり感動するものである。わが子の成長に思わず涙の一日であった。

2015/09/10

台風が猛威を振るっている。記録的大雨、何十年に一度の・・・、最近はこういう表現が毎年どこかしらで出ているような気がする。気象状態の激しい変化が地球温暖化などの問題と関係しているのではないかとの推測はされているし、そういうことを叫び続けている環境団体などの活動も依然として活発に行われている。しかしながら、原発の問題でもそうだけれど、このままいくと人類全体がだめな方向に向かってしまうとわかっているのにそこから引き返すことができないというのは、温暖化とかほかの問題でも同様で、やはり結局は人類全体の主流派が経済至上主義の考え方に支配されているということなのであろう。

こういう流れには抵抗した運動を行ったところでとても無駄だということは分かっている。特に個人では何もできない。いくら僕が自然派志向の考え方でそういう家を建てたとしても世の中を変えることなんてできないわけだし、そもそも僕が建てている家だって、その大量消費社会の中の産物であるという矛盾からは逃れることはできない。でも、だからと言って何にもしないという選択はあまりに精神的に我慢ならないわけで、家を建てるという行いの中で、少しでもできることを探しているままに、15年間が過ぎていった。

住宅産業全体を見渡せば、環境のために断熱性能を上げ、省エネ機器を普及させたということがわかりやすい対策である。日本はこれを法律で整備することで、とても短い時間で実行した。しかしながら、住宅自体の寿命というのはそうは変わらず、高いお金を払って作ったにもかかわらず、その意匠が長い年月の変化に耐えられないという問題は依然として残っているように思える。そもそも日本人のほとんどが無垢材などの自然素材を好んでいるのに、ハウスメーカーが造る高級住宅と呼ばれるようなものにはそれが使用されないという、とても不思議な現象が起こっている。もちろん一部の建築家が造る住宅はそうではないけれど、建築家が造る家というのは依然としてごく一部の産物でしかない。この現象だって結局はクレームにつながるから自然素材を使いたくはないというような企業側の問題から発生している現象で、実は好むものと実際に手にするものとが異なるというねじれ現象を解決したいというユーザー側の主張がもっと活発にならない限りは、理想的な状況になりえないということなのだと思う。

僕はこういう状態を何とかしたいがための活動をしてきた。具体的には、普通の人が普通に建てる家、つまりお金持ちが建てる豪邸ではなくって、普通だったらローコスト系のハウスメーカーか建売を買おうかなと考えるしかなさそうな予算のクライアントが、でもそのクライアントにとっては人生をかけた住宅ローンを背負わなければいけないようなお金を使わなければいけないという場面で、より自然な素材を使用しデザイン的にも自分のこだわりを表現できるような家を作ることの手助けをすることを続けてきた。決してこの手法が住宅産業の主流にはならないであろうということは分かっているけれど、一つの県に一つくらい、ますいいのような家づくりができる会社があれば、日本の住宅がもう少しはましになるであろうとの考えから、独立したスタッフにはますいいのような体制での営業を行うことを進めている。今回のような被害を目の当たりにすると、もうだめなのではないかとのあきらめを感じざるを得ないのであるが、それでも何もやらなければ何も変わらないわけだから続けるしかないのである。

2015/09/08

午前中事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

終了後、二つの中庭のある家について考える。この住宅はますいいの会社のすぐ近くに建つ、一人暮らしの女性のための家である。女性の一人暮らしのための住宅はこれまでも何軒か建ててきたのだけれど、この住宅ではどのように外部を取り込むかについて工夫を施した。一般的な住宅では、南側に向けて大きな開口部を取り、その外側に庭を作るのだけれど、生活空間の中に外部を常に取り込もうという場合には、その手法では間違っているような気がする。そこで、敷地いっぱいに建てた壁の内側に2坪ほどの庭を2か所、中庭形式で作った。

同居するネコのためには、天井の高い部屋を作った。ここには真ん中に柱を建てて、猫が昇ることのできる階段を設置した。上部には熱気を逃がすための開口部を設け、快適に過ごすことができるように工夫した。中庭に面する開口部は木製建具で作り、屋根を支える4本の柱はそこから独立させて建てることで、木々の林立している森の中にいるようなイメージをした。下のスケッチはそのパースである。

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夜、建築と都市について考える。建築家が魅力的な建築を作ることは、その町全体にも何らかの影響を及ぼすと考える。難しく考えるとよくわからなくなってしまうのだけれど、たとえば道を歩いていてちょっといい感じの家が数件建っていると、その道が魅力的な道に思えてくる、そんな感覚である。

でもその思考は、直接的に年に対して何かをしているわけではない。あくまで間接的な効果という考え方だ。それに対して、最近の若いスタッフはたとえば集落的なものを考えるなどの発想を持つものが多いようだ。そういえばこういう発想は僕も考えたことがある。直接的な何かを作りたいという欲がそういうものを想像させるのかもしれないけれど、久しぶりに耳にすると過去に自分が考えていたようなことでも新鮮に感じることがある。

例を示せば、たとえばちょっと郊外にアーティスト村を作るというような発想である。同じような思考を持つ人が集まり魅力的な空間での生活を営むというユートピア的な村社会、こういうものは過去にも実験的に行われた例があるが、どうしても思想集団、つまりは宗教的な行動に向かいがちな面があるようで、一般解としては難しいような気もする。でもこれに似たようなもので、うまくいっている例もある。近年都市部に造られているシェアハウスには、ミュージシャンとかゴルフ好きとか、先のアーティスト村のごとき例が多く存在している。

独立的な何かを作るのではなく、既存の村と町とかの中に楔の様に何かを打ち込むことで、新しいつながりを形成しようというような運動もある。例えば建築家の伊東豊雄氏が行うみんなの家という集会所を作る運動がそれだ。彼は、東北の被災地に集いの場を作り続けている。

石山修武氏は過去に気仙沼で一つの大きな箱モノを作るだけではなく、祭りを生み、小さなオブジェをちりばめ、一つの街を揺さぶる運動をしていた。松崎町での事例も同様である。

話は変わる。今の日本で求められているものは何か。前衛だろうか、それともノスタルジックなものだろうか。ノスタルジックなものとは、つまりはトトロに感じるような懐かしさ、記憶、思い出、というような要素が現代的な住宅の中に宿っているものという意味である。あまりに伝統に対して直接的な茶室を作るのはあくまで趣味の一環、今の日本に求められる装置にはなりえない。あくまで住宅だったり、カフェだったりの現代の装置の中に組み込まれたものでなければ意味はない。

集団の生活をコントロールしようという発想は政治的な力を必要とする。もしくは宗教的な集団となりうる結びつきが必要な気もする。しかし、個人の生活の場を移動するのであれば、そこには特にコントロール不能な要素はない。

農家的都市近郊生活の発想はそういう思考で考えられた。あくまで民主主義、資本主義社会の中でのユートピア建設は、個人の力でできる範囲の中で考えるしかないのではないだろうかの感の中から生まれた思考である。人口は減少する。移民的な人々による人口増加を政治的に図るかもしれないけれど、島国日本ではそれが急激に進行するとも思えない。

都市に集中するのではなく、都市周辺に散らばって住む形は、通信手段の進化によってより現実的になった。妻の実家の滋賀県でも、大阪や京都で働く人が多く住んでいる。・・・うーん。さてさて、何ができるやら、自分の生活と照らし合わせながら考える日々である。

2015/09/07

午前中、東京都北区にて家を建て替えたいというTさんご家族打ち合わせ。Tさんの家は駒込駅の近くにあるのだけれど、家の前の道がとても狭くて車が近寄ることができないような土地である。これまでもこういう土地の工事をしたことはあるのだけれど、車が近づけないということは通常大型の機会を用いて行う工事については少々割高になってしまうという不利が生じることとなる。まずは解体工事。通常は大きな機械で取り壊すところが、職人さんの手による作業となってしまうだけでなく、解体した廃材を車まで手運びしなければいけないという、途方もない作業が生まれてしまう。続いて地盤改良工事。こちらも機械によっては入ることができないので、小型の機械でもできうる工法を採用するなどの工夫が必要だ。そして基礎工事。土を運び出したり、砕石を運び入れたり、コンクリートを打設したりの作業を手作業で行うことは今やほとんどないわけだけれど、そうした作業を行わなければならない事となってしまう。

東京都にはこのように狭い道路がたくさんあって、災害時の緊急車両の問題など早急に解決しなければならない状況にあるわけだけれど、あくまで個人の所有物の住宅が密集して建ち並んでいるような場合には、なかなか道路の拡張などの対策が進まないのが現状である。住宅の建て替えの際には、セットバックといって道路境界線を交代することが義務付けられるのだけれど、今ある住宅を何にもしないのに突然後ろにずらすことはできないわけだから、結局それぞれの住宅が建て替えてくれるのを待つか、神戸の様に大きな災害の時に一気に都市計画を実行するしか手法はないのである。

Tさんの家、リフォームするか、それとも建て替えるか・・・。最終判断はまだわからないけれど、なるべく安く、より安全に暮らすことができるような状況を作ることが僕たちの役割だと思うのである。

2015/09/06

朝9時ごろ事務所に出向く。10時、埼玉県寄居町にて設計中のMさんの家の打ち合わせ。今日はMさんご夫妻とそのお子様、そしてお父様も交えてのにぎやかな打ち合わせとなった。12時ごろまで。

13時ごろ、リリアにて娘たちのピアノの発表会を鑑賞。リリアには音楽ホールなる巨大なパイプオルガンが設置された部屋があるのだけれど、今回はそのステージで発表会ができるということで子供たちもとても楽しみにしていた。とはいうものの実際に演奏している曲目は、子供らしい楽曲ばかりで、それを見に来ている親たちもまた堅苦しくクラシックコンサートに来るような出で立ちではなく、いたって家庭的なほのぼのとした様相である。

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17時、地元川口市の早稲田大学交友関係の食事会。20時ごろ帰宅。

2015/09/05

午前中、埼玉県朝霞市にて住宅建築を検討中のMさんご夫妻打ち合わせ。とても小さな土地に小さな家を作る、いわゆる狭小住宅の計画である。土地の広さはわずかに10坪、僕もこれまでいろいろな狭小住宅を作ってきたけれど、10坪という土地の広さは最も小さい。10坪ということは33㎡である。大きさは5×6mともう少し、車を一台止めると、ほとんど埋まってしまう、そんな広さである。今回はそんな中で二つの提案をさせていただいたのだけれど、果たしてどうなることか。住宅なるもの、これが正解という答えが決まっているわけではない。あくまでクライアントの個人的な所有物であるからして、小さくともよいという判断をすればそれが正解となるわけだ。僕たち建築家は与えられた条件の中でいかに豊かな空間を作るかについての工夫をするプロなのであって、Mさんが気に入ってくれることを願うばかりである。12時ごろ終了。

2015/09/03

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。

埼玉県寄居市にて設計中のMさんの家のスタディー。今週の日曜日のプレゼンテーションに向けて、作図、模型の作成などの作業を進めている。今回のプロジェクトは茶室のある家ということで、茶室の動線といった普通の住宅にはない新しい設計要因が加わるので、設計をしていても新鮮で面白い。先日の日記に畳の敷き方についての記載をしたところ、知り合いの筑波大学の先生からご指導をいただいたりもした。そのご指導に基づいて、茶室の事例についての調査などをしてみると、このこと一つとってみてもいろいろな手法があることが分かった。一つ一つ学びながら設計をするうえで、こうしたご指導をいただけるということには心より感謝する。

例えば畳の敷き方の特徴でもある床刺し。床の間に直行するように畳を刺すような敷き方は茶室でしかない手法であるのだが、これは裏千家の咄々斎という茶室で採用されている手法である。僕はこれが一般解かと考えていたのだけれど、絶対的な解であるかというとそうでもなくて、表千家の松風楼という茶室では、床の間を右端に寄せずに、中心に据えることで、床刺しにならないように調整されている。この事例では、床の間の右側は琵琶床、左側は壁となっていて、琵琶床と床の間を合わせて一つの床の間であるかのようなデザインであるため、中心に床の間を据えていてもシンメトリーの重々しさは生じないように工夫されているのである。

過去に学びながら、現代の生活空間にどのように取り入れるかを工夫する設計である。スケッチなど書き進めながら、スタディーを続けたい。

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