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増井真也日記
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増井真也日記

2015年8月アーカイブ

2015/08/31

午前中、埼玉県鳩山町にてHさんのリフォーム打ち合わせ。Hさんご夫妻は二人とも彫刻家である。ご主人は以前に事故に合われたそうで、そのあとは車いす生活になりながら彫刻を続けているそうだ。今回の計画では購入した古くて小さな住宅の横に、ご主人のためのアトリエと奥様のためのアトリエを作るという増築計画と、既存の住宅を車いすでも生活できるように改修するバリアフリー工事がメインとなる予定である。

鳩山町という敷地は、秩父の玄関口に位置していて、廻りにはゴルフ場がたくさん作られているような場所である。道路を挟んだ目の前には、畑が広がっていてその向こう側には農家さんの屋敷がある。東京からほど近い郊外の典型的な田舎の形、とてものどかな住宅地といったイメージだ。近くには神社があって、その参道には桜並木が植えられている。まるでトトロでも出てきそうな、そんな雰囲気である。

計画の予算はとてもギリギリ、普通にやるとどうしてもオーバーしてしまうであろう設定だ。しかしながらクライアントはお二人ともアーティストさんである。ということは物づくりに慣れている、つまりセルフビルドのような自分の家を自分で作るの作業を得意とする人種であることは確かなので、ここに一途の望みがあるわけだ。時間をかけて魅力的な空間を作り上げたいと思う。

午後、娘二人を連れてジブリ美術館へ。三鷹駅を降りてバスに乗ること約10分、井之頭公園の中にある小さな美術館である。あまりにも有名な美術館なのであえて説明する必要もなかろうが、ここには大人でも影響を受けるであろうモノづくりの過程がわかるような原点が展示されている。僕が好きなのは、漫画家さんの部屋をイメージした部屋だ。ここに展示されている人物のキャラクターを生み出す思考の過程とか、背景を作り上げる過程などは、僕たちが建築をイメージする最初の基本設計の作業ととても似ていて面白い。6時、美術館を出て井之頭公園を吉祥寺駅まで歩く。池の周りを散歩しながら約30分ほどの散歩であろうか。8時過ぎ、帰宅。

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2015/08/29

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後より埼玉県富士見市にて設計中のTさんの家の打ち合わせ。今回は決定したプランに基づいて実施設計に入る1回目の打ち合わせである。基本設計から実施設計への移行時期には、設計のレベルが急に細かくなる。何が細かくなるかといえば、たとえば基本設計時には入っていなかった寸法値が記載されていたり、柱や間柱という構造材の断面線が現れたり、筋違を入れる壁と入れない壁の種類が記載されていたり・・・、とにかく実際に作るための設計図面となるわけなので、それを見れば建築を作ることができるような細かい図面を描き始めなければいけないわけである。

この段階では断面方向の検討もとても重要な要素となる。特に斜線制限のような高さ方向の敷地による制限を受ける場合には、各部屋の天井高さをどれくらいの寸法に設定するかなどの検討も必要になるし、それを決定する要素としては梁の断面寸法をどれくらいの大きさにするかなども考えなければいけない。そして梁の寸法を決定するためには、柱をどこに落とすかによるその梁が受け持つ荷重の調整もしなければいけないなど、とにかく互いに影響しあう要素が、あれを立てればこれがだめという具合に、行ったり来たりの試行錯誤なのである。

ひとつ例を挙げてみよう。広いリビングの中心に柱を落としたら邪魔だと思う。では柱のない広い空間を作ろと考えた場合、その上の階の床、つまりその階にとっては天井を支える梁は広い面積の垂直荷重を支えなければならないことになるので断面寸法が330㎜とかの大寸法になったり、場合によっては無垢材ではだめなので集成材にしてさらに寸法を大きくするなどの調整をしなければいけないことになってしまう。この時にもしも天井の厚さを薄くしなければ天井高さを確保できないような制限のある土地であったりすると、苦渋の決断を迫られるわけである。その部屋全体の天井の高さによる解放感を優先するべきか、それとも柱が空間の中心に存在しないことによる解放感を優先するべきか・・・はたまたこの柱をどうにかして邪魔に感じないような存在に見せることはできないものだろうか、・・・はたまた2階の天井高さを小さくすることで1階の天井高さを十分に確保することはできないだろうか・・・。といった具合だ。とにかくこんな思考の繰り返しによって少しずつ作業を進めていくことによって、実施設計図は完成するのである。

次の段階では、壁の展開図、そして設備関係の検討を行う予定である。そういった一連の作業が終了するといよいよ建築の全貌が見えてくることになる。もうひと頑張り、良い家となるように作業を進めていきたい。

終了後、地元川口市の稲門会事業に参加。例年に比べると参加者が少なく、どことなく元気がない。昨年中心的なメンバーであった岡村幸四郎川口市長がなくなられたことが影響しているのだろうが、こういう時こそ、大切に運営していったほうがよいような気がする。早稲田大学を思うことができる瞬間など、こういう会に参加したときくらいしかないのである。無くなってしまっては皆の心のよりどころが一つ減ることになってしまうであろう。

2015/08/26

今日は知人の御嬢さんが8月いっぱいで宝塚を退団されるということで、最後の公演となるアイーダを観劇することに。川口市の地元のメンバー合計5名で女性の集う宝塚に参戦。この劇場はいつ来ても女性の割合が95%といった感じで、どうにもこうにも入りにくさを感じるのであるけれど、一人だけで来るのは無理だとしても、仲間が一緒だと何とかなるものである。僕は決して宝塚大好きというわけではないのだけれど、でもこういうものは知り合いが出演しているというだけで興味がわくもので、「あっ、いた!!」という発見の満足感だけで2時間を乗り切れるものであるのだ。

もともと僕は若いころ劇団四季の演劇が大好きで、よく見に行っていた経験がある。ちょうど大手ゼネコンを退職して一人で仕事を始めたころであろうか。このころ四季を見るモチベーションは、もちろん演劇の内容を見ることろもあるのだけれど、それよりもそこで出演している同世代の俳優たちの躍動感に、生で触れていることが貴重な時間であったし、そこから勇気や元気をもらっていたような気がする。廻りで見ている女優候補のような若い女性たちは、きっとそんな気持ちで見ているのであろう。もう宝塚を見に来ることはないかもしれないけれど、四季劇場に久しぶりに足を運んでみようかの思いを感じた次第であった。

夜、銀座・鎌倉山にて会食。舞台を終えたご本人も参上してくれて、楽しいひと時を過ごすことができた。12過ぎ帰宅。

2015/08/25

午前中は事務所にて雑務。

午後より、茶道稽古。今日は茶箱のお点前2回目である。2010年の冬に茶道を習い始めてから、いつの間にか年月が過ぎた。建築における日本的なるものに興味があって、そういうものを作るために必要であると思われる経験を積むために、また自分自身が知らない建築という分野に限らない日本的なるものの初源を理解することを予想して始めた茶道であるが、5年間も携わっているといつの間にかいろいろなことがわかるようになってきた。

もちろん建築に携わるものとして最低限の知識はあったし、茶室などの日本建築を見学したこともあったわけだけれど、建築とは使ってなんぼのものであるから、使ったこともなくただ見ているだけでは、まるでギリシアの神殿を見ているかのごときよそよそしい理解しかできていなかったのもまた事実である。

茶室には畳がある。畳には京間と江戸間というサイズがあるのであるが、僕たちが普通に住んでいる住宅に使われている江戸間畳に比べると茶室に使う京間の畳は一回り大きい。これの微妙なサイズの差、実際に茶をたててみると使い勝手が歴然と違うことがわかる。特に僕の様に大きな体の人にとっては、ひじが壁にあたったりのトラブルを起こすことがない京間の畳のサイズはとてもありがたいものだということがわかる。この畳、実は敷き方も普通の住宅と茶室とでは異なる点がある。8畳間に畳を敷く場合、普通の住宅では床の間の前の畳は床の間に平行に敷かれることになる。しかし裏千家の茶室の場合には、部屋の両サイドの畳を床の間にさすように敷く、いわゆるとこざしという敷き方をすることになる。普通の住宅では嫌われる畳の敷き方をあえて採用するのは、この方がお点前を行いやすいからなのである。(裏千家以外の流派についてはまだ勉強していないので、お許しを)

他にもたとえば床の間。普通の住宅にある床の間は、大体テレビ置き場などの悲しい使われ方をしていることが多いのだけれど、茶室ではここに掛け軸を飾る。もしくは花を飾ったりもする。部屋に招かれた客は真っ先にこの床の間に歩み寄り、壁に掛けられた掛け軸を眺めるという作法がある。つまりはけっこう神聖な場であるということで、だからこそその場を設えるにふさわしいような素材を使用することになる。

とまあこんな具合に、使い方の実際を理解すると作り方の工夫もわかるようになる。僕は、こういう風に日本的なるものの作り方をしっかりと理解できている状態になることはとても大切なことであると思う。僕たちの生活が営まれる住宅という場で日本的な暮らし方を行いたいという人がいたとする。それがこてこての数寄屋建築を作ってくださいという場合でも、なんとなく和の雰囲気があるような住宅を作ってほしいというような場合でも、そこで作り上げられた建築こそがクライアントが営む日本的な暮らしの舞台となるのであって、その舞台を整えることというのはその後の暮らしぶりを左右する事にもなってしまうくらいに大きな要素であると考えている。

僕たちは、自分たちの生きる国の伝統的な建築というのもを大学で学ぶことはない。日本建築史いう数少ない授業があるだけで、茶室やら数寄屋やらの建築はいわゆる建築学には含まれていない。それは日本の大学教育のシステムが、明治時代に、つまり西洋に追い付こうとする国の状態の中で生まれたまんま、ずーと維持されてしまっているということや、そもそも住宅規模の建築を大学で扱うということがとても少ないということや、大学における建築学科が工学分野に位置づけられていることなどの原因があるのだけれども、でも実際に建築家として住宅を設計している人がそういう大学で学んできた人であるわけだから、そこには大学ではないほかの部分での経験を積むことが前提とされているのである。その経験を普通の暮らしの中で積むことができる時代ではない。建築学科の学生が皆、日本間のある日本的な家族の中で育ってきたのであれば話は違うが、ほとんどの学生は一般的な家庭で、洋間しかない住宅の中で育てられてきているのである。学んでいないことを、経験もしていないことを自分の手で作り上げることは不可能である。そしてもっと大切なこと、それはこの国の建築は僕たちの手によってしか作られ得ないということなのである。

尊敬する大先輩の建築家である藤森照信氏は「日本は住宅建築にまでモダンを取り入れたことが最大の失敗だった」と僕に言ったことがある。僕はこの言葉はすべてを物語っていると思う。だってみなさんが心地よいと思う空間、建築、街並み、そういうものを思い浮かべた時、とても多くの人が日本的な要素を含むどこか懐かしいような情景を思い浮かべるのだ。ジブリの映画の中にある情景に心惹かれる理由、そもそも自分たちが何者なのかを再認識するようなあの感覚を考えてみれば、日本的なるものの理解が建築に携わる者にとってとても意味のあることであることのように思えるのである。

2015/08/24

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

来年5月に予定している川口市民ギャラリーアトリアでの展示に向けたスタディーを行う。この展示では建築とアートのかかわりをメインテーマに据えながら、ますいいのスペースでは理想の暮らし方をちりばめたライフスタイルを提案できるようなますいい的生活の村のようなものを提案していきたいと考えている。その中にどのような要素を入れるかについては、これまでの20年間に行って来たり、考えてきたりのさまざまな実績をちりばめたいと思っている。さてさて、どんなものに発展していくやら・・・。楽しみでもあり、不安でもありといったところだ。

夕方、埼玉県川口市のとある大型ショッピングモールの中に、これまたとあるお店をデザインしてほしいとのご相談を、そのとある大型ショッピングモールの中の飲食コーナーで打ち合わせ。あんまり詳しく書くことはできないのだけれど、ますいいでは珍しい商業建築のデザインである。普段とは異なるスピード感に少々戸惑いを感じながらも、家のすぐ近所に現場で、しかも知人からの依頼だけに精いっぱい頑張りたいと思う。

夜、事務所にて雑務。帰宅後、小学3年生の娘に宮沢憲治の「よだかの星」を読み聞かせ。
あらすじは以下の通り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
よだかは、美しいはちすずめやかわせみの兄でありながら、容姿が醜く不格好なゆえに鳥の仲間から嫌われ、鷹からも「たか」の名前を使うな「市蔵」にせよと改名を強要され、故郷を捨てる。自分が生きるためにたくさんの虫の命を食べるために奪っていることを嫌悪して、彼はついに生きることに絶望し、太陽へ向かって飛びながら、焼け死んでもいいからあなたの所へ行かせて下さいと願う。太陽に、お前は夜の鳥だから星に頼んでごらんと言われて、星々にその願いを叶えてもらおうとするが、相手にされない。居場所を失い、命をかけて夜空を飛び続けたよだかは、いつしか青白く燃え上がる「よだかの星」となり、今でも夜空で燃える存在となる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウィキペギアより
なんとなく最近夜空を見上げて星座を探す機会が多い。先日は山梨で見たし、その前は滋賀県で見た。こういうことは意識をしていないとなかなか見ないものだけれど、可愛い娘から「白鳥座ってどこ?」と聞かれればやっぱり探してあげようと思うのが親心である。そしてそんなことをしているうちに、空にいるたくさんの動物たちに思いを向けるような気持ちにさせられる、つまり子供からそういうことを気が付かされていることに、ふと気が付くときがあるのである。

星に向かって高く高く飛ぶよだかが最後には星になるという話の中に、近代日本の不平等やら、その状況からの脱却を夢見る庶民の暮らしやら、そしてまだ見ぬ神話的な夢の現代的世界といった背景を感じつつ、では今の世の中はいったい・・・との対比などを感じながら読み進めていく自分を感じつつも、それでも小学3年生的な素直さで、なるべく読もうとしたときに浮かぶ純粋な景色を心に描いている時間が、とても良いひと時であった。

2015/08/22

今日は裏千家のイベントに参加するために、妻と二人の娘、そしてそれぞれのお友達を連れて、清里にある八ヶ岳少年自然の家を訪れた。若いころは清里などというちょっと浮ついたイメージの観光地はあんまり好きではなく、八ヶ岳といえば黒百合平にアクセスする基地ともいえる渋の湯のごとき、いわゆる秘境のようなところを好んでいたので、小規模な軽井沢のような印象の駅前といい、あんまり自分の居場所のような気はしない感があったのであるが、子供たちの喜ぶ姿を見ているうちに、これもまたよしとの気分になってくるもので、僕も年を取ったということなのであろう。

山梨県が運営している少年自然の家ということで、施設についてしまえばこれまたぼく好みの渋い設えである。変なきらびやかさなどとは程遠い、小学生の時に修学旅行でいった宿泊施設のような様相である。敷地は小高い丘の一角。すぐそばにはNHKの連ドラの撮影をしたようなすばらしき眺めの場所もある。宿泊料はたったの320円で、条件によっては家族利用もできるということだから意外な穴場といった施設であった。

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夜、外に一人でいるとなんとなく自然と一体になっていくような感覚を感じる。外は照明が落ちて真っ暗であるが、雲の切れ間からたまに見える星がとてもきれいだ。余計な声も聞こえない。車の音も聞こえない。こういう状態になることは都会ではとても難しいから、それだけでもとても価値があることであろうと思う。都会だけで生活しているとなんとなく自然を意識することが難しくなってくるような気がするし、もし忘れてしまったとしても何にも困ることなどない。でも僕たちが暮らしているこの地球は間違いなく自然なのであるし、僕たちはその自然から様々な恩恵を受けなければ生きていくことなの出来ないのである。だからこそ自分の心を、そういうことを感じることのできる状態に維持しておくということはとても大切なことのように思えるのである。

2015/08/21

朝礼終了後、埼玉県川口市にて新築工事を始めるSさんの家の地鎮祭に参加。現場には地元の氷川神社さんがすでに到着していて準備を進めている。しばらくするとクライアントのSさんが現場に来て、地鎮祭を開式した。気温はそれほど高くはないけれど、実に蒸し暑い。Sさんのお母さんはだいぶ高齢なので、体調が心配になるくらいであったが、何とか最後まで無事に終了することができた。神主さんの「もー」という声とともに、土地に神様が下りてくるという儀式であるが、何度参加しても神聖な気持ちになるものである。

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終了後、10時過ぎより埼玉県所沢市にて新築住宅を検討中のYさん打ち合わせ。今日は2回目のプレゼンテーションということで、前回とは全く方針の異なるご提案をさせていただいた。基本設計時点では、あまり方針を決めてかからないほうがよい。特に今回の様に敷地が広い場合には、その敷地をどのように利用するかの考え方次第で、多くのプランを考えうるわけで、初めからこれと決めてかかってしまっては、さらに良いプランを考える可能性を排除してしまうことにつながってしまうのである。この基本設計段階はクライアントにとって最も楽しいひと時であると思う。そして僕たちにとっても最も楽しい作業なのだ。

2015/08/18

朝礼終了後すぐに、スタッフの土田君と埼玉県さいたま市の現場の地鎮祭に参加するために事務所を出発。現場にはすでに鈴木君が到着していて準備を進めている。9時30分からという予定なのだが少々遅れて地鎮祭スタート。10時過ぎ終了し事務所に戻る。

11時過ぎ、埼玉県川口市にて進行中の茶室の工事現場を確認するために田部井君と一緒に事務所を出る。現場では左官屋さんが土壁の施工をしている。この現場は大手ハウスメーカーさんの住宅の一室に趣味のための茶室を作るというもので、故に土壁も十分な塗り厚さを確保できるわけではなく、ここで使用している材料はあくまで土壁風ということで販売されているアイカさんの左官材料だ。それでも左官屋さんによって丁寧に施工されると、表面にちょっと飛び出すわらすざの表情などがとてもよく、落ち着いた風合いを作り出してくれている。いよいよ今週いっぱいで完成を迎えることとなる。楽しみな限りである。

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夕方、東京都荒川区にて家づくりを検討されているYさん打ち合わせ。何でも型枠コンクリートブロックのセルフビルドで家を作りたいという素晴らしい野心をお持ちで、そのためのお手伝いをしてほしいというご相談である。何年かに一度、このようなパワフルなクライアントが出現するのだけれど、こういうことがもしも本当に実現することができれば、ほかの現場におけるセルフビルドの可能性も格段に広げることができるわけで、前向きに検討していきたいと思う。

2015/08/17

仕事始め。連休明けということでとても忙しい。たまっているメールををチェックするだけでもだいぶ時間がかかってしまう。ますいいでは夏季休暇を必ず1週間は作るようにしているのだけれど、建築を設計するものにとってはこのような長期休暇にいろいろなものを見て回ることもとても重要な自己研鑽になるのである。

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。皆休暇を終えて本格的に仕事を再開するにあたり、それぞれの現場や設計の作業状況を確認して送り出す。いつも通りの日常がまた始まるわけだが、お盆をあけて少しはすごしやすくなったようである。うだるような暑さからは多少は開放されたような気がする。

2015/08/15

朝方、家に着く。仮眠をとり畑に向かう。大きくなりすぎたキュウリやゴーヤを収穫し、2時間ほどの作業の後に家に帰る。冷蔵庫の中が空っぽなので、OKストアに買い出しに行く。諸所の用事を済ませ夕方になってようやくいつもの家に戻すことが出来た。夜、スポーツクラブで軽い筋力トレーニングとランニングを行い、サウナに入って汗を流す。またもや疲れ果ててしまった。それでも今野敏、3冊目読了。これは完全にはまった感あり。

2015/08/14

今日は一日妻の実家で読書。教頭先生に勧められた今野敏の小説を読みふける。なかなか面白い。夜12時、実家を出発、一路川口市へ。5時間45分で到着。なかなかのタイミングで渋滞回避に成功した模様だ。

2015/08/13

今日は朝早く実家を出発して、三重県の伊勢志摩国立公園内の大王町船越にある次郎六郎海水浴場に出かけた。ここは半島の先端に位置する少々アクセスの悪い海水浴場だけに、盆休みでも人があまりいなく、ゆったりと過ごすことが出来る。まるでイモ洗いの様な海に行っても全くくつろぐことは出来ないから、僕はいつもこういうひっそりとした海岸を探すのだけれど、沖縄までいかなくとも結構こういう場所があるものなのだ。水質はとても良い。足もとで魚が泳いでいるのが見える。ついでにクラゲも何匹かいたが、お盆休みの海では仕方がないであろう。休みを過ごしていると、だんだんと心がほぐれてくるのを感じる時がある。そして普段ではできないことをやりだす自分に少々驚いたりもする。海の中に浮かべられたステージの様な浮から飛び込んだりしている時にふとそんなことを思った。何となく体が軽くなるような、そんな感覚である。

14時頃海を引き揚げ、近くにある伊勢神宮にお参りをする。実は人生で初めての参拝である。いつか来たいとは思っていたのだけれど、なかなか三重まで足を運ぶことはなかった。でも来てみると意外に近いものだ。時間が時間だけに、今日は内宮の方だけを訪問した。ここは20年に一度、神社の中の建物がすべて新しく建て替えられるという、式年遷宮が行われることで有名な場所である。昨年平成25年は、第62回目の式年遷宮が行われた。この行事は建築を学ぶものであれば皆知っている事だから、僕たちにとってはそれで有名な場所となっている。この儀式は建築的には、宮大工の技術の継承に繋がっている。一人の宮大工さんが30歳で初めてこの事業にかかわったとして、次は50歳、そして70歳と人生で3回は係ることが出来るわけで、その中で若い次の世代に技術を継承していくということなのであろう。

式年遷宮は技術の伝承という側面もあるのであろうが、それ以上に日本という国家の初源的な何かを祭る場所として相応しい様相を維持するために、言い換えれば定期的に新しくされる「清浄なる空間」を作り出すために必要なものである。もしも今の技術を用いて耐久年数を延ばす工夫をしたら、20年という期間は100年に延ばすことが容易であるわけだが、そうはしないところに清らかであり続けることを求める神道の精神があるのだと思う。そしてそうした風習こそが、日本の初源を思わせる装置として長きにわたって機能しているわけだ。

ちなみに次の御正殿の敷地となる場所を古殿地と呼ぶのだが、その敷地は今の正殿のすぐ隣にある。それぞれの広さは約7000平米ほどあり、古殿地は白い石敷きの広場の中にぽつんと小さな建物が建っているという状態になっている。これは正殿中央にある御柱なる神が宿る場所を、正殿がなくなった後も覆い隠すための装置であり、つまりは日本の初源である神の姿を絶対に人目にさらさないことで、精神的な何かを維持するための行為と言えるわけだ。

この神社はアマテラスオオミカミが祭られているということであるのだが、つまりは日本という国の形を形成する上での神話的な初源が秘められているわけだ。太古の昔はこの神話が国を統治する力のすべてであった。いつまでその効力が続いていたのかは分からないけれど、現代、つまり科学の時代に神話を心底信ずる者はいないわけであるが、それでも神話なるものが存在し続け、多くの人を引き付けているという事実はとても大切なことであるように思える。そしてその維持装置として、日本では星座の様なものを選択するでもなく、切り倒された木と「建築」がとても重要な役割をはたしている点がまた面白いのである。

19時ごろ帰宅。一日中動き回って疲れ果てたので今夜は早く寝るとする。

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2015/08/12

今日は滋賀県近江八幡市に新しく出来たラコリーナ近江八幡なるお菓子屋さん「たねや」のショップ見学。この施設は、たねやさんの理念を示す基地として、お菓子の製造販売だけでなく、農業の研究、従業員の保育施設など、様々な施機能をミックスさせたものとなるようである。お菓子の販売店舗は、建築家の藤森照信氏による設計で、とてもユニークなデザインを身にまとっている。建築についてはもう説明するまでもないだろうから割愛するが、興味のあるかたはウェブで「ラコリーナ近江八幡」と検索してみて欲しい。

この手の施設は、企業がある程度大きくなると造られる、つまりは理念を形にして、それを体感できるようなものとして公表される過程で実現することが多いように思える。そしてその多くが、理想を掲げただけで終わってしまうこともまた現実である。ほとんど利益を生み出さない部門だけに、経営が安定しているときは良いが、そうでなくなると真っ先に切り捨てられてしまう可能性は否めない。しかしながら、サスティナビリティー、つまり継続可能性に着目した企業の、このような活動にはとても素晴らしいものも存在する。僕は、好きなブランド「パタゴニア」の南米における自然保護活動を思い出した。以下はその活動を広報するパタゴニアのサイトからの文章である。

パタゴニアの社員はアウトドアウェア事業の業務を多忙にこなすかたわら、南米に新しい国立公園を創設する計画にも協力しています。これまでに約50人の社員が社名の由来であるチリのパタゴニアを訪れ、3週間の滞在中にフェンスの撤去や外来植物の除去といった、牧場を自然の姿に戻す作業に取り組んできました。
この壮大な計画の中心地となるのがエスタンシア・ヴァレ・チャカブコです。いちばん近い町は人口4,000人のコックランで、カリフォルニア州ベンチュラのパタゴニア本社からバルマセダまで飛行機で16時間、そこからでこぼこ道を砂埃にまみれながら8時間トラックに揺られて、ようやく世界に残る屈指の原生地域にたどり着きます。
パタゴニアのほかの大型所有地と同様、かつてはこのエスタンシアでも羊や牛を育てていました。牧羊や牧畜は浸食、伐木搬出、道路建設、火事、侵入植物の導入などをともなうため、土地と野生生物に多大な負担を与えます。しかし2004年、かつてパタゴニア社で最高経営責任者を務めたクリス・トンプキンスが復元と永久保護を目的に、非営利財団コンセルバシオン・パタゴニカを通してエスタンシアを購入しました。
家畜の大群を放牧していた牧草地に加えて、エスタンシアの17万3千エーカーには壮大な大草原、南米特有のブナノキの原生林、数々の高峰、猛々しく流れる河川、湿地帯などがあり、南境には大きな湖が広がります。そして絶滅危惧種であるアンデスジカをはじめ、グアナコやパタゴニア固有のヨツメガエルなどを含む100以上の原生種が生息しています。
この土地を自然本来の姿に戻すためには、まず放牧されていた2万頭以上の羊と3千頭の牛を移動させ、家畜を囲っていた650キロにおよぶフェンスを撤去しなければなりませんでした。作業員はトレイルを作り、牧草地を修復し、さらにビジターセンターと基本的な施設を建設しました。まもなく公園には再生可能エネルギーを使用した電力が供給される予定です。
エスタンシアは現時点ではヘイニメニ国立保護区とタマンゴ国立保護区を分断していますが、復元作業が終了して公園施設が完成すれば、エスタンシア・ヴァレ・チャカブコはこの2つの保護区をつなぐ中核となり、野生生物や世界に誇る原生地域を有する約65万エーカーの広大な保護区が誕生します。
パタゴニアはこのプロジェクトに関わりつづけます。社員を現地に送り出して作業に参加させることは、人件費が安い国の遠隔地を復元するもっとも経済的な方法であるとはいえません。しかしこのプロジェクトはパタゴニアというブランドのインスピレーションの源である野生と私たち社員を直接つなげる重要な役割を果たしているのです。(以下省略

僕はこのメーカーのこういう理念が好きで、ほぼすべてのアウトドア系の服をパタゴニアで揃えている。値段は決して安くないけれど、5年ほど前に買ったTシャツやダウンジャケットを今でも普通に来ているほど、とにかく長持ちするし、デザインも流行に左右されない普遍的なものを採用しているので、飽きがこないのである。つまりこのメーカーは大量生産、大量消費の合理的資本主義社会の仕組みに抗い、本質的に正しいと思えることを追求しているように思えるのである。

人生でもそうであるが、本質的に良いと思えることだけをして前に進み続けることは、大きな困難を伴うことであると思う。物事には必ず両面あって、どちら側からでも、「それが正しいと思いこむことが出来る理屈」を考えることは出来てしまうし、そういう場合はたいていリスクが少なかったり、楽な道のりだったりするほうを選んでしまいたくなるものである。でも本質的に正しいと心のどこかで思えることが、もしも多少のリスクを含み、大変な道のりだとしても、それでも本質的に正しいと思えるのであればそれを選択するべきだと思うし、結局そういう選択をする経営者がいる企業が、社会から必要とされ続けていくのであるような気がするのである。僕が好きなお菓子屋さんの「たねや」さんは果たしてどちらであろうか。山本社長の人柄を見ていると、どうやら本質を追究する人に思えるのである。

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続いて近くにある安土城跡へ。小高い山全体が城跡として保存されており、見学者はその石段を延々と上ることを必要とする、とても体力のいる見学となる。石段を登っていくと「豊臣秀吉の住居跡」やら、「徳川家康の住居跡」といった風に、歴史の教科書から飛び出してきたような名前が次々と登場する。石基礎の跡が飛び飛びに存在しているので、復元図と同時に見ると何となく当時の建物の姿を思い描くことが出来る所が楽しい。どんどんと歩みを進めていくと、やがて天守閣があった頂上に着く。琵琶湖を挟んだ京都方面の眺めは最高で、ここから天下統一の考を練り上げていたのであると思うとなんとも感慨深い。つい400年少々前のこと、それほど遠くはない時代の出来ごとだけに、いろいろなことが頭を駆け巡るのであろう。

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夜、娘と一緒に夏の大三角形の観察。空には天の川が白く輝いている。夏の大三角形はその周りにあるわけだが、わし座のアルタイル、こと座のベガ、はくちょう座のデネブの3つの明るい星で形成される三角形のことだ。南の空にはいて座も見える。いて座の胸のあたりからの6個の星を結ぶと北斗七星の様な柄杓型になるがこれは南斗六星と呼ばれている。はくちょう座は宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」において始発駅とされていることで知っている人もいるだろう。竪琴の名手オルフェウスが、女神たちに八つ裂きにされ、はくちょうに変身して正座になったという神話もある。何ともロマンティックな物語を作るものだが、神話とはそういうものなのだ。

2015/08/11

今日から1週間のお盆休み。毎年恒例で妻の実家に帰るのであるが、帰れる日数がだんだんと減ってきている。中学3年生になる長男の用事などが重なってしまうためである。妻と結婚する時に、義理のお父さんと年に2回は里帰りをさせて欲しいと言われ、可能な限り続けることを約束したので毎年里帰りをしているのであるが、こういうことは自分の意思とは関係なくなかなかやりにくくなっていくものなのだということが最近になってようやくわかってきた。それでも何とか今年も、11日~17日までの間は帰ることが出来そうだ。

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2015/08/09

今日から1週間のお盆休み。毎年恒例で妻の実家に帰るのであるが、帰れる日数がだんだんと減ってきている。中学3年生になる長男の用事などが重なってしまうためである。妻と結婚する時に、義理のお父さんと年に2回は里帰りをさせて欲しいと言われ、可能な限り続けることを約束したので毎年里帰りをしているのであるが、こういうことは自分の意思とは関係なくなかなかやりにくくなっていくものなのだということが最近になってようやくわかってきた。それでも何とか今年も、11日~17日までの間は帰ることが出来そうだ。

2015/08/07

朝礼終了後、不動産部門のHPについての打ち合わせを妹の真理子と行う。

終了後、安全パトロール。まずはじめに東京都足立区にて進行中のKさんの家に出向く。現場では大工の田村さんが猛暑の中で作業をしていて、ちょうど断熱材を施工しているところであった。この現場の断熱材は、ナガイさんで出しているウッドファイバーなるものを使用している。この断熱材は木からできている珍しい商品で、グラスウールなどに比べると吸湿性に優れているなどの利点がある。一枚一枚カットして納めていかなければいけないので、グラスウールに比べると多少の手間はかかるものの、体感した感覚ではやはり通常よりも良さそうなものであった。この手の商品の本当の良さは住んでみないとわからない点がある。暮らし始めたクライアントがどう感じるか、それが一番大切なところであろう。

続いて蕨市のKさんの家へ。こちらの現場では、大工さんの内装工事、そして左官屋さんの外壁工事が進行している。左官屋さんの塙さんは19歳の後継者の息子さんと一緒にモルタルの外壁を施工していたが、やっぱり跡継ぎが決まった親方は何となく元気があるように感じる。日本人の若者が職人さんになる例は減っているのかもしれないけれど、父から子へと技術を受け継いでいくこのような事例はとても大切なことのように思える。大規模な建設産業などもう必要のなくなりつつある国ではあるが、人が暮らす住宅に関してはこれからも変わらず必要とされるのである。

夕方、マスイイリビングカンパニー安全協力会開催。総勢30名ほどのさまざまな業種の職人さんが集い、スタッフとともに弊社の完成物件についての勉強会と懇親会を行う。町田分室で働く大工さんたちも川口の地までわざわざ集合していただき、にぎやかな時を過ごした。

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2015/08/05

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

埼玉県寄居町にて設計中の茶室のある家について。茶室というのは、使い方が決められている部屋だから、設計もある程度の制限がある。客は入り口から入ると、床の間、釜・・・を眺めて、自分の席に着くとか、点前をする人は茶道口から入ると畳の上を何歩で歩くかどうかまで決められているなかで、点前座まで歩を進めなければならない。とにかく、そういうルールの中で行われるものであるので、設計はこの茶室を中心に始めることになる。

敷地は西側と南側の2面接道。南側には広い庭がとれる。北には裏山が広がっていて、北から南に向けて風が通り抜ける。茶室は敷地の皮脂側のはじっこに作られる予定で、西側には床の間と収納が設けられる。茶道口に近いところには水屋が配置される。水屋というのはお茶を点てる準備をする場所のことで、通常はすのこ状の床に水道がついているスペースと、道具を収納するスペースで構成される。住宅のキッチンで済ませればよいではないかの感があるであろうが、高価な茶道具を住宅のキッチンで扱うことの困難さは茶道に携わるものでなければわからないであろう。茶道だけを行う会館のようなものを設計するのであればよいが、普通の住宅の中に混在される場合には、日常生活とどの程度まで分離独立させるかという点がとても頭を悩ますところとなるのだ。施主は、東西に大きな屋根をかけ、南北の風が通り抜ける家が欲しいという。おおらかな敷地に似合う良い家を作りたいと思う。

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2015/08/04

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。埼玉県さいたま市にて計画中のTさんの家について。工事をまじかに控える中で、現在は最終の構造躯体についての調整をしているところである。大きな屋根を支える梁や水平耐力を担う火打ち梁をどのように配置するかがポイントとなりそうなところで、打ち合わせ後の変更に基づく模型の訂正を指示した。こういう複雑なところになってくると、なんとなく図面上だけで進めていくのは不安が残る。やっぱり実際に作ってみて確認してみないとわからないものはわからないのである。

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2015/08/01

10時過ぎより、千葉県流山市にて計画中のFさんの家、打ち合わせ。前回ご提案させていただいたプランに基づく50分の1の模型を作ってのプレゼンテーションをさせていただいた。基本設計段階では、初めに100分の1のプランと模型でスタディーを進めていくのだけれど、ある程度方針が決まったところでスケールを倍にして、つまりは大きな模型を作って検討することが多い。倍の大きさの模型を作るということは、当然作業量も増える。でもこの大きさの模型を作る段階で、100分の1では見えなかったことが見えてきたり、そういうことを考えて検討した結果、デザインがまとまったりのメリットがある。さらには、クライアントの側もより実際の住宅の雰囲気を味わうことができる。内部には家具などが配置されたりのリアリティーが現れるし、光がどのように入り込むかの想像もできるのである。

14時より、埼玉県朝霞市にて新築住宅を検討中のMさん打ち合わせ。10坪というとても小さな狭小地を購入しての家づくりである。それにしても10坪というのは僕が今までに経験したことがある土地の中でも最も小さな土地で、だって畳20枚程度の広さしかないのである。広さだけを聞くとちょっと躊躇してしまうような土地なのであるが、でも、条件はそれほど悪くない。というのは、中高層地域で高さ制限がとてもゆるいということ、建蔽率・容積率は埼玉県内の標準的な60%-200%であるということ、これらの条件からプランを考えると、3階建て18坪程度の小さな家を十分に作ることができる土地なのであり、これは夫婦二人が十分に暮らすことができる広さでもあるのである。

狭小地に家を建てる場合には、実際の土地の広さだけではなくその土地の持つ様々な法規制にも大きく左右されるのであるわけだが、Mさんは当然の様にその辺も十分にご理解の上でこの土地をご検討されているということ。今回は購入前にプランを検討して、それを気に入ったら土地の購入に踏み切ろうというとのことであるが、ぜひ気に入っていただけるようなプランを考えてみたいと思う。

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