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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
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増井真也日記

2015年5月アーカイブ

2015/05/30

午前中は、所要のため外出。

14時より、埼玉県越谷市にてリフォームを検討しているTさんご夫妻打ち合わせ。Tさんは比較的新しい中古住宅を購入してリフォームと増築を検討している。もちろん単純な増築のプランもご提案したのだけれど、それに合わせて、完全な別棟を作り、母屋と渡り廊下でつなげる案も合わせてご提案することにした。

増築やリフォームに伴う「解体工事費や補修費用」というのは、忘れがちな部分だけれど結構な割合を占める工事となる。絵で描くと家の外壁ラインを一間ほどずらすだけの単純な増築工事のほうが、別棟を作るよりも安価にできそうな感じがするものだ。しかし実際には外壁を平行移動などできるはずもなく、一度もともとの外壁ラインを解体し、新しい基礎から柱や梁の構造体、屋根工事までをやり直すという、なかなか手間のかかる工事をしなければならないことになる。それに比べて、母屋と離れた新たな別棟を作るのであれば、すべての費用を新たな部分を作ることに割り当てることができるのであって、敷地条件が許すのであればそのほうが合理的な増床となるのである。今回はまだ1回目のご提案、まずはその方向性を決めて細部を詰めていきたい。

17時より埼玉県富士見市にて建て替えを検討中のTさんご夫妻打ち合わせ。1年ほど前にプレゼンをしたのだけれど、それからしばらくお休み状態であった。また家づくりを再開するということで、ご相談に来ていただいたわけだけれど、今日のところはハウスメーカーとますいいの家づくりの手法の違いについてのお話をすることに。

僕は、ハウスメーカーの家づくりが、特別に悪いというつもりはない。特に高価なハウスメーカーは今の家づくりの水準の中で高水準といわれるものをよせ集めて製品化しているわけなので、車でいえばレクサスみたいなものであろう。でも、ハウスメーカーの作る家はあまり好きではない。なんといってもデザインがひどい。建築を作る過程には建築家がデザインをするということがとても大切な要素であると思うのだけれど、製品として規格化されてしまっているハウスメーカの家づくりの中では、建築家による設計は行われない。ゆえに、展示場で見たときはとてもデザインの良かった家を買ったのに、実際には何ともさえない箱が出来上がってしまうのである。

もう一つ、ハウスメーカーの家づくりには自由がない。これも僕が好きになれない理由の一つである。個人が何千万円もお金を使うのに、たとえば柱は桧にして、土台はヒバにして、なんていう簡単なことすら選ぶことはできない。クレーム対策で無垢材の床材は選べませんなんていうメーカーもあるくらいだ。エネファーム完備なんていうメーカーもあるけど、住宅用コージェネレーションシステムなどというハイスペックなものを完備するということは、逆に言えばそれを使わない自由を奪われているということである。もちろんこのシステムを使用することは国の政策にのっとった、環境に配慮したとても良いことであるのだけれど、でもそれを自らの意思で選択ができない気持ち悪さを感じざるを得ないのだ。

19時ごろ打ち合わせ終了、21時帰宅。

2015/05/29

北の常緑ハウスのクライアントから、同僚のお子様の難病治療のための募金活動に対する告知をして欲しいとのメールをいただいた。お互い子供を育てる身である。私にできることであれば何なりとご協力したい。

お金は必要なだけあればよいという考えである。経済至上主義に必要以上に振り回されたいとは思わない。でもこういう時だけは、お金がたくさんあればよいと思う。お金で救うことができる命がある、頭では分かっていることだけれど、これほど切実に感じたことはない。

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同じ会社の同僚(北の常緑ハウスにも一度遊びに来ました)の子供「かよちゃん」(1歳7か月)が心臓の筋肉が硬化してしまう難病「拘束型心筋症」を患っています。50万人に1人しか罹患しない難病で、生命を救うには心臓移植以外には道がなく、海外で心臓移植手術を受けるために2億4500万円という多額な費用が必要で、普通のサラリーマンの能力を超えています。

4月27日に厚生労働省で会見を行い募金活動を開始しました。支援の輪は全国に着実に広がっており、1ヶ月経った5月27日時点で約6,500万円と 1/4程度まで集まっています(内2800万円は他の救う会からの命のリレーによるもの)。一方、かよちゃんの容態を考えて設定した時期の目標は6月末に渡米であり、時期的にはかなり厳しい状況です。

私は、救う会のメンバーではありませんが友人の1人として、より多くの人に知っていただくことが大切だと感じています。自社ホームページによる告知や、社内向けのチャリティーイベント、
週末の駅前の募金活動などを行っていますが、住宅でいうと10件以上が建ってしまう目標金額のため、まだ少し時間がかかりそうなため、協力のお願いをさせていただきました。

友人の金澤さんは、性格的にはいつもニコニコした良いパパさんです。話を聞くと、医師からの宣告がありつらい葛藤があったようですが、親としては「諦めることはできなかった」とのこと。
救う会を始める際には医師から、「これまでの生活・環境をが全部変わる覚悟があるか」を問われたそうです。現在も夫婦で子供の付添や、自宅での長女の世話、募金活動と生活資金確保のための会社務めと、おそらく心身ともに非常に大変な状況だと思います。この両親の気持ちをそのまま受け取ることも理解もできませんが、自分にはとても真似ができない耐えられないことだろうと。

全く筋違いで、かつ勝手なお願いで申し訳ないのですが、もし賛同いただけるようであればご協力お願いします。ご協力いただける場合は、以下の公式URLの記載をお願いします。経緯や両親のメッセージ、救う会や募金の状況は、以下のURLに詳しく出ております。

「かよちゃんを救う会」に関する情報

ホームページ
http://kayo-chan.com/
Facebook
https://www.facebook.com/charity4kayo
Twitter
https://twitter.com/kayochan_info

以上、よろしくお願いします。

2015/05/28

10時、埼玉県川口市にて新築住宅を検討中のKさんご家族打ち合わせ。帽子屋さんというなかなか珍しいご職業のKさん、職業柄だろうか、とても穏やかでおしゃれな方である。今回はご実家の敷地の一部に家族で暮らすための住宅を建てるというプロジェクト、一部母屋を解体し、母屋の南側に位置する庭の中に建物を作るということで、二つの建物の関係性をうまく構築することが最大のテーマとなるであろう。

今日の打ち合わせでは、数年前に建て替えを行ったNさんの家のお話をさせていただいた。この現場では、お母さんが住む古い家を2世帯住宅にするという場面で、古家の一部を保存するという珍しいことをしたのである。

もちろん古い家の一部を保存するなどという話は初めからあったわけではない。Nさんからは築80年ほどの古い住宅を壊して建て替えるという依頼を受けていたのであるが、初めて現場を訪れ、お母様を交えて打ち合わせをしているときに、通された和室があまりにみごとであったために、思わず「この和室は残したいですね」と言ったことがきっかけとなった。この時にお母さんから言われた言葉は今でも耳に残っている。僕が残したいですねといったすぐ後に、お母さんはそんなことができるんですか、と聞いてきたのだ。そして本当はそうしてほしかった、と続けてくれた。なんといってもなくなったお父様の銅像が居間に飾られているような家庭である。そんないろいろな思い出をすべて壊して、真新しい新築だけにしてしまうなんてことは望んではいなかったということなのだ。

住宅とは、人が暮らすための箱である。人が暮らすからこその思い出がある。人が暮らすからこその物語がある。そういうことをまるで自分のことのように感じ、それに対してもっともふさわしいであろう答えを出してあげることこそが住宅を作る建築家の一番の勤めであるように思える。まるで自分の事の様に・・・、これが簡単そうで難しいのだ。

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2015/05/27

午前中は事務所にて雑務。

夕方、第2回ますいい建築塾開催。今日は飯島塗装の飯島さん、SK化研の社員さんをお招きしての塗装技術研修。住宅の現場で塗装工事というと、まずは外部塗装と内部塗装に分けられるのだけれど、問題が発生するとしたら主に外部なわけなので、本日はその外部の塗装についての研修会を行った。外部塗装の代表選手は、外壁の吹付やジョリパットの左官仕上げやらのモルタル下地を仕上げるためのものである。モルタルの下地というのは、建物の構造が揺らされれば割れてしまうわけだけれど、その割れに追従する形で仕上げの塗装も割れてしまうことが問題となるのである。仕方がないといえば仕方のないこと、でも少しでも防ぐことができるのであれば防ぎたいところだ。

約1時間30分ほどの講義を経て終了。終了後はスタッフを食事に招きおとなしく解散となった。

2015/05/25

朝礼終了後、住宅の設計についての思考。住宅が有り余っている今のような社会で、多額の投資をしてまで自分自身の住宅を作る意味とは何かを考えるに、自分自身の納得がいくライフスタイルを作り上げる舞台としての箱を手に入れるため以外に、理由はないように思える。ただ暮らすことができればよいのであれば、空き家はどこにでもある。駅を選ばなければ家賃だってそう高くはない。何かが壊れても修理する必要もないし、固定資産税だって払う必要はない。ただ家賃だけを支払い、気が変わったら引っ越すことができる賃貸住宅はとても気軽でとても効率的な手法だと思う。家賃を払い続けるのがばかばかしいという理由で住宅の購入を薦める広告を見かけることがあるが、メンテナンスにかかる費用や不動産を所有するリスクを考えれば、逆に家賃だけで済むことのほうがどれだけ安価に済んでいるかわからない。

でも家を建てる理由があるとすれば、やっぱりそれは自分らしい暮らし方をするための箱を、自分自身の考えによってつくるという目的を果たすためであると思うのである。下の写真は以前造った伊奈の家の写真である。ご夫婦そろってのバイク乗り、住宅の横には楽しみがたくさん詰まったガレージがある。もちろんガレージと家は内部でつながっており、住宅の内部にもガレージの一部が入り込んできたような土間が配置されている。ここでは自転車をばらしたりの作業を行うことができるようになっている。

どんな建売を見に行ってもこういう事例はないだろう。建売とは万人が無難に暮らすことができるように作っているので、こういう特殊解を当てはめることはできないのだから仕方がない。この家はあくまでこのクライアントのみに当てはまる解なのであって、ほかの人にとってはそうではないのである。自分の家は自分で建てる、この本質の第一歩は、まず自分の家の設計の核となるものを考えることにあるのではないかと思う。

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2015/05/24

日曜日。最近はCNNのニュースをよく見ているのだけれど、インドの熱波による被害に関するニュースがなんとなく心に引っ掛かった。ただでさえ暑そうな場所なのではあるが、なんと50度くらいまで気温が上昇する日々が続いているという。観光ガイドなどを見ていてもまれに50度くらいになることはあるというから、つまりは日本における38度程度の高温現象と似たような状況なのであろうけれど、ただ既に死亡者が600人以上に上っているというからただ事ではないわけである。インドという国は貧富の差が激しく、貧しい人たちはエアコンの部屋に入ることもできないし、きれいな水を満足に飲むことすらできないそうだ。日本の社会でも毎年夏になると、高齢者や子供たちのの熱中症による死亡事故が報道されるけれど、もしも日本の気温がここまで上昇したらと考えると、とても恐ろしい。

最近の住宅の断熱性能は目覚ましい進化を遂げている。僕がこの仕事を始めた15年ほど前と比べるとまったく異なる性能の断熱材が使用されることが当たり前になっているから、新しい家ではエアコンさえつければ快適な夏を過ごすことができる。日本の社会ではよほどのことがない限り、皆がエアコンを使ったりの対策をとることができるわけで、平常時のことを考えると、まずはこの方針、つまりは断熱性能を高めてエネルギー効率の良い状況を作り出すことができるようにしておくことが最低限の対策だと思う。

でももしエアコンが使えない状況になってしまったら、たとえば夏の計画停電のような事態がもしまた起きてしまったらどのようなことになるのだろうか。こういうことは想像したくはない。でもあの津波の時も、想像を超える・・・という表現で表される事態が起きたわけだし、ネパールの地震や、あちらこちらでの火山活動の活発化などを見ていると、そもそも僕たちの想像の範囲など何の当てにもならないことのような気もするのである。

さてさて、僕たちはどんな家を作ればよいのであろう。高温化の時も涼しく過ごすことができるような地下シェルターのような部屋を持つ住宅、洪水の対策として考えるならそもそも高台に建てるべきなのか、さまざまな考えが頭をよぎるものの明確な答えなど示すことができるはずもない。個人の投資で、軍隊のようなシェルターを作ることなんてできるはずもないし、たとえそんなものを作ったところでそれでもダメなときはダメなのだ。答えのない思考である。でもこういうことを考えることはとても大切なことであると思う。

夜、30日で我が家を去る留学生、マリアの送別会。1週間前の送別会だからまだ別れの雰囲気には程遠い。家族で作った寄せ書きの色紙に何を書こうかと迷った挙句、「明珠在掌」(みょうしゅ たなごころにあり)の字を書くことに。いろいろあるけれど、大切なものは実はあなたの掌の中にあるんですよ・・・なる言葉である。僕の戒めとしている言葉の一つなのである。

2015/05/22

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

午後、HISさんと秋に控えている社員旅行についてのご相談。ますいいでは毎年、海外の建築ツアーを企画していて、スタッフは2年に1回は参加できるようになっている。今年の予定はバルセロナ、言わずと知れたアントニオ・ガウディ―のサクラダファミリアが一番の目的である。この町には、同じくガウディーによって造られたカサ・ミラやグエル公園、ミース・ファン・デル・ローエによるバルセロナ・パビリオン、ジャン・ヌーベルによる口紅のようなとんがりビル、などなどたくさんの建築がある。とてもすべてを見ることはできそうにないけれど、ガウディ―を中心に見学してきたいと思っている。

ガウディ―建築はモデルニスモというジャンルに分類される。これはいわゆるアールヌーヴォ―のスペイン・バルセロナ・バージョンというもので、カタルーニャの実業家の支援を受けた芸術家たちが、カタルーニャ独自のアイディンティティーを確立すべく、独自の様式を生み出したものである。その中でも特に目立っているのがガウディ―というわけであるが、こういうものが生み出される時代だからきっと精神的にも経済的にも恵まれていたのであろう。

僕にとっては、たまにこのような旅に出かけることは、この先の建築を考えるうえでとても良い機会となる。昨年のNY弾丸ツアーの前には、パリとギリシアに行った。この時はパリ市街を観光し、ル・コルビジェが設計したロンシャンの教会やアテネにあるアクロポリス、その他にもサントリーニ島といった建築のメッカに足を運んだ。今でも特に印象に残っているのが下の写真の二つであるけれど、スケッチをしながらのゆったりとした時間はとても有意義なものだった。今回はロンドン経由でバルセロナに入るつもりだ。イギリスという国にもまだいったことがないので、今からとても楽しみである。

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2015/05/20

今日は朝から身延山久遠寺へ。6時30分ごろ家を出て、関越道から圏央道・中央道を通る約3時間のドライブ。この身延山というお寺は、鎌倉時代に日蓮聖人がその土地を収めていた地頭の南部実長の招きにより、1274年に入山し、同年、鷹取山のふもとの西谷に構えた草庵を住処としたところから始まったそうである。日蓮聖人は、これ以来足かけ9年の永きにわたり法華経の読誦と門弟たちの教導に終始し、1281年には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山久遠寺」と命名したそうだ。

今日はここ身延山で裏千家大宗匠によるお献茶式があるということで参加したわけであるが、久しぶりに自然の中に身を置いた感覚がとてもすがすがしいものであった。富士川沿いに清水市から北上したところ、西側には南アルプスの北岳がそびえたち、東側には富士山がある。まさに日本の標高第1位、2位に挟まれる形で深い谷を形成している。ここまで高い山は埼玉県には存在していないから、秩父あたりの感覚とはちょっと違う。山が山らしく、谷が谷らしい。まさに自然の造形がダイナミックに心を打つ、そんな場所であった。

献茶式では、92歳になる裏千家大宗匠が見事なお点前を披露していた。今のお家元のお父さんである大宗匠、そもそも僕が茶道を始めたきっかけは大宗匠の講演会を聞いたことが始まりであった。あれからもう5年、いつまでも変わらぬ姿を見せてほしいと思う。

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2015/05/18

東京都中野区の現場では、上棟工事が終わり、いよいよ大工さんによる木工事が進んでいる。昔はこの上棟という作業を頭といわれる鳶さんと、大工さんとで一緒に行ったものであった。でも最近ではこういう体制で進行している現場はあまりない。なんでかというと、鳶さんや大工さんが高齢化していること、この作業体制ではとても事故が発生しやすいことが理由である。そういう現代社会の問題の中で、上棟工事を専門にしかもとても安全に行ってくれる会社が現れたのであるが、それが東京ビケ足場であった。ビケ足場は木造住宅の上棟というとてもニッチな世界で日本一になった。その結果、現代の家づくりの現場では東京ビケ足場の作業員さんたちが上棟作業を行うことがスタンダードになったのである。

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さてさて、こちらの写真は数年前に屋久島の家の設計をしたときの上棟工事の様子である。誰もヘルメットをかぶっていない・・・、というのはだいぶ過去の事なのでおいておくとして、この人たち実は全部が全部大工さんというわけではない。島には大工さんを専業としている人も確かにいるのだけれど、いつもは漁師さんをやっていて、上棟工事などの人手が必要な時だけ大工工事を手伝いに来てくれる人もいる。時には畑で収穫を手伝ったり、つまりは多能工的職人さんがいるのである。人が少なく、同じ仕事だけを継続的に行うことが難しいという中で生まれた知恵なのだろう。都会の上棟工事と極端な田舎の上棟工事、対比するとなんとなく面白い。

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2015/05/16

午前中、川口市内でリフォームの計画をしているIさん打ち合わせ。鉄骨造3階建ての建物の全面的なリフォーム工事である。今回は2回目のプレゼン。階段の架け替えをご希望されているのだけれど、完了検査済みしょうがないということでの障壁が心配なところだ。

14時、埼玉県さいたま市にて設計中のTさんの家打ち合わせ。今回は実施設計の最終段階で1/30の模型をプレゼン。いよいよ見積り作業に入るところとなった。

17時、千葉県流山市にて新築住宅を検討中のHさん打ち合わせ。Hさんは数年前に作った北の常緑ハウスのクライアントのお知り合いで、というより同じ会社の方で、もう2年ほど前から土地探しを続けている。そんな記憶も遠くなってしまうくらいに久しぶりにお会いしたのであるが、いよいよ気に入った土地と巡り合うことができたとのことであった。土地探しは縁みたいなもの、気に入った土地にすぐに出会うこともあれば、そうでないこともある。僕はいつも、急がずじっくりよい出会いを待つことをお勧めしているのだけれど、予想外に長くかかってしまったわけで、本当に良い土地が見つかってよかったと思うのである。

埼玉県川口市のKさんの家の現場が進んでいる。現在基礎工事中、これが終わればいよいよ上棟し大工さんによる木工事となる。1階に土間、2階にリビングのあるのびやかな住宅となる予定。これからの進行をお伝えしたい。

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2015/05/14

埼玉県さいたま市の現場では、セルフビルドによる壁塗りが進められている。この現場は古い擁壁のある実家の隣の空き地に、お子様の世帯が住むための家を建てようというものである。埼玉県は平たんなところが多いからあんまりこういうケースはないのだけれど、川口市の北にある浦和など、ごく一部のエリアには傾斜地を造成して作られた宅地というものが存在していて、こういうところに家を建てる場合には、まずはその宅地の安全性を確保するための擁壁工事から行わなければいけないのである。

下の写真はその擁壁工事の写真だ。何十年も前に造成をしたときには一段の宅地全体をまとめて造成していることが多いのだけれど、今回の様に建て替え等で再度擁壁を造り替える場合にはどうしてもその部分だけをやらざるを得ないこととなってしまう。狭い道路に、狭い敷地、土木工事を行うにはとても厳しい条件の中での工事だけに、近隣からの苦情などもどうしても避けられないものとなる。そしてこの手の工事は土木工事業者さんにとっても「めんどくさいだけで儲からない」、つまりはあまりやりたくない工事なのである。

僕は基本的に土木工事は請け負わないことにしている。だって土木の専門家ではないのだ。責任を負えないことを請け負うことはできないのである。だけどそのままでは家を建てることはできないし、それではクライアントも困ってしまうので相談をされた場合には信頼できる土木工事業さんを一社だけ紹介してあげることにしている。紹介するのは僕の10年来の友人で、川口市内で邦栄建設という会社を営んでいる宮腰さんだ。なんだかよくわからないことを誰かに頼む場合には、やっぱりその人の人となりをよくわかっていて、信頼できる人にしか頼むことはできない。だから僕はそういう人にお願いをすることにしている。

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現場では、足場も解体され建築の姿が全貌を見せ始めている。外壁のガルバリウム鋼板の印象がとてもきれいで、プロポーションもとても良い。内装の左官工事が終わればいよいよ養生がはがされることになる。それぞれの素材が程よく調和している姿を早く見たいものだ。

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2015/05/13

朝7時過ぎに家を出て、京都へ向かう。13時から京都での会合に出席するためである。茶道をやるようになってから、京都に行くことが増えた。これまでは年に1回旅行に行けばよいほうだったのだけれど、今では年に3,4回は行くようになっている。僕はもともと京都という町が好きなのである。

若いころ、戸田建設に勤めていたのだけれど、その時に京都府の八幡市で現場管理をやったことがある。確か鈴木自動車の整備工場を新築したのだけれど、そのときは京都で現場をやること自体がとてもうれしくて、夜になると四条河原町のあたりで朝方まで飲み明かしたものだった。先斗町などもよく行く場所だったし、季節になると大文字焼きを山の上の燃え盛る炎の間近で見たりもした。京阪電鉄の入口にあった「メトロ」なるクラブにもよく行った。地下鉄の入り口にあるからメトロだったのだと思うけれど、京都にあるクラブは、踊っている学生達もなんとなく上品に見えたものだった。ちなみに僕は踊れないから、お酒を飲んでいただけであるのだが。
とにかく楽しかった。仕事をしながらもまるで観光旅行をしているような気分であったし、町の人と触れ合う機会もとても新鮮なものであった。

今回の会合では、福寿園の福井さん、西利の平井さん、小山園の小山さんといった100年以上続く京都を代表する会社の方々とお会いすることができた。会社名でいうとなんだか歴史の一部の人と会っているような感じがするのだけれど、実際は皆普通の人である。普通の人だけれど、歴史と感じる何かを作り上げることに対してとても努力をしている普通の人なのである。歴史や伝統というような言葉はとてもよく耳にするし、僕たちもそういうことにあこがれて、そういうものを見たり触れたりするための旅行に行ったりするのだけれど、その実態は特別な「何か」ではないことが多い。歴史や伝統という「何か」は、変わらない「何か」をその時代の要請に合わせて作り続けること、そういう姿勢に中からかもしだされるイメージのようなものであると思うのである。

夕食はモリタ屋さんの川床でのすき焼き、2次会は先斗町のバーであった。こちらも定番中の定番である。

2015/05/11

日本の街を歩いていると、建築のごちゃごちゃさ加減に嫌になることがある。公共建築の類も、商業建築でもそうなのだけれど、僕の場合は住宅をメインの仕事としているから、住宅の街並みをそのように感じることが一番多い。建築がモダンを目指した時代が終わり、日本ではバブル景気と重なる形でポストモダンの時代があった。そしてこの時代に、日本の街並みはめちゃくちゃになってしまった。

ポストモダンというのはモダンの次の時代ということなのだけれど、建築の世界における考え方としては、世界中すべてを均質化しようとしたモダンに対して、その地域性とか時代性とか、はたまたさまざまな要素を引用して独自のものを作り出そうという考え方であった。最たる例としては、世田谷にあった隈健吾氏のマツダショールームなどである。この建築はお世辞にも良いとは言えない。中央にある肥大化したイオニア式の円柱など、ひどいものである。アンディーウォーホルがマリリンモンローの肖像を複製してシルクスクリーンでポップアートを作成したものはとても有名だけれど、これと比べるとまさにゴミとしか言いようがないものとなってしまっている。

悲しいことに日本を代表する建築家がゴミを作っているときに、時代をさきがけてこの状況をとてもきれいに表現したのはディズニーランドだ。ある特定の敷地の中に、さまざまな時代を、地域を作り出してしまう手法はとても見事であるし、その範囲は過去を超えて宇宙空間などの未来まで及んでいる。ディズニーランドがよいと言っているのではないのだけれど、でも多くの人が魅力的であると感じる空間を作り出しているというのは事実である。

ディズニーランドはいわゆる建築学会的には敵視される対象だ。建築学科の学生はディズニーランドを否定しながら、でも彼女とデートの時にはやっぱりディズニーランドに行ってしまうという自己矛盾を一度は感じる。なんで嫌わなければいけないかというと、それが建築論にはなりえないただのアトラクションだからなのだけれど、でも頭で理解したくないことでも、それをよいと感じてしまう瞬間がある、そんな時はなぜよいと感じてしまうのか立ち止まって考えてみることも大切なような気がする。なぜならアカデミズム側の人間が頭で考えることが、必ずしも正しいということはないからである。

建築という世界は、たとえば地球上に人類が生存できなくなってしまった後に必要な宇宙ステーションのようなものは別として、進歩を求められる対象ではなくなってしまっている。今では、進歩とは逆に上記のような現代社会の混沌とした状態の中で感じる矛盾を整理し、今の社会の中で必要とされる建築の姿を再構築することを求められているような気がする。だって世界的な建築家である伊藤豊雄氏が被災地で住民が寄り合うために作った普通の家である「みんなの家」が評価される時代なのだ。世界中が、そして日本中がざわざわしている昨今だからこそ、余計にその傾向は強いと思う。つまりは建築に求めるものが、安心とか、つながりとか、絆とか、そういうものに変わってきているのだ。

表現の言語はたくさんある。もう出尽くしてしまったというくらいにたくさんある。今問題なのは、ポストモダンの手法である引用を、どのように行うかが問題なのだ。クライアントに合わせて、ふさわしい引用をほどよく行うことこそが、とても大切なことであり、そしてとても難しいことなのだと思うのである。

2015/05/10

日曜日。今日は知り合いの車屋さんのガレージでバーベキュー。川口市内のさまざまな業種の皆様が集まっての家族ぐるみのゆったりとした時間、少々飲み過ぎの感もあったが楽しいひと時を過ごすことができた。

2015/05/09

午前中は、埼玉県越谷市にて住宅のリフォームを検討しているTさんご夫妻打ち合わせ。まずは物件購入に向けた手続きを進めるための打ち合わせということであったが、なかなか有意義なお話をすることができた。

夕方、埼玉県さいたま市にて設計中のTさんの家スタディー打ち合わせ。実施設計を進めている中で、いよいよ終盤戦となってきたわけであるが、平面図・展開図・模型を見ながら最後の意匠的な調整を行っている。本来であれば今日の打ち合わせに間に合わせたかったところではあるのだが、中途半端な状態でプレゼンをしても仕方がないということで1週間延ばすことに。快諾していただいたクライアントに感謝である。

2015/05/08

朝礼終了後、事務所にて雑務。

10時、埼玉県入間市にある段ボール製造会社カネパッケージさんの会社見学に、社長と柳沢君と一緒に出掛ける。段ボールという素材にはなんとなく興味があった。建築家の坂茂氏が段ボールを使用した建築を作り続けていることでも知られているが、この素材の手軽さと価格の安さは何らかの形で利用できるのではないかという予感がある。まずは様子を見てみたいということで実現した会社見学、今日は常務取締役の高村さんにご案内をしていただくことになった。

高村さんによると、最近では机やいす、ベッド、収納家具などにこの素材を利用しているという。特に幼児や高齢者施設などでの利用が進んでいるということだけれど、ビジネスホテルの内装に使用している例などもあるというから驚きである。基本的には作りたいものを創造し、紙をどのようにカットし、どのように折り曲げるかという設計を行ってしまえば、あとは容易に大量生産できるということ。逆に言うと大量に同じものを使用しない場合にはあまりメリットがないとのことである。

下の写真は、実験的に作った卵パック。この段ボールの容器に卵を入れて200mの高さから落としても卵は割れることなく無事だという。緩衝材としての優れた性能を示すために作ったというが、実用性の有無は別として、なかなか面白い製品である。

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こちらは災害避難施設として作成した段ボールの家。わずか30秒ほどで組み立てができ、屋外でも半年ほど使用できるという。まだ自治体への納入事例がないというのが驚きなのだが、なぜであろう?

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ますいいで使用する可能性があるとしたら、住宅の一部を担うものを設計して、というのが一番であろう。扉、収納、テーブル、テーブルの脚、簡易間仕切壁、この辺りが最も手を付けやすいところのように思える。恒久的に使用する部位にはふさわしくないであろうから、たとえば子供スペースの間仕切り壁収納ベッド、などのような試用期間が限られている家具などを考えてみても面白いかも知れない。少々考えてみようと思う。

2015/05/05

今日は裏原宿へお散歩。二人の娘を連れて原宿駅から歩き出すと、危うく竹下通りに連れて行かれそうになる。さすがにあそこだけは勘弁して・・・、ということで裏原から表参道あたりまでをお散歩することとなった。街を歩いていると、小さなタイヤの付いたボックスの中で揚げパンを売っているお店を発見。子供達が食べたいというので買ってみるとこれがなかなかおいしい。普通の民家の駐車スペースを利用して、行列ができるようなお店を営業しているのだから大したものである。一行はそのまま渋谷駅方面へ歩みを進め、少々疲れたところで小さなイタリアンのお店で軽食。パスタとピザをみんなでシェアして満足のうちに家路についた。どこに行っても混雑する連休中は、意外とすいている都内で遊ぶのが一番、普段はなかなかできないゆったりとした時間を過ごすことができた。

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2015/05/04

連休二日目。今日は妻と娘を連れて上野の国立博物館へ。この博物館の本館は、1937年に渡辺仁の設計によってつくられた帝冠建築である。この様式は日本古来の木造と西洋の建築様式がミックスされたもので、第2次世界大戦前という日本的精神を高揚させなければいけない時代的の一つの道具として利用された様式である。

入り口を入って右側には東洋館がある。谷口吉郎による設計で、1968年に開館した。この館には名前のごとく東京の歴史的産物が納められており、見ていてとても楽しめる内容となっている。今日は何となく仏像の顔を眺めてみた。じっくり眺めていると気が付くのだけれど、インド・ペルシャ方面の仏像と、中国方面の仏像では顔の形が違う。西洋的な顔立ちと東洋的な丸顔の違いが明確に表れているのである。その違いを楽しんだ後に、本館にある日本の仏像を眺めてみると、両方の顔立ちがそれぞれ取りれられている事に気が付く。さまざまなことを海外から学んだ日本人は、その学ぶ場所によって取り入れるものも微妙に異なったということなのであろう。

左手奥には写真の法隆寺宝仏館がある。上記の吉郎の息子である谷口吉生による設計で、法隆寺にあったさまざまなものが展示されている。この建築は前面に水盤を控え、その神聖さを際立たせている。内部に入ると、たくさんの仏像が入口のほうを向いて展示されている。このスペースの展示手法は少々変わっていて、ちょうど仏像が人の目線ほどになる台をガラスケースが囲んでいるのだけれど、それぞれの箱は独立しており、その独立した箱が会場内に数十個並べられているという状態となっている。会場に入ると観覧者は数十体の仏像に見つめられているというシチュエーションに出会うわけであるのだけれど、この様相、実は寺院の本堂の様子、つまりは仏像が所狭しと並べられ、それらと対峙し座すという状況と同じわけである。ここでは一体一体の仏像を観察するというよりも、この状況に身を置く体験を味わうことが醍醐味であるように思える。

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下の写真は表慶館のドームの様子である。このようにさまざまな建築様式がるつぼの様に存在しているところもこの博物館の面白いところだ。敷地奥には茶室もある。とにかく何でもアリ、この国らしい国立博物館なのである。

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2015/05/03

ゴールデンウィーク。ますいいでは4連休が恒例である。今日は息子の柔道の稽古の見学へ。場所は埼玉県立武道館というところなのだが、ここはとんでもなく大きな武道施設である。この施設の屋根はなぜか木造でできている。きっと埼玉県の県産材の利用促進等の目的で、間伐材を利用した集成材などが使われているのであろうけれど、ここまで大きな空間の屋根を木造で支えているのを実際に見るとなんとなく恐いような気がしてならない。

そもそも、大手ハウスメーカーが作る住宅の多くが鉄骨造の構造を採用しているなかで、公共施設だからと言ってこのような大規模施設の構造に木を利用するなどという事態は、なんとなく滑稽である。構造の特性を無視して、しかもすごーく無理してこんな大きな屋根を木造で作って、何をしているのやら・・・の現状である。物事がうまくいっているように見える状況の中では、意識をまっすぐに保つことは難しい、そんな状況の悪例であろう。

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