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増井真也日記
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増井真也日記

2015年4月アーカイブ

2015/04/30

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

15時より、Yさんの家にて茶室打ち合わせ。先日作成した茶室のプランと展開図、パース、そして各所に使用する予定の材料のサンプルを用いての説明をさせていただく。

今回は普通の住宅の洋間を茶室にするということで、4畳半プラス1畳半のお仏壇スペースという間取りである。お仏壇スペースを仕切り壁には、赤身の杉の2方柾の柱を化粧柱として立てるつもりである。柾というのは木目のことで、年輪のラインが細いストライプ状に見える面のことを言う。このラインが見えるように製材をするためには、丸太の中心からある程度離れたところから採ることになるので、つまりは大きな材料からしか取れないということになる。赤身というのは杉の芯に近い材料の色である。芯に近いところにあるはずの赤みが柾目の材料に出るということは、要するにとても大きな丸太からしか取れないということで、つまりは杉の中でもとても貴重な杉ということになるのである。ちなみにフォレスト西川さんに依頼したところ、一本当たり4万円ほどで譲ってくれるということであった。通常の柱の約10倍ほどのお値段であるがこれくらいは仕方がない。

床柱にはこぶしを使用する予定である。こぶしの丸太は淡いグレーで、ところどころに何とも言えないムラがある。色合いといい線の細さといい、とても女性的な材料だと思う。壁は左官の土壁、腰張りには埼玉県の秩父の玄関口にある小川町の名産「小川和紙」を使用するつもりだ。材料が出そろうと、だいぶイメージもわきやすくなる。茶室はなんといってもあそびの部屋である。クライアントにも存分に素材を吟味してもらいながら、長く味わえる空間を作り上げていきたいと思っている。

夕方、田部井君と二人で並木公民館にて地域リノベーショ会議に参加。指定された時刻に会場に行くと、なんと大学の同級生がいる。10年ぶりに見る同級生、もしかしたら思い違いかとも思ったのだけれど、近くに行ってさりげなく名刺を見たらそこには内田と・・・、やはり同級生である。肩書は埼玉大学 経済学部 社会環境設計学科の准教授・・・、事前に説明されていた経済の分野から都市計画を扱う埼大の先生というのはなんと同級生だったわけである。それにしても早稲田の女子はすごい。その生存力の強さには本当に頭が下がる。

商店街の方々が数名、皆知った顔である。役所の方々が5名、もちろん皆知っている。コーディネーター役の内藤先生とおつきの方は初対面であるが、そのほかは、ほぼ知った顔での会議ということになってしまった。今回は初回ということで自己紹介やらの軽い会議である。このメンバーで何ができるか、知った顔だからと気を抜くことはできない。いや、川口市役所のご担当者が一所懸命集めたメンバーがこれだったのだ、知った顔だからこそ余計に気合を入れなければと思うのである。

ランダムに集められたメンバーが知った顔だったということは、つまりはどこからともなく舞い降りる社会変革のヒーローなんているはずがないということなのだ。僕らに社会を変えることなんてできないなどとあきらめたら、いったい誰がやるのであろう。僕たちが作り上げる以上の社会なんて存在するはずもないし、今に不満があるのであれば僕たちが、がんばって変えていかなければいけないということなのだと改めて感じさせられた。

終了後1時間程度の懇親会。こうしてまた人と人との絆が広がっていく事にも改めて感謝したい。

2015/04/27

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。

10時ごろ1週間ぶりの畑作業。春を迎え、いろいろな野菜が芽を出している。写真のねぎのようなものは玉ねぎである。苗床から移植したときは猫のひげほどの大きさだったのだが、いつの間にかしっかりとした葉になった。この根っこが丸々と太りだすというのだから、不思議な話である。周りに植えられている赤い花はクリムソンクローバーで、これを玉ねぎの周りに植えると病気になるのを防いでくれる効果があるそうだ。いわゆるコンパニオンプランツである。クローバーにはテントウムシがたくさんいる。このテントウムシはアブラムシを食べてくれる。農薬を使わなくとも、害虫を減らしてくれる虫がいればよいわけだから、テントウムシは大切に扱うようにしている。

他にも、ホウレンソウ、小松菜、春菊といった葉物野菜が芽をだし、冬に植えたキャベツは丸々と太って収穫の時を迎えている。キャベツのコンパニオンプランツのつもりで植えたサニーレタスもこれ以上大きくなれないほどに成長した。移植されるのを待っているねぎやニラももう一息で広いところに移してあげられる。3月に種をまいた大根やかぶもだいぶ葉が大きくなった。にんじんはとても成長が遅い。一緒に植えたかぶが大きくなっても、にんじんは髭のような状態のまま。同じペースで育ってくれたら楽なんだけれど、なかなか歩調を合わせてはくれないようである。これではコンパニオンプランツの意味がない。

春野菜を育てるのは2回目、まだまだ初心者である。これから先、きっと思いもかけないことが起きるであろうけれど、でもそういうことを一つ一つクリアしていくこともまた楽しみ何だと思う。

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夕方、町田分室室長の田村君と鈴木君、社長と私の4人で会食。場所は上野の韻松亭、上野の森の一角にある日本家屋のような料理屋さんである。料理の質はまあまあといったところのようだが、このお店の建築は一度は体験する価値があると思う。20時30分まで。

2015/04/26

日曜日。一週間続いてきた川口市議会議員選挙がようやく終わった。市議というととても身近な存在だから、たくさんの知人が立候補していて、受かった人もいれば落ちた人もいるわけである。受かった人はこれからの4年間を市民の負託にこたえて一生懸命に働かなければいけないだろうし、落ちた人は市政を任せたくなるような人物になるべく修行の道に入るわけである。どちらも大変であることは変わりはない。

川口市の投票率は37.4%、これは4年前の投票率よりも1.5%ほど落ち込んだ数字だ。有権者の約3分の1しか投票をしないという現状はなんとなくわかる気がするのだけれど、だからといってその権利を行使しないで、何か不満な状況が良い方向に向かうとも思えないわけで、やっぱり自分たちの暮らす街をよりよくしたいという意思と、自分自身も参画するという意識をもう少し持つことがとても大切なことのように思えるのである。

自分自身で参画するといっても、仕事を持つ個人が行政に影響を与えたり、実際の仕事をするなんてことはなかなかできない。そんな時に役に立つ最も身近な存在が市会議員ではないのかなと思う。身近だからこそ、近所の交差点に信号をつけてほしいなどの小さな要望も聞いてくれるであろう。つまり、地域住民の意思を受けて、地域住民に代わって、行政を動かすというとても大切な仕事をすることができるのである。

最も身近な知人でいえば、これまでますいいの電気工事の仕事をしてもらってきた奥富電機の奥富社長が、新人議員として当選してくれた。もちろん僕も応援したし、ますいいの左官屋さんも水道屋さんも応援した。ますいいの協力業者さんである町の電気屋さんが市会議員さんになったのである。他にも知っている人はたくさんいるけれど、やっぱり彼の当選が僕にとっては一番うれしい出来事であった。

2015/04/25

朝礼終了後、茶室の造作工事についてのデザイン打ち合わせ。この現場は大手ハウスメーカーの作った住宅の一室に、炉のある茶室を設えようというものである。パネル工法の住宅だから炉の穴はあけられない、という担当者のわけのわからない説明に対する説得から始まり、ようやくここまで進んできた。部屋の広さは4畳半、京間の畳を敷きこむことができる。茶をたしなむものならわかるはずだけれど、やっぱり京間のほうがゆったりとしていて心地が良い。床の間を作るほどのスペースはないので、奥行き10センチほどの壁床を作る。床柱はこぶし、落としかけと床板は杉を考えている。隣にある収納スペースには、下段・上段に茶道具、中断にお仏壇が納められる予定。その前の板の間は杉の床板が貼られることとなる。アルミサッシをむき出しのままでは品がないので、冊子の部分には障子をはめ込むこととした。住宅の用途を満たす趣味の部屋としての茶室、なかなか良い部屋ができそうである。

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2015/04/24

東京都文京区にて進行中の改修工事の現場。この現場では古い事務所を改装してカルチャースタジオとカフェの併設されたスペースを作っている。クライアントは団塊世代の女性である。自身と同じくらいの世代の集う場として、さまざまな趣味を楽しむことができる場を創造しようという計画である。

カルチャースタジオのほうは防音工事を施している。歌を歌ったり、楽器を奏でたりの場面でも周辺に迷惑をかけないようにとの配慮である。まるでカラオケスタジオといった風体のこの部屋、何とも楽しそうなスペースである。ここにたくさんの仲間が集い、楽しい時間を共有するとのこと、第2の人生を豊かに過ごすための場として、有意義に使っていただければと思う。

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カフェのスペースは、家にいる時のようなくつろげるスペースを演出するというコンセプトで進めている。建具や家具に米杉・タモといった無垢の材料を使用し、カウンターの高さといった寸法の設定でも、団塊世代の使い勝手に配慮することで、落ち着いた空間を目指しでいる。

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最近仕事をしていて思うのだが、クライアントの要望が本当に多岐にわたるようになってきたと感じるのである。つまりはただ住めればよいという住宅を作るだけの仕事なんかほとんどなくって、様々な事情を建築を通して解決してほしいという、とてもやりがいのある仕事がほとんどという状況になってきているのである。そもそも建築のストックはすでに需要を超えている。空き家が世間で問題となっていることからもそれは明白なのであって、それでも建築を作る仕事をする必要があるとすれば、
①既存の建築を、クライアントが豊かな人生を送るために必要な機能を満たす形に変えること。
②既存建築がない場合には、新たにそれを作り上げること。
なのではないかと思うのである。様々な要望に面したとき、まるでいろいろな科をまたいで治療をしてくれる町医者のごとく、答えを発想し工事を施す、そんな建築家でありたいと思うのである。

2015/04/23

朝礼終了後、土曜日に予定されているTさんの家についてのスタディー。写真はその内観模型の様子である。リビングの中心にはストーブがほしい、という当初の思いはペレットストーブという形で実現されることになる予定である。ストーブの煙突は階段を兼ねた吹き抜けを通って2階まで貫通している。背景となる壁は外壁芯よりも225ずらし、両側にスリット上の開口部を設けることで、ストーブがこの住宅の中心となるための象徴性を際立たせている。

この住宅を考え始める時に思ったこと、それは京都大原で生活しているベニシアさんの住宅である。ベニシアさんとは、古い民家をセルフビルドで改修し、英語の教師をする傍らでハーブを育て、そのライフスタイルがNHKの特番にまでなってしまった、日本人以上に日本人らしい女性である。その素朴な、しかしながら強い意志のある暮らしぶりは、見る人に僕たち以上の日本人らしさを感じさせるものであり、イギリスの文化と日本の文化の織り交ざった品の良さがとても心地よい。

僕はここで暮らすTさんたちご夫妻にそんな生活をしてほしいと思った。そんな中で進めている設計、一つ一つの部分を挙げだせばきりがないけれど、とても思いのこもった設計を進めている。完成まであと一息というところである。

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2015/04/22

午前中、埼玉県坂戸市にて計画中のYさんの家の打ち合わせ。今回で2回目となるプレゼンテーションである。土地の条件、クライアントの希望を反映した提案をするわけだが、クライアントの予想を良い意味で裏切ることもまた大切なこと。予想もしていなかった素晴らしいプランに出会った時に見せてくれるクライアントのうれしそうな笑顔が、僕たち設計者にとっては最も大切なご褒美なのだ。

この計画では、リビングを1階に作るか、それとも2階に作るかについての検討を進めている。それぞれにメリットはある。

例えば下の写真は2階にリビングが配置されている事例だ。この住宅は周りを住宅に囲まれた敷地に建っている。前面道路には近隣の住人の通行があり、どうしてもその視線が気になるところ。そこで、リビングを2階に配置し、リビングから跳ねだすデッキを取り付けることとした。このデッキのおかげで込み入った住宅街の視線を遮り、開放的な空間を実現している。

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下の写真では1階にリビングを配置している。1階にリビングがあるということは、外部空間と普段過ごしている場所との距離が近いということ。たとえば子供がリビングの延長線上にある庭で元気に走り回る姿を、ダイニングチェアーに座りながら眺める、なんてことだってできるのである。結局はその土地と実際に暮らすクライアントの要望にあった最適な答えを探す事こそが大切なことなのである。

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2015/04/19

日曜日。

今日から統一地方選挙がスタートしている。川口市では市議会議員を選ぶための選挙が行われる。だれがなっても同じ、市議会議員など何のためにいるのか・・・、などの声をよく耳にするものの、政治を彼らに任せるという社会の仕組みを採用し、実際にそうしている以上、自分の目で正しいと思える選択をすることは大人としてやらなければいけないこととも思うのである。

川口市とは、つまり人が50万人も集まっている団体である。こんなに多くの人が一堂に集まって意思を決定するなんてことができるわけがないし、やったとしてもあちらこちらで大喧嘩が起きてしまうであろう。だらか、皆で少しずつお金を払い、皆が安全に暮らすことができるような場を作っている。そして、その意思を決定しているのが、僕たちにその意思決定をゆだねられた彼ら政治家である。無責任なマスコミ的発想に毒されることなく、次の世代に豊かな社会を引き継がなければいけない責任世代として、しっかりと自己の責任を果たすことがとても大切なことであるのだ。

とはいえ、家の周りをぐるぐるとまわる選挙カーの騒音は何とかならないものなのであろうか?の感はどうしても浮かび上がっていくる。コミュニティー紙、ネットなどの情報媒体がこれほど発達しているにもかかわらず、手段がなかなか変化しない現状は、若者が選挙に行かないことに由来しているかもしれない。来年より投票権が18歳からに変わる。18歳といえば、高校から大学に行くとき、つまりは将来を意識するときである。何かが変わる、そんな期待も感じる時であると思う。

前に日記に書いたが、スゥエーデンから来ている18歳の留学生のマリアが、僕の子供が算数の筆算の勉強している姿を見て驚いていた。どうして驚いたのかといえば、スゥエーデンでは計算機を使用して勉強しているとのこと、つまりはなんで筆算なんかできるようにならなければいけないのかについて驚いていたのである。これはほんの小さなエピソードなのであるが、教育という国が方針を定める事項における、まるで飛行機の時代に戦艦を作り続けた大日本帝国の様にも思える、とても重大なことのようにも思えるのである。

で、選挙に話は戻る。いまだに選挙カー、ポスター、時代錯誤の手法によって選択された人々による政治の結果の社会、教育、そしてそれを受けた人による社会・・・・。現状に満足していないの出れば、この循環は悪循環である。つまり僕たちが変えたいと思っている社会の、悪循環の原点はここにあるといっても過言ではない、とても大切な事項であるのだ。変えたいのであれば原点を変えるしかない、だから自分で選択をしなければいけないと思うのである。

2015/04/17

午前中、埼玉県川口市で計画中のIさんの家の現地調査。鉄骨造3階建て、1階が店舗として作られている建築の2階と3階の住居部分を改修する計画である。今日は図面などの資料があまりそろっていないということで、図面起しようの実測を行った。連休前にはプレゼンに移る予定である。

以前造った9坪ハウスのお話をしたい。この住宅は3間×3間の、つまり9坪というとても小さなスペースをさまざまな工夫を施すことで豊かに使えるのではという考えで造ったものである。クライアントは某大手ハウスメーカーの社員さんだ。9坪という小さなスペースに作るにあたっては、既製品の寸法をさらに小さくするための造作工事をさまざまなところに施す必要がある。さらに、解放感を生み出すために吹き抜けや大きな開口部を設けるなどの工夫もされている。クライアントはここに夫婦とお子さんとで暮らしている。決して一人暮らしではないのである。

こういう小さな住宅に住むためには、身の回りにあるものを極限まで整理する必要がある。たくさんのものを所有していたのではすぐに増築、、、となってしまう。さて人間の生活に必要な最低限とは?この問題に対する答えは人それぞれ、答えなどない。でも今の社会が情報とものにあふれている社会であることは確かである。そしてその社会の仕組みが、なんとなくではあるけれど少しずつ変わってきているような気もするのである。世界に人があふれる現代、ごく一部のブルジョワジーは別として、すべての人が均等に多くのものを所有しようとしたのでは、持続可能な社会の実現はあり得ないであろう。カーシェアリングのごとき共有の考えをはじめとして、新たな概念を取り入れ、この世界が少しでも長く続くことを祈るしかないのである。この9坪ハウス、昔の概念に基づく住宅であるものの、なんとなく再度認識必要があるようにも思えるのである。

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2015/04/15

朝礼終了後、鈴木君と一緒に我孫子へ向かう。リフォームの相談を受けた現場は、手賀沼を見下ろす高台の住宅地、道路からは階段を何段も上がらなければいけないのだけれど、上がった後には素晴らしい眺望が開けている。お父さんから引き継いだという、何とも素晴らしい住宅地であった。クライアントのMさんご夫妻は受け継いだ築三十数年の中古住宅を大切に住み続けているのであるが、今回はこの住宅を改修する計画である。一通りのご希望を伺い、計画の方向性に思いを巡らせた。楽しいプレゼンを作り上げていきたい。

実はこの手賀沼、僕にとっては大学生時代にお付き合いしていた彼女とよくデートした思い出の場所である。彼女の実家がこの安孫子にあったからなのであるが、こんなことでもない限り二度と来ることはないのであろう場所だけに、なんとなく思い出してしまったりもする。人生40年も生きていれば、皆それぞれに思い出がある。僕は思い出の数が増えていけば増えていくほどに、なんとなくやさしく、もしくは気持ちが丸くなっていくような気がするのだけれど、これが年を取るということなのであろう。

2015/04/14

午前中は事務所にて雑務。

13時より茶道稽古。今日は久しぶりのお稽古ということで、丸卓の薄茶、平点前を行う。丸卓というのは、天板、地板ともに丸い二本柱の小棚で、利休好みと宗旦好みがあるのだけれど、利休好みの丸卓というのは桐木地で二本の柱が天板と地板の内側についている。まあ、棚の形など何でもよいのであるが、この棚の形が変わると点前の作法も変わってしまったりするので厄介だ。たくさんの種類の手前を作ることは、いわゆるお稽古事として新たなことを習得する仕組みを確立したのであろうが、新たな点前を覚えることだけが意味のあることの様になってしまっている現実は、逆に茶道の本質を失わせているようにも思える。今の世における茶道の本質とは、利休の時代のような革新を求めることではない。政治の場でもない。ただ一つの存在意義は「伝統という素材を用いて、日本人のアイデンティティーを確立する一助となること」である。

理想を失った民族は滅びる。
すべての価値をお金や物に置き換えて、心の価値を見失った民族は滅びる。
自国の歴史を忘れた民族は滅びる。

これはとあるイギリスの歴史家の言葉である。僕の専門分野である建築は力を失ったといわれている。建築学科を目指す学生も減少しているとか。流行り廃りは世の常なれど、悲しい話である。情報が氾濫し、経済活動ですら実態を作るよりも虚像の世界での活動のほうが利益を生むのだから仕方がないのかもしれないけれど、建築が力を失ったなどと学生に言ってしまう教授陣はあまりにくだらなすぎる。

住宅は暮らしに触れる建築である。その建築で人は育ち、学び、成長する。無機質なコンクリートの巣箱のごとき建築の中で育つか、さまざまな思いのこもった建築の中で育つかは人の形成に大きく作用するはずである。そしていつの世も主役は人である。その建築の作り手として僕は茶道を学んでいる。伝統はあくまで手段である。建築もあくまで手段である。理想を追求する心、心の価値、そして自分とは何かを確信する歴史、そういう事を感じるものを、遊び心を持って生み出したい、そんなことを考えている。



2015/04/13

東京都中野区にて進行中のKさんの家の現場では、基礎の工事が進んでいる。写真の様子はJIOという民間の検査機関の検査員さんが、鉄筋の状態をチェックしている様子である。アネハ事件以降、住宅を建てたクライアントを守るためにすべての住宅に瑕疵担保保険が義務付けられたのだけれど、その時からこのような大切な工事の段階で第3者の検査が行われるようになった。きちんと工事を進めていれば無駄な費用となってしまうが、あのような事件があったわけだから、それを防ぐために全数検査をするという制度ができたことは仕方がないのかもしれない。

この住宅は若い夫婦二人が住む。隣の敷地には御主人のご両親が住んでいる。敷地は違えど、2世帯住宅のごとく集まって住む形となる。敷地の北側には大きな公園がある。この眺望を取り込むために、北側に比較的大きな窓を配置し、リビングから公園の景色が見えるようになっている。南側からの最高は、勾配天井の上部より取り込むように計画している。この窓は隣接する建物よりも高いところに位置しているので、常時光を取り込むことができる。勾配天井によりできた空間を利用し、ロフトも設置した。3畳ほどの畳スペースから階段収納を上がって登ることができるので、遊びのスペースともなるであろう。

今後の予定としては連休明けに上棟工事、その後大工さんの作業に入って行くこととなる。内装は自然素材を基調として、セルフビルドもふんだんに取り入れた。今後の経過も定期的にご報告したい。

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2015/04/12

昨日まで町中を騒がせていた選挙カーの騒音も消え静かな日曜日が戻ってきた。とはいえ今日は投票日、ここ川口市では県会議員選挙が行われているけれど、町には投票権を手にした人が結構歩いている。僕も妻と二人で8時過ぎに投票を済ませた。地元で仕事をしていれば自然と議員さんの知り合いも増える。選挙があれば必ず誰かは当選し、誰かは落選するわけで、果たして知人がどちらになるかは気になるところである。だれが当選したところで、大した変化はないとも思うのだが、でもその当選した人以上の国や地域が実現しないことも確かであり、そこでで生活している僕たちは、だれに政治を任せるのかの決断くらいはしなければいけないとも思うのである。

家に戻ると、妻と娘と一緒に畑へ出向く。春が訪れ、だいぶ畑らしくなってきている。先月撒いた法蓮草や小松菜、春菊も芽を出した。じゃがいもからも芽が出ている。昨年から育ててきている玉ねぎもだいぶ大きく成長してきた。畑で作業をしていると、テントウムシがたくさんいることに気が付く。テントウムシはアブラムシを食べてくれるので畑にとってはとても大切な虫である。だから草むしりなどをしていて、居場所をなくしてしまったテントウムシに気が付いたときには、また野菜の植わっているところに戻してあげるようにしている。カマキリはまだ見ない。カマキリは野菜を食べてしまう幼虫の類を捕食してくれるので、もっとありがたい虫である。こんな風に虫を見て、何かを思うなんて小学校の、それも低学年の時以来である。大人になっていろんなことがわかるようになった代わりに、見えなくなってしまったものもたくさんあると思う。そしてそれが自分にとって結構大切なものだったりすることもある。だから畑には少しの時間でも出向くようにしている。

隣の農家さんの畑を見るとすべての品種が一回り大きい。さすがはプロである。こういう発想は大人の発想で、ちょっとはしたない。でも、やっぱり隣の畑はよく見えるもので、昔からの諺は的を得ているようである。これはちょっと教えを請わなければいけないな。

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下の写真は畑の物置小屋、今週、設計主任の橋本君が扉をつけてくれた。素人にしてはとても上手である。ガルバリウムの板を張った扉はなかなか上部そうで、鍵もしっかりしている。重さに耐えられるように蝶番はなんと5枚もついている。さすがは元型枠職人、手先の器用さは抜群である。隣に見えるのは雨水タンクである。これには500Lの水をためることができる。この畑には水道がないので、種まき後の水やりなどにとても重宝している。雨が降らないと不安になるのだけれど、雨を思う、そんな気持ちも畑をやるまで感じたことがないものである。

悲しいことにこの貴重な雨にはあまり望ましくない物質も含まれている。雨が降ると、放射能の値が少し上がってしまうことからそれがわかるのだけれど、でもその水なしでは生きることはできないのだから仕方がない。対策としてはせめて水はけを良くすることくらいしかないのである。僕たちにできることは、そういう物質をこれ以上まきちらさないことだけなのだけれど、でも経済が破綻してしまっては国の存続も危うくなってしまうのも歴史が物語っているわけであり、資源を持たない国の国民として原発の再稼働にやみくもに反対することだけが正義とも思えない。もし日本でそれをなくしたとしても、他国に大量に存在していたのでは意味がないし、日本国内でも原発の代わりに石油をどんどん燃やしていたのでは本末転倒であるのだ。物事の正義は、それをどちら側から眺めるかによって簡単に入れ替わる。こういう議論をするよりも、こういうものに変わる、画期的なエネルギーを開発するなどの革命的な出来事を待つほうが現実的なような気もするのである。

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午後からは少々遠出の用事を済ませ帰宅。遠距離のドライブはさすがに疲れる。今日は早く寝るとしよう。

2015/04/10

埼玉県さいたま市にて進行中のWさんの家の工事の様子である。大工さんの木工事もだいぶ進んできていて、住宅としての姿をあらわにしてきた。家らしくなってくるこの頃の現場は、日々の変化がとても楽しみな状況となる。

この住宅の中心には、中庭がある。それぞれの室が、この中庭に向けて開いており、光の入る開放的な空間となっている。室には中庭に加えて、傾斜天井の先の開口がある。そこからも光が入り、視線が空へとの伸びていく。今はまだ、施工途中ではあるが、上述した空間の質が徐々に空間となってきている。今後の進展が楽しみな現場である。

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2015/04/09

午前中、千葉県流山市にて新築住宅の建築を検討しているKさん打ち合わせ。敷地は傾斜地で道路からは4mほど上がった場所にある。道路との段差は4mほどで、古い見地石の擁壁で支えられている土地である。このような崖地を購入する場合、どうしても気になるのは擁壁の構造強度である。古い住宅地の場合には、現行の構造基準に合わないことが多く、その場合には擁壁を造り替えなければならないことになってしまうこともある。このような工事には多額の費用を要することになる場合が多いので、注意が必要であるということである。

今回の敷地は広さが十分にあるので、崖からの引きが十分に取れる。引きが取れるということは擁壁に建物の荷重を負担させることなく建物を作ることができるということになる。この点は非常に有利に働く。

また、階段状の建築を作ることも可能である。敷地全体を階段の様に削り取ってしまい、その階段状の敷地に沿った建物とするなどの工夫は、敷地の特徴を建築の特徴とし、それを魅力とすることもできうる積極的な解決策となるであろう。

このような検討を土地の購入前の段階で行うことで、魅力的な建築を作ることができる確信をもって土地の購入をすることが可能となる。一般的な見解としては、傾斜地は購入しないほうが無難である。でも傾斜地だからこその魅力があることは確かで、だからこそ事前の検討が大切であると思う。

2015/04/07

日本の家は高すぎる。ある調査によると、アメリカと比較した場合の平均的な木造住宅の建設費用は日本のほうがアメリカよりも2倍近く高いという報告がなされている。(財団法人住宅生産振興財団 平成6年)

では住宅の値段は何によって決まるのであろうか。見積もり書をよく見ればわかることなのだが、簡単に言うと部材の値段と人件費と会社に必要な管理費の合計である。資源の少ない日本では、どうしてもその資材を輸入に頼らざるを得ない。輸入資材というのはその価格が国際情勢や為替の影響で変動する。それでは国産材に目を向けようとすると、日本の険しい山岳地帯で行われている林業というのは、そもそもコストがかかりやすい構造があるので、輸入資材を利用するよりもさらに高いものになってしまう。わかりやすく言うと、秩父で伐採された杉の木から作ったフロアリングよりも、北欧でとれたパインの木から作ったフロアリングをはるばる日本まで運んできて、それを商社を通して購入したほうが安いのである。

人件費だって同じことだ。アメリカのように多くの移民を受け入れ、安い労働力を国内に抱えている国と違って、日本では職人さんたちもある一定の生活レベルを、ある一定の収入によって支えなければならないという構造がある。だからたとえば大工さんの日当を25000円から10000円に下げようとしたって、そんなことは不可能であり、もしもそれでもやってくれる職人さんがいたとしても、ろくなものはできない、つまり職人さんと呼べるような人ではないのである。ではどうするか?できることから一つずつ手を付けていくしかない。

僕のところに来てくれるクライアントはローコスト住宅を所望する人が多い。だからなるべくシンプルなプランニングをするように心がけている。例えば、二つの同じ面積の四角形を見比べてみてほしい。長方形のプランと正方形のプランを比較した場合、正方形のプランのほうが外壁の長さが短い。外壁の長さが短いということはそれにまつわる仕上げ工事の値段が安くなるということであり、取り付けられるサッシの量も抑えられるということである。つまりコストも抑えられる。

何階建が一番安いのでしょうか?との質問を受けることも結構多いのだが、よほど特殊な事情がない限り2階建てが最も安く作ることが出来る。平屋だとどうしても基礎や屋根の面積が大きくなることによる増額が目立ってくる。3階建ての場合は、防火規制に影響されて仕様をアップしなければいけなくなったり、そもそも3階建てにするための構造計算費用やそれに伴う構造部材の増加などの影響で、やはり増額傾向になってしまう。

先の平面形状の話と合わせると、住宅の最も合理的なプランは正方形の総2階建てということになるわけである。だからと言って何でもかんでも正方形の2階建てにするわけではない。でもこれが最も合理的なんですよという事実を知っておくことは損ではない。

物の値段ほどいい加減なものはない。建築の世界でも、特に定価が無い物の値段というのはあって無いようなもの、まるでマグロの値段のようなものなのである。こういう物を利用して何かを造ろうとすると、その仕入れの方法によって、値段は大きく変わる。材料の使い方によっても変わる。だから、ここにはちょっとした工夫が必要となるのである。

定価があるものならば話は簡単だ。例えば窓枠を造るとする。通常の既製品の組み合わせで造られている住宅では、ドアと枠がセットになった定価のある商品、つまりカタログに掲載されていてある規格のもとに大量生産されている商品を使用するので、そのものの値段を下げようとすれば、少しでも値引き率の多い商社から物を購入したり、時にはネットの格安店を探したりの工夫をすることになる。それでも希望する値段にならなければ、メーカーを変更したり、突板(本当の木の薄板を基材に張り付けたもの)からプリント製品に変更したりの減額案を採用することになる。

でも定価が無い物を造る場合は、簡単に説明できる手法はない。その都度その都度、僕の考えに協力してくれそうな人と相談しながら作ることもあれば、専門業者を使わなくても僕たちや大工さんでもできそうなことは自分たちでやってしまうことでセルフビルドを取り入れたりもする。

クライアントにとって本当に大切にしなければいけないものが何かを考え、最後まで決して失ってはいけない大切なこと以外には、ある程度の幅の中でコストダウンの可能性を探るなかで、適正な手法を見出していくしかないのである。

2015/04/04

住宅の予算について考える。ますいいリビングカンパニーに依頼される住宅は、30坪程度で1800万円くらいの予算帯が一番多い。坪単価にして60万円程度、決して安くはないこのお金をいかに使うか?これこそが家づくりのとても大切な部分である。

住宅の見積書を見ていると大体40%くらいがモノの値段で、残りは人の労働に対して払う値段だ。手作りの部分が多ければ多いほど、労働に対して支払われる部分が多くなるわけだから、ますいいの予算構成比率はほかの会社よりも労働に対する対価が多いということになるであろう。ますいいではこの部分のコストをさえるためにセルフビルドを取り入れている。仕上げ工事等の構造や雨漏りには関係のない部分で、良い材料を使うけれど素人でもできるであろう作業を抽出し、それをクライアント自身が行うことで、安価な材料を職人さんに依頼した時と同じくらいの値段で実現できることを目指している。

例えば石灰クリームという左官仕上げの場合、セルフビルドで行うことでビニルクロスと同じくらいの値段で実現が可能だ。100㎡のリビングの壁をタナクリームで仕上げるとしよう。もし左官屋さんに全部を依頼したら25万円程度となる。セルフビルドの場合は、材料費が9万円に養生材やパテが1万円程度であろうか。その差額は約15万円、㎡単価にすれば1000円程度で済むわけで、やっぱりクロスと同じくらいということになるわけである。

無垢材の床に塗るワックスもオスモをセルフビルドで塗る。そうすれば安いワックスを業者さんに依頼するよりも、さらに安くオスモのワックスで仕上げることができるからだ。たかがワックス、でも何十年も使う家である。その違いはやはり大きい。

壁・天井を木で仕上げることも多い。特に防火規制のない部屋では、石膏ボードを張らずに柱に直接木を張ることで仕上げとすることができるわけだけれど、そうすると左官屋さんやらクロス屋さんやらの工程を一回省くことができる。人が一回省かれる!!さっきの予算構成を考えれば、これほどコストダウンに効果的な手法はない。しかも木であれば、調質効果などの副産物まで期待できる。その気に塗装を施すとしたら、もちろんセルフビルドを採用する。塗料は誰でも簡単に濡れる柿渋などがよいであろう。作業が簡単なだけでなく、純粋な天然素材である。

実は建築の材料費はそれほど高くはないのである。本当は自然素材なんて安いはずなのに、どうして高くなっちゃうかといえば、つまりは手間がかかるから。既製品をぺたぺた張るのに比べたら、人手がかかってしまうからなのだ。省くことができる人では省く、逆にそれが素人ならではの味ともなる。そしてその家に対する愛着をも生み出すことになるのだ。

2015/04/03

午前中、第2回目の安全パトロール。今回はリフォーム工事中のMさんの家の現場へ。新築工事と異なり、高所作業などの危険作業はないので、工具の点検などを行う。丸鋸の安全カバーなるものを固定するという状況を見つけたので、改善を指示。「作業のやりやすさ」と「安全」は必ずしも同じ状況を求めるわけではないようで、職人さんにはもしかしたら仕事をやりにくくすることもあるのかもしれないけれど、でもけがをしてしまっては仕事をすることもできなくなってしまうわけで、やっぱり安全を優先しながらやりやすさを追求するという姿勢が正解なのであろう。

夕方19時よりますいい建築塾。今回のテーマは「バックミンスターフラーからハイテク建築まで」。バックミンスターフラーといえば知る人ぞ知る建築家であり思想家である。1900年代中盤を主な活動時期とし、「宇宙船地球号」という考え方や、フラードームなどを発明した人物である。合理的な屋根を追求したジオデジックドームなるものは、最大では直径が384フィートという巨大なものまで作られている。マンハッタン計画なる構想では、超高層ビル街がすっぽりと包みこまれるようなSF的イメージを生み出しているが、これなどは地球高温化が進む現代社会が迎える数十年後の都市において、もしかしたら現実のものとなるかもしれない恐怖を連想させる。人類の発想が自然の力に勝つことができるかもしれないとしたら、の限界を示しているようにも思える。

下の資料はノーマンフォスターによる設計のセインズベリー視覚芸術センターについて。ちなみにフォスターはフラーの教えを受けている。フラーのドームをイギリス的な実際性によって四角いシェルターとしたという解釈が面白い。

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2015/04/01

10時過ぎ、埼玉県坂戸市にて設計中のYさん打ち合わせ。今回は第1回目のプレゼンテーションということで、3つほどのご提案をすることに。一つ目のプランは、Yさんが区画整理地内での建て替えが決まったころから長い時間をかけて温めてきたプランを起こしたものである。二つ目のプランは、そのアイデアを少し変形させ、より使いやすいようにしたものである。そして三つ目のプランは、建物の開く方向を90度回転させることによって、全く異なる土地の使い方をご提案したものである。今回の打ち合わせでは、これら三つのプランをご覧いただき、土地の利用に関する可能性の広がりを感じていただくことができた。基本設計の初期段階では、あまり決定的な提案をするよりもさまざまな可能性を探るほうがよい。建築家によっては一つのアイデアだけを絶対的なものとして扱う方もいるそうであるが、それはあまりにも驕った行為であるか、もしくはただの手抜きだとしか思えない。やはりじっくりと時間をかけて探り出した可能性の中から、これまた時間をかけて一つを選び出していくことで優れた建築が生み出されると思うのである。

15時、茶室改修工事の打ち合わせ。数日前の日記に書いたMホームの件である。洋間を改修し、和室を作り、ついでに炉を切って茶室もつくってしまおうという計画である。築16年ほどのMホームの家。ツーバイフォーに近いパネル構造ということで、メーカーさんのお話を聞かないと迂闊に手を出すわけにはいかない物件だ。しかもこれまで何度もMホームの担当者さんにお伺いを立ててきても「炉を切ることはできません」「壁を動かすことはできません」と断られ続けてきたという話である。情報を整理し、メーカーさんからも丁寧に話を聞き出さないと進めることはできそうにない。

前回お会いしたMホームのご担当者さん曰く、「10年目の防蟻工事をしたのなら、床パネルの防蟻シートを破るような工事はしてはいけない。・・・(10分ほどのやり取りの後)・・・もし破るのならしっかりと補修してほしい。」「壁の位置を動かすことはほぼ不可能である。・・・(10分ほどのやり取りの後)・・・リフォーム部門の担当者に聞いたらもしかしたら動かせるかもしれません。」との見解であった。10分度のやり取りで、方針が変わる。それならば初めから施主の要望に沿った見解を言ってくれればよいのに、の疑問を感じるのだが、それが大企業というものなのであろう。まあ、この10分ほどのやり取りが僕の存在価値なのだろうけれど・・・。

今回お会いした別のご担当者さんは、「10年目の防蟻工事は建物外周部の工事なので、防蟻シートの効力はすでに無くなっている。」「壁はただの間仕切壁だから動かしてよい。」との見解であった。結果、ほぼご要望通りの工事が可能との結果になったわけである。クライアントのYさんがどれだけお願いしてもできなかった計画だけに、ほっと一安心。さていよいよ本格的に設計を始めるとしよう。

17時、新入社員面接。コミュニケーションが苦手という青年に対し、この仕事のコミュニケーションの量の多さと質の多様性をお話、もう少しよく考えるようにとのアドバイスなどなど。

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