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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記

2015年2月アーカイブ

2015/02/28

昨夜からの発熱がまだ続いている。知人の作った川口市の芝にある耳鼻科にて、インフルエンザの検査。めでたくB型と判明。これだけの発熱が続くとインフルエンザであることが逆に安心材料となる。すぐにイナビルなる薬を口から吸いこみ、家に帰って休息。4時間ほどで熱は下がってしまった。まるで嘘のように熱が下がるのである。薬が体の中でウイルスと闘ってくれているのであろうが、その効き目たるや驚くばかり。こんなに簡単に治るのなら、もうインフルエンザは全く怖くないな、などと妙に感心してしまう。どちらにしても今日、明日は動くことはできない。明後日の城崎温泉旅行に向けて養生しなければならない。

2015/02/26

朝礼終了後、事務所にて雑務。

10時ごろ妻と二人で東京都北区にある旧古河庭園に向かう。この土地はもともと明治の元勲、陸奥宗光の邸宅だったもので、その後古川家の所有となったものである。設計はジョサイア・コンドルの手によるもので、いわゆる洋館建築となっている。日本が、西洋から新しい建築様式を一生懸命輸入していた頃の先駆け的な建物というわけだ。

今日ここに来たわけは、僕の師匠の石山修武先生の銅版画展を見に来たわけであるが、会場に入るとまるで銅像のごとくご本人、石山先生が入口のほうをぎょろっとにらんでいる。隣には同じく存在感満点の奥様もいる。たぶん会場にいるであろうことは予測していたものの、それでも石山先生のあの目に睨まれると、どうしても足がすくんでしまう。大学時代からの師弟関係は、いかようにもしがたい恐怖心を僕の心に焼き付けているようだ。会場に入り、先生にご挨拶。先生のおすすめの一点を購入したいのですがと呼びかけると、満面の笑みでGAYAからの風景なる一点を薦めてくれた。

GAYAというのは先生の新しいアトリエの名前でもある。そしてもちろんお釈迦様の悟りの地でもある。先生の描く銅版画にはまるでお釈迦様のごとき先生自身が描かれているのであるが、東京の世田谷からでもまるでGAYAにいるがごときの、世界を見渡す悟りの境地を生み出そうという意思が込められているのかもしれない。そしてこの絵にはそこから見渡すことができる混沌とした世界が描かれている。

僕は美術品の類をあまり購入しない。こういうものは買うことに限界があり、所有するよりも美術館に足を運んだほうが断然よいに決まっているからであるのだが、でも偶に買う作品、つまり買わなければいけないと思うような作品があることはとても幸せなことだと思う。

僕にとって石山先生は、ますいいリビングカンパニーなる会社を作り上げる時のまさにアイデアの源であり、運営している今でもひと時も忘れることのない羅針盤である。僕がまだ独立する前、どのような会社を立ち上げるべきかについてまるでゼミの様に早稲田大学の学生とともに考えをめぐらせてくれて、今の社会に必要とされる組織像を僕にわかりやすいように描き出してくれた。独立した後もことあるごとに相談に乗っていただき、ここまでやってきた。だからこの銅版画は、まるで仏陀の経典のごとく、これからの僕自身の建築に対する処し方を律するものであり、心の支えともなるものなのである。

世界は混沌としているとだれもが言うが、それはきっといつの時代も変わらないことであるような気もする。絶対的な価値など誰の中にも作りえない。だから人間は現状よりも少しでも良い状況を作り出そうと歴史の中で努力してきたのではないかと思う。世界を見渡せば、アメリカ型の帝国主義とそれに対する対抗勢力、ロシアの存在、小さな地球ですら一つにまとめることなどできない現実が延々と続いている。僕には特段政治的なイデオロギーなどないのであるが、それでも世界がこうなればよいなというような理想像のごとき思いはある。何ができるかわからないけれど、そんな思いを建築で実現していきたい。

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2015/02/23

午前中は事務所にて雑務。

午後より、伸明建設社長の青木さんと一緒に、藤島建設へ。今日は藤島建設が10年がかりで開発してきた地中熱利用のシステムの説明を受けるためにやってきたわけである。川口市に根付くハウスメーカーの技術をどうして僕が聞くかというと、この地中熱利用のシステムを4月よりオープンで販売するという計画があるというからだ。会場には川口市長さんや、6名ほどのほかの会社の方々がいらっしゃって、みな熱心に説明を聞いていた。

地中熱利用の仕組みは震災以降特に注目をされているものの、その導入コストがあまりにも高価であることからまだ扱ったことはない。ヨーロッパではすでに普及しているというけれど、通常の住宅で500万円を超えるようなシステムは日本では普及しないであろう。それを今回は大体250万円程度で普及させたいという計画だというから、これは注目に値する。行政からの助成金が拡大されれば、導入コストはさらに安く抑えられる。この辺は政治力の部分なので、これからの動きに期待しよう。

システムはいたって簡単。地中15mほどに埋められた15本程度の鋼管の中に銅管チューブをいれ、その中の冷媒ガスを利用して熱交換を行い、空調や給湯に利用するというものである。鋼管は埼玉の家づくりではたいてい必要となる杭を利用するという徹底したコストダウンぶりである。現在最終調整中ということ、販売されるのが楽しみな技術である。

2015/02/21

午前中、埼玉県越谷市にて新築住宅の検討中のTさんご夫妻打ち合わせ。サーフィンを趣味とする御主人と、茶道をたしなむ奥様、二人の満足するような住宅とは・・・。なんだかとても難しいテーマである。土地の購入の検討中ということで、今後の経緯を見ながらの作業となるであろう。

ちなみにこのTさん、ご主人のほうは当然セルフビルドを所望している。自然を愛するサーファーであれば当然の嗜好であろう。なんで当然なのかと聞かれても、山好きの僕にはなんとなくそれが当然のことのように思えるというだけのことである。

以前川島町で建てたアスタリスクカフェでは、ご夫婦でセルフビルドを行っていただいた。写真は外壁に張った杉板の塗装をしている様子である。普通の塗装屋さんが塗るのであれば、先に外壁に張った板を足場の上から塗装するのが普通だけれど、クライアントに足場の上から作業をさせるのは危険だから、大工さんが貼る前に地面の上に敷き並べて塗っていただいたというわけである。危険は出来る限り取り除く、あとは楽しむ心の余裕次第だ。何でも完璧主義では楽しむ余地はない。自分の家を自分で作るなんていう、とても贅沢な作業をしていること自体に豊かさを感じることがよいのではないかと思う。

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2015/02/19

朝礼終了後、ホームコネクタの金さん来社。この技術は、木材を接合するときに仕口を作るのではなく、接合する木材の両側に穴をあけて、その中に接合金物を差し込み、さらに接着剤を充てんするというものである。仕口がないので断面欠損が少なく、まるで鉄の溶接の様に木材を接合することができるので、さまざまな部位に応用ができると予想される。

たとえば階段を木で壁から跳ねだしているように作ろうというような場合に、壁の中にボルトを受ける鉄板を仕込み、そのボルトに対してホームコネクタで接合すれば、厚さが80㎜程度の階段板を壁側だけで固定することができるのである。

いろいろとお話を伺っていると、この技術はもう20年も前から大規模木造建築物の世界では普及しているということであった。つまり駅舎を木造で作ったりの世界の話である。こういう世界の話はなかなか住宅の世界には伝わってこない。今回もたまたまお知らせをいただいたから知ったまでのこと。優れた技術だけに今後は利用していきたいと考えている。

夜、埼玉県川口市にて新築住宅を設計中のSさんとそのお母さんが来社。お母さんとその御嬢さんが二人で暮らすための家である。二人で暮らすから面積は普通の住宅よりも小さく設定している。でも吹き抜けを設けて既存の暗い居間を、明るくて解放感のあるスペースにしてあげる予定だ。コストは最小限に抑える予定。大体1500万円ほどであろうか。お二人にとって本当に居心地の良い場所になればよいと思っている。

2015/02/17

朝礼終了後、プロジェクト打ち合わせ。

埼玉県蕨市にて進行中の住宅がほぼ完成を迎えている。将来カフェを開くことができるようなスペースを1階に設け、2階を住居として利用する、そんなイメージで設計した建築である。最近は住宅をただ住むための箱としてとらえるのではなく、そこでカフェをしたり、アトリエを設けたりの複合的な用途を想定して作るケースが増えているように思う。ライフスタイルが多様化し、生活の糧とする仕事の様式も多様化した結果なのであろうが、建築もその変化に対応できるように作られることが求められるようになってきているわけで、設計側の工夫もより必要となる。そういう現場ではいわゆる画一化されたモノづくりは必要とされず、クライアントの価値観に合わせたオリジナルな設計をしなければならないわけで、設計者は求められる価値観を理解する思慮を持つことも大切なこととなるわけだ。

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そういえば先日鎌倉を歩いていた時も、個人が運営する小さなカフェをたくさん見かけた。一見固そうで、素朴なパンを並べているパン屋さん、ためしに購入してみるとなんだか懐かしい感じのとてもおいしいパンだった。表参道で見たコンテナを利用した屋台村のような場所も面白かった。これはこの土地を何かほかのことに利用するまでの仮設的な建築なのであろうか?詳細は分からないが、このようなバラック的なものを表参道で運営する感覚はとても良いと思う。建築が特別なイコンとして意味を持つ時代は終わってしまったけれど、僕たちが生きるこの時代にも建築がいろいろな姿で人の暮らしの役に立つということには変わりはないわけで、その適材適所のデザインをすることは今だからこそ求められる大切なことのように思う。

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2015/02/16

朝礼終了後、明後日行われる予定の協力会準備。協力会というのはますいいの仕事をしてくれている協力業者さんたちの会で、主に安全管理や横のつながりを作ることを目的としている。今回は総会・安全大会ということで開催されるわけである。

夕方、護国寺茶室にて裏千家ギョウテイ先生による指導。数人でのお稽古のはずがなぜか僕一人。お茶をやっている人しかわからないだろうけれど、つまりは大学教授とマンツーマンでゼミをやるようなものであって、要するに普通ではありえない状況である。なんだか少々緊張しながら、でも無事に筒茶碗のお点前をご指導いただくことができた。終了後帰社、21時ごろまで雑務をこなし家に帰る。

2015/02/15

日曜日。今週も予定を入れない日曜日を作ることができたので、鎌倉まで少々遠出。9時ごろ家を出て、まずは定番の鶴岡八幡宮へ。お天気が良いこともあり多くの観光客でにぎわっている。ここの参道から全体を眺めると、廻りを山に囲まれて、正面が海に守られている鎌倉という町の特徴がよくわかる。小学生のころ、このような地形が敵からの守りに適していたというような話を聞いたことを思い出す。

少々おなかがすいたので、久しぶりに海を見に行くことにした。冬の海なんて何年振りだろうか。由比ヶ浜につくと、海の中には多くのサーファーがいる。こんなに寒いのにサーフィンというのはよほど楽しいのであろう。波は意外と高いので、いわゆるテレビで見るようなサーフィンらしい姿もちらほらと見かける。浜で昼食をとっていると、サンドウィッチをトンビにとられる。突然襲い掛かってきたトンビが、見事に手に持っていたサンドウィッチを落としたかと思うと、すぐにほかの数羽が群がり跡形もなく持ち去ってしまった。近くにいたサーファーのおじさんが、トンビに注意したほうがいいよ!!の注意をしてくれたもののすでにサンドウィッチは存在しない。時すでに遅しである。

続いて北鎌倉駅近くの円覚寺に向かう。このお寺は蒙古襲来で戦没した多くの霊を弔うことを目的として造ったらしいが、各建築は江戸時代、昭和に入って再建されたものである。一つの山を切り開き、あちらこちらに祈りのための場所を作り上げた当時の風景を思い描きながら歩みを進める。途中、崖に穴を掘ったようなところを見つけたのだけれど、近くにいたお坊さんにこれは何かと聞いてみてもわからないというお返事。昔々修行のために掘った穴なのか、それとも食料の保存か何かの目的か・・・。僕にもよくわからないけれどなんだかよい風景なので写真を撮ってみた。

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2015/02/14

バレンタインデー。なんだかよくわからないが、娘たちは昨日からチョコまみれになって台所で楽しんでいる。これだけ大量のチョコレートを見ることはほとんどない。きっとすごい売上げなんだろう。

埼玉県さいたま市にて進行中の現場ではとてもきれいな木の架構が姿を現している。緩勾配の屋根を支える梁や、柱のグリッドの間にきれいにあけられた開口部の設えはとてもコンセプチュアルで、そこには設計者のとても良い意志が感じられる。でもこの現場、実は僕たちの設計ではないのである。この現場のクライアントは、大手の組織設計事務所に勤める設計士であり、つまりはクライアント自身が設計をした住宅を僕たちが造っているということなのだ。自分の家を自分でつくる、その設計バージョンである。

実はこの設計、想像するほど簡単ではない。というよりとても難しい。建築家にとって自邸というのは、ある種自分自身の生き写しのようなものであるので、対峙するにあたってはそれなりの緊張感を要する。僕はこれまで何人かの建築家の自邸の建設に携わってきたけれど、そのどれもがとても緊張感のある現場であった。僕の会社で作るくらいだから、決してバリバリのモダンとか、ツンツンにとんがっているとかいうのではない。普通に見える設えの中にも一つ一つに理由があり、吟味されていて、とにかく良い具合に収まっている、そんな種類の緊張感である。いよいよ造作が本格的に始まる。完成が楽しみな現場である。

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14時、埼玉県川口市にて築33年ほどの鉄筋コンクリート造住宅の改修工事のご相談。延べ床面積が70坪ほどであろうか、一般の住宅にしてはかなり大きい。ご相談に来たTさんご夫妻は10年ほど前に、とある会社の経営者さんの家を中古で購入したそうである。以来リフォームを使用しようと考えながら、いつの間にやら10年がたってしまったとのこと。今回はあまりに不便な今の生活状況を何とかしたいとの思いでお越しいただいた次第である。

生活を伺うと広い豪邸で優雅な暮らしを、の想像が一転、本当に大変な日常がうかがえる。買い物から帰ってきたら、4階にあるキッチンに直行、普段の家事は4階でやっていると言う。食事も4階、2階3階は寝室。水回りは1階にある。なんだか想像しただけで恐ろしい。もちろんエレベーターなるものは存在しない。年を取ったらどうしよう・・・の状態なのである。昭和56年、新耐震基準の年の建築物となると、まずは構造計算書類のチェックから始めなければならない。果たしてその構造を信じ、障害を過ごす家としてお金をかけてよいものであろうか?の疑問も感じる。難しい判断である。

2015/02/13

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。

なんだか最近はテロ事件に関するニュースが日常的なことの様に感じるくらい頻繁に報じられるようになってきた。こういうことにはあまり関係の持ちにくい日本人も犠牲になっているので、僕たちにとっても全く関係のないことではないことになってきている。イデオロギーの異なる団体同士が殺し合いをするというのは、人類の歴史のなかですべての時代にあった話である。現実のこととして目の当たりにしているからこそ、非常に残虐な行為に感じるのであるが、僕たちの知らないところではこのような残虐な行為がたくさん繰り返されているのであろう。何も知らない日本人を疎んじるような発言をする人がいるけれど、何も知らないでよい暮らしを送ることができていることの幸せもまた感じなければいけないのであろう。その陰ではきっと多くの人が犠牲になっているのだ。

東京都豊島区にて進行中の現場では大工さんによる木工事が終了しようとしている。この現場では、住宅性能表示の耐震等級2を取得し、贈与税の緩和措置を受けようとしている。それに加え、財形住宅金融のローンを受けるための、フラット35と同等の適合証明の検査等も受けなければならない。というわけで検査だらけで、なんだかとても苦労をしている。この先エコポイント制度も再開されるということであるが、似たような制度のなかで、基準を統一することはできないものかどうかの不満を感じる。日本の制度はいろいろと変わっているものの、制度に社会がついていけないというか、そもそもの制度自体も新しい制度に対応できていないというか、もう少し丁寧にできないのかと思うような状況がますますひどくなっているように感じる。何とかならないのであろうか?まあ、結局は住宅の性能を底上げするためのものであり、その効果は十分に出ていると思われるので、クライアントにとっては決して悪い話ではないのであろう。

2015/02/11

朝礼終了後、埼玉県川口市にて鉄骨造3階建てのリフォームのご相談。築20年弱の建物をスケルトンリフォームして快適に住むことができる住宅にしたいという案件である。このようにして古い建築をリノベーションするという行為は最近の顕著な傾向である。特に20年程度の築年数のものはそれなりに頑丈に作られているわけであるので、壊すのはもったいない、ではリフォームを、という風に思考が進んでいくことは必然。そうした需要にこたえるべく、設計する側もリフォームだからと侮ることなく、しっかりと設計をすることが求められると思う。

そういえば今回も階段の設えを変更したいというご要望があった。今進行中の計画でも階段に対する要望があったし、依然リフォームした鉄骨造の住宅でも階段の位置を変更した。通常、スラブコンクリートのある鉄骨造では階段の開口部を変えるというような大規模な変更は行わないことが多いのだけれど、こだわりのライフスタイルを実現したいというリフォームの場合、やっぱり階段の位置を変えたり、もしくはオープン階段にするなどの在り方を変えたりする行為まで求められることが多いのであろう。こういうことは、新築住宅の作り方にも多少なりとも影響を与えるべきであると思う。つまりは後々位置を変更できるような階段の造り方はないのであろうかの発想である。

階段の位置を変えるにあたって最も大変な項目はスラブ開口の変更である。鉄骨の梁をよけるように新たな開口部の位置を決定したとしても、そこに水平ブレスがあったりの邪魔者がいれば、それをもどこかに移設して水平耐力を維持するなどの工事を行わなければいけない。そして新たに決定された位置に、コンクリートを壊して穴をあけるのである。これはなかなか大変な行為だ。

例えば1mピッチに梁を並べ、その間に階段を設置する。その1mの梁間のどこかに階段を造ったら、それ以外は水平ブレスでふさぐ。階層間のコンクリートは防火制限などがクリアできるのであれば打設しない。階段位置を変更する場合は、ブレスを階段があったところに移して、階段を新たな開口に移動する。こんな造り方であれば、格段に簡単に階段位置を変更できるようになるであろう。なんとなく一例を考えてみたが、とにかくこれからの住宅は20年後のリノベーションのことを考えて可変性のあるつくりにすることがとても大切であるように思うのである。

午後、東京都武蔵野市にて計画中のNさんの家プレゼン。今回は第1回目のプレゼンということで、二つのパターンを考えてご提示。多くの制限がある土地にしては、のびやかな広がりを感じることができるようなプランを作ることができたと思う。ご意見を伺って、次回のプレゼンにつなげていきたい。

2015/02/10

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

13時より、茶道稽古。今日は筒茶碗を使った薄茶のお点前と、炉の初炭のお点前を行った。炭点前というのは、炭をおこすための作業のことで、あらかじめ炉の中に入れられている火種となる炭の周りに、用意したいくつかの炭を並べていく作業過程での決まり事を習得するわけである。炭は湯が沸くように・・・という利休の教えがあるほどに、たかが炭と侮るなかれということで、やはりきめられた手順に従って適正な位置に炭を配置することで、理想的な炭の起こり方になるから不思議である。バーベキューの時にどさっと炭を入れて、着火剤のチューブを上からかけて火をつけるのとは一味違う、何とも味わい深い作業なのである。

2015/02/08

日曜日。午前中は家族みんなで家の掃除などを済ませ、午後から原宿・表参道へ。竹下通りに行ってみたいという娘と、留学生のマリアにせがまれ行ったわけであるが、竹下通りなんて通り過ぎるのは中学生の時、つまりは25年も前の体験なので、僕にとってもまるで海外旅行をしているかのような新鮮な一日となった。相変わらずのアイドル写真屋さん、そして安くてかわいい洋服のお店、ここは昔からの中学生のための天国として、変わらぬ姿を保持しているようであった。ちょっと裏道に入ると、ボディーピアスやらタトゥ―やらのちょっと怪しげなお店が多数。こういうのは昔はなかったような気がするけれど、もしかしたらあったのかもしれない。まじめな私立の学生だった僕には知る由もない。

13時ごろ、表参道からちょっと入ったところにあるピザ屋さんにて昼食。続いて表参道ヒルズに突入。そういえばここの回廊はフランクロイドライトが設計したNYにあるグッゲンハイム美術館みたいだな、などとくだらないことを考えながらぐるぐると歩いてみた。この建物が建てられる前の同潤会アパートは、普通の公団の部屋の中にいろいろなお店が入っている楽しさがあったのだけれど、今の表参道ヒルズにその感覚はすでにない。集まるべくして集まったブランドショップと、何とか入り続けているセレクトショップの集合体であり、つまりのところ伊勢丹とそれほどの差はないように思える。光の演出をされた中央の階段を歩いてみたものの、なんとなく再開発後の寂しさを感じた。

ちょうど同じ日に歩いた竹下通りと比較してみると、町の活気は竹下通りのほうがあるのかもしれない。再開発の一律の規制を受けないことによるバラック感、力強さ、そこにいる人の多様性、どれをとってみても面白いのであった。

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2015/02/06

朝礼終了後、進行中の3現場の安全パトロールへ。どこの現場も同じような指摘事項、具体的には階段廻りの開口部養生などを指示。現場での事故を防ぐことに対する配慮もやらなければいけない重要な仕事、ということで2か月に一度の定期パトロールを行うしだいである。幸いにしてこれまでの15年間で、死亡事故などの大きな出来事はなかった。でも骨折程度の事故は経験した。一歩間違えればの、危ういこともあった。人間のすることである。過ちは絶対にないとは言えない。そして、現場で働く職人さんたちにも僕たちと同じように家族がいる。安全に作業をしてくれることが何よりである。

夕方、東京ビケ足場との協議。またまた安全について。今日は安全関係の整備で一日を過ごしてしまった。小さな会社ほどこういうことにはなかなか対応ができないものだとおもうけれど、戸田建設在職時にさんざんやらされたことだけに経験を活かしていきたいと思う。


2015/02/05

朝9時30分より、埼玉県産連研修センターにて管理建築士研修会。管理建築士というのは設計事務所ごとに設置が義務付けられた建築士のことで、資格取得後3年間の実務経験のある建築士が専門の研修を受けることで取得できる資格である。これまたアネハ事件以降に新設された制度であるのだが、だいぶ定着してきた感がある。

それにしてもこういう事件の後に何らかの制度が造られて社会の仕組みが少し変わるというのは、今の日本では当たり前のことになってきているようである。この代表選手ともいえる事例は飲酒運転であろう。昔、飲酒運転の取り締まりや罰則が今ほど厳しくなる前は、多くの人がそれをやってはいけないことと知りながらやっていた。でも今では一人当たり30万円もの罰金が科せられるリスクや、飲酒運転で捕まるだけでも大きな社会的制裁が科せられるリスクを負ってまで飲酒運転をする人はいなくなった。お酒を飲まないで飲み会に参加している人も今では当たり前に存在するし、それに対して無理やりにお酒を飲ませるなどというような場面はほとんど目にすることはない。

こういう動きは人間一人一人が本来備えている倫理観に頼って成立している社会から、制度と罰則によって維持する社会への変化だといえる。昔はこんな制度がなくとも大丈夫だった、などというような発言を偶に聞くこともある。こういう発言は昔の人間の倫理観のほうが現代社会のそれよりも優れていたということを暗に示しているのであろうが、でも、そもそも倫理観によって制御されていたのかも微妙なところである。

このような動きというのは、「正義と悪が混在していた社会から、悪の部分を完全抽出しようとしている傾向の表れである。」それが正しい見解なのではないかとの感もある。人間関係が希薄化し、逆に情報が氾濫している時代だからこそ、実際に目の前に現れた悪を見破る能力は衰えてしまったのかもしれない、それを補うためにはその悪を排除する必要があるのかもしれない、そんな気もするのである。振り込め詐欺などは、その典型的な例といえるのではないだろうか。一方的に自分の周りにまとわりつく情報の善悪を判断することはその量が多くなり、きらびやかに装飾されればされるほどに本質を見出しにくくなっていくのであろう。どちらにせよ、このような法整備がなされる以前から建築を一つの学問としてとらえ、そこに真摯に取り組んできた建築家にとっては、このような法改正は「煩わしい」という以外に表現のしようがないのであるが、とはいえ対応することもまた、それほど難しいことでもないのである。

2015/02/04

朝礼終了後、群馬県中之条市にある、I製材所へ。この製材所では、群馬県で採れる唐松の木を仕入れてフロアリングなどに製材しているのだが、ひょんなことから知り合った縁を生かして、ますいいの家づくりにこの唐松を取り入れようということで出向いたしだいである。11時過ぎに到着すると、社長のIさんが迎え入れてくれた。会社は社長さん、事務員さん、そして工場で働く数人の職人さんで成り立っている。一方では唐松の丸太を割き、板状に加工していて、一方ではその板状の唐松をフロアリングの形状に加工している。別のところでは、抜け節に丸い木材を叩き込んで補修していたりする。最近は大規模の工場ばかり見ていたのでなんだかとても家庭的な、居心地の良い工場である。

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唐松は戦後に大量に植樹された木である。狂いやすく加工が難しいということで、電柱や杭などへの利用が期待されて植えられたとのこと。でも今では電柱も杭も木製ではなくなってしまった。ちょうど伐採をしなければいけないくらいに育ったこの森林資源を何に利用するか?何にも利用しないというのはいくらなんでももったいない。昔は梁などの構造材への利用も検討したらしい。さまざまな試行錯誤の結果たどり着いたのがこのフロアリングとのこと。幅が105㎜、厚さが15㎜、この寸法が狂いも少なく、ちょうど良い寸法であるということが経験知的に割り出されたということであった。I社長の自宅では、実験的にオイル式の床暖房の上に張った部分も見せていただいたのだが、針葉樹にしては信じられないくらいに狂いが少なく、これなら針葉樹と床暖房の利用もできるのではないかの期待感もあるほどであった。(最大3㎜程度の隙間が生じていた。)下の写真は頂いた板で作成したサンプルである。お値段も杉と変わらぬローコスト、それでいて杉よりも固くしっかりした床が造れるということで、これからの家づくりに取り入れていきたいと考えている。

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2015/02/02

朝礼にて、現場安全管理関係事項の読み合わせ。木造の工事現場における事故等は、その多くが上棟工事周辺で起こる。足場からの墜落事故、上部から落ちてくるものにあたるなどの事故が起きる可能性を少しでも少なくするための対策について、指導書を基に読み合わせを行ったしだいである。これまでの15年間幸いにして大きな事故は起きていない。でもこれから先もずーっと起きないとは限らないわけで、こういうことを定期的に点検していくことは大切なことなのだと思う。

10時過ぎ、世田谷区にて増築計画を検討中のNさんご夫妻打ち合わせ。1期工事を終え、すでに出来上がっている鉄筋コンクリートの構造体の上に、木造の構造を作ろうという計画である。いろいろとお話を伺っているうちに、どうやら分離発注形式での工事をご希望とのことがわかってくる。つまり、建物が完成するまでの請負契約を建築会社との間で取り交わすのではなく、構造体はプレカット工場から購入し、大工さんを一日いくらで雇って、足場は足場屋さんに依頼する、つまりは僕たちが普段仕事でやっているようなことをやりたいということであった。こうなってくると僕が仕事をする隙はない、僕の役はクライアントがやってしまうのである。では何のために呼ばれたのかと考えていると、どうやら、自分の手でやりたいけれどもやり方がよくわからないという状態であるようである。せっかく来たからということで、僕の知っている知識をご説明することに。大工さんと出会いたいのであれば、土建組合に紹介してもらうとよいですよ・・・、などのアドバイスをしたのちNさんの家を退出。「困ったことがあったらまたメールでもくださいね」の言葉を残してきたが、無事に進行することを祈るばかりである。

2015/02/01

午前中は地元の会合に参加。

14時過ぎ、家族と一緒に上野動物園へ。この公園は江戸時代に天海大僧正によって造られた寛永寺があった場所で、そのあとの幕末の戊辰戦争では、境内に彰義隊がたてこもって戦場と化し、全山の伽藍の大部分が灰となってしまったという歴史を持つ場所である。今では動物公園、美術館、博物館が立ち並び、休日ともなると多くの人でにぎわっている。僕は時間がある時にこの公園に行くのがとても好きで、昔からよく足を運んでいる。今日は我が家にステイしているスウェーデン人のマリアも一緒に楽しいひと時を過ごすことができた。子供たちにも良い思い出となったであろう。

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