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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
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増井真也日記
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増井真也日記

2015年1月アーカイブ

2015/01/29

午前中、埼玉県川口市にてカフェ兼住宅を計画しているKさんご夫妻打ち合わせ。

夕方より、ますいい建築塾。今日はバウハウスについて。1920年代からの一時期、産業革命以降の大量生産を旨とする粗悪なモノづくりの状況の中で、アールヌーヴォ―とは別の形で身の回りにあるもののデザインを学び、建築という総合を作り上げるまでに至る教育を一つのシステムとして作り上げたバウハウスなる組織について学んだ。

この状況というのは何となく今僕たちがやっていることにも近いような気がしている。つまり大量生産の時代が終わり、もう一度丁寧なものづくりを再開しようという時に、既存の住宅産業に属するものだけではなく、鉄を扱う作家さんや、布を扱う作家さんなど、同じく丁寧に一つ一つのものを作ろうとしている人たちを巻き込みながら、より豊かな住宅を作ろうという動きである。ますいいではこういう作家さんたちとの協働の場を創造するという意味も込めて、ギャラリーの運営をしている。このギャラリーではさまざまな作家さんたちが展示活動をしているのだけれど、ますいいの建築の中にもたまに作品を収めてくれる。たとえば門だったり、家具だったり。

作り手のわかる、ちょっと気に入ったものを、こだわって、長く使うことはとても良いことだと思う。一年に一つしか買うことはできないかもしれないけれど、いつの間にか自分がとても気に入ったものだけに囲まれて暮らすことができたらとても幸せだ。僕たちがやらなければいけない家づくりとはそんな生活の場を作ることではないかと思うのである。

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2015/01/28

朝礼終了後、済生会病院へ。年末にかけた不摂生から体調を崩していたのだが、ちょうど1か月ほど禁酒をして不調もどこかに消えてしまった。今日は定期的な診察に行ったが、問題は見つからず。やはり規則正しい生活は、何よりもよく効く一番の薬のようだ。

19時ごろ、埼玉県にて家づくりを検討しているTさん来社。セルフビルドでできるところまでいろいろとやってみたいという漠然としたお問い合わせだったので、今日のところは家づくりについてのよもやま話といった具合で、僕の知っていることをいろいろとお話しさせていただいた。

セルフビルドというと大きく2種類のルートに分けられる。一つは本当に職人さんの様に、ほぼすべての工事工程を行おうとする人。こういう人の場合は、たとえば基礎工事は重機をレンタルしてやってしまったり、ツーバイフォーなどの自分でも作ることができそうな構造体は自分で作ってしまったり、外壁も屋根も、とにかくある時は大工さんとして、ある時は左官屋さんとして、そしてある時は板金屋さんとして、とにかくすべて自分でやってしまうのである。まるで「北の国から」でゴミの家を作っていた田中邦衛のようなタイプのかたがたである。多くの場合は仕事を辞めてしまったり、地方に移住してしまったりの隠遁生活状態。まあ現代の鴨長明といったところであろうか。

そしてもう一つのパターンが、自分でできるところをやってみたいという方々である。どこまでできるかわからない、どういう風にやるかもわからない、仕事があるので土日だけ、有給を取って1週間は作業が可能、さまざまな条件があるけれど、そのクライアントの条件に合わせていろいろと考えながら、できるところを探して、素人でもやりやすいように工夫して、時には一緒に作業をしながら、完成に向けて一緒にやる、そんなスタイルである。ますいいのお客様方はほぼ全員このパターンでのセルフビルドに挑戦するわけだけれど、セミプロではないほとんどの方がこちらのパターンに当てはまるであろう。

Tさんも帰るころにはいろいろわかっていただいたようである。すべての工事項目を自分でやると言ったら、奥様に反対されているとのことであったが、少しは改善するとよいなと思う。

2015/01/27

今日は終日、一級建築士の定期講習に参加。朝9時から夕方6時まで。世間を騒がせた姉羽建築士による構造計算書偽装事件の後、厳格化された建築士法に基づいていろいろと出来上がった制度の一つなのだけれど、3年に1回、最新の法改正などに関する情報を取り入れることはもともとあってもよかったのではないかの感がある。特に住宅に関係しない情報についてはこういう機会でもないとなかなか耳に入ってこないので、有意義な機会である。とはいえ終日缶詰での勉強会は40歳にもなるとなかなか疲れるもの。若いころのようには知識が頭に定着されないのも事実である。

2015/01/26

午前中、東京都武蔵野市にて新築住宅を検討しているNさんの敷地調査。現場は細い路地を入っていった先にある100㎡ほどの土地である。この辺りは閑静な住宅地として知られているだけあって、低層の住宅が並ぶ地域である。建蔽率・容積率は40-80%というから、川口市では考えられない程に厳しい。それ故にそれぞれの土地の利用状況は、比較的余裕を持たせたものとなっており、高さも低く抑えられ、屋根の形も斜線制限をかいくぐるように折れ曲がったりの様相を見せている。厳しい制限の中で建てる家づくり、こういう状況ほど設計側の腕の見せ所となる。

下の写真は東京都板橋区で作ったAさんの家である。この建物も小さな敷地、厳しい斜線制限の中で工夫をしながら造り上げた。白を基調としたシンプルなつくりと、吹き抜けとその周りを取り囲むように配置されている大きな開口部のおかげで、明るく開放感のある住宅に仕上がっている。外部には目隠しを兼ねた木製の塀が設置されている。機能とは別に、外観にやさしいアクセントを生み出すという効果も発揮している。

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2015/01/24

午前中は事務所にて雑務。ロフトについての打ち合わせ。都会の小さな土地に作る住宅の設計ではロフトを造ってほしいという要望を受けることがとても多い。ロフトというのは小屋裏収納のことで、天井高さが1400㎜という制限のもとに作ることを認められている。この制限の中であれば、階としては認められずに造ることが可能だということである。1400㎜というと、大人だと移動することは困難な高さだ。座ったまま移動できるように、キャスターを付けた荷台のようなものを造って移動するしかないだろう。ロフトへの階段の設置は自治体によって見解が異なるようである。階段を設置してもよいという建築主事もいれば、いけないという主事もいる。民間の検査機関はその自治体の方針に合わせて見解を変えているようなので、結局自治体の主事の解釈によるというあいまいな状態が続いている。

下の写真は階段を利用してロフトに上がるようにデザインした例である。ロフトには南側からの採光窓も設けられており、北側にあるリビングに豊富な光を取り込む装置としても役に立っている。このように上手に設計すれば、空間の広がりを実現するための手段としてもとても有効なものだ。さてさて、今度のロフトはどうなることだろうか。

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15時、茶道稽古。17時、地元の田中さん親子の体験稽古のお付き合い。田中さんはますいいのガス工事を担ってくれている方なのだが、これからは茶道の仲間ともなりそうなご様子であった。

2015/01/22

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。埼玉県さいたま市にて設計中のTさんの家について。この住宅ではほぼ完成したプランに基づく図面の作成を進めていく過程なのであるが、どうしても少々変更したほうがよいような気がする点があるので、再度プランを煮詰めることにした。基本設計の段階から、実施設計に写る過程は、つまりのところ建物の平面計画をほぼ決定する過程である。この段階で作業を進めるということは、もうプランの検討に戻らないであろうということを意味する。そういう時にふと感じる疑問、そんな感覚を感じた時は、ちゅうちょなく手を止めることが大切であると考えている。家が建ってしまってから、ああこうしておけばよかったと後悔しても遅いのだ。

設計の初期の段階を基本設計と呼ぶ。この段階では敷地に対してどのようなボリュームの建築を配置するか、つまり敷地を読むこと、そしてそれにしたがってその他の条件を加味しながらプランニングを決定することが重要な作業となる。

敷地には法律による規制、形状、方位、周辺環境、高低差、などの様々な条件がある。これらの条件をしっかりと認識し、それに合った建築の姿を生み出さなければ魅力的な住宅を造ることはできない。そういうことを認識せずに、ただ単に10畳のリビングに8畳のダイニングキッチン、3部屋の個室と水廻りに玄関というように必要な部屋を繋げていっただけでは、生活に影響を及ぼす敷地の周りの様々な要因と全く結びつくことの無い、隔離した住宅となってしまうであろう。でも僕たちが住宅において魅力と感じる要素というのは、光や風、静けさや窓からの眺めなど、ほぼすべて敷地の要素と結びついているのである。だからこそ敷地をしっかりと読み込むことが重要なのだ。

僕はその敷地に初めて訪れた時にまず周りをきょろきょろと眺めることを大切にしている。僕が住んでいる埼玉県南部の住宅街では、たまたま隣が公園だったりの好立地でもない限り、なかなか開けた眺望がそこにあるというような恵まれた条件はない。でもそうはいっても、それぞれの敷地にはそれ相応の魅力があるものだ。家の裏側の区画との少しのずれのおかげで隙間から入り込む光があるなどの、細やかな条件も見逃すことなく大切にする。その結果得た情報をもとに、まずはその住宅がどこに対して開く住宅なのかの検討をすることを第一歩としている。

次にその住宅の特徴を考える。この段階は、もちろん先に述べた、どこに対して開放するかという、外部とのつながりの検討との繰り返しの作業となるわけであるが、基本設計を進めるうえで大変重要な過程となる。まず部屋の数の話をすれば、3LDKなどという明確な間取りを作るかどうかだって自由なのだ。もちろん、家族の人数に合わせた個室を造り、それぞれのプライバシーをしっかりと確保するという考え方は基本であるのだが、例えば子供が勉強するスタディースペースを共用部分に設けて、3畳程度の寝るスペースだけを個室として設けるというような手法もあるし、夫婦の寝室のみを個室として作って、あとは完全なオープンスペースとするような事例もある。

吹き抜を造るかどうかなどの検討もこの段階で行う。開放感や家全体の一体感を創りだそうとすれば吹き抜けほどその効果を発揮してくれる空間構成はないであろうが、温熱環境などのことを考えるとマイナス面もあるので検討が必要だ。もちろん予算に余裕があれば、床暖房やシーリングファンなどの設備を設けることで温熱環境のコントロールを行うことも可能であるが、ローコスト住宅ではこれらの設備に投じるコストも捻りだせない場合もあるのだ。それでも吹き抜けを造るという決断をすることもある。それはなぜかと言えば、造ることで造らないよりもクライアントの暮らしがより豊かになると判断した時である。吹き抜けを造るということは、夏の暑いときには冷たい空気が下に来るのでそれを利用して1階にあるリビングを冷やすことは容易なのだが、冬の暖房効率に関してはどうしても悪化してしまうことは否めないわけだが、それでもそれがあることで、家族の暮らしに一体感が生まれ、家の中での行動にアクティブさが生まれ、家族の絆に一体感が生まれる、という積極的な判断ができる場合ということなのである。

その住宅のコンセプトとなるような特徴はいかに決めるか。この段階での思考にあたって、僕はいつもクライアントの家族像を眺め、どんな暮らし方が理想的かの創造を膨らませるようにしている。趣味は、普段の家での過ごし方は、お子さんとの関係は、そして夫婦の過ごし方は、などなどの様々な条件からふくらませる創造の中から、既成概念にとらわれない楽しい空間が生まれると思うのである。そして、この作業は建て主自身が自分でもできる作業だとも思う。構造的に成立するかどうかのなどの難しいことは考えなくともよい。建築の世界で皆さんが想像するようなことは、すでに土木などそのほかの世界ではすでに実現していることがほとんどである。もしも建て主がつり橋のごとき住宅の姿を思いついたとしても、それは容易に実現できる技術である。もしも搭のごとき建築の姿を思いついた場合も同様だ。それ相応のコストは必要となるであろうが、それが建て主の暮らしにとってどうしても必要なものであるならば、それを実現するためにそのほかの部分のコストを削ってでも実現すればよいと思うのである。

さて、先の様な段階の後にいよいよ設計を行うことになる。というより先の作業の延長線上にあるのが設計という作業であろう。あるイメージとコンセプトを持つ住宅を、こんな風に作りたいと決まってきたら、具体的に必要な機能を配置してみる。例えば水廻りのスペースに必要な広さはどれくらいか、それを使用可能なものにするためにどこから水を供給し、どこに給湯器を設置して温め、どうやって排水するか、風呂・キッチン・トイレ・洗面室などのそれぞれについて考えてみるだけでも、まとめるのはなかなか難しいものである。必要とされる部屋についても同じことで、ふさわしい場所にふさわしい広さの部屋を配置してみたら、今度はそれらと設備との関係性、つまり動線の検討をすることも重要な所だ。

さらに、これらの配置に気を取られすぎると、初期の段階で考えていた開放する方向性や、全体のコンセプトを見失うこともあるので注意が必要である。そういうことを防ぐためにも、ある程度進行した段階で、その建築の模型を作って敷地模型の中に配置してみるという作業も必要となる。この模型も初めの段階ではスタイロフォームを切り出したボリュームの模型でよい。そのボリューム計画は、初期に考えた開放する方向のイメージに合っているか、全体的な建物のコンセプトに合っているのかの検討も同時に行う。少々進行して、いろいろな事が来増しだした段階ではスチレンボードを使用した内部までわかる模型を作る。内部空間まで作るからこそ、より現実的に光や風、空間の構成が理解できるようになる。

もちろんこの段階では構造的な検討も行う。求める空間を実現するために必要な構造とはどのような形になるのか、それを実現するためにはどのような材料を使えばよいのか、担当する構造建築家と議論を重ねながら答えを出していく。そのほかにも各所の仕上げ材料の選定やそれに伴うその空間のイメージのコントロールなども行わなければいけない。もちろんそれにはコストもかかわることなので、全体を希望の予算に収めることを配慮しながらの作業となる。
それら全体の計画を造ったらまた検討して、初期の段階に戻るという繰り返しの作業の果てに、これだと思う状態まで作り上げるのである。この段階を自分自身で行うことは少々難しいかもしれない。この作業を難しくしているのは、構造的な理解とコストに関する理解である。モノを造るにはその構造とコストを理解しなければならないのだが、それがわからない素人ではそこまでは出来ないのである。だから僕はこの段階でのプレゼンにあたって、それら二つのことの説明をとても大切にしている。説明して、それが理解できれば、建て主も僕たちと同じように判断できるようになるのだ。自分の家は自分で作る、それはつまり様々なことを自分で判断するということでもあるのである。

2015/01/20

朝礼終了後、各プリジェクト打ち合わせ。

13時より、茶道稽古。今日は旅箪笥の濃茶、薄茶のお点前。旅箪笥とは利休さんが小田原の陣の時に用意した旅行用の箪笥である。ここに茶道具を入れ、運んできて、そして点前をしたというもので、見た目はただの木の箱だ。お点前は通常の棚を使ったお点前とほぼ同じといったところであるが、初めて見る道具であるので、その物珍しさが面白い。

夜、五木寛之「親鸞・激動編上巻」読了。年末年始に読んでいた親鸞の続きである。こういう歴史物は一度読み始めると終わりまでやめることができなくなる。そしてこの親鸞は全部で6巻まで続く。ということはあと3冊は続く。僕は一度こういうものにはまってしまうと、終わってしまうことが名残惜しくなる感覚になることが多い。そうでもないときは途中でやめてしまう時だ。面白いと感じる時は、とにかくその本の世界観に入り込んでしまうことが多いから、まるでテレビの連続ドラマが終わらないでほしいと願うかのような感覚になるのである。この親鸞という本は、僕は久しぶりにそういう感覚になることができた本である。時間のある人はぜひ読んでほしいと思う。

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2015/01/19

午前中、埼玉県三芳町にて計画中のMさんの家の打ち合わせ。お父さんの持っている駐車場にしている農地の一角を敷地として分割し、そこに新築の住宅を作るというもので、まずは計画地の設定からスタートとなるわけであったが、とても贅沢に駐車場の半分近く広さの土地を敷地とすることとなった。今回プレゼンした住宅は、江戸東京たてもの園に展示されている前川國男先生のご自宅をイメージして設計されている。リビングには大きな吹き抜けがあり、そこにある階段を上がると2階の個室につながっている。リビングの一角には畳の間を設けた。南側に広がる広い庭に面した、とても開放的な住宅となるであろう。

吹き抜けのある住宅を計画していると必ず問題になるのが温熱環境だ。暖かい空気は上に上がる。だからどうしても足元が寒くなってしまう。これを解決するためには床暖房などの足元を温める設備を取り入れることや、天井にシーリングファンを取り付けて空気を循環させるなどの方法がある。逆にこういう工夫をしておけば、冬でも暖かくてとても開放的な空間を作ることができる。

逆にメリットもある。南側に面した深い軒を持つ吹き抜けには、1階の床レベルだけでなく、2階の床レベルにも大きな窓が設けられている。この窓からは冬場の日差しを十分に取り込むことができ、夏場の日差しは軒で遮ることができるようになっている。こうすることで、日差しを取り入れたい季節には、吹き抜けがあることで余計に日差しを取り込むことができるというメリットがあるのだ。

2015/01/18

日曜日。午前中は家の掃除などなど。15時、川口市の安行というところまでスウェーデンからの留学生のお迎えに。今日から2か月間ほどマリアなる18歳の女子高生が我が家にステイするのである。中学2年男子、小学6年・2年の女子という3人の子供に一人増えるわけだから、とてもにぎやかになるであろう。初日ということで、初めは緊張感が漂っていたのであるが、夕食を終える頃にはトランプをしたりウノをしたりのにぎやかな雰囲気となった。すでに半年近く日本にるマリアは日本語を流暢にしゃべるので、我が子たちにとっては全く英語をしゃべる機会にはならないのだけれど、それでも家の中で国際交流ができることはとても良い機会だと思う。僕たち大人だって、日本で生活していたら外人と喋る機会はとても少なく、自然と閉鎖的な思考回路になりがちなのだ。一生懸命勉強した英語を誰も話すことができないのは、話す必要がないからで、そんな環境の中だけにいて受験のためだけに英語を勉強しろと言われても、語学の勉強のオタク以外には誰も真剣になれないであろう。母国語だけでなく、日本語、英語、ドイツ語まで操るマリアの姿は、僕たち島国の大人にもだいぶ刺激的なのである。

夜0時、疲れ果てて就寝。

2015/01/17

午前中、東京都武蔵野市にて新築住宅を検討中のNさんご夫妻来社。Nさんご夫妻は新宿にあるリビングデザインセンターオゾンよりご紹介をされた。オゾンというのは、東京ガスの子会社として成り立っており、中立な立場で家づくりに関する様々な情報を発信している。メーカーのブースがあったり、ライブラリーがあったり、時にはセミナーが開催されていたり、とにかくいろんな情報を常に発信し続けている。現代社会ではたいていの情報はネットで入手することができるわけだけれど、でもネットというのはあるところまで来ると限界に達するわけで、それだけでは本当の話を聞くことはできない。その先の情報を手に入れたいと思ったらやっぱりその世界に精通した人に直接話を聞くのが一番なわけで、建築士の資格も持っている人の多い、広く知識を有するオゾンのコーディネーターさんにいろいろ教えてもらうことができるこの場は、真実に触れることができる場としてとっても便利なところであると思う。今回は初めての打ち合わせということで、設計の流れをご説明。次回のプレゼンに向けていろいろと考えていきたい。

夕方、家を建ててみようかなと考えている26歳のご夫婦が来社。ご主人は接骨院で働くまじめそうな青年である。2000万円くらいのローンが組めるという話で家づくりを真剣に考えているという段階でのご相談であった。職業柄であろうか、将来的には独立を視野に入れているという。僕の業界もそうだけれど、やっぱり30代半ばでは独立することが夢であるという。こういう風習は業界に染みついた習わしのようなものであろう。設計という仕事も全く同じくらいの感覚を有しているのでとてもよく理解ができる。

奥様は足立区の出身らしい。だから足立区に家を建てたいという。ご主人は和光市の出身らしい。で、和光市での独立を考えているという。さてさて、どうしたものであろうか。

独立組にとって一番つらいのは、独立してから軌道に乗るまでの3年間である。仕事がない、お金もない、でも忙しい、そんな状況が続く。子供の面倒を奥さんの両親が見てくれれば、その分奥さんの手助けを仕事上で得ることができる。パートさんを頼む余裕などあるはずもないから、そういう状況が作れればとても助かる。

美容室やら接骨院やらの客商売は、独立した後に来てくれる顧客の獲得がとても大切である。接骨院などの場合親子3代にわたって面倒を見ていただいているなんていう話も珍しくないわけで、いかにそういう信頼関係のもとで患者さんに来てもらうかがカギとなる。その際にはひとたび決めた場所をころころと変えるわけにはいかない。和光なら和光、足立なら足立、どっちかに決めるために必要であれば、お試しで引っ越してみればよい。家づくりを考えるのはその次の段階である。

独立組では家と職場を一緒に考える例も少なくない。この手法は住宅ローンを利用できるというメリットがある。床面積の半分以下で、かつ50㎡以下の職場面積であれば住宅ローンとして一括で借りることができるので、とても金利が低く、長期間の返済計画を立てられる。こういうことはその時になってみないとなかなか実感がわかないけれど、とにかく仕事をスタートするにも資本金が必要なわけで、それが手に入りやすいというのはとても有利なのである。さらに言えば、今勤めている職場をやめてしまったあとではなかなかローンが組めないであろうから、やめる前、長期間の勤務実績で住宅ローンを組むのが現実的である。その上で最低でも1年間の生活資金を貯蓄し、ほぼ無主入でも継続できる状態を作ってからの独立というのが失敗しない秘訣であろう。なんだか、独立コンサル的なことを書いてしまったが、こういう話はあんまり聞くことはできないであろうから、ほかの人にも参考になるように記載しておこうと思う。

2015/01/16

午前中、事務所にて雑務。

午後から、裏千家東京道場にて初釜に参加。毎年京都と東京で1週間ずつ行われる行事で、いろいろな分野の人を2400人ほど入れ代わり立ち代わり招いて、御宗家一同がおもてなしをしてくれるというものである。今日は東京での初日ということで、おそらく大使の方々であろう外国の方と一緒に席入りをした。大きな和室に胡坐あり、体育座りありの様相である。こちらも余計な緊張感を感じることなく、穏やかな時を過ごすことができた。終了後、同行した知人と一緒に赤坂にて食事。中華料理。結局僕たちの舌にはこういうものが合うのである。

2015/01/15

午前中、ますいい本についての打ち合わせ。本当は昨年中に完成しようと思っていたこの本の制作作業もいよいよ終盤。あとは完成物件の取材データを渡辺さんにお送りして、編集作業が終われば完成である。このほんの序章で僕が書いた文章は以下のもの。つまりは自由な家づくりを一人でも多くの人ができるようにするための本である。3月ごろには完成させたいと思っている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・抜粋
先日、ノルウエーからの訪問客が僕の家に遊びに来た。21歳の学生の彼女は、埼玉県川口市の川口駅から徒歩10分ほどの場所にある、約30坪ほどの土地に建つ、延べ床面積50坪ほどの僕の家を見て、まるでウサギ小屋みたいと表現した。彼女の実家の写真を見せてもらったところ、そこな小さな島であり、港を見下ろす高台に建つ三角屋根の大きな家が私の家だといった。その周りにある野原が敷地だといった。そこには羊が30頭いて、クリスマスには焼いて食べるということであった。家の周りの海ではカニがたくさん取れる。冬は何にもすることがないけど、おなか一杯のカニが食べれるという。まるで観光地のパンフレットにでも載っていそうな素晴らしい風景の中に暮らしていた彼女には、僕の家がそう見えても無理はないであろう。

僕の妻の実家がある滋賀県の住宅街も、土地の値段が坪当たり10万円ちょっと、日本の住宅街としてはとても安い。だから一つの区画が100坪もある。100坪でも土地の値段が1000万円で済むのだ。近くには琵琶湖がある。自分の土地ではないけれど、自由に使うことが出来る空間がある。楽しむことが出来る景色がある。山に行けばキノコが取れて、猟師さんだったらカモや鹿だって獲ることが出来る。自然と交わりながら豊かな暮らしを送ることが出来る。

僕はたまに田舎に住みたいと思うことがある。早稲田大学付属中学・高校生の時期には山岳部に所属していた。暇さえあれば電車に乗って山系に入った。テントと食糧を担いで山に登り、1週間くらいは当たり前に帰ってこなかった。大学時代には、オーストラリアの辺鄙な島々やアラスカといった人里離れた土地を選んで、レンタカーで旅をした。海辺でとれた貝を拾い恐る恐るパスタに混ぜて食べてみたり、川で釣ったサーモンをさばいて1週間のおかずにしたりの経験をした。

もともと、田舎の暮らしにあこがれているところがある。広々とした敷地、見渡す限りの景色、心地よい風、夜には空いっぱいに星が見える、都会の喧騒から逃れて自然あふれる生活を手に入れることが出来たらどれだけ幸せだろうかと考えることがある。みなさんの中にも、きっとそんな風に考えたことがある人は多いと思う。

でも、いろんな事情で今の町に住んでいる。僕の場合は生まれ育った町であるというだけの事情だけれど、でもとにかく今の町で人生が動いている。僕の人生だけではなくて、僕の家族の人生も始まっているから、もう僕の気まぐれだけで簡単に引っ越すことなんてできるわけがない。今の僕の人生は、将来の田舎暮らしの前の仮の暮らしであるなんて、そんなさびしい考えは持ちたくない。だって、今の人生こそが僕の人生なのだ。将来なんてどうなるかわからないではないか。今この時を豊かに、懸命に生きずして、何になるというのであろう。だからこの町で、今を豊かに暮らすための家が必要なのだ。

都市に建つ日本の家は小さい。そして高い。これはどうすることも出来ない事実である。でもそんな都市に、少しでも豊かに暮らすという強い意志を持つ人々はたくさんいる。しかし、そういうことを考える人にとって、現在の社会の状況は決して甘くはない。経済尺度が何よりも優先される時代だからこそ、大きなビジネスになるマンションディベロッパーや、分譲業者の広告はいやでも目に入るのだけれど、自由な家造り、豊かな家を造りたいという人に有益な情報はなかなか手に入らない。土地だって決められたハウスメーカーで建てなければいけない建築条件が付いている土地がほとんどで、自由に家づくりを出来る土地は長い時間をかけて探さなければいけない。建築家に相談しようにも、そういう人がどこにいるのかよくわからないし、メディアに取り上げられることの少ない工務店に関してはもっとよくわからない状況である。

セルフビルドをしたいと思っても、材料はいったいどこで買えばよいのであろう。正しいやり方は一体誰が教えてくれるのであろう。ホームセンターで材料を購入することも出来るけれど、小口での購入だからだと思うけれど製品によっては驚くほど高い値段がついている。HPで検索しても、そこまで詳しい情報を掲載している例は皆無だ。

もしも自分の家を自分で作るとした場合のことを想定してみよう。

地盤調査・改良工事、基礎工事、プレカット木材の購入、その他の材木の購入、大工工事、サッシ、木製建具、ガラス、左官、内装、屋根、板金、タイル、電気・ガス・水道工事、外構工事、これらの工事を自由に組み立てながら、自分らしい家を作ることが出来たらどんなに楽しいことだろう。一昔前なら、自分の町にいるそれらの職の担い手たちに直接話をしながら、家を作ることは可能だったけれど、いまではそういう人たちがどこにいるのかもわからなくなってしまった。実際僕だって14年前に独立した時には、知り合いの建設会社に紹介してもらった職人さん以外に頼める人はいなかった。腕の良い大工がいるとうわさに聞いて、秩父まで行ってみてもあっさり断られ、タウンページに掲載されている大工さんに会いに行ったら笑われた。結局材木屋さんに紹介してもらった大工さんが僕の仕事をしてくれた。工事代金の不払いなどが多い世知がない世の中であるが故、見ず知らずの人からの依頼を快く受けてくれる人などそうそういるはずもなく、だからこそ見ず知らずの人からの受注をするための広報などもするはずがないのである。要するに、自由な家づくりをしようにも情報が全くない。表面的なところまでインターネットで調べられても、奥深く調べようとするとすぐに壁にぶつかってしまうのだ。

僕はこれまで14年間、このような困難な状況にもめげず、建売住宅でもハウスメーカーの住宅でも満足できない自分自身の家づくりを行いたいと強く願う人々のために、小さな土地の中で許されるあれやこれやの工夫を施し、ただでさえ高い値段を少しでも安くするにはどうしたらよいかの方策を重ねて、時には一緒に作業をしながら、100軒以上の家づくりにかかわってきた。そしてこれからもそれは続いていくであろう。

住宅産業はこれから確実に衰退していく。人口も減少するし、建築の寿命も延びるし、空き家は増える一方だし、そんな中で大資本がこの産業を担う時代も終わってしまうかもしれない。余った土地に道路を敷設し、分譲して販売すれば利益が出る時代も終わるであろう。ハウスメーカーが軒を連ねる展示場が減少し、建て売りもこれまでの様には売り出されない。つまり家づくりを取り巻く環境は益々わかりにくくなることが予想される。でも自由な家を造ろうという人々は決していなくはならないと思う。だからこそ、住宅業界は再構築される必要があると思う。昔の棟梁のように、建築の知識を深く所有し、クライアントの要望に合わせてそれを引き出し、クライアントと一緒に建築を創り上げる、そういう事の出来る建築家が新しい家づくりの体制を作っていくことが必要なのだ。

この本はこれから家づくりを考える人が、もっと自由に家を造りにはどうしたらのいかというアイデアが詰まった本である。そしてこれから建築の道を目指す若者が、家づくりの担い手としての道を見出してくれればの期待を込めて作る本である。結果、日本の家づくりがもっと自由になることに貢献できることを願っている。

2015/01/14

午前中、埼玉県川口市にて設計中のカフェ兼住宅についての打ち合わせ。1階をカフェ、2階3階を住居にするための建築を計画しているわけであるが、今回はプランを少々変更しての打ち合わせとなった。この建築では、カフェの印象を道行く人に感じとってもらうように、建物全体の持つイメージのコントロールに特に慎重に対応している。敷地は東川口に向かう大きな道路に面している。おそらく川口市民であればだれもが知っている建物にもなりうるし、そうしないこともできる、そんな場所にある。まあ、マコトちゃんハウスのごときに目立つことは何の意味もないわけであるが、どのように認識してもらうかをよく考えることは、今後の仕事にとても大きく影響すると思われるのである。

この建物でもそうだけれど、ますいいではローコスト建築を作る際に、ほぼすべてのクライアントにセルフビルドを行ってもらっている。もちろんどの程度の工事まで手を出すかについては個人差がある。一番お勧めしているのは、タナクリームという漆喰を壁に塗る作業で、これは本当に100%じゃないかというくらいに皆さんに参加していただいている。

僕が初めて他人の仕事をしたのは、今ますいいリビングカンパニーの水道工事を担ってもらっているSさんの家である。Sさんとはもともと母が営んでいた不動産屋さんが扱っていた土地の販売がきっかけで出会ったのであるが、まだ小さな倉庫とか、事務所と下の仕事しかしたことがなかった僕に大切な家づくりを任せてくれた初めての人であった。そのSさんが僕に家づくりを任せてくれた理由こそ、このセルフビルドであったのだ。

大手のハウスメーカーの下請け工事も行っているSさんの水道工事業者としての腕は保証されている。そんなSさんは、自分の家を作るに当たって、当然これまで仕事をもらっていたハウスメーカーさんに相談した。水道工事を仕事としている人が家を作るのだから、当然のごとく水道工事は自分にやらせてほしいという要望をする。でも、こういう要望をすんなりと受け入れてくれるハウスメーカーはないのが実情だ。ここには保証の問題、実際の工事価格が露呈してしまうという問題など様々な事情があるのであろうが、考えてみてほしい。自分が住む家、ほかのだれが使うのでもない自分の家を作るのに、どうしてそこに自分がかかわることが許されるということがそんなに難しくなってしまうのであろうか。

家づくりはそんなに難しいことではない。なんせ、何百年もそんなに進化していないことを脈々とやっているだけである。確かに金物を使って木材と木材を結合するなどの構造体としての進化、体に優しい建材が販売されるなどの商材の進化、壁の内部に通気層を設けるなどの工法の進化はある。でもどれを取ってみても、ビスや釘といった原始的な金物を使って、のこぎりやトンカチといった道具を使って、誰でもできることの繰り返しの作業で作ることが出来るのである。もし素人に出来ないことがあるとすれば、それは作業の安全確保が難しい、建設機械など使ったことがない人には操作が難しい、作業に長時間を要するために時間的に難しい、そういう理由に当てはまる工事項目だけである。それ以外のことであればちょっと練習すればだれでもできるはずなのだ。

欧米では古い住宅を購入して、内装工事を自分たちで行うということはかなり一般的なことだ。ホームセンターでも数々の道具や材料を手に入れることが出来るし、それを使いこなす器用さもある。ではなぜ日本ではそれが普及しないのか。それは、日本人が家づくりに精度を求めすぎる傾向があることが原因だと思う。

このことは家の値段を高くする大きな原因となっている。自分の家なのだから多少表面が荒っぽくても、多少隙間が空いていてもよいではないか。それを嫌がるがために、ビニルクロスなどの確かに平滑に仕上げることは簡単だけれど無機質な材料の中に暮らしたり、プリント合板などの確かに無垢の木のように動くことはないけれど人工的なものに囲まれて暮らしたりというような選択をすることは本末転倒であると思うのである。


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2015/01/12

今日は栗の木についてお話をする。栗というのは昔からどこにでも生えていた木で、腐りにくくて丈夫なことから建築にも広く利用されてきた。最近ではあまり使用されなくなってしまっているが、それは関東近郊ではほとんど採れなくなってしまっているからである。この栗の木、僕が最初に出会ったのは自らデザインした椅子の素材としてである。

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この素材は、広葉樹であるけれどもなんとなく柔らかい印象を持っている。色はちょっと白っぽい、そして木目はそれほどきつくない。椅子の素材として選択したのは、この柔らかさが軽快なイメージを生みだしてくれると思ったから。そして杉などの針葉樹に比べるととても丈夫である点も見逃せない。

僕は今、この素材を住宅にうまく取り入れてみたいと思っている。産地は東北の岩手県になりそうだ。ここにはまだたくさんの栗の木がある。そして大量の丸太を在庫でもっている製材所とも話ができそうである。東北はまだ雪景色、4月に入ったら一度訪れてみようと思っている。何とも楽しみな限りである。

11時、埼玉県さいたま市にて計画中のTさんの家打ち合わせ。今日は修正をしたプランと1/50の模型をご説明させていただいた。おおむね良好な反応である。クライアントと価値観を共有できた時の打ち合わせはとてもスムーズに進む。いよいよスケールアップした図面の作成に移るわけだが、ここからが楽しみなところだ。

2015/01/11

今日はお茶のお稽古をしている社中の初釜。新年の顔合わせのようなものである。毎年この時期に開催されるのだが、今年も立礼の席を担当することになっている。朝9時過ぎ、着物を着て集合。すでに2名ほどがお手伝いをしている。僕も自分の席の準備に取り掛かる。お茶を初めてすでに5年目になるわけだが、いつの間にかなんとなく席の準備くらいはできるようになってきた。若いころと違ってそれほど覚えが早いとは思えないのだが、いつの間にか身についているものである。10時、茶会開始。15時ごろまで。

さすがに疲れたので今日は家に帰ってゆっくりと過ごした。

2015/01/09

今日は群馬県で生産される唐松材についての調査をした。なんで突然こんなことをしているかというと、今年はますいいで使用する木材について、さらに可能性を追求してみようと試みたいからである。日本にはたくさんの森がある。安易に輸入材料に頼る現状ではあるものの、国産の材料の中にもまだまだよいものがあるのではないかとの期待もある。変に高価なものはいらない。国産だからというだけの理由で、輸入材の2倍以上もするようなものを買うことはできない。安くて良いもの、誰もがほしいのだろうけれどなかなか見つからない、そんなものを探していきたいと思っている。

今日調査をした唐松という木は、戦時中に成長率がよいという理由で植林されたものである。この材料はスパイラル状にねじれる性質があり、板目にしたときに斜めにひび割れが並ぶという欠点があるので、梁などの大きな材料を取ることにはあまり向いてはいないのであるが、フロアリングなどにはよく利用されている。ちょっと赤みのあるざっくりとした印象の木なので、ますいいの作る家にはよく合うだろう。ちなみにマツ属は大きく3種類に分けられる。英語でパインと呼ばれる日本のクロマツ類、ラーチと呼ばれる落葉松類、ファーと呼ばれるトウヒ類の3種である。ちなみに唐松は落葉する松類に属するから、いわゆるパインフロアリングとは同じ松でも少々異なる。葉の落ちる時期に育つ秋材はとても固いのでパインよりも少ししっかりとした感触となるようである。

本日問い合わせをしたのは群馬県にあるとある製材屋さん。何でも県で一番のフロアリングの生産をしているとのことだからぜひ見学に行ってみようと思っている。お値段的には、普段使用しているパインや杉とほぼ同じか少し安いくらいである。これなら無理なくますいいの家づくりに取り入れることもできそうだ。

夜、息子の中学校のPTA新年会。なぜか来期は一年間だけの会長になってしまった。こういう古い制度に基づく組織はなかなか担い手がいない。町会にしても、消防団にしても、PTAにしても同じことで、とにかくこういう助け合いの場は今の時代いまいちパッとしない。まあ一年間だけのことであるからしっかりと役を務めたいと思う。

2015/01/06

朝礼終了後、スタッフの和順君と埼玉県さいたま市にて設計中のTさんの家について打ち合わせ。次回の打ち合わせに向けてプランを検討している段階である。階段の位置をどのようにするか、ペレットストーブの位置は?などの検討を進めているのだが、どのような住宅を作ってあげるべきかの方向性と照らし合わせながらの検討である。プランなるもの、さまざまな要素によって検討されるべきであるのだが、いろいろと考えているうちに初期のころにイメージしていた住宅の持つイメージを壊すような方向に進んでしまうことも少なくない。そういう時はちょっと止まって冷静に考える。そして素直な気持ちで考えた結果の答えを採用するようにしている。

この住宅では中心と呼ばれるような場所にストーブを設置することを計画している。一般的な家庭のリビングの中心にはテレビがある。皆がテレビを向いてくつろぐようにソファなどの配置計画を立てるわけだけれど、今回はその中心にストーブを据えたというわけだ。このストーブのある方向には南側の庭がある。つまりは住宅全体がこの南側の庭のほうを向いていて、そのうちの一つの壁にはストーブがついているということになっている。僕は住宅の中心に火があるというのは、とても理想的なことだと思う。日本では古来より囲炉裏などの火を上手に生活の中に取り入れてきた。東北の田舎家では喧嘩をしても結局は囲炉裏の周りに戻ってくるというような話も聞いたことがある。でもそれがテレビだと、確かに集まりはするけれど、会話が弾むという状況とはちょっと遠くなってしまうような気がするのである。

2015/01/05

今日から仕事始め。新年早々、風邪をもらってしまい体調が悪い。あいさつ回りなどで忙しいのに情けない限りである。スタッフの中にもインフルエンザがいるようだが、今年の風はいつもよりタイミングが遅いのであろうか。

12時、浦和ロイヤルパインズホテルにて裏千家淡交会新年会に出席。長くいる体調ではないので1時間ほどで退出。その後諸所挨拶。

夜、村上春樹「レキシントンの幽霊」読了。村上春樹の短編は何度か読んだことがあるのだけれど、やっぱり長編のほうがその世界観に入り込むことができる。短編だと一生懸命想像しないと、入り込む前に終わってしまう感があってどうしても物足りない。今回の短編集は数年間で書き溜めたものを、加筆修正して出版しているということ。村上氏のこころの変化に沿って内容にも変化があるというから、余計に理解するのが難しい。でもこの人の本はそんなところが魅力なのであろう。

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2015/01/04

日曜日。年末年始の最後のお休みということで、今日は川口で親戚一同が集まっての顔合わせ。お昼過ぎから17時ごろまで。

夜、三谷幸喜「清須会議」読了。織田信長亡き後の、織田家の跡継ぎを決めるための会議の様子を描いたものである。この小説は翌年発表される映画のために書かれたものなのだろうか、一人一人の登場人物の心中を描く形式で書かれている。心中が現代的に描かれているので、本当にそうであったかどうかを考えるのではなく、もしも現代人がその当時そこにいたらこんな風に考えるのであろうという想像をするのが楽しい。生々しい世界を、コミカルに表現する三谷幸喜の世界観が何とも言えない。

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本を読み終えて、明日からの仕事に備える。今日はいつもよりちょっとだけ早く寝るとしよう。

2015/01/03

今年お正月は全国的に雪が降っている。元旦から東京で雪が降るなんて本当に久しぶりのことだと思うけれど、妻の実家のある滋賀県では対して珍しいことではない。2日の朝目覚めて外を見てみると、真っ白な雪景色であった。庭には15センチほどであろうか、たっぷりと積もった雪が遊び心をくすぐる。子供たちも外に出たくてうずうずしているようだから、さっそく小さな「かまくら」や雪だるまやらを作ってみた。約1時間ほど体を動かすと、いつの間にか寒さを忘れて童心に帰ることができる。写真は作ったかまくらに、2日の夜から3日の朝にかけてさらに雪が積もった様子である。この後天気は好転、僕たちも11時間のドライブで埼玉に帰ることができた。

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特にどこに行ったわけでもない。日が昇るのに合わせて起きる気ままな生活を送っただけである。たっぷりとある時間の中で、本を数冊読むことができた。まずは、五木寛之作「親鸞・上下巻」である。親鸞の誕生から、仏門に入り、修行し、そして教えを広めるようになっていく様子を五木氏の独特な作風で描いている。僕が初めて五木寛之氏の本を読んだのは、妻からもらった「レッスン」だった。若い青年がある女性とお付き合いをしながら、人間として様々な成長を遂げる様子を描いたラブストーリーのような作品で、僕が最も好きな本の一つである。
氏の作品には常に人間の奥底にある本性と、それを認めつつも成長する人間が描かれているように思える。今回はたまたまその主人公が親鸞であっただけ。だから、この本はいわゆる宗教の本ではなくて、つまりは宗教の教祖と呼ばれるような人でさえ、元をたどれば一人の人間、僕たちとまったく変わらない性を持っている人なんだよ、その人がこんな風に成長したんだよということを描いているのだ。

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続いて、バガボンド1~31巻。義理の妹の部屋に積んであった本の中からふと手に取ったのだが、言わずと知れた井上雄彦氏の名作である。宮本武蔵の成長を描く、これまた人間の成長を表現した漫画だ。一日で31巻、だいぶ疲れた。

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31日には、比叡山に行ってみた。もちろん親鸞を読んでの小旅行である。本を読んでいると、その舞台となっている場所にふと行ってみたくなる。なんとなくその主人公の目線で、いったいどんな風景が見えていたのか、どんなことを考えていたのかを体験したくなる。今日は親鸞の修行の地である比叡山の横川というところに行ってみた。比叡山というのはなんとなく一つのぽこっとした山があるようなイメージなのだけれど、実はとても大きな山域で、そこには東塔、西塔、そして横川の3つの領域がある。一つ一つが独立したお寺のように見えるほど大きく、そして距離も離れている。このお山全体を比叡山と呼ぶのである。

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年明け前の静けさというところか、寺には人がまばらで静寂が漂っている。時間があったのでたまたま目の前にあった般若心経の写経をしてみた。寒さと足のしびれで大変であった。写していても何が何だかわからないのがまたつらい。でも意味をネットで調べると・・・。意外と理解できる、つまりは僕たちが普段口ずさむ前向きな人生をとらえる歌とそう内容が変わらないのである。

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3日、11時間のドライブ。雪のために夜中の強行軍はやめた。無理をして事故でも起こしたら大変である。ゆっくりをドライブを楽しむのもまた楽しみの一つなのだ。空には満月を控えた月、遠くのほうには富士山が見える。今日はとても天気が良い。

2015/01/02

今年の年末年始は、例年通り妻の実家の滋賀県に里帰りをした。この習慣は結婚してからかれこれ15年、ほとんど欠かすことなく続いている。3人姉妹の長女を嫁にもらうにあたって、義父から年に2回は里帰りをしてほしいといわれたことも理由の一つであるのだけれど、滋賀県が僕の性にとてもあっているということが、里帰りを欠かすことなく続けてきている秘訣である。

というわけで今日は里帰り3日目。正月気分を満喫しながらゆっくりと過ごしている。

田舎に来ると毎年何かしらの新鮮な体験をできる。いつも僕を驚かせてくれるのは義父である。工務店を営む義父は、なんにでもものすごくこだわる。仕事ももちろんだけれど、釣り、カメラ、猟などなど一度はまると数年間はプロ顔負けの集中力を出す。というよりプロになってしまうといったほうが当てはまるかもしれない。

今年一番驚かされたことは義父のやっているイノシシ狩りであった。何でも最近の農村ではイノシシの被害がとても深刻だということで、ひどいところだと収穫前の畑を丸ごと1反食べつくされてしまうこともあるらしい。ひょんなことがきっかけで、知り合いの農家からそのイノシシ退治を依頼された義父は、罠猟について徹底的に試行錯誤を繰り返し、今年はすでに20頭以上のイノシシを捕獲したというのである。この写真はイノシシ狩りの罠を説明している様子。なんとこれもすべて手作りというから驚きである。昨夜はおいしい牡丹鍋をいただいた。もちろん義父が獲った猪肉である。これに手作りのサトイモなどなど旬の野菜を放り込んだら、何とも言えない絶品が出来上がる。つまみに鹿のセミ肉の刺身をいただきながら、至福の時を過ごさせていただいた。

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2015/01/01

新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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