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増井真也日記
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増井真也日記

2014年11月アーカイブ

2014/11/29

朝礼終了後、山梨県へ。今日は裏千家淡交会山梨県支部の50周年記念式典に参加するために日帰りで山梨へ出向いた。山梨県は近いので登山などで足を運んだことは何度もあるのだが、わざわざ甲府の街に降り立ったのは初めてのことである。武田信玄にワインと印傳くらいしか印象のないところだったのだが、行ってみて一番感動したのは盆地特有の地形からであろうか、深い霧に太陽の日が差し込んで、その霧が晴れ始めた時に、盆地を囲む山々が見事な紅葉に彩られて姿を見せてくれた時であった。360度山に囲まれている場所というのも僕にとっては初めての体験である。なんだか守られているような安心感、安堵感が感じられる独特な感覚を覚えるものだった。

13時、会場となった文化会館に出向く。呈茶を済ませホールに入ると式典が始まった。式典では家元の講演会を聞いたが、なんとなく僕が普段、大寄せの茶会に感じている疑問をまるで見透かされているかのようなテーマでのお話をされたことが印象的であった。

僕の感じる大寄せの茶会に対する反感はすでに前にも書いたのだが、つまり30人も40人もの大人数を一度に集め、水屋で立てた茶を一斉に出して飲ませることに何の意味を感じればよいのかがわからないというものである。まるで流れ作業のような茶会を体験しても、これはメリーゴーランドに並んで乗車する体験と同義ではないかの疑問である。
これに対し家元は、茶道で学ぶべきものは感謝、そしてごめんなさいのこころであると説いた。特にその感謝の部分を引いて、大寄せのその他大勢の客としてでも水屋への感謝を忘れるべからず、そして水屋でのその他大勢の一員としての作業の時にも客の感謝の意を忘れるべからず、その相互作用によって茶会が完成すると続けた。ここまででは茶会が目的のような気がしてしまうのであるが、さらに茶道は忘れ去られゆく文化の継承、茶人はその継承者であると引き、その任を担う私たちがこの相互作用をよい方向へと導く者とならなければいけないと締めたわけである。これはとても納得のできる締めかたである。おそらく同様の疑問を抱く茶道初心者が多いこと、もしかしたらベテランを多いのかもしれないことを予想しつつ、自分のこれからの関わり方についても深く考えさせられる機会となった。

夜、懇親会に参加。家元である座忘斎・千宗室氏とも、そしてご子息、お嬢様とも会話を交わす有意義な時となった。

2014/11/28

朝礼終了後、近所のIさんご相談。某国立大学の先生を退官されて、今はほかの大学で教鞭をとられているのであるが、すでに退官された大学から引き取る予定の大量の資料を保管するための蔵を作る計画である。Iさんとはすでに何年ものお付き合い。初めて仕事を依頼されたのは十数年ほど前であろうか。今はニューヨークに住む娘さんがまだ東大の学生だった頃、珪藻土の壁塗りを依頼するためにますいいに来てくれたのが縁であった。あれから何年もたつが、御嬢さんが海外に越され、奥様がなくなり、状況はいろいろと変わった。人生はいろいろとあるものであるが、どんな状況でも現在を前向きに生きていけることが大切だとも思う。住宅を作っているといろんな人との出会いがあって、人生相談のようなこともして、そしてたまに建築をいじる工事を頼まれる。建築をいじることは何となく医者でいえば手術みたいなものかもしれない。ほとんどのことは問診とお薬(薬にあたるものは何かと想像してもすぐには浮かばないのであるが)で直ってしまう。そうなると新築工事は、結婚と出産みたいなものであろうか。自分の家という物を手に入れると同時に、ほかのなにかも手に入れる機会となっているような気がするのである。

夕方、これまた会社の近所の(僕が近所と書くときは歩いて10分以内の場所を示しているのであるが)住宅の建て替え計画、第1回目のプレゼンテーション。住宅地の奥まった土地に建つ既存住宅を取り壊して、新しい住居を作る計画である。周りを完全に囲まれてしまっているので、光をどのように取り込むかがポイントとなる。今回の提案では1階にリビングを配置し、その上部に吹き抜けを設けて、その吹き抜けを通して光を取り込むことを考えた。大変気に入っていただいたようではあるのだが、1階のプレゼンで計画を進めるほどの手抜きをしたくはない。繰り返すことで生まれるアイデアは必ずあるはずで、そうして考えたものだからこそ長く使える住宅にもなると思う。ということで、次回はLDKという概念をなくし、台所と居間、つまり座の生活をイメージしたプランを作ることとなった。これは住宅にとってとても大きな要素である。きっと面白いプランができることであろう。

2014/11/27

今日は7年ほど前にご自宅を建てさせていただいた俳優・津田寛治さんのインタビューをさせていただいた。天気の良い日だったので都内の公園で待ち合わせをし、約2時間ほどのインタビュー。以下はその内容をまとめたものである。

建築家をやっているといろいろな人と出会う。年齢も職種もそれぞれで、打ち合わせをしていると、いろいろなお話が聞けてとても楽しいし為にもなる。時には有名人もやってくる。7年ほど前に俳優、津田寛治さんのご自宅を建てた。映画やテレビドラマなどで活躍されている方でご存知の方も多いだろう。津田さんとの出会いは、奥様がさんかくの家が掲載されている雑誌「住まいの設計」をご覧になった時に、モルタルで作ったキッチンやお風呂の写真を見て気に入ってくれて、ご連絡してくれたところから始まった。(さんかくの家では名前の通り三角形の建築形状を採用しているのだが、その形状に合わせて、左官屋さんがモルタルで作ったキッチンやお風呂を配置している。)

津田さんは当時、すでに土地を購入して、不動産屋さんに紹介してもらった設計士さんに図面を書いてもらうところまで進んでいる状態だったのであるが、その設計士さんに塗り壁で仕上げをして欲しいと依頼したところ、「この土地では地盤が悪いから塗り壁の仕上げは無理です。クロスを貼らなければ仕上がりません」と言われて、決別してしまった時に、たまたま新宿パークタワーにあるリビングデザインセンターオゾンのライブラリーで雑誌を見つけて、ますいいに来ていただいたというわけである。津田さんは当時のますいいとの出会い、印象をこのように話してくれた。

「僕の家づくりには、設計を押し付けるような建築家は絶対に入れたくないと思っていました。そういう建築家って他人の住む住宅を自分の作品としてとらえているじゃないですか。でもそれは傲慢なことでしかないと思うんです。住宅は決して建築家の作品ではないと思います。住宅はあくまでそこで暮らす人のものなんですね。だからこそ、住む人の希望とか使いやすさとかをないがしろにして作品性を高めることに偏りすぎてしまうことは傲慢だと思います。建築家の人がもしクライアントの希望を聞いていて、でもやっぱり後々後悔するよって思っても、お客さんがそう望むのであれば思うようにやらせてあげればよいと思います。それで、どうしても嫌になったらやり直せばいいと思います。僕たちは、デザインを押し付ける建築家ではなく、工務店なんだけれどセンスのわかるところを探していたんですね。その考えにぴったり合う会社を見つけたのが、たまたま(ますいいリビングカンパニー)さんだったんですね。はじめての打ち合わせで、妻がこれまで依頼しようと考えていた他の設計事務所が書いた図面を見せて「これでお願いします」というようなことを言ってしまったときに、さすがに失礼だろって思ったのですが、増井さんが「わかりました」と言ったんですね。あの時の増井さんを見て、クライアントの要望を寛容に受け入れるところと、それでも自分を崩さないところを持っているなあと、つまりとても自然体だなと思いました。施主の思いを実現するという設計手法は、ともすると設計という行為に対してモチベーションが感じられなくなる場合もあると思います。でもそこをうまくバランスをとって、それを楽しんでくれるのがすごくよかったんです。」

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津田寛治さんは僕の印象では、芸能人と呼ばれる人が持つであろうとイメージされる派手さとか、傲慢さとかとは無縁の人である。むしろ普通の人よりも自然体かもしれない。乗っている車は、ぼろぼろのワゴン車にニコちゃんマークのペイントを施しているような車だし、服装だってセンスの良い普通の大学生のようなもの。とにかく見栄を張るような行為とは無縁の人だ。僕は当時、津田さんのことを知らなかった。もともとあまり芸能界に詳しいほうではない。だから僕も自然体でいられたのだろう。知っていたらもっと緊張していたと思う。

素朴な人だからであろうか。この工事では素材そのものを表現することを求められた。塗装等で仕上げることは最小限にして、なるべく素材のままの表情を大切にしたいというのである。例えば外壁では、吹付下地として施工するモルタルのままで仕上げてほしいという要望があった。普通では割れてしまうモルタル下地をどうしたら割れないようにできるかの苦悩の末に、ファイバーネットを敷きこんだりモルタルそのものに繊維を混ぜ込んだりの工夫を施したりもした。工事をするときにも言ったけれど、これは僕にとっても実験的な試みだった。皸だらけになってしまうかもしれないとの不安を持ちながらの工事であった。今回、7年がたって現場に行ってみて、壁が割れていないことには正直驚いたが、何よりもそのモルタル仕上げの風合いが経年変化と共にさらに良い雰囲気になっていたことがうれしかった。そんな津田さんにとっての住宅とは、どのようなものだったのかを聞いてみた。

「俳優って特殊な仕事のように思われるけど、実は普通の仕事と変わらないんです。一部のスターは違うかもしれないけれど、僕たちのような役者は現場に行って、衣装に着替えて、せりふをしゃべって、お疲れ様でしたと、まるで大工さんみたいに働いています。日本中のいろんな現場に行って、その現場の仕事をします。だから僕が家を建てる時も俳優だからと言って特別なことを考えていたのではなく、普通のお父さんと同じように、ただただそこで育つ子供のことを考えていました。僕の中では子供たちがたくさん集まる児童館みたいな家にしたいと思っていたんです。決してファッショナブルなものではなく、どちらかというと暖かいもの。僕にとって家というものは、その場だけの完成作品ではありません。住んで、何十年もたって完成するものです。できた時はすごくきれいだけれど、20年たっていろいろなところが汚れてきたらみすぼらしくなるものではなく、時間がたって使い込んだ時に魅力があるようなものが良いと思います。この家ももう7年がたっていますが、先日も通りすがりの人が、この家を建てた人を紹介してほしいと言ってきましたがこういうのはうれしいですね。

僕は特にこの家のモルタル仕上げの外壁面が大好きです。吹付とかしていないただのモルタル仕上げですがこのラフな感じがすごく良いと思います。ラフさって要求することがすごく難しいと思います。映画のカメラワークでもそうなのですが、映画監督がカメラマンさんにわざと揺らしてくれと言うと、すごくわざとらしくなってしまうんです。でもカメラマンが一生懸命とっていて、でもちょっとカメラが揺れてしまった時はとてもかっこよく仕上がります。壁も一緒で、すごくきれいにして欲しくはないんだけれど、わざとムラムラをつけられるとわざとらしすぎて嫌なんですよね。増井さんは僕がそんなことを行った時に「ようは吹付の仕上げの下地程度にすればいいんでしょ」と言ってきましたね。結果とても好きは風合いに仕上がりました。

左官屋さんも大工さんも、左官の魅力とか木の魅力に取りつかれているんですね。そういう人を見ると本当に幸せだと思う。大好きな仕事をして夢中になっていられるのは見ていて気持ちが良いですね。実は昔は水道工事のアルバイトをしていたこともあるんです。小いさい現場だと、親方が途中でほかの現場に行ってしまって、庭の裏の土間コンクリート工事を任されたりするんです。そういう時にコンクリートの金鏝仕上げをやったりするのは病み付きになります。コンクリートとか土壁、粘土、あと鉄がさびた様子などは取りつかれると病みつきになるんです。そういうことに取りつかれて仕事にしている方は本当に幸せだなと思います。」

津田さんは家づくりの最中もとても熱心に自分の希望を担当者の田村に伝えて、まるで自分が設計者のように参加していた。

「映画を作ることと、家づくりはとても似ていると思います。僕は映画監督もしています。本業は俳優だから、異業種監督と呼ばれるんですが、この異業種監督の場合は本当に家づくりに似ていると思います。つまり映画監督は、家づくりの場面のお客さんみたいなものなんですね。専業の映画監督ではないから、撮影などに関する技術は何も知らないけれど、いろんな映画とか本を読んだりして、すごく知識はあります。そしてこんな映像を造りたいという強い思いはあるんです。家を建てている間は、自分の家というよりも一つの作品作りに参加している感じでした。この家の特徴は先ずは大きなウッドデッキ、そして斜線制限の関係で屋根がとんがっているところですね。基本的に家づくりは妻にお任せと思っていたんですが、あるとき「往々にして旦那は意見を言わないけれど、それがだめな家をつくてしまう原因である」と何かの本に書いてあったのを読んだんです。それで口出しをするようにしました。
思い出に残っているのは、外壁に丸い窓を配置したことと、玄関のトイレのところに同じ大きさの丸い窓を開けたことですね。担当者の田村君に丸い窓を開けてって言ったら、始めは小さい窓の絵が描かれてきました。そうじゃないと思ったので、大きな窓をつけってって言ったら、どーんとつけてくれた。これも映画監督と似ていると思う。映画監督がああしてこうしてと言って、現場のスタッフが一生懸命頑張ってくれて、思った通りの画が撮れた時と同じなんです。あとアトリエの本棚もそうでしたね。素材をただ切り取ってざっくりしたもの、きれいに仕上げないで欲しいって言ったら、厚い合板の積層小口を表しにして、切り出したそのままみたいで、それがすごくかっこよかったんです。僕は最近いつもそこで過ごしていますね。素人の僕がいろいろと意見を通したのだから、実際には多少の後悔はあります。でも本当に嫌ならあとから直せばいいんだし(笑)。僕は意見を言って、よくその後に「もし嫌になったら後から治りますよね」と、いつも言っていたんですよ。この窓あとから大きくできますかみたいに。そしたら田村さんが嫌な顔をするんですね。そういえば、階段の真ん中に段板を支える鉄骨の柱があって、俺は白だと思ったけれど、田村さんは絶対黒だと言いました。僕は正直全く黒くする意味が分からなかったので、せめてグレーにしませんかって言ったんです。結局妻と相談して黒にしたんですが、あれは黒が良かったと思っています。とてもいい感じになっているんですね。」

そういえば、津田さんの家の完成間近の時に、リビングの丸柱に棕櫚縄を巻いて存在を和らげようとしたことがあった。完成した姿を見て喜んでもらおうと思い、津田さんには黙って縄を巻いておいたのだけれど、引っ越しして数日でその縄はほどかれてしまっていたことを思い出した。どうやらその縄の表現は、引っ越しを手伝ってくれた若手の俳優にしか受けなかったそうで、しかも縄が好きな幾分変わった性癖を持っている方だったというから、仕方がない。縄を巻くときは縄を持って柱の周りを何十周も歩きながら締めていくのだけれど、その数日後に奥様と二人で柱の周りを何十周も歩きながらその縄をほどいていたというから、思い出すと思わず吹き出してしまう。通常は家づくりにおける映画監督とは僕たち設計者のことである。でも津田さんにとって、自分自身が監督をやっている感覚のほうが合っていたのだろう。最後にもう一度家づくりをするとしたらどんな家を造りたいか聞いてみた。

「基本的にあの家は気に入っているので、もう一度建てたいとは思わないですね。今の家はたまにはっと思う時があるんです。仕事が終わって帰ってきたとき、外から見て丸い窓があって、そこから明かりが漏れていて、そんな姿を見ていると温かいなと思います。僕は建築雑誌に載るような家は好きじゃないんです。かっこいいかもしれないけれど、住んでみたら大変だろって思う家は嫌いです。たまに人の家にお邪魔したりしたときに、デザイン的にはそんなに肩ひじ張って頑張っていないけれど、なんかいいなと思う家があるんですね。奥さんが家事をやりやすくなっていて、家族が自然に使えている感覚が滲み出しているような住宅が僕は好きで、今の僕の家もそういう風になっていると思います。だから、建て替えようと思うことはないですね。」

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2014/11/25

朝礼終了後、スタッフに手荒に使われ汚れまみれになってしまっているジムニーの掃除を始めるも、とにかく汚れていてなかなかはかどらない。とれるものはとってみようとまずは後部座席、続いて助手席と運転席、さらにはボディーに敷いてあったカーペット、最後に後部座席の壁面を覆っていたプラスチックパネル、とにかくとれるものはすべて取り払ってみるとなかなかかっこよい。ゴミを取り払い、きれいに雑巾をかけるとなかなかの美男子である。走行距離は20万キロだけどまだまだ使える。やっぱりきれいにすると気持ちがよいものである。

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午後、天気が良いので畑作業をした。先週の木曜日に和順君と一緒に畑の小屋の棚を作ったから、道具が使いやすいように整理されていてとても作業がやりやすい状態になっている。やっぱり何かの作業を行う時には道具の整理整頓は大事で、そういうことがだんだんとできるようになることも習熟度の向上ということになるのであろう。今は大根、かぶ、法蓮草、春菊、じゃがいも等がおいしい季節である。これらが取れ始めてなくなると春野菜のキャベツや豆類まで何も獲れるものはない。12月末までのしばらくの楽しみである。

夕方より、東京都世田谷区にて新築住宅を検討中のIさん打ち合わせ。今日は初めてのヒアリングということで、家に対するご要望などなどのお話をさせていただいた。実はIさん、僕のいろんなお知り合い、はたまたお客様からのご紹介である。40歳にもなると縁というのはいろいろとつながっていること強く感じる。こういう風にご紹介していただけることは僕にとっては何よりもうれしいことである。

2014/11/24

朝礼終了後、埼玉県さいたま市にて新築住宅を検討しているTさんご夫妻打ち合わせ。今回の打ち合わせでは2案のプランをご提示し、2階にリビングを作るか1階にリビングを作るかの検討を中心に行った。敷地は周りを隣の家の庭と、地主さんの広い林に囲まれた緑あふれる場所にあり、2階にリビングを作ったとしたら広大な眺めが手に入る。1階よりも日当たりが良いことは確実であるし、林の眺めも2階からのほうがごちゃごちゃした部分が見えなくよい。1階にリビングを作ったとしたら庭との親密なつながりが手に入る。庭いじりが好きな家族にとっては、地面と普段過ごすリビングが近いほうが良いし、子供を外で遊ばせていても目線が届くので心配がない。つまりは、どちらも捨てがたい状態なのである。

庭でハーブを育てて、ちょっとした野菜も育てて、夕方にはそれを摘んできてみんなでキッチンで料理を楽しみながら楽しい会話ができるような家にしたいと思う。
夜には趣味のピアノを弾いて、子供たちは絵本を読んで、そんな風にくつろげるリビングがほしい。
南側の庭からの光、西側に広がる景色、周辺の状況が多少変化したとしても、そういうものが変わらず手に入る家。
そんな家を作ってあげたいと思った。

夕方、埼玉県川口市にて中古住宅を購入し、会社事務所兼住宅に改修工事を検討中のMさんご夫妻打ち合わせ。なるべく早く会社の営業を開始したいということで、まずは会社部分の改修工事を先行して行うとのこと。今回はその部分の見積もりと、住宅部分のプランについての打ち合わせを行った。17時からの打ち合わせ予定ではあったが、急遽電気が入っていないということで16時にした。16時でもすでにあたりは薄暗く、懐中電灯をつけながらの打ち合わせである。いつの間にか日も短くなった。もうすぐ冬が訪れる。季節感を感じることの少ない都会の生活だけれど、こういうふとした時になんとなく感じるものである。

2014/11/23

旅行二日目。昨日は何となく地震の騒ぎで寝不足となってしまった。僕が何をできるわけではないのだけれど、やっぱりすぐ近くで大きな地震があった直後となると心の中のさざ波みたいなものがおさまるのに時間がかかる。朝は6時過ぎに起きて、食事を済ませる。少々の休憩の後、まずは旧開智学校に向かった。

明治9年にできたこの建築は、いわゆる擬洋風建築として取り上げられるものである。日本が西洋に追い付こうとしていた時代、まだ建築家なる職能が日本に定着していなかったころに、西洋建築を学んだ大工さんの棟梁によってこんなにも複雑な建築が造られたというから驚きである。建物の中にも普通に入ることができ、まるで教室のごとくに当時の教育内容などが展示されている。古民家とか、お城とか、古くていわゆるデザインのメソッドからは離れた設計をされているこういう建築を見ていると、いわゆるデザイナーさんたちが頭でっかちになりすぎて設計をした建物にはないごつごつとした力強さみたいなものを感じることがあるけれど、僕はそういうものがとっても好きである。だからなんとなく新築で住宅を作っていてもそのごつごつ感を生み出そうと考えたりもしているのである。

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続いて大王わさび農園へ。ここでは特に書くべきことはないのだけれど、愛すべき黒沢明監督の名作「夢」の中の水車のある風景に登場した水車を見ることができるので、わさび好きの方じゃなくとも安曇野を訪れた際には寄ってみてもよいと思う。

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近くのピザ屋さんで食事をした後、安曇野ちひろ美術館へ。この建物は建築家の内藤廣氏が47歳の時に設計した建築である。切妻型の屋根こう配に合わせた化粧の梁が露出していて、大きな空間を覆う屋根に独特のリズムを生み出している。その下に広がる空間が数棟組み合わされることで生まれる空間をギャラリーとした非常にコンセプチュアルな建築であるが、その柔らかな表現のおかげれとても居心地がよい。内部にはあちらこちらに中村好文さんのデザインした家具がある。これまた見ていてほほえましくなるようなものばかりである。
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帰りに岩崎ちひろさんのポスターを一枚購入した。自宅の壁にいつも微笑む赤い頭巾の女の子がいたらきっと心が安らかになるんだろうな。

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2014/11/22

今日、明日と長野県に小旅行。朝礼終了後、少しして事務所を出る。10時過ぎ、愛車のハイエースワゴンに家族をのせて一路長野へ向かう。まずはじめに向かったのは長野市にある善光寺だ。ここでは特に建築を見るわけではなく、純粋なお参りに終始した。参道も土日ということでかなりのにぎわい。おそばを食べたりの観光客気分を味わいながら、ゆったりとお散歩。お参りを済ませて、次は松本市へ。予約しておいた浅間温泉の宿に着いたのは18時前。長野県は意外と広いのである。

すぐに食事というのであわてて温泉に入る。食事を終えゆっくりとしていると、なんと緊急地震速報である。旅行まで来てと驚くも、幸い松本市は震度4程度で大したことはなかった。テレビの情報では白馬などではかなりの被害が出ているとのこと。なんとなく落ち着かない夜となりそうである。

2014/11/21

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。土間の仕上げについての話をした。土間仕上げの空間はますいいの作る住宅の中で定番ともいえるものである。ゆえにこの土間についての話をする機会は必然的に多くなる。何度同じような話をしたかは記憶にないが、とにかくよく話すテーマである。

ますいいでやる土間仕上げは、土間仕上げといっても昔の農家の様に本当の土をたたきで仕上げるのではなく、モルタルの左官仕上げということであるが、その用途や意味合いというものは土の仕上げの空間の持つそれとあまり変わりはない。家の住み方には様々なスタイルがあって、ある一部の人たちは住宅の中でまるで工房のようなスペースを望む。こういう「手を動かすことが大好きな人たち」にとっては自由に何でもできる空間が大切であり、家にいる時はごろごろよりもむしろ、何かをいじって過ごしている時間を楽しむことのほうが主体となってくる。土間仕上げの空間はこういう「ものをつくる種族」の手荒な行いを寛容に受け入れてくれるのである。

下の写真は茨城県古河市で造った住宅の土間である。庭先での畑いじりに便利なように作られた土間で、まさに収穫した野菜などを置いておいてもよいようなスペースとしてイメージされている昔ながらの土間である。長く使用される家というのは住まい手の変化を柔らかく許容してくれるものでなければならない。旅先のホテルの様に、用途に応じて簡単に泊まる場所を変えられるものではないからこそ重要な考えであると思うのである。

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今日は衆議院の解散が宣言された。この時期に解散とはあまりにも戦略的なような気がするが、きっと自民党が圧勝なのであろう。また町が騒がしくなる。一国民として投票行動をとるのは当たり前だとしても、この手の喧騒にだけは巻き込まれないようにしたい。

2014/11/16

日曜日。今日は僕の所属する裏千家関係のお茶会。茶会と言われてもよくわからない人もいると思うのでちょっと説明してみたい。今の茶会とは通常は大寄せの茶会と呼ばれるもので、8畳から10畳程度の広い茶室に、一度に10人以上のお客さんが入る。もっと大きな部屋を利用する場合は、一度に30人くらいの人が入る場合もある。利休のころのお茶をイメージしているとギャップに驚くのだが、より多くの人に茶道を体験してもらったり、より多くの人を招いてその日の出会いを創造しようという目的を果たすには有効な手段であるとされているのであろう。

茶道なるものが政道の会合の場面であった時代で、しかも一人の権力者の意向で国が動いた時代では必要のない目的なのかもしれない。しかし時代が変われば茶道なるものの存在意義も変化する。今の茶道の存在意義は確実に忘れられ行く日本文化の継承である。この存在意義をなるべく多く果たすための手段としては一理あるのかもしれない。

この大寄せの茶会ではお点前さんが2服の茶を点てることが多い。そのほかの人のお茶は水屋でシャカシャカと点ててしまう。それをお運びさんが次々と出してきて、お客さんもどんどん飲んでいく。結果、トータル20分程度で終了するわけであるから、完全なる流れ作業というわけだ。

こうした茶会、通常は濃茶・薄茶と二つの席からなるわけであるが、これは茶事の一部を切り取ったものに過ぎない。たとえば正午の茶事を例に挙げてみると、初炭、懐石、そのあと菓子が出て中立となり、銅鑼の合図で再び席入し、濃茶、後炭と続き、そのあと薄茶を飲んで客が退出するという4時間程度にわたる一大イベントである。このほんの一部最後の最後を切り取って、濃茶だけの席や薄茶だけの席を作ったのが先の例となるわけだ。

僕はまだまだ入門4年の初心者ということで、本格的な茶事は2回しか体験したことはない。その2回とて、内容を楽しむどころか、あまりの時間の長さに足のしびれと戦うことしかできなかった。まだまだ駆け出しなのであるが、とはいえもう40歳である。いつまでも甘えられる年齢でもないのである。

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2014/11/15

朝礼終了後、4年ほど前に東京都足立区で造った北の常緑ハウスにて取材。この住宅のクライアントであるKさんとは、自然を取り込むことができる住宅を建てるための土地を探しているときに出会った。購入前に土地を見ながら建築の印象を考えるために、いくつかの土地を一緒に下見に行ったのだが、どの土地も河川敷に面していたりの特徴がある土地であった。それでもなかなか決まらないとき、ようやく手に入れたのが今回の計画地である。

この土地は売り物件として公表されていたものではなく、たまたま空き家で、たまたま連絡先がポストの上に小さく張り紙されていた、そんな土地であった。持ち主を捜し、連絡をして、結果売っていただけることとなったわけである。Kさんはこの頃、暇を見つけては自転車で住んでみたいエリアをまわり土地を探していたというから、これはまさに縁。大きな買い物だけにこういう縁はとても大切なのであろう。

敷地は、南側に住宅街が広がり、北側を小さな河川に面している。河川には堤防を兼ねた緑豊かな歩道があって、人通りも程よくあり手入れもされていて、当然この緑道を暮らしの中に取り込むことができる住宅を建てたいというのが要望として提示された。さまざまな検討の結果、敷地にかまぼこ状の屋根をかけ渡し、その下のスペースの天井が高い部分には2階を、低い部分には吹き抜けを設けるというプランを進めることになったのである。

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建築の工事にあたってさまざまなセルフビルドの挑戦した。内部の仕上げだけでなく、ウッドデッキの製作などまで、他のクライアントよりもちょっとだけ多く作業をしてくれたような気がする。きっと本質的にセルフビルドに向いている方なのである。こういうことは好きでないとなかなかできないものである。そして好きな方はやっていくうちにどんどんと好きになっていくものでもある。Kさんの家ではダイニングテーブル、お子様のための家具など、まるでプロの仕事のようなセルフビルドの産物が置かれているが、これらは順を追って腕を上げたKさんの手によってつくられたものたちである。こういうものに囲まれて育つお子さんはとても幸せだろう。お金を出せば何でも手に入る時代だけれど、こういう暖かさだけはどんなにお金を払っても手に入れることはできない。そこには目に見えない何かが存在する。

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ヘンリー・デビッド・ソローの森の生活は僕の愛読書である。大学1年の時に早稲田大学の石山先生に読まされたのが始まりで、その時は変な親父が森の中に引きこもって、自給自足の実験生活をしている記録書であるという事実以外に、何も僕のこころには残らなかった。その後も時々読んでいるのだけれど、年を重ねるにつれてだんだんといろんな言葉が心に残るようになってきた。「われわれ人間ときたら、思うに、農場の柵が取り払われ、自分たちの農場に石の塀が造られてしまうと、それ以後、われわれの生活はその区域内に限定され、運命も決まったようなものだ。」僕は家づくりがこれにあたらないようにすることをいつも心がけている。だから必要以上のお金をかけることには反対で、自分の身の丈に合った、自分にとって最良と思われる程度の、程よい家を作ることを大切にしている。程よい家を作ることができれば、そこでの生活には自由がある。セルフビルドとは、この自由の範囲を広げてくれる手段だ。Kさんの暮らしぶりには、そんな自由が感じられるのである。

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2014/11/13

朝礼終了後、打ち合わせ。先日、埼玉県川口市にて改修工事を依頼された鉄骨造3階建ての建築について。この建築は築年数が28年ほどの鉄骨造3階建ての建築物で、1階を仕事スペース、2階3階は住居スペースとして利用されてきた。新たな所有者となるMさんもこのように利用する予定である。今回の改修工事では、古い鉄骨造にありがちな雨漏りの補修工事と、全体的な内装工事を行うことが計画されている。

工事の全体計画は1500万円ほど。今回は外部周りの傷みがひどいということで、塗装工事や防水工事に結構なコストがかかることが予想される。それでも、この先ずーっと使用していくにはやっぱり雨漏りは何とかしなければいけないわけで、逆にこの部分を軽微な工事で済ませてしまって内装工事を優先しても、結局また雨漏りしてしまえば内装もやり直さなければいけないことになってしまうのだから、ここは冷静になってやはり外部周りを優先した計画を立てなければならないだろう。

2014/11/11

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。今日は無垢材についてスタッフと話をした。僕の会社では無垢材をよく使う。特に床や棚板、扉の枠などは、ほとんどといってよいほどに使用する。

無垢材というのは、一見汚れが付きやすかったり、傷がつきやすかったりのイメージが付きまとうものだ。マンションなどでは何層にもコーティングされた床材がいかに傷に強いかの売り言葉を背負って宣伝されていることと比較すれば、何にも守るものがない無垢材は確かに弱い材料かもしれない。

でも僕は無垢材にはあんまり塗装をすることをお勧めしない。塗装をすれば木を守る被膜ができるから確かに強くはなるのだけれど、その被膜があるせいで「風合い」と呼ばれる経年変化は絶対に起こらなくなってしまうからである。

僕たちが古いお寺を訪れた時に感じる感覚、はたまた古い民家を改修したようなカフェに入った時に感じる感覚は、皆この風合いによって生まれるものだ。風合いとは長年の使用の中で、傷がつき、汚れが付き、でもそれが美しいと感じられるような変化である時に呼ばれる状態であると思う。いい感じで年を取っているお年寄りに感じる味わい深い人間味、そんな感覚である。

無垢材は傷がついたり、汚れがついたりの変化を寛容に受け入れてくれる。薄皮一枚はがれてしまったら、下地の基材が出てきてしまうような合板フロアリングのような物では絶対に受け入れることができない寛容さがあるのである。下の写真は、数年前に建て替えた新築住宅の保存等の部分にある押入れの中、その中板の様子である。プロの建築カメラマンが撮影してくれたこの一枚の写真にある何か、こんな感覚がつまりは風合いと呼ばれるものなのであろう。

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2014/11/10

朝礼終了後、土田君と一緒に埼玉県の川島町にあるアスタリスクカフェに向かった。10時のお約束だったので、1時間あれば十分つくことができると思い走っていたのだが、なんと所沢まで120分の事故渋滞表示が出てしまっている。仕方なく高速を降り、進路を変えて再び外環、首都高速と乗り継いで、大宮からは下道という経路をとることにした。結局10時30分ごろ到着。いろいろあっても30分程度しか変わらないのかと、変なことに驚く。お店につくと、Hさんご夫妻が出迎えてくれた。

さっそくコーヒーいただきながら取材開始。取材といっても自分が作った建物の取材である。通常の取材とは異なり、いわゆる普通の雑談をしているに過ぎない。でもいわゆる普通の雑談をしているといろいろなことが聞けるものだ。中でも家を作る時に本当はもっとこうすればよかったの意見は何よりも勉強になる。この日はカフェの厨房をもう少しだけ広くしておけばもっと使いやすかったのにというお話を伺ったが、今後の設計に生かさせていただくことにしよう。

さて、このカフェ兼住宅についてはこれまで何度も説明をしてきたが、1200万円で作った超ローコスト建築である。「サラリーマンを退職して、これまで住んできた住宅を処分して、埼玉の川島町という田舎に引っ越して新しい生活を始めたい、しかも予算は1200万円しかない。」というお二人に初めてお会いしたときのことは今でもよく覚えている。なんといっても普通では考えられないローコストでの計画である。これまで何件もの会社に断られ続けて、一度は描いた夢や希望もあきらめるしかないかの心境で足を運んでいただいたわけだから、お二人の話す建築の計画を聞いて興味を抱き、一緒にやりましょうといった僕の言葉を、本当にうれしそうに受け止めてくれたわけである。僕はこの仕事をしていてこんな瞬間に一番の喜びを感じる。なんか人の役に立っているなって思える瞬間、そんな感覚かもしれない。わかりやすい形で自分がだれかの役に立てたと思える瞬間は意外と少ないものである。複雑な現代社会ではわかりにくくなってしまっているけれど、でも仕事とは本来そんなものであるのだろうと思う。

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2014/11/09

日曜日。今日は打ち合わせが入っているのでいつも通りの時間に事務所に向かう。事務所には平日とは違った独特な静寂があり、普段の日よりも余計に仕事がはかどるような気がする。机の上の書類が見る見るうちに無くなっていく。日曜日の仕事はあんまり好きではないけれど、これはこれで気分の良いものである。

11時、東京都杉並区にて新築住宅を検討中のSさんご夫妻打ち合わせ。今日は3案のご提案である。基本設計段階の提案ということで、あえて多様なプランを作成しているがこれから先の展開が楽しみなところだ。

13時、埼玉県川口市にて中古住宅のリフォームを検討しているMさんご夫妻打ち合わせ。中古住宅の購入時のリフォームということで、物件に立ち会ってのご相談。2週間ほどのちのプレゼンテーションをお約束する。

16時、畑にて作業。今の時期はホウレンソウや小松菜ができてきて、大根ももうじき収穫時となる。まだちょっと早いけれど大根を抜いてみると、小ぶりながらも立派に育っている。これは正真正銘無農薬、有機栽培の大根だ。さっそく食してみることとしよう。

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2014/11/08

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。明日打ち合わせが予定されている、東京都杉並区にて計画中の住宅についてなど。この住宅では狭小敷地に広がりのある空間をつくるために、建物配置や内部空間の立体的なつながりなどの可能性を様々検討し、大きく分けて3通りのプランを提案している。

写真の案は、分棟とすることで生まれた建物ボリューム間の隙間から自然環境を取り込み、中間部分が光や風の流れる半屋外的なスペースを生み出すというもの。2棟の配置角度を振ることにより、移動の際、視覚的に様々な空間が展開し、狭小地でありながら奥行きを感じられるようなプランとなっている。

ほかにも玄関土間を大きくとり、階段を配した大きな吹抜を設け、上下階をつなぐ通り庭のような空間をつくることを計画したプランも考えた。こちらは土間・吹抜空間が光や風を取り込む半屋外的なスペースとなっており、空間を立体的につなぐことで、平面的な面積以上の広がりを感じるものとなっている。

今回の打ち合わせではさらにもう一案、南側に駐車スペースを設けた場合のバリエーションも提示する予定。斜線制限の厳しい北側に建物ボリュームを移すため、スキップフロア的なプランニングとしている。

この計画が結果的にどのような建築になるのかは、まだ基本設計が始まったばかりの段階ではわからない。でもいろいろなアイデアを試し、クライアントのご要望を取り入れ、そしてまた新しいアイデアを考えてみる、の繰り返しの先にはきっと楽しい建築が生み出されるはずである。僕たちにとっても狭小地での設計というのは、狭小地でしか味わうことのできない面白さがあるものだ。限られた条件の中でさまざまな可能性を探り、豊かな空間を持つ建築を生み出す瞬間こそが何とも言えないものなのである。

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2014/11/05

午前中、埼玉県川口市にて計画中のカフェ兼住宅打ち合わせ。

打ち合わせをしているといつも思うことなのだけれど、住宅づくりは町医者の問診のようなものである。僕は小さいころ医者になりたかった。それもドクターコトーのような、小さな島でいろんな人の相談にのって、小さな病気から大きな病気まで、時には医者の仕事ではないかもしれないけれど人生の相談までのってくれるような、そんな医者になりたいと思っていた。でもそのあとどんな心境の変化があったかよくわからないけれど、建築家という職業に進んだ。

理由を考えればいろいろある。物づくりを生業としていた父の姿、思えば母型の実家も、遠い親戚もみんな製造業を生業としている。川口市は製造業の街だったから、当たり前といえば当たり前だけれど、ここまで自営業ばかりの家系も珍しいだろう。そんな中で囲まれて育ったから、建築家になったのかもしれないし、一時のテレビの影響かもしれない。山登りを部活動でやっていた時の思春期の微妙な心の変化に、自然と向き合う要素が加わった結果かもしれない。とにかくよくわからないけれど、結果、建築家という道を歩んでいる。

そんな建築家、この職業もいろいろなスタイルがある。多岐にわたるスタイルの中で、僕は結局ドクターコトーのごとく家を作る、そんなスタイルを選択した。なんで家を建てたいのか?この単純で奥深い疑問を施主に投げかけ、一緒に答えを探りだし、そしてその希望を満たすことを目指してともに家づくりを行う、そんなスタイルである。時にはこの疑問で家づくりをやめてしまう方もいる。でもそれはそれでよい。そういう方は、きっと家を作らなかったほうが幸せだったのだろうし、もし本当にそうならば、家を作らないことで僕はとてつもなく良い仕事をしたことになるだろう。

特に自営業の方の建築を作る時には細心の注意を払うようにしている。自営業の方にとって住まいである建築は同時に商売の拠点ともなる。自営業の人たちは商売が繁盛しなければ、家に住まうことすらできなくなってしまう。住み心地をよくすることも大切だけれど、商売を繁盛させることに寄与する建築を作ることはもっと大切なことである。予算の割り振り、その先の人生における金銭的な無理の少なさ、いろいろと考えたうえで選択を繰り返さなければ取り返しのつかないことになってしまうのである。

町医者にとって、絶対的価値観は時に邪魔なものとなる。僕は建築に関する絶対的価値観をなるべく持たないようにしている。持つべき価値観は、僕の目の前にいる相手を思う心である。それも結構真剣に、つまり適当に合わせる心ではなく、時にはぶつかることがあるかもしれないけれど、本当に必要なものは何かを一緒に考えてあげる類の心である。思えば、僕はすべての人付き合いに対してそんな心で接しているような気がする。

2014/11/04

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。埼玉県川口市にて計画中のカフェ兼住宅についてのスタディー。若いご夫婦二人で営む小さなカフェを設計している。なんだかいつの間にかカフェ・建築家の様になってしまうくらいにカフェの設計のご依頼が来るようになってしまったのだが、僕が作るのはいつもローコストのお店である。まあそのほうが僕らしいといえば僕らしい。敷地は大通りに面した狭小地、とても車の通りの多いところなので、建築によっては誰もが知るお店になることだろう。でもカフェはマクドナルドとは違う。目立てばよいというものでもないのが難しいところである。知る人ぞ知る、「あそこなんだかよくわからないけどちょっといいよね~、実はカフェだったんだ!!」と感じてもらうことのできる建物がよいのである。

13時、茶道稽古。今日は炉開き、茶道の世界ではお正月のような日である。僕はラッキーなことにいつも一番乗りのお稽古だから、初炭のお点前をさせていただいた。初めての炉での炭点前である。風炉ではやったことがあるのだけれど、炉と風炉ではこれまた少々勝手が違って面白い。そのあとは運びの薄茶点前をして終了。菓子は亥の子餅。亥は水にあたるそうで、火災を逃れるという信仰につながるようである。 江戸時代には、亥の月の亥の日を選び、囲炉裏を開いたそうだ。茶の湯の世界でも、この日を炉開きの日としており、茶席菓子 として「亥の子餅」を用いるとのこと。すべて初めて聞いた話である。文化風習はとにかく奥深いものだ。

夜、自宅で鍋を囲みながらのますいい建築塾。テーマはフランク・ロイド・ライトについて。建築が宗教建築に代表される伝統形式から脱却したアールヌーヴォ―の時代のすぐ後に現れ、その後一世を風靡したモダンとは一線を画しながら活躍したアメリカの巨匠である。非常に多くの住宅作品を持つが、その表現は日本人にも好かれ、特に旧帝国ホテルなどは一度は写真を目にしたことはあると思う。表現の中には日本的な意匠から生み出されたものも多く、今の時代に通じるものもたくさんある。実はライトはセルフビルドやローコスト住宅への取り組みもたくさんしていて、セルフビルドでブロック造の構造躯体を作るなどの荒業を実現したりもしている。大量生産のモダンと対抗しながら、独自の理論と装飾を貫き通した姿勢にはとても共感できるものがあるのである。

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2014/11/03

朝礼終了後、三角の家の取材へ。記念誌に掲載する住宅取材の第2弾である。三角の家は約10年ほど前、三角形の狭小地に造った小住宅である。クライアントは僕よりも少し年上の女性。その当時小学生だった御嬢さんはすでに大学生になった。プランはいたって単純で、三角形の頂点側と底辺側に床があり、真ん中に屋上の棟屋までつながる吹き抜けを設けている。吹き抜けにはこだわって設置した薪ストーブ、今日は僕たちが付く前に薪ストーブを焚いて待っていていただいた。鉄骨階段の下には1年に使用する了の3分の1ほどの薪がストックされている。やっぱりこのスペースには薪がよく似合う。

建築当時の思い出は話が尽きない。若いころの作品である。さまざまな迷いもあった。何でも試してみたいの迷いもあった。設計中に数か月巻き戻しての大変更もした。きっと付き合うのは大変だっただろう。Tさんのご要望を聞きながらも、あえて全然違う提案をしてみたりの行いにも寛大に心を開いてくれた、お手本のようなクライアントであったおかげでこんなに魅力的な住宅を作ることができたと思っている。これからもずっと見守っていきたいと思う。

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2014/11/01

今日は40回目の誕生日。ついに40歳の大台に乗ってしまった。30歳の誕生日の日の日記はどんなことが書いてあるんだろうと見てみたのだが、特に感慨深い言葉は記載されていなかった。30歳は僕にとって怒涛のごとく過ぎ去っていった通過点だったし、きっと何かを感じているような時間はなかったのだろう。40歳の自分は少し落ち着いている。たったの10年間だけど、こんなに自分の状況がいろいろと変わる10年間はなかったように思う。ありとあらゆることに挑戦して、そしてまたこれからの自分の進む道を見定める、そんな時間だったようにも思う。そして僕にとってとても幸せな、ずーと先に人生を振り返った時にこれ以上ないくらいに強い印象に残っている10年間でもあったと思う。そんな10年間を過ごさせてもらったすべての人たちに心より感謝したい。

今日は朝から土田君と一緒に埼玉県伊那市にある伊奈の家の撮影に出かけた。現在作っているますいいの15周年の記念誌に掲載する住宅の取材第1弾である。現場に着くとすでにご家族そろってスタンバイしてくれている。8年前に出来上がった住宅への久しぶりの訪問とあってとても懐かしさを感じる。あの頃小学生だったお子さんも中学生と高校生になったとのこと。僕の子供も小学校1年生から中学2年生になったのだから当たり前の話なのだけれど、こうやって突然の変化を目の当たりにするとやっぱり「えー!!〇☓△・・・」となるわけである。

この住宅はガレージ棟と住宅棟の二つのボリュームで構成されている。ガレージは当時乗っていたゴルフ4GTIのために作られたのだが、現在ではハーレーを含む3台のバイクのためのスペースとなっている。住宅棟には土間が広く作られているが、そこはペレットストーブが置かれ、テレビが置かれ、趣味の自転車が置かれるといった、まさに多目的な空間として利用されている。小上がりの居間に貼られているパインの床材は、あめ色に変色しいい味を出している。これは無垢材でしか味わうことのできない変化である。時間とともに魅力と感じることができるような変化が現れるのはうれしいことだ。自分自身も人間としてそうありたいものである。

2階には個室としての寝室と、オープンなスタディースペース、子供スペースが配置されている。当時はもしも大きくなって個室がほしくなったら壁を作ろうねと言っていたこのスペースだが、今でも何の問題もなく利用しているということであった。これはほかの住宅に行ったときにもそうなのだが、オープンな子供室で育ったお子さんは、成長してもやっぱりオープンな部屋で暮らすことにさしたる抵抗を感じないようである。逆に個室を作ってしまえばその個室に順応するようだから、つまり子供なるものはその環境に合わせた成長をするということなのである。どのように育てたいかは親しだい、でも個室を作っておいて、「いつも部屋にいるのよ~」と嘆くのはやめたほうがよいだろう。

取材第1弾は無事終了した。とても楽しい、そして設計という仕事の深みを感じることのできた1日であった。住宅は下手な公共建築なんかより長く使用されるものだ。長く使用されるからこその変化もあれば、変わらないものもある。今日の僕は、8年たっても変わっていなかったいくつかのものに、とても心を動かされた。

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夜、鈴木君と二人で行きつけの寿司屋へ。鈴木君の結婚後、久しぶりに二人でいろいろな話。結婚そして家庭とは???否定的な名言をよく耳にするけれど、僕にとっては最も大切なものである。鈴木君も良い家庭を作ってもらいたいものである。

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