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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記

2014年9月アーカイブ

2014/09/29

午前中、埼玉県川口市にて進行中のバレエスタジオの現場管理。この現場は、古民家を改修した住居棟に併設している古い店舗を解体し、その空いたスペースにバレエや絵画を楽しむコミュニティースペースとしてのスタジオを建設しようというものである。開設後はオーナーのSさんや、その知人がバレエやヨガの教室や、絵画教室などを行うこととなる。

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このスペースはバレエなどを行うホールである。大きな無柱の空間を確保するために、スパンを飛ばすことのできる寸法の大きな梁を使用している。壁の耐震性を確保するための構造用合板はそのまま仕上げとされ、コストダウンに貢献している。

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カフェや絵画教室を行うためのスペース。ここからは母屋の庭がとてもよく見える。春先には様々な花が咲くこの庭を眺めながら茶会が開かれることであろう。

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作家さんに作ってもらったステンドグラスも建具にはめ込まれた。アートスペースらしさを演出するアイテムの一つである。

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外観は、モルタルの木鏝仕上げ。既存の住宅や庭と柔らかくなじむデザインを採用している。工事はすでにほぼ終了しており、あとは引き渡しを待つのみ。サインはどうするか、什器はどうするかの楽しみを一つ一つ終わらせていくにつれてきっと素晴らしいスタジオになることであろう。

2014/09/27

今日は茶道の関係の行事で日光東照宮の見学へ来ることになった。これまであまり興味を持ったことのない建物であるのだが、小学生以来の訪問ではその建築の荘厳さに目を奪われた。元和2年(1616年)に没した徳川家康の遺骸は、久能山に葬られ、神廟が営まれたが、その年の秋から翌年にかけて、日光に東照宮が建てられそこに埋葬された。その後、寛永11年(1634年)11月から13年4月までの間に、大工だけで延べ78万人を動員して造り替えされて、現在の姿がほぼこの時に完成したといわれている。

写真は陽明門の軒先の様子である。黄金に装飾された肘木(持ち出すための腕木)や斗(その上の方形の材料)、彫り物や金物の技術は当時の最高峰を集めたもの、つまりは現在も含めて日本の最高峰であったのではないかといえる。良い悪いは別としてこのような技術は政治的に安定した王政国家において最も栄えるといえるであろう。エジプトのピラミッド、ローマの宗教建築群においても同じことである。今からちょうど400年ほどまえ、徳川幕府が繁栄を誇った時代の最高峰の建築がこれまで見事に現存しているというのだから、これからも大切にしていきたいものである。

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2014/09/24

午前中はスタッフの土田君に作成してもらったセルフビルドの手法を解説する冊子についての打ち合わせ。ますいいではこれまで家づくりにおけるセルフビルドをかなり積極的に取り入れている。

・・・・・・・・・・・・・・以下は「ますいい本・セルフビルド」より抜粋

自分の家は自分で作る。自由な家づくりを行うために、これはとても大切なことだと思う。でもすべての作業を自分でやることなんてできるわけがないから、出来るところだけを抜き出してやる、そんなセルフビルドをお勧めする。
僕が初めて他人の仕事をしたのは、今ますいいリビングカンパニーの水道工事を担ってもらっている関さんの家である。関さんとはもともと母が営んでいた不動産屋さんが扱っていた土地の販売がきっかけで出会ったのであるが、まだ小さな倉庫とか、事務所と下の仕事しかしたことがなかった僕に大切な家づくりを任せてくれた初めての人であった。その関さんが僕に家づくりを任せてくれた理由こそ、このセルフビルドであったのだ。大手のハウスメーカーの下請け工事も行っている関さんの水道工事業者としての腕は保証されている。そんな関さんは、自分の家を作るに当たって、当然これまで仕事をもらっていたハウスメーカーさんに相談した。水道工事を仕事としている人が家を作るのだから、当然のごとく水道工事は自分にやらせてほしいという要望をする。でも、こういう要望をすんなりと受け入れてくれるハウスメーカーはないのが実情だ。ここには保証の問題、実際の工事価格が露呈してしまうという問題など様々な事情があるのであろうが、考えてみてほしい。自分が住む家、ほかのだれが使うのでもない自分の家を作るのに、どうしてそこに自分がかかわることが許されるということがそんなに難しくなってしまうのであろうか。
家づくりはそんなに難しいことではない。なんせ、何百年もそんなに進化していないことを脈々とやっているだけである。確かに金物を使って木材と木材を結合するなどの構造体としての進化、体に優しい建材が販売されるなどの商材の進化、壁の内部に通気層を設けるなどの工法の進化はある。でもどれを取ってみても、ビスや釘といった原始的な金物を使って、のこぎりやトンカチといった道具を使って、誰でもできることの繰り返しの作業で作ることが出来るのである。
もし素人に出来ないことがあるとすれば、それは作業の安全確保が難しい、建設機械など使ったことがない人には操作が難しい、作業に長時間を要するために時間的に難しい、そういう理由に当てはまる工事項目だけである。それ以外のことであればちょっと練習すればだれでもできるはずなのだ。
欧米では古い住宅を購入して、内装工事を自分たちで行うということはかなり一般的なことだ。ホームセンターでも数々の道具や材料を手に入れることが出来るし、それを使いこなす器用さもある。ではなぜ日本ではそれが普及しないのか。それは、日本人が家づくりに精度を求めすぎる傾向があることが原因だと思う。このことは家の値段を高くする大きな原因となっている。自分の家なのだから多少表面が荒っぽくても、多少隙間が空いていてもよいではないか。それを嫌がるがために、ビニルクロスなどの確かに平滑に仕上げることは簡単だけれど無機質な材料の中に暮らしたり、プリント合板などの確かに無垢の木のように動くことはないけれど人工的なものに囲まれて暮らしたりというような選択をすることは本末転倒であると思うのである。
この項ではますいいで普段行うことが多いセルフビルドについて詳細に説明する。これをみなさんの家造りに役立てていただければと思っている。

・・・・・・・・・・・・・・

今回は工事に関する手法を解説するための冊子を作製したのだが、これらの内容は現在作成中の「ますいい本」に折り込む予定だ。合計200ページほどの、自由な、そしてローコストでの家づくりのための教科書的な本を作ろうとしている。完成を楽しみにしてほしい。

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2014/09/23

午前中、埼玉県久喜市にて設計中のKさんの家打ち合わせ。今日は初めてのプレゼンテーションということで、1階にリビングのあるプランと、2階にリビングのあるプランの二つの案をご提案することに。基本設計の初期の段階では、クライアントからのご要望に基づくプランと、たとえば今回の様にリビングをほかの階に移動するなどのアレンジを加えてみた異なるプランの二つをご提案するようにしている。これは初めの段階からあんまり設計条件をきめないほうが、さまざまな検討を重ねた結果の住宅を作ることができるのではないかという考えである。もちろん、その土地を購入したり、ご両親から譲ってもらったりする過程で作り上げられたクライアントの中にある建築のイメージは、とても的を得ていて暮らしやすい住宅であることが多い。でも一生に一度しかない住宅建築の機会なのである。多少の回り道は、もしかしたらやってよかったと思えるような収穫があるかもしれない。そしてそんな意外な収穫があった時には僕たちもなんとなくうれしい気持ちになるのである。

2014/09/22

朝礼終了後事務所にて雑務。

11時過ぎ、畑に向かう。8月からスタートした畑もだいぶ様になってきている。今日は白菜の種まき。写真に見える寒冷紗が途中で切れてしまっているところが白菜エリアである。その奥には玉ねぎの苗床もつくった。その奥にはじゃがいもの種芋が200個ほど植えられている。反対側には大根の種もまいた。

秋に種をまいてとれる野菜がこんなにたくさんあるとは知らなかった。畑作業をしていると自然に季節感が身につく。スーパーマーケットに行けば、季節に関係なくどんな野菜も食べることができる時代だけれど、自然を相手に野菜作りをしていると、その季節の旬というのがわかるようになるものだ。僕にとってはこういう体験は初めてのことだから、まるで子供の様に新しい発見を楽しむことができる。いくつになっても何かを知ることは楽しいものである。

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2014/09/21

日曜日。今日は昨日の疲れで何にもする気が起きない。午前中は家でごろごろしながら過ごす。

午後、トヨタから販売されているランドクルーザー70の契約をした。僕が初めて購入した車は僕が社会人2年目、24歳時点で4年落ちのジムニー、JA22だ。ジムニー史上初めて、サスペンションに従来のリーフスプリングに代わってコイルスプリングを採用し、主にオンロード走行における操縦安定性と快適性を向上させたモデルとなった。ちなみに、このジムニーが箱形デザインの最後のモデルである。当時の傾向としては、ボルボにしても、サーブにしても、ランクルにしても、どんな車も丸みを帯びたデザインに変更されている。僕はこのデザインの傾向があんまり好きではない。当時24歳、初めて自分の給料で車を買うという時になって選んだ結果がこの車であった。ちなみに値段はピッタリ100万円。オークションで5万円刻みで値段が上がっていくのをドキドキしながら見ていた記憶がある。

今年、1年間限定でランクル70の再販が決まった。国内での販売は2004年に終了していたのだが、海外ではいまだに販売されているモデルである。先週の日曜日にお台場にあるトヨタのショールームに実物を見に行ったのだが、予想通りの無骨なデザイン。内装も最低限のもので、最近の車に見られるきらびやかさはまるでない。見ている人はたくさんいたものの、隣にあるランドクルーザー200のほうがいいよね、の声が多いようである。でも僕はこういう無骨なデザインが好きだ。しかもマニュアル車しか販売されないというから、徹底的なこだわりようである。以前から目をつけていたものの、ディーラーに確認すると、なんと6月末までの生産分までしか受注しないというのに、すでに4月生産まで注文が迫っているというのである。これは今決断しなければいけないなということで、購入することにした。

ジムニーは数年前にスタッフがオイル切れの状態で運転してしまい、エンジンが焼き付いてしまった後も、リビルドエンジンを購入してエンジンを交換し走り続けている。僕が購入してからかれこれ15年、走行距離はもうすぐ20万キロに迫る。70もきっと僕の人生のパートナーになることだろう。半年先の納車がなんとも待ち遠しく楽しみである。

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ちなみに色は写真とは違うブルーです。

2014/09/18

午前中はプロジェクト打ち合わせ。

埼玉県岩槻市で進行している整骨院兼住宅の現場でいよいよ養生の撤去が行われた。これまで無垢材の床を覆い作りていた養生材が、はがされるといよいよ完成が近づいてくる。そしてこの瞬間はこれまで設計しながらイメージを重ねてきた建築の全貌が初めて見える時でもあるので、僕たちにとってもとても楽しみな瞬間だ。

この建築のクライアントは整骨院の先生である。この建築を作るにあたっては、お年寄りのお客さんが来て、どこかに懐かしさを感じるような温かみのある空間を作ってほしいというご要望があった。最終的な建築コストは30坪程度で1650万円程度。初めに伺っていた予算よりも50万円ほどオーバーしてしまったものの、完全なるローコスト建築である。写真に写っている古い建具は、ほかのますいいの現場の解体工事で発生したものや、ご自身が所有する古家で使用していたものを調達してきていただいた。丸太の梁はこの土地を譲っていただいた地主さんがちょうど同じときに解体した古い蔵の古材を再利用している。これらの素材は、新品では得ることのできない魅力を付加してくれている。しかもタダで。この後セルフビルド工事として、内部の塗装工事や外構工事を行っていく予定。現在の場所から移転してのオープンは春先頃であろうか。またよい建築を一つ作ることができた。

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2014/09/17

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。現在埼玉県さいたま市にて現場が進行しているTさんの家の各所納まり図などについて担当の森脇君とミーティング。この住宅は玄関を入ると、半階下りる階段と、半階上がる階段が目の前に現れる。そこを下りると子供室、上がるとサブリビングというプランなのだが、サブリビングの床の断面の見え方と、上下の階段の見え方は建築の衣装に大きな影響を与える要素となる。以前造った30分の1の模型と詳細図を用いての打ち合わせの結果方向性を決めることができたので、あとはしっかりと作っていくだけである。でもこの造るところ、これが実は一番大変なのだ。

僕たちはこういう部分をディテールと呼んでいるんだけれど、このディテールは詳細部分のくせにすごい力を持っている。たとえば下の写真。この住宅は僕が大好きな作品の一つなのだけれど、この一番奥に見える階段を作るにあたっては担当スタッフとものすごい打ち合わせを重ねた。何気なく見える木製の階段だけど、ここには鉄の補強材料があったりという工夫が見えないところで施されている。こういうものをどれくらいの寸法でどのような強度で造ることができるか、コストはどれくらいで作ることができるか、納期は、・・・の問題をいろいろとクリアしながら、「こう見せたい」という理想に近づけるべく設計作業を進めていくことが、最終的には心地よさにつながっていくのである。

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2014/09/15

朝礼終了後、埼玉県の久喜市にて設計中のOさんの家スタディー。親子3人の暮らす住宅である。以前ますいいで同じ久喜市に建てた井坂の家の内装をとても気に入ってくれているので、同様のデザインに沿って設計を進めている。

この住宅は、白いガルバリウムの箱型住宅だが、その様相は周りの住宅や自然の中に新しい表情を生み出した。 1階はクライアント自ら撥水材を塗った土間の空間が広がっており、ガレージの大空間は日曜大工や趣味のベースにもなる。2階は表しの梁、天井のOSB合板、セルフ塗装の漆喰壁に囲まれた大きなワンルームのLDK空間で、キッチンはモルタル左官仕上げで作られている。こだわりを大切にして余計なものはなくす、まさにますいいらしい家づくりの成果といえる住宅である。

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2014/09/14

今日は朝一番で車を走らせ、神奈川県にある丹沢山系にハイキングに出かけた。早稲田中学・高校時代を山岳部で過ごしたから、山は僕にとって一番落ち着く場所の一つだ。とはいうもののもう40歳、しかも最近は極度の運動不足ときているから、高い山にいきなり上ることはちょっと危険である。ということで今日はヤビツ峠から岳ノ台周遊、そして三の塔までの往復という、コースタイムにして合計4時間ほどのコースをハイキングすることにした。合計すると550mほど登って降りるというコースである。子供たちはまるで小鹿の様にぴょんぴょんと登っていくのであるが、僕はというと歩くたびになんとなく足に乳酸が蓄積していくのを感じながら歩みを進めるという為体。

それでも自然の中に身を置きながら、しばし現世と離れていろいろなことを考えている時間はとても懐かしくもあり、また行ってみようという意欲も湧いてきた。帰るころには両足のモモが筋肉痛で曲げられない状態にまでなってしまった。明日は一日苦しむであろうがこの調子で少々慣らせば、また塔ノ岳までの往復くらいはできるようになるであろう。家に帰ると次はどこに行こうかの楽しみがあるのも山登りの良いところである。秋の深まる11月初旬までは冬山の装備がなくとも楽しめるので、あと2回くらいは行ってみることにしようと思う。

2014/09/11

午前中は事務所にて雑務。

13時過ぎ、阿佐ヶ谷にあるメタボルテックス訪問。この事務所は、早稲田大学建築学科の教授を務めていた石山修武研究室のご卒業生である渡辺さんが運営されているもので、このたびは渡辺さんが日野市に設計をしている住宅の施工を依頼されての訪問であった。石山修武先生と僕の縁はいまさら説明するまでもないものなのだが、そういえば最近の日記に会社設立のエピソードを書いたことはないので改めてご紹介してみよう。

僕は埼玉県の川口市というところで生まれ育った。この町は鋳物の生産で有名な町で街には職人さんがあふれていた。僕の祖父も父も、それだけでなく親戚一同何らかの形で自分の工場を持ち、鋳物の生産に必要な木型や機械加工などの作業の一部を担っていた。僕も小学4年生くらいから、たとえばボール盤という機械を使った鉄の製品の穴あけ加工を、一つ100円くらいの単価でやらせてもらったりというアルバイトをしていたから、何かを作って生きていくという基本的感覚が自然に身についていたのだと思う。

平成9年、早稲田大学建築学科を卒業して戸田建設に入社した。その戸田建設勤務2年目の夏、当時の早稲田大学建築学科で教授をされていた石山修武氏に電話を掛けたことがますいいリビングカンパニーをつくるきっかけとなった。

後日、手紙を書いて思いを伝えた後に、実際に早稲田大学の研究室に足を運び、昔の棟梁のような工務店をつくりたいという思いを伝えた僕に石山氏が最初に言ったことは「建築家の下請けの工務店には絶対になるな。お前が建築家になれ。そして工務店機能を兼ね備える設計事務所を作れ。」ということであった。

その言葉を聞いたときには戸田建設における現場監督だった僕は、多少の不安を感じたものの、そんな僕に対して石山氏は「建築家なんて誰でもなれる。俺が教えてやる」と言い放ったのである。

それから約1年間、様々なレクチャーを受ける中でますいいリビングカンパニーの原型が出来上がっていった。はじめてあった人に必ず「いが2個ありますが、これは間違いですか?」と聞かれる、「ますいいリビングカンパニー」という名前も、僕の名前である「ますい」と石山氏の頭文字の「い」をくっつけて、さらには「ますます良い」というようなイメージも喚起させるということで、石山氏に考えていただいたものである。

会社の名前を決める時の様子は今でもはっきりと覚えている。当時作ったばかりの世田谷村なる石山氏の自宅兼地下実験工房アトリエで、たくさんの会社名が書かれている紙を手渡された。そこには「○○デザインワークス」などのおしゃれな横文字の会社名がずらっと並べられており、一番下にあまり目立たない感で「ますいいリビングカンパニー」とあったのである。

一つ一つ読み上げてみると、石山氏がますいいリビングカンパニーのところでニヤッと笑った。そして「俺はこれでいいと思う」の言葉を発した。僕は多少の疑問を感じながらも、それでもこの名前が何となく自分自身の人間性にもあっているような、そして自分自身と一緒にどんどん成長していくような可能性を感じた。そしてこの日を境にますいいリビングカンパニーはスタートしたのである。

今回もまた石山さんからの御縁である。なんとなく人間は縁で生かされている気がする。これからも数多くの縁があることだろう。そういうものを大切にしながら、折り返し地点からの人生を歩んでいきたい。

2014/09/10

午前中、1100万円で住宅の建築を検討されているUさんと、そのお父さんが来社。この住宅はお父さんとお母さんが終の棲家として建築を検討しているもので、予算は70歳を超えるご夫婦の今後の生活に無理のない範囲でという意向から決定されている。当然住宅ローンなど借りるはずもなく、手持ちの現金の一部を使用して建てることを考えている。

この住宅は高齢の二人の住む家であるので、2階は使用しない。でも2階建て、個室も二つ設ける。これは将来的にこの家を引き継ぐであろうUさんとその子供さんたちのためであろうか。つまりは親心。住宅にとっても2世代の長きにわたって使ってもらえるほうがよいに決まっている。予算的には建売住宅の予算であるものの、なんとなくそれでは実現できない何かを求められている気がする。そういうことをきちんと実現しつつ、この予算で実現してあげることができたらどんなに素晴らしいことかと思う。上等な素材を使用するなどの行為は無理としても、建築のプランニングなどの工夫でできることを考えていきたいと思う。

午後、川口市に住む早稲田大学の仲間と集まり、稲門会の総会の案内文発送作業。この手のボランティアは地元で会社を経営する人にとってはつきものであり、またこういう場が数少ない異業種の方との交わりの場でもある。学生時代はそれほどの価値を感じていなくとも、多くの人は年を取ると母校を思い出すものだ。僕も40歳、もうそんな年になってきたのかもしれない。若き頃同じような時を過ごした仲間との話は、なんとなく尽きないものなのである。

2014/09/09

午前中は埼玉県川口市にて設計中のアトリエ兼用住宅についてのスタディーなど。このアトリエでは子供や大人を対象としたアート教室の運営と、商業施設や宗教施設などに用いられる壁画の製作が行われる。壁画を描くにはとても大きな壁が必要で、今回の計画では10m少々の長い壁を作るようにプランを配した。この長い壁にキャンパスを作り、そこにアクリル絵の具で一気に描き上げ、出来上がった絵はキャンパスをくるくると丸めて持ち運ぶとのこと。なんとなくそんなことをしたら絵の具がはがれてしまうような気がしたが、詳しく聞いてみるとアクリル絵の具はとても弾力性が高いので、全く問題はないということであった。

通常の住宅のプランで10mの壁を作ることはまずない。途中で間仕切り壁が現れたり、折れ曲がったりするのが普通である。でも、こういう特殊な用途を持つ建築ではその用途に合わせた、普通では考えられない要望が持ち込まれる。この普通では考えられない要望に対して建築としてどのように答えることができるかの模索をすることはとても楽しい。そして何よりもそれが建築としての魅力につながる場合もある。

以前造ったバレエスタジオでもそうであった。バレエを踊るスペースには柱があっては邪魔となる。高くジャンプをするので天井の高さも必要だ。こういう要望は住宅にはない。これを実現するために、まずは屋根を支える小屋組みをトラス構造とすることを採用した。トラス構造というのは、すべての部材が引っ張り力を負担するように組み込まれた構造で、細い木材でもかなりのスパンを飛ばすことができるようになる。そして、通常では天井の面で水平に存在することになる梁がないことで水平剛性が足りなくなってしまう分を、壁の耐力を増すことで負担するという工法も採用した。壁には仕上げてしまって見えなくなってはいるものの、通常では考えられない本数の柱を使用し、それぞれがその壁が負担するであろう風圧力などの外力を負担している。耐震壁を造るための構造用合板は柱を両側から挟み込むように使われているため、内側ではその合板面を仕上げとした。これはコストダウンにも貢献する結果となった。結果、写真のような個性的な内部空間が現れ、外観の特徴と相まって、スタジオとして魅力的な建築に仕上がったと感じている。

今回のアトリエ、まだまだプランは始まったばかりであるが、魅力ある建築にしていきたいものである。

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13時より茶道お稽古。今日は四カ伝・唐物と長板(二つ飾り)のお点前。茶道のお稽古はその作法が簡略された、つまり利休が次第にさまざまなものを取り払った後の作法から習うことになっている。順番的には、真の行台子なる最も格式にのっとったお点前を最後の方に習うことになるのである。長板というのは、台子と呼ばれる棚から、足と上側の板を取り払ったいわゆるタダの板だ。その上に風炉と水差しのみをのせて行うお点前である。まあいろいろあるのだ。

2014/09/08

午前中は、田部井君の知人の不動産屋さんを営むMさんが来社。これからの不動産事業として戸建ての投資物件の運用に取り組むということで、その物件の設計に関するご相談に来られたというわけである。

前にも書いたが、どんな土地でも賃貸住宅を作れば、相続税対策としても収益を生む素材としても間違いのなかった時代は終わりを告げた。Mさんの話ではひどい物件だと、築年数が10年そこそこで36部屋中20部屋も空室があるというような物件もあるそうだ。家賃保証なるシステムも、結局空室が埋まらなければ契約の見直しを迫られてしまうということなので、この保証という言葉が何の効力を持つのやらさっぱりわからない状況である。Mさんはどうするかの判断に悩んでいる地主さんの合理的な判断の助けをする中で、時には建てないという決断もされるそうだ。建築を商売とする身にはきつい話なのだが、この決断はとても大切だと思う。地球上にごみを増やす行為は、必要最低限度でしかやるべきではないのだ。

僕の住む川口市には、駅前に超高層ビルが建ち並んでいる。これらはもともと鋳物工場だった土地で、工場の廃業や移転に伴ってできた空き地に、20年ほど前から「土地―鋳物工場=マンション」という方程式に基づいて建っていった。30年後、僕がちょうど70歳のおじいさんになるころには、これらのビルもだいぶ高齢化を迎える。同時期に入居した僕と同世代の人たちも一緒に高齢化する。一つの場所に高齢者の集積所を生み出す装置となったビルが建ち並ぶこの川口駅前の様相はいったいどのようなものになるのであろうか。恐ろしい限りである。

川口市にはもう超高層を建てることはできない。それは条例で決まったことだからそう簡単には変わらないだろう。ディベロッパーの人たちの仕事のやり方も変わらざるを得ないから、町もこれ以上の急激な成長を止めるようになると思う。行き過ぎたことに政治が歯止めをかければ、経済は調整される。自由主義経済におけるこの調整の具合はとても難しいところなのだろう。今は亡き岡村幸四郎前市長がこの苦渋の決断をしてくれたおかげで、川口市は行き過ぎの成長を止めるという調整が効いている状態である。住民生活に必要な病院は整備され、不要となった市立高校3校は統合されることとなり、市役所や火葬場の整備も後追いで計画されている。あとはコミュニティーの中の人たちが何とか魅力的な町の在り方を維持していくように努力するしかない。

僕はこのコミュニティーの中の不動産部門の代表選手が町の不動産屋さんであると思う。この人たちのレベルによって町の形に差が出るといっても言い過ぎではないだろう。大きな枠組みが成立した後の町をどのように運用していくかのアイデアはとても大切である。そして僕たち建築家もこういう人たちと一緒になることで何かしらの行為を行うことができる可能性もあるわけだ。これからのお付気合を大切にしていきたいと思う。

夜、若手を対象としたますいい建築塾。柳沢、土田、渡辺、和順の4名が参加。テーマは石山修武氏である。それぞれ、「幻庵」「リアスアーク美術館」「世田谷村」「ヒロシマハウス」の建築を選びレゼンを行った。会場は焼肉屋さん「炭火亭」。建築についての議論を交わしながら、おいしい焼肉に舌鼓。何とも楽しい時間であった。


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2014/09/05

午前中は東京医科歯科大学医学部にて診察。居は胃カメラの検査である。僕は生まれつき胃腸が丈夫なほうで、これまであんまり気持ちが悪いなどの思いをしたことがないのだけれど、なんとなく40歳を前に胸焼けを感じることが多く、気になったので受診することにした。

検査室に入ると、喉の奥に麻酔をためて3分ほど待つというところから始まり、そのあとさらに麻酔のスプレーを喉の奥のほうに吹きかけるという念の入れようである。十分感覚がマヒしたところで、横になっていよいよ胃カメラを喉から挿入。初めは何となく気持ちが悪い感覚があるものの、慣れてくれば医師と一緒に画面を見ながら、自分の食道や胃、十二指腸といった内臓が十分に健康体であることの確認を行うことができた。

今日の検査は医学部6年生の学生さんも一緒に参加。僕と学生さんの両方に丁寧に説明をしてくれるおかげで、各部位の名称まで覚えることができてしまった。学生さんが模擬診察の後に行った逆流性食道炎の診断予想もめでたく当たったようで何よりである。僕はといえば、なんでもないとわかった瞬間に食欲がわいてきてしまい、1時間ほどののちに昼食を食した。美味である。やっぱり健康が一番だなの、当たり前のことを改めて感じさせていただいた。

事務所に帰ると1100万円住宅についての打ち合わせ。埼玉県川口市にて、高齢のご両親のために計画している小さな住宅である。広さは20坪ほど、必要最低限のスペースに二人で暮らすための住宅を計画している。

こういう仕事は常に一つは手掛けているのだけれど、それは、ぎりぎりの予算をいかに克服するかの工夫はすべてのクライアントにその経験から得ることができた成果を提供することができると考えているからでもあるコストを下げる要因とはの一つ一つの答えを列挙し、それに忠実に計画を進めるとともに、それでもなお作り出す空間の魅力を意識しながらの設計は何とも言えない緊張感がある。それがまた楽しいのである。ちなみに下の写真は、昨年完成した1100万円の住宅である。これもまた楽しい仕事であった。

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2014/09/04

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。

10時、チャネルオリジナルなるメーカーの営業担当者訪問。このメーカーは17年ほど前に創業し、カナダからのレッドシダーの輸入を開始した会社である。14年ほど前に僕がますいいを始めたころには、レッドシダーの第一人者的存在であり、これまでも何度も材料を購入したことがある。レッドシダーというのは今でこそどこの材木屋さんでも購入できるようになった一般的な材料だが、当時はそれほど出回っていなかった。ウッドデッキなるものもそれほど一般的ではなかったし、仮につくるとしても国産材の杉やヒノキを利用して作るほうが多かったのであろう。

ますいいでも多く使用する材料だが、このレッドシダーという素材は本当に腐りにくい。僕がこれまでメンテナンスなどをしてきた感覚でいうと、湿度の高い日本の気候でメンテナンスをまともに行わないという条件で比較した場合、国産の杉は5年、レッドシダーは10年以上もつ。もちろん南向きか、北向きか、風通しが良いところがどうかなどの個別の条件で変わるのだが、大雑把に比較するとそれくらい変わるという感覚はある。国産材でいうとヒノキと同程度というところか。それでいて価格は杉並に安いのであるから優れものといえるのである。

2014/09/02

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。埼玉県川口市にて設計中のアトリエ兼住宅のプラン打ち合わせでは、先日のプレゼンテーションの後に頂いたご意見を基にプランの修正を行っている。延べ床面積60坪ほど、約3000万円での計画である。相変わらず予算的には非常に厳しい計画なのであるが、息子も通っていた地元のアトリエということでできる限りのご協力をしたい。なんといってもやっぱり工務店は地元に根付いている業態であるのだ。

13時より2週間ぶりの茶道のお稽古。久しぶりということで、濃茶・薄茶の棚のお点前を行った。棚は利休型の丸卓である。

夕方、アマゾンで注文しておいた戸田勝久著「南方録の行方」が届いた。南方録というのは、利休の弟子「南坊宗啓」が利休に質問を飛脚で送って、それに対して利休が答えたというものの記録という風に伝わっているものである。誰かが利休に仮託して作った本という説が有力であるのではあるが、それでも茶道の聖典として点前の根幹になっていたというから興味深い。さっそく読んでみようと思う。

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