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増井真也日記
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増井真也日記

2014年8月アーカイブ

2014/08/30

朝一番で横浜にある陶器二三雄氏のアトリエに向かう。森鴎外記念館の設計をされたことで有名な建築家である。諸々、約1時間ほどのお話のあと帰事務所。

最近は中古住宅を購入される方が増えている。中古住宅の購入にあたって一番多い質問が、「耐震性の面で、この住宅を買っても大丈夫でしょうか」とか、「この中古住宅を購入して、予算内で耐震性を確保しながら自分の好きなスタイルに合わせたリフォームができますか」というものである。比較的新しい建築で、確認申請書類や検査済証が残っているような住宅であれば、耐震性についてはそれほど問題がない場合が多い。でも実際は、そういった書類がなくなってしまっていたり、実際に完了検査を受けていなかったりといった事情がある建築を購入する事例のほうが多いように思える。そういった建築についての耐震性能を判断するには、まずは耐震診断という検査をすることになる。

売主さんが耐震診断をしてくれていて、その結果を開示してくれている物件を購入するのであれば判断は簡単である。しかし、通常物件の購入前に耐震診断を行うことは難しいわけで、建物を見るだけである程度の判断をして、その建築を購入するかどうかを決めなければならないことのほうが多い。つまりはカンで決めなければいけないのである。

僕はこの段階で相談されることが多い。相談されて現場に行ったときには、まずはその住宅の外観を見る。この時には外壁のひび割れ状況や基礎のひび割れ状況、シロアリの気配といったものを主に見るようにしている。

外壁に大きなひび割れがたくさんあるようだと、そこから雨水が浸入している可能性が高い。長期にわたって雨水が浸入していると、その付近の柱や土台といった構造体が腐ってしまっている場合もある。仮にひび割れの跡があっても、コーキングや再塗装などのメンテナンスの形跡があれば構造体への被害は無いものと予想される。つまり、これまで建物を使っていた住まい手の建物に対する愛情がどの程度なのかの判断は、その建築の傷み具合を判断するに当たっての一番の判断材料となる。

古い基礎は鉄筋が入っていないコンクリートであることが多い。仮に入っているとしても十分な量が入っているとは限らない。もしも基礎に幅の大きなひび割れがあるとしたら、こういった基礎の構造強度に関連してことが予想されるので注意が必要だ。しっかりと作られている基礎であっても、0.3㎜以上のクラックがある場合には、鉄筋の腐食などの被害があることが予測される。鉄筋は腐食すると膨張し、コンクリートを浮き上がらせることもあるので、こうしたクラックはすぐにふさぐ必要がある。

基礎の表面に、土で作られたアリの通り道がある場合も要注意である。これは茶色っぽい筋になっているので、簡単に見つけられる。この道はシロアリの通り道である場合が多い。必ずしも白アリが土台などの木材に被害を与えているとは限らないけれど、もし見つけてしまった時には床下の点検をしてから購入を決めたほうが無難である。

次に家の中に入ると、まず見るのが床下である。床下は床下点検口や床下収納の収納庫を外したところから覗き込むようにして、懐中電灯で照らしてみると良く見える。古い住宅の床下は換気孔が十分についていなかったり、そもそもべた基礎ではなくて土のままの土間だったりすることが多いので、まずはその床下の環境を確かめることが重要である。この時点でひどい湿気があったり、水たまりがあったり、小動物のフンなどがたくさんあったりのひどい状況を見つけてしまった場合は、購入を見送ることをお勧めする。先のシロアリによる被害もこの時点で再度確認したほうが良い。床を支える束にありの道があったり、明らかに木部に穴が開いてしまっているような場合は相当な被害が予想される。なんといっても木造住宅の骨組みを支える最も重要な土台や柱は、生き物である木でできているということを忘れないでほしい。僕たちが顔を入れてみて明らかに不快に感じるような状況では、木構造も健全な状態で維持されないのは当然なのだ。


2014/08/28

午前中事務所にて各プリジェクト打ち合わせ。

昼過ぎに事務所を出て、京都へ向かう。裏千家の関係の会合に急きょ出席しなければいけないことになってしまったのである。17時ごろ、烏丸京都ホテルに着くと、さっそくお呈茶をいただく。しばらくして会合がスタート。会合には家元の千宗室氏をはじめとする御宗家の皆様方も参加れさ、和やかな雰囲気で進められた。9時ごろ会合が終了。

会が終わると、前にいたことのあるSODOなるバーにてしばし休息。久々の京都だったので、石塀小路から八坂神社を過ぎて祇園まで歩いてみる。この道は僕が京都でとても気に入っているところの一つで、そんなに人もいないし、京都らしい風情もまだまだ残っている。小さな路地を入り込むと、こんなところにお店があるのかと思うようなところに料理屋さんやバーなどが立ち並んでいて、歩いているだけでも楽しむことができる。特に夜は雰囲気がよい。僕はといえば、京都の知人と合流し、これまた行きつけのうどん屋さん「おかる」にて0時過ぎまで歓談。さすがに疲れて予約しておいた新都ホテルにて休んだ。

2014/08/27

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後、埼玉県川口市にて設計中の絵画アトリエ兼住宅についての打ち合わせ。息子も通っていた絵画アトリエの新築計画ということで、なんとなくいつも以上に親しみがわく仕事である。先生はアメリカで壁画の仕事をされていた方で、僕の想像をはるかに超える精度の絵をいとも簡単に描いてしまう。まるで写真の様に見たものを描くだけでなく、まるで現実の様に想像の世界を描くことができる才能には感服するばかりである。今回の計画では、住居、子供アトリエ、大人アトリエ、ラウンジといった空間を作り出す。この川口市にアートを学ぶことができる拠点を生み出す、そんな素晴らしい仕事だ。最後までしっかりとやり遂げたいと思う。

夜8時ごろ帰宅。ちょっと前に息子が家に連れてきた5匹の猫のうちの2匹、シロとチャロがだいぶ大きく育ってきた。猫を飼うのは初めてなのだけれど、これまでの人生の中で常に飼い続けてきた犬とは全く違うようである。まず、言葉が通じない。命令されて動くというよりも、こうしたほうがいいんだろうなの予測のもとに勝手に動いているような感じがある。束縛するよりも、自由にさせてあげる中に、なんとなくの制限を設けるほうがよさそうである。とにかく勝手気まま、まだ遊び盛りだから時々じゃれてくるけれど、基本的には自分のペースを崩そうとはしない。そんな生き物である。

家の中の一部屋に閉じ込めていたのだが、それでは息子の部屋がなくなってしまうからということで、廊下を猫のスペースにすることにした。各部屋は入ってほしくなければ扉を閉めておけばよい。今のところレバーハンドルを自分で開ける様子はない。3階建ての階段を含むかなりのスペースを自由に行き来できるようになったので、運動不足も解消できそうだ。廊下を住処とすることで、出会う回数も格段に増えた。トイレに行くとき、歯を磨くとき、一日に何回もであるようになった。そのたびに投げかけられるつぶらな瞳は何とも言えない無垢なものである。なんだかまた一段と家族の一員である感が深まった気がする。

2014/08/25

午前中、東京都世田谷区にて自宅兼茶室を造ってほしいというTさんとお電話にてお話。日本文化の研究をされていると同時に、茶道の先生もやっているというTさんは、自分が暮らしながら茶道を行うことができる場所を造ろうということである。今回のご依頼は、表千家の本格的なお茶室の正確な写しをご希望とのこと。ちなみに予算は1400万円である。まともに写しの茶室を作れる予算ではないことは確かな中で、何を大切に進めていくべきなのであろうか。だって1400万円で普通の住宅を造るのだって厳しいのである。お電話でいただいた「まがい物はいやだ」の言葉の意味を考えてみようと思う。

夕方より川口市立西中学校にて会議。息子の学校のPTA副会長なる職をやっているのであるが、こういう地域の活動もなんだかいつも同じような人がやっているの感が強い。もちろんお母さん方はそんなことはないのだけれど、男性陣は商工会議所も青年会議所も地元のお祭りもPTAもどこに行っても同じような顔ぶれに出会う。ここ川口市、特に駅の近くのエリアは、埼玉都民と呼ばれる人が住むベッドタウンである。ゆえに地元での活動に参加する人はどうしても限られてしまうのである。

そういえば少し前に三陸の地元を意識させるNHKの連続テレビ小説をやっていた。僕たちが地元の活動でやっていることもあれと同じである。要するに交流と活性化だ。これはきっとある地域に人の集団がある以上、太古の昔から変わらぬ意識であると思う。

茶道人口が減っている。裏千家の会員数も減っている。僕の親の世代には、茶道なるもの、嫁入り前の女性のたしなみとして、つまり教育の一環としての役割を担っていた。今、まさに子育てをしている僕の世代で茶道を娘にやらせようという親に出会ったことはない。つまりは、忘れ去られゆく文化になっている。一方、均質化する世界の中で、土着的なるものへの回帰を叫ぶ声をよく耳にする。簡単に言えば日本は日本らしくすることである。日本らしくとは何か?

僕たちは普段、着物は着ない。喫茶店は行くけれど、薄茶は飲まない。すべて特別にしつらえられた茶道という空間の中での出来事である。一般的なビジネスマンのたしなみは、スーツを着こなし、ゴルフをやって、酒の席をそつなく楽しむことであって、その中に茶道は存在しない。日本文化がすべて詰まった伝統であるという茶道ではあるものの、実生活との結びつきは、コーヒーショップの抹茶カフェ以外に皆無である。
一方で、
「理想を失った民族は滅びる」
「すべてを物の価値に置き換えて、判断する民族は滅びる」
「自国の歴史を失った民族は滅びる」
という言葉を聞いたことがある。

理想とは?
物の価値ではない価値とは?
日本の歴史とは?
すべて一言で答えることが難しい問いかけである。こういうことが明確でないことは悪くないと思うのだけれど、こういうことをそれぞれの人が考えないのはよくないことだ。

2014/08/23

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

夕方より東京都北区にて新築住宅を検討しているYさんご家族打ち合わせ。小さな土地に木造3階建ての住宅を検討しているということで、土地の購入に合わせてご相談に来たいただいた。今回はすでに他社さんのボリューム検討資料があるということだったので、すぐに土地の購入、プラン検討と進む予定である。第1回のプラン作成に向けて準備を進めていきたい。

土地を取得して、いよいよプランニングを始めるときには、まず土地の持つ要件、クライアントの要求事項、資金計画、などの条件を整理することからスタートする。と、書いてしまうと簡単な事のように思えるのだけれど、これが実はとても難しい。

この時の僕の感覚は、皆さんが病院に行く時、特に原因が良くわからない場合、膝が痛いとか、頭が痛いなどの症状はあるものの、何が原因なのかが良くわからないで診察を受ける場合の町医者の問診といった感覚に近い難しさがあるのである。家づくりを検討している人が、みんなその目的を明確にしているのだとしたらこの問診は必要ない。でも、多くの人が家族構成の変化やマンションに支払っている家賃の問題などの要因以外に、明確な答えを持ち合わせていないというのが現実である。そんな中で家づくりをスタートして、でもなんとなくハウスメーカーの家づくりや建売住宅では満足ができない。だからますいいリビングカンパニーにやってきた。このような状態からの問診では、クライアントがどのような暮らし方をしたいかの情報を聞き出すことからスタートするのである。

僕はこの段階で得た情報をなるべく最後まで大切にすることを心掛けている。その手法は好きな建築のシーンを集めたスクラップブックだったり、ある人は箇条書きで家に対するたくさんの思いを書き連ねてきたり、人によっては詩や音楽で自分の建築に対してのイメージを伝えてきたりと様々だ。でも、どんな方法であれ、クライアントが家造りをしようと思った、大切な、そして初源的な信念だからこそ、設計の過程で常に大切にしながら、作業を進めていくことが大切なのだ。

2014/08/21

午前中埼玉県川口市にて、1100万円で家を建てたいというUさんご来社。1100万円で注文家を建てるのは厳しいけれど、その金額で建てなければいけない事情があるという。こういうお願いをされると、僕は何となくやる気になってしまう。お金がたっぷりあるというクライアントよりも、これしかないんだけれど何とかしてくださいと言われた時のほうが、僕にしかできない仕事のような気がしてくる。これはもう性格としか言いようがないんだけれど、そうなんだから仕方がない。

クライアントはご両親のための家を建てるという。高齢のご両親がいろいろな事情の末に住む家を持たない状況となってしまった。認知症の母とそれを支えているお父さんのための住宅。ゆくゆくはUさんご自身と、そのお子さんたちが住むのかもしれない。何とかして心地よい住まいを作ってあげたいと思う。

コストダウンにはそれなりの手法がある。注文住宅の過程では、設計図がだいたい決まりだしたら見積もり作業に入る。見積もり作業の中では柱一本から垂木一本にいたるまで住宅に使用する全ての材料を拾い出し、一覧表にまとめ、単価を記入して合計を出す。

注文住宅の設計段階ではクライアントの希望を取り入れながら設計を進めていくので、しばしばこの見積もり金額が当初の予算よりオーバーしてしまう。住宅の魅力を失うことなくコストを抑える工夫を施す、これがこの段階の最も重要な仕事だ。

ここで、実際の事例をもとに説明しよう。東京都板橋区に建てた赤塚の家では天井に合板を利用した。梁を通常よりも幅の狭い材料にし、通常よりも狭い間隔で配置した。その梁の上から合板を直接貼りその裏面を天井仕上げとしている。この方法を採用することで通常の天井下地組み、下地の石膏ボード貼り、そして仕上げ工事をなくすことが出来た。

また、キッチンは大工さんの造作工事によってつくられている。引き出しなどの複雑な構造としなければこのような作り付け家具は大工さんの手によってつくることが可能である。そして、当然ながら大工さんに依頼したほうが家具屋さんよりもコストを抑えることが出来る。

床に使用した赤松のフロアリングは材木屋さんの勧めで通常よりも安く仕入れることが出来る赤松を利用している。このように問屋さんから入るその時々のお買い得情報を利用することもお勧めである。物の値段がその時々に変化するというのは、すでに皆さんも御承知だろう。定価の在るメーカー品でさえも、そのときの景気などによって簡単に価格が変わる。

ひとつのものにこだわるのでなく、住宅に対して求める魅力を作り出してくれる材料を賢く探す、これがコストを抑えるコツである。キッチンやユニットバスなどの設備器具に大枚をはたいてそのときだけの満足感を得ることなどまさに「もったいない」。15年程度で入れ替えを行う設備器具のようなものはシンプルで安価なものを採用し、永遠に続く住宅本体にこそ時間とともにその良さを増すような良い材料を吟味して利用したいものである。

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2014/08/19

午前中事務所にて雑務。

午後より、護国寺にて茶道稽古。今日は裏千家の業躰先生に教えていただけるということで、少々緊張気味に茶室のある護国寺まで訪れた。僕は炭点前をやることが決まっていたので、それなりに本を読んで覚えていった。動きの手順は大体覚えている状態で参加したのだけれど、やはり緊張感の中、一夜漬けのお点前なんか成功するわけもなく、お香を炭の上に置くところで落としてしまうという失敗。まあこれも、修行の一つである。

茶道をするとまじめに動く。とても緊張した状態で一つ一つの所作を行うから、建築と人とのつながりがとても緊張感のある状態で維持される。僕は初めて本格的な茶室で茶道を体験したのだけれど、こういう場所でなければ味わうことのできない雰囲気というものがあるのだなあの感をとても強く感じることができた。

ある魅力的な状態というのは、どんな場合でも結構絶妙なバランスで保たれている。それを維持するためには、それなりの法則やらを知った者の努力が必要だ。何も茶道の話をしているのではなく、これはきっと人間の演じるどのような場面にも当てはまることであろう。僕は今日、魅力の要素となれたであろうか。僕は魅力の要素となる建築をつくっれているであろうか。自問自答に確信を持てるには、僕の中にある何かをもっともっと磨いていかなければならないと思う。

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2014/08/18

埼玉県川越市にてリフォームの工事が進行している。現在大工さんの工事などが進められているところであるが、最近は木造住宅をリフォームして暮らすという選択肢が増えているように思う。日本では中古住宅市場が熟成していないので、逆に土地の費用だけで購入できる安い物件がたくさんあるということも理由の一つなのかもしれない。

数年前に埼玉県川口市の川のほとりで古い住宅をリフォームした。この住宅は画家のおじいさんが住宅兼アトリエとして利用していた古家を、お孫さんご夫妻がリフォームして住んでいる。アトリエだった古い平屋の天井をはがし、高天井のリビングとした。床はヘリンボーンを貼っている。アルミサッシはすべて木製建具に取り換えた。雨漏りをしていた屋根は一部葺き直したものの、当時のかわいらしい外観はそのまま残すことにした。古いものと新しいものが少しずつ融合して、なんとなく暖かい懐かしさを感じる空間となった。

リフォームの良いところは、この「懐かしさ」を初期の段階から得ることができることだと思う。これはなかなか新築ではできないことだし、無理やりやろうとするとどうしてもイミテーションになってしまう。リフォームには新築の様に図面通りに進まない難しさとあいまいさを楽しみながら、より良い空間を作る楽しみがあると思う。

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2014/08/17

お盆休み最終日。今年の休みは子供の部活動の関係で恒例の滋賀県への里帰りを行うことができなかった。子育てには各段階があるような気がするが、我が家の場合中学2年生ということで、少しずつ自立する段階に入ってきている。子供独自の予定が入りだすと、家族全体での自由な行動も少しずつできなくなってくる。きっとこの先には、夫婦二人で過ごす時期が来るのであろう。

休み中の畑作業は雨の影響でなかなか進めることはできなかった。畑の土は雨で湿っているときに耕すと、塊になってしまう。もしそうなると、それをまたほぐすには大変な苦労が必要だ。だから雨が降ったらしばらくは耕すことはできない。

新しく借りることになった畑は60年間、畑などに利用されたことがない土地である。だから畑としての栄養分はあまりない。これを畑にしてあげるには、米ぬかや石灰、牛糞や堆肥などを混ぜ、土の中の栄養分と微生物の活動を活発にしてあげなければいけない。つまり時間がかかるのである。すぐにじゃがいもの植え付けができると思っていたのであるが、そんなに甘くない、それがよくわかってきた。

僕はある理想を考え始めたら、どんな形でもそれを実践することにしている。実際にやり始めてみると、それまでよくわからなかった現実とぶつかる。
たとえば耕耘器は斜めにするとガソリンやオイルがエンジンのはいってはいけないところに流れ込んでしまうから、動かなくなってしまうということ。これはバイクと同じ原理だということだけど、僕にはわからなかった。だから僕の耕耘器は買ったその日に壊れた。車で帰る途中に斜めになってしまったのである。(もちろんすぐに動くように直してもらったけど・・・。)
たとえば耕耘器や発電機を使ったら、必ず燃料を抜かなければならない。それを怠ると、ガソリンが酸化してすぐに使えなくなってしまう。震災の時に購入して初めて使う発電機が使えない!!そんな落ちが待っていた。
たとえばゴーヤは簡単にとれる野菜だけれど、たくさん取れすぎるので、毎日毎食ゴーヤを食べなければいけないということになる。ゴーヤ焼きそば、ゴーヤ親子丼、・・・定番のゴーヤちゃんプルはしばらく見るのも嫌になってくる。
キュウリもとんでもない量が取れる。毎日きゅうりの漬物を食べていると、これまたキュウリも見たくなくなるものだ。
オクラは収穫時期を逃すと、急に固くなる。納豆に混ぜて食べるなんてことは到底できないほどにかたくなったオクラはどうすることもできない。だからオクラをやる場合は、二日に1回は畑に行く必要がある。

とにかく、実際にやってみるということは大切だ。やらなければこういう現実は見えてこない。建築の世界もそうだけど、物と現実につながっているこの感覚はとても心地が良い。だって人間だって所詮「もの」なのだ。

僕たちの世界はだんだんと物から遠ざかっていく傾向にある。パッケージ化された商品と値段、それこそがすべての世界にいると、その物にまつわる様々な現実は、架空の世界の出来事となってしまう。でも少しだけ自分で動いてみると、見えない現実とつながることは意外と簡単にできるものだ。現実は見えないだけで自分の周りにある。薄いベールに隠されているだけで、それを捲るだけで出会うことができるのである。

2014/08/10

今日は息子の中学校の関東大会ということで、群馬県の前橋市にある体育館に家族総出で応援に来た。会場にはこんなに柔道やる人がいたのかというくらいの、大勢の子供たちが集まり熱戦を繰り広げていた。中学生ともなると188㎝に130㎏というような巨漢も混ざっていて、顔は幼いけれど、大人と区別がつかないような子供もいる。柔道の人口はフランスの3分の1ほどしかいなくなってしまったということで、なかなか各学校は人数が集まらない状況のようであるが、こういうたくましい子供たちを見るとちょっと安心できるところもある。もう少し勉強もしてくれればの思いもあるものの、二つのことに熱中できないのは大人も子供も同じ、今しかできないことを大切に過ごしてほしいと思う。

2014/08/08

今日は土地についての問い合わせがあったので、それについて少々ご説明することにする。

土地選びは家づくりの最初にやらなければいけない大きな仕事である。僕のところに来るクライアントの多くは、土地に予算の大半を使い果たし、わずかな残りで家を作ってほしいという方がとても多い。総額5000万円くらいだとしたら、まず3000万円は土地に使ってしまっている。諸経費を引いた1800万円程度が建物の予算に残っていれば良いほうであろう。実際に建築を作る僕たちには厳しい話なのだけれど、土地に資金の大半をつぎ込んでしまうという現実は仕方が無いものだと思う。日本の社会では中古住宅がある一定の期間を過ぎると資産としてみなされず、それゆえ土地に資産価値を求める傾向がある。さらに土地の値段が高すぎるのだ。そんな中、高い土地を買うからには、それなりの判断材料が必要だと思う。ここでは初めて家を作る方が土地を買う際に参考になる話をご紹介したい。

・法律による制限
まず、土地を購入する際に気にしてほしいのは、建蔽率・容積率や用途地域、防火規制などの法律による規制である。建蔽率や容積率、用途地域というのは、建ててよい建築物の用途や規模を定めている法律で、それぞれの地域によって異なる条件が設定されている。

例えば閑静な住宅街を形成しようという場合には、建蔽率40%、容積率80%というとても低い数値が定められている場合もある。もしこのような数値が決められていると、その土地に建てて良い建物の水平灯影面積は土地の面積の40%しかないことになり、またそこに建てて良い建物の延べ床面積は土地の面積の80%しかないことになる。こういう土地のある住宅街は大体人気のある住宅街で土地の値段は高価な場合が多いので、例えば坪単価120万円で30坪の土地を購入し、総額3600万円も支払ったにもかかわらず、ワンフロア―12坪の延べ床面積24坪の住宅しか作ることが出来ないという落とし穴が待っていることとなる。

でも、このように小さな土地に小さな住宅を造らなければならなくなってしまった場合でも地下室を利用して、豊かな空間を生み出した事例もある。地下室とは厳密にいうと地上部分に1200㎜までしか出っ張っていない部屋のことを言うのだが、こういう部屋はなんと容積率の算定から除外してよいことになっている。ということは、その部屋を寝室などに利用することで、普通に建てたら容積率制限のために作ることが出来なかった部屋を、上記の例に当てはめて考えれば最大12坪分も作ることが出来るというわけである。

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もし仮にある土地が第一種低層住居専用地域の南6m道路の土地だったとしよう。この用途地域においては北側斜線制限という、建物の高さを制限するとても厳しい規制が設けられている。つまり北側の隣地境界線上のある高さから、ある勾配の斜線で土地に建つ建物の高さを制限しているわけだが、敷地の北側、つまり道路と反対側から、この斜線制限を受けてしまうことで、実際に建物を作ることが出来る許容空間は一気に削り取られてしまうことになる。もちろん道路側からは道路斜線制限なる制限がかかってくる。もともと狭い土地で、表と裏の挟み撃ちでの制限を受けると、設計上とても厳しい条件となってしまうのである。

でももし、道路が北側6mであったらどうだろうか。北側斜線制限の制限と道路斜線制限の制限が同じ方向からくることで、この土地の建物の高さを区切るための制限は一方向だけになる。道路側については厳しい斜線制限を受けてしまうものの、土地の奥、つまり南側の建物の高さは最大限高くすることが出来るので、そこにロフトを設けるなどの工夫も可能となる。そのロフトの壁面に開口部を設け、さらに2階のリビングに吹き抜けを作るなどすれば、南側の高い壁面からの光を2階リビングに取り込むことも出来る。北側道路というと、なんとなく悪い条件のような気がするのだけれど、建物の空間を大きく取ることが出来ることで逆にのびやかで開放感のある住宅を造ることが出来るという場合もあるのだ。

2014/08/06

午前中、鈴木君と二人で東京都豊島区にあるH寺に。今日は玄関の軒先にあるスペースにかけるためのシェードと、先日一部を改修した池の底部の仕上げ工事についての打ち合わせを行った。

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お寺のような施設の維持管理のお仕事をさせていただくことは、ますいいリビングカンパニーをスタートして初めてのことである。オフィスビルやテナントとは違い、この場に来る人たちにとって日常を離れた特別な場であるお寺という施設の管理には普段と違った面でも気を使うことがある。たとえば仮設部材。普通なら赤いカラーコーンと黄色と黒の縞模様のバーで、危険ですから入ってはいけませんよというサインを示すところではあるが、それではいかにも無粋である。そこで、今回の藤棚の工事においては木製の立ち入り禁止サインをデザインし設置させていただいた。小さな心づかいである。でも、来てくれた方が嫌な気持ちになることがないように配慮することはとても大切なことだ。現場を通した多くの人との心のやり取り、なんだかとても楽しい仕事である。

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夕方、埼玉県川口市にて絵画教室兼アトリエ建築を検討されているHさん打ち合わせ。今日は初めてのプレゼンテーションということで、2案提案。初めのたたき台の提案に対してのさまざまなご意見をいただくことができたので、次はもう少し踏み込んだ提案をできるであろう。

夜、地元の知人たちと江南春さんで会食。川口駅前にある行きつけの中華料理屋さんである。個室を多く持ち、割とリーズナブルにおいしい料理を楽しむことができるお店なので皆様にもお勧めしたい。参加者の一人が夏風邪で体調を崩していたが、僕も少し喉がやられている。原因は夜のエアコンであるのだが、これだけ暑いとエアコンなしで眠ることもできないので仕方がない。早く帰って眠ることとしよう。

2014/08/04

家を建てる意味について考えてみた。住宅とは家族が安心して心地よく暮らすための箱である。初源的には雨風をのがれるための洞穴であったり、竪穴式の住居であったりしたわけであるが、現代であってもその根本的な意味は変わることはない。でも今の時代に、これだけ空き家が増えて社会問題となるような時代に、わざわざ高い土地を購入して、高いお金を出して家を建てる意味は一体何なのであろうか。

住宅を取得するための投資は普通の人の人生の中で最も大きな一大事件である。30年程度のローンを組んで、もしも自分が死んでしまった場合にはそのローンを支払うことが出来るようにと生命保険に入って、そこまでして30坪程度の土地を購入し、同じく30坪程度の住宅を造るのである。大きな意味がなければこんなことはするはずもないであろうし、いざその計画を実行するとなれば人生をかけて行うその計画を是が非でも成功させなければいけないと思う。

でも実際に家を建てようという時、この意味をそこまで深く考えている人がどれだけいるだろうかというと実はそんなにはいないのではないだろうか。このまま家賃を払い続けても自分の土地になるわけでもないマンション暮らしはもったいないからやめて、同じ支払額で取得することが出来る住宅を買おうかな、というような考えは良く聞く話ではあるものの、この程度の意味は意味とは言えない。

住宅の産業は最も経済効果が大きな産業である。一軒の家が建てばエアコンや冷蔵庫などの電化製品が売れ、ソファーやダイビングテーブルなどの家具も売れ、カーテンやじゅうたんなどの製品も売れる。だから、政府は次から次へと、新たな世代だけでなくすでに古い住宅を持っている世代に対しても、新規住宅取得を促すような政策を打ち出すわけであるが、でも結局その経済効果の源となる原資を支払わなければいけないのは、実際に住宅を取得するクライアントである。だからこそやっぱり、確固たる意味がなければ家を建てることはすべきではないのではないかと思うのである。

僕が考えるに、一軒家を持つことは複雑な社会から柔らかく離れた個人を確立し、ある自由を手に入れることである。たとえば駅前に立ち並ぶタワーマンションに住んでいる人が、キアヌ・リーブスが主演をしたマトリックスの映画に出てくる人間培養器を思わせるタワーマンションに暮し、ちょうど同じような何百もある世帯が集まり、画一化された住戸の中で同じような暮らしを送ることに対する疑問、もともとそこに住んでいたその地域の地元の人たちからマンション族の人々と言われてしまうような、ある集団の一員になるつもりもないのでいつの間にかそうなり、個人の存在がグレーの霧で包まれてゆくような違和感、そういうものから飛び出て、より人間らしい暮らしの場を手に入れる行為であると考えている。(こういうことを言うとマンションに住んでいる人から怒られてしまうかもしれないが、一例としてお許し願いたい。)

だからこそ、家を建てる際には、自分自身とは?の疑問と向き合うことがとても大切なのではないだろうか。

僕は家を建てる人にいつも聞くことがある。言葉に発したり、明らかに明確である場合には発しなかったりの差こそあるものの、でもわからなければ必ず聞く。「あなたはなんで家を建てるのですか?」と。僕にこう尋ねられて、よくよく考えてみた結果、やっぱり家を建てることをやめましたと言ってくるクライアントも何人かいる。そういう時、僕はとても良いことをしたと思う。だってその人が意味もないのに何十年間もローンに苦しむことを防いであげることが出来たのだから。

2014/08/03

朝7時会社集合。今日はスタッフたちに畑の小屋を作ってもらい、僕と妻の二人で初めての耕耘器を使った作業を行うことにした。小屋づくりに参加したのは田部井君、橋本君、柳沢君、和順君の4人である。橋本君はもともと型枠の大工さんをやっていたという経歴の持ち主だから、そのままリーダーとなり、みんなをまとめながら作業を進めていったようである。

ますいいではセルフビルドを推奨している。これは自分の家は自分で作るの一番の実践であるとともにコストダウンに大きく貢献する。だからスタッフたちは、現場で初めて作業を行うクライアントに対して指導をしたり、軌道に乗るまでの一時的なお手伝いをしたりの役割を担うことになっている。でも、こういうことはやったことがないと指導も何もない。できるわけがないのである。だからこそ今回の様に小屋を作ったりの機会はとても貴重だ。こういうことをやったことがあるだけで、内装の大工工事系のセルフビルドも、外構のフェンスなどの類のセルフビルドもイメージがわく。イメージがわくからこそコストを抑えた上手なつくり方のイメージもまた湧くし、指導もお手伝いもできるようになるわけなのだ。

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17時より、帰国中のノルウェーに暮らす妻の妹(昌ちゃん)とその友達の通称ビビさん(ノルウェー人)、妻の妹の友人Mさん、もう一人の友人とそのご主人とお子さん、我が家の家族5名の総勢11人でパーティー。昌ちゃんは聾者で、つまり耳が聞こえない。ビビさんも難聴で、Mさんも聞こえない。だから会話の大半は手話になる。日本の手話とノルェーの手話は違う。だから昌ちゃんとビビさんが話すときはノルウェーの手話、それを昌ちゃんが日本の手話で通訳してMさんともう一人の友人が理解して、僕たちはその友人から日本語で教えてもらわないと会話に参加できない。ビビさんは難聴だけど英語で会話ができるので、僕たちとビビさんは英会話となるのだけれど、それを昌ちゃんたちに伝えるにはビビさんがノルウェーの手話にして、それを昌ちゃんが日本の手話にする必要があって、とにかく大賑わいの2時間半であった。

昌ちゃんとはこれまでも何度も話をしたことがあるのだけれど、そういう時の昌ちゃんは僕の口の動きを読んで、口話で話をしてくれるから、ゆっくりと話をしているというだけで普通の人と会話しているときとの違いがあまりない。もちろんこういうことができるようになるには、子供のころに大変な努力をしたらしい。

でも、今回のようなシチュエーションは初めてで、ちょっと感じたことなのだけれど、僕たちは日本人で日本語を当たり前に話しているけれど、耳が聞こえない人たちの間には日本語とはまた別の言語があって、その言語体系の中で思考も少し違う、つまりなんというかもっと親しみのある人間味のある思考過程の中での交流をしているな、と感じたわけである。なんといってよいかわからないのだけれど、とにかく楽しかったし、初対面の人のほうが多かったのに一人一人がとても近いところで話をできたような気がしたのである。

終了後、ビビちゃんと夜遅くまでノルウェーの実家の話をした。道路のない小さな島である。ビビさんの家族以外に羊と牛と犬と・・・そんな島である。来年の家族旅行の目標がなんとなくできたような気がする。

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2014/08/02

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。14時、東京都足立区にて新築住宅を検討しているKさんご夫妻打ち合わせ。ご結婚を機に、旦那さんになる方のご実家の土地の一部に二人のための住まいを建てようというプロジェクトである。今回建てようとしている住宅は、二人が住むための必要最低限の規模のもので、予算もできるだけ安く、1500万円くらいを考えて進めている。無駄な部分はそぎ落とすという方向ではあるものの、希望される高断熱の使用や、キッチンのデザインなどについては、クライアント自身のこだわりを持って計画することになる。

つまり、この住宅もまた自分の家は自分で作る、の一連の継続といえるのだ。これがもしハウスメーカーなどであれば、高級な会社で作ればすべてがハイスペックで高価なものとなり、はたまたローコストメーカーで作ればすべてが安価なもので統一されてしまうわけである。でも、住宅というのはそんなに単純なものではない、というより人の気持ちというのはそんなに単純なものではないんだよね。

僕だって、普段はいている靴はホームセンターで売っているつま先に金属が入ったいわゆる安全靴で、お値段は2000円程度しかしない。でも、お出かけの時に履く靴はMASUII・RDRのギャラリーで出会った靴職人さんが作ってくれた手作り靴で、お値段は6万円もした。要するに個人の嗜好なんて言うものは千差万別ということ。一律に松・竹・梅で分けられるほど簡単なものではないのである。

だからますいいの家づくりでは標準仕様なるものを作っていない。ヒノキの柱を使うことに価値を感じる人もいるし、全く感じない人もいる。たとえば大壁工法で壁を仕上げる場合には、集成材の柱を利用して住宅の動きを最小限に抑えることで、壁のひび割れを抑えるほうが価値が高いと考える方もいるわけなのだ。これらの判断にはそれなりの合理的理由があるものの、最後には個人の判断による部分も大きいのが事実である。だから僕は、クライアントの判断の材料になると思われる、できるだけ多くの事実を伝えるように心がけるようにしている。

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