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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記

2014年7月アーカイブ

2014/07/31

ますいいリビングカンパニーでは設計作業から現場の管理作業までを行うことで、設計事務所ではあるけれど工務店としての工事請負を行っている。工事を請け負うということは、新築時に完成させることだけでなく、それから先の保証、メンテナンスまでをも行う責任がある。だからこそ設計も慎重になるし、将来問題を生じることが明らかな危険な納まりなどは採用しないようにしている。

そしてこのことはクライアントにとってのコストダウンにもつながる。設計事務所に設計料を支払い、さらに別の工務店に現場管理費を支払うという2重構造を取り払うことでコストダウンを実現することができるのである。だって住宅の現場は小さいのだ。小さいということは人も少ない。30坪くらいまでの住宅であれば大工さんはたいてい一人で作業を行う。たまに水道屋さんや電気屋さんが作業に来るけれど、それだって一人だ。左官屋さんは一人じゃ大変だからたいてい二人。屋根屋さんも大概は二人である。現場は狭いし、いっぺんに来たら混乱してしまうからみんなバラバラでくるので、現場の職人さんの人数たるや対外は多くて3人までなのである。多くとも3人しかいない現場の作業をマネジメントするために設計者と現場監督が二人!!そんなバカげたことをするほどコストに余裕はないのである。だから一人の人間がただの設計者よりも、そしてただの現場監督よりもちょっと努力をして、設計と現場監督の両方の作業を行うことができるようになることが必要なのだ。

もちろんこれは小規模の建築に限って成立する話である。ますいいでは1億円を超える工事の請負は行わないルールとしているのだけれど、ある規模を超えた場合の現場運営には、現場の運営を専業とするゼネコンの存在が必要であり、その管理がなければ秩序ある安全な現場運営ができなくなってしまうことはゼネコンマンであった僕には十分理解ができる。だからこそ、請負金額の制限をなくすつもりはないし、これからも小規模住宅を作るための工務店機能祖有する設計事務所として運営していくつもりである。

2014/07/30

午前中、住まいの設計のライターさんの渡辺氏来社。ますいいリビングカンパニーでの家づくりを示すための本の製作について打ち合わせ。本といっても出版をするような類のものではない。ますいいでは自由な家づくりを目指して、工務店機能を有する設計事務所としての組織運営をしているのだが、その中でクライアントに伝える必要がある様々な事柄についてまとめたいわゆる家づくり教本の類を目指している。具体的には、自分で自分の家を考えるための手法、セルフビルドを行うための手順など、この1冊で家を作るにあたっての知りたいことが大方理解できるというものを目指すつもりだ。まずは渡辺氏に全体的な構成を依頼した。今年の盆休みはこれでつぶれそうである。

2014/07/28

朝礼終了後、各プリジェクト打ち合わせ。埼玉県川口市にて計画中のアトリエ併用住宅では、アトリエとして地域に根付くことのできる建築の形態についてのスタディーを進めている。そういえば最近埼玉県内で非住宅の建築を扱うことがとても増えてきている。昨年作ったバレエスタジオでは、大空間を実現するためにトラス構造の小屋組みを採用し、8m以上の無柱空間を作り上げた。普段は住宅を設計することが多いけれど、ちょっと視線を変えてこのような小規模多目的建築を作ることもとても楽しいものだ。今回の設計も丁寧に進めていきたいと思う。

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終了後、東京都文京区駒込にある古いビルの雨漏りに関するメンテナンス。今回は鉄骨ALC造の建物の雨漏りの原因を突き止めるべく、外部の怪しい個所に水をかける試験を行った。結果、30分ほどの放水で内部まで水が回り、雨漏り箇所は予想通りの原因と明確になったので一安心である。原因がわかれば後は補修をするのみ。これが終わればいよいよ内装の改修工事に移れるだろう。

2014/07/26

先日自由な家づくりの話をしたが、その例としてとある車雑誌の編集者の住宅をご紹介したい。この家に住むのは車の雑誌の編集を仕事とする御主人と車のパーツのデザインを仕事としていた奥様である。二人ともとても車が好きだから、寝ているときも車を見ることができるようにしたいということで、下の写真の様に寝室とガレージがガラスの壁でつながれることになった。ガラスの向こう側に見えるのがガレージで、床はモルタル仕上げとなっており、入り口にはオーバースライディングドアが取り付けられている。この形式のシャッターは外観のデザインもすっきりと納めることができるのでガレージには適していると思う。

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生活スペースは2階に配置されており、切り妻の屋根勾配にそったとても高い天井の大空間を実現している。屋根の一番高いところにはトップライトが設けられており、そこから光を取り込むことができる。水回りの上などの余った空間にはロフトを配置し、収納スペースなどに利用している。

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このプラン、通常の住宅ではまずあり得ない。しかしながらクライアントにとっては最適な答えとなっているのである。個人住宅においては誰にでも好まれる建売のような一般解を求める必要はない。住宅展示場やマンションギャラリーを見すぎてしまうと、既成概念が頭にこびりついてしまうものだが、そんなものは一度振り払ってしまったほうがより良い家づくりができるのである。

2014/07/25

今日は橋本君と二人で、進行中の現場管理に出かけた。まず最初に訪れたのは埼玉県川口市にて進行中のスタジオの現場である。こちらでは大工さんが内装の工事をして、左官屋さんが外壁のモルタル塗の工事をしている。このモルタルには最終的にファイバーメッシュを塗りこんで割れ止めとし、そこにさらにモルタルを塗って仕上げとする。最初に工事をした母屋のリフォームのすでに仕上がっている外壁と、今日まさに塗っている途中の外壁が並んでいたので写真を撮った。この仕上げの方法は二つの中庭のある家で採用して以来、ますいいでは定番の手法となっているのだが、モルタルの自然な風合いが心地よいのである。

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下の写真はすでに終わっている母屋のリフォーム部分の様子だ。基礎を兼ねた大谷石の壁が何とも言えない雰囲気を醸し出している。こういう風情はなかなか新しい材料で作り出せるものではない。

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続いて同じく埼玉県川口市にて進行中のSさんの家。こちらは先ほどの現場から歩いて5分ほどの場所にあるのだが、現在、大工さんが土台敷きの工事をしているところでいよいよ月末に上棟を迎える。まさに真夏の上棟となるので、暑さとの戦いとなるであろう。

車を走らせていると、ちょうど丸宇木材なる材木市場の前を通りかかったので中に入ってみる。この市場では今事務所で使用している北海道産の栂の一枚板などを購入したことがあるのだが、こだわりの材料を選びたいときには実際に目にして選択することができるのでよい。

そのまま一路岩槻へ向かう。こちらではKさんの整骨院兼住宅の工事が進行中で、大工さんの作業がいよいよ終盤を迎えているところである。写真にあるのは以前にも紹介した古材の丸太である。この古材はKさんがこの土地を売ってもらった地主さんの敷地に建っていた築100年ほどの蔵を解体したときに頂いた梁材である。その材料をプレカット工場に持ち込み、部分的に大工さんにて加工してもらったのだが、予想以上に空間のインパクトを与える存在となってくれたようである。この材料の費用はただである。加工賃は多少かかっているが、大した費用ではない。それでいてこの住宅の価値を数段高めてくれている。材料の持つ力、素材の持つエピソード、言葉でいうのは簡単だけれど実現させることはなかなか難しい。今回は成功したかな。

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2014/07/23

では自由とはなんだろうか。政治的なお話は僕の専門外なのであくまで建築の世界に限ったことで話を進めよう。

まず日本の都市部での建築行為につきものなのが高い土地である。まあそもそも国土面積が小さいのだから仕方がないのであるが、この点についてはちょっと郊外に移動すれば簡単に解決できるようになってきた。最近の土地の価格を見ると本当に一部の都市部以外まずそれほど値上がりすることはないし、この傾向はこれからも変わらないであろう。

土地に関することでは、僕はもう少し進んだ実験をしている。それは農家になることはできないかの実験である。日本の農地は農家でなければ売買はできない。そして農家として認められるにはそれなりの広さ(5反程度)の農地を実際に耕作していたり、それなりの売り上げ(250万円程度)の農産物を実際に販売していたりしなければいけない。都市農業化において、これらは実際にクリアしていない農家がほとんどなのだが、でも新たに就農するとなるとクリアしなければいけないのである。さてさて、5反を耕すということはどれほど大変なのであろうか。僕はまだ1反程度の農地しか耕作していないから何とも言えないのだけれど、これは僕のようなスタイルで仕事をしている人にとってはそれほど大変なことではないと予想される。つまりある程度時間が自由になるのであれば可能だろうという予想である。あくまで予想だからまだ何の説得力もないけれどたぶん当たっている。1年後が楽しみである。

農産物を売る。これはなかなか大変そうだ。僕の会社では駅の近くにギャラリーを運営しているのだけれど、ここでの販売であればそれほど無理はないように思える。とはいえ普通の八百屋さんをやるのは不可能だ。できたら売る、そんなお店にだれが買いに来てくれるのかはわからないけれど、おいしい野菜を作ることができれば十分可能だと思う。

だいぶ土地の話が長くなってしまったので、次は家の値段の話である。日本の家づくりを代表するハウスメーカーでは、価格は全くのブラックボックスに入れられている。鉄骨の骨組みの材料費がいくらで、基礎のコンクリートがいくらで、外壁のパネルの値段がいくらで、の詳細な情報は得ることができず、その一部を購入したり、外したりすることは許されない。要するに車と同じ状態なのだ。トヨタの販売店に行って、レクサスからエンジンだけ取って売ってくださいという人はいないであろう、と同じことである。

でも車と住宅とではそもそもの作り方が異なることを忘れてはいけない。住宅を工場生産できる範囲は限られている。輸送の大きさの限界、土地の形状や方位、法規制、などの制約の中でできる工業化しかできない住宅産業はそもそも工場生産には向いていない。急激に都市部に住宅が必要となった時代に、同じような区画が大量に販売され、画一化された住宅を一つでも多く作ることが求められた時代には必要だったシステムなのかもしれないけれど、でも今はそうではない。それぞれの異なる土地の形に合う、それぞれのクライアントの考え方に合う選択を一つ一つできることが求められる時代にはそもそも不向きなシステムなのだ。

住宅の値段は一つ一つの材料と職人さんの人件費の積み重ねである。その一つ一つをばらばらにしてみると、普段スーパーマーケットで買い物するときに、頭を悩ませる値段にとても近い金額になる。杉の柱をヒノキに変えると一本当たり2000円増える。さてどうするか?杉のフロアリングの厚みを7㎜厚くすると1坪当たり4000円増える。さあどうするかの積み重ねであって、決して坪いくらで表すべき大雑把なものではないのである。さらに言うならば、現在はネットでなんでも調べることができるし、買うことだってできるのだ。それを構築する知識、技術が伴う範囲であれば、別途扱いで工事完了後に行うほうが当然コストを抑えることができるのである。

家づくりにおける自由とは、上記の二つの大きなテーマから枝分かれしたそれぞれの事象の積み重ねに行きつくと思う。そしてそれを実際に行うには、それなりの知識の取得と行使するための努力が必要になる。そうしたことをバランスよく行うこと、それがますいいが普段やっていることである。

2014/07/22

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。プランを作っていると、その部屋に求められる機能をどのように満たすかについての答えの出し方を考える時がある。

たとえばリビング、最もオーソドックスな形を思い浮かべれば、そこにはソファーセットが置かれ、壁際にはテレビを中心としたオーディオ機器が並ぶスペースがあり、そのわきには本棚があって、さらにちょっとしたローボードでも置かれていれば日本の住宅事情におけるリビングとしては上棟品に入るであろう。

しかしながらそのイメージはいったいどこから来たのであろうかの疑問を抱いてみれば、一昔前であれば、いわゆるアメリカのホームドラマに映る庶民階級の一般住宅の様子そのものであり、現在であればマンションの内装写真に代表するいわゆる成功例としての住宅像に基づくものであって、決して僕たちの生まれ育った生活に根付いているものではないということは明確である。

下の写真は埼玉県伊奈町に建てた住宅である。バイクをいじったり自転車をいじったりの好きなご夫婦のために作ったこの住宅では、リビングにあたるスペースを土間から一段上がった小上がりとし、まるで農家の住宅で作業スペースの土間の隣にリビングにあたる小上がりがあるかのような関係性を作り上げた。農作業の代わりのバイクいじり、つまりはそんな関係である。土間にはペレットストーブが置かれている。リビングの上部には吹き抜けがあり、2階にある子供スペースとつながっている。

僕たちの生活スタイルは自由であるはずだ。そして僕たちにとっての住宅の形もまたそれぞれの形があってよい。成功者の消費の対象として形成されたいわゆる商品化住宅のイメージにとらわれてしまうほどもったいないことはない。

でも自由は、自由になれる幅を知らない人には想像すらすることはできない。だから僕たちはプロとしてクライアントに提案する義務があるのだ。

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2014/07/19

午前中事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。森脇君が担当している東京都中野区にて設計中のKさんの家の実施設計等について。続いて、畑に作る小屋について柳沢君と打ち合わせ。これまで使用したことのないカナディアンレッドシダーを利用した屋根材と外壁材を使ってみようということになった。

このカナディアンレッドシダーという材料はなかなかの優れモノである。まず加工がしやすい。ツーバイフォーの企画で販売されている材料なので、加工した後の組み立ても専用の金物などを使用すればだれでもできる。そして安い。それでいて腐食しない。ますいいの事務所にはこの材料を使用したウッドデッキがあるのだけれど、10年間何のメンテナンスもしていないのに、まだあからさまに腐食している部分がないのである。

これまで14年間も住宅の仕事にかかわっていると、外構工事に関してもいろいろな改修工事をしてきているのであるが、一番ひどいウッドデッキは地面からわずか30センチほどの高さしか上げない形で杉を使用したものであった。素材自体もともと持っている弱さもあるのであろうが、地面と距離が近いということで余計に腐食が進行したのであろう。わずか5年ほどの時間しかたっていないのに、完全に腐食してしまっており、足を乗せることもできなかった記憶がある。それに比べてレッドシダーは腐りにくい。
今回はそれを屋根にも使用してみようということになったわけである。

埼玉県川口市にて現場が進んでいるスタジオの工事では大工さんによる木工事が進んでいる。この建物は住宅の隣に、趣味のためのスペースを作るというもので、バレエやヨガができるようにと柱のない大空間を作っている。かつて文房具屋さんを営んでいた母屋と続いているお店の部分を解体し、今度は完全に切り離す形でスタジオを建てているわけである。

写真の様に大空間を作り上げるために屋根を支える梁はとても大きな材料を使用することになった。外壁に面する壁の仕上げは、耐震力を負担している構造用合板をそのまま表しとすることで仕上げている。床には専用のフロアリングが貼られる予定だ。奥の一段高くなっている部分は玄関ホールにつながる。このレベルの差はもともとの敷地にあった高低差を素直に建築に反映させたものである。住宅などコストを抑えて建築を作りたい場合には、敷地の持つレベル差を変更しない、つまり土地はあんまりいじらないということがとても大切だ。土木工事の類は、木造の住宅工事と比べるととにかくお金がかかるものなのである。

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2014/07/17

狭小地での住宅設計は、都心で仕事をする工務店にとっては避けられない事例なのであるが、先日東京都世田谷区の狭小地でとても良い建築が完成したので紹介したい。敷地面積は約16坪ほど、そこに対して地下1階、地上2階の住宅を建設している。法廷延床面積は18.44坪ほど、そこにロフトを加えたプランとなっている。

下の写真は玄関部分である。半地下構造を採用しているので、地上から1300㎜ほど上がったところに1階の床レベルを設定している。

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1階には水回りと、寝室を配置。写真はハーフユニットバスとタイルで仕上げた浴室から、Pタイルの床で仕上げている洗面室を見た様子である。洗面室の収納などは建具屋さんにオーツの突板で仕上げてもらった。

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次の写真は地下室の様子である。ナラのフロアリングで仕上げたワンルーム型の書庫で、壁仕上げはコンクリート打ち放しとビニルクロスとなっている。書庫の部分には古家から発生した古材を利用している。

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最後に2回のリビング。キッチンはリネアタラーラの製作キッチン、階段は地元の製作所で作ったスチールの桁にウォルナットの突板の階段をのせている。上部に写る渡り廊下のような部分がロフトとなり、そこからルーフバルコニーにつながっている。狭小地の制限の中でできるすべてのこと、具体的には出窓を作ったり、斜線制限に沿ったプランや屋根面だったりの工夫をすることで、のびやかなプランを実現することができたよい事例である。

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2014/07/16

月曜日から3日間で、畑の開墾作業が終了した。今日は作業3日目である。臼山興業の会長さんがベテランの技でシャベルカーを見事に操りすいすいと進めてくれたおかげで、草ボーボーで近寄ることもできそうになかった藪もひらけ、雑草だらけで固まった土も完全にほぐすことができた。

敷地奥にあった藪は、ひらけてみるととても魅力的な場所であった。隣の畑との境界線には、大きな木が立っている。木の手前の畑との間の空き地だけでも100坪くらいはありそうだから、ここには物置小屋と休憩小屋を作ることにしようと考えている。都市の中の100坪とは全く異なる感覚である。どちらかというと公園の片隅というほうが近い気がする。いつもの土地の広さに対する数値と感覚がずらされるような気がするが、自然との共生の場面ではそういうものなのであろう。そして住まいと同じ川口市内でそういうずれが生じていることが何とも心地よく感じるのである。

作業が終了した後、柳沢君と二人で鶏糞の肥料をまき作業を終了した。あとはトラクターで何度か土を細かく耕し、8月末の大根、キャベツ・・・の時期まで待つばかりである。

小屋の作業は大工さんとスタッフで楽しみながら進めていこう。この3日間だけでも、汗をかいて、土まみれになって、そしてなんとなく普段の生活では見えなかったことが見えたような気がする。この感覚は建築という仕事においても同じである。水もない、電気もない傾斜地の畑に小屋を建てるには・・・・、そもそも建てる必要があるのであろうか、あずまやのようなものがふさわしいのか・・・・、これらの思考にはいつもより深い建築と自然の関係が存在する。そして何か新しいことをできそうな気もするのである。

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2014/07/15

午前中、埼玉県川口市にあるM社にて東京都文京区の店舗設計に関する打ち合わせ。所有するビルの一角で、カラオケを楽しむカフェの設立を目指しているとのことである。カラオケを楽しむカフェ、そういえば畑を貸してもらっている地主さんのおじいさんも趣味はカラオケだといっていたが、カラオケというのはそんなに流行っているのであろうか。僕の年代で趣味がカラオケというのはあまり聞いたことがないのであるが、僕よりも少し年代が上の方々の間でのブームなのであろう。団塊世代が趣味に興じる場として考えるのであれば、確かに既存のカラオケボックスというのは味気ない。たまにスタッフを連れていくことがあるけれど、僕の年齢でもあの箱に、長時間閉じ込められているのは素面では耐えることができないだろう。くつろぐことができる無垢の木を使った空間を作ってほしいというご要望は納得できる。まずは現地を確認してからイメージを膨らませることにしよう。

夕方、護国寺の茶室にて稽古。会食。11時ごろ帰宅。

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埼玉県さいたま市の現場では基礎工事が進行している。この計画は基本設計に結構な時間を要したのだが、スキップフロアを採用したユニークなプランが特徴的だ。玄関を入ると正面には半階分上がる階段と、下がる階段がある。下がるとそこは子供室となっており、上がるとそこはサブリビングとなっている。サブリビングからさらに半階上がるとLDKとなる。リビングとは違うもう一つのリビング空間は、普段の生活とは離れた心地よいくつろぎの場となるであろう。つまり、子どもの勉強道具や家計簿等が場所を取らざるを得ないリビングではなくて、毎年行く旅行の写真や、記念のお土産や、家族で宝物にしているような本がおかれる場所、おじいさんやおばあさんの写真が飾られたり、海で拾った貝殻が置かれていたり、そんな場になるといい名の思いが込められて造られた空間なのである。

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2014/07/14

今日は朝一番から、川口市内に新しく借りることになった畑の土の耕し作業を行う。偶然にも世間を騒がせている川口市役所の職員によるひき逃げ事故現場の近くなので、朝からなんとなく気分が重いのだけれど、実際に作業を始めるとあまりの暑さにそんな感情もすぐに吹っ飛んでしまう。

畑の広さは約2反、600坪というところだ。斜面になっている部分もあるので実際に使用できる広さとしては450坪程度であろう。60年間以上も何も植えられず、ただの空き地としてあった土地だから、まずはシャベルカーで畑の土を40センチほどひっくり返す必要がある。表面の雑草の下はきれいな赤土なのだけれど、スコップの歯が立たないくらいに固く締まっているのだ。今日はその作業の一日目。おそらく4日ほどは要するであろう。そのあとにはトラクターで土をさらにほぐし、最後に耕耘機で仕上げとなる予定である。

かねてより計画していた農家計画がいよいよスタートすることになった。実際に作物を育てるのは早くとも8月の大根あたりであろうが、本格的には年明けになると思う。さてさて、どこまで本格的にできるであろうか。まあ楽しみながら進めていきたいと思っている。

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2014/07/13

今日は何もやることがない日曜日。こういう日もたまにはないといけない。午前中はスポーツクラブで汗を流す。週に2回ほどは5~10キロほどのゆっくりとした軽いランニングと多少の負荷をかけたトレーニングをして、最後にサウナに入ることが僕にとっての健康法である。昔からラグビーやら空手やら、何らかの運動をしない時期のない生活を送ってきたから、39歳になってもその習慣を変えると体調がおかしくなってしまう。だから多少忙しい時でも、ちょっとの時間を見つけて体を動かすようにしている。

午後は、親戚が集まっての食事会。これといって誰かの誕生日とかの理由があるわけではないのだけれど、先週町田分室の田村君のご実家から頂いた魚介類がたくさんあったので、手巻き寿司パーティーというわけである。18時過ぎ終了し、あとは家でゴロゴロ。夏バテ気味の体も少しは楽になったようだ。

2014/07/11

朝礼終了後スタッフの柳沢君と一緒に、群馬県前橋市にあるフェリカ建築学院なる専門学校を訪問。ここは柳沢君の出身校でもあり、全国から住宅の建築を学びたいという思いで学生が集まっている学校である。今日の訪問を迎えていただいた校長先生の中川氏は、もともと建設会社を経営されていた方で、ある時点をきっかけに転身し、教育の道に身を投じられたそうである。

先週訪問した日本建築専門学校と同じように、一般的な大学教育とは一線を画し、住宅を設計し、現場を管理することに必要な技術を実習的に教育していることが特徴的なのだが、なかでも毎年新しい住宅を実際に建築し、それを建売として販売しているなどの実務を教育の中に取り入れている点が特にめずらしい。こういう学校は創始者の情熱でもっているようなところがあるから、これまた日本建築専門学校と同じようにいつまで続くかわからないところがあるのであるが、何とか存続してもらいたいものである。

2014/07/09

朝礼終了後、各プロジェクト打ち合わせ。

埼玉県川口市の会社のすぐそばにあるアトリエ兼住居の建築計画についてのスタディーをしている。視線の方向としては、アトリエ建築という比較的自由な建築条件の中で、何をするべきかの検討をしている。

ここ数年、毎年夏になると改めて気が付くことであるが、台風、竜巻などの自然災害が年々その脅威を増している。今回の台風8号に関連するニュースを見ていても、今世紀中にスーパー台風なる以前フィリピンを襲ったほどの大きさの台風が日本に到来する確立は非常に高いというような解説を行っている人もいた。もちろん今後の気候変動に対する世界的な取り組みの状況によって変化するのであろうが、京都議定書をあっさりと覆している今の世界の状況を見る限り、劇的に改善される可能性はほぼないといってよいであろう。亜熱帯化している日本の気候は今後も安定性をなくしていくことが予想されるわけである。

住宅とはそもそも自然から身を守るための箱である。太古は洞穴のような、もしくは簡易的な木組みのテントのような、そして次第に現代のような形になっていった。温帯地方と呼ばれる気候だったころの日本の風土に合わせて、低地を切り開き、農耕をセットにした住宅地が次第に広がっていった。東京近郊を見れば、工業の発展に伴う都市集中の波の中で所狭しと開発された宅地が出来上がり、結果境界を持たない無限都市が出来上がった。そして今、地球規模での気候変動という僕たちが小学生くらいのころに見たSF映画のような原因で、その場所に安全に暮らすことが少しずつ難しくなり始めている。

こういう話をしているとなんとなく田舎帰り的な発想に向かいたくなるのだけれど、僕だって川口市で仕事をしていて地方に住むなんて出来るわけないし、ほかの人たちも東京近郊に住んでいるにはそれなりの理由があるわけであるから、都市近郊の住宅地に暮らすための様々な工夫を施して、厳しさを増している自然状況と闘いながら生活できる場を作り上げなければならないと考えている。つまり、自然と戦うためのシェルターとしての住宅の役割をしっかりと認識して作り始める必要を感じるのである。今はそんなことを考え始めている。そして近いうちに形にしていきたい。

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2014/07/08

朝一番で、今度畑を借りることになっている農家の地主さんたちが来社。僕が畑として借りる予定の土地というのは、川口市の神根という地域にある600坪ほどの土地で、60年以上もの間植木を置く場所として利用されて生きた土地だ。つまり耕されたことが60年間もないわけなので、まずは開拓農民の様にその固くしまった土地を耕して、柔らかい作物を育てることができる土質に改良しなければならないわけである。いろいろと話を聞いているとなかなか大変そうな予感がするのであるが、まあ何とかなるであろう。「好きこそものの上手なれ」である。

農業をやることに対する思いは、日々強くなっている。日本の人口は減少し始めているわけで、これまでの様に都市近郊の地主さんたちが賃貸住宅やオフィスビルを建築すれば、不労所得が自然と入ってくるという時代は終わりを遂げようとしている。現に新築のマンションですら空き部屋に頭を悩ませている様子を見かけるし、それでもすぐ隣でさらにマンションを建設しているような異様な光景を見ると、これこそ経済主義に振り回されているようにしか思えないのである。

一方で世界の人口は増え続けている。僕たちが中学生のころ習った世界の人口は60億人から、今では10億人以上も増えた。そして一年間に7000万人以上増え続けるという状況は今後も変わりそうにない。そして世界に作られる農地の面積はすでにこれ以上増やすことができない限界を迎えているといわれている。国内農業を何とかしなければの思いはよく耳にするものの、それが現実にならない理由はやはり経済である。たった600坪の畑でじゃがいもを育てたところで、収穫量はうまくいって6トンである。販売価格にして120万円ほど。一年間の売上がこれで、天候に左右されるリスクがあり、結果的に経費を引いたらほとんど何も残らないというのでは、とても専業で取り組む人はいないであろう。ここにも経済価値による判断と現実社会の要求のずれが生じている。

旧帝国ホテルの設計者でもあるフランク・ロイド・ライトの信条として次のような言葉がある。
・家は芸術作品となることによって、単なる住まいを超える存在となる。
・人間は、委員会の一員ではなく、自立した個人となることによって、単なる一人の人間を超 える存在となる。
・以上2点に基づき、私は信じる。民主主義はこれまで知られた社会の在り方の中で最も気高い ものである。
・民主主義とは、我々の人間性が求める内なる貴族主義の新たなる形である。
・およそ成功とは、能力の発揮によって以上の真実を現実へと導くことである。
・以上の真実を混乱と挫折に追い込む仲介屋が、今やあちこちにはびこり、その場しのぎの行 いにおぼれている。ゆえにその誤診が暴かれ、拒否されなければならない。
・私は真実を信じ、それがわれらの有機的なる造物主となることを信ずる。

真実とは?の問いの答えはなかなか見つからないものである。でも動かなければ何も始まらないのである。

午後、茶道稽古ほか。

2014/07/05

午前中、埼玉県越谷市にて新築住宅の検討をしているUさん打ち合わせ。第1回目のプラン説明を行った。

夕方より、三角の家10周年記念パーティー。この住宅は、東京都板橋区にある直角三角形の土地に建つ、三角形の小さな家である。土地の広さはわずか16坪程度、そこに予算1500万円程度で作り上げた。当時の僕はまだ29歳、住宅の仕事をスタートして4年目であった。階段に手すりがない!!お風呂はモルタルで作った三角形のお風呂!!などの、今ではちょっと躊躇してしまうような設計上の冒険も多々ある建築である。クライアントとのさまざまな思い出がたくさん詰まったこの住宅が、これからも大切に使われていくことを願うばかりである。

パーティーには、当時たまたま卒業論文の取材でマスイイリビングカンパニーを調査してくれていた元芝浦工業大学の学生さんたち(今ではK建設やらTホームやらの社員さんとして立派に働いているようである)4名も参加してくれ、ますいいからは若手スタッフ中心に8名が参加し、そこにクライアントのTさん、そして会が終わるころには当時小学4年生で今では学習院大学2年生の御嬢さんまでもが加わって、楽しいひと時を過ごすことができた。

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2014/07/04

午後2時、東京都世田谷区にある元早稲田大学建築学科教授の石山修武氏のアトリエを訪問。今取り組んでいるプロジェクトについての説明を受けるとともに、建築、農業、物流、そしてこれからの世界についてのお考えを聞かせていただいた。大学の先生をしていた頃よりは少々時間的な余裕ができたようで、これまで訪問したときよりもゆったりとした時間を過ごすことができた。1学年250名、総勢1000名の学部生を教育しなければいけない立場から離れたのであるから当然なのだろうが、ほっと一息というところなのであろう。

2014/07/03

午前中は各プロジェクト打ち合わせ。

夜、埼玉県さいたま市にて新築住宅を検討しているWさん打ち合わせ。この現場では擁壁の作り変えが必要なのだが、その工法をどのようにするかについてのお話をした。2mに満たない擁壁というのは、作り方を建築士の判断に従ってよいという少々あいまいな条件下にある。だからこそ現存している擁壁の中には、構造計算をしたら絶対にNGなんだろうなというようなブロック塀のようなものもあるし、そういう簡易的なものでも普通にその上に家が建っていたりする。

たぶんこういう風に基準があいまいになっている理由としては、木造2階建て住宅の壁量計算と同じで(木造2階建ての住宅の場合大工さんでも簡単に計算ができるようにと、面積に対する壁の長さの比率を満たせばよいということが建築基準法で定められている)、規模の小さい簡易的な建築物においてその施工に多額の費用がかかるであろう基準を設けてしまうことで、住宅取得に要する費用がいたずらに増加してしまうことを避けようということなのだと思うのだけれど、それでも地震がいつ起こるかわからない日本でこのような工事をする場合には安全性が確保できる工法を選択すべきということは明白であって、その中での建築士としての合理的かつ安全を確保する判断というものがとても難しいことになってくる。

今回は、大手組織設計事務所に勤務するWさんのアドバイスにより、構造計算に基づく工法を採用することになった。古い住宅街にある住宅が建て替えられる中で増えている擁壁工事、これからの対応を慎重に進めていかなければと考えさせられる打ち合せをしていただけたことに感謝したい。

2014/07/02

今日は朝6時に自宅を出発して、社長と二人で日本建築専門学校に訪問した。この学校は昭和62年に設立された日本建築を学ぶための学校である。とある宮大工さんが職人さんが次第に減少していく状況を危惧し、銀行を退職した事務局長さんと二人で起こした学校なのだが、京都工芸繊維大学の中村昌生先生を理事長として迎え入れ、非常に質の高い教育を施している。

以前にも書いたことがあるのだが、日本の大学建築教育では木造の指導はほとんど行わない。カリキュラムと指導者の多くはギリシヤに始まる西洋建築の歴史と、近代以降の日本建築の系譜、そしてRCの構造や環境設備、施工技術、意匠設計に関する演習に注ぎ込まれているわけだけれど、西洋に追い付け追い越せの中で作られた大学なる機関ではそれも仕方がないことなのであろう。

しかしながらこの教育の現状が現実社会の要求にどこまでこたえているのかというとそれは怪しい面もある。もちろん大学はゼネコンや大手組織事務所で働く優秀な技術者を育成しなければいけないという側面も持っているわけだけれど、観光立国なる方針を示している今の国家の状況や、そもそも僕たち日本人は木造の建築が好きであるという根本的な現実を直視すれば、さらにはそういう基本的な生産技術が大工さんの徒弟制度の中で継承できなくなっているという現状からして、教育の一部をそういう方面に傾ける必要があることは明確なのである。もしも宮大工さんがいなくなってしまえば日本の神社はコンピューターで管理されたプレカットで作らてるようになってしまうし、もしもスペイン・バルセロナにあるサクラダファミリアの彫刻が、3DCADで作られた彫刻もどきの集まりだったら、というようなことを考えればどれだけ合理化やら経済主義やらの世界になっても失ってはいけないものがあるのは当然のことである。

下の写真は実際の授業で作った小さな住宅の軸組である。もちろん全て手加工で機械は一切使っていない。

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こちらは伊勢神宮の解体時に頂いた材木である。これを三島の神社に実際に建てることも授業の一環である。小さな社の建立も毎年必ず行う課題だそうだ。

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こちらは鳥取県にある三仏寺・投入堂のモデルである。卒業時にはこのような軸組を修復時の資料などから読み解き、再現できるまでになるという。
彼らが実際に宮大工として活躍するまでには更なる修行が必要であろうし、そういう道に終わりはないと思う。でもこういう志を持つ教育機関とそこに集う若者たちが日本の職人としての生産レベルを向上させる一助になることは確かであろう。建築は設計者だけでは作ることはできない。そこには必ず優秀な職人さんが必要なのだ。これからもこの学校の活動を見守っていきたいと思う。

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