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増井真也日記

2014年4月アーカイブ

2014/04/30

今日は今年度2回目のますいい建築塾の開催日。まずは9時に事務所を出発して、東京都文京区に建つ山田邸に。山田君は2008年までますいいで設計を担当していたが、独立し事務所を構えた後、ついに念願の自邸を建設したということで見学させてもらうことになったわけである。現場では山田君の建築に対する思いを興味深く聞かせていただいた。一人の建築家が自身の魂を設計という行為にこめた結果がそこに存在していた。ますいいのスタッフも大変刺激になったようである。

今回の自宅作品は今月号の「住宅建築」なる建築誌に掲載されている。建築家にとってこのような紙面に身を飾ることはひとつの勲章でもある。今後の活躍を心より願うばかりである。

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続いて、東京都大田区にあるH邸の現場へ。町田分室が担当した住宅であるが、お互いの完成作品の見学をしての互いの成長のためにということで足を運んだ次第である。担当のスタッフは昨年ますいいに参加した中村君であるが、1年目だというのにしっかりとした仕事をしているようである。30分ほどの見学の後、横浜にある三渓園に向かう。ここはかねてより行ってみたいと思っていたのだが、なかなか機会に恵まれなかった場所である。茶人でもある原三渓が造った庭園と建築郡を見ることが出来る大変貴重な場所といえるであろう。

今日のお目当ては、この地に移築された二つの建物である。ひとつは、紀州藩主の別邸として1649年に紀ノ川の岸に建てられた後に、大阪近郊に移築されていたものを、1917年にこの地に移築された臨春閣だ。

写真に見えるように、右側から雁行型に3つの建物が配置されており、それぞれが異なる趣を持つ。雁行というのは、雁が空を飛んでいるときの配列にたとえた呼び方であるが、この手法は日本建築が生んだ深奥性の表現手法である。この手法は「角懸け」「筋違い」といった、織部、遠州以来意識された構成手法とも合致している。元来これは茶道具の置き合わせに際して、互いに一定の角度を持って重ね合わせることを意識したが、線をずらし、斜めに構えていくパターンを呼ぶようになった。雁行はあたかも同形式の建物が、ずれながら一定の方向へ後退していくわけだが、正面性を持ち中心軸をもった一まとまりの建物が、配置によって軸をずらしていき、中心性を持った対象性が消えていくというところに特徴がある。

屋根形状を見ると、それぞれが異なる形式となっていることに気がつく。新しく入ったスタッフの和順君が現地でそのことに言及していたが、なかなか良い目をしているようだ。具体的に言うと第1屋は一重入母屋造り、第2屋は1重矩折入母屋造り、第3屋は2重矩折寄棟造りとなっている。実はこの建物、移築の際に屋の配置を入れ替えている。今こうして見てもまったく違和感を感じないこの風景を見ていると、その見立てをした原三渓の能力の高さに目を見張る。

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続いて、1623年、将軍家上洛に当たって佐久間将監が命ぜられて二条城内に造立したと伝えられる茶室「聴秋閣」だ。他の茶室と同じように、この建物は実に長い歴史を持つ。後に春日局に賜り江戸青山の稲葉正則下屋敷に移され、三笠閣と称されていたが、明治14年に牛込の二条公邸に移し、大正11年にこの地に再建された。それにしても現存する日本の古建築というのはこのように場所を転々としながら保存されているということが面白い。これは西洋の神殿建築などではありえないことである。木造ならではの軽快さというところであろう。

建物は眺望の為の楼をのせた開放的な二階建ての楼閣で、高低ある3層の檜皮葺の屋根を持つ。三笠閣という名はここからとられているようだ。この建物のプランは実に自由に作られている。プランの中央部には杢板を斜めに敷き詰めた板の間が入り込み、室内を左右に二分している。今の住宅で言う玄関土間のような意匠となっているが、このような茶室はあまり見たことがない。下の写真はその主室の内部の様子である。

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最後に横浜中華街にて会食。3時間呑み放題の若者向けコースである。二人の新人スタッフ歓迎と山田君のお祝いをかねてとても有意義な時間を過ごすことができた。それにしてもこの人数はちょうど大学の研究室を思い出す。建築を作る組織としてはちょうど良いものではないかと改めて思った。

2014/04/28

午前中、埼玉県川口市にて計画中のリフォームの現場へ。約40年間暮らしてきた住宅のリフォームということなのだが、実は高齢の女性が一人で暮らすという計画である。7年間ほど空き家になっていたのであるが、離婚して独身になった娘さんとの同居がうまくいかずに別れて暮らすことになったという。まあ人生は色々とあるものだ。親子といっても常にうまくいくとも限らないし、親子だからこそうまくいかないときもある。現在の暮らしが少しでも精神的に豊かなものになるように昔暮らした住宅の再生をお手伝いするとともに、もしもまた同居し始めるがゆえに空き家になった時には賃貸にするなどの計画がスムーズに出来るように進めていきたいと考えている。

14時、西川口駅前の小さなテナントのご相談。1階に店舗、2階に集合住宅が入るというとても小さな計画なのだが、僕にとっては西川口という場所に大きな意味がある。実はこの西川口、こういうところで書くのはあまり適してはいないのだけれど「風俗」で日本中に名を知られていた場所だ。川崎市や横浜市などでも同じことなのだが、職人さんを多く抱える工業地域として典型的な発展を遂げていた。どういうことかというと、まず荒くれ者の職人さんたちが工場勤務でお金を稼ぐ。大体は地方から独身で出てきた人たちだから、呑む打つ買うの場所が必要となるという構図だ。結果、川口市の中心部にはオートレース場が造られ、そしてそこから徒歩10分ほどの西川口駅の周辺には歓楽街と風俗街が発展したのである。

そして時は平成のはじめごろ、つまり今から24年前、僕がまだ高校生になったばかりの頃にバブルは崩壊した。ちょうど僕が色々なことがわかるようになった頃、町の様子も変わり始めた。これまでは鋳物屋さんとかそれにまつわる機械工場などが林立していた町には、急激に大形マンションが作られ始めて、東京で働くサラリーマンの家庭がたくさん移り住んできた。まるで今の浅草のような、ちょっと猥雑な町の様相がいわゆる「こぎれいな町」に変わり始めたのである。

実はこの変化は今でも目に見える変化として続いている。僕の会社の近所の工場もつい最近埼玉県の北部に移転してしまった。そしてたぶん来年くらいにはそこにもマンションが建つのだと思う。いつも光化学スモック注意報が出ていた町の空気がきれいになってくれたり、鋳物の粉でまっ黄色に汚れていた道路がきれいになるのは良いのだけれど、町には微妙にその急激な変化に対応しきれない部分、つまりどうにもならないひずみのようなものが現れてきてしまうことになった。

その代表格が西川口である。西川口はさっきも行ったように必要悪のような存在で発展してきた町だった。だけど、町の構造の変化にともなって、そして警察のちょっとの方針の変化にともなって、ある日西川口から「風俗」という産業が姿を消した。(正確には赤線と呼ばれる、なぜだか風営法以前から営業していたからという理由で守られている、一部の区域を除いての話である。)そして町には静寂が訪れた。多くのテナントビルはシャッターが下ろされ、誰も借り手がいなくなってしまった。イメージを急激に取り払うことも出来るはずがなく、しかもさっきも言ったように一部の地域はそのまま残っているという中途半端な状況だけに、スターバックスカフェが出店してくれるはずもないわけで、要するにゴーストタウンの様相を呈してしまったわけである。時代の変化にともなって、急に必要なくなった町、でも実は人情とあたたかさがあふれる町、映画に出てくるお払い箱寸前の、でも昔はすごく活躍したであろう老刑事のような町である。そして何よりも僕が小学生5,6年生の時に西日暮里にあった塾に通うときも、中学生から大学生まで早稲田の学校に通うときも利用させてもらった町でもある。

今回の計画地はザ・西川口の中心街と線路を挟んで反対側、つまりは直接的には関係ないのだけれど、でも間接的にはかなりの影響を受けているエリアだ。この場所に建築を作ることにもしなったら、僕は一体何を考えるべきなのだろう。この町を何とかしたい、の活動にはこれまでも何度も参加してきた。建築に力があるとしたら、今回は建築の力を借りて町の再生にアプローチできる機会でもある。少々時間をかけて建築と町のかかわりに関する周辺の事項を考えていかなければならない。

2014/04/27

今日は先週の日曜日に引き続き、知人の結婚式に参加。2週連続で挙式に参列するなどの偶然は、20代後半以来であろうか。僕も今年で40歳となる。友人達のほとんどはすでに結婚したか、それとももう一生結婚という行為はすることはないのであろうと思われる人かに分かれている。周りを見渡すと、早く結婚する人は20代半ばくらいから、遅く結婚する人は40歳ごろに落ち着く人が多いようだ。結婚する気が毛頭ないといっていた人が40歳を過ぎて同じような考え方の女性と結ばれる様子を何度か見てきたが、きっと40歳という年齢にそういうことを考えさせる響きがあるのであろう。

僕は25歳の時、友人達の中ではちょっと早めに結婚したから、すでに一番上の子供は中学2年生、真ん中の子供が小学6年生、一番下の子供でも小学2年生になっている。子供との距離感も少しずつ広がってきて、だんだんと自由な時間が昔のように取れるようになってきた。反面、まだ子離れできない親心というのであろうか、レジャーに誘っても息子がついてきてくれない時などは少々さびしくも思うのである。

2014/04/26

朝9時ごろ、設計主任の橋本君と一緒に埼玉県川口市にて進行中のSさんのスタジオの現場に到着。今日はご家族そろっての地鎮祭である。この現場では、古い古民家にくっつくように建っていた店舗部分を解体して、その店舗があったところに趣味のバレエなどを行う為のスタジオを建てると言うものである。もともとの建物は約半分の面積が解体されることになるので、解体工事の結果、写真のように住宅の断面があらわになった。こういう風景はあまり見ることがない光景であるので、ちょっと面白い。

敷地は傾斜地である。ゆえにこの現場では建物が建つレベルの設定に苦労した。どこと高さにあわせたら最も効率よく建てることができるかということと、如何に使いやすくなるかという点での検討の結果で決めたわけである。

この現場のクライアントのSさんはすでに仕事を退職されていて、これからの人生の楽しみのための小屋を建てる。退職されているといってもまだまだ現役である。日本社会の退職年齢は若すぎるというのはすでにみんなが感じていることではあるが、本当に若すぎる。少子高齢化の社会現象、年金の問題、健康状態の維持に関する技術も向上し、平均年齢も伸びているという現状の中で、きっとあと10年は延ばすべきなのだろう。しかし、現時点ではそういう気配は無い。ある年齢に達したとなんに突然高齢者というくくりに入れられてしまうなどの理不尽さがまかり通っているのである。最近僕はそういう人たちのための、つまり元気なリタイア世代の為の仕事を数多くしている。この人たちのパワーはすごい。常に新しい事を考えている。そして、これまでの仕事の中で培った経験を持っている。建築の打ち合わせをしていても学ぶことがある。なんといっても楽しいひとときなのである。

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2014/04/23

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

夕方より、埼玉県蕨市にて新築住宅を検討しているKさんご夫妻打ち合わせ。以前、別の土地の購入を予定していたときにご相談をしていたことがあるのであるが、今回は別の土地の購入が決定したということでいよいよ基本設計をスタートすることになった。現場は会社から車で10分ほどの距離にある住宅街である。偶然にも先日結婚した鈴木君の住まいから目と鼻の先。もちろん担当は鈴木君にした。

建築は場所との関連が非常に高い産物である。その場所を自らの居住地として毎日の生活の中で捉えている者が設計した方がなんとなく良い家が造れるような気がする。もちろんそんな偶然はめったに無いことなのであるが、せっかくこんなに近くに住む担当者がいるのだからわざわざ違う者を担当にする必要もなかろう。

2014/04/21

午前中、埼玉県川口市にてリフォームの計画をされているSさんの家の調査立会い。今日からスタッフになった明治大学大学院出身の和順君を連れての現場調査だが、初めての仕事として古屋の図面起こしをやってもらうことにした。社会に出たばかりの新人さんには何の仕事を任せてみても大体うまくはいかないものだけれど、でも建築をやりたいという人の場合には独立心の強いタイプの人間が多くて、ゆえに経験のない仕事でも気持ちで進めていくようなことが出来る人も多いものである。果たして和順君はどういうタイプであろうか、の期待を抱きながらの作業であった。

リフォームの仕事というのは新築よりも神経を使うものである。特に今回のように極端に古い場合には、現場を進めてみなければわからないことがたくさんある。今回は鉄骨構造であるので話は違うのだけれど、木造の場合には構造の柱や土台が腐ってなくなってしまっているようなケースもあるし、何度かリフォームをされているうちにありえないような形で増築などが施されているケースもある。

僕が2007年ごろやったリフォームの事例では、そもそも大きく造りすぎてしまっている為にそのままの大きさで新築することは出来ないような住宅のスケルトンリフォームというものを扱ったことがある。この現場では解体を進めていくうちにどう考えてもこのまま利用するには耐えられそうもない構造体を交換していったらほぼすべての柱梁を新しくするはめになってしまった。

さすがにすべて一度に壊すのもリフォームらしくないということで、半分ずつ壊して交換するという屁理屈にもなっていないような姑息な手段を採ってみたのだが、案の定すべての部材が新しくなったところで役所からの工事是正命令を受けてしまった。案の定、と書いたのはそんな気がしていたからである。もしかしたらそのままやり過ごしてくれるかなの淡い期待はあっけなく裏切られてしまった。クライアントと近所のファミリーレストランで打ち合わせをしていたときに、現場にいた職人さんから「役所が来て張り紙をしていったよ」の知らせを受けたときの心がサーと冷えていくような瞬間は今でもはっきりと僕の記憶に残っている。

それからの役所との交渉の日々はいうまでもない。結局最終的には、接道していなくてどうにもすることのない死地となっていた隣地をとても安い値段で購入出来るような交渉まで僕が進めた結果、それが何とかうまく実現することになって思いがけないほどにラッキーなストーリーになって新築同様な建物になったわけである。が、これはあくまでたまたまの、根性で何とかした結果の幸せな物語であって、やっぱりその時のタイムリーな自分を思い出してみると、冷や汗がスーと流れてくるような思いが蘇るのである。

こういう仕事の判断基準は難しい。でも腐っていてそのまま使うことが間違っていると判断されるような構造体を、新しい仕上げ材で隠してしまうようなことはしたくない。それはその場で何の問題も起こさないけれど、でも間違ったことをしているような気がする。検査をしたらがんが見つかったのに、手術をするのが面倒くさいからといってなかったことにしてしまう医者はいないだろうことと同じことである。でも、手術をする体力がない患者に対して手術以外の延命治療を施すことがあるように、住宅にも杓子定規な耐震改修だけが望まれるのではないことも確かである。やっぱり経験的な判断が必要になる。だからこそリフォームは難しいのである。

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半分だけ新しくなった構造とリフォーム後のLDK

2014/04/20

今日はますいいの設計主任を務めている鈴木君の結婚式・披露宴に参加した。退社した社員が結婚するというシチュエーションはこれまで何度も経験したことがあるのだけれど、社員が在籍中に結婚をするというのは初めての経験である。鈴木君はますいいに来てもう7年目、年齢が29歳になるから不思議ではないのだけれど、でもなんとなく自分の息子が結婚するような不思議な感覚になってしまう。埼玉県の蕨市に新居を構えての新たな生活が始まるということである。幸せな家庭を作っていってほしいと願っている。

2014/04/19

朝10時、リフォームのご相談で川口市戸塚の住宅にて打ち合わせ。クライアントは60代半ばの女性である。現在はお嬢さんと二人で暮らしているということなのだが、訳あってまた一人で暮らすことにしたそうだ。住宅は7年間ほど空き家にされていたので、傷みが激しく一部腐ってしまっているようなところもある。東芝プレゾンという軽量鉄骨系のハウスメーカーの住宅なのだが、柱の径がなんと60ミリしかないという、今では考えられないような軽快なつくりだ。何とか住むことができるよう手直しを進めていきたいと思う。

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2014/04/17

午前中、小学館の浜本様、ライターの三浦様、そして同じくライターの渡邊様が来社。テーマはビッグコミックスペリオール「匠三代」の新作について。12時過ぎまで。

さんかくの家のクライアントのTさんより10年目のメンテナンスのご相談を依頼された。この住宅は直角三角形の狭小地を購入されたTさんから依頼されたものなのだが、その土地の形状にしたがって三角形の木造住宅を造っている。土地の購入前に「この土地に理想的な家が建つのだろうか?」と相談されたときには少々迷ったのを覚えているが、それでも敷地の裏側に広がる緑道や周辺の環境に可能性を感じて、土地の購入を勧めた。私道のどん詰まりにある土地に少々の隙間を与えたことで、裏側の緑道とつながる開放感が生まれたときの驚きを今でも明確に覚えている。

三角形という特殊な形に対応する為にコンクリートでお風呂を造形した。同じように2階に配置したキッチンにもモルタルを使用したのだが、両者ともに表面の保護の為にはガラス塗料を塗装している。ちなみにこの手法は今でもますいいの定番の手法として多くの現場で利用されている。

階段の手摺りにはいるかがジャンプするときの局率を写し取った鉄の丸鋼を利用している。住宅の中心部の吹き抜けにかかる階段と、そのまま鉄片まで聳え立つ薪ストーブの煙突の印象は今でも鮮明に焼きついている。10年目の訪問が楽しみである。

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2014/04/16

午前中は東京都豊島区にある鬼子母神のお寺にて打ち合わせ。今日の打ち合わせのテーマは藤棚の作り替え工事である。数十年の年月を経て育ち続けてきた藤の木を支えている鉄製の藤棚はすでにぼろぼろになってしまっている。それに比べて生きている木はぴんぴんしているのだから面白い。

一度伐採してしまった木は、外部に放置したら数年で朽ち果ててしまうけれど、地面に根っこを張って生きているうちは数十年経っても生き続けるだけでなく、屋久杉のように樹齢が1000年をこえるようなお化けも存在する。生きているということは成長しているということだ。成長しているからこそ、そのような長い年月を適正な状態で乗り越えることが出来るのであろう。つまりそれは適正であり続ける為の変化を繰り返しているということだ。どんなに強固なものでも、様々な外部条件にさらされながら、一定の状態に安定しているのではおそらく無理なのだと思う。鉄という状態は一見安定しているように見えるけれど、酸化という化学反応は免れない。

まあそれでも次はもう少し長持ちするようにステンレスで作ってみることにした。もちろん周辺の環境に合うように塗装はするつもりである。植木屋さんが持ち上げてくれている間の共同作業、花が落ちた頃工事をする予定だ。

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夜、東京都中野区にて新築住宅の建設を検討されているKさん来社。何でもご実家の隣の土地が売りに出ているということで購入を検討されているということである。隣の土地が売りに出たら無理をしてでも購入しろと昔から言われてきたものだが、ご実家の隣地となるとやっぱり貴重な巡り会わせだと思う。現在売主さんとの価格交渉中とのこと、うまくいくことを祈っている。

2014/04/14

午前中、千葉県野田市にて設計中のUさんの家の打ち合わせ。当初の予算よりもだいぶ金額がオーバーしてしまっているということで、金額調整の段階である。オーバーといってもなんとなく住宅の設備やらの性能が向上していることによる増額な様な気がするのであるが、一つ一つ丁寧に説明して採用・不採用の区別をしていくほかない。

自分の家は自分で作るの標榜を掲げているますいいリビングカンパニーでは、一つ一つのものの値段をクライアントと確認しながら、その住宅に採用するものとそうでないものを選別していく作業を行う。ハウスメーカーの住宅では、坪いくらというパッケージ化された販売方法を採用している為に、このような作業を行うことは出来ないのであるが、もしもその手間暇をかけることが許されるのであればやっぱり自分の納得の行く部分に必要なお金をかけるほうが良いに決まっている。

だいたい夕食の買い物に行くときには、野菜の十円単位の価格変動に敏感に反応するのが主婦の習性であるのだし、当の僕だって自分で買い物に行けばやっぱり少しでも安い野菜を買ってみたり、オーストラリア産の安い牛肉を発見すれば、ちょっと奮発してステーキ用の肉を買ってみたりの小さな決意を繰り返している。夕食パック4人分で3000円なんていう買い物の仕方ができたとしても、よほど時間がない人でなければ、それを好んで買う人はあんまりいないと思う。

にもかかわらず家という一生に一回の大きな買い物の場面となると、とたんに坪いくらのブラックボックスの中に取り込まれてしまい、細かいことを考える事自体をやめてしまう。それにそれを供給する側にも、細かいことに対応してあげる気がまったくないという状態が普通になってしまうのだ。でも考えてみて欲しい。ハウスメーカーの住宅展示場、有名芸能人を使った莫大な広告宣伝費、必要もないのに訪問営業を続けてくれる一流大学での営業マン、こういった家という実態にかかわりのないものにいくらのコストがかかっているのであろうか。もしこの費用の内訳を見ることが出来てしまったら、(そんなこと絶対に出来ないのだろうけれど)それでもまだこういう家を買おうと思えるのであろうか。

僕に、親戚や友人を除いて始めて仕事を頼んでくれたのは、大手ハウスメーカーの下請け施工をしている水道工事業者さんであった。初めて他人に家の建設を依頼されたその理由は、水道工事を自分達でやらせてくれる会社がますいいしかなかったということであった。水道工事業を営むクライアントが、自分の家の水道工事を行うことが許されないこと自体おかしいと思うのであるが、でもそれがこの業界の実態なのである。

自分の家なのに自由に造ることができない実態は、ことにこの産業が日本の景気を向上させる為の道具として利用されてきたという背景に原因があるのであろう。例えば住宅火災による死亡者が出たとすると住宅用の火災報知機が義務付けられる。例えばシックハウス症候群の症例が一般的になれば、住宅に24時間換気扇が義務付けられる。アネハ事件が起これば、すべての新築住宅に瑕疵担保保険が義務付けられた。さらには地盤調査やそれにまつわる改良工事なども同様である。もちろん安全な住環境の向上に寄与している立派な政策であることは認めるけれど、でも肺がんのリスクが高まるに決まっていることが明確なタバコ禁止条例は出ないのである。

もう一度言う。タバコを吸うのは個人の自由なのに、住宅についてはどんどん自由が奪われていく。省エネルギーを目指して高気密工断熱住宅が推奨され、そういう住宅に税制優遇が図られて、その結果発生するシックハウス症候群に24時間稼動する換気扇で備える。なんともおかしな話であろう。でもそれが実情である。だからこそもっと自由に家を作りたい、そう思うのである。

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夜、ル・コルビジェについての研修会を開催。若手スタッフの参加者がそれぞれにひとつの建築作品を選択しプレゼンするというもの。僕はワイン3本にチーズとパン、それにあいそうな生ハムなどのおつまみを用意してみんなを迎えた。

写真は柳沢君のプレゼンテーション。かの有名なサヴォア邸である。誰もが一度は目にしたことがあるであろう代表作だ。今回のプレゼンの中で最も僕が気に入ったものなので掲載した。

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2014/04/13

日曜日。今日は部活で身動きが取れない長男を除く家族で箱根観光に出かけた。場所は強羅公園である。上強羅にあるこの公園では、クラフトの体験や茶室の拝観ができるようになっている。物づくりが好きな人にはとても魅力的な場所である。

まずは吹きガラスの体験をしてみることにしたのだけれど、こちらは娘二人の体験を見学させてもらうことにした。僕自身も吹きガラスというのは見たこともなかったのだが、まずは真ん中に穴の開いた金属の棒にガラスをつけるところからスタートする。白いガラスコップを作るということで、はじめのガラスの塊に白い粉を付けていく。これもきっとガラスなんだろうけれど、詳しいことはこの短時間ではよくわからない。3回ほど白いガラスをつけては溶かすという作業を繰り返した後、息を吹き込む。はじめは大変そうだけど、2回目からは面白いように膨らんでいく。ある程度の大きさになったら模様の色をつけていく。ハートのマークもこの時点でつける。形と大きさを整えて、棒を反対側に付け替えたら、今度は飲み口を広げる作業だ。最後に取っ手をつけたら出来上がり、プロの指導の下ではなんとも簡単な作業のようだが一人でやったら大変なんだろうな。

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続いて公開されている茶室白雲洞に。この茶苑は大正時代の初めに益田鈍翁によって建設され、大正11年に原三渓、昭和15年に松永耳庵に継承されたもので、現在ではこの強羅公園の中で公開されている。まず最初の写真は白雲洞である。この茶室は「田舎家の席」と呼ばれるもので、農村の古材などを用いて野趣あふれる意匠を作り上げている。いわゆる草庵茶室とな異なり、太い丸太、大きな囲炉裏などがあるのが特徴だが、僕ももし自分で茶室を持つのであればこのようなものが良い。つまりは茶室の持つ形式の束縛からの自由がなんとなく心地よさを感じさせるのである。

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この茶室には巨岩の根元を掘り込んで作った岩風呂「白鹿湯」がある。その外観、内観の写真をとって見たのでここに並べてみたい。
自然と人間の調和というのはどのようなことだろうかの疑問に対して、現代の都市の中で答えを求めることはなかなかに難しい。岩に取り付く住宅、それだけでその土地の持つ何かと結びついているような気がするし、もしそれがこんな風にお風呂になっていたらそのたびに大地に抱きかかえられているような気持ちになるではないかと思う。日本人が温泉が好きなのは、しかも露天風呂が好きなのは、こういう感覚がどこかに染み付いているからなのかもしれなくって、その感覚と普段の生活とのギャップがあまりにも大きいからなのかもしれないのである。

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最後の写真は随所に気がついた面白い造詣たちだ。渡り廊下はヒノキの床に竹の目地が付けられている。竹のぼこぼことした感じが歩いていて面白い。右上の写真は茶室の木戸を固定るるための腕木である。普通の住宅であればここに戸袋が付くのであろうが、腕木でおさえるだけという簡素なつくりだ。左下は竹と木で作られた雨どいである。そして右下は紐を縛っただけの縦どいである。どれもこれも現代の住宅で行うことは難しいわけであるが、この自由なつくりがなんとも面白さを感じさせてくれる。

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2014/04/12

午前中、地元の鋳物業者さんのM社長来社。鋳物という素材を利用して、建築で使用する金物を造ってみようということでデザインを進めてきたのだが、今日はこれまで溜めてきたデザイン案についての意見交換を行った。鋳物の最大の特徴は、金属を一度溶かして型に流し込むということである。この工程を経るために複雑な形を作ることが出来る。しかも型を作るということは、同じものを数多く造ることにむいている。このことをふまえて、「ますいいで造る建築をより豊かにするアイテムを100個作る」というコンセプトで打ち合わせを進めることにしたわけである。

机の上には、鋳物のサンプルが多数置かれた。プラスチックのつまみと比較すると、同じ黒い色をしているものでもその質感がまったく異なることがわかる。見た目だけでなく、触ったときの指先に張り付くような感覚、さっと熱を奪われるような感覚もまったく違う。スイッチやコンセントのプレート、ポスト、つまみ、独立柱の受け金物、化粧筋交い金物などなど、様々な提案の中から今回は二つのアイデアに絞ることにした。まずはM社長にコストと制作方法の検討をしていただく予定である。今後の展開が楽しみだ。

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2014/04/10

朝礼終了後、最新の東京ガス関連商品に関するレクチャーを受けるために、スタッフ6名と一緒に新宿パークタワー内東京ガスショールームへ。10時過ぎに会場に到着。すでに約束の時間を過ぎてしまっている為に、会場にはスタッフの方々がスタンバイしてくれている。

さっそく中に入り、まずはガスコンロとIHコンロの比較調理実習を受けることに。若干ガスびいきなプレゼンテーションとなっていたことが気になったものの、受講前の僕の予想通りガスのほうが調理がしやすいという結果を目にして納得の感あり。やっぱり電気で調理するというのはなんとなく無理があるのである。僕だけではなく、きっと多くの人に「火を使って料理をする楽しみ」が身についてしまっていると思う。その感覚は至極当然の感覚であり、太古の昔から人間が行ってきた営みである。そうそう変えられるものではないのだ。

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続いて、エネルギー関連商品の説明、つまりはエネファームとエコジョーズ、そしてエコウィルといった商品郡を見学。この中では、家庭用燃料電池のエネファームに大きな可能性を感じているが、まだまだ普及には問題も多い。発売当初と比較すると半額程度にはなったものの、まだまだ高額商品であることには変わりはない。そしてこの手の商品は、そうでない商品を使用した場合と比較して10年程度で初期投資の元が取れるという現実的なストーリーがなければ普及しないということも自明である。要するにもう一歩なのである。今後の5年くらいの動きに注目したいと思うが、きっとそういった条件をクリアしてくれることであろう。

14時ごろ、帰事務所。

2014/04/07

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

4月に入り一週間、だいぶこの住宅業界の喧騒も落ち着いてきた。3月までに竣工すれば消費税が5%という中での駆け込み需要だったわけであるが、その工事を実際に行っている職人さんたちは大変である。これまで長い間不景気の期間を経験してきて、賃金は下がり、人手は少なくなり、だいぶパワーがなくなったところで急にたくさん作ってよといわれても、そうそう出来るものではないのである。

そもそも、日本の職人さんの世界は急激な高齢化というこれまた社会問題的なことも抱えている。これはひとえに職人さんに対する社会的評価が低いということが原因のひとつなんだと思う。日本では職人という技術者に対する賃金の安定も特に図られてはいないし、またステータス的な側面もほとんど感じることはない。ごくごく一部の左官職人などには、そういったことを確立している人がいるけれど、それはかなり少数派である。小学生のアンケートで大工さんはいつも人気上位である。なのに、いつの間にかそこに就職する人は少なくなる、少なくとも勉強をして大学なんぞに進学してしまった時点で職人になろうという人はまずいない、そもそも早稲田大学理工学部の建築学科を卒業して工務店経営をしている人も僕以外にいないのだから、職人なんかになるわけはないのだ。

さらに言えば、せっかく職人さんになったとしても、やめてしまう人が多い。手のかかる仕事をして評価されるよりも、手のかからない大量生産品をたくさん作ることでしか活躍できない時代である。僕の知っている大手ハウスメーカーの大工さんに支払われる坪当たりの手間代は38000円である。30坪の住宅なら一月半で仕上げなければ生活が成り立たない。せちがなさしかない世界である。

それに比べてますいいでは倍近くの手間代を支払っている。もちろん多くの金額を支払う以上仕事量も多い。既製品の木枠を使わずに無垢材に鉋をかけて使用したり、階段を手加工で組み上げたりの仕事もする。手間をかけることで、無垢の木のよさを活かしながら、デザイン性の良いオリジナルな住宅を造ることに貢献している。

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物づくりの世界は確実に職人さんによって支えられている。若い職人が技術を発揮できる環境、それを正当に評価する環境があってこそ、職人さんたちはその技術をいかんなく発揮することが出来る。だからこそ優れた職人がノビノビと物づくりに励むことが出来る環境を作り上げたいと考えている。こういう環境をつくることもまた設計者である僕達の使命であると思うのである。

15時、新宿パークタワーにて東京ガスの方々と川口市の鋳物業者のMさん、そしてガス工事業者のTさんと一緒に会合。なんとも意外な取り合わせである。僕にもなぜこの会合が開催されたのだかよく理解が出来ないのであるが、縁と言う物はそういうものであろう。かつて東京オリンピックの聖火台を作ったのが川口市内の鋳物業者であった。かつての長野オリンピックの聖火台を受注したのが東京ガスであった。そして2020年には再び東京でオリンピックが開催される。だから何といわれればそれまでなのだが、なんとなくそんなことも縁のひとつで開催された会合である。実のあるものに育てていきたいと思う。

2014/04/04

午前中は事務所にて雑務。10時より就職希望のW君面接。明治大学の大学院出身の25歳で、とても興味深いポートフォリオを見せていただいた。

続いて、埼玉県さいたま市にて設計中のTさんの家の打ち合わせ。外観のデザインの延長線上で、雨樋やベントキャップなどの付属物まで含めたデザイン案の最終形を確認。明日の打ち合わせを経て確認申請の手続きに進む予定なので、落ちのないように整理しなければいけない。

終了後、埼玉県岩槻にて進行中のKさんの接骨院兼住宅について鈴木君と打ち合わせ。サインやらの建築付属物たちを誰がどのように造るかについての考察を行った。例えば看板、つまりサイン、これを普通に作ろうと思えば看板屋さんに依頼することになるわけであるが、そうすると大抵はつまらないものが出来上がることになる。しかも結構高くつく。大体において、無作為に付けられた看板は日本の街並みを雑多なものにしている立役者でもあるわけだから、何とかしなければいけない。そして実は家作りの中には、つけなければならないこういった付属的なものたちというのが結構あるのである。

さてさて、それをどのように造るかの検討となるとまたまた難しい。元来物の値段というのは、材料費と制作費、そしてその会社の経費を加算するとはじき出される。この仕組み自体はどんなところでも変わらないのであろうが、その割合はそのものを売っている組織の体制によって大きく変わる。

大量生産品を扱う組織では、大量生産により可能となったコストダウンをそのまま価格に反映するかといえばそうではない。それでは利益が出なくなってしまうから、大量資産によるコストダウン、つまりは本当はもっと安いものであることを何とか隠して、商品の価格イメージを変換することを試みる。この際に大活躍するのがまさに広告であり、僕達はその広告によって、大量生産の安物をあたかも価値のあるもののような感覚に思わされてしまうという構図がある。

すごくわかりやすく言えば、無印良品などはそれに当たると思う。僕達は普段、比較的良いものとして、どちらかというと割安感を感じながらそれを購入しているのだけれど、しかしながら、こういうものたちを売る為に要する広告、売り場、人件費、僕達が支払うお金はこういうものすべてに対して支払っているのであるから、実際に使う物自体に対しては、ごくごく一部しか金銭的に充当されていない。

それに対して職人、作家、と呼ばれるような、つまりは直接的に物を作る人々と直接的にお付き合いをする場合においては、先の割合、つまり材料費・制作費。経費の割合が極端に物に偏ることになる。そのコストの多くは材料に、そしてそれを直接作るにあたっての制作費に支払われることになり、それ以外の経費なるものはほぼなくなってくる。つまりはより本質的な、「もの」に対して対価を支払うことなり、同じコストでも価値の高いものを購入できることが出来るわけである。とは言うものの、これらの実現には、ものを作る人々とのネットワークが不可欠であり、これをますいいで行うギャラリーに期待しているところでもあるのである。まずは対象となるもののピックアップ、それぞれに対するネットワークの構築、それからコストとデザインの打ち合わせと進めていかなければいけない。

2014/04/03

朝8時すぎに事務所を出発して、埼玉県さいたま市岩槻でこれから始まる接骨院兼住宅の現場の地鎮祭に参加した。少々雨が降っているけれど、現場には雨に備えて昨日のうちに建てたテントがあるので大して気にはならない。地面にもベニヤ板が敷いてある。ぐちゃぐちゃにならないようにする小さな工夫である。

地鎮祭にはまだ若い神主さんが来てくれた。少々お話をしたら、歳は25歳、生まれ故郷の長崎の神社を継ぐ為に10年間の修業に来ているということであった。初々しさを感じる神主さんというのもなかなかのもの、逆に気持ちが伝わる感もあった。

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地鎮祭の終了後、契約作業等を経て15時ごろ帰事務所。

2014/04/01

朝一番、損害保険を担当してもらっている大川君来社。7月から改定される地震保険制度などについての説明を受ける。地域の地震発生リスクに応じて保険料が改定されるというもので、埼玉県は最高額に近い3割り増しとなる。その代わりといってはなんだが、耐震等級に応じた割引き率も上げられるらしい。なんともなんとも・・・。

13時茶道稽古。今日は四ヶ伝の中の盆点て。今回で5週連続の稽古。こういうことをやり続けてていて一体何になるのかの疑問を感じることもあるのだが、正座をして足が痺れて、でもお点前を一つ一つ進めていくうちに感じることがある。うまく言葉に言い表すことは出来ないのだけれど、何か貴重な体験、普段の生活では考えられないことを考えているような気がする。特に5週間も連続でやっていると、その感覚が顕著に現れる。なんとなく心地よい、今の僕にいえることはこの程度である。

15時、帰事務所。

続いて、私の妹の住宅の建設予定地へ。まだ計画は始まったばかりなのだが、購入した土地の地中埋設物の調査をしていたら、なんと鋳物のくずが大量に埋設されているというのである。悲しいことにここ川口市ではこのような土地がたくさんある。昔田んぼだらけの場所だったところに、江戸時代から多くの工場が立ち並び栄えてきた町である。そこが工場街から住宅街へと変遷する中で、発生したゴミが埋められる。まさに工業社会の貝塚といったところなのだが、こればかりは何とかしてもらわなければいけないわけで、次は土地の売主さんとの交渉となるわけである。少々面倒くさいことになりそうではあるが、土地の2次利用、3次利用が当たり前な世代であるので仕方がないのである。

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