ますいいの運営するノンプロフィットレンタルアートギャラリーとギャラリー。各アート作品の展示・販売をするショップとなっております。

公式サイト>

ますいいでは、古くなった物件を壊すことなく次の世代に引き継ぐお手伝いをしております。

詳細情報>

CREATED BY TOMBOWING

ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

ますいいリビングカンパニー|埼玉県川口市

ますいいについて/about us
作品集/galleryコンセプト/concept現場進行中/project仕事の進め方/workflow
増井真也日記
田村和也雑想設計室雑感
お問い合わせ/contact

top > 増井真也日記 > 2014年3月アーカイブ

増井真也日記

2014年3月アーカイブ

2014/03/31

午前中は事務所にて雑務。続いて各プロジェクト打ち合わせ。

続いて石山修武「アニミズム周辺紀行8」~破壊の中のアニミズム、サティアンから福島第一原子力発電所~読了。

石山氏は
「遠い記憶のそこにあるような気分を持ちながら、しかし未見であるようなモノへの憧憬でもある。そんなタイプの強い好奇心の連続、しかも、モノの姿かたち、それが生み出される気分のようなものへの見果てぬ執心から離れられない。・・・そんなわたくしの些細な天空の表情にも似た好奇心の動き、そしてそれは人々に共通するであろう気持ちの動きの源へ降りてみたいと考えた。つまり好奇心を発動させるモノたちを、旅してみたい。それではあんまりとりとめがなさ過ぎる。それでそんな気持ちをアニミズムと名付けて、考える小さな手立ての一助にしたのである。」と、アニミズムについて記している。

さらに、
「ある物質の状態、あるいは色光の状態が未見なモノである時、それに接する人間の感覚、知覚は実に初々しくうごめく。まさにアニマの状態の只中にある。ところが時間の経過がその関係を磨耗させる。たかがそこにあるモノと人間の関係がそれほどに驚きに満ちてワクワクしてしまい続けていたら、人間の完成はそれこそ疲弊してしまうだろう。人間には慣れという磨耗した完成の状態もまた、必要なのである。少しでも長く生きようとするならば、あまりの凹凸の連続の中を生きるよりも、磨り減った兵站の中を行くのがエネルギーを消耗させることもより少ないのだろう。
でも不連続でも良いが、ものとの所見のような驚きのような状態をポツリ、ポツリと間延びさせても、連鎖させることが出来るなら、私たちの生活はもう少し、ほんの少しは小さな驚きに満ちた生活の時間を得られるのではなかろうか?そう考えてそれではまず始まりに、ものに対する驚き、それを好奇心と呼んで良いのであろうが、そんな気持ちについてポツリ、ポツリと思いをめぐらせて見よう、とはじめたのがアニミズム周辺紀行と名づけたものめぐりのたびの記録であった。」と続く。

これはまさに物づくりにかかわる私たちに共通する思いである。しかも大量生産大量消費の資本主義の流れに乗っているものでは到底なしえることは出来ない強い思いである。ゆえに成し遂げることも困難な思いでもある。早速手にした先生の本を読んで、再びの強い思いを感じる。

午後、ちょっとの時間を利用して畑の様子を見に行く。線種植えたほうれん草が芽を出している以外に変わりはないが、そんな小さな変化も少し嬉しい。見よう見まねでやっているカンレイシャの保護やらマルチングシートの保護も変わりはないようだ。風に飛ばされないように造るくらいのことは、建築家には簡単なこと。農業をやるには少しは有利な職能なのかもしれない。

夕方、近所の賃貸住宅の内装改修のプラン打ち合わせ。コストをかけずに魅力的に仕上げて欲しいとの、賃貸経営者にとって当たり前の思いを当たり前に実現することは意外と難しい。都内の一等地であれば高い賃料に支えられて出来るさまざまな内装工事であろうが、ここ川口市では限界がある。何せ30平米あっても家賃が7万円程度なのだ。高すぎる投資はまったくの不可能なのである。

2014/03/30

今日は石山修武先生の退官記念シンポジウムを拝聴しに早稲田大学大隈講堂に出向いた。町田の田村室長、すでに独立した佐野君や中村君、スタッフからは橋本君と渡邊君、そしてますいい大工塾に参加している青島君とますいい関係者も多数参加していた。会場にはますいい事務所を作った当時の石山修武研究室のスタッフの方々など見知った人も多く、1000人収容できる大隈講堂がほぼ満席、立ち見もたくさんいるという状況である。

シンポジウムの最初を飾ったのは、安藤忠雄氏。約40分ほどであろうか、初期の頃の作品からこれまでを振り返り、将来のビジョンを描くことの重要性を語ってくれた。

続いて石山氏登場。先生とその仲間達といった構図で、2回に別れてこれまでの歩みを示していただいた。

思えば、2000年の戸田建設退社以来、僕の歩みも石山氏の理念とともにあったわけである。この仕事を始める前のサラリーマン時代、月に1回のレクチャーを受けながら会社のコンセプトを構築し、スタートしてからも様々な場面で歩むべき道を指し示していただいてきたように思っている。大学を退官してもきっとその歩みを止めることはないであろうが、今後の活躍に期待したい。

2014/03/26

朝礼終了後、昨日契約をした埼玉県川口市にて計画中のSさんのスタジオについての打ち合わせ。いよいよ工事に入るわけであるが、まずは母屋部分につながっている古い店舗の解体工事から手を付けることになる。しっかりと計画を立てていかなければいけない。

扶桑社「住まいの設計」最新号が送られてきた。この雑誌には町田分室で担当した東京都日野市に建てたMさんの家が掲載されている。二人暮らしのためのコンパクトな住宅だが、吹き抜けがあって開放的な側面と、和室の落ち着いた側面の2面性を持つ住宅である。使用されている素材も大谷石や黒漆喰など和の雰囲気を感じることの出来る材料を上手に使用している。興味のある方は是非雑誌をご覧頂きたい。

20140320.jpg

DSC_0573.jpg

2014/03/25

午前中は事務所にて雑務。

13時より茶道稽古。今日はまた一人での稽古だったので、「行の行台子」のお点前を行った。このお点前は奥伝と呼ばれており、つまりは教本などで指導してはいけないとされている点前である。すべては先生から僕への直接の指導の中でしか伝えることは出来ないので、僕も聞いたことは記憶のあるうちにメモしておかないと、忘れてしまえばそれまでとなってしまう。というわけで早速記録帳に記すことに。

2014/03/24

朝礼終了後、スタッフの柳沢君と一緒に現場管理。まずは、東京都北区にて進行中のMさんの家へ。現場では担当スタッフの森脇君と左官屋さんが作業をしている状態で、内部では大工作業が進んでいる。杉の木をふん段に利用している現場なので、その無垢材が取り付けられている様子を確認してきた。

続いて埼玉県さいたま市にて進行中のMさんの家の現場へ。こちらでは、電気屋さんが器具の取り付け工事を行っており、すでに足場も外れ完成間近という様相であった。写真はその外観の様子である。周辺は閑静な住宅地、その中でも眼を引く端正な仕上がりとなっている。外壁にぽこっと飛び出ているボリュームには2階に上がるための木製螺旋階段が収められている。こういった形態の特徴もこの建築の魅力を高めている。まだまだセルフビルドの作業がたくさん残っているということなのだが、なんとも完成が楽しみな住宅である。

P1010676.JPG

P1010673.JPG

続いて、埼玉県川口市の雨漏りのご相談。某ハウスメーカーさんで12年ほど前に造った住宅で、先日の雪による雨漏りが発生してしまったらしい。それに対する改修工事の見積もりを取ったらなんと外壁の塗り替えとコーキングを含めて890万円とのこと。うーん、ますいいならもう少し足せば小さな家が建つ予算である。というわけで、ますいいでお見積もりを行うことになった。果たしておいくらになるであろうか・・、僕の予想では半額というところであろう。

2014/03/22

午前中は事務所にて雑務。各プロジェクト打ち合わせなど。
東京都豊島区にある鬼子母神のH寺における藤棚の造り変えの計画を進めている。先日の金物屋さんとの現場確認の結果、まずは藤の枝がのっかている藤棚を壊し、さらには既存の柱を切断し、その穴の中にすっぽりとはまるサイズの新しい柱を立て、そこに新たなステンレス製の藤棚を作るという計画を行うことになった。その間の藤の枝のサポートは植木屋さんが担当してくれることになったのだが、頭を悩ましていた工事にようやく道筋をつけることができそうだ。

夕方、中沢新一「日本の大転換」読了。色々と持論を展開しているものの、要するに主に原子力発電所の問題を取り扱っている内容だ。この問題、無い方が良いに決まっているものの、即座に無くすことはできそうに無い難しい問題である。国を揺るがす経済・エネルギーに関する問題について、思想家が革命を起こすことは不可能であるだろうし、もし仮に可能だったとしても極端な革命は多くの国民の不幸を作ることは歴史が証明している。私たちに出来ること、それはあくまで国の構成要素である個人の意識を理想的方向に変更することであり、個人の生活を理想的方向に変えることであるような気がする。

0606c.jpg

2014/03/19

朝10時より、町田分室での4人目のスタッフとなる学生さんの面接を行う。室長の田村君が大学時代の知り合いから紹介してもらったということで、面接の必要がないくらいのしっかりとした女学生であった。大学院時代の作品の説明をしてもらったのだが、東北の被災地の復興計画の中にとても興味深いものがあった。その地区の計画では、海沿いの住宅があったところには住まいを造ることはできないという決まりが出来て、逆に山間を切り土盛り土の造成工事を施し、宅地化するということであった。海沿いには何が出来るかといえば、漁業の為の倉庫などの施設に限られるというのである。この方針は大部分の津波の被害があった土地に適用されているらしい。

日本の漁村を車で走ると、道路の海側に集落があり、山側には畑などが広がるという風景が目に入るものである。きっと誰の記憶の中にもそんな風景が当たり前に浮かぶと思うのだが、それがまったく逆になってしまうというのである。
確かに津波に被害を考えれば合理的な手法のようにも思える。でも、本当にそうなのだろうか。自然との長い付き合いの中から生まれた姿に終止符を打ち、自然と隔絶、若しくは征服するような暮らしの手法を採用することが答えと考えることはなんとなくの違和感を感じるのである。

13時、川口市根岸の農地拝見。縁あって紹介された地主さんの持つ未耕作地である。広さは約2反ほど、少し傾斜している土地で、今は草が枯れている状態だが、春になればちょっとした草原というところだろう。この土地は長らく植木を置く場所として利用されてきたということである。植木屋さんの経営縮小により、その利用をやめて久しいということだ。

地主さんの家の横には大きな農園がある。この地主さんは、そこで農家として野菜を生産している。今日はちょうどスナックエンドウの植え付けをしているところだった。さすがに仕事でやっているだけあって家庭菜園の作業の速度とは比べ物にならない。ひとりで黙々と畝のラインを決め、耕運機で耕し、苗を植えるのであるが、ものの1時間ほどで20m×4本ほどの植え付けをしてしまった。僕だったらこれで一日かかってしまうところだ。やったことは無いので、たぶん。

でも農作業は建築にも似ているような気もするので、いづれは出来るようになる自信はある。農作業を進める要領は、建築現場での要領に通じるところがあると思うのである。畝作りのライン出しは、現場の墨だしに似ている。一人でやらねばならぬときには、くつの裏を使ったり、重しを使ったりの工夫をする。で、僕はこの作業がとても早い。苗の植え付けは、アンカーうちというところだろうか。工程の管理も、天候の管理もやはり似ている。きっと携わる人に求められる性質も近似しているに違いない。そんな気がするのである。

2反の農地のスタート時期は来年であろうか。今年は30平米の貸し農園をしっかりと造るつもりである。いよいよ春、僕の農家人生のスタートとなる。

夕方、近所のマンションの改修工事の設計打ち合わせ。都心のマンションと異なり家賃をせいぜい7万円ほどしかとる事のできない川口駅徒歩15分の2DKでは、いかにコストを抑えながらその部屋の魅力を高めることができるかの提案をしなければいけない。僕個人としては絶対にするつもりはないけれど、全部スケルトンにして、ラグジュアリーホテルのような内装にすれば良いというのではないのである。なるべく壊す部分を少なく、つまりはコストを抑え、そのマンションのもともとの天井の低さやらの普通だったら魅力とは思えない部分を逆にデザインに利用するような、つまりは古さを魅力に生かすような、それでいて見た瞬間にそのデザインにひきつけられてしまうような魅力、そういうことを作り上げてあげることで、質の良い賃借人との出会いを生み出すことが出来ると思うのである。

2014/03/17

ますいいの家造りではセルフビルドを取り入れる方がほとんどである。どれくらいの作業を行うかは、それぞれであるのだが、大概の場合は壁に石灰クリームを塗ったり、床のフロアワックスや柿渋などの塗装を行ったりといった内容が多い。下の写真は、埼玉県さいたま市にて現在進行中のMさんの家の水周りの様子である。Mさんはメキシコ産のタイルをインターネットで購入し、それを自分で作業して貼っている。タイルを床に貼る場合、通常はベニアの下地に樹脂モルタルで接着することになるのだが、やっぱり素人の施工ということで多少のうねうね感はあるものの、でもそれが逆に味として感じられるような魅力的な仕上がりになっていると思う。

IMG_4164.jpg

日本の家が無垢材や自然素材を使用しようとすると突然ありえないような金額になってしまうのは、クライアント側の求める精度が高すぎることも原因のひとつになっている。つまり、自然の素材を使用しているのに、まっすぐあるものはまっすぐと、ひびが入っていてはいけないとなれば絶対入ってはいけなくて、接合部などは絶対に隙間が空いていてはいけない・・・というような精度を求めすぎるということだ。もちろんこういった日本人の性格が、工業立国を作る上での重要な要素であることは間違いないのであろうが、でも住宅というまったく精密さを必要としない箱に対しては実はそこまで神経質になる必要なないのである。

こういう精密さを求めようとすればするほどに、例えば無垢の木であればなるべく動かないように長期間にわたる乾燥過程が必要になるし、さらにその動きを止めるための隠れたところでの収まり上の工夫を必要になり、それがそのまま大工さんやらの手間につながることになる。例えば漆喰仕上げは下塗り、中塗り、仕上げ塗りの工程数が必要になり、さらには木部と接する部分にしゃくりを入れるなどの工夫も必要になる。

もちろんこうした施工上の工夫は、数奇屋建築などではいまだに当たり前に行われていることであり、その効果も明確なわけだけれど、でもそうした工夫を施すことによるコスト増が予算に納まらないからといって、簡単にビニルクロスと木の模様のついた合板フロアリングの仕上げになってしまうこと、そしてそれが優れた仕上げであると思い込ませようとするような業界の仕組みはおかしいのではないかといっているのである。

セルフビルドとはそうした価値観の変更を起こすきっかけとしてもとても有効に働いてくれると思う。日本のホテルに慣れた人が、ヨーロッパのホテルに泊まったときになんとなくその乱雑なタイル仕上げの洗面室や、ちょっとひびわれのある漆喰仕上げの部屋に泊まって、なんかいい雰囲気だよねと感じる感覚、こういう感覚を家造りの中に引き戻してくれるきっかけである。

2014/03/15

午前中東京都文京区にて住宅の建築を検討されているIさん打ち合わせ。この現場では、準防火地域のとっても小さな狭小地に述べ床面積が15坪ほどしかないとっても小さな住宅を造る。最近では珍しい狭小住宅である。今回は2階建てと3階建ての二つのアイデアをご提案した。2階建ての方にはロフトを配置している。このように2階建ての提案をしたのは、準防火地域における3階建てのコスト増を抑える提案をするためだ。準防火地域に木造の3階建てを作ろうとすると、準耐火建築物にするためのコストがどうしてもかかってしまう。コストにそれほどの制限がないのであればそんなに気にするような金額ではないのであるが、ローコストを追求しようとすればやっぱり気になる部分となってしまうのである。

13時より、東京都杉並区にて住宅の建築を検討されているHさんご夫妻打ち合わせ。今回は2回目のプラン提出である。前回のものからの改良案をプレゼンした。16時、東京都豊島区にて新築住宅の建築を検討されているOさんご夫妻打ち合わせ。こちらの2回目のプレゼンテーションということで同様に改良案のご提案をすることに。

設計の初期段階の設計を基本設計という。この段階では敷地のどのようなプランの住宅をどのように配置するかの大枠を考えることになる。初回の打ち合わせでヒアリングをし、さらに土地を拝見することで得た様々な設計条件があるわけだが、その中でも特に注意することは土地の持つ特性だ。周りを囲まれた谷底のような土地、どこかの方向に開かれた伸びやかな土地、傾斜を持つ土地、・・・効した条件の中で作り上げる建築がどのようにあるべきかを考える初期の検討はとても重要である。

近隣状況を設計に取り入れるのは当然の配慮なわけであるが、これもある程度未来を予想しながら、予想できない場合には隣地に3階建ての住宅が建ってしまう場合を考えたりするくらいの配慮は必要になってくる。都会の住宅地は変化もするし、込み合っている。その中のわずかな隙間やら、天空やらのすべてを取り込みながら、さらには未来の変化にも対応できそうな建築とすることが大切になる。

この基本設計の部分はクライアントにとっても一番楽しい部分だと思う。通常は2ヶ月から3ヶ月ほどかけて決定するわけであるが、最終決定に至るまでには様々なプランが生まれる。時には、例えばリビングを2階に配置して欲しいなどの、クライアントが決めた条件をあえて壊すようなこともしてみるし、その結果予想外の発見をするというようなこともある。小さな驚きやら感動やらの反応を得ることができたときのやりがいも感じる、とても充実した段階なのである。

18時、早稲田にあるリーガロイヤルホテルにて早稲田中学・高等学校の同窓会に参加。22年ぶりの会合だが、総勢60名ほどのメンバーが集まった。さすがに22年も経つと一見誰だかわからない人ばかりなのだが、それでも30分もして、ちょっと酔っ払って話を始めているうちに、だんだんと「〇〇ちゃん」等の昔のあだ名やら、友人同士にある微妙な上下関係などが復活してきて、2時間もすると22年前の関係やらに戻っているという様相は、見ていてとっても面白かった。実はますいいに営業に来たことのある当時の新日軽の営業さん、すでにどちらかの大学の先生になっている親友、みずほ銀行さんやらアサヒビール、役人、教師、・・・ちょっと怪しげな興業屋さんまで、まあ色々といる。でも変わらぬ友であった。

2014/03/12

午前中、埼玉県川口市にて設計中のSさんのスタジオ現場確認。現在は確認申請の手続きを進めているところなので、もう少しで工事に入る。この現場では既存の古い住宅とつながっている店舗を解体して、傾斜地の地面をならしそこに新しいスタジオや駐車場を作る。ゆえに平坦な更地に新築するのに比べると様々な調整が必要になる。今日はそのための下見に来たというわけである。現場を歩いていると庭に植えられている梅の木に花がついているのが目に留まった。最近急に暖かくなってきたけれど、もう春はそこまで来ているようである。この庭に花が咲き始めるということは、もうじき計画をスタートしてから1年近くが経つということだ。ようやくの工事スタート。いよいよこれからが本番である。

P1010668.JPG

夜、先日リフォームの相談をされたNさんと会食。夜12時ごろまで一緒だった気がするが、少々呑みすぎの感あり。反省である。

2014/03/11

午前中、鈴木君と一緒に近所のNさん宅にてリフォームの打ち合わせ。先日の雪が原因の雨漏りでひどいことになっている状態を何とかしたいとの相談である。Nさん宅は鉄筋コンクリート造の5階建てで、会社事務所や賃貸住宅としてその一部を利用している。建ててからだいぶ古くなっている建物だから、きっと防水のどこかが切れていたのだと思う。普段の雨なら問題にならなかった部分に、雪で滞留した水が大量に流れ込んでしまったのであろう。古くなった建物をメンテナンスしながら長く利用するには、それなりの手間を掛け続けなければいけないし、それなりのコストもかかる。今回のこともこの建物にとっては、傷んだ部分を直してもらうことが出来る良い機会なのかも知れない。

13時より、お茶のお稽古。今日は炉の入れ子点て、そして四ヶ伝の唐物のお手前を教えていただいた。15時前帰事務所。

夕方、千葉県船橋市にて住宅の建築を検討されているSさんご相談。大手ハウスメーカーの設計のお仕事をされているということであるが、ますいいであまりお金をかけずに、自分のこだわりの住宅を造りたいとのことである。実はハウスメーカーや設計事務所、ゼネコンなど建築業界の方が、ますいいに家造りを依頼してくれるケースはとても多い。こういう仕事をしていれば当然自分の理想の建築を自分で考えることは出来る。そして多くの場合、こういう仕事をしている人たちが考える理想の建築は、造るのが大変である。セルフビルドあり、複雑な構造あり、洗練された意匠あり・・・。それを実現してくれる工務店はなかなか無いのである。「自分の家は自分で作る」を標榜しているますいいにとって見ればまさにぴったりのクライアントというわけだ。今回の打ち合わせでは、まだ土地を購入したわけではないので、大まかな家造りの流れについてご説明させていただいた。

2014/03/10

午前中、ガス工事を依頼している田中商店の田中さんと打ち合わせ。東京ガスの施設を利用しての社員研修について。

先日、団塊世代の家造りについての雑誌を作ろうとしているライターのKさんから、事例紹介のご相談を頂いたのだが、その事例として近況を尋ねていた、2006年竣工の屋久島の家のクライアントであるMさんからの便りが届いた。Mさんはリタイア後に御夫婦二人で屋久島への移住を決め、その設計を当時の居住地の東京に近い僕に任せてくれたのであるが、あれからかれこれ8年ほどの歳月が過ぎたわけである。

下の写真はMさん宅の現在の様子である。取材対象の様子を知りたいということで、この写真を頂くことを依頼するやり取りを行っていた。そして、Mさんの奥様がなくなったというお話を伺ったのである。私にとって住宅の依頼主がなくなるというのは初めての経験である。すぐにお悔やみの手紙をお送りさせていただいたものの、なんとなく心の整理はつけることが出来ない。まさに団塊世代の終の棲家の計画、移住を決行し、そしてそれから8年後に伴侶に先立たれたMさんは、私が設計した今の住宅に満足してくれているのであろうか。

Mさんの場合、二人だけで移住したのではなく、ご兄弟のご家族も一緒に移り住んだので、現在でも周りに親族がたくさんいるという状況である。それに島という特殊な環境は隣近所のつながりがとても強く、孤独感を感じることはきっと少ないと思う。自然が好きなMさんにとっては、きっと身の回りにある風景や動物達もともに暮らす仲間であろう。そういうことを考えると、Mさんがかつて暮らしていた東京都内の集合住宅の孤立した環境よりは、今の環境の方が確実に他者とのつながりを感じることが出来るであろうし、孤独を感じることも少ないのではないかと思う。

でも設計する段階では、そんな風に奥様がなくなったときのことなんて考えもしなかった。年齢から言えば確かに数年から20年以内くらいに訪れるであろう「死」という問題に、まっすぐに向き合ったことはなかったのである。そして今、そういうことに向き合わない設計の手法が正しかったのかの疑問を感じるのである。「死」と向き合う設計なるものがどのようなものかの答えを持ち合わせているわけではない。もちろん経済的な考え方やあまったスペースの有効活用のごとき類のアイデアはいくらでも持ち合わせている。僕が言っているのはもう少し本質的な、精神的なこと、心のよりどころのようなものを造ることができなかったのかの話だ。

1P2200072.jpg

P2240177.jpg

1P2200095.jpg

P2250206.jpg

2014/03/09

日曜日。今日は家族全員で畑作業。2014年・家族の畑栽培計画として4本の畝に植える野菜を考えたのだが、育てる野菜によって耕す深さも違えば、肥料などの量も変わってくるので結構綿密な計画が必要になる。また、次の年も同じ場所で同じ野菜を育ててしまうと、「輪作障害」が起きるということもわかったので、そうならないようにそれぞれの野菜の科を調べて、例えばアブラナ科のキャベツの後には、他の科の野菜が来るというような計画にしなければならないわけだ。たかが家庭菜園、詳しいことを知らなければ、ただ思いつきで野菜を育てているようにしか見えないのだけれど、やっぱり色々な理由があって色々な工夫をしながら、おいしい野菜が育っているのである。

今日の作業は、とうもろこしと枝豆を植える一列目と、ジャガイモを植える二列目の畝を作る作業である。実際に種芋を植えるのは3月末ごろにしようと思っているのだけれど、前もって畝を作り最適な土を作っておくのである。最後にビニルシートをかぶせるのは、こうすることで土の温度が上がり微生物などの育成が活発になるからということである。何せ初めてのことなのでどこまでうまくいくかはわからないけれど、とにかく進めて行こうと思っている。

P1010669.JPG

2014/03/08

午前中、埼玉県川口市のマンションリフォームを検討されているYさん宅にて打ち合わせ。玄関を入ると本棚になんと、石山修武先生の著書「生きのびるための建築」が置かれている。この本は石山氏が世田谷美術館で個展を開催されたときに発行された本である。世紀末的な現在の状況の中で、建築がどうあるべきかの考察を書いている。なかなかひと口で答えを出せるような問題ではないものの、様々な取り組みやら歴史的考察やらの考えを知ることが出来る。建築系の人意外に購入するような本ではないので、もしかして同業者かと思い聞いてみると、そうではないとのこと。でも石山氏には興味があり、そのつながりでますいいに依頼をしてくれたということであった。何か深い縁を感じるエピソードである。奥様がインドに長旅をするというお話を伺ったのだが、対象がインドであることもまた石山氏に対する興味の方向性に通じるものがあるのであろう。

13時、さいたま市の古い店舗をリフーォームして住宅にリノベーションしたいというNさんご夫妻打ち合わせ。とても魅力的な場所であるものの、それを改修して住宅にしたその先、つまりNさんたちが60歳、70歳になった先のイメージがちょっと曖昧な感じもした。なんといっても僕よりも年を取っている建築である。しかもこれまでに借りた人たちから様々な手を加えられており、痛み方も結構なものであろう。それを住宅の形にするのに要する費用を考えると、それなりのコストがかかってしまう感は否めないのであるが、でも逆にそんなにコストをかけても構造の耐久年数が飛躍的に延びるわけではない現実の中で頭を悩ませるお話であった。

夕方、早稲田大学理工学部にて研究室同窓会に参加。僕の研究室の出身者はほとんどがゼネコンに就職する。会場は竹中・清水・鹿島・大林・大成と大手のゼネコン職員が数十名の様相で、なんとも異様な光景である。もちろん私の最初の就職先も戸田建設というゼネコンであった。学術論文の概略発表会、そして懇親会と参加し9時ごろ帰宅。

2014/03/07

午前中、オープンデスクに来たいというO君の面接。何でも、もともとは機械系の学校に行っていた様で、それから建築の道に進路を変えたということである。すでに30歳をこえているということなので、覚悟を決めての進路変更。この道で一人前の仕事師にならなければの決意も大きいようだ。この業界はもちろん大学院までストレートに進学してくるような人もいるのだけれど、彼のように他職からの転向者も結構いる。建築家という仕事、社会性と芸術家的側面を半分半分に持つような職であるので、そういう風に流れてくる人が多いのであろう。まあ作家などと似たようなところがあるのである。

夜、川口市の稲門会に参加。稲門出身であった昨年末の市長の急逝以来、久しぶりに皆様とお会いした。ちなみに新市長も稲門である。日大ほどではないのだけれど、やたらと人数が多いのも稲門の特徴のひとつなのだ。
明日は早稲田大学理工学部建築学科の研究室同窓会である。来週は早稲田中学・高等学校の同窓会。そして月末には同じく建築学科教授であり、ますいいの顧問をお願いしている石山修武先生の退官記念のシンポジウムが同じく早稲田大学の大隈講堂で開催される。一月に4回も早稲田の地に足を運ぶのは何年振りであろうか。今年40歳になる年である。やはり何かの区切りなのであろう。

2014/03/06

午前中は事務所にて雑務。

11時ごろ事務所を出て、川口市桜町で家を建てたいというKさんが購入を検討されている土地の下見へ。この場所は大雨が降ると水が出るといううわさを聞いたことがあるのだが、現地についてみるとなんともその通り、うわさは本当だったんだの風景が広がっている。というのも、敷地の隣の住宅は写真のような見たこともない嵩上げ住宅、まるで高床式倉庫の様相だし、反対側に建っている住宅も同じような形式で作られているのである。横に入る小さな私道は、結構な勾配のある道となっているから30センチ程度の水では被害にあうことはないのであろうが、一番低い部分に面するところは何かと大変な思いをしているのがよくわかる街並みであった。

後で川口市役所に電話してみてわかったことであるが、昨年のゲリラ豪雨のときにも何度か冠水被害が出ているらしい。現在近所の公団に貯水施設を作っており、それが機能するようになれば一体の雨水を溜めることができるようになるというので、多少は被害が収まるであろうとの見込みだそうだ。20坪で約500万円、坪単価が25万円という値段の理由はこの辺にあるのだろう。

P1010658.JPG

終了後、妻と一緒に川口市赤山にある農園喜楽園さんへ。この農園は盆栽の栽培で有名な飯村靖史さんが運営している市民農園で、30平米程度の小さな区画を年間17000円ほどで借りることが出来る。いきなり農家になるのはまず無理なので、とりあえずの一歩をここで踏み出すことにしたわけである。

盆栽の栽培で有名な方だけあって敷地の入り口付近はたくさんの盆栽が並べられている。その奥、ちょうど赤山城跡と接するあたりに貸し農園の区画が作られている。ちなみに数年後にはすぐ近所に伊東豊雄氏設計による葬祭場が作られる予定でもある。区画は全部で100はあるであろうか。川口市内だけではなく、都内からもずいぶんとたくさんの方が来ているそうだ。

この農園は有機栽培を勧めているそうで、畑には皆さんの苦労の跡がたくさんあった。ネットで上手に保護しているところには、ほうれん草が青々と茂っているが、むき出しの区画には虫に食われたキャベツが無残な姿をさらしている。僕達は初心者だから、色々と教えていただきながらスタートしてみようと思う。

P1010654.jpg

2014/03/03

昨年末に市長が亡くなってから続いていたこの川口市の選挙もようやく終わった。町にはやっとお正月が来たという感じ。まあ投票率に関して言えば、市長選挙が27%で、県会議員の補欠選挙はわずか13%ということなので、かかわっていた人や関心を示していた人の少なさが目立ったわけだけれど、関係をしていた人たちにとって見ればこれでやっとゆっくり出来るというところである。

僕も縁あって県会議員の補欠選挙のお手伝いをしたのだけれど、こういう経験は普通の生活の中ではすることが出来ないものなので妙に新鮮さを感じた。普段政治家とは無縁の生活をしているけれど、選挙のあるときだけこういう風に親密になるというのも悪いものでもない。まず第一に政治家の側に、有権者の為に働くという再認識が生まれる。そして有権者の側にも、誰が自分達の食らう地域の治世を行っているのかという認識が生まれる。こういう機会というものは多すぎても困るし、でもまったく無くとも困るのである。4年に一度、オリンピックと同じくらいがちょうど良いのであろう。

午前中、知人のお母さんの家の建て替え相談。とはいってもますいいで建てて欲しいという意思を強く持っているわけでもなく、ハウスメーカーを回り、見積もりをもらい、なんとなく家を建て替えようと思っているのだけれどどうしたら良いのだろうというような段階である。

僕はこういうときには、建築業界全般についてのご説明をすることにしている。家を建てようと思ったときにまず真っ先に思いつくのはハウスメーカーである。高級感のある積水ハウスやへーベルハウス、割安感のあるタマホームなど色々あるわけだが、これらの商品化住宅はまるで車を買うように家を商品として扱う。ゆえにクライアント側はカタログで比較することが出来、それを注文すれば良いという手軽感がある。さらにはプレファブ化しているために工事期間も短いというメリットがある。各社、家造りの方法については様々な特徴があるわけであるが、最近では構造的な安心感に重きを置いているところが多いように思える。

次に思いつくのは地域に根付いたミニハウスメーカーである。これらの会社も大手と基本的に変わりないスタイルをとっているが、組織が小さいだけにより明確な特色を出しているところが多い。さらには小さな組織が集まるフランチャイズ方式などにむいているからであろうか、北欧のサッシなど輸入商品を使って特色を出そうとする例や、ソーラーサーキットなどの環境システムに頼る例が多いのが特長であろう。

そして最後に来るのが建築家による家造りである。このフィールドには基本的に制約がない。だから上記の住宅では満足できない、自分自身のオリジナルの住宅を欲しいという方や、デザインやスタイルにこだわった建築が欲しいという方などが対象となる。ますいいも工務店機能を持つ建築設計事務所としてこの分野に属している。

これらの家造りの手法のどれを選択するかはクライアントの考えによるわけだが、まずはこういうことをしっかりと理解すること、そして自分自身にあった道を選択することが大切なのだと思う。

2014/03/02

朝10時より、東京都練馬区にて設計中のHさんの家の打ち合わせ。今回は2回目のプレゼンテーションということで、前回ご提案させていただいた分棟プランの変更案をプレゼンすることにした。Hさん達はデザインのお仕事をしているご夫婦だけに、自分たちの力で暮らしながら家を作っていきたいという強い思いを持っている。そうすると、僕たちはどこまで完成させるべきかということを良く考えながら作らなければいけないわけだけど、あんまりやりすぎると暮らしながらアレンジする自由のない住宅になってしまうことになってしまう。

この感覚はなかなか言い表しにくいけれど、例えばクロスがびしっと張られてしまっている壁に穴を開けて、新しい棚を作ろうと思える人はなかなかいないと思う。でもベニヤ板の壁に受材をうちつけて棚を作ろうと思うのは簡単に思える。これは、中古車を買って自分で改造することはできるけど、新車の場合はちょっと躊躇してしまうのと同じで、きれい過ぎるものに素人の仕事が施されたときに生じる、精密さと雑さのぶつかり合いを予測してしまうと手が出せなうなってしまうということなのである。

僕は住宅の場合にはこの雑さを許容できる造り方をすることがとても大切だと考えている。会席料理を作れる人は少ないけれど、家庭料理は誰だって作れる。そして家というものはその家庭料理にあたるものだからだ。日本の住宅が高すぎるのは、この精密さを求めすぎるところが原因のひとつになっていると思っている。ヨーロッパのホテルに泊まったりすると、結構高級なホテルなのに、洗面室のタイルの目地がずれていたり、壁の素材が変わる部分で何の処理もされていなかったりと、日本の建築現場では雑だなと感じられてしまうような部分を見かけることがある。でも僕達はこういうものを見たときに、それをかっこいいなと思ってしまったりもする。セルフビルドというのはそういうことを許容するということでもある。だから職人さんの人件費以上のコストダウン効果があるのだろう。

200905040723002.jpg

200905040724002.jpg

写真は僕の好きな山荘である。長野県にある入笠山というところにある。この小屋は詩人の尾崎喜八さんが戦火を逃れるために疎開したときに作ったとのことだが、今では小間井さんという初老の主が宿泊客を迎えてくれる。

写真のガラス張りのリビングは小間井さんの手によるセルフビルドだ。聞くところによると毎日、毎日セルフビルドでどこかしらを手直しし続けているということ。。周りを見回してみると、例えば杉の貫板という雑材料で窓枠を作っているところもあれば、本当にこれでよいの?と疑ってしまうような暖炉、連続してガラスがはめ込まれている普通に作れば多くのコストがかかりそうな羽目殺し窓が90角くらいの雑材でいとも簡単に作られている様子、どうやって防水しているのかまったくわからないような3階に作られた露天風呂、そしてそこに上っていくためのくねくねとした長い長い渡り廊下、ここには一般常識では考えられないような自由な建築がある。家はもともとこういうものだったんだと思う。こういう自由な家造りをやり続けていきたいものだ。

page top