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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記

2013年12月アーカイブ

2013/12/27

25日の朝会社に行くと、川口市長の岡村幸四郎氏がお亡くなりになったとの急報をうけた。これまで早稲田大学の先輩ということもありとてもお世話になっていた方だけに、心の中にぽっかりと穴が開いたような気持ちになった。思えば私が独立して初めて入会した地元の会合が、川口地区稲門会という校友会であった。市長と始めて言葉を交わしたのもそこでの出来事、もう13年も前のことである。人生には本当に師と仰ぎたいと思う人との出会いが何度かある。僕にとって市長はその一人であった。10月にあった会合では当たり前のようにみんなの前で話をしていた姿が僕にとっての最後の姿である。各席を回ってきてくれたときに、僕の坊主頭を見て「すっきりっしていいじゃないか」、といっていただいた言葉が、直接かけられた最後の言葉であった。ご冥福を祈る、月並みの言葉だけれど今はそれしか思いつかない。

明日は会社の大掃除。僕は葬儀のお手伝いなどで大忙しだ。

29日から1月6日までは年末年始の休暇となる。皆様もお体にお気をつけて良いお年をお迎えください。

2013/12/26

今日は、昨年埼玉県さいたま市に住宅を建てたUさんにご紹介されたというOさんご夫妻が家造りのご相談に来てくれた。こういう風に前に建てたお施主さんからご紹介を受けるというのはとても嬉しい出来事である。

思えばUさん、かなりのセルフビルド工事を実行されたつわものであった。写真に写るこげ茶色の塗装も、洗面室のクロス張りもセルフビルドの成果である。もちろん壁のタナクリーム塗りもそうだ。Uさんたちはいつも奥様と友達の3人で工事をしていたけれど、とても丁寧に、そして楽しそうに作業をしていた。これこそがセルフビルドの理想の状態と思えるような風景であったように思う。

自分の家は自分で作る、すべては無理だけれど自分で出来る部分は自分でやることで、理想の形を実現していく。引渡しのときが完成形なのではなくて、住み始めてからもどんどん変化させていって、こんな暮らしをしたいなの理想形に向けて造り続けていく、それがセルフビルドの醍醐味だと思う。

僕達はクライアントが自分自身では出来ない部分をやってげれば良い。そうすることで建築のコストも抑えることができる。ローコストで、はじめからすべてを無難に仕上げようとすればどうしてもそれは建売住宅のようなものにしかならない。もちろんそれが良い人はそれを買えばよいと思う。でもそういうものでは満足が出来ない、でもコストを抑えたいと思う人にとって、僕はこれが唯一の解決策であると信じて取り組んでいる。

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2013/12/23

午前10時より、東京都豊島区にて住宅の建築を検討しているOさん打ち合わせ。ご両親の暮らすご実家の隣にあるアパートにしている土地を更地にして、そこに新築の住宅を建てようという計画である。

このように集まって暮らす例は近年とても増えている。僕も数年前に東京都の北区で、お母さんが暮らす古い家に妹さんご家族とお姉さんが同居する為の住宅を作ったことがある。始めてこのご相談を受けて現地を訪れたとき、僕は本当にこれを壊してしまうの?と疑ってしまうほどの見事な和室と出会った。床の間、違い棚、書院などの設えもすばらしいが、何よりもこれまでの長年にわたって住宅の中心的な場所として使われてきた記憶の蓄積のようなものを感じたことを記憶している。

なんとなく思ったこと、「この和室だけ保存できたらいいですね」という言葉を口にしたことがこの計画の始まりだった。初めてお会いして、お互いに様子見という雰囲気だったお母さんの表情がその時にぱっと明るくなったような気がしたし、僕が口にしたアイデアに妹さんもお姉さんもすぐに賛同してくれたのである。「本当はそういうお願いをしたかったんだけど、本当に出来るの?」というご質問に、急に頭がフル回転、何とかしてこの保存計画を実現したいと躍起になった。

下の写真は、完成した様子である。高度成長、バブルの崩壊、様々な社会問題、これまで成長一筋のなかで感じてきた疑問を個人の暮らし方を変化させることで解決しようという人は増えている。そういう考えで暮らし方を変化させるときに、なるべくなら失ってはいけないなにかを、建築という形で残せるとしたらとてもすばらしいことだと思う。まだ小さな子供達も、おばあちゃんがお嫁に来たときからあった平屋の和室の前に育つ古い薪の木に見守られながら、育っていくんだろう。

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2013/12/21

昼過ぎより、東京都杉並区にて新築住宅を検討中のHさんご夫妻打ち合わせ。15時過ぎまで。

夜、村上春樹「海辺のカフカ・上下巻」、読了。15歳の少年が家出をし、たぶん死の世界のようなところに行って帰ってくる。その一方で色々なものを背負って、死の世界のようなところに向かっていく大人たち。どこでぶつかるか、すれ違うのかわからない二人の主人公の物語が進められていく中で、人が生きるということの難しさというものをなんとなく表現しているのかな。

音楽、自然の風景、月、村上作品の中に出てくる変わらないものたちは、僕にとってもとても親しみの深いものばかりだ。日々のいろんなことがある人生の中で、どれだけ気持ちが揺れ動いても、よりどころになる変わらないものたち。日々のいろんなことからなんとなくちょっとだけ離れたくなって、旅行に行ったりする時に行き着く先には、例えば僕ならアラスカの風景とかオーストラリアの小さな島の自然とか、イタリアの古い教会とかなんだけれども、誰の場合でもたいていその場所は変わらない何かを秘めていてくれて、来た人間の小ささとか宇宙の壮大さとかを何も言わずに感じさせてくれる何かがあってくれるものである。

僕にとっての過去は、山岳部で山に登っていたときに見た山の姿や月そして星、そんな風景なんだけれど、今僕の周りにある珍しく何があっても変わる事のない妻の実家のご両親といった人物、そしてたまたま夜の空に浮かんでいるまん丸い月、そんな現実の中にあるよりどころの大切さを改めて感じたりもしながら読み進めることができた。

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2013/12/20

東京都の世田谷区で進行中のoさんの家では、半地下のコンクリートの部分の工事が進行している。小さな土地に住宅を建てるときには、地下室というのは容積率などの緩和を受けるためにとても有効な手段である。でもその一方で地面の中に穴を掘って作るわけであるので、湿気などの問題も生じてくる。

理想的な地下室を作るのであれば、ドライエリアと呼ばれる地下にある庭があって、その中にまるで普通の地面の上に建てるかのように地下室を作るのがベストだと思う。これなら直接地面に触れている部分はないので、湿気などの心配はだいぶ緩和されることになる。これが無理ならコンクリートの躯体から20センチほど放して、内側にもうひとつの壁を作り、その隙間に入った水が地下の下にあるピットのたまるような構造にする手法もある。ピットの水はポンプで排出することになるが、提起的なメンテナンスを行えば問題はない。でも住宅の場合、土地が狭かったり、コストを抑えなければいけなかったりの理由から、ここまで本格的な地下室の工事を行うことはほとんど無く、やっぱり直接地面に接する、しかもドライ襟ガを持たない地下室がほとんどなのである。

こののような理由から、僕は地下室はあまり勧めないようにしている。やっても良いなと思う条件は、地下水が出ないこと、比較的高台に位置していること、この二つの条件がとても大切だと思う。幸いにしてこの現場はこの二つの条件を満たしている。だから工事をしていても、矢板と呼ばれる土を押さえる壁から水がぴゅーと噴出してくるなどのことも無いし、出来上がったあとの漏水や湿気の心配も少ないのである。

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2013/12/18

午前中、埼玉県蕨市に住むIさん宅にて、リフォームのご相談。キューバで結婚し御夫婦で日本の実家に戻られたという状態で、古いご実家を2世帯で暮らすことが出来る状態にしたいという。もちろんご主人はキューバ人である。僕もこれまで色々と海外には行ってきたが、キューバというのはこれまで行こうと思ったこともないくらい新鮮な国で、まさかそんな国からこられた方の仕事をすることがあろうかとちょっと驚く。社会主義、チェゲバラ、葉巻、とキューバについて僕が思いつくことはとても少ないが、キューバで建築士の仕事をされていたご主人がセルフビルドをやりたいということだけでなんだか楽しみであもあるのだ。

夜は地元の会合に参加。今日から3連続で夜の会合が入っている。年末というのは本当に宴会が多い。

2013/12/17

終の棲家についての考察。僕のところで設計しているのは住宅だから、終の棲家といっても家族と一緒に生活を出来る状態にある方のための終の棲家である。でもこういう風に普通の木造住宅を終の棲家とすることが出来る人はとても恵まれていて、多くの場合は高齢者用の集合住宅などに入居する例が多い。

その中でも近年急激に増えているのが、サービス付き高齢者向け住宅といわれるものである。たまたま僕が造っている住宅の隣の敷地でも設計が進められているくらい増加しているのだが、要するに普通のバリアフリーが施されたマンションに、安否確認や生活相談など見守りのサービスを提供するものだ。ちなみに2013年の9月現在で、126,803戸の登録があるというからかなりの数である。

日本人の8割は病院で死ぬという。でもこのようになったのはつい最近のことで、高度成長期の前は自宅死が普通であったそうだ。でも今この流れが変えられようとしている。

ちなみにオランダでは病院死の割合はわずか35%、自宅死が31%で残りの33%が施設などでの死という風になっている。これは日本よりも在宅医療や介護が浸透している成果である。この国ではすべての国民が近隣の家庭医に登録し、96%の病はその病院で治し、残りの4%のみ高度医療設備が整う病院に行くという。家庭医は内科から外科皮膚科と様々な分野の診療が出来る総合医としての訓練を受けているそうだ。

今日本で進められているサービス付き高齢者向け住宅は、日本の死の形をオランダのような在宅型に変えていこうという政策であるわけだが、この流れは住宅のあり方にも何か変化をもたらすかもしれない。サ高賃の必要面積は18㎡である。いわゆるワンルームマンションと同じだ。このようなうさぎ小屋のようなところで最後を送る以外に方法がないなどとはいかにもさびしい限りである。木造の一戸建て住宅が出来ること、きっとあるはずだと思う。

夕方、埼玉県さいたま市にて住宅を検討しているkさんご家族来社。ちょうど良い土地が見つかったということで購入の検討に入ったところでのご相談である。このエリアは急速に区画整理が進んでいるところで、ますいいでも最近いくつかの住宅を造っている。敷地周辺はまだまだ畑などの残るほのぼのとした状態であるが、駅にも比較的近いという便利な場所でもある。敷地は広い整形地、南側は農家の庭に面して開けている条件の良い土地だ。きっと良い家が出来るだろう。

2013/12/16

午後一番で、茨城県つくば市にて計画中のビストロ兼住宅の打ち合わせ。ちょっとだけ微熱が出ているので、レストランで働くご主人に胃腸炎をうつさないように打ち合わせの間は自宅待機。別に参加できないほどではないけれど、お仕事がお仕事だけに注意を払う。今日は第2回目のプラン提出。住居部分が狭すぎるような感じがしたので、少し大きくしたプランとそうではないプランの二つをプレゼンした。

勤めをやめてのこのような独立の場合、本当は住居部分にこれくらいの広さは欲しいなという要求と、でも今はなるべく予算を抑えておきたいという経済的な要求とのバランスを取ることはとても難しい調整だ。

下の写真は僕の会社の2階、3階の様子だけれど、ますいいリビングカンパニーの建築部門を立ち上げて間もない2001年当時は、両親と妻と二人の子供、そして独身だった妹に祖母とポメラニアンという8人+1匹が一緒に2階のリビングで食事をしたりの生活をしていた。3階の部屋だって、僕と妻と二人の子供で8畳一部屋である。決して十分な面積があったわけではないけれど、何とか楽しく生活していたし、何よりもこの建築を作ったことがきっかけとなり、ますいいリビングカンパニーのスタートが切れたと思っている。

ここで大切なことは、仕事があるかどうかわからない数年間を最小限の出費で乗り切ることであった。余計な固定費がかかれば、大手の下請けなどやりたくない仕事に手を出さなければならなくなる。僕はそういう仕事は一切しなかったし、仕事のない時期は小説を読んだり、時には書いてみたり、無謀にもそれを新人賞に応募したり、建築を見に行ったりのいつか役に立つであろうという予感のする物事に要する時間に費やしていた。利益のない恩師の仕事をやる中で貴重な経験を積んだりもした。今僕がここで過ごした時間は僕にとってとても大切な財産となっている。

僕はこの経験をしているから、独立したい人に無理な計画を立てることはあまりお勧めしていない。
・建築がその夢をかなえるきっかけになりうること。
・必要最小限よりももう少し狭いかなと感じるくらいであっても、コストを抑えるほうを優先すること。(どうしても狭ければ仕事が軌道に乗ったあとに増築すれば良い。はじめの数年間の初期費用を抑えることが、何よりも無理のない継続につながる。)
という二つの原則のもとに、なるべく無理なく軌道に乗るまでの数年間を過ごすことができるように、そしてお金よりも自分達のやりたいことをやり続けられる余裕を失わないようにアドバイスをすることを心がけている。その考えは今回も同じだ。今から10年後に、「僕のお気に入りのレストランがつくば市にあるんだ」と言える状況を作らなければ、そもそも今建築を作る意味もないのである。

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2013/12/15

日曜日。今日は特に何の予定もない。午前中はスポーツクラブに行って汗を流す。息が切れない程度のスピードで5キロほど走って、パターン化されたトレーニングをする程度だけれど、週に2回程度のこういう習慣を失ってしまうと急に体の調子が悪くなるので、やっぱり人には適度な運動が必要なんだと思う。少なくとも僕にとっては机に座っている時間よりも、こういうときのほうが新しいアイデアなどが浮かんでくる。詰め込まれた考えなければならないことが、次から次とテーマを変えながら頭に浮かんできて、それぞれについてなんとなくの答えが出揃ってくる時間でもあるのだ。

昼食を終え、息子の柔道の試合を見に行ったらすでに終了していたので、妻と二人で買い物へ。適当に3日分くらいの食材を買い揃え、早目の夕食の準備をした。今日は夕食は、タイ産のグリーンカレーペーストを使ったスープにライスペーパーを使ったタコス風サラダである。メキシカンソースやらパルメザンチーズやらアヴォガドペーストやらの色々な味付けを、レタスやセロリと行った野菜や味付けをしたひき肉と一緒に、ふにゃふにゃのライスペーパーに好きなように巻いて食べるのは案外楽しいらしく、子供たちには大評判であった。

夜はゆっくりとゴッドファーザーⅢを鑑賞。朝は5時ごろに起きたので、9時過ぎには眠気が襲ってきた。子供たちと一緒に早めの就寝。それにしても我が家で猛威を振るっている胃腸炎に感染しかけているのが心配である。食べることが何よりも好きな僕は、胃腸炎ごときにやられるほどやわな胃腸ではないのだが、間接的にお客さんにうつさないようにだけは注意しなければいけない。

2013/12/13

なんだかすごい勢いで年末が近づいてくるような気がする。今年の建築業界は消費税の駆け込み需要もあってか、私がこの仕事を始めて以来始めて仕事を待っていただくような事態に陥っている。こういうときには規模を拡大して出来る仕事量を増やすという選択肢もあるのであろうが、すべての物件の進行状況に目を通すという原則を変えることになってしまうのでそれはしたくない。となれば待っていただく以外に方法はないのである。

そういえばまったく逆の時期もあった。アネハ事件以降、建築関係法規が大幅に変更されたとき、コンクリート造と木造の混構造の確認申請を許可することが出来なくなってしまった時期があったのである。その時は、これまで散々点てられてきた木造3階建てですらぴったりと申請がおりなくなってしまった。要するに誰もが自信を持って許認可を下ろすことができなくなってしまったのである。みんながみんな、誰かが前例を作ってくれることを待ち、それまでは手を出さない、そんな風になってしまったのだ。

この国の持つ建築の技術力は世界に誇れるものだというのに、何かがきっかけで誰もがそれに確信を持てなくなってしまうと、「責任問題」という束縛から誰も身動きが取れなくなる、そんな現象だった。しばらくして木3の解析ソフトが完成し、これで申請をおろせば良いですよというパターンが確立するまでの一時期の混乱期には、ほぼすべての建売住宅が2階建てになってしまったのを覚えている。

そんな中ますいいでは埼玉県で1番のりの木造3階建て申請を通し建築した。さらには新宿区で計画していたコンクリート造と木造の混構造を半年がかりで通し建築した。別に自慢する気は無いけれど、そんな混乱のせいでクライアントの造る住宅のコントロールを失いたくなかったのである。これまで培ってきた技術で建つとわかっているものを、一時期の許可申請を下ろす側の都合で変えるなど愚の骨頂であると思ったのである。

リーマンショックの前のミニバブルといわれた時期、多くの同業者が投資物件の改修工事に参入していた。その時期は高級な車を運転していたり高級な時計をしていたりする建設業者が急に増えたことを感じたが、それも数年で終わってしまった。僕はといえば、まさか投資用の物件の仕事などするはずもないので、景気がよかった記憶もなければ、悪くなった記憶もなく、ゆえにその前後でまったく何も変わらなかった。

今回の消費税混乱、これもまた僕にとっては一過性の台風のようなものなのだろうと考えるようにしている。今は僕の周りの職人さんたちは皆、多すぎる仕事をするために忙しい日々を送っているようだが、それもまた4月になれば落ち着くだろう。そして何事もなかったかのように、またこれまでと同じゆっくりとした物づくりの世界が戻ってくると思う。

2013/12/12

午前中、川口駅前のマンションに住むKさんのリフォームご相談。ダイニングにあるキッチンを壁付けからコの字型に変更したいというご相談である。おそらく築20~30年ほどのマンションであるが、この手の中型マンションにはダイニングキッチンの隣に和室のあるタイプが多く、たいていの場合ダイニングキッチンは6畳くらいのスペースで壁付けのキッチンがある。昔はこのスペースに小さなダイニングテーブルを置いて、食事をするか、若しくはとなりにある和室にちゃぶ台を置いて食事をするという生活パターンが多かったのであろうが、最近では和室をなくして続き間としその代わりにキッチンを大きくしたいという要望を受けることが多い。

古いマンションの場合、床下に空間があることは少ないので設備器具の位置を移動するのはあまりお勧めではない。どうしてもやろうとすると床をかさ上げして、その下で配管を振り回さなければいけなくなってしまうが、そういうことをすると天井高さが低くなって妙に圧迫感のある部屋になってしまうことになる。

マンションの開発業者は少しでも部屋数を確保する為に階高を押さえ、面積を押さえ、最小限で値段をさえた物件を販売するという方向性で計画を進めることが多かったので、古いマンションだとこのようなケースは非常に多いのだが、近年販売されている物件ではこの傾向は少しずつ変わってきていると思う。とはいえまだまだ大量にある過去に作られた類似する物件を購入し、改修して暮らそうというライフスタイルを選択する方が多いのは事実、費用を抑え上手に解決してあげる必要があるのである。

2013/12/10

昼過ぎよりお茶のお稽古。今日は一人だったので久しぶりに四ヶ伝の茶通箱のお点前をやってみた。四ヶ伝から上のお点前はそのレベルの許状を持っていないと稽古をすることが出来ないという決まりになっている。そのために教本などにお点前に詳細が記載されておらず、その日に習ったものをメモとして残しておく以外に記憶にとどめる方法はない。実はこの四ヶ伝、一年ほど前から一通りすでに習ったのだが、すべて記憶から消えうせてしまった。一年に一度くらいのお稽古で記憶にとどめておく方が土台無理な話なのである。というわけで今回は細かく記録を残すことにしてみた。

今日やったお点前は、茶通箱というもので、濃茶を同じお客様に2種類続けて出すというものである。ひとつはお客様が持ってきてくれたお茶という設定、日常生活ではありえないと思えるのだが、なかなか細やかな設定がされている。なんだかわけがわからない面も多々あるのだが、伝統の面白さは学ばなければいけない決まりがたくさんあることと、それを壊していくことにあると思うので、まずは知ることが先決である。「利休にたずねよ」という映画のおかげで話題になっている、千利休さんが読んだ詩に
「ならひつつ見てこそ習え習わずに よしあしいうは愚かなりけり」
というものがあるが、まさにその通りなのだ。

夕方、埼玉県蕨市の小さな土地に住宅の建築を検討されているSさん打ち合わせ。はじめは3階建ての建築を検討されていたのだが、予算がぎりぎりということで2階建ての上に屋上ののせた住宅を検討しなおすことにした。2階建てまでの部分の床面積が約19坪、それに屋上に上がるための棟屋と屋上を加えた予算が1300万円ほどに納まるかどうかの検討である。こういうぎりぎりの検討をするときに問題になる防火規制は特にない。18坪で1100万ほどの住宅を建てられることは、現在現場が進行中なので実証されているから、この実例との比較によってある程度の判断は出来る。というわけで数日の後に概算の見積もりをご提示することにした。

ローコスト住宅はやっていてつらいものだ。特に今のように社会の中に仕事がたくさんあるときには余計にそう思う。本当はもう少し予算に余裕を見てくれると良いと思うのだが、帰り際に「実は今日二人で壁塗り体験をしてきたんです。」のごとき言葉をきいてしまうと、なんとなくやる気が沸いてきてしまうのである。

2013/12/09

今日は10時30分ごろより、千葉県野田市にて設計中のUさんの家の打ち合わせ。静岡県の浜松市から野田市に移住するUさんの打ち合わせは、普通よりは少ない回数で行われている。足りない回数分はメールを駆使して進められているのであるが、遠隔地なので仕方が無い。今日もはるばる車を運転してきていただいたのだが、浜松市から川口市までは、渋滞などがない時間帯に走ったとしてもおそらく4時間はかかるであろう。首都高速が込んだりしたらそれこそ何時間かかるかわかったものではない。

計画している住宅は夫婦二人の生活が十分に送れる木造平屋のシンプルなものである。リビングを中央に配置し、左右に寝室と和室がある。奥の屋根が低い部分には水廻りが配置されており、その屋根の段差は採光や通風に利用されることになる。玄関にはちょっとしたギャラリーがある。これも年を重ねて生きてきた余裕であろうか。写真はその室内模型の様子だ。

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今は3人の子育て中の僕も、たまに自分にとっての終の棲家ってどんな様子なのだろうという想像をしたりする。最近では老人ホームが終の棲家なんていう話も耳にすることが多いけれど、実際に自分の話に置き換えるとそんなさびしいことはない。老人ホームという選択は核家族化の産物であろうが、そういえば近年は親と同居するケースが増えている。この傾向は震災以降に強く感じるのだが、集まって住むことを見直すことにより終の棲家の形も変化していくのであろう。国は団塊世代の老後のケアをするための整備計画を進めているようだが、そもそも家族と一緒にいられるのであればそれが良いに決まっているのだ。

とは言うものの、現実的な問題もある。夫婦共働きの場合には誰が面倒を見るのか、そもそも親の面倒を見るということ自体に対する抵抗感も若い世代になればなるほど強くなっている。これもまた行き過ぎの個人主義の反省点であると思う。

ともあれそんな時代に生きている。その中で最善の形を探す以外に方法はない。状況はその人それぞれによって異なるのである。でも少しずつではあるけれど、なんとなく失われてはいけないものを取り戻していこうとする方向に動いているような気もするのである。

2013/12/06

朝礼終了後事務所にて雑務。

今日の夕方は時間があったので、読みかけの本を手にとってみた。村上春樹「色彩を持たない、田崎つくると、彼の巡礼の旅」読了。これといって特別なストーリーがあるわけでもない、いつも通りの村上ワールド。様々な過去を振り返りつつ、「すべてが時間で流されてしまうわけではない・・・」、というあたりに自分の過去を重ねながら読み進めていた。僕自身には殺されてしまった友人もいないし、突然仲間から追放された経験も無いけれど、でもそれなりに楽しかった思い出もあれば、苦い思い出もある。会いたい人もいるし、もう会いたくもない人もいる。誰だって同じような過去を持っているだろうし、ふとしたときに思い出したりもするだろう。

僕だって生まれてからこれまで、いつの間にやら39年の歳月が過ぎているわけで、それなりの過去をもっているのは当たり前のことである。39歳は高校生辺りの頃から見れば考えも及ばないような大人だった。バブルが崩壊し必ずしもみんなが幸せではなくなりつつあった僕の高校時代には、社会で「リストラ」とかいうこれまではあまり聞いたこともないような言葉が叫ばれだした頃だったから、そういう風になりたくないと思ったこともあったし、自分の好きな仕事を見つけなければいけないななどと考えたりもした。何せ銀行がなくなったり巨大な証券会社がなくなったりの時代である。今では当たり前のことかもしれないけれど、先々のことはわからない、そんな不安感の中を歩かざるを得ない状態になってしまった最初の頃の世代だと思う。

でも不思議なことに、どんなに景気が悪かろうと、思い通りに行かないことの方が多かった時代であっても、やっぱりそれなりに充実したときを過ごして来たという自覚はある。人間はきっとその時にそこにある状態で、それなりに何とかやっていくものなのだろう。そういうときに何とか扉を開いているときの方が、後々になってみれば良い思い出だったりもする。この先どんなに厳しい時代が来ても、それはきっと変わらないと思う。

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2013/12/04

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

夕方よりニューヨーク研修旅行打ち合わせ。今日は参加者一人ひとりから、自分が見学したい場所のプレゼンを行った。私の推薦はビレッジ・バンガードというジャズバーである。80年ほど前にマックス・ゴードンによって開かれたマンハッタン島の南西部にある小さなバーだが、ビル・エバンスやらジョン・コルトレーンやら多くのプレーヤーがここでの演奏をアルバムにしているジャズのメッカである。

スタッフの中村君の推薦はフィラデルフィアにあるルイス・カーンの建築郡とロバート・ベンチューリの母の家を見学するという大変魅力的なコースであった。電車で1時間30分ほどかかるということだが、東京から日光程度の距離なので問題はないだろう。個人住宅ということでどこまでの見学が出来るのかは調べなければいけないけれど、多くのブログでも紹介されているのである程度は期待できる。写真はカーンの住宅作品である。

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2013/12/03

朝7時30分、川口駅にて私が師事している茶道のM先生と待ち合わせ。今日ははじめて、社中で開催する以外の正式な茶事に参加するのである。亭主は筒井 紘一氏、日本を代表する茶道研究家である。会場は新宿区にある茶道具屋の益田屋さんだ。

茶事というのは、いわゆるお茶を使っての会合で、ある人がある人を招くときに行われたものである。はじめは懐石を頂くところから始まる。この茶事の中での懐石というのは、僕達が普段慣れ親しんでいる温泉旅館などで頂く会席料理とはちょっと違う。まずはご飯と汁、そして向付が付いている折敷(お盆)をいただくところから、次々と出されたものを食べていくのだけれど、このスピードがものすごい。しかもはじめに出されたお皿をからにしたうえで、次の料理が出てきたものをそこに取り分けなければいけないので、残すわけにもいかない。なんと最後には、ご飯の残っているお茶碗と汁椀の中に湯を入れて、食器を洗ってから懐紙で清めて返却するという作法、なんとも信じられないような、もし子供が真似をしたら怒りたくなるような原始的様相なのである。

伝統に触れていて思うこと、それは現代社会の合理性とはかけ離れている、ちょっとこっけいとも取れるようなシーンがたくさんあるということである。でもそういう雑念を取り払った上で、なるべくまっとうな目で見ようとし始めたときに見えてくるものもあるような気がする。今日の僕に何が見えたのか・・・。思い出そうと努力してみると浮かんでくるものがいくつかあるので書いてみよう。
・床にかかっていた書の下にある赤い達磨の絵、12月3日は禅宗の修行期間だそうだがそれを表す荘厳な絵であった。
・炭手前が終わりしばらくすると利休好みの口の小さな釜の湯がなんともいえない音を出す。
・手前で出された茶碗、かつては白洲正子や小林秀雄に出した茶碗という、それだけで何か重いものを感じた。
・備前の茶入、水指、今にも折れそうな茶杓の姿。
・なか立ちの跡に聞く銅鑼の音。
こんなところであろうか。

まだまだ見たくても見えないものがたくさんあると思う。ものを見るにはそれなりの知識が必要で、それのない私に見える範囲など、所詮この程度ということである。でもこの程度の知識しかない私が見ることが出来たものは、きっとこの先10年経っても良いと思えるもの、見ることが出来るものである。つまりは頭から切り離されて、体で感じることが出来る類のものであると思う。それ以外の知識がないと見えないようなものは、そういうものでしかない。だから知識が必要ではないといっているのではなくて、知識を得たあとでも、こういうものがよかったと思う初心の心は忘れてはいけないということである。この注意は建築にも通じる。素直な目で見て良いと感じる建築は、大概の場合小学生でも良いと感じる建築である。それを建築する為のエッセンスを茶道を通じて身につけること、改めて目標を確認することが出来た気がする。

2013/12/02

一昨年に建てた「二つの中庭のある家」が埼玉建築文化賞、最優秀賞を受賞したことに対しての激励のお手紙を施主のMさんより頂いた。その中の一文に、以下のようなことが書かれていた。

「新しいこの家に住み始めてから2回目の秋がやってきました。中庭も紅葉が始まり、もみじやあじさいの葉は鉄色に染まり、ブルーベリーの葉はオレンジから赤に変わってきました。石蕗は先週黄色のキクみたいな花を咲かせてくれました。・・・・

住み始めてから1年半、ずっと変わらずに思い感じること、それは、この家に守られているという安心感、支えられているという安堵感です。植物に囲まれているせいなのか、青空休んだ月や星空のせいなのか、ねこが大きな口を開けてあくびをしているせいなのか、風が通り抜けるせいなのか、手作りな物に囲まれているせいなのか・・・・

暖かくてほっとする家、造ってくださって、本当にありがとうございました。」

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封筒の中には、なぜか黒い猫の顔の絵が書いてあるぱらぱら漫画。これもまたMさんらしい贈り物である。

住宅の仕事の面白いところはこのような施主とのかかわりにあると思う。個人が自分や家族の為だけに建てる建築だからこそ、そこには自分達の暮らし方の理想を追い求める強い意思がある。現代社会の中では、このように強い意思によって建てられる建築物がほかにあるであろうか。政治力によって決まってしまう公共建築、採算だけで造られる商業建築、どの世界を見てもこのように純粋な思いだけで建築されるということはまれなように思える。この建築は1500万円ほどで作られた小さな平屋の住宅である。僕はローコストの分類に入るであろう、こういう住宅を造るのが好きだ。コストをかけられないということは、使うことが出来る材料や職人さんの数も限られる。ゆえに建築からいろんな雑味が消えてくれる。新しい高級ホテルに入ったときに感じるような違和感は、造りたくても造ることはできない。

下の写真は、フランスにあるル・トロネ修道院である。この建築は11世紀から12世紀の200年間に満たないロマネスクという時代に建てられた修道院である。僕はまだいったことがないのだけれど、同じくフランスにあるコルビジェのラトゥーレット修道院を依頼したクチュリ神父は、設計を依頼する際にコルビジェにこの修道院を見に行くように指示したそうだ。僕にとってこの建築は、いつかは行きたい建築のひとつなのだが、たぶん来年にはいけると思っている。

この建築はシトー派という宗派の修道院で、粗い仕上げのまま組まれた石がそのまま表面に見えている。架構は厚い壁体に乗せられた尖頭ヴォールトで、一定の間隔で横断アーチが取り付き分節している。回廊部分の開口アーチは真円である。この建築では、幻想を生み出すような図像は一切なく、使用されている色彩もモノクロームに近いものである。シトー派の聖ベルナールは、清貧の思想を説き、華美になっていた生活や空間を批判したという。当時の規則のなかにはこんな記載があったそうだ。

・修道院は、都市や城砦や村落に建てるべきではなく、遠く離れた行き来しがたい場所に建てなければならない。
・聖堂および修道院の各室には、絵画・彫刻をかけてはならない・・・。

このストイックさにはついていくことはできないけれど、ゴシックの力ずくな建築よりも、この素朴な質感のあるロマネスクの方が日本人には向いていることは確かであろう。

現代の住宅を造るときにも、宗教のストイックさは不要だけれど、ある意味ではこれと同じことが言えると思う。元来日本人は素材の持つ味や風合いをそのまま生かしたようなものが好きだし、そういうものが時間とともに変化していく様子、光や影をまとい表情を変化させる様子などに心惹かれるものである。和食が好まれるのもこういう点に惹かれるからであろう。

でも様々なメーカーが開発している機能がつきすぎてものすごく高いキッチンや、お風呂でテレビが見れちゃうこととか、鏡だと思ったら実はテレビというような100万円くらいのテレビとか、まるで漆喰のクロスやタイルとか(なら漆喰でいいじゃん!!)、レンガみたいなガルバリウムのサイディングとか(もうレンガなのか金属なのか、はたまた窯業系の材料なのかわけがわからない!!)、もう造っている方も使うほうも実際に使うかどうかなんてよくわからない、若しくはそのものの持つ本質的な価値や特性から離れて、なんとなくの質感だけを表面的に作り上げたようなもの、こういうものがあふれているのも事実なのだ。ローコスト住宅だとこういうものに取り付かれる心配がない、だから僕はきっとローコスト住宅を造るのがすきなのだと思うのである。

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