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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記
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増井真也日記

2013年10月アーカイブ

2013/10/30

午前中、日刊建設通信新聞取材。先日受賞した埼玉建築文化賞の「都市の中の森」についての設計コンセプトなどについてのお話をさせていただくという事での取材だったのだが、途中から話は変わり、いつの間にやら会社の設立コンセプトへと移行。長い話だがちょっと書かせていただく。

ますいいリビングカンパニーという会社は、設計事務所が工務店機能を併せ持つという構成で成り立っている。なぜこのような構成にしたかといえば、それは住宅業界の問題解決を目指すという点に由来する。

住宅を造る場合にまず頭に浮かぶのが、ハウスメーカーであろう。次が建売。どちらも商品化された住宅であり、設計の自由度は非常に少ない。さらにこれらの商品化住宅の販売の現場には、営業マンという販売のプロは存在しても、建築の設計を学生時代から学んだような設計のプロはいないことが通常だ。

それでは建築家に設計を依頼しようと思った場合にはまた別の問題がある。いわゆる建築家が設計を請け負う場合、工事費の10%程度の設計料で行う場合が多い。工事費が2000万円程度の小住宅の場合は200万円、この金額で建築家は約1年間の仕事をするわけであるが、これでは少なすぎて生活もままならないというのが現状となる。クライアント側にも問題が生じる。だって2000万円しか予算がないのに、設計料で200万円も払ってしまったら本当の工事予算は1800万円になってしまうのである。ただでさえ地盤改良工事費などで100万円近く取られてしまい、その残りで家を建てなければいけないのにさらに200万円も取られてしまってはどんどん予算が減ってしまう。また建築家の中には、有目地になるまでの足がかりとして小住宅の設計を行うものも多い。このような場合、暮らしやすさというよりは奇抜さを優先されてしまうこととなり、訴訟などに発展してしまうケースも多いのだ。

設計事務所に設計を依頼し、別の工務店に施工を依頼した場合、現場ではどのようなことが行われるのか。実は設計事務所は「現場監理」という監理を行う。これは工務店が行う「現場管理」とは違うものだ。(カンリのカンの字が違う。)工務店が行う管理はいわゆる現場監督さんの仕事、つまり「職人さんへの指示、材料の手配、現場の清掃、コストマネジメント、工程管理など・・・」を行うのであるが、設計事務所の行う監理の場合、工務店が行う管理が図面どおりに適正に行われているかを監理すると言う監理なのである。大手ゼネコンに勤めたことがある私は、このダブルチェックの方法はある程度の規模からは必要であると考えている。だって大手ゼネコンの現場では数百人の職人さんたちがくる、現場という社会を管理しなくてはいけないのである。その社会の中において、ある意味では警察であり、ある意味では司法でありという具合に、安全に円滑に工事が進行するように日々苦心する作業は膨大なものなのである。だからますいいでは1億円以上の工事は請け負わないことにしている。でも数千万円規模の小住宅の場合には、このダブルチェックを行うがために、たいしてやることのない小さな現場に設計事務所の社員と工務店の社員が存在するという、つまり経費を倍増させるばかばかしいこととなるのである。

小住宅の建築現場というと、大工さんはたいてい一人、その現場の進行に合わせてやはり一人の電気屋さんが来たり、板金屋さんが来たりのスポット業者さんが加わる。現場にはたいてい2人か、多くても3人程度の職人さんしかいないのに設計事務所の先生と工務店の監督さんがお互いを管理しあっているという状況は滑稽以外の何物でもない。

木造住宅はかつて大工さんが頭の中で設計し、造った。価値観が多様化し設計の様式も幅広くなったせいで、大工さんが設計を行うことが難しい時代になったのだけれど、それだったら設計者が現場管理の機能、つまり工務店機能も併せ持つことで昔の家造りの方法に近づくことが出来るのではないか、もっと自由にコストを抑えて家造りが行えるのではないかの可能性を実践した、それがますいいリビングカンパニーの成り立ちである。

やっぱり長くなってしまった。大変申し訳ありませんでした。

夕方、スタッフミーティング。
・来年企画しているMASUII RDRでのこども建築塾について。
・来年企画しているニューヨーク研修についての勉強会。

終了後、田部井君、柳沢君、中村君、堤君を家に招いて会食。11時過ぎまで。

2013/10/29

午前中、健康診断。約2年ぶりの健康診断ということで、久しぶりに済生会病院の検査センターに行ったのだが、かつての先着順のシステムが変わるなどで思わぬ時間がかかってしまった。

思わぬ待ち時間が出来たので村上春樹「1Q84 BOOK3」読了。リトルピープルのいる月が二つある世界から、通常の世界に戻ってきて終わるわけであるが、いつもの通り終わったのか終わっていないのかわからないような、なんとも後味の続く小説であった。僕が村上春樹の小説を好きな理由はこの「終わらない感覚」だ。現実の世界を生きていても、数年前になんとなく思ったことが、ひょんなことから数年後に頭をもたげたり、それに気がつかなければそのまま通過してしまったり、はたまた人生を揺るがす大きな出来事になったりと、この終わらない感覚の繰り返しであるような気がする。その繰り返しの中で大切にすべき物事のようなものを、柔らかいトーンの言葉の中から感じていく作業が僕にあっているのだと思う。体中を検査されるという非日常の世界にいると余計にこういう小説に入り込むことが出来る。

15時より茨城県つくば市にてビストロ兼住宅を計画しているFさん打ち合わせ。ふからはじまる名前のイニシャルはHなのだろうか、それともFなのだろうか?ローマ字表を見ると両方書いてあるのでもしかしたら自分で決めることが出来るのかもしれない。今回は30坪程度のプランを4パターン作ってみた。60坪という比較的大きな敷地に建てる建築なので、設計には様々なプランが考えられる。今回の計画はローコストの目指す関係からそれほど奇抜な形状にすることは考えていないが、それでもその敷地に適した最適な形状を捜す基本設計は大切な作業である。いつも言っていることだが、ローコスト建築を建てるときこそ、何がその建築の魅力なのかをはっきりと言えるように設計を進めなければ、ただの建売建築と同様になってしまうのである。そしてその魅力を探し出すことはえてして設計の初期段階の基本設計のときにしか出来ないのだ。

今日は杉並区で進行中のTさんの家の上等作業が行われた。Tさんはますいいの事務所を作るときの石山修武先生のスタッフをやっていた方で、僕にとってはこの事務所を作るに当たっての恩人である。Tさんのご尽力があったからこそこの建築は石山建築と呼べるものに仕上がったのであろうし、もしそれがなければ駄作として闇に葬られていたかもしれない。そんな方の家を今こうして作っているということが、先の話でも言ったような人生の面白いところだと強く思う。

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2013/10/28

朝礼終了後、埼玉県さいたま市にて設計中のWさんの家についてスタッフの鈴木君と打ち合わせ。この現場は周辺の敷地と最大で1800mm程度の段差をもつ。今ある古いよう壁はコンクリートブロック造でそのまま家を建てるにはちょっと心もとない状態なので作り替える予定だ。このような敷地に住宅を計画する場合には通常はよう壁に負荷をかけないように、敷地よりも一回り小さい建築を計画ことが多いのだが、今回は中庭型のプランということで敷地にめいいっぱい建てるような計画となっている。この場合には当然よう壁の上に建物がきてしまうことになるので、よう壁に影響を与えない部分の基礎から跳ね出し構造にするなどの工夫が必要となるのである。というわけでその工夫のバリエーションの可能性と、要するコストについての検討を指示した。

ところ変わって埼玉県幸手市にて進行中のMさんのスタジオ兼住宅の工事の現場では、外壁の手作りカーテンウォールの製作が終了した。これはスタジオの開放感を演出する為に、大工さんが作った木製の枠材にガラス屋さんが一枚一枚ガラスを収めていくという方法で作られている。私がかつて勤めていた戸田建設が扱うような大規模なビルのカーテンウォールであれば、カーテンウォール専門業者が工場生産で作ったものを、これまた専門職人さんたちが現場で取り付けるといういたって簡単な工事となる。しかし、ローコストの住宅でこういうことを行うには、結局そんなことをやったことがない職人さんの丁寧な作業と、設計担当者のこれでもかというくらい細かいところに配慮した忍耐強い設計を組み合わせるしかないのである。だからこそ費用を抑えて、意匠の特徴となるような成果が得られるのであり、それがまた私たちの誇りともなるのである。

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2013/10/27

日曜日。今日は朝6時に家を出発して息子の柔道部の出稽古の送迎に。目的地は千葉県木更津市にある清和大学で、同じ敷地内にある木更津総合高校の練習に参加させていただくということである。今年に入ってかれこれ5回目の送迎である。これを行う為に愛車のフォルクスワーゲンを手放し、10人乗りのハイエースワゴンを購入。まさか自分がこんなバスみたいな車を運転するようになるとは夢にも思っていなかったのだけれど、実際に運転してみるとこれはこれでなかなか気分が良い。

子供の部活とのお付き合いの仕方などまったく想像をしていなかった。でもいざその時がくれば出来る事はやってあげたいという気持ちになるものだ。特に新婚さんなのに毎週土日をつぶして付き合ってくれる顧問の先生や、ボランティアで子供たちの指導をしてくれている外部コーチの姿を見ていると余計にそう思えてくる。それに何よりも日曜日に何もすることがない場所に行って、好きなだけ本を読めるひと時というのは、僕にとってもそれほど悪いものでもないのである。今日も村上春樹の「1Q84」を手にしながら、柔道上の片隅で椅子に座って本を読んでいた。

帰り道、「海ほたる」に立ちより、みんなでお弁当。さすがに中学生なので丸くなって・・・というわけには行かないが、自然と先生やコーチのそばによってくる生徒達を見ていると、柔道という何かを通してつながっているんだなあということが見えてくる。なんともほほえましい光景であった。

2013/10/26

夜中の2時過ぎに地震の速報を見た。長くて大きな揺れだったようで、津波の注意報までもが流れている。2011年に起きた東日本大震災からわずか2年半ほどしかたっていない。地球の長い時間軸の中では、きっと風邪を引いたときの咳と咳の間隔位のものでしかないのであろう。

なんだか途中で邪魔されてしまったので眠い目をこすりながらの朝を迎えた。台風が直撃するかもしれないと騒がれていたので、一体どんな週末を迎えるのだろうと憂鬱な気分でいたけれど、結局埼玉県のあたりにはそれほど大きな影響はないままに過ぎ去っていくようである。こちらの方はほっと一安心である。朝礼終了後に午前中に予定されていた打ち合わせについての準備を進めていると、延期のご連絡を頂いた。お子様が体調を崩されたとのことだ。これだけ急激に寒くなれば風も引くであろう。僕も気をつけないといけない。

時間が出来たので、主任の橋本君と埼玉県川口市にて設計中のSさんのスタジオについての打ち合わせ。現在実施設計を進めながら、模型を作ったり、見積もりをとったりの作業を行っているとことである。基本設計は終了しているので、どのような建築が出来上がるかのイメージはすでにあるのだが、それがどのような素材で具体的にどう作られるかは今の作業、つまり実施設計にかかっているのである。この作業は模型でのイメージの確認と、図面での作り方の記録、そして見積もりでの金額の確認の繰り返しのなかで少しずつ進んで行く。12月の確認申請提出に向けて、約1ヶ月のこの作業が良い建物を作るための最後の仕上げなのである。

2013/10/24

朝礼終了後各プロジェクト打ち合わせ。

川口市で活動する彫刻家の高野さんが公募展に選出されたということで、妻と一緒に11時ごろより東京都美術館へ向けて出発。手ぶらで行くのもなんだからと、女性でありながらも豪傑と呼ぶにふさわしい高野さんの顔を想像しながら何をあげたら喜ぶかななどと考えた末に、川口駅前のそごうでシャブリを購入し、手土産に持って行くことにした。特にこれにこだわる理由もないのだが、数年前に赤坂のおすし屋さんで一緒に飲んだときに、確か日本酒をおいしそうに呑んでいたから、きっと白ワインも好きなのだろうというくらいの理由である。

会場に着くと、入り口の正面に高野さんの作品が展示してある。数年前の六本木での展示のときにもあった、古い本棚などをモティーフにした記憶をイメージさせる彫刻だ。僕が会場に着いたときには、高野さんはたくさんのおば様達に囲まれるようにして、作品の説明をしていた。

邪魔をしてはいけないからと、僕が大好きな高野さんが作る女神像が展示されているのかなとあたりを探してみても見当たらない。どこかに隠れているのかなと裏側まで回ってみたけれど、今回はその女神はいないようである。高野さんは、テラコッタという素材を使って、見ていると吸い込まれるようなきれいな女神を作る。僕は高野さんをその女神に重ねて見ているような気がする。だからなぜか高野さんまでもが女神に見えてしまうときがある。作品と作り手のイメージが重なる感覚だ。少しするとおば様たちが奥のほうにすすんでいった。高野さんがこちらを向いて、手を振っているのが見える。30分ほどお話しをして会場を後にした。帰りに妻と二人で、上野駅の近くにあるハンバーグステーキ屋さんで昼食をとる。その後事務所に戻った。

http://www.tobikan.jp/museum/2013/four_doors.html
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2013/10/21

朝礼終了後、田部井君と一緒に茨城県つくば市の土地の下見へ。なぜこんな遠いところへ下見に来ているかというとこれには少々訳がある。クライアントのHさんご夫妻は、東京都にある中野の小さな土地にイタリアンバルを開業する計画をご相談してきた。その時の計画は、土地の値段が3000万円ほどだっただろうか。全体的な予算を5000万円ほどに抑えたいということであったのだが、その御相談を受けたときには、果たして個人経営の小さなバルでそれだけの住宅ローンの返済が出来るのであろうかの不安をなんとなく感じたのである。

不安を感じたのにその感じた不安について何も話をしないでそのまま進めることは出来る性格ではないので、率直に話しをしてみたら、Hさんもどうやら同じことを感じていたようだった。そこから計画は大幅に路線変更。ちょっと田舎で若い人がたくさん住んでいるような土地を探して、安くて広い土地にノビノビと生活をしながら、ビストロを運営していく。目の前には車がやっと通れるような商店街ではなくて、見渡す限りの田園風景。でも何にもない土地というのではない。車で数分走ればそこには宇宙センターやらの研究所があって、たくさんの人がいて、そういう人たちがお客さんになってくれる場所、ということで茨城県つくば市の土地にたどり着いたのである。

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土地のある場所には、カーナビの案内にしたがって走ると簡単にたどり着くことが出来た。始めて来た人が簡単にたどり着けるということも、お店の運営をするうえではとても大切なことだと思う。30分ほど土地を見て、周辺を車で走っていると、やっぱりこれも個人経営のフレンチのお店やら、イタリアンのお店やらがあった。近所にあるつくば宇宙センターの敷地内に洋食アンジェというお店があったので入ってみた。時間はちょうど12時過ぎ、お昼休みと重なったこともあって10人ほどの団体客やら、一人でゆっくりとくつろぐ研究者っぽい男性客やらで、50席ほどの店内はほぼ埋まっていた。

日本でこのような街を見ることは少ない。どのような街かというと、突然様々な施設が現れて、そこには日本で有数の頭脳が集まっていて、住宅街やらの人が生活することの出来る環境が整っているけれど、その範囲はある範囲に現ていられているという状況である。車で走っているときに見たその風景は、僕の頭に、学生時代の旅行でオーストラリアとかアラスカの町をレンタカーで走っているときの感覚を思い出させた。あるテーマに沿って町が作られている。そこには柔らかいコミュニティーが形成され、形のない何か共通の意識のようなものが存在している。境界を失ってしまった都市では味わうことの出来ない感覚である。もちろんこの街もつくばエクスプレスの影響で急速な発展を遂げている。都市開発によって人口が増え続けている様子は私の住む川口市と似ているかもしれない。でもいずれその動きも調整され、ある程度のところで止まるはずだ。街が落ち着きを取り戻した頃に、その街でちょっと知られたお店、そんなビストロになったらいいなと思う。

2013/10/20

今日は僕が普段通っている社中のお茶会が2年ぶりに開催される。朝7時過ぎには一緒に稽古をしている砂沢君が家に到着。砂沢君はまだお茶をはじめて間もないので着物を持っていない。なんだか無理やりこの世界に引き込んだような気がしないわけでもないということで、僕の持っている着物を貸してあげることにした。僕もまだ慣れたと言えるようなものではないけれど、何とか袴まで着付けてあげて、9時過ぎに会場の川口総合文化センター「リリア」に向かった。

会場にはすでに同じ社中の女性陣が来ていて、水屋の準備などをしている。水屋の中に入り込んでの作業を女性陣と一緒に行うのはなんとなく居づらいというか、やりにくさを感じるので僕達は外で待つことに。その代わりに男性陣は前日の道具の運搬作業などをすることになっているので、これは適度な役割分担なのであろう。

10時にはお客様が見え始めて、いよいよお茶会がスタートされた。はじめのお点前さんは、これまた僕が誘った川口センターホテル代表の荒木さんである。僕の役割は半東さん。半東さんというのは、席主のお手伝いをする役割の人のことで、二人目のお茶碗を出したり、お茶の取次ぎをしたり、席を盛り上げる会話をしたりの役割があるということなのだが、経験豊富なお客様相手にぺらぺらお話が出来るほどの経験を持ち合わせているわけもなく、淡々とお運びその一としての役割をこなすこととなった。

それからはなんだかばたばたと色々な役割を演じて終了。完璧な身のこなしが出来ていたかどうかは疑問が残るところではあるけれど、日ごろのお稽古の成果を披露することは楽しいもので、やっぱりこういう機会がたまにあることは大切だと思う。ご招待した数人のお客様たちにもきっと良い経験になったことであろう。終了後は砂沢君と荒木さんとで打ち上げを行う。なんだかんだと4時間ほどの会食。それにしても充実した一日であった。

2013/10/19

午前中、埼玉県草加市にて新築住宅を計画しているTさん打ち合わせ。音楽機器の修理工房と住宅を兼ね備えた建築の計画ということで、しかも30坪程度の広さと防音室を持つ建築を1500万円ほどで建てなければいけない計画ということで、少々緊張感のあるプレゼンとなった。ローコスト建築については多々書いてきているのでここでは省略するが、やっぱり難しい仕事であることは間違いない。お互いの価値観がしっかりと共有されるような状態で薦めることが出来ないのであれば、良い結果は生まれないのであるから、余計に打ち合わせが重要となるのである。

埼玉県建築士会から送られてきた封筒を開けてみると、ちょっと嬉しいお知らせが書いてあった。第1回埼玉建築文化賞の最優秀賞に、昨年埼玉県川口市で造った「二つの中庭のある家」が選ばれたということである。この建築も1500万円ほどで作ったローコスト建築である。女性が一人で暮らすためのワンルームの平屋の住宅だが、敷地全体を囲う外壁の中に二つの大きな中庭を作った。自然素材を丁寧に使いながら、セルフビルドを取り入れてコストを抑えている。生活の中に自然に外部を取り込むことを心がけ、まるで外で暮らしているかのような開放的なプランとなっている。

10月26日から31日まで浦和のパルコで作品展が開催されるということなので興味のある方は足を運んでいただきたい。

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夕方、明日のお茶会に向けての運搬作業。19時過ぎに終了。

2013/10/15

午前中は川口インキュベートオフィス審査会議に出席。3年ほど前に川口市にも独立起業支援のためのインキュベートオフィスを作ろうということで、立ち上げに係った関係から、いまだに審査員の活動を続けている。当初は若者の独立をイメージしていたのだが、実際に蓋を開けてみると30代から40代の起業家が多い。今日の方も40歳後半にしてNECをやめられた方である。いわゆるバブル組みの最後の世代ということになるのであろうが、この年齢からの独立は逆に厳しいものになるであろう。とはいえこの施設は家賃光熱費を合わせて月々の費用が2万数千円という格安の施設である。初期投資を抑えたい独立時にはもってこいの事務所というということで、開業以来12部屋ほぼ満室となっているのだ。

昼過ぎ、茨城県にてイタリアンレストランを開業するというHさんご夫妻打ち合わせ。この御夫婦は当初中野周辺での独立をイメージしていた。先ほどもお話をしたのだが、独立時に最もおさえたいのが初期の投資金額であり、そのためには固定費を削減することは非常に大切なことだ。月々の支払いが多ければ多いほどに、その分収入も増やさねばならず、そもそも多くの数を扱うことが出来ない個人事業では、それはそのまま価格に跳ね返ることになってしまう。
それに個人事業の場合、大資本を投入した大型店舗とは違い、少ない数のお客様に満足を提供するという方針が現実的であるので、その地域に何百人の顧客がいるのかどうかが大きな問題なのではなく、自分のこだわりの店をやり続けることが出来る状況かどうかが問題となる。そういう観点から考えてもレストランを開業するにしても、もう少し土地代の安いところへというアドバイスをさせていただいたところ、それが茨城県になることになったのである。

ますいいリビングカンパニーも川口市に住み続けてきた土地に自分の建築を建てるということで家賃の要らない状態を続けている。もちろん建設費用は要するが、東京都内の一等地にそれを行うことに比べれば格段に安い。町田分室だって東京電力の高架線の下の土地で、建築物を建ててはいけない部分の面積が半分以上の安い土地に、その部分をよけるように計画された細長い小屋を立てることで必要最低限の出費で抑えている。レストランも家造りも同じ物づくりだ。作り手の余裕は何よりも大切なものとなるのである。

2013/10/14

午前中、埼玉県さいたま市にて新築住宅を検討されているYさんご夫妻打ち合わせ。今回は崖の上に立つ土地の購入し際して、どのような建物が建築家農家についてのご説明をさせていただいた。北向きではあるものの他の建物に遮られることのないすばらしい眺望は、設計を進める上でも大きな魅力となる。当然ながらその眺望を最大限に生かしたプランを作ることになるわけである。

続いて茨城県古河市にて進行中のMさんの家の引渡しに立ち会うために鈴木と森脇と一緒に現場に向かう。引渡しとは言うもののまだ工事がすべて完了したわけではないので、外構工事やら玄関ドアの交換やらの残工事を残しているのではあるが、一応はこれで一区切りというところ。民家のような懐かしさを感じる住宅を作ろうということでスタートした現場であるが、ご要望に対する答えは作り上げることが出来たのではないかと考えている。完成写真を楽しみにしていただきたい。

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2013/10/11

午前中、小学館の浜本さんとライターの渡辺さん来社。以前から係っているビックコミックスペリオールの漫画「匠三代」の建築についての打ち合わせを行った。何でもこの先のストーリーで、主人公が働く工務店の建て替えが計画されているということである。深川の古い工務店建築をどのように建て替えたらよいかのアイデアを出してほしいということであった。主人公が働く建物の建て替えということになれば、その絵はこれから続くストーリーの中で毎回のように描かれるものになるであろう。深川の工務店の跡取りになった若き有望な建築家が一体どのような建築を生み出すのか?なかなか面白いテーマである。

2013/10/10

午前中は川口市の土木業者の宮腰さんと一緒に東京都東村山市にて計画中のKさんの家の現地調査へ。最近は数十年前に造成された既存の宅地に、建て替えを行うケースがあちらこちらで非常に増えており、その際には古い擁壁などのつくり替えが必要となる。斜めに傾斜を採って摘まれている間地石と呼ばれる壁をコンクリートにしたり、簡易的なコンクリートブロックの擁壁をコンクリート造にしたりの工事が一般的であるのだが、今回もそのパターンに当てはまる。

今回のケースでは高低差が1メートルほどということで、それほどの段差があるわけでもないのだけれど、でも意外と費用がかかるのがこの造成工事というものだ。たいしたことは無いと思っていても木造の場合、通常は100万円以内で納まる住宅の基礎工事の倍以上かかることも珍しくはない。それだけに信頼の出来る業者さんに依頼したいところである。

土地取得の際のアドバイスではあまり高低差のある土地はお勧めしないのだが、でも地域によってはそういう状態が当たり前というところもあるので絶対に避けるということは不可能だ。そのような場合には当然造成工事費も土地代に入れて考えなければいけないので注意が必要。帰り道に一緒に昼食をとり、13時ごろ事務所に帰る。

2013/10/08

午前中は事務所にて雑務。週末に向けてのプレゼン資料の確認など。

昼過ぎよりお茶のお稽古。来週の週末に迫るお茶会に向けて棚の薄茶の手前を行った。

15時、埼玉県川口市にて住宅の建築を検討されているSさん打ち合わせ。奥様の実家の近くで土地を探されているということで、私の息子の通う中学校の周辺地が候補地ということである。まったくの地元ということで、土地探しからのお手伝いをすることができそうだ。不動産屋さんの場合は、どうしても地域性が強いので川口市と両隣くらいまでしか新鮮な情報を提供することは出来ない。ネットに掲載されているような情報はすでに多くの人が知っており、わざわざお知らせする意味もないので、そうではない新鮮な情報、つまり誰も知らないような売り地を見つけることが出来るかどうかというのが重要である。

夜、村上春樹「1Q84 book1」読了。数年前に読もうと思い購入したのだが、その時はなぜか読むことが出来なかった。ここ最近村上氏の本を数冊読んでいるので、今回はどうかなと思い手にとって見たところ大変興味深く読み進めることができた。本を読むということは、作者の何らかの問題提起を感じ取ることである。以前読めなかったものが読めるようになるというのは、その問題提起を受け入れることが出来るようなチャンネルを心の中に持つ事ができたということのような気がする。まだ1000ページほどの物語が続いていくわけだが、果たしてどのような結末になるのであろう。

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2013/10/07

茨城県古河市にて進行中のMさんの家がまもなく完成に近づいている。現場ではすでに足場を外し、内部の養生もはがしてクリーニングなどの作業を行うという状態だ。この住宅は内部の温熱環境のコントロールを考えて南側に大きな深い軒がせり出している。この深い軒は建築の内部環境に貢献するだけではなく、周辺環境に対する存在を和らげる効果も発揮してくれている。白い外壁に黒っぽい屋根が葺かれた建築の様子は、周辺の街並みを少しだけ華やかなものに変えてくれているようである。

私の妻の実家がある滋賀県の集落の街並みは、杉板を黒く焼いた焼き杉の外壁と瓦の屋根を持つ住宅が見渡す限り建ち並んでおり、その風景はとてもきれいに見える。もちろん最近開発された住宅街はその限りではなく、滋賀県といえどもハウスメーカーの住宅やら建売やらが関東地方と同じように建ってしまっているのだが古くからある集落に関してはそういうことは少ない。それは集落に住む皆が、自分の家を建てる場合でもあくまでその集落の持つ風景の中に建てるという意識が強かったからではないかと思う。当然仕事を請け負う大工さんだって、その集落の建築を、いや風景を自分が作るという意識で仕事をしていたであろう。現代の住宅を作る建築家には、そういう責任も当然あると思うのである。

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2013/10/05

昨日の夕方より所用にて奈良へ来ている。東大寺にて会合の式典に出席したのだが、これがなかなかのものであった。東大寺に訪れるのは何年ぶりだろうか。おそらくもう5年ほどは経っていると思う。式典用にライトアップされ、大仏の顔の前の扉が開かれている様子はこれまでに見た東大寺のどの姿よりも荘厳で、印象に残るものだった。きっと重源が鎌倉時代にこの大仏殿を再建したときの荘厳な風景はこんなだったのかと時代をさかのぼって想像してみた。

頼朝挙兵のあげくの動乱の中、平重衡が南都を焼き討ちし、東大寺・興福寺がともに消失した。興福寺は藤原家の菩提寺であったので早々に復興できたのに対し、平家と対立したがゆえに一切の所領を奪われていた東大寺を広く民衆からの募金によって再建しようという勧進のアイデアが採用され、初代の大勧進職に任命されたのが重源の始まりである。大仏開眼の法要が行われたのが1185年、ちなみにこの年には源氏が平氏を壇ノ浦に滅ぼしたり、京都が直下型の大地震に見舞われたりした。革命期の動乱の中、建築の再建によって再び人々の心をまとめようということに挑戦したのがこの長源なのだ。

重源の時代の建築は大仏様と言われる。この建築様式は12世紀後半のわずか25年間、つまり重源が東大寺再建の大勧進職にあった時だけのものである。ちなみに今建っている東大寺大仏殿は江戸時代に再建されたものであるのでこれとは違う。重源が作ったものでこの場所に唯一残っているものは東大寺南大門のみである。当時の大仏殿を想像するには南大門の架構体の高さを2倍にし、間口を3倍、奥行きを5倍にする。その巨大な架構体を現存する大仏に覆わせたと考えれば良い。公慶によって江戸期に再建された現存の大仏殿と比較すると、重源の大仏殿の輪郭の容量は優に倍はあった。内部も当時は現在のように天井が貼られていなかったので、内部空間の容量は優に3倍はあったといわれている。ちなみに現存する大仏殿でさえ世界最大の木造建築である。

重源の純粋な大仏様は浄土寺浄土堂に見ることが出来る。この建築は一言で言うと屋根の作り方が異様である。日本建築は伊勢神宮や現在の住宅建築でもそうだが、屋根架構とそれを支持している下部の架構が分離する野屋根と呼ばれる工法で作られているのに対し、大仏様の小屋組みは下部の軸組みと連結され一体化されている。構造的にはこの方が安定するのは当然だが、軸組みと梁や桁を筋結するための仕口が複雑になる。結果として天井を張ることなく小屋組みや母屋、野地板までをも露出しているのである。この工法で作られた大仏殿は、立体格子の連続する巨大なガランドウの大空間であったであろう。大仏を覆うがバーでありながら、さらに大きなスケールの巨大空間を感知させる装置でもあったに違いない。なぜこのような建築を作ることが出来たかといえば、中国に比べて日本にはまだ巨木がたくさんあったのである。事実この東大寺の再建で余った木を中国に送っているほどである。

戦乱の焼け野原を見て重源は何を思ったのか。天平から4世紀にわたって続く鎮護国家のための東大寺が失われている姿を見てそれを再建しようと思うその心には、これまでの人々が目にしたこともないような巨大なスケールの建築が描かれていたのであり、勧進によってそれを実現したのである。

八百十余年前の出来事に思いをはせながら、東大寺でのひとときを過ごした。

2013/10/04

明かりには様々な種類がある。でも住宅の場合明るければ良いというわけでもないような気がする。蛍光灯の白っぽい明かりは勉強などには便利であるが食事をするような場合には明るすぎる。最近の商品は光の種類が調整されているので、昔の蛍光灯のように何もかもが白っぽく見えてしまうようなことは無いが、家に帰ってくつろぎながら気持ちを落ち着けて食事をするという行為の為の光の量としては多すぎるのであろう。

同じく外からの自然光の取り込み方にも一工夫する余地はあると思う。僕は障子を通してはいってくる柔らかい自然光か好きだ。特に南側の大きな開口を設ける場合など、何も遮るものの無い強い光は明るすぎる印象がある。住宅の場合はあくまでくつろぐ場所であり、家の中で木陰を求めたくなるような強すぎる光はあまり必要ない。でもたまにそういう光が欲しいときには障子を開ければよいわけで、調整が出来るというメリットも好きな理由のひとつである。下の写真は以前造った9坪の小さな住宅のリビングである。たった9坪しかない住宅でも、障子を通して入るやわらかい光のおかげでとても心地が良いのである。
障子の明かり

2013/10/03

午前中は事務所にて打ち合わせ。まずは埼玉県さいたま市にて設計中のTさんの家についてのプレゼン案確認。

続いて、埼玉県岩槻市にて設計中のKさんの診療所兼住宅の設計方針について。この住宅は1500万円で30坪の診療所と住宅の建築を作るというなんともますいいらしいローコスト物件である。こういう現場を進めるときにはいつも考えることなのだが、何をもってその建築の魅力とするかの明確な狙いをつけて物事を進行することが重要となる。

写真は埼玉県川島町で1250万円ほどで作ったカフェ兼住宅である。この現場では設計の初期の段階でクライアントからのイメージスケッチを手渡されている。「お金はあまりないけれど、自分達もできることはやるのでこんなイメージのカフェを作りたい」の明確な目標は、先の建築の魅力を決定付ける要因となった。下の写真は完成写真だ。多少の変更はあるもののほぼ最初のスケッチのイメージに近いものとなっている。
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HPをなんとなく見ていたらますいいで働いていた佐野君の会社を見つけた。その名も「SANO-SANOリビングカンパニー」である。ちょっとびっくり、でも自分の子供を見ているようで微笑ましい。HPにメールフォームがあったので投稿してみた。

メッセージ:
久しぶりです。HP初めて拝見しました。頑張っているようで何よりですね。静岡県でいろいろと人脈を広げているようですが、だれか面白い人がいたらこちらにも情報くださいね。
自宅のほうの設計はどうですか?地鎮祭をしたようだからもう着工しているのかな?自宅の工事事例は自分にとって財産になると思います。まあ現物理念みたいなものですね。ぜひ頑張ってくださいね。
最後に、「世の中で自分にしかできないこと」を探してみることをお勧めします。模倣はよいことです。でも最後にはオリジナルになることが大切。それも自分が「間違いなく正しいことをしている」と感じられることが大切なのです。考えてみてください。期待しています。
今度遊びにに行きます。その時はお酒でも飲みましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お返事を頂いたのでそれも掲載する。

増井さん
ご無沙汰しています。
おかげ様で、何とか小さな形ですが、仕事を進めています。
自宅は、年末着工を目指しています。
「現物理念」って面白いので、もう少し考えてみます。
ありがたいことに、沼津のお客様より新築住宅の注文をもらいました。
こちらも来年着工の見通しですが、丁寧にやっていきたいと思います。
経営とデザインで日々模索していますが、増井さんから学んだことを、これから自分なりにどう展開していくかが、課題だと思います。今回のアドバイスを参考に頑張っていきたいと思います。わざわざメール頂き、ありがとうございました。社長、藤井さん、ますいいのスタッフの皆様にも宜しくお伝え下さい。
ではでは、静岡にお越しの際は、ご案内しますのでひと声おかけ下さい。


SANO-SANOリビングカンパニー
佐野記士(SANO NORIHITO)
〒418-0041 静岡県富士宮市淀川町5-14
TEL 0544-66-8737 FAX 0544-66-8738
http://sano-sano.jimdo.com/
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佐野君は、先に掲載したカフェの担当者である。静岡県での家造りをお考えのかたは是非お問い合わせ下さい。

夜、久米設計本社来訪。500人もの社員が働く大手組織事務所には初めて足を踏み入れたが、なんだか大学みたいなところであった。地元の名産である鋳物を先に建て替え予定の川口市立高校の設計にどのように取り入れることが出来るかについての会合である。19時ごろ帰社。

2013/10/01

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。土間についての考察など。ますいいではこれまで土間のある住宅を数多く設計してきた。今工事を進めている茨城県古河市の住宅も玄関を入ると大きな土間があるし、これから工事をする東京都北区の住宅でも土間がある。土間は外部と内部をつなぐ中間領域のようなものだから、暮らしの幅をもたらしてくれる。例えば庭仕事をしている人にとっては、泥だらけの野菜などをちょっと置いておくことができたり、靴のままで一休みすることが出来たりの幅である。写真は以前造ったさんかくの家の土間だが、普通に設計したら玄関ホールで片付いてしまうスペースは写真のようにパーティースペースなどにも利用されている。一人のときにはこの薪ストーブの前でワインを飲みながら読書なんていうすごし方も良い。住宅は人が暮らす場である。人を収納する場ではない。そして暮らしには人それぞれの意思がある。様々な意思を寛容に受け止めてくれる場としての土間はこれからも作っていきたいと思う。

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午後、お茶のお稽古。20日のお茶会に向けたお稽古ということで、今日は棚の薄茶点前とお運びの練習を行った。

夜。スコット・フィッツジェラルド著、村上春樹翻訳の「グレートギャッツビー」読了。村上春樹が20年間の長きにわたり暖めてきて、60歳を前にようやくこの本の翻訳をする自信がついたということで、手がけた作品とのこと。英語版を読む力は僕にはないので、この翻訳版からすべてを感じようと心して読んだ。

現代に通じる作品に仕上げたかったという村上氏の言葉の通り、第1次世界大戦後の人々の考えていることと、僕達の時代に考えていることとの間にはたいした差はないのだということが感じられるような作品に仕上がっている。村上氏のコメントの中に、翻訳には賞味期限があるというようなことが書かれている。つまり言葉や文章は時代とともに変化するものであり、だからこそその時代にあった翻訳が必要であるということなのだが、こういう考えは建築にも通じるところがあると思う。昔の名建築を見学したりの行為はするものの、そのまま建てたのでは現代に通じるものにはならない。でも変わらない方が良いと思われる価値のようなものを、むしろそれが明確に表現されていた時代の作品から見出すことはとても大切なことだと思う。その「何か」を探し、再構築することこそが建築の仕事の醍醐味だ。

この作品も村上氏がその「何か」をバランスよく現代の言葉で表現してくれているからこそ、「何十年も前に生きていた人と同じ事を考えながら」読み進めることができるのだと思う。

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