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増井真也日記
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増井真也日記

2013年7月アーカイブ

2013/07/29

西日本では天候が大荒れの様子である。なぜか関東地方だけは気温も上がらず、過ごしやすい日々が続いている。今年初めて植えてみた事務所の庭の栗はやっとのことで二つだけ、小さなかわいい実をつけている。頂いた鉢植えを地植えにしてみた朝顔は、手作りの柵をつたいながら元気よく育ち、気がつくとたくさんの花をつけてくれた。今年から色々なものを植え始めてみたが、元気に育つこともあれば突然病気になることもある。でもやっぱり花や実を見るのは嬉しいものだ。
20130729-1.jpgキッチンについての打ち合わせを行った。ますいいでは大工さんやステンレス加工屋さんの手を借りて、オリジナルのキッチンを作ったりのことが多いが、下の写真はそのようなキッチンを集めたものである。よくシステムキッチンと比べて安いの?の質問をされることが多いが、それは比較対象による。量産品の安価なシステムキッチンは、レンジフードまで含めて15万円ほどで購入できるものもあるし、そういうものは低下の35%くらいで仕入れることが出来るので、さすがにそういう製品と比べれば高くなってしまうわけだが、TOYOキッチンのようなデザイナーズキッチンなるものと比較すれば、同じような見た目で100万円クラスのキッチンを40万円ほどで製作することも出来る。左上の写真は壁側にコンロ、カウンター側にシンクを配置した例で、カウンターの方は大工さんが作った箱にステンレスのシンクをかぶせるという手法で作っている。右側の写真は、大工さんが作った箱に左官屋さんがモルタルのカウンターを仕上げている様子である。完成すると左下のようになる。そして右下の写真はいわずと知れたステンレス製のキッチンだ。こういうものはまさにブラックボックスというか、おそらく普通の建築屋さんでも作り方を知らない人が多いと思うのだが、値段はあってないようなもので、職人さんの人工と材料費の支払いを積み上げていけば安く納まるのである。20130729-2.jpg

2013/07/27

14時、東京都恵比寿にある伊藤建築塾のスタジオにて赤坂憲雄先生による講演会。東北民俗学の専門家であり、学習院大学の享受でもある赤坂氏による震災後の東北を歩いた記憶とこれからの復興へのメッセージのような形で、様々な言葉がまるで詩を朗読するかのように流れ出していた。

震災後の住宅地を歩いていると、様々なよりしろのような死者を祭る祠のようなはたまた墓のようなものが、あちらこちらに出来上がっていた。それはそこに住んできて亡くなった方々を弔う何かなのであろうが、決してお墓を作ろうという意思ではなく、たまたまそこにあったブロックと木を組み合わせて作り上げていたり、井戸と鉄製のさびた梯子でオブジェのように作られていたりと言うようなものであった。たくさんのお地蔵さんの写真も提示された。何度も津波に流された経験のあるおじぞうさんもあった。宗教的なるもの、そんなものがあちらこちらに発生したということであった。

東北は人と自然との距離が近いという。不思議なことは常にその距離が近いところで起きるらしい。狐にバカニサレル(バカサレルではないそうだ。)、というようなことはまさにその接点で起きるし、この言い回しは自然と人が対等な関係に位置することを示しているらしい。津波によって近年の人と海の境は壊滅的に破壊されてしまったが、そもそもその境界はかつて海だった場所がほとんどである。復興計画では境界線を元通りに戻そうという力ばかりが働くのだが、そもそも海と陸の境界線は自明的に存在するわけではなく、常に揺らいでいるものであるのだ。今回の津波に、東北にある480の貝塚は被害を受けなかったそうである。古い神社も被害を受けなかったそうである。貝塚は縄文人の知恵であり、古い神社は人の世界から山の世界への入り口であるそうだ。

まるでもののけ姫やらの世界観を説いているようなお話であるが、現実社会とは遠く離れたようなお話ではあるのだが、そういう世界観をこれからの建築の仕事にどのように生かすことが出来るのかを問われているのである。

2013/07/25

午前中は埼玉県川口市にて設計中のスタジオについての打ち合わせ。来週の打ち合わせに向けて建築の面積を縮小したプランの作成を行ったのだが、大分現実的なプランになったようだ。この計画では、クライアントのSさんの趣味の為のスタジオを作る予定である。使い方はいまだに明確にはなっていない部分もあるわけで、それなのに必要以上に大きな建築物を作ることはもしかしたら今後の生活の足かせになってしまう恐れだってある。そういう中で、ここのスペースとここのスペースはひとつにまとめられるのではないかなどの検討を行いながら、最小限のプラン面積を導き出しているというわけである。

午後は、東京都豊島区の駒込駅のすぐ近くにて建築計画を進めているSさんの打ち合わせ。今回ははじめてのプラン提出ということで、3階建ての計画を2パターンプレゼンしてみることに。ひとつはデザイナーさんでもあるSさんのご提案をまとめた形で、そしてもうひとつはまったく異なるご提案を考える形で進めた。今回の敷地は都心の狭小地である。周りを3階建ての住宅で囲まれてしまっている。このような敷地の場合には、単純に南側に開いた採光通風の計画を立てることはできない。よって、小さな吹き抜けを設けたりトップライトを作ったりの断面形状の工夫や、壁を斜めに配置してまっすぐの壁との間にスリット状の窓を設けるなどの平面的な工夫が必要になる。二つ目の提案ではこのようなアイデアを盛り込んでみたのだが、気に入っていただけたようで何よりである。

打ち合わせ終了後、埼玉県伊奈町にて土地の購入を検討しているS様ご夫妻打ち合わせ。御夫婦ともにさいたま市の小学校の先生をしているSさんご夫妻が購入を検討している土地に夕方5時過ぎに集合し、その土地の印象やどのような建物が建築可能かについてのアドバイスなどを行った。敷地はとても良い整形地で南側の道路に面した70坪の広い土地である。周りは比較的開放的で、北側に面しているアパートの駐車場もこれから数十年間はそのまま変わらずあり続けてくれるであろうという好条件だ。なんでも敷地の地面の中に瓦礫があるから少しだけ土地の値段が安くなっているということであるので、その瓦礫の正体だけは確かめた方が良いでしょうとのコメントを託してきた。

どうしてこんなことに注意深くなるかというと、2007年に建築した4コハウスの現場での出来事が起因している。この現場は20坪の狭小地に地下室付きの住宅を建てようというものだったのだが、コンクリートで作る予定の地下室の下の地盤改良を行おうと機械で掘削を開始してみるとどうしても進めない障害物にぶつかってしまったのである。ボーリングの調査では何も無かったのに、どうしてこんな障害物があるのかと掘り進めて見ると、なんとそこには瓦礫の山が埋められていたのだ。改めて敷地周辺の人に聞いてみると、その土地一体は昔、とある建築業者の資材置き場になっていて、最後に瓦礫を埋めてしまってから建売が分譲されたということらしい。そしてその建売住宅が壊されて、つまりが暦を埋めてから40年近く経ってから、このような形で再び瓦礫が顔を出したということであった。こんな話は不動産屋さんやら、もともとの持ち主やら、誰かしらが教えてくれてもよさそうなものである。でも実際にはこちらから聞くまで誰も教えてはくれなかったのである。

土地の売買における瑕疵担保保証というのは売主側が業者ではなく個人の場合、2ヶ月間に限られている。要するに購入してから2ヶ月の間にその土地を買った側からこういう瓦礫があったから撤去してくださいよと言わなければ、飼い主側で費用を出して撤去しなければならなくなってしまうのである。このケースの場合でも設計期として約半年を過ぎていたので、既に売主側の責任を追及することは出来なかった。下の写真はその撤去を行っている様子だ。ダンプカー2台分の、しかも写真のような大きなコンクリートの瓦礫が出てきたのだが、この処分には数十万円の費用を要した。きっと昔々は木造の住宅を作るのに地盤の改良工事なんて行わなかったから、誰もこの瓦礫を問題視しなかったのであろう。新しく購入した人も気が着くこともなかったのである。でも今は違う。地盤の調査は必ず行うし、瓦礫があるということは埋め戻した土地であるのでその結果は悪いに決まっている。ということは何らかの形で地盤の改良工事を行わなければならないはずであり、もしもこんなに大きな瓦礫が隙間なく並べられていたらやっぱり撤去しなければならないのである。
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2013/07/24

朝礼後、茨城県古河市にて進行中のMさんの家の枠詳細図打ち合わせなど。全体的なつくりは決まっていても、実際に現場で作りこむときに再度図面上で細かい納まりを検討しながら、加工や取り付けの方法を整理していかなければ最終的に洗練されたものにはなりえないわけで、しかもそれは適した時期に行わなければ現場の工期をいたずらに遅らせてしまうことになる。現場は既に外部周りをやり終え、いよいよフロアリングなどの内装工事に入る段階である。いよいよというところなので、これからの進行が楽しみだ。

夕方、埼玉県さいたま市の岩槻にて設計中の整骨院兼住宅の打ち合わせ。現場では隣の地主さんから頂いた梁を保管する為の小屋も作られている。この梁をうまく利用する設計という方向で進められているのであるが、今回はその1回目のプレゼンとなった。まずは、梁の長さや本数から、それをうまく利用できるような建物の形状にした。つまりは梁の長さにあわせた奥行きにしたという事である。通常はこんなことはありえないのだが、あらかじめ用意された部材にあわせて設計を進めるという今回の手法もなかなか面白い。なんとなくではあるが逆に使いやすくなったような気もするから不思議だ。下の写真は保管されている梁と、計画している建物の模型である。
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2013/07/22

午前中は町田分室の担当物件である東京都日野市にて完成した多摩平の家に向かう。緑豊かな閑静な住宅街の一角に建つ小さな住宅は、外観がモダンな設えなのに対し、中に入ると和の雰囲気が感じ取れる作りとなっていた。下の写真がその様子なのだが、きちんとした写真を撮影したらまたご紹介したい。
20130722-1.jpg続いて茨城県古河市にて進行中のMさんの家の現場管理。上棟後しばらくして大工工事が進んでいるのだが、外部周りが終了したというところで現場に訪れた。現場にはすでに杉のフロアリングが搬入されており、いよいよ床貼りやら電気配線の工事に入るところだ。これから先は断熱材、石膏ボードなどが運び込まれそれぞれ所定の位置に取り付けられることになる。それにしても、ようやく雨仕舞いが整ったようでこれで一安心というところ。少々遠い現場であるが、泊り込みで現場に出向いてくれている大工さんにも感謝感謝である。
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2013/07/21

先月より読んでいたマーセル・セロー「極北」をようやく読了。世界が終わりを迎える中で、極北で暮らすある女性の最後のときを描いた小説である。あとがきに作者がチェルノブイリの汚染地域で生活する人々を取材した時の手記が書き記してある。

「本来的な自然のプロセスとの、かつては本能がつかさどっていた関係性を、われわれの多くがすでに失ってしまっていることを感じないわけにはいかなかった。我々はほとんどためらうこともなく、並外れたことをどんどん受け入れるようになった。そしてこの歴史的な瞬間にたまたま生を受けたという純粋な偶然を、あまりにも当然のこととみなしてきた。幾世紀にもわたる技術革新があり、投資があり、犠牲があった。そして地球資源がそれこそ湯水のように使われてきた。そのおかげで我々は何も考えずに生活を送れるようになった。寒さも暑さも感じることなく、自動車のエンジンやら、電話機のマイクロプロセッサーや、冷蔵庫の中の食品がどういう成り立ちなのかも理解することなく。」

「2004年にチェルノブイリを再訪したとき、私はこんな風に考え始めた。もし物事を逆回しにしたらどうなるだろう、と。現代社会においてはガリーナはただの無知な女かもしれない。彼女はインターネットも、携帯電話も、スシ・レストランも知らない。しかし落ちぶれてしまった世界においては、飢饉やら疫病やら戦争やら、或いはチェルノブイリで起こったような工業社会のもたらす災厄によって困窮の縁に追い詰められた世界においては、またラブロックという学者のすざまじい予言が描き出すような大変動が起こった世界においては、たとえば私の身につけている専門知識などほとんど価値を持たなくなる。どの茸が食べられるか見分けたり、キャベツを栽培したり、食物を保存したり、そういうことを知らなければ、生きることはほぼ不可能だ。そして男よりは女性の方が通常長命であるのだから、この惑星における人類という存在の最後の局面は、チェルノブイリの「居住禁止区域」での原始的な暮らしに近いものになっていくのではあるまいか。私の頭に、はっとそういう考えが浮かんだ。人々が去ったあとで、その土地では野生が再び力を盛り返していた。女たちは子孫を作ることなく、子供を生む年齢は既に過ぎ去り、汚染した土地で作物を育てていた。」

2012年に未曾有の災害を経験した日本人にとっても、この小説は読む価値がある。それの機会を提供してくれた村上氏に感謝したい。
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2013/07/18

11時、今日もまたスキップシティーの国際Dシネマ映画足に足を運んだ。今日は短編映画を見に来たのだが、3作ある作品のひとつ「カタラズのまちで」がますいいのクライアントの一人である津田寛治さんという俳優さんによる作品なのだ。津田さんは、アルバイト先の喫茶店に来ていた北野武に売り込み、1993年『ソナチネ』で映画デビュー。映画を中心に活動を続け、1994年には竹中直人監督『119』、2002年『模倣犯』『Dolls』と合わせて第45回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞した方である。

会場にはもちろん津田さんも来ていた。作品は、福井県を舞台にしたとある少年と浮浪者の画家にまつわるエピソードを、台詞の無い映像で表現するというものだ。福井県は津田さんの生まれ故郷ということで選定したのであろう。上映後に津田さんに聞いてみたのだが、そのとある少年は自分自身を投影したものでは無いそうである。客観的に津田さんを見ている私からは、どう見ても津田さん自身を投影したようにしか見えなかったのだが、ご自身がそう言うのだからそういうことにしておこう。

インタビューの中で、映画を見るのはなるべく映画館で見て欲しいという津田さんの意見に対して、「三歩、さがって」の高橋雅紀監督がWEBを通した放映も積極的に取り組んでいると言っていた。これこそまさに住宅の現場における手刻みとプレカットの関係であると思う。大量に情報を発信できるWEBは確かに魅力がある。みんなが利用しているし、コストも抑えられる。見る側だってただで見ることが出来たりのサイトもある。でも映画にはむかない、と私も思うのである。

2013/07/17

埼玉県さいたま市の岩槻にて計画中の現場では、少々面白い計画がすすんでいる。右の写真が計画地の隣の地主さんの持つ古い蔵で、左の写真がその蔵の解体時に頂いた古材である。今回の計画のために合計8本の梁材を頂くことができた。戦前の建物ということで非常にどっしりとした風貌で、使われている材料もなかなか魅力的なものだったので、本当は移築をしたいくらいだったわけであるが、そこはコストとのバランスである。曳き家で移動するにしても、一度解体するにしても、それ相応のコストがかかり、それは新築のコストよりも高くなってしまうのだ。材料を再利用できるわけだから安くなってほしいと願うところではあるのだが、やはり今の時代に最も高いのは人件費、プレカットで作る一般的な軸組みが一番安いという矛盾に阻まれるわけである。
20130717.jpgこういうことはフォレスト西川さんの見学に行ったときにも感じたことだ。ストックヤードに積まれている見事な材木は使われることを待ってそこに存在する。そのまま使えばどれだけすばらしい小屋組みが出来るだろうという思いが膨れ上がるのだが、材木をふん段に使い職人さんの手のあとを表現したショウルームの材木の構造にかかる費用は非常に高いものであった。その昔、まだ製材の技術がすすんでいなかった頃には、梁を丸太で使ったり、太鼓梁という上下に皮が付いた状態で使ったりするほうが角材に製材するよりもコストがかからなかった。人間の手で丸いものを四角くするよりも、そのまま使ってなんとか束の長さなどで調整して屋根をかけるほうが簡単であるのは誰の目にも明確であろう。

でも今の機械化がすすんだ時代には、丸いものを四角くするのは一瞬で終わるのだ。それならば四角くして平らな面に束を立てるほうが圧倒的に楽である。仕口の加工にしたって同じことである。プレカットの工場では一瞬で柱や梁の仕口の加工をしてしまう。人間がやることはそこに適切なサイズの材料を置き、コンピューターにプログラムされたディスクを入れるだけなのだ。

大量生産の時代に適したこのような仕組みは職人さんから加工の技術を奪い去った。2000年ごろから突然急増したプレカット工場。最近は統廃合がすすみ町場の小さなプレカット工場は廃業に追い込まれているが、その代わりに大手の工場がものすごい棟数の加工を一手に引き受けるという風に変わってきている。このての工場は仕入れも大量に行うし、加工能力も非常に高いので、値段は確かに安い。でも時代は変わりつつある。大量生産の時代はすでに終わりを迎えようとしている。住宅の場合には、人口の減少や建築の長寿命化がそれに拍車をかけている。大手の建売メーカーが統廃合を進めているのもこれによるのだろう。

そんな時代において、家造りに係るものはもう一度人の手による作業を復活させなければいけない。何もすべての部材を手刻みしなければいけないというわけではない。金物が意味が無い、釘の無い仕口が一番だなどという前近代的なことを言うつもりも無い。人の暮らしに豊かさを与えるであろう意匠に係る部分にその技術が必要なときには、ためらいも無く職人さんの技術を使うことが大切であるということである。上の写真の梁は診療所の天井に利用するつもりだ。クライアントのKさんが言う自分の家に帰ってきたような感覚のする診療所にしたい、懐かしさを感じるような場にしたいという思いの実現にきっと一役買ってくれるであろう。なんせ何十年もの間蔵をささえ続けた材木たちなのだから。

2013/07/15

午前中は埼玉県川口市にてスタジオの建築を予定されているSさん打ち合わせ。母屋の横にある古い店舗を解体し、そこにヨガやバレエを行う為のスタジオをつくるという計画である。初めは併設してカフェのようなスペースも設けるという計画だったのだが、ここに来てそのカフェスペースは規模を縮小しお茶の飲める休憩スペース程度に変更された。このスペースでは美術の教室も行われる。いわゆる多目的スペースとなるわけである。このような計画を進めている場合、何かと計画の規模を大きくしてしまいがちである。少しでも大きな建物を建てたいという思いは設計者の側にもあるわけであるのだが、そこはぐっと我慢。やはり個人で建築する建物の場合、建てて終わりではない部分、つまりメンテナンスやらのことも考えて必要最小限におさえるような思考の方向性が健全であるということを認識しつつ、計画を進めていかなければいけないと思うのである。

続いて、千葉県野田市にて住宅の建築を検討されているUさんの父の調査へ。途中、野田市にある清水公園の目の前のラーメン屋さんで昼食をとったあとに現場に向かう。現場にはすでにUさんの奥様のお兄さんがいて庭の手入れをしてくれている。普段は使っていない古い建物があり、その廻りには広い庭があるのだが、その庭の草刈などをしてくれていたようだ。計画敷地はその庭の一部ということになる。古い建物も一部を取り壊さなければいけないようだ。瓦の乗っている一連の屋根の途中から壊すことになるので厄介である。同行した橋本は敷地の測量を、私はお兄さんとの立ち話を一時間ほど。もともと保険屋さんだったというお兄さんは現役を引退した後も変わらず会話が上手でついつい長話をしてしまった。

夕方、埼玉県川口市にて新築住宅を検討されているSさんご家族来社。敷地は偶然にも上記のスタジオの敷地のすぐそばである。このあたりは川口市の中でも非常に人気のある住宅地なのだが、よく手に入ったものだ。土地の購入のアドバイスも長年経験しているが、こればかりは運というかタイミングというか、中々思い通りに行かないときもあれば、あっという間に最良の物件にであることもある。まあ結婚のようなものなのだろう。今回は初めての打ち合わせということで、ますいいの仕事の流れなどについてのご説明を行う。2週間ほど後のプレゼンのお約束して終了。

2013/07/14

日曜日。午前中は所用の為宇都宮へ。

夕方、昨日に引き続きSKIP CITY 国際Dシネマ映画祭に足を運ぶ。日曜日ということで昨日よりはいくらは人の出も多いようだ。今日はホウ・チーラン監督の「狼が羊に恋をしたとき」を鑑賞。台湾のとある町におけるラブコメディーだが、アニメを使った表現が途中に入るなどの手法が現代的で面白かった。

映像での表現は建築と共通している点があって面白い。映像の場合は、あるストーリーを見せることで何かを感じさせるわけだが、その感じ方は受けて側によって様々に変わる。でも何か柱のようなものはあって、それが監督の強いメッセージとして存在している。見ている側がそういうメッセージに出会えたときに、なんとなく自分が忘れていた価値観を再確認したり、誰か大切な人を思い出したり、その結果誰かに電話をしたり、会いにいったり、お墓参りをしたり、の行動につながっていく感じが好きだし、そういう出会いを期待して映画を見ているような気もする。

建築も同じで、現代社会の価値観に知らないうちにコントロールされてしまっている「ある部分」に対して、「もう少し本質的な何か」を示してあげることこそが建築家の仕事の中で最も大事な部分だと思う。もちろん個人が作るものだから、コストの管理などもとても大切な部分になるわけだし、雨漏りをしないといった技術的な部分だって大事に決まっているわけだけれど、それは映画でも同じことで、限られた予算の中でキャストが安全なように摩訶不思議な映像をとることも大きな技術を必要とするであろう。でもそういうこと、つまり制作費がイカに安かったかとかCGがイカに先進的な技術を駆使したとかというような事柄を求めて映画を見ているわけではなくって、それはあくまで後からついてくるものであるのだ。

映画には人の思考や行動に何らかの影響を与える力があると思う。それは感動という回路を通ってくるメッセージに強く感動するからだ。住宅建築には人の日常の暮らしの中で、大切なものの順番を少し変えてくれる力があると思う。厚い杉の無垢材の床ではだしで生活している人と、ぴかぴかに塗装された合板フローリングの床でスリッパを履いて生活している人とでは、温泉旅館の情緒を感じているときと高級ホテルの優越感を感じているときほどに違いがあると思う。そしてそれは毎日の生活の中で少しずつ「その人の何かを変えていく」のであると思う。

2013/07/13

10時、埼玉県さいたま市にて住宅建築を検討されているTさんご夫妻打ち合わせ。今回は2回目のプレゼンテーションということで、前回からの修正案をご提案した。まだまだ将来二部屋に分けられることになるかもしれない子供部屋の動線や、玄関周りの収納プランといった問題点はあるものの、土地の特性を生かした魅力的な建築のご提案が出来たのではないかと考えている。次回はフォレスト西川に森林見学に行く予定である。先日スタッフ全員といった埼玉県の山のよさをクライアントにも知っていただきたいということでお誘いしてみたところ、快くお受けいただいた。次回も楽しみだ。

夕方、SKIP CITY 国際Dシネマ映画祭に足を運ぶ。この映画祭はフィルムを使用せず、デジタルで撮影・制作された作品のみを対象とした国際映画祭。世界中から、エンターテインメント性とデジタルの新たな表現の可能性を感じる作品を公募し、2004年から毎年開催している。約1週間の期間中は、厳選された作品の上映が二つのホールで行われているのだが、イベントの内容のよさに反して、会場にいる人の人数が非常に少ないのがさびしいところだ。

今日は「僕と叔父さんとのこと-LUV」という映画を見た。アメリカ、ボルチモアの犯罪社会に巻き込まれていくおじさんを見る少年の心を描いた映画だが、最後はなんだか意味深な言葉を残してラストを迎える。「人間には持つものと借りるものがいる。その中で何を持つかが大切なんだ。」日本人にはすぐにぴんと来ない言葉のような気がするが、なんとなくわかる気もする。映画が終わると監督自身が作品についての質問に答えてくれるというイベントがあるのだが、それもこの映画祭ならではのメリットである。

2013/07/11

朝の朝礼後に、先日アスタリスクカフェの平山さんから送っていただいた「住人十色」というテレビ番組をみんなで見た。この番組は平山さんがカフェをオープンするに当たっての経験談から、現在の生活の様子までを描いたもので、私が話をするよりも格段にその様子を伝えてくれるものとなっている。雑誌やテレビがこのような媒体を作成してくれることは、私たちのような小規模のアトリエにとっては非常に価値のあることだ。ご協力いただいた平山さん、そしてこのような番組を作成してくれた大阪テ毎日放送に感謝したい。

夕方、東京都北区にて設計中のMさんの家のスタッフミーティング。今回のプレゼンはスケッチを主体として居心地の良い空間を演出する意匠のご提案をしていく予定だ。明日の打ち合わせに向けて大方の資料は完成したようである。続いて、埼玉県さいたま市にて設計中のTさんの家のスタッフミーティング。前回の第1回目の打ち合わせからの変更案として二つの案を考えている。あとは1/100の模型を作って完成というところ。続いて、埼玉県さいたま市にて設計中のMさんの家のスタッフミーティング。前回方の若干のプラン変更をふまえての、スケッチや模型によるプレゼンの検討を行う。

事務所の1階にDVDなどが見れるように映像設備を用意した。夕方少々時間があったのでルイス・カーンの生涯を描いた「MY ARCHITECT」を鑑賞。コルビジェやライトと並ぶ20世紀の建築の巨匠であるカーンはその最後をペンシルベニア駅で迎えることになるのだが、その生涯にわたって優れた建築を生み出しただけでなく、3つの家庭を持つという少々変わった人生を送っている。まあこの時代に生きた巨匠と呼ばれるような人にはこのようなハチャメチャな人が多いのであるが、この作品はカーンの息子さんが本当のカーンの姿を明らかにしようというドキュメンタリーである。建築に興味の無い方でも楽しめると思うのでお勧めしたい。

2013/07/09

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後より、東京都新宿区にあるリビングデザインセンターオゾンにて千葉県野田市にて新築住宅の建設を検討されているUさん打ち合わせ。少々早くついたので地下1階のとんかつ屋さんにて食事。気がつくと隣の席にはオゾンの工務店紹介を担当されているお二人の女性が座っていた。せっかくの昼食のお時間に話しかけるのも、なんとなくお邪魔な気もするので黙っているとやっぱり話しかけられてしまう。こんなことならこちらからお話すればよかったと思うが、まあこんなもんである。

Uさんの計画はこれまで静岡県の浜松市にて仕事を続けてこられ、退職後の終の棲家として奥様の実家でもある野田市に終の棲家を作って移住するという計画である。約1時間ほどの顔合わせを行い、3週間後の再会をお約束して終了した。

2013/07/08

今日は第4回ますいい建築塾ということで、埼玉県飯能市にあるフォレスト西川さんとその関連業者の見学を行った。まずはじめに行ったのが、フォレスト西川の出資者である大河原木材さんの所有する山林である。私たちが歩いているこの道を通って切り倒した木を搬出したりの作業をするそうだが、実はこの道は埼玉県の助成金を使って作られたそうだ。林野庁は日本の木材自給率を50%まで向上させることを掲げているのだが、その目標項目のひとつに路網の整備というものがある。材木を人の手で運び出すには限界があり、何とかその作業を行うことが出来る道を増やしていこうということなのだが、実際に険しい山道を汗を流しながら歩いてみるとその意味がわかるものである。

ここ埼玉の西川にある山林は、その所有者がかなり細かく区分されているのであるが、所有者によっては切り倒した間伐材をそのまま放置したり、下草刈をしないなどの荒れ果てた山もかなり多いという。道も無い、機械も入らない山を持っていたとしても、その手入れをできる人材や資金は無いのであろうし、あったとしても金銭的デメリットしかない中で継続的に続けるはずも無い。外国から輸入する材木の方が安いという事実が、国産材の消費を阻害するわけであるが、それにはそれなりの理由があって、それらの問題を解決していかなければいけないということなのである。
20130708-1.jpg続いて訪れたのが、原木市場である。ここには切り出された丸太が積まれていて、月に2回ほど市が開かれる。左下の写真は杉の丸太で、右下の写真はヒノキの丸太、芯の部分の色がまったく違うので簡単に見分けが付くだろう。ここの木は長さを3m、4mといった標準寸法に揃えられている。ちなみに末口180mmくらいの杉の丸太からは4寸角の柱が1本採れるのだが、その丸太一本の金額は約1000円ということである。50年間育てて、作った道から切り出して、1000円では浮かばれない。ちなみにこれを製材し、4寸角の柱として私たち工務店が購入できる金額は3500円程度である。柱以外に板材が何枚か取れるものの入れたとしてもせいぜいプラスされるのは1000円程度。ということは4500円ほどの金額にしかならないというわけだ。この差額の3500円で何をしなければいけないかというと、まずは製材、そして乾燥、最後に運搬となるわけであるが、その作業を行う製材所や材木屋さんといった企業が介入するわけなのだから、3500円でも足りないくらいなのだろう。

これを解消するには生産設備の効率化という方向に向かうわけである。製材所の機械でも1日に数千本の柱を加工できる機械もあれば、人の手で数十本しか加工できないものもあるわけだが、もしこの地域にそんな機械を入れたとしても、そもそもそんなにたくさんの材木が採れる訳でもないという問題もある。日本の山林は面積こそ大きいものの、斜面が険しく移動が非常に困難なわけで、地域全域をまとめる加工工場を作るというわけにもいかないのであろう。山林の所有者の細分化の問題や、加工設備の規模の問題などを見ていると、一民間企業の努力だけでどうにかなる問題でもないような気もしてくる。林野庁の50%目標達成も、どこまで国が本腰を入れてくるかで変わるであろう。
20130708-2.jpg次に製材所の様子をご紹介する。今回見学させていただいた大河原木材さんは上記の大量生産の流れとは反対に、注文を受けた材料のみの製材を行うという一品生産路線を歩んでいる。当然手間はかかるが、その代わりに単価も上がる。大量生産路線が取れない中での策であるが、材料自体の価値が無ければ誰にも相手にされない。ということは良い材料を集めなければならないし、そのためには育てなければならないということになる。それにそのような特殊な材料を使用するには、それを加工し組み上げる大工技術が必要である。だから大河原さんでは月に1回ほどの大工塾を開催している。つまりは技術の継承と、それに必要な材料の供給を両面から行い、その木を育てる山をも維持しているのである。
20130708-3.jpgこちらは製材した材料をストックするストックヤードの様子だ。左の写真のような太鼓張りの状態のものや、右の写真のような柱材から板材、中には長さが20mはありそうなまるで法隆寺の芯柱にでもなりそうなまっすぐの杉の丸太まで様々な材料が揃えられている。まさに材木の見本市のような状態なのだが、このような規格外のものを揃えておくことこそ自由な家造りを目指すクライアントにとって見れば非常に重要なことであるのだ。もちろん限られた予算の中ですべての柱や梁をこういった材料でそろえることは難しいが、このストックヤードを訪れて、気に入った柱と梁を設計に取り入れ、住宅のシンボル的な存在となるようなデザインとするなどの工夫はローコスト建築の中でも可能なことだ。それにここまでの一連の流れを見ると、そこにあるのはただの柱ではなく、がぎられた条件の中で地元の人たちが必至に育てた努力の結晶のようにも見えてくるのである。地元の木だから地元で使えばその地域にあった呼吸をする、それが一番良い気の使い方なんだという大河原さんの言葉以上に、そういう人の手の見える材料だから使いたいと思えてくるものであるのだ。
20130708-4.jpg気温は35度をこえている。地球温暖化もここまで加速度的になると不安になる。水の問題だってある。東京や埼玉の水源は秩父や丹沢などの山系に頼っている。つまりは自然の適正な管理は必須であるのとは明確であり、建築はそれに多少なりとも寄与できる分野である。これまでもそう思って西川材のフロアリングなどの利用をすすめてきたし、これからもそうするつもりである。物の価値は見なければわからないものだ。ご希望される片はお一人でもお付き合いする。興味のある方は是非お声かけ頂きたい。

2013/07/06

午前中は事務所にて雑務。

14時、東京都荒川区にて設計中のKさんの家のプレゼンテーション。今日は2回目のプレゼンということで、前回からの変更案をご提案した。2世帯住宅の設計では、ご両親の世帯と子世帯の面積配分、共有ゾーンの利用方法などの調整が最大の課題となるわけだが、今回も近所の方々とのふれあいの場となるであろう路地に面した玄関や土間スペースの開放性の程度と、それを作ることによる1階部分のプライベートスペースの面積の減少とのせめぎあいの調整が必要である。まだまだ2回目、これからの深い話し合いの末、最終的には何を優先するかの選択をしていくことになるであろう。

続いて、埼玉県川口市の鳩ヶ谷にて新築住宅を検討しているHさんご夫妻打ち合わせ。今回は初回の打ち合わせということでますいいの家作りの流れなどのご説明を行う。

18時、東京都豊島区の駒込駅の付近の住宅の建て替えを検討されているSさんのご自宅を訪問。話に聞いていた通り周りの4方向を新しく建った3階建ての住宅に囲まれてしまっている谷間のような様相である。建物へは幅2.5mの路地上の土地を通っていくのであるが、その路地を通り抜けているとまるでタイムスリップをしているかのような錯覚に襲われる。玄関の引き戸を開けて中に入るとそこには時代物の家具が所狭しと置かれており、さらには珍しい置物やらの類もたくさんある。ホテルなどのインテリアデザインをお仕事とされてきたというSさんの人柄が伝わってくるような住宅だった。まずはこれを受けてのプラン提案となるわけだが、なんだか色々なことを学ぶことが出来る仕事になりそうである。

2013/07/03

13時より、東京都文京区にて住宅の建て替えを検討されているSさん来社。インテリアデザインのお仕事をされている初老のSさんは、さすがに設計のお仕事をされていただけあって、私たちが必要とする情報をほぼすべて調査してきてくれていた。おまけにプランも3パターンの広さで作成してくれているという準備のよさである。敷地は旗ざお地で4方向を3階建ての住宅に囲まれている。旗ざおの部分や建物と建物の隙間のわずかな部分を利用した採光や通風の計画を立てるわけだが、それには長年その土地に住んでいるSさんからの情報は非常に役立つわけである。まずは敷地を拝見しこれからの設計の方向性を考えていこうと思う。

終了後は川口市長の選挙の勝利を祝う祝勝会に参加。町の重鎮が出揃う会合である。一通りのご挨拶を済ませそうそうに会場を後にする。

2013/07/02

午前中は東京都のどこかの土地でイタリアンのバルを営みながら生活できる店舗兼住宅を検討されているHさんご夫妻来社。今は六本木のレストランで働いているということなのだが、将来的に1階のバルを営みながら家族で暮らすことの出来る場を作りたいとのことである。とりあえずの候補地としてあがっていたのが東中野の駅の近くの3000万円の土地である。駅からの距離が徒歩3分とあって、やはり少々高い。しかもこの土地は防火地域である。ここに木造3階建てを作るとなると、耐火建築の仕様がとても大変になる。大変になるということはコストも高くつく。そして設計の自由度も格段に無くなる。私としてはまずはこの土地を候補から外すことをご提案した。

一生に一度しかしない大きな買い物である。やっぱりちょっと冷静になる必要がある。15人程度のお客さんが入ることができるバルの場合、立地条件としてはそんなに駅の近くである必要はない。もちろん近いにこしたことは無いのだが、オオバコを埋めなければいけない大型店と異なり、毎日15人×2回転=30人くらいのお客さんが来てくれれば良いのだ。実際の私たちの行動パターンを想像してみても、駅から徒歩15分くらいまでの隠れ家的なお店というのは、その駅からの距離に関係なく行くものである。駅から30分も離れてしまうとその周辺の人しか行かないのだが、それは何でかというとやっぱり駅の周辺にお店を決めることが、あちらこちらから来るメンバーに対する公平性という気遣いがあるからだ。そうなると選択肢は格段に広くなる。駅からの距離が遠くなることにより、防火地域から準防火地域になる可能性も高くなるし、土地の値段だって駅前の商店街に比べれば大分下がること必至だ。まだまだ地域も決まっていないということなので長い長い物語の始まりというところなのだが、せっかく大きな事業をやるのだから是非楽しんでいただきたいものだ。

下のスケッチは川島町のカフェ兼住宅のクライアントであるHさんが、はじめて相談に来てくれたときにこの土地のでこんな生活をしたいんだといいながら見せてくれたスケッチである。そして右側がその完成した様子なのだが、この住宅はHさんの退職金である2000万円以内で土地も建物も含めて納まるように計画されているし、だからこそその後の生活が金銭的にもゆとりを持って魅力的に営まれているわけだし、だからこそお店も魅力を放ち、だからこそ多くのお客さんが来てくれるのだと思うのである。
20130702.jpg16時、早稲田大学社会学部の学生二人来社。なんでもカワグチシにおけるアート活動の担い手についての調査研究をされているということで、私の会社の成り立ちやら現在の仕事の様子やらのインタビューを受けることに。こういう調査をしていると街づくり手法はこうですよ、の答えを見出す方向に走りがちである。でも、そういった答えは無理やり作り出すことは出来ても大概の場合には本質的に存在しないことが多いのではないかと思う。

建築とは異なりまちづくりの舞台には大変多くの要素が存在する。行政や地主さん、ビルオーナーに個人商店、マンションに住んでいる人だって街づくりは出来る。それだけ多くの人が交わりながら進めることに、ひとつの答えなどあるはずは無い。答えの無いあいまいさの中に、とある方向性を見出し、なんとなくみんながそっちの方向にすすんでいく過程で、まちの姿が変化していく、そのひとつの過程が今なのだと思うのだ。その中で大切な「とある方向」、この統一の見解を作り出すことは非常に難しいのだが、川口市に場合には恵まれたリーダーによりその像がなんとなく出来ているのだ。約2時間ほどのお話しをして6時過ぎ終了。

2013/07/01

月曜日、いつもどおりの朝礼を終え、庭の手入れ。事務所の前の芝生の部分の土を掘り、その下にある割栗石の層を撤去して、変わりに培養土を入れた。新しく出来たそのスペースには、近所のホームセンターで購入してきた「ルッコラ・アップルミント・モロヘイヤ・ラベンダー・レモンバーム・オレガノ」を植えた。どれもこれも食べることが出来るハーブ系の植物である。まだまだベニシアさんとまではいかないものの、まずは自分で試してみないことには何もわからない。

一方の柿の木はうどん粉病で真っ白になるし、実はぽとぽと落ちるしの惨状なのだが、こういうのもやっぱり経験してみないとわからないものだ。知り合いの植木屋さんに対処法を聞いて、薬を撒いてみたものの果たして効くのかどうか。

夜は庭で摘んだクレソンでクレソンスープを作ってみた。レシピはテレビで見たベニシアさんのレシピである。りんごとジャガイモとクレソンをミキサーでペースト状にし、最後に生クリームを入れて作るのだが、いたって簡単なそのレシピからは想像も出来ないようなおいしいスープが出来上がった。これはスタッフにも作ってあげることにしよう。

こういうことをしているとなんとなく自分自身が大地に近づいていくような気がする。所詮は会社の庭だから、農業をやったりしている人に見せたら鼻で笑われてしまいそうなものなのだが、それでも自宅の食卓の一部を飾るハーブを育てているというだけで、なんとなくそんな気がするのだ。住宅で使う木材もやっぱりもともとは山で育てられているものだ。でも実際に住んでいる住宅の中で、山の姿を想像するような事はほとんど無い、というより出来ない。

僕達の生活はなぜかあまりにもその物体が持っているルーツというか、そこに係った人や時間の流れのようなものを意識できないようになってしまっている。最近のスーパーでは、生産者の顔写真を掲載した袋にはいっているトマトなどをよく見かけるようになったのだが、それですらまるでその顔写真がひとつの商品のパッケージのように意識してしまうのはなぜだろうか。それはやっぱり受け取り側の問題なんじゃないかと思う。僕達の生活があまりにも生産過程から遠ざかってしまっている。それは、生産過程を想像する能力を奪うこと、つまり何を見てもパッケージにしか見えないように僕達をしているように感じる。

ハウスメーカーの住宅はひとつの商品のように見える。でもあれだって工場で生産した部材を現場に搬入して組み立てているのは現場の職人さんであり、普段は田舎の工務店として農家の家を作ったりしている、僕の義理のお父さんだったりするわけだ。カタログで見る限りは、まるで出来上がった住宅が車のようにぽんと運ばれてくるような気がするけれど、でもやっぱり山では得た木を削り、組み立てる人がいてひとつの住宅になるのである。現代社会が作り出す人の思考システムが何の問題もなく役に立つ時代がいつまで続くのかはわからない。それが役に立たない時代に生き延びることが出来るかどうかもわからない。でもそういうことを考えていくことが、今の社会を少しでも先まで延ばす要因になるような気もするのである。20130701.jpg

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