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増井真也日記

2013年5月アーカイブ

2013/05/30

午前中、埼玉県川越市にて住宅の建築を検討されているTさんご夫妻打ち合わせ。奥様のご実家の敷地の一角に住宅を作るというものなのだが、広大な畑などを持つ敷地である点や、ご両親だけでなくご兄弟のご家族も一緒に暮らす計画である点がとても興味深い。以前の日記にも書いたが、東日本大震災以降、集まって暮らすというスタイルが急激に普及したように思う。これはきっと個人主義を尊重することと、家族の絆の大切さとの、意識の上でのバランスがほんの少しだけ変化したことによるのだと思う。昨今の待機児童の問題なども、このようなライフスタイルの帰化による解決策もある。人口減少がすすむ現在の状況の中で、待機児童数が増加する不思議は、そもそも子育ての担い手であったお母さんが子育てを出来にくい状況、つまり女性を労働力として活用しなければいけない企業や国の状況によるものなのであろうが、集まって暮らすこの手法が可能な家族は最も簡単でかつ安心感のある方法であるように思う。

14時ごろ、東村山にて住宅の建て替えを検討されているKさんとの打ち合わせに参加する為に事務所を出発。京浜東北線から武蔵野線に乗り換え新小平まで向かうとすでに町田分室の田村君が駅まで迎えに来てくれていた。3パターンほどの変化をつけたプランをご説明して16時ごろ打ち合わせ終了。

2013/05/29

夕方、埼玉県さいたま市の岩槻というところで接骨院兼住宅を建築するKさんの打ち合わせ。今日は初めてのプラン打ち合わせということでとりあえずこんな感じで営業が出来るであろうという平面計画をもとに話を始めた。接骨院というと怪我をしている人や体に痛みを感じるお年寄りなどが通うところであるから、やはり病院のような設計をしなければいけないのかというような方向に引っ張られる。例を挙げるなら段差をなくし、床には掃除のしやすい白っぽいPタイル、壁にはクロスというような、そんな方向で進めていかなればいけないのかなというような思考回路が出来上がってしまいがちとなる。しかし今日の打ち合わせはそんな私の頭の中のもやもやとしたものを完全に取り払ってくれる内容であった。

Kさんから頂いたお手紙にはこんなことが書いてあった。「何よりも大切なのは、地域の患者さんにとって親しみやすい、落ち着く場所、実家に帰ってきたような、生まれた家のような雰囲気のある建物にしたいなということです。最近流行のホテルのロビーのような病院、歯科などとはまったく違う、自分の呼吸を取り戻せる場所、建物にしたいということです。」

アラスカが好きで5回も行った事があるという。沖縄にも数多く訪れている。携帯電話は持っていない。自然を愛する人は、どこか共通点があるが、現代社会的束縛をどこまで受け入れるかには個人差がある。便利なものをもつと自分の感覚が鈍るような気がするという言葉の中に、なんだか強い意思のような物を感じた気がする。

2013/05/27

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。これまで設計を進めてきた埼玉県幸手市に建築予定のバレエスタジオ兼住宅について最終の見積もり作業の指示などを行った。この現場も着工に向けて最後の金額調整の段階となっている。バレエスタジオという仕事を始めるための建築としてふさわしい、その広告塔になるようなものを作りたいという思いで進めているが、最後のコスト調整の段階で無くしても良いものと絶対に無くしてはいけないものとを見極めながら進めていかなければならないと思っている。

こういうことを考えていると、12年ほど前に私がこの仕事を始めるに当たって本社の設計で力をお借りした早稲田大学理工学部建築学科教授の石山修武先生とのやり取りを思い出す。この建築はやじろべえ型の構造をしており、どうしてこんな形になったかといえば、工務店機能を持つ設計事務所という新しいスタイルの組織を始めるにあたり、その理念を世に示すものとしてふさわしい建築の形を追い求めたからである。この形状を作るために必要な鉄骨工事の金額はこの規模の住宅建築としてはありえないくらいにお金がかかる。もしキャンチレバーになっている部分に柱を立てれば普通の建物である。そうすればそのコストは半分まで下がるということがわかっているにもかかわらず、絶対に譲ることは無かった。そして今では町の人が誰でも知っている建築となった。建築の力というようなものを感じることが実体験として出来たわけである。

なんだか懐かしい話をしてしまったが、この経験こそ私の建築に対する取り組みのスタートであり、そして考え方の基礎を形成してくれているものである。そんなロマンがあるからこそ建築の仕事が楽しいとも感じるのだ。
20130527.jpgやじろべえ型の鉄骨を立てた様子。荷重は真ん中にある3本の太い柱で支えられている。鉄骨の主要構造は現場での溶接工事によって一体化されている。外周部の鉄骨は14メートルのメッキを行う為一度浦安まで運搬され、また埼玉県川口市の現場に戻された。その運賃だけでも20万円ほどのコストがかかった。ちなみに太い柱の右側に見える薄い板状の鉄ぶさいは外壁を固定する為のバーである。これは今でも事務所の内部にそのまま現れている。キャンチレバーの部分は真ん中で7センチほどむくりをつけている。つまり左側の先端部分が7センチ上がっているということ。そこに上部建築の荷重がかかることでちょうど水平になるように計算されているわけである。

2013/05/26

日曜日。先週はずいぶんと日本の株価が乱高下したようだ。安部政権になり、なんとなく世の中の景気がよくなったような気がするのだが、その「気・が・す・る」という感覚だけで、このように株価が50%も上昇したり、はたまた1000円も暴落したりの大暴れ振りは一体何なのだろう。そもそも、とある会社に投資してその会社が利益を上げてそれに対して投資家が利益を得るという、本質的な仕組みとかけ離れている現在の金融の仕組みもよくわからないのだが、これは一体誰の為の仕組みなのであろうか。投資の期間に期間の最小制限を設けるなどの方策をとるような事は考えられないのかの疑問も感じるのだが、あまりにも門外なので見当違いの多くを語ることはやめておこう。

午前中は家の大掃除。今日の僕の担当はキッチンである。ためしにレンジフードの中のファンを分解してみると、その中には筒状のファンが仕込まれていた。縦型の筒には周囲にこれまた縦方向の羽が付いている。それがぐるぐると回ることで空気を吸い込む構造なのだが、その羽には6年分の油汚れがこびりつき、解放面積は半分ほどに低下していた。つまり吸い込みの空気量も半分ということ。マジックリンと金だわしを使って格闘すること約20分。ほぼ汚れも落ちたところで再度組み立ててファンをまわしてみると、見違えるような吸い込みを発揮した。中々ファンまで取り外して掃除することは無いと思うが、やってみる価値は十分にあるのでお勧めしたい。

午後は妻と一緒に近所のスーパーに買出し。缶詰やらの重たいものを1週間分買いあさり帰宅。夜、息子が柔道の出稽古から帰ってくるのを中学校まで迎えに行って一日の行事は終了。なんともゆっくりマッタリノ一日であった。

2013/05/25

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後2時ごろより、埼玉県さいたま市にて住宅の計画をされているMさんご夫妻打ち合わせ。今回がはじめてのプレゼンテーションということで、予算の1500万円で建築可能と思われる2階建ての住宅案をご説明した。延べ床面積は25坪ほど。1500万円というローコストで建築を考えるとなると、予算を有効に使うための決まりのようなものをもたなければいけない。これは完全にそれに束縛されるというようなものではないものの、考え方の根本となるものとしてもっていないといけないというようなものだ。

それを列挙すれば、
・家族が生活可能な最小限のボリュームを考えること
・内部は開放的に、外部に対しては敷地条件に合わせて開放すること
・一室空間住居
・都市の自然
・構造の標準化
・持続する材料
・コストパフォーマンスの最大化
となる。これは、東大の教授をされていた難波和彦氏(無印良品の住宅の開発者といえばご存知の方も多いであろう。)が箱の家のコンセプトとしてあげていた言葉なのだが、建売とは違うタイプの、ローコストだけれど家族構成の変化に合わせてフレキシブルに変化の出来る開放的で魅力的な住宅を作るキーワードとして非常に有効なものだと思っている。もちろんこれとて解釈の幅をどうするかによってコストの幅も生まれる余地はある。でもある程度の思考の方向性をこういう風にキープすればそれほど大きく外れないという指標のようなものとしては非常に有効であると思うのである。

夕方、スタッフの鈴木君と森脇君を誘って川口駅前の居酒屋「わたなべ」に。全スタッフを誘ってのバーベキューは定期的に行っているものの、3人だけでこのように食事に行くなどということは本当に久しぶりなのだが、少人数ならではの色々な話が出来てなかなか良いものであった。これからも機を見て続けていきたいと考えている。

2013/05/22

アメリカのオクラホマで発生した竜巻のニュースを連日目にするが、風速90メートルというとてつもない風によって破壊された街並みがなんとも痛々しい。アメリカでは多くの家庭に地下シェルターなるものが普及しているらしい。ちょっと調べてみるとスイスやイスラエルでは核攻撃に備えるシェルターがなんと人口に対して100%普及しているというから驚いた。建築の仕事をしていても、通常の家造りに際してシェルターを造るというような発想はまるで無いし、そんな要望を提示されたこともない。冷戦の恐怖や核攻撃の恐怖は他国以上に知っているはずなのだが、その日本にそういった類の施設が存在しないのは国民性によるものなのであろうか。

今日は朝10時に東京都荒川区にて、新築住宅の建て替えを検討されているKさんの家の現地調査。築40年の住宅は後から付け足された3階を持つ。いわゆる違法増築工事をしているのだが、構造的には大問題を抱えているということである。とはいうものの、そこが木造住宅の柔軟なところ。平時であれば、大きな地震などがなければ何の問題もなく建っている。無理やり3階建てにされた建物の様子を見ていると、何とかして作った大工さんの工夫が見て取れて楽しいものだ。自由に工事が出来た時代、何でもありだった時代の面影といえるだろうが、今はもうそんな工事は許されていない。

住宅という個人が暮らすための建築において、どこまでの規制を行うかの事については問題を感じる。アネハ事件以降の建築基準法の強化によって、増築工事における既存部分の現行法に対する適合は非常に厳しく管理される事になった。おそらく上記のようなちょっと無理をした工事が世の中から完全になくなったのは、この時からであろうから、わりと最近のことである。確かにこう言う規制があるおかげで、災害などに対して強い街並みが形成されるのであるから、理解は出来るし従わなければいけないのであるが、でもやっぱり個人の自由の範囲をどんどん狭めていくことには違和感を感じるのである。

道路に置かれていたかわいい机について聞いてみたら、すでに処分が決まっているものだというので頂いて帰ってきた。自宅のリビングに置くとちょうど良い作業机となった。きっとこれまで何十年も使われてきたものだと思う。そしてこれからも僕の家で何十年も使っていくだろう。傷だらけのラワンの天板や小さな引き出しの醸し出す雰囲気は決して新しいものには持つことのできない魅力だと思う。大切に使わせていただきたい。
20130522.jpg13時過ぎより事務所にて埼玉県さいたま市にて設計中のIさんの家の見積もり調整作業。担当の田部井君や柳沢君と一緒に、あれやこれやの細かいところまで仕様や納まりを決めていくのだが、その一言で数万円から数十万円の見積もり金額に対する影響が生じるので真剣である。フレンチパインのフロアリングと一言で言ったとしても、その板の厚さを21ミリにするのか15ミリにするのか、土台の樹種は何にするべきか、などなどとにかく話は多岐に及ぶ。パッケージ化されていない注文建築においてはクライアントごとにバランスの良い仕様を決めていかなければいけないし、それを行うのがますいいの最大の特徴でもある。そして大切なことだと思っている。確かに標準仕様で坪60万円ですよと言ってしまうほうが数段楽だし、ほとんどの会社がそうしているのであるが、一人ひとりのクライアントの思いを感じながら設計していく作業こそ、本来の住宅設計だと思うのである。約2時間ほどの打ち合わせを経てひとまず終了。もう一度整理をしてから再度挑戦の予定。

2013/05/21

今日は週に一度のお茶のお稽古。はじめに薄茶のお点前を行い、次に長尾の濃茶に挑戦。長緒のお点前をやるのはほぼ一年ぶりだろうか。大海の茶入れを長緒の仕覆から取り出す手順さえも覚えていないので、一つ一つの作法を先生に教えてもらいながらのお手前となってしまった。2時間ほどのゆったりとした時間を過ごし事務所に戻る。

夕方事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

2013/05/19

日曜日。今日は何もやることが無いが、一週間に及ぶ選挙関係のお手伝いの疲れが出たので家で読書などをして過ごした。夕方投票へ。結果がわかりきっている選挙とはいえ、投票行為くらいはきちんと義務を果たさなければいけない。無関心こそ最悪の、しかも今の社会で最も問題とされている態度であると思うからである。夜、選挙速報を見ていると予想通りの結果に。これで明日からもこれまでと変わらない日常が流れるのであろう。

2013/05/18

朝9時過ぎ、東京都荒川区にて住宅の建て替えを検討されているKさんご家族打ち合わせ。19坪ほどの狭小地に建つ築年数40年ほどの住宅を、2世帯で暮らすための住宅に建て替えるという計画である。これまでもたくさんの2世帯住宅を作ってきたが、2世帯住宅というと共有部分と別々に使用する部分の区分けをどのようにするかによって設計の方向性が変わってくる。

上段の2枚の写真は、夫婦とその両親が住む為の住宅なのだが、建築内部に作った土間の部分にキッチンを配置し、そのすぐそばに共有の食事どころを配置した。風呂やトイレといった水周りも共有し、くつろぎのスペースのみ別々のフロアに作ることとした例である。下段左の写真の例でも、大きなテーブルのあるリビングルームは共有の場として皆が利用し、その脇にちょっと見える和室がお母さんの部屋、奥に続く階段を上がると子供世帯の部屋が配置されている。下段右の写真は、屋外の階段を上がると子世帯の玄関、1階の玄関を入ると親世帯という風に、完全分離にした例である。この手法はほぼ集合住宅を作ることと変わらない手法であるので、将来的には貸家などに変化させることも可能だ。

一部の作品を例示したが、大切なことは年齢の違う別の世帯が同じ場所に暮らしている中で、心地よいと感じる範囲内で様々な折り合い、調整が付くということであると思う。この点が破綻すると、同じ場所に暮らし続けることすら出来なくなってしまうわけで、程よい距離感、プライバシーとよべるようなものを保ちながら、程よい調和、ふれあいが生まれる状況を作り出すことであろう。
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2013/05/13

午前中、埼玉県幸手市にて設計中のバレエスタジオ兼住宅の打ち合わせ。設計も佳境にはいっているのだが、厳しいコストをどのように配分するかの検討などを再度行う必要がある。まあ、いつもぎりぎりのコストでやっているので慣れてはいるのだが、やっぱり大変な作業でもある。でもここが踏ん張りどころ。僕の持論は、「厳しいコストの調整を経た建物の方がお金をかけた建物よりもよく出来る」なのだが、これは絶対に事実だ。

一般的な話をすると、ローコスト住宅の場合にとるべき道は、建売のようなスケールメリットを利用したコストダウンか、自分にとって必要なものを取捨選択し、さらに自分で出来ることは自分でやるというセルフビルドの手法を取り入れるというますいいで採用している手法かのどちらかになる。建売のような手法の場合には、パワービルダーと呼ばれる年間数百棟から千棟レベルで建てているメーカーが、格安で材料を仕入れ、同じ形式の建物を、つまりはパターン化した作業を同じ職人にやってもらうことで安く人件費を抑えて建てることでのコストダウンということになるので、ある一定基準の一様なものは手に入るが、個人のこだわりを反映させるようなことは難しい。この手法が世の中の体勢であることは認めるし、きっとそれが経済の原理に照らし合わせれば合理的な道であることも頭では理解できるのだが、それでは満足できない人がとるべき道として、後者の手法があるのだと思う。そしてがますいいのやっていることでもある。だから当然そのコストダウンの作業は大変だし、的確な判断力が求められるのだ。まあここが僕の一番の仕事なのである。

2013/05/12

今日から地元の川口市長選挙が始まった。やっぱり地元だけあって、なんだかんだのお手伝いがある。日曜日だというのに一日中集会の設営補助に。5期目の選挙ということで盛り上がるはずは無いのだけれど、私としては早稲田大学の先輩でもあり、日ごろからお付き合いをしていただいている現市長に再選してもらいたいと願っている。終了後20時ごろ帰宅。なんだか真っ黒に日焼けしてしまった。

2013/05/11

朝10時より埼玉県内にて土地を探し、住宅を建てたいというTさんご夫妻打ち合わせ。

その後、15時より東京都足立区付近にて土地探しをしているという、Fさんご夫妻打ち合わせ。

このように土地探しから相談をしてくれる方が多いのだが、すべてのクライアントがそうだとも限らない。すでにどこかの不動産屋さんで購入した土地に住宅を建てて欲しいという依頼も当然だけどある。もちろん事前に相談してくれないといけないということは無いけれど。条件の厳しい土地を購入している場合ほど事前に相談してくれればよかったのにと思うことがある。

土地にはいろんな条件がある。例えば用途地域による条件。第一種低層住居専用地域のように、非常に厳しい高さ制限などがある土地を購入するとして、しかもその面積があまり広くは無い場合には、南側道路よりも北側道路の方がまともな住宅を建てられるという場合だってあるのだ。南側道路の方が良いに決まっていると思い込んでいる方にはちょっと驚きかもしれない。でも事実だ。

理由は北側斜線制限という高さ制限が、もし北側が道路であればその道路の反対側の境界線からの制限となることによる。僕らにとっては常識だけれど、そういうことを丁寧に教えてくれる不動産屋さんは実はあまりいない。知らないはずは無い。だって宅地建物取引主任者の資格試験にも出題される内容だから。でも住宅の設計をその後にすることになる私たちとは違い、真剣にそういうアドバイスをしても何にも得をしないからなのかもしれないけれど、とにかくそうなのだ。だからやっぱり事前に相談してくれる方が良いのである。

2013/05/10

僕はよく打ち合わせのときにこれまで建てた住宅の写真を見ながらお話をする。先日の打ち合わせのときに、話題に上がった伊奈の家。この住宅は自分達の暮らしというものを作り上げる為の住宅を、「ほどよく」そして「こだわりを持って」作り上げることに成功した事例としてよく紹介するので少々お話をしようと思う。この家は2006年ごろに作った住宅だが、クライアントとであったのはその数年前である。クライアントはその当時、この土地に建っていた古い木造住宅を自由にセルフビルドでリフォームして暮らしていた。決して上手とはいえなかったものの、でも自由にかつローコストでいろんなところを勝手に壊しては作り、自分達の暮らしやすいようにアレンジしながら住んでいた。そんな時、建て替え計画が決意され、いよいよ新たな住宅を作ろうと考えたときに、どんな住宅が良いかの根幹となったのが、自分達の暮らしを作り上げる為の箱、そんな考え方であった。

住宅はシルバーの箱と黒い箱の組み合わせで構成されている。シルバーの箱は趣味の為の箱、黒い箱は暮らすための箱という単純な構成であ。趣味の箱は当初車(フォルクスワーゲンGTI)をいじる為の箱という設定で計画されていたのだが、いつの間にかバイクをいじる為の箱に変わっていた。ちなみに私がワーゲンを購入したのはこのWさんの愛車を見ての影響であった。暮らすための黒い箱には、土間がある。この土間は趣味のスペースと暮らしの為のスペースの中間領域として存在している。

暮らしの為の箱はワンルーム型の空間となり、例えば子供たちはスタディースペースで勉強をし、共有の子供スペースで過ごすこととなる。個室をたくさん作るのではなく、その時の暮らしの条件に合わせて自由にカスタマイズできる、そんな箱を目指して作られた。建ててからすでに7年ほどが経とうとしているが、私の大好きな住宅のひとつである。
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2013/05/07

今日の朝礼はスタッフの顔がなんとなく晴れ晴れとしているような気がした。きっと4日間の連休で好きなことが出来たのだろう。いくら好きな仕事をしていても、あまりにも余裕がないと人間はだんだん精神的に参ってしまうものだと思う。僕も戸田建設に努めていた時代は、ゼネコンに勤務することが少し嫌になってしまった時期もあったが、そういう時は大概睡眠時間が不足していたり、終わる見込みの無い仕事を抱えて途方にくれていたりの時だった気がする。デザインのような創造的な仕事はあまり追い詰められているような状況でやるものでもない。適度な休息は絶対に必要であり、その休息がまた良いデザインにつながると思う。

朝礼終了後は各プロジェクトの打ち合わせなど。

夜、村上春樹「アンダーグラウンド」読了。この本は1995年に起きた地下鉄サリン事件の被害者のインタビューを収録した事件記録である。一般的な報道とは違い、その時たまたまその場に居合わせてしまった被害者の、なぜその場所にいなければいなかったのかから始まり、どんな状況でどんな気持ちでどのような被害にあい、その後はどんな後遺症などに悩まされているかという生の声を集めたものである。

この本の最終章「目じるしのない悪夢」~私たちはどこへ向かおうとしているのだろう?では

(1)3月20日の朝に東京の地下で何が起こったのか?
(2)私はなぜオウム真理教から目をそむけたのだろう?
(3)譲り渡された自我、与えられた物語
(4)記憶について
(5)私は何をすればいいのか?そして感応力
(6)圧倒的な暴力が私たちの前に暴き出したもの
(7)アンダーグラウンド
(8)最後に

と、この事件に対する推考を進めている。この中の(3)の部分にアメリカの連続小包爆弾犯人、ユナボマーがニューヨークタイムズ誌に掲載させた長い論文の一部が引用されていたのでここに掲載する。

「システム(高度管理社会)は、適合しない人間は苦痛を感じるように改造する。システムに適合しないことは「病気」であり、適合させることは「治療」につながる。こうして個人は、自律的に目標を達成できるパワーシステムを破壊され、システムが押しつけらる他律的パワーシステムに組み込まれた。自律的パワーシステムを求めることは、「病気」とみなされるのだ。」

この文章を引用したあとに、その反論として「個人の自律的パワープロセス」というものは本来的には「他律的パワーシステム」の合わせ鏡として存在しているものなのに、ユナボマーはそれを意識的にか無意識かは知らぬが見落としている、と論じている。ほとんどすべての人がそのバランスをとりながら自分なりの答え、立ち位置を探しているのだろうが、それがうまくいかない人たちがオウムのようになったのだと。そしてすべてを捨てて一人の教祖が授与する「自律的パワーシステムのようなもの」を獲得することが、心地よさ、つまりは自分で自分の自我をコントロールする必要のない世界への入り口なのだということを示している。

9.11もオウムもすべてはこの高度管理社会に対する反発から起きている。そしてこのような対立は村上氏の言うように私たち自身の中でも、もっと小さな、でも個人にとっては大きな対立として、いつも私たち自身を悩ませるものである。この事件からすでに18年が経った。では今の社会はどうかといえば、あのときよりも余計に管理社会的要素は増幅しているように感じるし、飼いならされていく感覚も増幅しているように思えてならない。例えば、成人式における若者のマナーがよくなったこと、いじめ問題がすぐに警察沙汰になってしまうこと、学校での教師の力による教育がすべて体罰として禁止されていること、酒気帯び運転などもはやする人はいない、タバコをすう場所がなくなっている、メタボ対策を会社が率先して行う、・・・・何を取ってみたところで、悪いことはひとつも無いことは確かなのだけれど、でもまるで人間が、人間の作った法律や規則による管理に服従する代わりに、何か大切なものを一つ一つ失っているようにも思えてならないのである。だからといって僕は社会を変えられる人間ではない。いわゆるテロにも興味は無い。せめて家造りの中だけでも、僕の与えられる自由を手に入れてもらう、それくらいのことしか出来ないのだけれど、でも「一生抱える住宅ローンの対価」である住宅の中での自由には、きっと大きな意味があるとも信じているのである。
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2013/05/06

4連休。何をする予定も無く、家でゆっくりと過ごす。息子は中学の柔道部の行事で3日間留守にしている。これまで生活の中心にいた息子がこういう風にいなくなると、どのように過ごしてよいものか迷ってしまう。部活でがんばる息子一人を置いて旅行に出かけるのもなんとなく気が乗らないし、かといって小学生の頃のように家族で応援に行くというのも、こられたほうだって恥ずかしいであろう。下の娘二人と近所の公園に行くなどの過ごし方をしてみたものの、これは根本的に子離れの練習が必要だなの感あり。

近所のホームセンターで買ってきたカモミールとクレソンの苗を新しく庭に植えた。ハーブを世話する時間などこれまでの生活には無かったのだが、習慣になってくるとこれはこれで良い時間である。何よりも自分自身を見つめる時間となる。人は静なるものと対峙するとき、静なる気持ちになることが出来る。そしてそれは意識して手に入れようとしない限り日常の生活ではとても手に入りにくいものである。このガーデニングからは何かとても大切なものが手に入る気がする。それがなんとなく見えてきたのだが、まだうまく言い表すことは出来ない。でもなんとなく見えてきたのだ。

2013/05/02

ここからが本当の5月1日。午前中は埼玉県川口市にてバレエやヨガを教える為のコミュニティーホールの建築を計画しているSさんご兄弟打ち合わせ。前回はご自宅にうかがっての打ち合わせだったのだが、今回は会社に来ていただいて、家造りの流れなどのご説明をさせていただく。

続いて埼玉県岩槻市にて整骨院の建築を計画されているKさん打ち合わせ。これまで貸しビルの一室で行ってきた整骨院の業務を1階で、そして2階に住宅を作りたいとのご相談。1500万円ほどのローコストで進めたいというお話なのだが、埼玉県の川島町に作ったアスタリスクカフェの事例を取り上げながら、実現の可能性についてのお話をさせていただいた。こういうときに必要なものは、まずは建て主のやる気である。なんだか根性論のようになってしまうのだが、建売ではないものをローコストで作るとなると、ある程度の根性論は必要になる。その上での設計者の努力であり、基盤となる建て主の強い意思が無ければ、実現などするはずは無いのだ。

2013/05/01

日記の更新が後手後手になってしまい、5月になってしまった。メモをしてある手帳から映す作業を毎日行えば良いのだが、なかなかそうはできないのが現実である。というわけで昨日、4月30日は第2回ますいい建築塾。見学場所は第三商工というプレカット工場である。まだプレカット工場を見たことのないスタッフを連れて、11時ごろ事務所を出発した。

そもそもプレカットとは?の疑問を抱く方も多いかもしれないので少々説明をすると、要するにプレ=事前の、カット=刻み加工、ということである。かつてこの作業は大工さんの手作業によって行われていた。柱や梁に加工する線を引く墨付けという作業をし、それをのこぎりやのみを使って刻んでいくのだが、そのすべての作業を手作業や、簡単な機械を使って行っていたのである。私が木造住宅を作り始めた12年前は、まだまだこういう手刻みをする大工さんがたくさんいた。その頃はちょうどプレカット工場による工場加工が、大工さんの手刻みにとってかわろうとする移行期だった。なぜ、機械化に負けてしまったのか?の疑問は簡単に説明が付く。その理由は安くて、早くて、正確だからである。この3拍子がそろってしまうと、人間にはなかなか太刀打ちが出来ない。もちろん例外はある。機械では出来ないような化粧の木組みを作りたい場合などは、いまだに人間の手による加工を行う。つまり同じものがたくさん作られるような加工に関してのみ、機械化がすすんだということである。そしてその同じような加工で、ほとんどの住宅を作ることが出来てしまうのだ。先に述べた例外的な加工などは、例えば私たちのような建築家の住宅の表現された小屋組みなどにしか存在しないのである。

例えば下の写真、この住宅では大黒柱として5寸角の木曽桧の柱を利用し、そこに写真のような唐傘の屋根を架けた。もちろんこういう小屋組みの加工は大工さんの手によって行われている。構造部材と同じくプレカットがすすんでいる階段においても、米松を段々型に刻み、そこに桧の階段板を差し込むという加工は機械で出来るはずも無く、大工さんによって行われている。右の写真の左端に見える建具の枠加工もそこに入れられている建具も、共に大工さんや建具屋さんによる手加工である。でもこの家の本体の構造の大部分はやはりプレカットを利用している。その方がコストも安く納まり、正確に加工された材料が手に入るのからだ。つまりは適材適所。求められる意匠に答える為に必要なときに人の手が登場するというのが、現代の家造りにおける木材加工のポイントともいえる。
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どうせ利用するのであるから、そういう工場で実際にどのように木材が加工されているかも知っていた方が良い。ちなみに今回見学させていただいた下の工場は月産で200棟分くらいの加工を行っている。20日稼動として一日に10棟。工場内にいる人の数は6人程度だ。大工さんの手加工では1棟加工するのに30日はかかるであろうから、その生産性を比較すれば歴然とした差がある。しかも忙しい時期になると、生産可能量はこの倍くらいはいくそうだから勝負にならない。あらかじめプログラミングされた加工機に、決められた順番に材木を入れるだけで、加工されて出口から排出される。下の写真などは、束という屋根を支える部材の加工なのだが、一本の角材を旋盤のような機械で加工し、写真のような形にした後に自動的におりてくる丸のこによって一つ一つのピースに分けられるのであるが、その作業時間たるや一塊あたりせいぜい5分程度なのである。

とまあ夢のような話しばかりしていても仕方が無いのでこの辺にしておこう。実際のところ国内の住宅需要は極端に伸びる見込みは無い。プレカット工場が世に出始めた頃、爆発的に増えた小規模の加工工場はどんどん姿を消しているし、これから先もその傾向は変わらないであろう。そして今回見学したような生産量の規模が大きな工場に集約されていくという方向は明白である。

大量生産大量消費の社会構造が変わりつつあるというのに、建築界はいまだそこに向かおうとしている。大手建材メーカーの統廃合を見ていても、そこに向かうことに限界が見えているにもかかわらず、そしてそれにみんなが気が付いているにもかかわらず、そこに向かう以外に道を見出せないでいるということが伺える。そしてこれこそ現代社会の抱える一番の問題であろう。輸出が出来る産業であればまだ良いのであろうが、住宅のような現場生産が必要なものにおいては加工技術や機械の輸出はあったとしても、加工済みの製品を輸出などするはずも無い。つまり需要は減る一方なのだ。
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