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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
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増井真也日記

2013年4月アーカイブ

2013/04/28

日曜日の今日は息子の柔道の試合を観戦しに東京都にある荒川総合運動公園に行ってきた。試合といっても、今年初めて開催される小さな大会で、中学一年生の参加者はわずかに7人。それを小学一年生から眺めているわけだから、ほとんどの時間は待ち時間である。というわけでたっぷりと与えられた時間を利用して、ゆっくりと読書に励むことが出来た。

今日は久しぶりに村上春樹「ノルウェーの森」を読了。久しぶりに読んでみたのだが、以前に読んだときよりも、じっくりと言葉の意味を味わいながら読むことが出来たのは、自分自身の心の状態の変化なのであろうか。恋愛小説でありながら、日常と非日常、そして生と死の曖昧な境界を、自分自身の人生と重ね合わせながら考えさせられるのは、村上ワールドのすばらしいところであろう。
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2013/04/25

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後は東京都東村山市のKさん宅にて住宅の建て替えに関するご相談。ご主人は大きな会社を退職後、それまで携わっていた技術職とはまったく畑違いのマッサージのお仕事をされている。奥様は、福祉施設にて非常勤のカウンセラーをされているという積極的なお二人で、お子さんは4人兄弟の末っ子が大学受験を控えて同居しているという状況とのことであった。お二方にはすでに3人の子供を育て上げた貫禄があり、これまでの長い人生を乗り切ってこられた達成感のようなものが感じられた。それと同時にこれから先の二人を中心とした新しい生活を作り上げていこうという強い意志のようなものも感じるのである。僕の人生の20年後くらいの、ちょっと理想的な感じを見せていただいたような気がした。

2013/04/24

朝一番で茨城県古河市にて進行中のMさんの家の現場へ向かう。すでに鈴木君と森脇君が現場で縄張り作業を行い、地鎮祭の準備をしているところに遅ればせながら9時30分ごろ到着した。4月の人事異動のせいか、クライアントのMさんご自身が参加できないのがとても残念だが、その代わりにご両親と妹さんが出席することになった。あまり雨に降られたことは無いのだが、今日はあいにくの雨。テントの下での地鎮祭となる。神主さんが神社の裏に生えている竹を4本持ってきてくれた。最近ではなかなか本物の竹で地鎮祭をすることが少なくなっているのだが、テントの下とはいえやはり良いものだ。近所でいつも竹をくれていた地主さんの竹林も区画整理でなくなってしまったので仕方が無いのではあるが、やっぱり作り物の竹ではなんとなく味気ないのである。

終了後は仮住まいにてお茶をいただいた。こんなふれあいもなんとなく嬉しい。家造りの一番の楽しみは誰の為の仕事かが明確にわかるところである。ゼネコン時代によく同期の仲間と愚痴をこぼしたことの一番の理由に、「誰の為に働いているかが明確でないこと」があった。朝早くから夜遅くまで寝る間も惜しんで現場管理に明け暮れ、厳しい設計事務所の監理を受けながら日々を過ごす。ある同僚が勤務していたマンション現場の場合、自分自身ではまったく良いと思うことが出来ない安っぽい内装材をぺたぺたと貼り付けるような工事を、いわゆる経済的利益のために必要かどうかさえ怪しい大形集合住宅を作り続けるディベロッパーのために作る作業は、大きな空しさのみを残した。私が勤めた大阪市の現場の場合でも、絶対に不要と思われる大形スパリゾートを人権差別地域への助成金打ち切りの変わりにその地域に作るというなんとも怪しげな工事現場において、本当は喜んでくれるはずであろうその地域の人に妨害を受け、しかも100億円という予算に甘えて自由奔放に設計変更を繰り返す設計事務所に翻弄されながら、週末以外は現場事務所に宿泊するという過酷な労働条件の中で、結局誰の為に働いているのかがまったく見えないというジレンマを味わった。それに比べて規模こそ小さいものの、誰の為の仕事かが明確にわかる住宅というフィールドは建築という行為の原点であるような気がするのである。
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2013/04/22

朝10時、早稲田大学石山修武研究室へ。以前から日記に書いている東京都品川区にて検討中の集合住宅のプロジェクトについての打ち合わせである。11時ごろ終了し、上野アメ横へ。ここには私のお気に入りの万双というかばん屋さんがある。(この名前で検索していただければすぐにHPにたどり着くと思う。)いわゆるノーブランドの革製品を扱うお店で、決して安くは無いけれど、いわゆるブランド製品の意味のわからない高い価格とはまるで違う、品質に見合った適正価格で商売をする店である。2年ほど前にふらふらとアメ横を歩いているときに偶然見つけてからの出会いなのだが、実際に購入したのは1年ほど前であろうか?その革のかばんは今でも毎日大切に使っている。大切に使うといっても、このお店では細かいメンテナンスの説明など一切されない。「使いたい様に使ってくれれば良い、メンテナンスなどしなくてもうちのかばんは壊れない。」そういう店員さんの説明どおり、私も一切のメンテナンスはしていない。今回は私のかばんが気に入ったという岸田君の送別会の贈り物を購入する為に行った。きっと喜んでいただけることだろう。
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1年使った私の鞄

私は一度使うと捨てられない性質である。23歳のときに購入したジムニーもいまだに健在で、31歳のときに購入したフォルクスワーゲンもまだまだ元気に走っている。いわゆる大量消費社会とは逆行した生き方をしているような気もするが、気に入ったものは古くなったからといって気に入らないものに変わるわけは無く、またもともと古くなっても魅力を失わないものを好む傾向があるようにも思う。こうした考え方は、建築の中でもいえることだ。無垢材を多く使用するものそのためである。無垢の木は皮と同じで、日に当たるとだんだん濃い色に変わってくる。この経年変化が木の魅力を高めてくれるし、濃くなってきた材料はたとえ傷がついてもそれまでもが魅力と思えるような風格を醸し出す。

下の写真は1年ほど前に東京都北区にて新築した住宅である。この建築のご相談を受けたとき、はじめに通されたのが写真の和室であった。建替え計画のご相談であるから、当然壊されてしまう運命の和室の中で打ち合わせをしたのであるが、どうにも壊してしまうのが惜しい、そんな感情がそこにいる皆の心の中にあるであろうことがわかる、そして始めてみた私も惚れ込んでしまうような和室であった。そこで左下の写真のように、3階建ての新築住宅と、古い和室を補強し改修した部分とを両方使用しながら暮らすことを提案してみたのである。その提案を高齢のお母さんが受け入れてくれた。そしてそこに移り住むお子様達の世帯も皆受け入れてくれた。というよりその提案を待っていたというような反応が帰ってきたのである。和室の畳は入れ替えられ、壁も塗り替えられた。でも押入れの中の枕棚にはいつのものかわからないほど古い紙が張り付いている。縁側の床も当時のヒノキのままだ。本来人の命よりもずーっと長く使われるべきものが簡単に捨てられてしまう世の中であるが、良いものは時間の変化に耐えられるもの、必要なのはそれを見極める目なのであろう。
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2013/04/21

今日は先日作ったお茶室の席開き。私が稽古する社中の稽古場となっている先生所有のマンションの一室に、4畳半の炉を持つ茶室を作ったのだが、2年間に渡って先生から熱望されていたご希望をようやくかなえてあげられた。私が入門したのが2010年の10月、それ以来ことあるごとに炉を作りたいとのお話をされてきた。すぐに作ってしまってもよかったのだが、あまりに経験の無い私がその設計にすぐに着手してしまうことへの抵抗感から、これまでずーっと手を付けずにいた。丸2年が経ち、なんとなく茶道がわかってきた頃、先生からのふた度の強いプレッシャーがあり、ようやく設計に着手したということであるのだ。設計に当たっては、畳のサイズやひる釘の向きなどありとあらゆる細かいことへの配慮を求められた。新築の社室を作るのであればある程度教科通りに進められるであろうが、ここはマンションの一室である。何もかもを壊してしまいやり直すほどの予算は掛けられない。というわけで今回の工事は50万円以内で収められることとなった。苦労はしたが、上出来、満足である。

席開き、横浜から招いた料理人さんに会席料理をふるまっていただく。本格的な正午の茶事となったのだが、私にとってははじめての経験。最初にご飯と汁が出され、それを交互にいただく。すると、お酒が振舞われ、向付の鰈(かれい)の刺身と一緒にいただく。続いて鱒の焼き物、煮物、などと続いていく。会席の方はすこぶる具合が良い。なんと言ってもプロの料理人を招いているのである。美味しくないはずも無く、感心の連続である。しかしこの頃になると、足の痺れが絶頂期に達する。とても食事を味わうどころではなくなり、痺れを我慢するのにせいいっぱいとなる。せっかくの茶事ではあるが、あまりにも不慣れな私たちにとっては、まだまだその場を楽しむという余裕は無い。最後にお菓子をいただくのであるが、その頃になるとみんなが我慢しきれずに意味も無く席を立ち始める。建ったり座ったり、先生の目を盗みながら繰り返す皆の姿はまるでもぐら叩きである。そういう私も建ったり座ったりを繰り返して何とかその場をしのいだのは言うまでも無い。すべてが終わるとようやく濃茶、薄茶をいただくことになる。いつものお点前はこの部分だけを抜き出したものなのだ。この部分だけで足が痺れるなどと言っていたのがおかしくなるくらい、本当の最後の一こまなのである。

今日はなんとも良い経験をさせていただいた。正座ごときに振り回されるおかしさを味わいながらも、正座ごときが出来ない自分も良くわかった。正座が出来ることに何の意味があるのかはわからない、でもなんとなく意味があるような気がする。茶道とはそんなものだ。続けることでまた何かがわかるのだろう。良くわからない達成感を感じながら家路に着く。着物を脱いだらどっと疲れが出てきた。

夜、青年会議所の突然の呼び出し。日曜日だというのに夜中の1時ごろまでお付き合い。これもまた夜の茶事といったところなのだろうが、この手の会にはどうも正座に当たるものがなくなっているような気がするんだなあ。そしてそれが今の日本の姿にそのままなっている、そんな気がしてならないのである。

2013/04/20

午前中埼玉県さいたま市にて設計中のIさんの家の打ち合わせ。今回は1/30の模型を用いてのプレゼンである。お母さんのすむ古い住宅を取り壊して、息子さん世帯と同居する2世帯住宅を設計しているのだが、今回の打ち合わせでほぼ基本設計が修了となった。

南側に大きな庭を持つ敷地の特徴を生かすことが出来るように、左の写真のような大きな開口部を持つファサードを南側に配した。深い軒を持つこの開口部は、冬は暖かい日差しを、夏には深い軒で遮られた柔らかい日差しを取り込むことになるだろう。屋根は南側に緩やかに傾斜しており、、将来的にはここにソーラー発電システムを設置することもできるようになっている。震災を経験した世代として、ソーラー発電が可能な敷地状況であればそれが可能な建築の形態を作ることは非常に大切であると考えられる。今はまだそこまで普及はしていないが、住宅用の蓄電システムなどが普及すれば、ソーラーで発電した電力を非常用に夜間も利用できるようになるかも知れないし、それが非常時の住宅の生命線となるかもしれない。

意図的にずらされたボリュームの壁面には玄関が配置され、1階のお母さんの住居と、2階の子世帯の住居の緩衝地帯の役目を果たす。2世帯住宅で大切なことは両世帯のつながりと分断をどのように行うかということである。完全な集合住宅のような分断ではなく、日常の動線の中での自然なふれあいが起きつつも、基本的にはそれぞれに干渉されないくつろげるスペースがあることが重要であろう。

これだけ奥行きのある建築の場合、南側に大きな開口部を配置しても、光の届かない部分にどうしても暗がりができてしまうものである。また視線の抜け間も制限されてしまう為圧迫感が生まれることも否めない。それを解消する為、屋根のずれの部分には北側の横長窓が取り付けられ、安定した採光と通風の役割を果たすように工夫した。

外壁は黒っぽい左官系の材料で仕上げられている。大きな庭を持つ広い敷地にしっとりとなじむことを意図している。
20130420.jpg終了後、15時過ぎより埼玉県川口市のSさん打ち合わせ。築90年の古民家の隣に建つ店舗部分を取り壊し、バレエなどの趣味を地域の方々と集まって楽しむことの出来るコミュニティースペースを作って欲しいとのご相談である。築90年の住戸部分はすでに5年ほど前に改修されていたのだが、なんともすばらしい小屋組みが見事に表現された魅力的なスペースとなっていた。古き良きものを利用し、暮らしの場を豊かにするという考えに非常に共感できると共に、なんともうらやましくなるようなそんな建築であった。今はちょうど設計の手が埋まってしまっているので7月ごろからの基本設計を行う予定である。それまでにアイデアを膨らませていきたい。

2013/04/18

近所の花屋でスイートバジルの苗が100円で売っていたので二株ほど買ってきた。スーパーの野菜売り場でバジルの束を購入するより安いのでは?の疑問を感じたのだが、育てれば1シーズンのバジルを200円で済ませられるわけだから、長期的に見れば絶対に安い。トマトソースを作るにも、サラダを作るにも利用できるハーブだけに育ってくれるのが楽しみである。とまあ、生活の中のコスト管理の話だけでハーブを育てるのも良いとは思うのだが、もちろんそれ以外の精神的効果のほうがより大切なところだ。毎日少しずつ育つ植物の姿を見ていると、日々のほんの小さな変化にもだんだん気がつくことができるようになってくる。昨日刈ったはずの芝がもうこんなに伸びてるなとか、昨日までは気が付かなかったチャイブの花が咲いているなとか、柿の木の芽がだんだん大きくなってきたなとか、きっと自分で育てていないと絶対に気がつくことはできないのだろうけれど、いろんなことに気がつくようになる。そしてそういう気付きと同時に時間の変化、季節の変化をゆっくりと感じることが出来るようになる気がするのだ。息子の頭をバリカンで刈るのも私の趣味のひとつなのだが、日々の成長を肌で感じるという点では、まあ同じような心境なのである。
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2013/04/17

午前中は埼玉県幸手市にて設計中のバレエスタジオ兼住宅についてのスタッフ打ち合わせ。昨日提示した見積もりを予算内に納めるための60項目の減額案を考えることを指示していたので、その一つ一つについて検討をすすめた。木造住宅の性能や設備はここ数年で格段に向上している。これは以前の日記にも書いたのだが、法改正や融資制度の優遇といったことでコントロールされてきたのだが、そういう変化が起きるにつれて設計する側のこちらまでもが当たり前のものとして高度な基準で住宅を設計することに縛られるようになるものだ。それは、その高度な基準を採用しないことが、あたかもモラルに反することのように感じられてしまう心境であり、なかなか逃れられるものではないのである。

しかしながら、10年以上前の建物は今では普通に行われる柱状改良工事などの地盤改良なども、行われていないことが普通であり、またこれまた今では当たり前になっているペアガラスなどもめったに入っていなかった。もちろん火災報知機など付いている建物はほとんど無く、そして瑕疵担保保険など加入している人はよほどの心配性の人だけだっただろう。これらは法律で制限されてしまっているものもあるので、もちろんすべてを現在の家造りの中で否定することは出来ない。それをしてしまっては法律違反となってしまい、結果は最悪の事態となるであろう。でも、僕たちがそれが通常だと思い込んでしまっているものの中でも義務付けられているわけではないものもある。そういうことをやるかやらないかはクライアントの自由であると思う。

「人間にとって、最もたいせつなもののひとつは、建築だ。それは人間の心のあり方を映す。」とはルイス・カーンの言葉である。人は建築するとき何らかの目的を持つ。私もかつてこの会社を始めるにあたって事務所を建築したが、この建築という行為を通してどのような設計事務所兼工務店を運営していきたいかを社会に対して発言していたし、それは今でも大きな力として私を支えてくれている。この私の建築は、シングルガラスで断熱材も最低限しか入っていないし、火災報知機も無ければ、瑕疵担保保険制度も加入していない。でも、私が建築する目的は十二分に果たしてくれているし、会社を始めるという経済的に苦しい時に出来る予算の中で、最大限の主張をする、つまりは私の心のうちを映すものとなったのである。あれも無いこれも無いのはなしをすればもっとある。1階のトイレには未だに暖房便座も付いていない。下駄箱には扉が無い。キッチン下の収納にも扉が無い。きりがないのでそれくらいにしておくが、そんなことが今ではちょっとした誇りにも思える。

あの当時植えた桜の木は10年経って立派な大木になった。3年前の柿の木も元気に成長している。今年植えた栗の木もきっと大きく育っていくだろう。建築とはそんなものだろうと思う。コストダウンは建築が映す人の心を精査するたいせつな行為である。コストダウンをすることで建築も洗練される。だからとてもたいせつな工程のひとつであるのだ。

2013/04/16

午前中は10時より埼玉県幸手市にて設計中のバレエスタジオ兼住宅の打ち合わせ。第一回目の見積もり打ち合わせなど。

13時より、茶道稽古。今日の点前は続き薄茶。

夕方、埼玉県さいたま市にて設計中のIさんの家についてのスタッフミーティング。土曜日に模型を用いた打ち合わせを行うということで、各所のデザインについての最終確認を進めている。リビングに付く開口部のあり方についての見当を指示し終了。

19時、東京都北区にて設計中のMさんが訪問。今日は私の自宅の見学。実際に建てた建物を見たいといわれてもなかなかお客様の建築をお見せするわけにもいかないのであるが、自宅がすぐ近くにあるのでこれならば簡単にお見せすることが出来る。30分程度お茶のみ話をした後、近所に建てた住宅を3棟程ご案内し川口駅までお送りする。

2013/04/12

午前中は建築資材を購入している商社との打ち合わせ。今話題になっている防火戸の商品構成が大幅に変更されるのだが、現時点でわかっていることについての説明などを受けた。防火地域や準防火地域で建てる住宅の場合、延焼ラインというものにかかる開口部は防火戸で作らなければいけなくなる。そのときに取り付けるサッシの性能が向上されるということで、それにともなう商品の変更があるというのだ。これだけ聞くと実に良いことなのだが、なんとこれをきっかけにサッシの価格が2倍近く上がるというのであるから困ったものである。さらに開き方のバリエーションもだいぶ減ってしまうらしい。もちろん徐々にこれまでと同様なバリエーションを開発していくのであろうが、移行期間は少々苦労しそうである。

それにしてもこういうことが起きると、どうも家造りという個人資産の構成にここまで国が口出しをする意味が本当にあるのかの疑問を考えてしまう。私が思いつくだけを並べてみても、火災報知機が義務付けられ、住樂ローンの金利の優遇などで縛った長期優良住宅などが間接的に義務付けられ、さらには24時間稼動させなければいけない換気設備、瑕疵担保険への加入などなど、何かがある度に経済対策を兼ねた新しい制度が出来上がってしまうのである。当然ながら、こうしたことが決まればそれだけ住宅の価格は上がる。

一つわかりやすい例を挙げてみよう。構造強度偽装事件以降義務化された瑕疵担保保険への加入義務。強度不足の建物を購入してしまったクライアントが、その建物の住宅ローンをすでに組んでしまっているのに、さらに補修工事やひどい場合には建て替え工事の費用まで負担しなければいけないとなるとそれはあまりにもひどい。それならば、皆で保険をかけてしまって、もしもの場合にはみんなでそれを負担しようではないかというのがこの制度の考え方なのだが、果たしてここまで建築基準法が厳格化された後に、かつてあったような偽装が起きる可能性がどれだけあるというのであろうか。通常の規模の住宅の場合7万円程度の費用を要するこの保険、一体その掛け金はどこでどのように運用されているのであろう。法律によって義務付けられているので誰も逃れることは出来ない。そして、これからの住宅が出来るたびに莫大な資金がそこに集まり続けるのだ。

確かに住宅という産業の経済効果はわかる。日本人の消費の最も大きなものであり、そして個人の夢の集大成のような住宅における政策が、非常に効果的であることもわかる。しかしながらその個人の夢の形にこれ以上影響を与える拘束を増やすことだけはやめて欲しい、そう願うのは私だけではないであろう。そもそも住宅などというもの、これだけストックが増えているのだから主要産業であること自体に無理があるのだ。主要産業でなくなったとき、もう少し自由が手に入るのかもしれない。

夕方、1000万円で家を作るプロジェクト打ち合わせ。この住宅を作るにあたっては効率的な構成、作り方、セルフビルドの取り入れ方、工事する部分としない部分、施主支給品のあり方などなど、まだまだつめていかなければならないことがたくさんあり、それを考え抜かない限り実現することは出来ないであろう。現在のところのプラン打ち合わせを生かしながら、こうしたコストダウンを実現する為の手法とすり合わせていく過程が重要なところとなるわけで、まだまだスタディーする必要がある。

2013/04/11

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。まずは、茨城県古河市にて設計中のMさんの家。外観のデザインの最終調整を行っていたところだが、1/30模型の手直しも終わり、いよいよデザインが固まってきた。当初から言われていた民家のような懐かしさを欲しいの言葉や、杉の焼き板を利用したいというような断片的なイメージを、全体的な調和を整えながら実現することが出来そうである。
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茨城県古河市のMさんの家 外観・内観模型

続いて埼玉県さいたま市にて設計中のMさんのバレエ教室兼住宅のトラスについて。こちらは金物の形状やらを工夫して種類を統一することでのコスダウンを測っていたのだが、そもそもそんなに金物を使用する必要があるかの検討を指示。いわゆる挟み込みのトラスであれば、ボルトで固定することで済むわけであり、金物を割り込む材木の加工も必要なければ、それに使う金物も要らない。構造家の見解でもそれでうまくいきそうである。スパンを飛ばすという一つの目的を果たすための手法はいくらでもある。求められるコストの範囲内でそれを行うための工夫が出来る余地があるのであれば、それを検討しなければいけないし、それをデザインとうまく調和させることこそが設計上の工夫すべき点でだと思う。

2013/04/10

事務所の前の庭の模様替え。これまでベンチにしていた枕木で通路を作り、栗の木を植え、めだかが泳ぐ鉢も移動してみた。ベンチの下から出てきた地面には、クランベリーの苗を植えた。ジャムを作るほどにたくさんの実が取れるかはわからないけれど、成長するのが楽しみだ。かれこれ7年ほど前までは、実は結構いろんなハーブを育てていた。次第に忙しくなるにつれてやめてしまっていたのだが、なんとなくまたはじめたくなったのである。

そのきっかけとなった京都在住の英国人であるベニシアさん、先日ベニシアさんの「名前は草と人間をつないでくれるもの」という言葉を耳にしたので、私も名札を立ててみたのだが、これはとても大切なことだと気付かされた。名もない花に美しさを感じるということもあるだろうが、名前があるだけで、その植物の素性がわかり、余計に楽しみが増すのである。もしかしたらこれは男性好みの考え方なのかもしれないが、ベニシアさんも言っていたから男女共通のことだと思う。雑草は抜いてしまうけれど、雑草のようなハーブは抜かない。それは名前があるかどうか、そしてそれを自分の意思で植えたかによっていると思うのである。これからの季節はまさに植物の季節だ。しばらくはこのガーデニングを続けてみようと思っている。
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2013/04/08

テレビで竈を作るシーンを見た。現地にある土を使って、原始的な竈を左官屋さんが作るのであるが、まさにこれはキッチンの原型といえる。現代のキッチンは、イカに物を都合よく仕舞うか、イカに使いやすく、掃除しやすく、などなどの機能が詰め込まれ、システムキッチンなる呼称までもが付けられ、あたかも進化した別のもののように扱われるが、それが果たして人の生活に本当に必要なのかの判断は人それぞれであろう。事実、下の写真にあるようなキッチンをこれまでもいくつも作ってきたが、必要以上の機能がなくともそこに暮らす人のセンスがよければ、魅力あるキッチンは作られる。逆に収納たっぷりのキッチンを紐解いてみれば、もう何年も使わない器具やら食器やらで埋め尽くされている例も多くあるものだ。

物があふれるこの国で、(時代といいたいところだがあえてこの国というのは、テレビで見たアフリカの小国は今でも何も無い、物であふれるなどというには程遠い現状だったから。)必要なものだけをそろえ、それを上手に利用しながら暮らすのは難しい。ちょっと油断すれば、いつの間にやら自分の周りには物があふれてしまう。頂き物の食器の箱など良い例で、一度開けただけで、かれこれ何年もそのまま棚に仕舞われていることなどよくあることだ。高密度化している都市部の暮らしをしているのに、物の量だけは増えていく。土地の価格が驚くほど高いのに、一生懸命収納を増やし、そこに使いもしないものを溜め込むことにどんな意味があるのであろうか。
20130408-1.jpg夜、レイモンド・チャンドラー「THE LITTLE SISTER」読了。この小説は、村上春樹氏が訳したシリーズのものでこれで3作目とのこと。有名なフィリップ・マーロウを主人公とする探偵小説である。なんとなく手に取った小説だが、テンポの良い展開とちょっとおしゃれな会話を楽しみながら読み進めることができた。僕の理解力が足りないのか、なんだかつながりがわからないところも多少あったのだが、それでも楽しく読めるのだからそれもまた許されるところなのだろう。一つ残念なこといえば、地理感がまったく無いことである。ハリウッドもクリーブランドもビバリーヒルズもどこがどこなのだか、どんなところなのかのイメージすらわきあがらない。かろうじて地図を見ながらイメージしてみたものの、やっぱり行ったことが無いのだから無理である。小説はその場のイメージが出来るかどうかで面白さが変わる。そして自分の血肉となるもの、つまり建築の仕事を通してだけでなく自分自身の身なりなり考え方なりに影響を与えるような、何か、になるかどうかも変わると思う。少なくとも僕はこれまでも色々な小説を通して、多くのことを学んできたように思っている。やっぱりアメリカくらいは行ってみたいものだな。
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2013/04/06

朝礼終了後、午前中は事務所にて打ち合わせ。

4月1日に開催された第1回のますいい建築塾にて森脇君から発表されたLEDの話がちょっと興味深いのでご紹介しよう。現在LEDを照明器具として用いる場合には電源とLEDユニットが交換可能な器具が主流である。またもともと白熱灯やレフ球を使用していた器具にLED照明を取り付けたい場合には、電源が内蔵された照明器具型のLED電球を取り付けることになる。1/10ほどの電力で、これまでと同じような明るさが得られるということだからこれは上手に利用しなければならない。先日事務所の電球をLEDに交換した。電球にも色々とあるようで1600円ほどで購入できる地元のメーカーのものを利用したのだが、点灯するのに1秒ほどかかることを除けば、大手メーカーのものとなんら代わりは無いようだ。価格にすると一個当たり1000円ほどの開きがあるので、このような小さなメーカーの製品を利用することは有効に思える。他にも、LEDテープを住宅の内部照明として用いる例もある。すでにいくつかの現場で行ったものだが、いずれもクライアント主導によるものなので、近いうちにますいいによる試作品を作ってみるつもりだ。テープでどれくらいの明るさが得られるのかはまだわからないものの、大工造作の天井にうまく取り付けることで、従来とは異なる照明のあり方を考えられるかもしれない。少々詳しく調べてみたい。
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写真の右上の机上部の棚板の裏側にはLEDテープ照明が取り付けられている。

15時より、埼玉県さいたま市にて設計中のIさんの家の打ち合わせ。今日は夕方から天候が崩れるとの予報だが、今のところ駐車場代わりに利用させてもらっている大宮公園も穏やかである。この春の嵐、確か昨年もあったような気がするが、そもそもこの日本付近で低気圧が台風並に発達すること自体おかしい。台風とは南の海上で生まれ、北上するにしたがって次第に勢力を弱め、温帯低気圧になって日本に接近するものであったはずであるが、そんな認識自体すでに古いのであろうか?打ち合わせの方は順調に基本設計の最終段階となった。次は大きなスケールでの模型をプレゼンし、いよいよ実施設計に移る予定である。

2013/04/03

朝礼終了後、鈴木君と一緒に早稲田大学理工学部へ。11時、石山研究室にて渡辺さんと打ち合わせ。この校舎に足を運んだのはかれこれ一年ぶりだろうか。とある仕事の依頼ということで足を運び、はじめの30分ほどはその仕事の内容についてのお話であった。話は次第に多岐にわたり、石山先生の提唱する解放系技術論に及んだ。セルフビルドや設計事務所としての分離発注などの形態から、工務店と連携した形への進化、これが今目指すとろろだとして、その答えがイカになるかは提携する工務店によるところであろう。石山ファミリーの一員であると自負するますいいにその矛先を向けていただけたことに心より感謝したいと思う。

2013/04/02

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

午後は、恒例のお茶のお稽古。昨年痛めたひざの靭帯もだいぶよくなったようで、ようやく正座が出来るようになった。久しぶりに畳の上に正座をして薄茶、濃茶を点ててみたが、やはり茶道は畳の上でやるものであるの当たり前の感がわいてきた。すべての作法は畳の上でちょうど良いように考えられており、椅子に座って行ってもなんとなく雰囲気が出ないのである。「習いつつみてこそ習え習わずにあれこれ言うはおろかなりけり」今日覚えた利休百首である。茶道が私にとって何なのか?の答えが明確に出たわけではないが、先日立てたOさんの家の元京都大学の教授をされていたお父さんに「一つの道を究めなさい」といわれた言葉を励みに、もう少し深みに入りたいと考えている。

夜、会合から帰り、百田 尚樹「永遠の零」を読了。映画は今年の12月に公開される予定で、文庫本も100万部を打ったベストセラーである。太平洋戦争時のゼロ戦乗りの祖父を持つ兄弟が、祖父の知人を渡り歩いて特攻隊の一員として散った当時の真実を探るという展開で物語りは進む。歴史小説としての一面や、戦争物語としての一面ももちろんあるのだが、一人の人間が国家という枠組みとは別に自分なりの意思で、今では国家全体の過ちのように語られてしまう特攻隊の一員となり命を落とすにいたる過程、つまりは全体主義といわれそれで済まされてしまう時代にも、その中にある個の思想というものが描かれている点が非常に興味深かった。

2013/04/01

4月になった。ますいいリビングカンパニーも今日から第19期に入る。私の母が一人で不動産屋さんを始めたのがこの会社のスタート。そして2000年より私が参加し、住宅を作る部門を立ち上げた。それから数えてもかれこれ12年が経ったわけだが、あっという間の12年だった。確かはじめてやった仕事は、小学校の同級生の自宅のリビングの床材の張替えだった。新築住宅などは2年目まで依頼されることは無かった。はじめて新築住宅を依頼してくれたのは、今ますいいの水道工事を受けてくれているSさんご夫妻である。今では合併して同じ川口市になったが、当時の鳩ヶ谷市に彼らの住宅を建てさせてくれた。水道工事業者なのに、他の住宅メーカーでは自分に水道工事をやらせてはくれない。でも増井さんはそれをやらせてくれる。それが私に依頼するきっかけになったということをいわれたような気がする。

会社設立の際に、建築家の石山修武氏とどのような会社を作るかの話し合いをして、今のますいいは生まれた。なぜ石山氏だったか?それは私の大学の先生だったからである。石山氏は当時から、建築家が住宅建築に係る以上、工務店機能を兼ね備えなければ意味が無いといっていた。小額の小住宅を建てる施主にとって見れば、10%の設計費を支払うことはツライ。建築家にとってみても、2000万円の住宅だとしてその10%の200万円で、設計期間半年、そして施工監理期間5ヶ月、合わせて約1年間もの間の仕事をするのは経済的に成立しない。設計者はその設計費を少しでも上げるために、クライアントの言う予算をオーバーしたくなる発想を持たざるを得ない。でもクライアントの為には予算を守るという義務も果たしたい。その相反する思いの中で仕事をするのはそもそも無理がある。

そして小住宅を建てる中心となるのは大工さんを中心とした数少ない職人さんたちであり、その現場を管理するためにはゼネコンが大きな現場でやっているような朝礼による規律の指導や、詳細な仮設計画、昼の時間帯には各職の職長さんたちを事務所に集めての定例会議を開き、エレベーターの搬入順序を決定したり、ゲートから入る車両を一台一台調整したりの作業も必要なければ、膨大な量の施工写真を撮影し、それを夜な夜な整理するだけの人員が必要なこともないのである。もちろんある程度の規模になればそれが必要である。ますいいではそれを1億円状と決めている。だからますいいでは1億円をこえるような大規模工事の受注はしない。これまでも一回も手を出したことは無い。唯一あるのは設計監理のみの受注である。あくまでそれ以下の規模における、設計者と施工管理者が一体であるメリットを出せる範囲の中においてのみ活動する、設計から施工管理までを一貫して行う工務店というものを目指したのだ。

昔の住宅業界、まだ業界などと呼ばれることが無かったころにはそれが当たり前のスタイルだった。設計は棟梁と呼ばれる大工さんが行い、施工管理も棟梁がした。棟梁は自分が育てた大工さんに大工工事をやらせ、左官屋さんや瓦屋さんといった各職の職人さんたちに専門工事を発注し管理した。町にはそういう熟練の棟梁が何人かいて、どの棟梁に頼むかを決めれば家造りは自然と進んだ。クライアントの側にも、自分の家を自分で考える技術があった。玄関はここで、右側に続き間の和室、左側には洋風のリビングダイニングをといった設計を簡単に行うことが出来たのである。なぜなら、いわゆる日本の各地における民家の形にはある種の規則性があった。形だけでなく使用される材料までもにある種の規則性があった。今でも例えば私の妻の実家の滋賀県では焼き杉を張った外壁の民家をたくさん見ることが出来るのだが、ああこの風景はどこの県のどこの町だなと分るような特徴があったのである。

そういう時代において、大工さんはある一定期間の修行を積むことで、その規則性を体にしみこませ、さらに大工としての施工技術を習得することで棟梁となれた。もちろんそれにはお金を管理する細やかな神経や、人から信頼される人徳といったものも兼ね備えていなければならないことはいうまでも無い。しかし、技術的にはそれで家を建てる中心的役割を果たす設計者兼施工管理者となれたのである。

さて、今の時代はどうであろうか。特に都市部においてはそれが顕著であるが、クライアントの価値観は多種多様である。埼玉県の川口市だからみんなそろってこのスタイルで建てようなどという規則性は存在しない。自分の価値観の元、自分達が安心して暮らすことが出来、さらに心の豊かさを感じることが出来るよう住宅を望む。コルビジェを連想させるようなモダンスタイルを望むこともあれば、懐かしさを感じるような和の風合いを望む方もいる。こういった多種多様なスタイルを実現する為のいわゆるデザインの技術が不可欠となったのである。さらにいえば、それらのデザインを実現する為の施工技術も多岐にわたる。同じような材料を使い続ければ良いのではなく、新たな素材を試す実験的行為も必要だ。環境への配慮といった方面への技術などは時代と共に常に進化する。そういったことをいかに導入するかの検討もしなければならない。今の時代に求められる棟梁とは、それらを総合的に判断し設計を行うことが出来る者であり、さらにコストとコンストラクションマネジメントをあわせて行うことが出来る者であるのだ。

ますいいはこのような考えに基づきスタートした。かれこれ12年、この考えは変えることはない。ちなみにこのますいいという名前、私の「ますい」と「石山先生のい」をあわせて作られている。決して間違いではないし、わたしの名前は「ますいい」さんでもない。ある時代における理想的な技術者集団を目指したという理念と、その思いを忘れることの無いようこの名は付けられたのである。
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左 枕木階段試作中の私とTさん 右 水道屋さんのSさんとその息子さん

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左 べんがらの調色をする私 右 枕木階段試作中の私とTさん

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