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増井真也日記

2013年3月アーカイブ

2013/03/30

午前中、埼玉県川口市にて設計中のOさんの家の打ち合わせ。

続いて、埼玉県さいたま市にて設計中のIさんの家の打ち合わせ。今日は、お母さんも交えての打ち合わせということで、Iさんのご実家に訪れての打ち合わせとなった。下の写真は近所にある大宮公園の駐車場から歩いて向かう途中に見た桜である。すでに散り始めている木もあるが、まだまだ元気に花をつけているものもある。今年の桜はなんだかいつもより花のもちが良いような気がするが、きっと最近の天気が良かったせいだろう。
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2013/03/26

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。今日は毎年恒例にしている事務所庭の芝生の種まきを行った。南に面する強い光を受ける土地で、夏になると芝生が枯れてしまうことが多いのだが、今年はカナディアングリーングラスという芝生の種をまくことに。これは昨年も撒いたのだが、結構元気に育ってくれた実績がある。種をまいたら次は肥料。そして仕上げに芝生用の目土を入れる。あとは毎日水をあげれば、10日間ほどで芽を出す予定だ。毎年この作業をしていて気がついたのだが、鳥にばれると、いろんな鳥がこの種を食べにくる。あまり見たこともないような鳥も来れば、すずめも来る。鳥たちにとってみれば、芝生の種もきっと一年に一度のご馳走なのだろう。

夜は新宿のパークタワーにてTさん打ち合わせ。以前の日記にも書いたが、Tさんはますいいの事務所を建設したときの早稲田大学理工学部石山修武研究室に所属する担当スタッフだった方である。つまりは私と一緒にこの事務所の建設工事に最初から最後まで、どっぷりと係ってくれた恩人だ。時には建築途中の現場に寝袋で寝泊りし、当時私が住んでいたワンルームマンションのシャワーを浴びて、一緒に食事をし、そしてまた現場で働くというような毎日を送ってくれた人である。私のセルフビルドに対する考え方は、この自分の事務所建築のときに、石山先生や担当のTさんの魂を受けつく形で形成されたといっても過言ではない。そしてその姿勢は、今のますいいの現場でも確実に受け継がれている。今はそのTさんのご自宅の工事についての打ち合わせをしている。10年ぶりの現場だ。なんとなく楽しみである。

2013/03/25

朝礼終了後、息子の小学校の卒業式に。つい先日入学したと思ったら、もう6年生。思い返せば色々あったけれど、健康で無事に卒業してくれただけで何よりである。あまりこういった行事に参加したことは無かったのだが、これで入学式と卒業式だけは参加することが出来た。きっと最低限の参加義務は果たしたであろう。

午後は、事務所にて打ち合わせ。まずは埼玉県さいたま市にて設計中のIさんの家のプランスタディーについて。先日の指示に基づき、だいぶ新しいプランが固まってきた。階段の位置を変更したので印象も変わったが、玄関や階段のイメージがだいぶよくなったように思える。2世帯住宅における動線は、各世帯の交流の場にもなりうるものだから、丁寧に設計を進めていきたい。

現場の方は、鈴木君が茨城県古河市にて進行中のMさんの家の解体工事現場に立ち会ってくれた。こちらは今日から工事開始だ。長く設計を進めてきた現場だけに、新しい建築の工事に入るのが楽しみである。

2013/03/24

土日を利用して軽井沢へ。だいぶ春らしくなって来たとはいえ、こちらはまだ長袖にフリースを着ていても肌寒さを感じる。ロードサイドにも雪がだいぶ残っているが、周りの景色をよく見ると春の芽吹きが始まっているのも垣間見える。東京ではすでに桜も咲き、春へとまっしぐらというこの季節ではあるが、山のこの季節はまさに春へ向けた準備段階なのだ。ゆっくりと歩きながら自然の風景を見ているといろんなことに気がつくものだ。普段せわしなく歩いていると見えてこないものまでもが、ゆっくりとした時間の中で見え出す、そんな瞬間が好きだ。建築の現場でたたずんでいるときもそんな感じなのだが、僕にはあまりせわしない世の中は合わないような気がする。

今日は旧三笠ホテルを見に行ってきた。三笠ホテルは1905年に出来た木造の西洋式ホテルである。下の写真のような暖炉やら階段ホールがある建築で、現在は重要文化財として解放されている。大工さんが作ったホテル、なんとも魅力的な建築だ。このような装飾に満ちた建築の魅力を、現代社会の中で再現することはなかなか難しい。なぜなら人の手間、つまり職人さんの手仕事による労働に対する賃金が、機械生産による合理性と比較して著しく高価となってしまったからである。今出回っているもののデザインは、大量生産に耐えうるものばかりとなった。同じものを大量に作れば安い、物の価値はその本質を金額で判断される、そういう時代だからこそ当たり前の結果である。
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帰りがけに軽井沢のエルツおもちゃ博物館に寄った。ドイツとチェコの国境付近の町エルツ、この町は職を失った坑夫たちが、その町で採れる木を利用して様々な工芸品を作り出したことから、300年以上にわたっておもちゃの町となったそうである。

そういえば私の従兄弟は木型屋さんの家に生まれ、その木型の加工技術を利用して、木のおもちゃ職人さんになった。テレビチャンピオンで優勝したり、NHKの教育テレビに出演したりのおもちゃ界のホープである。かつてこの埼玉県川口市という町は、吉永小百合さんが主演したキューポラのある町で有名な、まさに工業の町であった。町の主要産業は鋳物業で、その鋳物にまつわる木型、機械加工業がひしめき合っている町だった。私の母の実家もその木型屋さんだった。さっきの従兄弟のお父さんは私の母の弟だ。

おじいさんの代から続くこの木型屋さんは私の幼少期の遊び場であり、もちろん鉄の刃の付いた加工機は触らせてはもらえなかったが、仕事に余裕があるときには大好きだったおじいさんが、余った木でなんだかわからないおもちゃを作ってくれたものであった。そういえば私が小学校一年生に上がるときには、無垢材の道具箱を作ってくれたことを覚えている。今ではプラスチック製が当たり前となっているあの小学校の机の引き出しである。僕はその道具箱を6年間大事に使っていたおじいちゃんは4年生のときにがんで亡くなったのだが、なんとなくその道具箱が僕にとって形見のような存在だった。はじめは青いペンキが塗られていた道具箱は、使っているうちにだんだんペンキが剥げ落ちてきて、無垢の木の地肌が見え出す。それで僕はまたその上からペンキを塗るのだけれど、やっぱり木が見えてきてしまう、それを毎年塗りなおすことが僕の恒例行事だった。

あの箱は今どこにあるのだろう。何度か引越しをしているうちになくなってしまったが、今でもはっきりとその色や形を覚えている。幼少期のころのおもちゃの記憶など他にはない。きっとたくさんあったのだろうけれど、あっオセロの台の記憶はなんだか薄っすらと覚えている、でも他のおもちゃの記憶など本当に無い。でもなぜか覚えているおじいさんの道具箱、こういうものが本当に大切だと思うのだ。

現代人は完全にお金、ちょっと直接過ぎるので経済、この経済の仕組みの中でしか生きることは出来ない。収入と支出、それを成立させた中で満足な暮らしを送ろうとするとどうしてもこの経済の仕組みを満たす安くて良いものを購入するしかない。だからみんな同じになる。大量生産の仕組みの産物をみんなが同じように使うことが必然の結果なのだ。もちろん僕だってそうせざるを得ない。パンツだって靴下だって、3枚900円のを履いている。何もかもこだわってなんていうことが出来るはずも無く、ユニクロにも行くし、ニトリにも無印にも行く。

でもやっぱりそれじゃあなんか物足りない。だから自分で作れるものは、自分で作ったりの工夫もする。最近の自信作は事務所のテーブルだ。20万円で購入した厚さ100ミリ、長さ4m、幅約90センチの大きな国産の栂の板を、池上君の手を借りながら、というより池上君に手を貸しながら、足をほとんどタダでセルフビルドで作成し、合計価格21万円ほどで作ったのだが、実際にこれを見ていただければキットほとんどの人が倍以上の金額を想像することだろうと思う程の出来栄えとなっている。そして何よりも何十年経っても使い続けている自信がある。

1905年に出来上がった建物が重要文化財として保存されるなどということは、当時の人たちは考えていなかったかもしれない。でも多くの人が見るべきものとして保存されているには何らかの理由がある。そしてそうなるべき要素ももともと備わっている。それは何か?そしてそれを作り出すことは不可能なことなのか?いや、そうではない。不可能と思えば不可能であろうが、ちょっと意識を変えればきっとそんなに高くないお金で、つまり経済の仕組みの中に身をおきながらも可能なことがあるはずであるのだ。

2013/03/22

午前中各プロジェクト打ち合わせ。まずは埼玉県さいたま市にて設計中のIさんの家について。Iさんの家はご両親が住んできた広い敷地に、すでに建っている弟さん世帯の住宅に加えて、Iさん世帯、そしてお母さんが同居する新居を作るというプロジェクトである。先日既存の庭木について移植、保存、伐採、の選別等の打ち合わせを行ったのだが、そのときの感覚に基づき、魅力あるエントランス、そしてアプローチを作り出すには?のスタディーを行った。そもそも近年の都市型住宅でこのような庭を含めた設計をする機会に恵まれることは非常に少ない。道路からすぐに玄関、という住宅が非常に多い中でなんとも恵まれた条件である。住宅へノアプローチなるものは、利便性に加えて、やはり品のよさが求められる。庭を通り抜けるときに感じる感覚の変化や、路地のようなところを抜けていく感覚、建物に近づいたときに庇に守られる様子、そういうものがバランスよく出来上がったときに、心地よいアプローチとなる。現在固まりつつあるプランを少しだけ崩してみて、再考してみようと思う。きっと面白いものが出来るであろう。
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続いて埼玉県幸手市にて設計中のMさんのバレエスタジオ兼住宅について。こちらの住宅はご両親の住む家の隣の敷地に、息子さん世帯の暮らす住宅とバレエスタジオを作るというもの。敷地に建つ小屋や植わっている樹木の伐採時期に合わせて、ご両親の暮らすじゅうこの外構工事も行うつもりなのだが、その外構についてのスタディーをすることを指示した。

続いて埼玉県川口市にて設計中のOさんの家について。この住宅も2世帯で暮らすための住宅である。ご両親の部屋の閉鎖感がどうも気になっていたのだが、やはりご両親から開放的にしてほしいとのご要望があった。2世帯住宅の打ち合わせというのは、とかく資金提供者の子供世帯の意見に基づいた打ち合わせが進行するのであるが、ところどころご両親の意向もしっかりと聞いていくことが大切だ。まあ次の打ち合わせがその機会になることであろう。みんなが集まって暮らす、その場にふさわしい、つまりみんなが満足できる答えを見つけ出す努力をしたいものだ。

2013/03/21

朝礼終了後池上君と一緒に埼玉県幸手市にて設計中のMさんのバレエスタジオ兼住宅の現場に。今日は隣に暮らすご両親の住宅のリフォームの打ち合わせである。築37年、僕の年齢と同じくらいの住宅は、確かに古くなっている部分は多々あるものの、とても大切に使われている、そしてとてもこだわって作ったのだろうなということが伝わってくるような、良い家だ。デザインはお父さんがやったらしい。建築家というわけではないが、こういうことを考えることが好きだったのだろう。平屋なので構造計算などはしていないのだろうが、非常に理にかなった、そして魅力的な吹き抜けなどの空間を持つ家だ。この家はとても構成的である。奥様の使い勝手というよりは、こうあってほしいという構成が先行している、つまり男性建築家が考えるとこうなるというような建築になっている。今回のリフォームの依頼は、浴室のタイルの張替え・キッチンの交換・古くなった綿壁(昔よく利用された工法で、綿などの繊維を混ぜて仕上げた左官壁)を漆喰に変える塗り替え工事・天井などの塗装といった具合である。この住宅の持つよさを損なわないよう、そして今後の生活が快適に暮らせるように進めていきたいところだ。

2013/03/17

日曜日。今日はTOEICの試験を受けてみた。かれこれ何年も英語など勉強していないのだが、また再開してみようとの想いである。まあきっと高校1年生くらいからのやり直しである。そして成長もするかどうかもわからない。でもなんとなくやってみたい、そんな思いで受けてみた。試験の方はさっぱりだった。やっぱり出来るわけ無いよな。

会場は東大宮にある芝浦工大であった。はじめて訪れたのだがこんなところにこれほど立派なキャンパスがあったとはまったく知らなかった。場所は東大宮駅から歩いて20分程度のところである。住宅街を通り抜けていくと突然視界が開け、広大なキャンパスが出現する。白いボックスを基調とする今時のデザインで、設備も相当整っているように見えた。なかなか魅力的なところだなの感である。

私の通った早稲田大学は、学生時代、つまり平成7年当時すでに野球場などの設備は撤去されてしまっていた。いやまさに変わり行くときだった。早稲田中学・高等学校からの進学なので大学入学前にすでに6年ほどこの地に通っていたのだが、この間にも多くのことが変わった。ホテルが建ち、図書館が建ち、早実などの付属学校までもがその場を去り、新しいビル建築が立ち並ぶといった具合のキャンパスに親しみはだんだんと薄れていった。理工学部のキャンパスもしかり。私大の経営が難しくなっているのはわかるが、東大のいつまでも変わらぬ姿がうらやましかった記憶がある。やはり勉強をする環境というものは、ある程度都会の喧騒から隔離された、心落ち着く場所である方が良いと思う。勉学があまりに経営の道具にされるという状況も良いものではないのであろうな。

2013/03/15

午前中、茨城県古河市にて設計中のMさんの家の現場。すでに工事のための引越しを済まされており、現場ではお父さんが最後の片づけをしている。屋根の上では地元の電気屋さんがアンテナを取り外して、すぐ隣の仮住まいに取り付ける準備をしていた。現場についてしばらくすると、解体屋さんが到着。早速取り壊す部分の打ち合わせに入る。庭の木はすでにお父さんの手によって切り倒されているのだが、根っこはそのまま放置されている。それらの撤去やら、残しておいて欲しい庭石の指示など、細部にわたる打ち合わせを行う。なんせそのままにして置いたらすべて捨てられてしまうので、しっかりと打ち合わせをしておかなければならない。

工事は25日ごろより開始する予定である。長年住み続けてきた家を壊すのはとても惜しいものだ。なんとなく物悲しい感じがする。私も小学校1年生のときに新築した住宅を高校2年生のときに建て替えたのだが、自分の育つ家庭のほとんどをすごした住宅が壊されるという事実を受け入れることが出来なかった思い出がある。何というわけではないのだけれど、それだけ住宅というものは、人の記憶の中に染み付いているということであろう。写真は完成をイメージした模型である。現在手直し中だが、この土地で始まる新しい歴史をしかりと作り上げたいと思う。
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2013/03/14

ホワイトデー。何をするわけでもないが、なんとなく娘達にお土産でも買っていってあげないと、という気分になる。来年から5年生と1年生になる娘達にとって、手作りでチョコレートを作るなどのイベントは何よりも楽しみなようである。そしてそのお返しもしかり。

さて、子供達がお年頃になってくるとどうしても物が増える。先のチョコレートを作るための小道具の類もそうである。キッチンには普段使わないものがあふれるようになる。

もともと物をたくさん所有するタイプの人間ではなかった。一人暮らしのことなど軽トラック一台で簡単に引越しが出来た。そもそも家には、生きる為の必要最低限の道具しか置いていなかった。衣類に歯ブラシなどの生活必需品、テレビとビデオデッキ位であろうか。あとはすべて当時努めていた戸田建設の職場においていたから、突然の現場移動の指令にもすぐさま対応することが出来た。当時、寮は大阪の寝屋川市という町にあった。最初に勤務した現場は矢田という町である。忙しい現場だったので、近くのワンルームマンションに先輩の職員と3人で寝泊りしていた。6畳一間に3人雑魚寝である。快適とは程遠いが、現場勤務とはそんなもんだと思っていたし、それが心地よかった。寮には週末しか帰らなかった。続いて滋賀県の八日市の現場に派遣されたときには、その現場にいた上司が借りていた2LDKのマンションの一室を自分の住まいとした。まさにヤドカリである。このときは完全に寮には寄り付かなかったし、帰ろうとも思わなかった。そもそも寮に帰っても何も無いのだ。ゼネコン時代のそんな生活は独身時代の私にとって、常に新鮮な人との出会いであり、冒険であった。職人と仲のよかった私は、上司の目を盗んでよく呑みにいった。朝まで呑んで一緒に現場に行くというようなこともあった。朝礼のあとマンホールの下の地下ピットで寝ていたこともしばしばである。どちらかというとそんな根無し草のような生活が心地よかったという思いもある。

住宅を作るという行為はそんな根無し草のような生活への決別を意味する。ある程度の年齢、結婚、子供、仕事、両親、それぞれ違いこそあれ、こういった様々な要因が重なって家を建てるという行為につながるのであろう。私の場合は、地域とのつながりも生まれたし、学校などとのつながりも生まれた。色々なつながりが増え、そして物も増えた。それぞれにはそれなりの意味があるので、そう簡単に選別して捨てることなど出来ない。そうやって根無し草の私が、いつの間にか根を張っている。人生とはそんなものなのであろう。

なんだか難しい話になってしまったっが、最近収納の大切さを身にしみて感じる。「simple is best」 には限界もある。物を持たない生活など、そうそう長いこと続けられるものではない。キッチン、玄関、クロ-ゼットなどなど、将来にわたって増えるものの量を見越し作ることが必要である。家造りの中には工夫すれば使うことの出来るデッドスペースがたくさんあるのだ。そういうところがあとで物をいう。なんといっても何十年も住むのである。

11時、埼玉県幸手市にて設計中のバレエスタジオ兼住宅の打ち合わせ。

19時、埼玉県さいたま市にて設計中のSさんの家打ち合わせ。

今日は娘の誕生日である。家に帰ってパーティーとしよう。

2013/03/12

今日はなんとなく頭痛がひどい。きっと花粉や黄砂の影響か、はたまた季節の変わり目か、毎年春への移り変わりの季節になるとこんな症状が出てくる。

夜、だいぶ気分も良くなる。なぜか私の不調は夜になると直る。19時ごろより、茨城県古河市にて設計中のMさんの家の打ち合わせ。まもなく確認申請を提出する段階となるのであるが、最後の最後の確認ということである。開口部の位置やバランスを若干調整したり、屋根の勾配をちょっとだけ修正したりのご提案をした。いくつか結論を出せなかった部分のあるが、それも来週中には決めなければならない。

開口部の検討をこうも何度もするのには理由がある。なんとなく大きな窓を開けておけば良いという考え方がこの国の住宅には蔓延しているようにも感じるのだが、実際の生活の中ではそれだけではないことは明らかだ。そもそも窓際とは、外の世界と直接つながる部分であり、四季の移り変わり、一日の中での時間の移り変わりを最も直接的に感じることができる部分である。春に咲く花を眺めることが出来る窓、夏の日差しを浴びながら開放的に過ごすことのできる窓、もの書きをしながらちょっと外の様子を眺めることの出来る窓、心地よい春の風が家の中を通り抜けるのに役立つ窓、そんな新しい生活の中で繰り広げられるであろう暮らしの中の行動一つ一つにさりげなく役立つ、そんな開口部を作り上げたいのである。

2013/03/11

朝礼終了後、東京都西東京市にて建築したOさんの家の完成検査兼写真撮影。これはとあるキッチンメーカーのデザイナーさんの住宅である。敷地は北側を広大な農場に接するという東京都内としては非常に珍しい条件であり、計画は右上の写真のようにその借景をふんだんに生かすように作られた。普段から人気の少ない農場であり、誰の目も気にすることなく開口部からの景色を楽しむことが出来る、そんなリビング空間である。

左上の写真の玄関を通って階段をのぼると、中断の写真のリビングに到達する。2階は北側からリビング・キッチン・ダイニングと配置されており、リビングには固定階段のあるロフトが設置されている。ロフトの上部には、南側からの光を取り込むためのハイサイドライトが取り付けられているので、北側に面するリビングには上部から十分な光が取り込まれる。

左下の写真に写るキッチンは、既製品のシステムキッチンと大工さんの造作の混合である。手前の作業台は大工さんが作った箱の上に、人造大理石の天板をのせ、箱の中には既製品の引き出し収納がはめ込まれている。床は楢の無垢材だ。リビング空間は幅広の高価な材料を使用し、ダイニング空間は幅の狭い安価な製品を利用している。素材の持つ風合いをコントロールし、非常に良くデザインされている住宅を作ることが出来た。
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2013/03/09

朝9時30分、埼玉県幸手市にて計画中のバレエスタジオ兼住宅の打ち合わせ。今回は1/30の模型を用いて開口部や内部の印象についてのお話をさせていただいた。

午後より埼玉県川口市にて進行中のIさんの家の現場管理。

以降事務所にて雑務。

2013/03/08

夕方、東京都北区にて設計中のMさんの家の打ち合わせ。今回は2回目のプレゼンテーションなのだが、狭小地に建つ中庭を持つ建築をご提案することに。狭小地に中庭を設計するということで、どうしても絶対的な床面積は限られてくることになるのだが、その狭さを感じさせないような設えにするにはの工夫を取り入れるところに苦心した。

この住宅は女性の一人暮らしのためのものである。同じく一人暮らしの女性の為の住宅をこれまでも造ってきたのだが、中庭というと埼玉県川口市に造った中庭のある家を思い出す。この住宅はご両親より受け継いだ敷地に平屋の中庭のある住宅を作ったのだが、都会に暮らす女性が安心して日々の暮らしを営む中で自然とふれあうことの出来る状態を生み出すことに成功している。外部にある門のような玄関を入ると、上の写真の左側の庭に招き入れられる。その庭を通り抜けて木製建具の引き戸を開けると写真中央から内部に引き込まれる。ほぼワンルームのような住宅の内部には写真右側にあるもう一つの中庭が配置されている。この庭は3方を内部に面しており、どのスペースにいても内部空間と一体に外部空間を感じることの出来るようになっている。

都会での生活の場合、道路との距離、近隣住宅との距離により得られるプライバシーには大きな差がある。道路に面して大きな庭を造ったとしてもそこが本当にくつろぎの場になりうるかどうかは、その道路の交通量や人の歩く頻度などに大きく影響されてしまうであろうし、ましては女性の一人暮らしともなればさらにプラスして安心や安全に対する配慮も重要となる。日曜日の午後この中庭を眺め、光と風を感じながら、人の視線を気にすることも無く、本を読んで過ごす、そんな光景が目に浮かぶ。
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逆側からの内観

2013/03/06

午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

終了後、鈴木君が担当している茨城県古河市にて進行中のMさんの家に対するディテールの検討について指示を出した。いよいよ見積もり作業に取り掛かり、実施設計を進める段階となっているのであるが、最終的な確認申請という決定段階にうつる前にもう一度開口部の大きさや位置、部屋と部屋のつながりなどについての確認をすることに。なんと言っても近年の家造りは現場に入ってからの気まぐれな変更というのはなかなか出来ない状況にある。アネハ建築士の事件以降、非常に融通が利かなくなってしまったのであるが、この状況に対応するには念には念を入れた設計の確認を繰り返す以外に方法は無いのである。

2013/03/04

今日から新入社員の橋本君が入社した。新入社員とは言うものの年は42歳、建築業界の経験も職人から設計事務所と多岐にわたるつわものである。大体この業界にはこういう人生のまわり道をしている人が結構多いのだが、きっとそのまわり道が設計に生かされるのであろう。

午前中は茶室の内装工事の現場へ。すでにほぼ工事は完成しているのだが、桧の柱や杉の化粧鴨居などの木部にワックスを塗る為に現場に行った。白木専用のワックスを塗ると木の表面がほんのりと濡れ色になる。木目が少し浮き上がってきて艶が出る。まあ女性のお化粧のようなものである。午後には畳が敷きこまれた。畳が入ると急に和室らしくなるものだ。あとは炉が設置されれば終了である。

夕方、新人の歓迎会をかねて恒例のスタッフバーベキュー。今日のメニューはおでん、しゃぶしゃぶをメインに、タコスや枝豆、チーズクラッカー等ののつまみを作った。月に1度の開催だが、スタッフ同士の情報交換には大変良い機会となっている。1級建築士取得に向けてがんばっている鈴木君の話している姿は、なんとなく充実していた。そんな姿から他のスタッフにも良い影響を与えるだろう。なんでも資格資格という社会はいかがなものかとも思うが、でもその資格が無ければ将来的に独立するなどの行為も出来ないわけであるので、やはりある程度の経験をしたら資格を取得することは必要となる。特にアネハ事件以降、厳格化された建築界では、1級建築士の資格を取得しても3年間の実務経験をしなければ、建築士事務所の開業に必要な管理建築士という資格を取得することが出来ない。昔は修行を終えて独立準備期間に資格を取得し、合格したら独立という流れが一般的であったのだが、今はそれができないのであるから、事務所に在籍している間に資格を取得しなければいけないのである。ますいいではある程度の経験を積んだスタッフを順番に専門学校に通わせ、資格を取得することを進めてきている。田村、池上に続き鈴木で3人目となるのだが、この流れは今後も続けていくつもりだ。

2013/03/01

建築の設計をしているといつも頭を悩ますのが周辺環境である。森の中の住宅ばかりを設計できるのならば良いが、都会の住宅の場合多くの場合となりの家の外壁とは1m程度しかはなれておらず、道路と接している土地であればその道路からの視線を受けるというようなことにも気を使わなければならない。

上の二つの写真は埼玉県蕨市に建てた2世帯で住む為の住宅である。土地は非常に狭く、道路からの引きも無いために建物の窓を開けるとすぐに公道という状況になってしまう。そんな状況の中で開放的な明るい光を取り入れるために、吹き抜けを道路側に配置しそこに大きな開口部を空け、さらに外側には木製のルーバーを取り付けている。このルーバーがあることで外部からの視線が遮られると共に、外観に木質の柔らかさが加味されている。
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次の写真は東京都杉並区に建てた住宅である。この敷地は北側を善福寺川の河川敷に面しており見渡す限り緑の広がる非常に開放的な土地である。それに反して敷地の南側道路の反対側は高台となっておりその敷地からは見下ろされてしまう格好となる。本プロジェクトにおいては、南側に開口部を設けることを避け、その分北側の緑地界に対して解放的なプランとすることで快適な居心地を創造するよう努めた。隣には分譲住宅が建てられているのだがなんと、それらの住宅はみな南側に大きな開口部を設けている。そしてせっかくの北側の借景を壁で遮ってしまっているのである。現場の状況からすればとんでもない!設計と思われるのだがこれが建売の不思議というところなのだろう。
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最後の右下の写真は埼玉県の伊奈市に造った住宅の吹き抜けだ。この住宅では道路面に作る開口部の面積を最小限に抑え、その分住宅中央部の吹き抜け上部に開口部を設けることで、天空からの光を取り入れることに成功している。さらにこの開口部ははしごを上って開け閉めすることが出来るので、夏場の熱気を逃がす為の煙突機能も果たしている。

このように建築の設計というのはその敷地のもつさまざまな条件に合わせて行うものであり、さらに言えばクライアントがそこでどんな生活を送りたいかの欲求を整理し、纏め上げる作業の連続である。デザインという言葉の語源はラテン語で「整理する」「まとめる」というらしいが、まさにそういうことなのであろう。リビングといってもその人その人過ごし方はさまざまだ。椅子に座ってコーヒーを飲むことが好きな人もいれば、座布団に座ってお茶を飲むことが好きな人もいる。ソファーを置いても結局床でゴロゴロなんていうことをよく耳にするが、リビングには絶対にソファーを置かなければいけないなんている決まりは無い。ようは自分にあったすごし方を出来る場を造ることが大切であり、それに適した景色、明るさ、素材、広さ、高さ、そういう情報を整理し最終的に図面という形にまとめなければならないのである。クライアントの中には私たちは何にもわからないから・・・というい方がよくいるのだがそんなはずは無い。自分が好きな空間をイメージしてみればそれで良いのである。あとはプロの設計士がまとめてくれる。好きなものをイメージしそれを口で伝えることが、「自分の家は自分で作る」の第一歩であろう。

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