ますいいの運営するノンプロフィットレンタルアートギャラリーとギャラリー。各アート作品の展示・販売をするショップとなっております。

公式サイト>

ますいいでは、古くなった物件を壊すことなく次の世代に引き継ぐお手伝いをしております。

詳細情報>

CREATED BY TOMBOWING

ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

ますいいリビングカンパニー|埼玉県川口市

ますいいについて/about us
作品集/galleryコンセプト/concept現場進行中/project仕事の進め方/workflow
増井真也日記
田村和也雑想設計室雑感
お問い合わせ/contact

top > 増井真也日記 > 2013年2月アーカイブ

増井真也日記

2013年2月アーカイブ

2013/02/28

午前中、スタッフ採用の面接。大学時代に4年間、岐阜県で行われる木工塾に参加し続けたというT君だが、なかなか面白い経歴の持ち主ということで期待できそうである。物づくりに直結した教育を行う大学は少ないが、この木工塾が京大・同志社・東洋大学などの合同で行われているという点もなかなか興味深い。大学もキャンパスの中では出来ない教育手法を模索しているというところなのだろう。

夕方より伊藤豊雄講演会に参加。おとといと今日と偶然にも一日おきに伊藤氏を拝見することになってしまったが、会の趣旨はまったく異なるものである。今回の講演は、埼玉県の川口市に市政はじまって以来はじめての葬祭場を造る計画の設計者を伊藤氏がつとめるにあたっての、基本設計案報告会のような意図で行われたものである。会場には一体どんな建物が出来るのだろうと詰め掛けた地元の方々が大勢いらしている。伊藤先生はそういう素人の方にもわかりやすいように丁寧な説明をされていたが、CGや模型を用いたプレゼンテーションはさすがにわかりやすい。20時ごろ終了。

2013/02/26

午前中事務所にて雑務。

夕方、昨日より続いている埼玉県川口市の茶室工事の現場確認。現場は私が普段稽古をしている先生の教場で、そこに炉を使った点前が出来るように床をかさ上げした茶室を作るというものである。マンションの1階のお茶室ということで、しかも床はスラブコンクリートの上に直貼りのフロアリングということなので、まさかスラブコンクリートに穴を開けて炉を切るわけにも行かず、床をかさ上げすることとなった。天井にはひる釘を打って、釜を下げられるようにしている。そのひる釘を打つ場所もあるはずも無く、また2階のスラブコンクリートにアンカーを打つのも不可能ということで、壁際に柱をたて梁を渡して門方のフレームを作り、そこにひる釘を打ち付けることとした。柱には桧、梁には杉を用いることで、茶室の意匠的な特徴ともなっている。来週には畳が入る予定であるので、完成が楽しみだ。

夜、伊藤建築塾にはじめての参加。この塾は建築家の伊藤豊雄氏が運営するNPO法人「これからの建築を考える会」が運営するもので、建築だけに限らず様々な知識人のお話を聞きながら、建築のあり方についての思考を深めようというものである。今回の講師はアーキグラムのピーター・クック氏だ。1960年代に活躍した建築家集団の一人で、お年はおそらく70歳を越えているだろう。今回は奥様の還暦のお祝いにと来日されたそうである。さすがに大御所の来日ということで会場には日本を代表する建築家の面々がそろっている。妹島和世氏、難波和彦氏、小嶋一浩氏、手塚貴晴氏、長谷川逸子氏、ざっと見渡しただけでも、なんだか建築家大集会という様相だ。

会合が始まると氏は力強くゆっくりとした英語で、プロジェクターを用いて、これまでに係ったさまざまなプロジェクトやアーキグラム時代の作品などを説明しながら、建築とはを語り続けた。少し話をすると、その項目についての日本語訳をスタッフの方が説明してくれる。非常に和やかに、しかしながらすべての参加者の貪欲な知的欲求の中で会は進められた。

1960年代、それぞれ別々の設計事務所において実務を行いながら夜な夜な集まり建築についてのアイデアを生み出し続けたアーキグラムの作品は、ポップカルチャーを取り入れた実現性の低い空想の世界を描く絵のようなものが多いわけだが、今回のレクチャーでお話を聞いていると、いまだその空想の範囲は狭まっていない。HIDDEN CITYというプロジェクトでは「MIGHT BE ARCHITECTURE OR VEGETABLE」と、建築でありながら植物であるようなイメージを表現し、「PET」のような建築といっては、様々なキオスクや橋の上を動くキオスクまでもを提案している。他にも書ききれないくらいの奇抜なアイデアを拝見し大変興味深く拝聴した。

最後の質疑の時には学生さんなどの質問に丁寧に答えてくれていた。服装、伝統、なんだか世界は当たり前のものをまじめに当たり前に受け入れることに徹しているけれど、それを一度壊してみると本当に大切なものが見えてくるよ。そして何よりも楽しいよ。建築は楽しいんだよ。もっと楽しもうよ。そんなメッセージが随所にちりばめられている氏の言葉の一つ一つに心打たれたと共に、なんとも刺激的な時間を過ごすことができた。10時過ぎ帰宅。

2013/02/25

午前中は事務所にて雑務。

14時、埼玉県さいたま市にて2世帯住宅の新築を検討されているIさんの家敷地確認。現場に着くとお母さんがすでに門の外に出て出迎えてくれている。早速車を停めて庭の中を拝見させていただく。門をはいってから奥行き15mくらいはあろうかという立派な庭である。梅の木や薪の木などが所狭しと植えられており、そこに敷石の小道が作られている。新たなプランを元に、どの樹木を残してどの樹木を伐採するかの想定を建てる。この計画ではすでに新築されている弟さんご家族の住宅の横に2世帯住宅を作ることになるので、同じ敷地内に二つの住宅が建ち並ぶことになる。そして以前からある庭の存在も非常に大きな要素となる。二つの住居の生活動線や視線の交錯などをうまく処理しなければいけない。そして何よりも既存の建物や庭との調和を図ることが重要である。次は敷地の模型を作ることにしてみよう。
20130225.jpg

2013/02/23

午前中は東京都目黒区自由ヶ丘にて進めてきたOさんの家の工事完成引渡しに立会い。この住宅は設計事務所を営む大学時代の友人のアトリエ兼住宅である。数年前に彼のご両親の住宅を造らせていただいたのだが、今回はそれに続く増築のプロジェクトだった。住宅に非常に真摯に取り組むOさんの姿勢があふれる、すばらしい住宅が出来た。感性写真が出来上がったら是非お見せしたい。
20130223.jpg
13時ごろ、東京都世田谷区にて進行中のFさんの家の上棟式に参加。現場には二人の大工さんと、クライアントであるFさんご夫妻、そしてスタッフの岸田がおり準備を進めていた。イタリアに留学していた経験を持つご夫妻の手料理は、まさにイタリア料理。トマトにモッツァレラチーズをのせ、オレガノだったか、緑の野菜をのせた上に塩とオリーブオイルで味付けをしたカプレーゼ、ピーマンを焦げるまで焼いてから皮をむきアンチョビとオリーブオイルで和えたお料理、手作りのトマトソースがからめてある茄子とひき肉のオーブン焼きなどなど、まるでどこかのレストランにいったかのようなおもてなしをしていただいた。途中ご主人と昔々の社会運動に関するお話をさせていただいた。年齢の違う世代の方々とこのような時間を持てるのも本当に貴重な体験である。

それにしても、このような料理をいただくことは本当に楽しいことだ。料理と建築には共通点があるように思える。様々な材料の中から素材を選定し、その時の気分にあった、若しくはそのとき求める雰囲気を演出するためのメニューを選定する。僕が料理をするときの定番はアジアンかイタリアンだ。インド料理風のカレーを作ってみたりチキンティッカなどの肉料理をよく作る。グラタンやパスタも好きなメニューの一つである。が、・・・。今日のFさんご夫妻のおもてなしを受けてなんだかまた自身の心にちょっと火がついてしまった。もう少し本格的にレシピを勉強してみよう。きっともっと楽しい世界が待っているように思える。

世界が民主主義・自由主義に染まってからすでに日が長いが、その最大の武器は自由経済であろう。多くの人がより多くの富を得ることができるという発想は、今の社会に存在するどんな社会体制よりも普及する要素を含んでいる。でも私たちは自由を手に入れるかわりに、自由主義経済の中の歯車として大量生産大量消費社会の一員になるという条件を受け入れなければならない。今、物を自分自身の手で修理する人は少ない。カメラだって自転車だってみんな使い捨てだ。若しくは専門業者に依頼しなければ修理することすら出来ない。下手をすると車のタイヤ交換すら出来ない人もいる。

今の社会システムでは、修理に要する特別な作業よりも、一貫した生産システムの中で作られる新品の方が安いというねじれ現状もある。だからちょっと壊れたら新しいものにしたほうが安い。だから修理という概念が無くなっていく。

物に対する感覚が無くなっていくと、同時に感性も失われていくように思える。なぜなら自分で物を扱わなくなればなるほどに、人間として持っている身体感覚が失われてしまうからだ。今自分の前に普通にあるもの、つまり社会にあふれているものがすべてになり、昔からすばらしいとされていたものをすばらしいと感じる感覚さえも無くなってしまう。何でも良い。何でも良いけど、何かしら自分でコントロールする何かを持っていない人は、経済主義の奴隷としてきっとつまらない人生を歩むことになると思うのだ。

そんな中で家や料理は数少ない本当の自由を手に入れることができるフィールドであると思う。なぜならやっぱり現場生産だから。現場生産のものにはシステム化に関する限界があるのだ。自由ってなんだろうと考えることがある。今の安定した社会は確かにすばらしい。否定することなんて到底出来ない。でも本当に自由とはいえない。自由主義社会には自由主義社会なりの拘束がある。その拘束に気がつくかそうでないか、若しくは見えないふりをしてしまうかはその人次第だと思う。

17時、事務所にて埼玉県さいたま市にて住宅の建築を検討されているMさんご夫妻来社。現在購入を検討されている土地における第1回目のプレゼンテーションというところだったのだが、敷地周辺の土地とのレベル差がかなり大きな土地であったので、がけ地に関する県条例にかかるのではないかとの不安要素の解消が先決なのではということをアドバイス。建築に詳しくない不動産屋さんに土地をご紹介していただく場合には、このような詳しい説明を受けることなく交渉が進んでしまう場合がある。しかしながら土地には様々な法規制があるわけなので、最低限建物を建てる際に必要なことを把握しておくことは重要だろう。後日不動産屋さんに聞いてみるということであったので、今後の展開を待つとしたい。

2013/02/22

今日は少々時間があったので、上野にある東京国立博物館へ出向いた。2時間ほどの短い時間だったので、本館の2階にある日本美術の流れをたどる時代別の展示を見に行くことに。この本館は昭和13年の開館で、渡辺仁による設計である。左上の写真にあるようなコンクリートの建築に瓦屋根をのせた、帝冠建築と呼ばれる建築様式の代表作。この建築自体が重要文化財であるのだが、展示室には右上の写真にあるような縄文時代の土偶から、左下のような織田有樂斎が好んだといわれる有楽井戸茶碗まで、日本の歴史の流れに沿った様々な展示がなされており楽しい時間を過ごすことができた。

続いて、12時ごろより東洋館にある映画館にてカンボジアのアンコールワット寺院についてのレクチャー。この東洋館は昭和43年の開館で谷口吉郎氏による設計である。正面玄関を入ると右下のような階段室がある。まさに日本を代表する博物館であるが、人の出も少なくゆったりと鑑賞することができる穴場である。少なくともスカイツリーに何時間も並ぶくらいならこちらをお勧めする。
20130222.jpg

2013/02/21

午前中事務所にて雑務。14時より屋久島に移住したいというSさん来社。ご両親の出身が屋久島ということで、今は鹿児島に住んでいる親御さんと一緒に屋久島に移住するそうだ。以前にも東京で仕事をしていた方が、屋久島に移住する為の設計のお手伝いをしたことがあるが、島の大きな海と空には圧巻された思い出がある。そしてもう一つ特筆すべきは島で育つ杉の木である。この島は岩盤の上に杉の木が育っている為、成長速度が非常に遅い。だからとても年輪が細かく、密度の高い木が育つ。実際に普通の杉の木と持って比べてみると、同じ大きさであっても屋久島で育った杉の木は非常に重いことがわかる。だから伐採されたあとの根が土の中で何年も腐らずに残り続け、それを利用した民芸品などが作られるのである。今では縄文杉なる杉の木は伐採することが出来ないのに、縄文杉の民芸品が販売されているのはこういう杉の木を利用しているからだ。もしこのお仕事をすることになれば、最低でも6回ほどは島に行くことになるであろう。なんとも楽しみなお仕事である。
20130221.jpg

2013/02/14

下の写真は埼玉県川口市に数年ほど前に作ったガーデニング用の小屋である。この小屋の依頼主はある独身の女性だ。最近独身の女性のクライアントが多いのだが、今の女性は本当にパワフルで、自分の理想の生活を自分の力で作り出すことに非常に長けている。そしてそれは何も経済的な話だけではなく、建築の工事現場においても同じだ。つまり女性でありながらも、セルフビルドなどにはとても積極的に、もしかしたら世のお父さん達よりも積極的と思えるようなくらいに、参加するのである。

下の小屋はクライアントの趣味の為の小屋である。住まいとしてではなく、休日をガーデニングを楽しみながらバーベキューをしたりのために使われるスペースだ。施工には友人の力屋もちろん自身のセルフビルドをふんだんに取り入れている。下の写真の床のタイル張りや木製ミニ流しなどはすべてセルフビルドで作られた。もちろん内外装の仕上げとなる、石灰クリームや外壁のキシラデコールの塗装などは言うまでもない。やって出来ないことは無いというものの、通常の仕事を持ち家庭を持つ多くの方々が、土日に何とか現場に来て参加できる範囲というのは工期的にも体力的にも限られている。床のタイルをすべて張る人はあんまりいないし、キッチンを作ってしまう人もあんまりいないのだが、こういう限度をちょっと超えた様に思えるセルフビルドに挑戦する人がたまにいるのが面白い。

人の暮らしというのは色々なものに縛られている。なかなかその呪縛から逃れることなど出来ない。それこそ世捨て人のようなことでもしない限り難しい。仕事、地域とのお付き合い、子供関係のお付き合い、自由になる時間を得ることも、自由な行動もとることもそれを強く意識しなければ困難だ。そして強くそうありたいと思い、それに向けた行動をともなわなければ困難なのだ。

普段の生活の舞台となる建築もまた同じような状況といえる。日本で住宅を手に入れようと思うと、まず私たちの側が、N-LDKという形式が染み付いてしまっているという状態にあり、坪いくらという価格面における意識コントロールの呪縛下にあり、そして建売が妥協の住宅で、ハウスメーカーがちょっと高級なクラウン的な住宅であるという価値観の呪縛下にある。なぜこのような強い呪縛下にあるかといえば、それは国や大企業、つまり社会がそういうものを強くアピールしてきたからである。高度成長期、地方から都会に人口が集中し劣悪な住環境を改善しなければならなかった時代に、N-LDKの住宅はある意味理想であったし、そういう文化的な生活をものすごい牽引力で世の中に普及させてくれるハウスメーカーや分譲住宅業者は、そもそも国に必要とされ作られた組織であった。実際多くのハウスメーカーはもともとの林業や材料メーカーなどから国の求めに応じて新たに作られたグループ会社だったりする場合が多かった。

こういう強い潜在意識、つまり社会的常識のようなものによってコントロールされているところから一歩踏み出すことにはそれなりの勇気がいるし、しかもそれなりに勉強しなければならない。しかし、いざ自分で自分の家を作ろうと思ってみたところで、そのすべてを自分で出来るわけもない。それならばわからないところは職人さんに頼ってみようと思うのが普通であろうが、現代社会にはだんだんと職人と呼べる人が減っているという現状もある。気軽にたのめる職人さんがいなくなればなるほどに、一般の人は住宅の工事方法に関する知識だけでなく、それにかかる価格の意識までもが薄れていく。数年前は近所のガラスや産にガラス一枚交換してよと気軽に5000円で頼めていたはずなのに、それが出来なくなってしまうと同時に値段のことも忘れてしまう。もっと前は、地元の材木屋さんから直接材料を購入し、大工さんに木工事を頼み、サッシ屋さんにサッシを注文し、左官屋さんに壁を塗ってもらった、なんてことを普通に地元のクライアントがコミュニティーの中で当たり前にやれていた地域だってあるのに、いまではそんなことどっかの離れ小島に行ったってなかなか出来るものではないのだ。

現にガラス屋さんや畳屋さんといった職人さんのお店を見かけることはだいぶ減った。きっと皆さんもそういうことは感じているだろう。でもこれにはそれなりの理由がある。例えばガラス屋さんは、もともと木製建具が普及していた時代に、そこのガラスを収めるのが仕事であった職人さんである。いつのころからか木製建具は一部のデザインを重視した住宅にしか使われないようになり、それにともなってガラス屋さんの仕事もアルミサッシの組み立てと搬送、そして大きなサッシのガラスの後施工に対応するサッシ業者に変遷せざるを得なくなった。そして今は?今、サッシは問屋さんが直接ますいいのような工務店におろしてくれるようになった。そうしなければサッシメーカーも持たないからそうするのであろう。要するに中間業者の排除ということだが、すでにサッシの組み立てと搬送が仕事の中心になってしまっている、そして特殊な技術を失ってしまったこのような小さな町の業者さんたちには、問屋さんの攻勢に対抗する力は残っていない。工務店はこれまでよりも安くサッシを仕入れることが出来るようになったし、その利益はクライアントに還元されるのである。つまり誰もが困らない、そんな状態の中でひっそりと無くなっていくことが社会構造上当たり前になってしまっている。

もちろんすべての業者がそうだとは言わない。既製品を貼ることしか出来なくなっていることが当たり前の板金業界の中でも、手作りの加工技術を捨てることなく存在感を放っている職人さんもいるし、既製品の建具をダンボールの梱包のまま現場に運ぶことが当たり前となっている建具業界の中でも、手作りの建具をかたくなに作り続けているこだわりの職人さんもいる。ますいいではそういう職人さんとお付き合いをするようにしているのだが、こういう人の数は減っているとは言うものの、なんとなく見直されてきているようにも思える。というのはその職人さんの息子さんが若くして跡取りに入って来たりのこともあるのだ。親父の背中を見て育った息子が、その世界に入り技術を受け継いでくれる、そんな話が増えてきている。

とはいうものの、やはりそういう職人さんに普通に街を歩いていて、若しくはインターネットで出会えるかというと、それはまだまだ難しい。だから自分の家を本当に自分で作ろうと思ってもなかなか出来るものではない。誰かの助けがいる。職人さんを手配したり、理想を実際の設計図に起こす技術だったり、そういうものを帝j供してくれる人が必要だ。私はそんな自由を求める家造りのお手伝いをしたいと思っている。下の小屋でガーデニングを楽しむKさんのような、本当の自由に向けてちょっと努力してみようという意思のある、そんなクライアントのお役に立てれば何よりである。家造りそのものを楽しもう、それが自由への一歩であると思う。
20130214.jpg

2013/02/13

午前中は事務所にて雑務。各プロジェクト打ち合わせなど。

午後より、茶室の工事の打ち合わせに稽古場に向かう。待ち合わせをしていたのですでに先生も来てくれていた。茶室とはいえマンションの一室に改修工事を施すだけなのだが、茶室ならではの細やかな寸法の決まりやお点前を実際に行うときの使いやすさなどを考えると次から次へと新しいアイデアが沸き起こってくるもの。大体普通の住宅を作るときなどには、何も考えないで作ってしまう畳の大きさ一つとってみても、この畳はお点前をする畳だから他の畳よりも3センチだけ大きくつくろうなどというような細やかな調整が必要となる。こればっかりは自分がお点前をしたことが無ければ絶対にわからないであろうが、わずか数センチの差でも、普段着慣れぬ着物を着て、他の道具に触れぬように袖に気をつけながらその場で向きを変えたり、建水に茶杓をしまったりの動作をするのにどれだけその所作を行いやすいか知れないのである。

終了後、事務所にて茨城県古河市にて設計中のMさんの家の資料作成など。

2013/02/12

朝礼終了後、埼玉県幸手市にてバレエスタジオ兼住宅を計画されているMさんご家族来社。今日は3回目のプレゼンテーション。前回までの打ち合わせで大方の方向性は決まったものの、プラン上の若干の変更点などについて打ち合わせを行った。アメリカから帰国し、バレエ教室を始めて数年のご主人と、結婚が決まっているフィアンセ、そしてご主人のお母様という非常に幸せいっぱいのお三方と接していると、なんだかこちらまでほのぼのしてきてしまうから不思議である。そもそも住宅なるもの、幸せな家庭があってはじめて手に入れたいという願望が生まれるもの。そうでなければなかなか家を建てようなどという気持ちになるわけが無いのである。この家でよかった、仕事の上からも家族の暮らしの場という点からも、将来にわたってそう思っていただけるようなものを作りたいものだ。

2013/02/11

午前中埼玉県さいたま市にて投資用のアパートを建設したいというSさんご夫妻来社。さいたま市といっても場所は岩槻である。投資用の物件を建てるにはいかにも辺鄙な場所だ。こういうところで土地を購入して新築を建てて投資用物件として維持管理するには、どのような建築がふさわしいのかという点での思考をお話した。

この手の投資物件は大きく分けて二つの方向性に分かれざるを得ない。一つには何でも良いので安く建てて安く貸す、つまりはレオパレスなどの類のものである。そしてもう一つは地域性や環境などに配慮した優れたデザインの建築をつくり、コストも増えるかわりに周辺相場よりも高く貸すというものだ。このどちらが正解でどちらが間違いということはなかなか言えるものではない。それは投資家のセンスによる。私の考えを述べるならば、人口が減少し、都市部への人口集中も鈍化している時代に、安い賃貸住宅を量産することは無意味であると思うし、必要ともされなくなってゆくと考えている。そもそも空き家の件数は近年かなりの勢いで上昇しているのだ。

12時、家から持参の弁当を食す。昨晩自分で揚げた鳥のフライである。子供達の柔道のお弁当にと作ってあげたのだが、どうも胃がもたれる。

15時より、埼玉県さいたま市にて住宅を建てたいというMさん打ち合わせ。土地を購入する段階での、価格等を含めたご相談であった。道路から階段で上がってゆく既存のコンクリートガレージ付きの土地ということで、基礎工事や上棟などの重量物を扱う工事には一苦労しそうであるが、その分広く価格も抑えられており、なかなか良い土地である。ここに1500万円程度で建てることのできる建築をこれから考えていく予定である。

2013/02/10

日曜日。特にやることが無いので午前中は家族全員で家中の掃除。妻も1時ごろまで会社で働くようになったので、なんとなく最近家の掃除が行きとどかないのだが、まあそれも仕方が無い。みんなでやれば意外と早いもので2時間程度でぴかぴかになってしまう。午後はビデオ鑑賞など。夕食にはグラタンを作ってみた。なんだか良いパパをしている気がする。

2013/02/09

今日は町田市にて開催されるお茶会に参加。お茶会といっても仲間内の和気藹々としたものであるので、数時間の正座に耐えるような拷問的なものではない。会場は町田にある鈴木工務店サンの敷地内の可喜庵なる茶室だ。

鈴木さんといえば東京ガスの運営するリビングデザインセンターオゾンの登録工務店でもある。昔からなんとなく意思をしていても、あくまで私の中での意識だけのお付き合いで10年が経った。そんな鈴木さんとオゾンの会合で始めてお話をしたのが昨年である。そして今年はお茶会に出向くことになったわけであるのだが、なんとも人の縁というのはわからないものだ。

私が鈴木さんを意識したのは、工務店でありながら独創的な建築作りを続けているその姿がなんとなくではあるが手本となったからである。私とはおそらく30歳近く離れている年上の社長さんであるが、大学の建築学科を卒業しアトリエで修行した後、工務店の跡取りとして会社を運営しているという経歴も私に近いところがあるのだろう。

2013/02/07

東京都西東京市にて進行中のOさんの家の内装工事の様子である。某キッチンメーカーにてデザインのお仕事をされているクライアントのOさんは、もともと建築学科出身ということで、設計にも大きく参加しての家造りとなっている。写真に見えるようなロフトや、その手摺り、キッチンのつくりなど、随所にこだわりがこめられているのが面白い。

ますいいでは自分の家を自分で作るという考え方をお勧めしている。もちろん大工さんでもない人が、本当に自分の家を作るためのすべての現場作業を行うことは難しいのだが、それでも自分の家がどうあるべきかの設計に係る部分や、素人でも何とかやることの出来る作業をますいいのスタッフのお手伝いや忍苦でお願いした職人さんたちと一緒に行うことなど、出来ることはたくさんあるのである。もちろんこうしたことを取り入れることでコストコントロールに対するメリットがあるだけでなく、住宅自体もより自分のこだわりの一品に近づくこととなる。そして何よりも自分で作業をした部分というのは格別な愛着がわくものである。ますいいでは60代のクライアントも20代のクライアントもみなそれぞれの状態に合わせて、ほとんど全員セルフビルドを取り入れている。クライアントに建築学科の出身者や設計事務所・ゼネコンなどの建築関係の会社に勤務の方が多いのも、自分の家を自分自身で考える部分を本当に実践したいという方が集まってくれているということなのだと思う。

まあそういうセミプロのような方は、そもそも自分の家を自分で考えることに長けているわけであるので、もともと住宅の縛りからは自由な方といえる。問題なのは、そういうことができるということすら気がついていない人々、つまり数千万円もする住宅ローンを自然の流れの中でなんとなく組んでしまい、それに縛られながら生活しているのに、その肝心の住宅に対してハウスメーカーの言いなりだったり、最悪の場合は建売だったりして、何のこだわりも反映されていないどころか大きな不満を抱きながら暮らしているような人、こういう人に「住宅ってもっと自由に作れるんですよ」と、「自分の好きなように作っていいんですよ」ということを教えてあげることは本当に必要なことであると思うのだ。

だって住宅は高価なのである。それなのにわけもわからずに、ただ坪いくらというような曖昧な表現だけで、その高価な値段を納得してしまっているのである。なぜなら、それは本当にわからないから。というより教えてもらえないから。住宅にまつわる物の値段はとんでもなくわかりにくいブラックボックスに包まれている。だから素人にはわかるはずは無く、私たちでさえも本当にばらばらに解体して、例えばシステムキッチンの製造の過程の前の素材の値段まで知るというようなことをしていくことは不可能であるのだ。

設備器具の仕入れの値段などわかりにくい最たるもの。ある商社が営業してきたとすると、もともといた商社より3%値下げしますよなどということが数年に一度はあるのである。その瞬間にますいいの仕入れ値も下がる。逆に円安だとか原油価格の上昇などの理由で設備器具などの価格が上がることも数年に一度はあるのだが、それすら本当に理由はわからない。大手から通達文が来るだけの話なのだ。

フロアリングの話など聞いたらあきれてしまう。だってフランスから輸入しているフレンチパインの価格よりも、埼玉県の秩父や飯能で伐採して製材している杉のフロアリングの方が安いのだ。フランスからはるばる運んでくるよりも、埼玉県産の木のほうが高いなんて!と思うのだがそれが事実である。まあこれは食料の事情に似ているのだが、農業のように手厚い保護や関税による輸入の制限を受けているわけでもないのでそのまま価格に現れてしまうのである。こんな話はいくらでもある。そしてそういうことをクライアントと共有しながら、一つ一つの部分をどういう材料で作りましょう、と話あって進めていくことを私は大切にしている。どうにもならないことでも、どうにもならないなりに納得できるし、何とかなることであればなんとかして進めて行く、そういう家造りをすることこそ本当に満足する為に大切であると思うのだ。
20130207.jpg

2013/02/05

午前中、東京ガス・リビングデザインセンター・オゾンよりご紹介された、東京都北区にて住宅の建て替えを検討されているMさん来社。Mさんは一人暮らしの女性で、生活もしっかりと自立されている頼もしい方である。趣味も茶道や華道といったものを長年やられているという。土地は親から譲り受けたもの。最近はこういう自立された女性の住宅を設計することが多くなったような気がする。先日埼玉県川口市中青木に作った中庭のある家もそうであった。生活は看護師として完全に自立されており、さらに絵画などの趣味を持たれていた。職種は違えど、条件はほぼ同じである。そして設計者としてこちらが考えていかなければいけない思考の過程もほぼ同じである。違うのは、立地条件からくる外部と内部の関係性の作り方や、個人の価値観によって左右される部分をどのように実現するかの部分であろう。まあ建築においてはそれが異なるだけで大きくその成果物の姿かたちは異なってくることになるのだが。

今回の計画地はこれからつくられる大きな計画道路に面している。道路の反対側には大形スーパーがある。敷地は大半がその計画道路を作るために買い取られてしまうことになるので、実際に建物を建てることができる部分は非常に小さい。この場所にどのような住宅を作るかの考えをめぐらせているうちに、ふと以前京都で泊まった柊屋さんの部屋の風景を思い出した。街中の喧騒の中で緑を感じさせる柔らかな開口の取り方、そんな風景が浮かんできたのである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以下昨年8月の日記

部屋に通されるとまず目を引いたのは、建築的な工夫による景色のつくりであった。この写真は床の間を瀬に座ったときの正面から取ったものだが、いくつのも建築的な要素が重なることで、実際にはありえない奥行きを作ることに成功している。まず一番手前に見えるのが簾だ。奥に見えるソファーよりも手前、つまり縁側と和室の間に細やかな簾がかけられているのだが、ここを通り抜けた光がなんともいえなく柔らかな優しい光であった。次に見えるのが縁側と外部を仕切るガラス面の上部だけに取り付けられた障子である。この同じ面の下部には手摺り(高覧)が配置されている。この操作によって、このガラス面の上部と下部は切り取られ、上部に本来見えるはずのビルや株に意識されるはずの外にある塀は完全に意識から消されることになる。次の層はガラス面の外30センチくらいの軒の先端に取り付けられた暖簾である。この暖簾は高さが内部の障子と同じくらいに揃えられている。外部からの光の進入を適度に遮る効果があるようだ。そして最後の層が、建物からわずか2mほどしか離れていない塀に沿って、しかも3mは下にある地面から生えている植木の上端部分である。ちょうど高覧と障子の中心に美しい姿を現すように配置されているのであるが、中から見るとあたかも拾い庭園を持つ座敷からの景色かと見間違うほどの奥行きを感じさせる。なんとも心地よい、そして参考になる建築であった。
20130205.jpg

2013/02/04

先日見ていたテレビ番組の中でタイのとある民家に、女優さんが宿泊するというシーンがあった。その民家は舗装もされていない田舎道の先にあるいわゆるバラックのような住宅である。高床式で床にはただ板が敷き詰められていた。隙間だらけの床は物を落としたらおそらくそのまま地面に落ちてしまうだろう。窓には木の扉がはめ込まれているだけで、網戸などというものは存在していない。当然開け放たれた窓からは大量の虫が家の中に入り込むわけで、それを捕獲する為にバナナの葉にオイルを塗ってぶら下げておくそうだ。近くには小さな小屋がある。その小屋には雨水を溜めておくことのできる容器のようなものがあり、そこに小さな木桶が置いてある。ただそれだけのそのスペースがお風呂だという。お湯を沸かすことなど出来ない。ただ水を浴びるだけである。

私が小学校1年生まで生まれ育った家はそういえばぼっとん便所だった。小さな私にはもし落ちたら決してあがってこれないほどに深く見えた。くみ取り式だったので、実際に2mくらいの深さはあったと思う。その当時よく遊びに行った祖母の家は薪のお風呂だった。夕方になると一日おきくらいに薪をくべてお風呂を沸かす。風呂桶の隣には熱いお湯をためておけるもう一つの桶があり風呂がさめてしまったらそこから足し湯をする。まさに人間追い炊き機能。その家は3人兄弟で、風呂炊きの役割は一週間おきにやってくる。一番上のお姉さんはまじめだからきちんとわかす。真ん中の娘は少々さぼりがち。時々末っ子の弟を脅して手伝わせる。そしていつの日か毎日お姉さんがやるようになってしまった。なんてことは私はわからないのだがまだ幼かった私の母そして叔母と叔父の間ではこんなやりとりがあったに違いない。

このテレビの家も私の幼少時代の家も、現代の日本の生活とはかけ離れている。私の家のお風呂は普通のユニットバスだ。追炊き機能もあれば足し湯も出来る。当然シャワーだってついている。お風呂にはいるといって他の建物にいく必要もなければ、あとから入る人のためにお湯を足してあげる必要もない。トイレもしかり。汚物は水を流せばきれいさっぱり消えてくれる。嫌なもの、面倒くさいことは、どんどん生活の中から消えてなくなる。快適な暮らしはどんどんすすみ、人が何かをする必要はどんどん少なくなっていく。

最近マスコミをにぎわしている柔道界のニュースやいじめの問題なども、この行き過ぎの利便性に端を発しているように思えてならない。人が人に気を使う、何かをしなければ生きていくことが出来ない時代に育ったものは、自然と何かに耐えることを身につけ、そして他者をいたわる感情も身につける。しかしそういった経験が欠如している世界に慣れてしまうと、他者からの圧力が現実以上に大きなものに感じられたり、また他者に与える圧力もまた必要以上になってしまうのかもしれない。それを制御するにはもはやルールなるものに頼るしかなく、明文化されたルールこそがすべてとなってしまうのである。何も子供だけに限ったことではなく、大人も子供も分け隔てなく、こういう社会に染まることでみな一律に均質化していき、感情を失い、感性を失っていくのであろう。今の世の中ではあえてその利便性やルールに守られた世界化が脱却しない限り、誰もが数十年前に当たり前に会った感情的な世界観や人間の営みを思い出すことさえもできぬのである。

私のいる建築の世界は数少ない昔ながらの世界である。これは建築というものが、未だに現場で、人の手で作られているからであろう。重たいものを人の手で運び、人の手で組み立てなければ建築を作ることはできない。そこには数多くの職人が介在し、複雑な作業手順を経て、住宅という産物に作り上げられていく。他職をいたわる心の無い職人など相手にされるはずも無く、必然的に人間関係が色濃い世界が作られる。施主がセルフビルドで参加するときも同じである。施主だからといって、職人の作業を邪魔して良いはずは無く、まさに順番、家を作り上げる一員としてその流れに沿って、現場の一員として参加しなければ良い家は造れない。私はそんな建築の現場が好きだ。いったいこの社会はどこまで利便性や経済主義を追及するのであろう。もう限界が見えているのはみんなわかっているのだ。もう少しゆっくりと歩いても良いのではないだろうか。最後の砦はきっと建築なんだろうなと思う。なんといっても現場でしか作業が出来ぬという特殊性が、建築の世界を守ってくれているのであろう。

2013/02/02

今日は予定されていた打ち合わせが延期された関係で、いけぬと思っていた娘の幼稚園の音楽会に参加した。この手の会合は苦手といえば苦手である。特にこの幼稚園には熱狂的な親が多いようで、というよりいまどきはそれが普通なのかもしれないが、運動会にしてもなんにしても、わざわざ会社を休んでまで来たおとうさんがビデオを片手に所狭しとわが子の撮影に没頭していたりする混雑の中に身をおいていると、なんだかとても疲れるのである。今回はといえば、市民会館が耐震強度不足で利用できないということで、駅前にあるリリアなる文化施設内にある2000人収容の大ホールでの開催であった。これくらい余裕のある会場を使えば良いんだなの、満足な一日であった。

夕方、東京都世田谷区にて住宅の建て替えを検討されているOさんご夫妻来社。今回は1回目のプレゼンテーションということで、狭小地に半地下つき地上2階建てのプランをご提案した。これまでもこのような形式での住宅をいくつか作っている。狭小地の場合にはこの地下室という手法が非常に有効なのだ。なぜなら、この地下室は容積率算定の際に床面積に算定されないのである。例えば容積率からいくとワンフロアー8坪×2階が限界の土地だとしても、そこにさらに地下室が加わることでさらに8坪大きな住宅を得ることができれば、地下工事を行うに十分なメリットといえるであろう。下の写真はかつて作った東京都板橋区にある4コハウスである。地下室を作ることで狭小地にゆったりと暮らすことの出来る空間を確保している。
20130202.jpg

2013/02/01

朝礼終了後、渡辺パイプ杉原さん打ち合わせ。今日はプレカットの業者さんを連れて来ての営業である。プレカット工場は大小相当数あるのであろうが、今回ご紹介いただいた工場では、SE工法などの木質ラーメン工法の加工が出来るということが大きな特徴である。この工法は、筋交いのある壁を作らなくても門方のラーメン構造のフレームを作ることで耐震壁としてみなすことが出来るというもので、特に細長い敷地に駐車場付きの住宅を作る場合などに便利な手法だ。SE工法はその工法を利用する為に数百万円もの費用を払ってフランチャイズ的なものに加盟しなければいけないということであるので、あまり利用する気は無いのだが、そのほかにも類似の工法はあるのでそれを使えば良い。ますいいでも何度か利用したことはあるのだが、より気軽に利用できる環境が整うであろう。

地元川口市にて進行中のMさんの家の工事が完成に近づいてきた。この住宅は高齢のMさん、Mさんの妹、そしてお姉さんご夫妻、お母さんが一緒に住まう住宅である。いわゆる親子での同居などとは違い、年を重ねたご兄弟が同居するという「集まって暮らす」形だ。様々な暮らす形があるが、核家族化が進む中で次第に集まって暮らす形が見直されているように思える。都会のシェアハウスなどもその一つの例であろうし、親子間での2世帯住宅などはその典型的な例である。自由を求めてばらばらになりすぎたことにみなが気づき始めている。そしてまた集まっているのだ。

元気なMさんはセルフビルドまで参加してくれている。写真はラワン合板に柿渋を塗装している様子である。担当の佐野が付き添っての作業ではあるが、きれいに仕上げてくれている。そのラワン合板は写真のように仕上げ材として壁に貼られた。壁に貼ってから塗るのではなく、張る前に塗ることで作業を簡単にしているのであるが、これなら誰でも施工できる。多少の気使いがあれば、多くの作業にこのように施主が参加できるのである。
20130201.jpg

page top