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増井真也日記

2012年11月アーカイブ

2012/11/30

11月もあっという間に終わってしまった。なんだか今年の一年間は時の経つのがいつもより早く感じる。年末を迎えると毎年来年はこうしようとか、空想上の計画を立てたくなる。例えばスペインに建築ツアーに行ってみようかなと考えるときもあれば、タバコをやめてみようかななどと考えることもある。ソローの森の生活のような自然の中で暮らしてみたいなと思うこともあれば、次はこんな建築を作ってみたいなどと考えることもある。でも大体は出来ない。出来ないことだけれど、あれこれと想像しながら考える時間が楽しい。でも考えたことは次の年には無理でもいつかは大体実現する、そんな気がする。そもそも考えていないことは絶対に実現しないが、考えているということはどこかでそれを実現する方向に向けて自分自身が行動しているということなのであろうと思う。一年という区切りは、そんな考えを改め、新たな希望を作り上げる為にあるのかもしれない。

石井克人監督のスマグラーを見た。ラストに近いシーンで永瀬正敏扮するジョーなる人物が言ったせりふが印象的だった。

「望まぬ日常に埋もれるカスにはなるな。本気の嘘を真実にしてみろ。」

映画のシーンは過激すぎるのでここでは語らない。R12指定を受けている、それだけで大体想像できるだろう。過激な暴力を描きながら人間の本質を描くという点では、ビート武の映画や花村萬月の小説に近いところがある。でもこの言葉を自分に当てはめてみると、これがなかなか面白い。本気の嘘、出来そうも無い現実、夢、そういうことを考えることが出来なくなってしまったらとても悲しい。そしてそれを実現する為に歩む道が人生のような気がする。

2012/11/28

午前中事務所にて雑務。

今日は設計中の茨城県古河市のMさんの家に絡めてキッチンについて少々考えてみた。通常何も条件が無いところで考えるキッチンというのは、4畳半程度の広さに対面式のキッチンを配置し、後ろ側の壁面には冷蔵庫などの収納スペースを設けることが多い。家族の顔を見ながら料理をしたい、言葉を交わしながら家事を行いたいというご意見がとても多い中で、そういうキッチンを自然と誰でも考えるようになった。しかしながらキッチンの様子を実際に拝見してみると、その家庭によって利用方法というのは結構異なるものである。料理がどの程度好きか、どこまでこだわるかによって作業スペースも変わってくるし、調味料などの量も変化する。より本格的に作ろうと思えば思うほどに、中華なら中華、アジアンならアジアンに適した調味料などの類や、それらを用いた下ごしらえのスペースなどが必要となり、ガス代とシンクのあるいわゆるキッチンスペースだけでは足りなくなってしまう。

下の2例は壁面を向いたキッチンとリビングを向いた作業カウンターを組み合わせた事例である。埼玉県茂呂山町に建てた左側の住宅では人造大理石とタイルを用いて作ったカウンターをリビングに向けて配置している。キッチンの奥には食品などをストックするスペースを設け単純な動線の中で料理を楽しく行うことが出来るように考えた。右側の写真は千葉県船橋市に作った住宅である。こちらのテラコッタで天板を仕上げられた大きな作業台には野菜を洗ったり出来るようなシンクを設置している。水場が二つあることで、料理中の水場、下ごしらえ用の水場と使い分けることができるようになっている。

住宅は暮らしを楽しむ場である。その傾向は近年ますます強くなっているように思う。その中でも調理を行う、つまり食事に関係する場の創造というのは特に重要な要素であろう。そもそも普通の日常の中で家族が改めて全員集合し、言葉を交わしながら過ごす時などというのは食事の時以外にはそれほどあるわけが無いのだ。本当の団欒の場としてのキッチンとダイニング、若しくは台所と食事処の関係を丁寧に設計していきたい。
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2012/11/24

午前中事務所にて雑務。

10時ごろ、埼玉県川口市にて土地を購入して2世帯で住む為の住宅を建築したいというOさんご夫妻と打ち合わせ。以前からご提案している中で、今回は土地の場所が変更するかもしれないということでのご相談に伺った。相談の内容としては、数百坪ある全体の売却予定地の中の左端か右端のどちらか好きなほうの購入を検討しているということなのだが、敷地周辺の条件が異なる為に建築する住宅の形態も変化してくる。そこでどちらの方が住みよい住宅を建築することが出来る可能性が高いかについての、専門的なアドバイスが欲しいとのことである。結果的には、周囲の開放度が大きい向かって右側、つまり北の端の土地をお勧めした。こちら側であれば道路方向だけでなく、開けた公共建築が建っている北側の開放感も利用した設計が出来るであろうという配慮からである。

12時ごろ帰社。夕方よりスタッフの鈴木君と茨城県古河市にて設計中のMさんの家のついての打ち合わせ。来週行う予定の2回目のプラン定時に向けたスタディー中であるので、もうしばらく時間を掛けていこうと思う。

2012/11/23

午前中、東京都荒川区にて購入した古い中古のビルをシェアハウスなどの投資物件に改修したいというNさん打ち合わせ。スタッフの岸田君と一緒に現地に出向いてみると、わりとしっかりとした構造の倉庫兼工場に使用されていた古いビルが建っていた。10分ほど待つとNさんが現れた。物件購入の経緯や投資に対する考えかたなどのお話を伺う中で浮かんできたアイデアなどを提案。改修費用を抑える中でより多くの収益を生み出すことが投資における基本原理であるわけだが、工場というもともとの建築形態を利用し、さらには台東区にある台東デザイナーズビレッジなどのインキュベート施設との連携などを考慮した、職人さんのレンタル工房などにすることが面白いのではないかと考えた。

以前私もこの台東デザイナーズビレッジに見学に行ったことがあるが、このスペースは革製品のデザインを行っている職人さんたちが集い製作する場所である。なぜ革製品かといえば、もともとこの町には革製品の産業が根付いていたという歴史に基づくものだ。これは例えば川口市における鋳物産業を中心とした木型や機械加工などの製造業が町に根付いていることとにている。その歴史を生かし、新しい形で革製品にまつわる産業育成をもくろんで作られたのがこの施設というわけである。

ここにいると例えばデパートのバイヤーとの連携が取れやすいなどのメリットもあるらしい。そういえば最近のニュースで見たのだが、新宿の伊勢丹では女性用のくつを独自にデザインし、それを直接都内の製造工場で作ってもらってコストダウンをはかり販売しているというようなことをいっていた。売り上げ不振に悩むデパートも独自のデザインを低コストで提供することで存在価値を高めているらしいが、そこには国内の高い技術力が物を言うということであろうし、それは建築の世界も同じことが言える。昨日の日記にも書いたが、建築における高い技術力、その中でも特に職人から職人へと受け継がれてきた手による技術力というものが衰退している中で、そういうものを再び世の中で存在させてあげる事もまたデザインの力であろう。

「革新とは、伝統の制約も恩恵も受けない代わりに、伝統に蓄積された一見関連性のない情報のうち、目立たないが重要なものがほんの少し欠けているというだけで、成功しないことがある。」
チャールズ・イームズの言葉である。

2012/11/22

今日は朝から埼玉県川口市にて進行中のIさんの家の上等工事立会い。11時ごろ現場に着くと設計を担当している田部井君が、現場の中を歩きながら部材のチェックなどの作業をしている。もうすでに30歳をこえる建築業界ベテランの域に達しているスタッフなのだが、現場監督の経験は無いのでなんとなく危なっかしい。現場には現場なりの危険があるので、あまり立ち入らないように指示。職人さんたちの体さばきは長年の経験によるものであり、いくら若いといってもなかなか真似できるものではないのだ。

現場での作業の方は丁寧に進められている。すでに2階の床が終わりかけているところから、3階の柱を建て終わるところまでの作業を眺めていたのだが、何の問題もなくスムーズに進行しているようであった。最近の建て方作業というのは、部材のすべてをプレカットで製作しているだけにほとんど間違いというものは無く、ゆえにスムーズに進むことがほとんどである。まあそうはいっても人が組んだプログラムに従って機械も動くわけであるので、絶対に間違いが無いかといえばそんなことも無く、一年間に何回かは梁が短かったりのミスも起こる。

思えばプレカットなるものがいつのことから主流になったのであろう。私がこの仕事を開業した11年ほど前はプレカットと大工さんの手刻みがちょうど入れ替わる時期であった。プレカット工場も今ほどたくさんできていたわけではなく、また大工さんの手刻み加工もまだまだ行われている状況であった。今では大工さんに手刻みを依頼する工務店はほとんど無いであろう。特に仕口を意匠的に表現するなどの意思がない限り、そうする意味が無いからである。加工費用に関して云えば、大工さんにプレカットを依頼した場合、通常の意匠であれば坪当たり15000円ほどでやってもらえる。それに対しプレカットの工場に依頼した場合の加工費は、坪当たり9000円程度になる。では加工の精度はどうかといえば、当然機械のほうが正確だ。もちろん昔のように完全に乾燥していない無垢材やら丸太やらを、木の癖を読み取りながら使わなければいけないのであれば経験豊富な大工さんの技術も必要になる。でも今ではよーく乾燥している無垢材か、まったく狂う心配の無い集成材のしかもしっかりと四角く製材された材料を利用することが主流であるので、そういう技術も役に立つところが少ないのである。

なんともさびしい時代である。では大工さんの技術など利用するところはもうなくなってしまったのか、まったく必要はなくなってしまったのかといえばそんなことは絶対に無いと私は言いたい。木組みを意匠として表現しようと考えれば考えるほど、そういう加工はプレカットの機械では難しくなる。というよりそういうイレギュラーな加工は機械では行うことは出来ない。そもそも機械化とは、形状を均一化することによりそのパターンを減少させ、一定のプログラミングの元で動く範囲内での作業に限定することにより実現することであるからだ。

下の写真は私が以前、東京都から屋久島に移住する人のために建てた屋久島の家である。施主は東京都世田谷区に長年住み暮らしてきた初老の夫婦であり、仕事を退職することをきっかけにおばあさんと妹さん御夫婦と一緒にみんなで屋久島に移住してしまおうという方々であった。

この住宅の加工、つまり刻みはすべて大工さんの手によって行われた。屋久島にはプレカット工場は無い。だからもしプレカットをやる場合には鹿児島から部材を輸送することになるのであるが、それでもその方が手間がかからないということでプレカットを採用してしまっている工務店が増えてきている。でも今回の仕事では手刻みにこだわった。なぜならばそういう手刻みでしか実現し得ない意匠、つまり屋久島の杉の力強さや優しさが大工さんの技術と組み合わさることで、魅力的な空間が完成するということへの強い願望からであり、そのことを施主を含め私も実際に加工してくれることになった大工さんも、他にもこの工事に関係してくれることになった誰もが、信じ強く目指すという状況になったからなのである。

結果、下の写真のように大変魅力的な木組みが出来上がった。上等作業の様子も記録しているので掲載しよう。こだわって刻んだ材木の一つ一つを丁寧に誇りを持ってくみ上げていく様子。梁の上に立っているのは大工さんである。そんな誇らしげな表情が本当に印象に残っている。
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2012/11/21

朝礼終了後、しばし雑務。

先日工事の終わったばかりの埼玉県さいたま市の二つの現場にて、担当者の佐野君と岸田君がそれぞれの現場で完成写真の撮影をしているということで出かける。はじめに岸田君が担当した現場へ。左側の写真が今回岸田君が担当した住宅だ。内観は1階のリビング。2階床を支える梁組みの上に貼られた構造用合板の裏面が仕上げとなっている。化粧の桁に段板がのせられた階段や、筋交いが表しとなっているキッチン横の壁など野趣的な意匠で整えられた。キッチンカウンターは大工さんからの贈り物のケヤキの一枚板。コンパクトながらも横に伸びやかな住宅である。

続いて佐野君が担当した住宅へ。こちらは2階にリビングか配置されており、部屋の中心部には薪ストーブがすえられている。吹き抜けを介してロフトと連続し、上下解が一体となる縦方向に伸びやかな空間構成が作り上げられている。ちなみにこげ茶色の床や梁の塗装も、リビングの腰壁のオスモの塗装も、そして壁の石灰クリームの塗装もすべてクライアントと友人のセルフビルドによって仕上げられた。薪ストーブなどのこだわるところに対するコスト配分を可能にしたクライアントと設計者の判断が面白い。
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2012/11/19

今日は朝から川口市で建てた中庭のある家の取材立会い。この家の取材はこれで2件目になるのだが、今日の取材はローコスト住宅を特集する雑誌の為のものである。以前埼玉県の川島町で建てたカフェ兼住宅の取材のときにいらしてくれたライターの松井さんの紹介で鶴田さんという編集を営んでいる方とお知り合いになり、そのつてで取材にこられたといういきさつである。

取材の内容はローコスト住宅の特集ということもあり、コストダウンに対する意見を述べることが中心になった。内容としては、例えば壁のタナクリーム塗りをセルフビルドで行ったことによって㎡当たり2000円のコストダウンだから、全部で70㎡なので14万円のコストダウンというようなセルフビルドによることが中心ではあったのだが、より本質的な内容に迫ってくるインタビューもありなかなか楽しい時間を過ごすことができた。

今回の場合のより本質的な内容というのは、何よりもクライアントのMさんの私に対する仕事依頼の手法である。以前もこの日記で書いたが、Mさんは住宅にかけることのできる予算を1500万円と明確に伝え、欲しい家のイメージを北海道の開拓農民であり画家の神田日勝が、ベニヤにペインティングナイフで荒々しく描いた後ろ足のない「馬」の絵の模写を持ってきて「今の私」と言い、「家が完成すれば、後ろ足が描ける気がする」そう伝るという珍しい方法で私に伝えた。他にもユーミンのCDを渡されてイメージを伝えられたりの、とにかく細かな要望を大量に並べるというような手法ではなく、私のイメージ形成に必要な材料を様々な手法で与え続けるという行為を繰り返したのである。その結果、そんな女性と一匹の猫が、殺伐とした都市で生きる場をつくること、それがこの計画の設計コンセプトとなった。そしてもう一つ私にはコストコントロールという重大な責務ものしかかってきた。

その中での設計作業は、常にコスト意識と隣り合わせのものであった。例えば天井高さを決めるにも、3mの柱の材料を余すところなく利用するにはどうしたら良いかの検討から始まり、若しくはより合理的に梁をかけるにはどうしたら良いかの検討、基礎の形状をより単純化してコストを下げる、若しくはモルタルのキッチンをいかに安く作るかの発注方法、つまり施主の求める漠然としたイメージを満足させながらかつコストを抑える工法としての設計とは何かの検討を繰り返したのである。当然性能などについては我慢していただいたところもある。というより普通の施主であれば我慢なのであろうが、Mさんにとっては我慢とならない点を作ったというほうが正しいだろうか。例えば建て替えの前にMさんが入っていたのは薪で焚く五右衛門風呂であった。この風炉はご両親の生前からあったものでそれをずーっと利用していたのだ。そんなMさんにとっては現代的な機能のキッチンなどは初めから要らなかった。だからキッチンにはガスコンロが置かれているだけだ。同じような考えで、大面積の中庭に面するガラス面も単板ガラスで仕上げている。これをすべてペアにしたら大変なコストアップになってしまう。でも外部に面する建具なので、すべての材料はヒノキで作った。こういうところは建具の腐れに関するところなのでけちけちしてはいけない。でもその部材の塗装は自分でやってもらう。そんな手法を繰りかえし行うことで作り上げた住宅なのである。12時過ぎ、次の予定があったので私だけ帰社。なんとも楽しい取材であった。

2012/11/18

日曜日。今日は仕事も何も無いので朝から家中の大掃除。全員でやると作業もはかどるもので2時間程度できれいになってしまった。終了後、お手伝いのご褒美にアリオ川口にある映画館で「黄金を抱いて飛べ」を鑑賞。原作が高村薫氏のデビュー作ということで、監督の井筒和幸氏は長年この作品の映画化を暖めていたそうだ。井筒監督というとパッチギの印象が非常に強いのであるが、今回の映画も単なるアクションというよりはそこの登場する人物の心情を抉り出すように描く手法は共通する物があるのかもしれない。まあ少々子供にはきつい映画であったな。
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夕食はアリオで買い物をしてハンバーグとスパゲッティーミートソースにサラダを作った。ハンバーグは炒めたたまねぎとにんじんを牛と豚の合挽きに混ぜそこにつなぎのパン粉と卵、五香粉を入れ肉の繊維がなくなるまでよく混ぜ合わせる。デミグラスソースには市販のものに砂糖から作ったカラメルと赤ワインを入れてこくを出す。スパゲッティーは市販のミートソースと混ぜ合わせるだけの手抜き。サラダは細かく刻んだレタスにツナとコーンを入れてマヨネーズを味付けに混ぜ合わせたもの。5人で800グラムもゆでてしまったパスタだけが大量に余ってしまったが、なかなか好評の夕食であった。

2012/11/17

午前中は事務所にて雑務。そういえば昨日、栗の木を事務所の庭に植えてくれと頼んでおいた植木屋さんから、ようやくその栗の木が入手できたとの連絡が入った。桜に柿に栗、なんともめでたい庭である。さるかに合戦は柿と栗、花坂爺さんは桜、事務所の庭で季節感を感じることが出来るというのは、なんとも心地よい。

12時過ぎにスタッフの鈴木と一緒に事務所を出て、茨城県古河市のMさん宅へ。今日ははじめてのプレゼンテーションということで、ご両親とMさんそろっての打ち合わせということになった。15時過ぎにMさんのご自宅に着くと、すでに皆さんがそろっていて打ち合わせの準備は万端であった。こちらも早速プランの説明から始まり、矢継ぎ早にたずねられる基礎の作り方やら断熱に対する考え方などの数々のご質問に対する答えを、スケッチなど交えながら説明していく。古河市に移り住んで約30年、そこでの生活の中で刻み込まれた歴史を見て回っていると、プランに対するイメージがだんだんと実際に生活と結びついたものになっていく。漬物の樽の大きさを実際に目にしてみれば、階段下収納に入れることなど無理と感じたり、6畳もあるキッチンを広々と利用している様子を見てみれば4畳程度の対面キッチンでは狭すぎると感じたりの想いは、やはりその生活の様子を拝見しなければ出てこないものである。私たちが設計を進める際には、そういう実際の生活に根ざしたプランを作り上げなければ意味が無い。人の暮らす場をつくるとはそういうことであろう。

帰りの道のりは雨が強く降る中の運転。東北道のあちらこちらで事故が起きているようなので、慎重に運転して帰った。片道約50キロ、距離にすると結構な距離だけど時間は都内の現場に行くのと変わらない。実際の距離と感覚的な距離との間には様々な要因による差異があるが、東北道方面の距離は川口発だと半分くらいに感じるのは渋滞がほとんど無いおかげである。

事務所に戻ったとは特に用事が無かったので息子の柔道の練習を見に行った。毎朝練習している内股がかかるようになって、稽古をしていてもだいぶ楽しそうにやるようになった。子供の成長を眺めているのはただそれだけでなんとなく楽しい。特に何かに熱中して努力が実り、心が充実している様子というのは、私の心までもを充実させてくれるから不思議だ。夜は家族で手巻き寿司。団欒のひとときを過ごす。

2012/11/15

朝10時、都内にある左官屋さん八幡工業の斉藤さん来社。セルフビルドなどにも意欲的に取り組んでいる面白い左官屋さんで、スイス漆喰などの商品の紹介をしてくれた。この商品に関してはますいいで普段利用している田中石灰工業のタナクリームと比べると3倍ほどの価格なのでなかなか手が出るものではないのだが、左官の奥深さを感じる興味深い時間であった。

左官材料には様々なものがあって、これまでもいろんな材料を試してみた。珪藻土、漆喰、漆喰塗料、オーストラリア産のポーターズペイント、などなど、同じような材料にしても色々なメーカーがある中で様々なものを使ってきた。壁仕上げの手法について大きく分ければ、刷毛で塗る塗料系材料とこてで塗る左官系材料に分けられる。石膏ボードにセルフビルドを行う場合、はじめにやらなければいけない作業にジョイント部分のパテ処理がある。この作業は簡単な様でなかなか難しい。目地にジョイントテープを貼って、そこにパテを塗るわけだが、平滑な面を作るとなると3回程度は同じ作業を繰り返さなければならない。塗膜が薄い材料、つまりペンキやらポーターズペイントやらの仕上げの場合は、この処理がでこぼこしていたり薄すぎたりすると、ジョイントテープが見えてしまったりつなぎ目のところに明らかな段差が出来てしまったりの無様な仕上げになってしまう。

それに比べて左官材料をこてで塗る場合には、2ミリ程度の塗り厚がある程度の段差などを隠してしまうのでそれほどパテ処理に神経を尖らせる必要が無いのである。特に白い仕上げを所望する場合などは、ペンキ仕上げの塗り階数に関しても、1回だけでは下地の石膏ボード面が見えてしまい白い面に仕上げることはできないことから最低でも3回程度は塗ることになるのに比べて、左官系材料の場合には、その厚さがあるおかげで1回塗るだけで下地のボードの黄色を見えなくしてくれるというメリットがある。しかも自然素材、健康にも良い。私の自宅で実際にあった話だが、アレルギー体質の母の部屋の仕上げをビニルクロスで仕上げたら、喘息のような症状が出てしまったので、急遽石灰クリームで仕上げ直した。するとその喘息のような症状がまったくでなくなった。作業が楽で、健康にも良い、まさに一石二鳥の材料なのだ。

左官系の材料の中ではどれが良いか。もちろんすべての材料を試したわけではないのだが、田中石灰工業の一日仕上げの商品に関しては、はじめから練られた形で缶に入っていることによる作業の簡易性や素人でも簡単に塗ることが出来るように配合されているという点を考慮すると、ほとんどはじめての経験を素人が行うセルフビルドに対しては非常に向いている材料であると思う。もちろんそれ以外にも良い材料はあるだろうが、私は使い慣れたこの商品をお勧めしているし、自宅にも採用した。セルフビルドを実際に行う場合、仕上げのパターンなどは本当に自由だ。こてのパターンをつけるもよし、厚塗りにして重厚感を出すもよし、もちろんこてでフラットにおさえることも出来る。思い思いの仕上げを自分のやりたいように、時間をかけて、こだわって、愉しんでできるというころこそセルフの醍醐味であろう。
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2012/11/14

今朝は来年4月から入社予定の滋賀県立大学大学院に通う京都在住の中村君が事務所に遊びに来た。以前オープンデスクに来たことのある子なので、その好青年らしい人柄などはすでに知った仲である。長期休暇などを利用して被災地の復興住宅作りなどの活動に参加するアグレッシブな青年であるので、きっとますいいに来ても活躍してくれることだろう。晩飯でもご馳走しようかなと思ったのだが、今夜中に変えるということなのでやめにした。

12時過ぎ、池上君と一緒に事務所を出て東京都江東区にあるとある整形外科の診療所へ。ここの建物の隣にある空きビルの1階にリハビリの為のスペースを増設したいというご相談を、設計事務所を営んでいる知り合いのKさんよりいただいた。今日ははじめてのご相談ということで、とりあえず現時点での計画案に沿った見積書を作成する為の実地調査とのこと。整形外科というとなんとなく親しみがわくのは、ひざの靭帯断裂などの怪我の際に大変お世話になっているからなのであるが、そのリハビリの為の施設を作る仕事に係るなどというのはこれもまた一つの縁なのであろう。

靭帯手術のときなど、私も川口市にある工業病院のリハビリ室で術後の3週間ほどをすごした経験があるのだが、入院する患者にとって見ればそこはリハビリ室というよりはまるで会社というか自分の家というか、とにかくその時間の大半を過ごす場なのである。もちろん地域の診療所ではそういうことは無かろうが、逆に腰痛やらの生活の中の支障改善の為に毎日のようにそこに通う老人達にとっては、入院などしなくともほぼ毎日通う憩いの場的な空間になっているのであろう。

リハビリセンターを作るためのビルのある敷地からは東京スカイツリーがくっきりととても近くに見えていた。敷地周辺の建物郡や隣の通りにある商店街は、まさに下町の風情が残っている人々の活気が伝わってくるような場所である。超近代的なタワーとのギャップがなんとなく面白い、きっと独特な町の賑わいを見せてくれるような場に発展していくのだろう。

2012/11/12

今日から堀口捨己先生の「茶室研究」を読み始めた。はじめの章は織田有樂についての内容である。有樂とは織田信長の弟にあたり、信長が織田信秀の次男であったのに対し、11番目の男子であったというから戦国の歴史の中ではほとんど登場しない存在であったのだろう。有樂の茶室「如庵」は数寄屋造りの古典として保存されており、現在では愛知県にある名鉄犬山ホテルにある。1600年代に京都に建てられ、その後三井家の本邸から神奈川県の犬山荘に移されて現在に至るという、長い時間と空間の旅をしながら保存されているわけであるが、たかが木造の茶室がこれほどまでに長い年月を生き抜いているというだけでもなんだかロマンを感じてしまう。

有樂は茶を利休に習った。秀吉を含む利休の弟子の台子7人衆と呼ばれた秀次や、蒲生氏郷、細川三斎などよりも後の弟子ということある。面白いエピソードが紹介されている。有楽が利休を訪ねた際に、利休が茶入れに古い蓋を取り合わせていたが、そのうち大きすぎる蓋を茶入れの口の上において、合わないのが却って面白いといって利休に見せたそうだ。その後有楽は自らの茶入れに大きすぎる古蓋を取り合わせて、利休に見せた。そこで利休は「かやうの物数寄、一概によしとおぼしめしそ、此茶入れには新しき蓋のよく合う条がましにて候」といったとのことである。その後、有楽も「世の人根元の理をしらずして、其の時の茶の湯の上手と、いわれし人の作意にて、色々の異、或いは茶の手前、くせ、しなを見て、かくする法と定、云うつたふる事、誠に鵜のまねをするからすのごとし」という言葉を残したという。鵜の真似をする烏のようなことをして利休にたしなめられた後の有樂の悟り、伝説化してしまった人にもこんな人間らしいところがあったのだろう。そんな古きを想像しながら読みすすめていきたいと思う。

2012/11/10

朝9時過ぎに、川口市にて建てた二つの中庭のある家の取材立会い。今回は扶桑社の出版している「新しい住まいの設計」に掲載されることが決まり、ライターさんの渡邊さん、カメラマンさんのお二人で取材に来ていただいた。現場に着くとクライアントのMさんがすでにスタンバイしてくれており、リビングの椅子の上にはそんなこと関係ないよ、という感じで猫ちゃんが寝転がっていた。人間のやることには関係の無い猫ちゃんにとって、ちょうど南からの光が差し込んでいる椅子の上は、心地よい日向ぼっこに最適なのであろう。半分だけようやく開いている目が、たまに閉じてしまいそうになったり、こちらの気配に合わせて再び開いて見せたりと、なんとも愛らしい仕草を見せてくれた。

カメラマンさんが撮影を始めると、私のほうは取材に来てくれたライターの渡邊さんからのヒアリングへ。ヒアリングといってもさして緊張感のあるものではない。なんせ渡邊さんはますいいのクライアントでもあるのだ。つまり私の家造りについては私同様に熟知してくれているのであり、私が一生懸命に考えていることを話しても、そんな子と言われなくても分っているよといった感じなのである。

以下に掲載したのはコンペに応募した際にまとめたものだ。文章は下に転記する。
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両親と一緒に暮らしていたある独身の女性Mさんが、この計画のクライアントである。Mさんはご両親の他界の後、なんとなく心に不安を感じる日々を過ごしていた。その中で、決意した古い家の建て替え計画。Mさんの要望には具体的なプランなどは含まれていなかった。北海道の開拓農民であり画家の神田日勝が、ベニヤにペインティングナイフで荒々しく描いた後ろ足のない「馬」の絵の模写を持ってきて「今の私」と言い、「家が完成すれば、後ろ足が描ける気がする」そう伝えられた。そんな女性と一匹の猫が、殺伐とした都市で生きる場をつくること、それがこの計画の設計コンセプトである。

建築計画の特徴
この住宅は両親から受け継いだ土地に、めいいっぱい建つ平屋である。まずは、都市に対して完全に閉じる壁を建てた。この壁はモルタルを塗りつけただけの簡素な仕上げに、表面保護の為のフッ素塗装を施したのもだ。都市との連結口には、職人が手作りで作った扉がはめ込まれている。
壁の中には、二つの中庭がある。内部には、自然な勾配の屋根を支える柱や、中庭との隔てとなる木製枠が森の中の木々のように林立する。屋根に穿たれた穴を通して、自然の光が内部を照らす。中庭には、中小の木々が植えられ、その緑が暮らしに溶け込む。この住宅に部屋はない。均質な場があるだけけだ。それぞれの場には、ラワン合板で作られたベッドや収納家具、テーブルなどが設えられている。
お金はそれほど掛けたくない、至極当然の要求である。計画には杉のフロアリングやラワン合板、柿渋、石灰クリームといった安価な自然素材を用いながら、セルフビルドを取り入れることでさらにコストを抑えている。また地震への備えとして、揺れを抑えるオイルダンパーを配備した。Mさんと一匹の猫が、安心して生きる為の場を作り上げている。

環境への配慮
Mさんと猫を、魔法瓶のような高気密工断熱の容器に閉じ込めたくはなかった。通風には格別な配慮をした。猫の暮らす棟屋のあるスペースは、建築全体の風の抜け穴にもなっている。そして光。暮らしに溶け込む中庭の緑の混じった柔らかい光が、いつもそばにある場を設えた。ただし、近年の大開口が好まれる都市型住宅で問題となる開口部の日射による温熱効果や熱損失をクリアする為、屋根と外壁の操作によって日射を調整し、外部に対して最大限開いているにもかかわらず、日射による影響を最小限におさえる工夫をした。
高気密工断熱の方向性とは異なるが、都市における暮らしの場の脱エネルギーの一つの例となるであろう。

物づくりとコスト
人の手のあとが残るものに囲まれて暮らしたい。誰もが思うことであろう。この建築ではコストを抑える工夫をしながら、カタログに載っていない手作りの「もの」がちりばめられている。(上記資料より抜粋

11時より、埼玉県川口市にて2世帯住宅の建築を検討しているOさんご家族との2回目の打ち合わせ。今回も前回に引き続き、ご両親と家族の動線の分け方に配慮したプランをご説明した。現在はまだ土地の購入の交渉段階ということでしばし様子見の後、土地購入決定と共に設計を再会することをお約束して終了。

続いて14時川口駅待ち合わせにて、川口稲門会の方々と共に越谷市にあるサンシティーホールへ。今日は稲門会の埼玉県支部の大会があるということでみんなで参加させていただいた。早稲田大学くらいのマンモス校になると、OBもとんでもなく多い。でも不思議なことにいつも親しくお付き合いさせていただくのは本の一握りの方々である。そしてそんなお付き合いをさせていただくこともまた大学を卒業したとても大きなご褒美であるのだ。大会のほうはといえば、なんとも楽しい落語と講談の鑑賞とあいなった。

2012/11/07

今日は東京都目黒区にて進行中の自由ヶ丘の家の工事現場に出かけた。現場では簡易的な上棟式を執り行った。クライアントのOさんは急遽用事が入ってしまい参加することが出来なかったのだが、お父さんとお母さんがとても丁寧な対応をしてくれなんとも恐縮してしまった。
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終了後、池上君と二人で引き続いて東京都西東京市にて進行中のOさんの家の工事監理へ。現場では鉄筋工事の職人さんが組立作業を行っており、私たちにはわき目も振らずに一心不乱に作業していた。鉄筋工事を見るとなんとなく昔ゼネコンに勤務していたころ鉄筋工事担当となり、毎日毎日職人さんたちに追い回されながら、納まりの検討やら、工事写真の記録やらに駆けずり回っていたころを思い出してしまう。つまり誰にでもあるだろうが、社会人デビューのころのなんとなくほろ苦い思い出といったところだ。そういえば昔は職人さんに間違えた納まりを伝えてしまった罰として、結束線を片手に組立作業の手伝いをさせられたなあ。などの感慨にふけってしまった。幸いにも今日はとても良いお天気。作業も大分はかどったようである。

2012/11/06

午前中、川口市内にて土地を取得し、住宅を建てたいという計画をしているKさんご夫妻と一緒に購入前の土地の下見に出かける。下見の場所は川口市の安行という場所で、植木の産地として知られる緑豊かな場所である。最近では埼玉高速鉄道が近くを走り、なんとなく開けてきた感があるもののまだまだ自然が多く、住みやすい場所であると同時に、土地の価格も結構安いのでますいいでもこれまでに何棟か住宅を作ってきた。

土地の下見を購入前の段階で建築家が行うということについては、非常にメリットが大きい。なんといっても私たちであれば頭の中でどのような建築になるかの想像ができるのであり、それを簡単なプランに起こすこともまたそれほど時間のかかる話ではない。もちろん本格的な基本設計となると、建築の魅力を生み出すための熟考が必要になるのであるが、ただただパズルのようにプランを組み立てるだけであれば簡単な話なのであり、その敷地条件や法規制、家族の条件などに沿った建築の検討をしながらの土地選びができるという安心感につながるのだ。

2012/11/05

朝礼終了後、埼玉県川口市の現場にて進行中のIさんの家、基礎工事立会い。今日は基礎の耐圧版のコンクリート打設を担当している松本工務店の職人さんとポンプ屋さん、そして土間屋さんの3名で行っていた。工事をしていると、隣の家のご主人が出てきた。工事現場では近所の方と上手にお付き合いをすることがとても大切なのだが、なんとも紳士的なお人であったので、思わず長々と立ち話をしてしまった。話しは最近の基礎工事の話に始まり、瑕疵担保保険制度からなぜか国交省の批判まで多岐にわたるものであった。そのほとんどを私がしゃべっていたのではあるが、なんとも楽しいひとときであった。
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お昼ごろ事務所で仕事をしていると一人の訪問者あり。なんでも将来埼玉県の三郷市のあたりに土地を購入し、出来るだけたくさんのセルフビルドを行いながら自分の家を作りたいとのお話であった。出来るだけたくさんのセルフビルドを行うと考えた場合、どの程度のことが可能であろうか。もちろんやって出来ないことは無いと言ってしまえばすべてを行うことも可能であろうが、普通に仕事を持っている方が、しかも建築に関してプロではないお人が基礎工事の穴掘りから、コンクリート打設、足場組から、大工工事までのすべてを行うというのはなんとも現実離れしている話になってしまう。それとてもちろんやって出来ないことは無いであろうが、家造りに数年、家が出来たら職も失い何も無い、下手をすれば大怪我というのでは暮らしを豊かにする為の家造りという観点から考えれば本末転倒である。

では何が出来るか。まずは家について考えること、つまり設計の部分であろう。今日訪問されたIさんの場合、ガランドウの大空間を欲しい、というイメージが明確に作られていた。簡単に言えば倉庫のようなイメージである。まずはガランドウのおおきな倉庫のような大空間を入手し、そこに必要に応じて居場所を作る。例えば6畳の居場所が欲しければ、その倉庫の中に舞台装置のような6畳の箱を作ってしまえば良いという考え方であった。

なんとも自由な発想である。この発想、実は私も密かにたくらんだ事がある。子供が増えたら子供達に自分の部屋を作らせる。いわゆる子供のころ公園やらに作った秘密基地のようなものだ。この手の遊びは誰でも経験したことがあるだろう。ダンボールやらベニヤ板やらを集めて、自分と友達しか知らない基地を作り、学校が終わった後にそこに宝物を持ってきて集合する、そんな基地が家の中にあったらどれだけ楽しいことだろうか。大人も同じだ。自分好みのスタイルの4畳程度の広さの書斎を作り、そこに自由に本棚を作ったり、飾り棚を作ったりの造作を施し、自分の世界を演出してみたりのことをしてみたいという思いは、子供のころの基地と同じ感情なのである。倉庫というからには構造は鉄骨造が好ましいであろう。Iさんはすでにここまでを考えていた。つまり自分の家を自分で考えていたのである。でもどうやって実現するのか?それがどのように実現可能かの質問をするために来られたわけだ。

そこで私は以前東京都世田谷区で行ったリフォームの事例をご紹介した。この事例は鐵骨造の事務所兼倉庫を改修して住宅として住まい始めた御夫婦のお話なのだが、この工事の際には簡単な解体工事や石膏ボードの張る工事、天井を張る工事や仕上げの塗装工事などのすべてをクライアント自らが自由に行ったのである。私たちがやったことは、コンクリートのスラブに穴を開けいてそこに鉄骨の階段を設置したり、お風呂や洗面トイレにキッチンなどの設備工事を行ったり、大きなシャッターを撤去して窓と壁を敷設したりの素人では到底出来そうも無いことだけなのである。

ここまでは家の造り方、つまり設計の部分についてのイメージをより明確にする為のお話をした。事例を示せば真似ができる。何事もまずは真似からはいることが必要だ。私には多くの事例がある。たいていのご要望にはお答えすることが可能だ。ここで私はクライアントの漠然としたイメージを実現させるためのガイドとなるのである。そしてそれはこの先の工事段階、つまりどの工事をセルフビルドで行うかの判断においても同様である。私の事務所の外壁は私が張った。足場の上での作業は怖かった。だから誰にも勧めない。屋根工事は無理だ。設備も無理。もちろん覚えれば出来るだろうが、人生に一度の家造りのために覚える気にはなれない。普通の人が出来ることは何かを示す、そして指導してあげる、ちょっとくらいは手伝ってあげる、もちろんお茶くらいは出して欲しい、それが私のガイドさんとしての腕の見せ所なのだ。

建築の工事を大きく分けた場合、その構造体を作り上げる構造躯体工事と、内部と外部を隔てる皮膚の部分を作り上げる屋根・外壁工事、そして間仕切りや内部の仕上げを行う内装工事、最後に住宅の生命線とも言える設備工事に分けられる。構造躯体工事の部分については、作業量の多さや扱うものの重量、そして危険性を考えればセルフビルドに適しているとは言いがたい。屋根・外壁工事もしかりではあるが、外壁については例えば1階部分の外壁のみを左官材や木材で行うようなこともあるのでそのようなときには部分的にセルフビルドを取り入れることも可能であろう。内装工事については、ほぼすべてを取り入れることが可能だ。もちろん家族がいたりの場合には一部分、例えばリビングを含む2階のみを完全に仕上げておいて、1階は住みながらゆっくりと自由に作るというようなことも可能である。最後の設備工事に着いては、ミスをすると一大事になってしまうことを考えるとあまりお勧めは出来まい。

このように考えると、なあんだセルフビルドを取り入れてもたいしたことは無いのではないかの感を持たれてしまうかも知れない。でも考えてみて欲しい。内装工事って実は一番コストに係る部分なのですよ!例えば石を張る場合、もしも職人さんにすべてを発注してしまえば、なんとも高級な仕上げとなろう。特にそれが自然石で乱張りで作業に時間がかかるなんていう場合には余計である。私の事務所に張ってある和紙の壁紙、これだってそうだ。京都の職人さんに見積もりを取ったことがあるが、なんと石張りよりも高い金額を提示されたのを今でも覚えている。びっくりした私は事務所の和紙を、木工用ボンドで自分で貼った。もちろん材料代以外にかかった費用はゼロである。

つまり人件費の部分が場合によってとてつもなく必要となってしまう可能性が一番高い部分、好みによって人件費が大きく変わることがありうる部分がこの内装工事であるということなのである。だからこそこの部分を自分でやることは、大きなコストダウンの効果も生み出す可能性が高い。極端な話をすれば、庭の砂利石を河原のきれいな自然石でやってほしいといえばかなりの金額を必要とするであろうが、こつこつと自分で秩父の河原から集めてきた石を敷き詰めれば(もしかしたら違法かもしれないが・・・)ただですよ、ということなのである。建築ガイドとしてのこの手の話には終わりが無い。まだまだ続く。でもきりがないのでこれくらいにしよう。興味のある方は個別にお尋ねください。

2012/11/03

今日は仕事が休みなので朝から息子の柔道の大会に付き添いで出かけることにした。加須市で行われる県知事杯という大会なのだが、埼玉県各地から集まった小学生達が、真剣に柔道に取り組む姿は見ていてなかなか興奮するものだ。本当かどうかはしらないが、聞いた話によると小学生のうちからこんなに一生懸命に練習する国は日本だけらしい。日本の柔道人口が20万人程度なのに対し、80万人もの競技人口を誇るフランスでは、小さなころはそれほど激しい練習はしないそうだ。まあこの競技人口というのもどこまで含めるかによってだいぶばらつきガあるようなのでなんともいえない数字ではあるということだが。

私はというと柔道など高校の体育の授業でかじった程度で、ほぼ未経験といってよい。でもやっぱり見ているとだんだんやりたくなってくるものだ。少なくとも私の場合はそういう性格である。息子の指導をしてくれている警視庁の指導者のところに通い始めて汗を流す、そんな楽しさに出会ったのは今年に入ってからだ。もうかれこれ14回ほど稽古に通っただろうか。かけることはできないもののだいぶ技の名前も覚えてきた。はじめは気を失いそうなつらい稽古も次第に楽しくなってきた。なのに。
つい先日、大内刈りをかけようとしたら左の軸足のひざがありえない方向にガク!なんと完全に関節が外れてしまった。そして靭帯が切れた。・・・・・・下手の横好き。なんとも情けない状況である。でもまあ諦めないのが信条の私としては、もう一度挑戦してみたいと思っている。いつかは黒帯を巻ける日が来るのかな。

2012/11/02

午前中各プロジェクト打ち合わせ。

夕方レーモンドの写真集を見ながら好きな素材について考えてみた。私の好きな建築の一つにアントニン・レーモンドが群馬県の高崎市に設計した旧井上房一郎邸がある。この井上さんという方は高崎の歴史を作ったといわれるほどの人物であり、この建築は高崎市の美術館の横で公開されているので興味のある方は是非ご覧いただきたい。民家のような荒々しさを持ちながら、柱や梁に丸太を利用することで茶室の持つ粗野なはかなさを持ち合わせ、障子を利用することで凛とした雰囲気を作り出している。ウォルナットの突き板と思われる壁材、左官壁、薪ストーブの鉄の表情、柱の丸太、天井に貼られている野地板、すべての素材が決して贅沢ではないけれど、柔らかさのある吟味されたものである。いつまでもたたずんでいたくなるそんな空間が今でも維持されているのだ。

これらの素材は時間と共に味わいを出す。そしてその経年変化によってもたらされた深みが建築をより一層引き立たせる。こういう変化は普通のマンションなどで採用されている既製品のフロアリングのような素材には期待できまい。傷が付けば下地のMDFが見えてしまったりの経年変化は、味わいどころかがっかり感だけを生み出す。やはり本物だけが持つ特性なのだ。

数年前に建てた浜田山の家では、この素材感にこだわった。クライアントはペンキなどの人工的な色を好まない方であったので、木の茶色やモルタルのグレー、漆喰の白といった素材の本来持つ色だけで建築を構成することとなった。

右上の写真の玄関の床はモルタル仕上げである。このモルタルは2重構造になっていて、その間に電熱線による床暖房を施工している。一件冷たそうに見えるモルタルでもこうすることで暖かい床を作ることが出来る。

左下の写真はモルタルで作り上げたキッチンである。大工さんが作った下地に左官屋さんが仕上げモルタルを施工する。表面は汚れを防止する為の塗装が施されている。シンクや水栓金具などもお気に入りのものを揃えた、まさにオーダーメイドのキッチンだ。

右下の写真は屋根裏部屋の様子。白い壁はタナクリームのセルフビルドによるもの。床には飯能の山で採れた杉のフロアリングを採用している。梁は米松の無垢材、その上には杉の垂木が屋根を支えている。

建築の作り方の変化と共に、近年の住宅はかなり長寿命化しているといえる。しかしながら建って入ればそれで良いというものではなく、やはりそこで暮らすからにはそれなりの風情、つまり暮らしたくなるような設えガ残っていることが必要である。最近は中古住宅を購入してリフォームする方が非常に増えており、その相談を受けて現地を視察することが多くなっているのだが、この住宅はいいな~と惚れ惚れするようなものに出会うことはまだまだ少ないのが実情である。何でも良いからどんどん作れの時代はすでに終わった。今はこだわりの住宅をじっくり作ろうの時代である。魅力的な住宅が増えてくれれば良い、微力ながらそこに貢献したい。

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左:レーモンド井上邸  右:浜田山の家玄関

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左:モルタルのキッチン  右:屋根裏部屋

2012/11/01

昨晩は今日の誕生日の前祝ということで家族全員で誕生パーティーを開いてくれた。この11月1日で38歳、いつの間にか年をとったものだ。いつまでも20代のつもりでいるのだがもうすぐ40歳、人生も折り返し地点に到達しようとしている。いや、もう過ぎたのかもしれないな。家造りの仕事を通して様々な人と交わるのだが、クライアントの家造りを通して自分の人生にも大きな影響を受けることがある。それくらい家造りはクライアントとの二人三脚の仕事であり、互いに影響されるくらいに距離感も近いのだ。そういえばはじめてワーゲンを購入しようと思ったのは、伊奈の家のWさんの影響であった。Wさんご夫妻は現在ハーレーに夢中なのだが、いい車だなと思った次の年に思い切って購入したこの車は今でも活躍中である。はじめての離島旅行は川口市に建てたIさんご家族のお誘いであった。話を聞いていてどうしてもいきたいと思った亜嘉島の自然に出会えたことは本当に財産だ。はじめての屋久島も屋久島の家のMさんのおかげで足を運んだ。そういえば人生で一度だけ天理教の教会に立ち入ったのもクライアントのおかげだ。とにかくいろんな体験をいろんな人にさせてもらった。そして今がある。本当に幸せな仕事をさせてもらっている。そしてそのすべては私の師匠である石山先生のおかげである。なんだか急に先生と話をしたくなってきた。久しぶりに早稲田大学にでも行ってみようか。

昨日の夕方、茨城県古河市にてお母さんの家を建て替えてあげたいというMさんとの打ち合わせをしたのだが、今朝は午前中の時間を利用して鈴木君と一緒に計画地の下見に出かけた。久喜インターをおりてすぐ、利根川の近くに計画地はある。距離だと川口市からは結構離れているが、都心の現場に行く事を考えたら渋滞がないだけ楽に感じる。東北道を北に向かう道というのは、なんとなくほのぼのしていて運転していてもまったく疲れない。そしてなんとなく遊びにいくときの高揚感を感じる。小さなころからこの道を通って那須高原やら会津磐梯山、日光やらの行楽地に出かけた記憶がそうさせるのであろう。僕にとって自然は定期的に身をおかないと息苦しさでたまらなくなってしまうほど大切なものであり、この道は川口市と田舎の自然をつなぐ最も手ごろなものであるのだ。

現地は自動車教習所の近くにある分譲地の一角で、築30年ほどの古い住宅が建ち並んでいる。教習所関係の人か、たまに若い人が通り過ぎる。比較的多く緑も残り、暮らしやすそうな住宅街であった。すぐ近所で大型の分譲計画が進んでいるようであった。きっとここには若い世帯が多数引っ越してくるのであろう。そうすればまた小さな子供達の声が響き渡る町になる。そうやって町は賑わいを取り戻すのかもしれない。

20分ほど計画地の周りを見ていると、お母さんが家の中から出てきて言葉を交わした。まだ建て替え計画は決まったわけではないと恐縮されていたが、とりあえず敷地を見るだけだからということでお話をした。

帰り道、鈴木君と約1時間のドライブであった。なかなか事務所で1時間も二人きりで話しをすることは無いが、こうして普段出来ないたわいもない話をする時間も貴重である。

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