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増井真也日記
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増井真也日記

2012年10月アーカイブ

2012/10/30

10時より埼玉県川口市にて土地探しから始めたいというKさんご夫妻打ち合わせ。予算は土地と建物合わせて3000万円。一見ローコスト過ぎるように思えるこの金額でも、川口市内の駅から少々離れたエリアであれば十分に土地と住宅の取得が可能である。

リーマンショック以降の地価の下落はどこの地域でも同じことであるが、この川口市内でも坪40万円ほどで手に入る土地がだいぶ増えてきた。30坪で1200万円からというちょっと意外な金額であるが、これが現実となったのである。そもそも人口が減少しているのに土地の価格だけが異様に高いという状況は、土地が投資の対象になってしまうようになった以降に起きた怪現象であり、それが都市部における人々の人生を住宅ローン地獄によって縛り付けているのは明らかであるのだから、このように需要と供給のバランスによって適正な価格になってくれることは大変喜ばしいのである。

そもそも何にもしていないのに、近くを電車が通ったからといってとんでもない高い値段で自らの土地を切り売りしているだけで莫大な利益を得ることができる地主さんがいたり、そういう土地を買いあさって高層マンションを建てたりするディベロッパーがいたりのご時勢ではない。人口も減少期に入り、作ってしまった建築、特にとんでもない規模の高層住宅をどのように長く有効に使い続けるかを考えなければいけない時代にはいり、新築一戸建ての価格もあるべき姿になってきているということなのであろう。

2012/10/29

午前中は事務所にて雑務。

午後よりますいいパーティーの買出しに。昨日の日記にも書いたとおり今日のメニューは四川火鍋とすき焼き。16人前の具材等を買い揃え、調理にはいる。

まずは鷹のつめを細かく刻み、ごま油で炒める。油が色づいてきたところで、刻んだにんにくとしょうがを加え、さらに細切りのねぎを加えて炒める。ここで豆板醤を適量加え、あらかじめ暖めておいた鶏がらスープの中に入れ煮立てる。煮立ったところで、五香粉とごま油を加え、味噌、酒、八角で味を調える。スープが出来たら、具の鶏肉やら野菜やらを加えて出来上がり。今回はズワイガニと牡蠣も入れてみた。以前香港で食べたものと比べるとなんとなくパンチが無いのだが、まあ昨夜練習しただけの一夜漬け料理としては上出来といったところだろう。

18時30分より庭のテントの中でパーティー開始。今回のゲストは水道屋さんの関さんご夫妻。和やかな雰囲気の中だんだんと酔いも進み、最後には柳沢君のギターの演奏でみんなでスピッツを熱唱。息子の手作りのハロゥインのかぼちゃに見つめられながら、楽しいひとときを過ごすことができた。

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2012/10/26

今日は東京都足立区に1年程前に建てた住宅が、渡辺篤史の建物探訪に放送された。この番組に登場するのはこれで3回目となるが、今回の住宅も、敷地の特徴を生かした魅力ある設計となっているのでその点を評価していただいたのであろう。

http://www.tv-asahi.co.jp/tatemono/(番組HP)

テレビに登場するのは、完成ドリームハウス、辰己卓郎のリフォーム夢家族などまで含めると5回目なのであるが、私自身のタイプとしてはテレビ特有の大げさなリアクションにはどうもついていききれないところがある。建物を取材する芸能人の側にも特徴があり、辰己さんは事細かに設計内容を確認するのに対して、渡辺さんは建物に入ったときの自分の直感を大切にリポートするという違いがある。好みとしては渡邊さんの感覚のほうが好きなのだが、でもやっぱりあのリアクション、素人には到底真似できるものではない。

今日はもう一つ嬉しいお知らせをいただいた。こちらも1年ほど前に完成した埼玉県川島町のカフェ兼住宅(アスタリスクカフェ)の取材記事が、「埼玉すてきなカフェさんぽ」なる雑誌に登場したということである。こちらは先日住まいの設計の取材をかねてお昼時にお邪魔したのだが、埼玉県北には珍しい雰囲気の隠れ家的なカフェを好きになっていただいたファンがたくさん入るようで、平日にもかかわらず満席の大入り状態であった。大手百貨店を退職し、お客様が来てくれるかどうか分らないけれど好きなことをやりながら充実した時間を過ごして生きたいといっていたご主人の言葉を思い出すが、そういう気持ちこそがお客様を呼んでいるんだろうな。

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2012/10/25

3年ほど前に植えた柿の木に今年は多くの実がなった。昨年始めて実をつけたときは4つだったが、今年は20個ほどの柿の実が実っている。私の事務所には桜の木と柿の木が植わっていて、さらに植木屋さんには栗の木を植えてくれと注文している。さるかに合戦の舞台を演出しようとしているわけではないのだが、実物花物が季節ごとに移り変わる様子をみな方仕事が出来ることは、なかなか心地よいものだ。はじめは緑色だった柿の実は、肌寒くなり始めたころからだんだんと橙色に変わり始める。毎日毎日少しずつ変わっていく様子を眺めることはいつしか毎朝の習慣になる。

物があふれかえる時代に生活している私たちは、気をつけないと物に対する絶対的な感覚がおかしくなる。世界中で飢餓に苦しむ人がたくさんいるにもかかわらず、食糧自給率が40%そこそこのこの国では毎日大量の食料がごみとして捨てられている。今のこの世界で物を言うものはマネーであることは重々分っているつもりではあるが、あまりにも現実の感覚、つまり絶対的に物が生まれる瞬間とそのおかげで人が生きることができるという本質的関係を忘れてしまうことにはなんだか怖さすら感じる。スーパーに行けば季節に関係なくみかんでも何でも手に入る。アマゾンで買い物をすれば、何でも1週間以内には送られてくる。確かに便利だ。でも、それが現代だと割り切ってしまうことは私には出来ない。何か一つくらい身の回りに「思い出させてくれるもの」を置いていたいと思う。

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2012/10/24

午前中スタッフの柳沢君と一緒に、埼玉県さいたま市にて進行中のkさんの家現場管理。すでに大工さんの工事も終了し、セルフビルドによって行われた壁のタナクリームの施工もほぼ終了。後は設備器具をつけたりの工事を残すのみとなっている。写真は1階のリビングの様子。緑色の養生用の発泡スチロールがついている天上の梁が現しにされており、その間には床を支える構造用合板が天井の仕上げとして見えている。壁の黄色い部分は、まだパテ処理の段階で石灰クリームを塗る前の段階である。庭のウッドデッキなどが完成すれば、なんとも良い家になることであろう。

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2012/10/21

日曜日。現場の方は作業停止だけれど、たまに打ち合わせの為に仕事が入る。今日は東京都杉並区にて新築住宅を検討しているMさんご夫妻のうちあわせ。スタッフが全員休みということで妻が゙立ち会うことに。夫婦で仕事をするというのもなかなか楽しいもので、家にいるときとはちょっと違った距離感で接することが出来る。

Mさんご夫妻が購入を検討している土地は20数坪ととても小さな土地である。都会の一等地だけに仕方が無いが、このような狭小地でも設計の工夫次第で面白い住宅を作ることが出来るものだ。予算はなんと1300万円!!ますいいはローコスト住宅を得意としているし、住宅に余計なお金をかけすぎてその後の人生がキュウキュウなんてばかばかしいよと普段から声高らかに言っているせいではあるのだが、それにしても1300万円とは破格のローコストだ。

何から話を使用かな?と考えながら、先日完成した埼玉県川島町のカフェ兼住宅の紹介をしてみると、まさにこの事例のようなハーフビルドのようなものを考えているということ。それならば、この金額でも何とかなるかもしれないとの期待が私の側にもクライアントの側にもふつふつと沸いてくる、そんなその場の空気の幕を突き破るような感覚を得ながら、ローコストの家造りの楽しさをお話させていただいた。ローコスト住宅の楽しさは、まさにこの一体感にある。クライアントと設計者が一緒に考えながら、どこをどうやれば出来るかの知恵を絞りつつ、一つのものを作り上げていく作業にこそ、幸せを感じる一瞬があるのである。なんだか良い打ち合わせが出来たの満足感を得ながら自宅に戻る。

終了後、地元の川口市にて行われている小学生会がコンクールの授賞式に出席。私が担当する生徒30名に賞状を渡して終了。小学生の子供達の満足そうな、鼻を膨らませた笑顔がとても印象的であった。こういう誇りが彼らを立派に育て上げていくんだろうな。

2012/10/20

今日はかねてより埼玉県蕨市にて設計作業を進めていたMさんの家の地鎮祭に参加。偶然3件の地鎮祭が重なってしまったのであるが、私は時間の関係でMさんの家にしか参加することが出来なかった。

夜、なんとなく書店で手に取った横山秀夫の「第三の時効」読了。こういったハードボイルド系の小説を読むのは何年ぶりだろうか。高校生のときによく読んでいた北方謙三やらの小説を読んでいたときに感じた分りやすい人間くささが満載で、楽しいひとときを過ごすことができた。横山秀夫というと半落ちやクライマーズハイなど多くの作品が映画にもなっているが、絡み合った紐を解いていく推理小説独特の表現が非常に上手だという印象がある。特に何かがはじけるように、それまで誰もわからなかったことが突然判明するときの経緯の描き方が特徴的で面白かった。

2012/10/17

今日は朝一番から埼玉県川口市にて行っているリフォームの現場管理に出かけた。現場に着くと水道工事を依頼している関さんが在来工法のお風呂場を解体していた。昔ながらのタイル張りのお風呂場のタイルやモルタル下地をはがして出来た空間に、最終的にはユニットバスを入れる予定なのだが、かなりのコンクリートガラなどを排出しながらの作業の様子かなり大変そうだ。

この住宅はすでに無くなったとある画家さんが住んでいたもので、写真のように住宅棟とアトリエ棟の二つの平屋が連なる形で建っている。今回はその古い住宅に、画家さんの孫夫妻が移り住むというプロジェクトである。川に面する敷地には大きな庭が着いている。庭には長年こだわって育てられてきた木々が植えられ、一部には畑も作られている。川を渡れば東京都というこの川口市内でもなかなか探すことの出来ない好立地だ。

アトリエ棟の部屋の中には多くの思い出の品々が保存されていた。それらのものには、クライアントが保存を希望する印につけた付箋が着いている。作業台と一体になったジャノメのミシン、お茶を買うときに入れられてくる杉板の箱、木箱に入ったアイロンなど等、どれも最近では見ないものばかりである。

こういう古屋を解体するときなどにいつも感じることだが、そこにはこれまで住んでいた人の歴史が刻まれている。何気ない一つ一つの者達が、その人の歴史を物語っている。通常の解体工事ではそれらのものまで含めて処分を依頼されることが多い。つまり先代の生きていた証のようなものまでをも廃棄物として処分してしまうのである。でもこの家出は違う。まだ使えるかもしれないものたちは大切に保存されているのである。なんとなくいとおしく思えるそれらのものを、ひとつひとつ丁寧に雑巾で拭き上げてみた。やっているうちになんとなくそのアトリエ棟を工事中の基地にしてみたくなったので、スタッフの鈴木君と一緒に床の雑巾がけを3回してみた。誇りまみれだった床はきれいなラワン合板の、まさにアトリエらしい表情を出してくれた。

リビング棟のほうの天井をはがしてみると下の写真のような見事な梁組みが現れた。大きな松の梁の上に十字の方向に入れられている梁は太鼓梁と呼ばれる形状をしている。丸太を切ったそのままの皮の部分を持ち、その曲がりくねった形をうまく活かしながら据え付けられているのである。その上に垂直に伸びる部材は屋根の母屋を支える束と呼ばれるもので、その束の上に水平に走る部材が母屋である。母屋と直行する形で屋根の傾斜にそって流れる部材が垂木である。垂木の上には杉のざら板があり、その上に屋根がのっている。丁寧に作られた小屋組みが現れると、天井を貼らないほうが良いのではの考えが頭をもたげてくる。これは次の打ち合わせでクライアントのMさんと相談してみよう。

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2012/10/15

コストダウンの工夫を特集する雑誌の編集を担当している鶴田さんより取材の依頼があった。先日住まいの設計で川島町のカフェ兼住宅を取材をしてくれた松井さんが紹介してくれたそうだ。ますいいではコストダウンの工夫と呼べる限界までもの挑戦をいつもしているので事例には事欠かない。

コストダウンはどのようにすれば良いか。その答えは簡単だ。クライアントが自分の家を自分で作ってしまえば良いのである。もちろん出来る限りで構わない。何も基礎工事や屋根工事などの危険がともなう部分をやる必要はない。出来ることをやるだけでも十分に効果がある。そしてやろうとすることで自分の頭で家全体を考えるようになるから、これまで見えていなかった部分まで見えてきて、更なるコストダウンの可能性も広がるという副産物まであるのだ。

そもそも日本の家造りは高すぎる。このことにはあんまり気がついている人はいないのだが、価格に関する感覚が完全にコントロールされてしまっているので、クライアントの側も正確な判が出来ない状態になってしまっているのだ。こういう状態は誰が作ったかといえば、間違いなくハウスメーカーである。大量供給が求められた高度成長の時代に国策によって作られたハウスメーカーなるこれまではなかった大企業が、これまで地域に根ざす大工によって、風習や師弟間の伝聞に従って作られてきた家造りの世界を完全に変貌させてしまった。その原動力となったのがいわゆる広告だ。人々の思考回路は発展する情報媒体によって完全にコントロールされ、いつしか家は着ぐるみを着たキャラクターのようなイメージを持つ様々なハウスメーカーのなかから選択するものになってしまった。

デモね、知っていますか?ハウスメーカの住宅を実際に建てている人は、実は地域に根ざした伝統的な家造りに従事してきた大工さんたちである。私の妻のお父さんは関西で工務店を経営しているが、その父も二つの有名ハウスメーカーの組み立て工事を長らくやっていた。もちろん地元のお客さんから直接頼まれた家造りもやっていた。基礎工事だって、水道工事だってそうだ。一度とある有名なハウスメーカーの発注書を見せてもらったことがあるのだが、その金額は驚くほど安かった。継続的に工事を依頼することができるという立場を利用して、職人さんたちにまったく利益の出ないような単価で発注するという横暴が当たり前にまかり通っている世界であることが一目で分る書類であった。

企業の利益は請け負い金額と発注金額の差額で生み出される。ハウスメーカーのそれにはとんでもないほどの開きがある。それがすべて利益であることは明確だ。でも考えてみれば当たり前の事で、一等地に建てられた住宅展示場の維持費からテレビや新聞の広告費、何人いるか分らないくらいの営業マン、それらすべてにかかる経費は、その利益から支払われるのであり、当然住宅の価格にのせるしかない。あるイメージ、つまり住宅の購入につながるイメージをユーザーに定着させるための操作が広告だとするならば、その操作のために多額の資金を注ぎ込み、実際に手を動かす職人さんたちは冷遇され、クライアントは結局その意識操作にかかる費用までをもあわせて支払わされている現状をおかしく思わないほうがおかしい。

さらに、時代は変わった。今は少なくとも住宅に関して言えば大量生産大量消費の時代は終わり、余りある社会資本をイかに自分にあった形で使用していくかの時代となった。新築住宅を建てるにしても、家は3回建てるものなどと言う人ももういない。家は一生の中で一度だけこだわってつくるものであり、人生の経過と共に少なくとも50年は使い続けることが当たり前になった。100万戸以上の着工棟数だって今では半分以下になった。ハウスメーカーなる企業体系が出来たころ、それはまるで日本という国がちょっと前の中国のような劇的な成長を遂げていた時期であり、国全体が工業化、大量生産大量消費によって底上げを図っていた時期なのである。

こういうことをちょっと分るだけで、いかに日本の住宅が高いか、そしてその理由も分る。だからこそ、自分の家は自分で作ろう。言い方を変えれば、自分の価値観で、自分にふさわしい家を頭の中で作り上げよう。もちろん設計図を書く部分とか、現場の納まりを考える部分とか、専門的な知識を要することは私たち設計士に任せてくれればよい。そうすることで少なくともわけの分らない意識操作にかかる費用まで払わされる心配もないし、あなたの家造りに係る職人さんが安すぎる労賃に悩むことも無い。住宅展示場の維持費を払うことも無ければ、営業マンの給料を払う必要もないのだ。あなたの支払うお金は、材料費と職人さんの労賃、そして設計士と現場監督の労賃に当てられることとなる。

ある一例であるが、例えばフロアリング。通常、既製品フロアリングは表面のホンの一部が付板といわれる木の表面を削ったものが貼られており、そこに傷を防ぐ為の塗装がこれでもかというくらいに施される。その塗装のグレードがよければ良いほど高くなるし高級品ということになる。うちの床板は椅子を引きずっても傷がつかないのよ、と自慢する奥様をたまに見かけるがこれは塗装の性能が良いからだ。でも考えて欲しい。それってそもそ床板と呼べるのであろうか。木は傷がついて当たり前、硬さにはばらつきガあるので樹種によって傷のつき方は異なるが、傷がつかないというのはそもそもおかしい。大体椅子を引きずっても傷がつかないような塗装をしてしまっては、見た目は木の模様をしていても、そんな硬いものはすでに木ではない。古い荘厳なお寺の床に、普通のフロアリングを張った様子を想像してみると違和感を感じるはずである。なぜならお寺の床には木の床や畳しかふさわしくないというイメージが私たちには残っているからである。でも住宅となると違う。なぜか急に木の模様をした表面がカチカチのいわゆるフロアリングを張ることが、まるでデコレーションケーキの装飾のようにイメージとして植えつけられてしまっているから、違和感も何も感じなくなってしまうし、それどころかそれを高級品と勘違いまで出来てしまうのである。人々は工業化の作り出す産物と広告の作り出すイメージによって価値観までをもコントロールされてしまい、そこに何の疑問も感じることが出来なくなってしまうのである。

私たちを呪縛する工業化社会のなかでの価値観に縛られている理由は社会的にも存在しない。すでに家に関しては自由になって良い時代が到来している。その中で自分自身の価値観を見出す努力をすること、それこそが最も本質的なコストダウンにつながるのではないだろうか。

2012/10/12

今日から日曜日まで所用で福岡県北九州市へ。北九州市といえば、官営八幡製鉄所で有名なところだが、実際に町に降り立ってみると大きな工場が海沿いに次々と立ち並ぶ光景が続いており、まさに絵に描いたような工業立国日本を支えてきた製造業の町という風貌であった。街中には磯崎新氏の作品が立ち並んでいる。磯崎氏の手による市立図書館や北九州国際会議場などの一風変わった建築たちは、高度成長期からバブル経済までのこの国の精神的状況を表現しているようだ。こういった建築がこの国で作られることはもう当分は無いであろう。町は周りを海や山に囲まれている。自然との距離が非常に近い。昔は公害がひどかったそうだが、今ではその公害も解決され、住み良い町として栄えているようだ。

この町の人口は2005年に99万人いた。シュミレーションによると、20年後には80万人程度まで減少するのではないかといわれている。人口の減少は1960年代より始まっているらしく、そのころは製鉄所の技術者が各地に転出することが原因だったようだ。今では少子高齢化による人口減少が主な要因となっているということである。すでに20%をこえる65歳以上の高齢者はこの20年で30%を超えるという予想がされている。

町の規模と、その周りを自然に囲まれているという状況から丸で小さな独立国家のような様相を感じさせるこの地域であるが、もともとの先進性からか、まるでこの国の未来を予想させるかのような変貌を遂げているのだ。街中を歩いている人の3人に一人が高齢者、15歳以下の人数は10人に1人しかいないという近未来予想の統計は、このままいけば地域全体が老人ホーム状態ということになると示している。コレハナントカシナケレバイケナイ、と誰もが思うであろう。

100万人弱の国家を意識してみるというのは意外と面白い。世界を見渡してみれば、もっと人口が少ない国は結構たくさんあるもので、ラグビーの強いトンガなどは10万人強、F1で有名なモナコは3万人くらいしかいない。ちなみにローマのど真ん中にあるバチカンは1000人くらいしかいないというから驚きである。数万人規模ということになれば、もうこれは日本の大企業と変わらないレベルである。自分が勤める会社の社員がもしも、3人に1人の割合でおじいさんになってしまったら・・・。ますいいで考えれば、私の母でさえまだ65歳にはなっていないので、不動産を担当している叔母の一人しかいないわけだが、もしこの割合が実現してしまうとスタッフのうちの4名が高齢者になってしまうということになるわけだ。

これは夢の話ではない。すぐ先にある現実である。まあ20年後ということは自分も57歳になってしまうわけだが、57歳の私と、4人のおじいさん、そして5人くらいの若者がますいいを運営している状況、そんな形が近未来に迫っている。今年38歳になる私は昭和49年生まれである。第2次ベビーブームの中で生まれた私たちの世代は、いつも大人数で生活してきた。私が中学高校時代にいた早稲田中高山岳部、大勢いた人数は私の卒業と同時に減り始め、そして同好会に格下げになった。私が大学時代に所属していた早稲田大学理工学部ラグビー部も、私が卒業して数年後に電気通信大学との合同チームになってしまった。何もこれは私だけの問題ではなく、日本中のいたるところで同じような出来事が起きている。国の問題となりうる高齢化問題に先立って、学校での部活の消滅というその前兆はすでに第2次ベビーブーム世代の卒業時点に現れているのだ。そして、次はこの国全体で、もう少し深刻な問題として、つまりは働く世代の減少として、産業の維持の限界というような問題として起ころうとしているのだ。

もし日本が島国でなかったら、すでに多くの移民を受け入れることで解決を探っていると思う。でも、島国で育った私たちはどうしてもそこに抵抗を感じてしまう。だって誰も英語をしゃべれないのだ。中途半端な政策として、産業界ではすでに研修制度のような形で外国人労働力を取り入れている。それ以外の方法で、どうすれば良いかの解決のために、最近では高齢者の採用に助成金を出すなどの措置もとられている。その助成金目当てに雇用を継続する経営者も多いが、ずーっと続くわけが無いのは自明のことである。さらには女性の社会進出の促進なども有効な策として位置づけられているものの、子育てとの両立の難しさは、結局出生率の減少を生み出すことから、諸刃の剣というところであろう。

寿命がどんどん延びて、人は長生きするようになった。でも私たちのベビーブーム世代は、経済的理由や、自分を中心にしすぎる思考や、晩婚化による妊娠率の低下や、そのほかの挙げればきりがないほどの様々な理由によって、とにかくあまり子供を作らない。だからこうなるのは当たり前。そして一番苦労するのはきっと、私たちが高齢者になったときに、年金も何もかもがもうどうにもならなくなってしまったこの国にいる高齢者、つまり私たち自身であることもまた容易に予測が出来るわけだ。

さてさて、どうすべきであろうか。私には、がんばって元気じいさんになるくらいの発想しかない。革新的なアイデアを必要とする世界では活躍できないだろうけど、初等教育やら介護、そして私のいる建築の世界などは体の動く限り続けられるし、続けるべきであろうと思う。

磯崎氏の作った老建築郡を見ていて感じたことを綴ってみた。終わらない思考である。

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2012/10/10

今日は朝から東京都目黒区にて進行中のOさんの家増築工事の現場管理に向かう。数年前にこの家のご両親の住宅を建築させていただいたのだが、今回は私の大学時代の友人であり、息子さんのOさんご夫妻の住む部屋の増築工事を請負った。Oさんはご自身で設計事務所を運営している。つまり今回の仕事はOさんの運営する設計事務所(オノ・デザイン)の建築工事の請負ということで、日ごろ設計事務所機能と工務店機能を兼ね備えて仕事をしているますいいにとっては非常に珍しいパターンというわけだ。

ここの設計をしている建築家のOさんは、数年前に亡くなった村田靖夫さんという建築家に師事した後に独立し事務所を運営し始めた。住まい手を大切にしながら、心地よい住宅を丁寧に作る村田氏の姿勢を受け継ぐOさんの設計、というよりは昔から奇をてらった設計ではなくそこにあるべき姿を黙々と探し続けるOさんの設計姿勢は非常に共感を覚えるものであった。大学時代から非常に優秀であった彼の足元にも及ばない私は、ご両親の住宅の施工のときにも、時に夜中まで現場で住宅について語り合う中で多くのことを学ばせていただいたのを今でも覚えている。

きっと今回の工事でもいろんなことを感じるだろう。私も彼も、もう37歳である。出会ってからすでに20年が経とうとしているが、今日の現場での一日だけでも、なんだかすごく新鮮なひとときを過ごすことができた。

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2012/10/08

朝一番事務所にて朝礼。終了後、しばらくは事務所にて雑務。

11時過ぎ、前回訪問することが出来なかったアントニン・レーモンド設計のペイネ美術館を見学する為に、家族と共に軽井沢へ向けて出発。14時過ぎに軽井沢に到着する。さすがは高原だけあって既に肌寒さを感じるが、幸い天候がよく、体育の日ということもあって多くの人が訪れているようだ。

この建物はもともとレーモンドの夏の間の設計事務所兼住宅として利用されていたもので、軽井沢夏の家と呼ばれる。設計はル・コルビジェのチリの住宅「エラズリス邸」計画案を参考にしたようで、当時はひと悶着あったそうだ。
レーモンドの住宅はいわゆるモダニズムと日本民家の土着性が合わさったデザインで有名なのだが、その絶妙な使い方にいつも心を奪われる。松の木を削りだしただけの分厚いカウンター、丸太の化粧柱、おそらく大工さんが作ったんだろうなと想像させる下の写真にあるような引き出し、同じく単純なつくりのテーブルなどの家具、時間の経過による変化を受け入れてもなお輝きを放ち続ける素材の上手な使い方は現在の住宅設計においても非常に参考になる手法である。
この住宅の中には一つとして最近の住宅における高級部材と呼ばれるようなものは存在しない。外壁については防火などの規制があるので都市部の住宅と比較することは出来ないが、内装を見てみると先ほどもいったように、ただの杉板、松、丸太、ベニヤ、といった何の変哲も無いモノ達の組み合わせで出来ているのである。
先日の日記でも書いたが、住宅建築の世界というのは工業化から取り残された分野であると考えている。その一つの理由はこの人間の感性にあるとも考えられる。つまりどんなものを見て、触ったときに心地よいと感じるかの感覚は、時代が移り変わってもそう変わるものではないということだ。金(きん)を見れば、誰もが豪華さを感じる感覚は今も昔も変わらない。大きな丸太を見たときに、そこに神秘性を感じる感覚も日本人であれば誰もが持っている。住宅とは、そういう人の感覚を心地よい方向へ導かなければならない箱であり、であるからこそ工業化の波においそれとは乗ることができないのである。

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2012/10/07

朝8時30ごろ、埼玉県川口市にて来週より工事を開始するIさん邸の地鎮祭に参加。現地に着くといつもお世話になっている川口氷川神社の神主さんとスタッフの田部井君、鈴木君が準備を進めていた。9時前にクライアントのIさんご家族来場。お供え物などの準備を進めて、9時から開式。約30分ほどの地鎮祭であった。

今回はあいにくの雨。テントの中で行ったのだが式自体は普段とまったく同じ手法である。四方に竹を立てて、その周りを注連縄で区切る。この注連縄の聖化するために太陽の光彩をかたどった和紙である「ごへい」が下げられる。これで結界の閑静だ。その中央には神が光臨する「よりしろ」がたてられるのだが、それにあたるのがさかきの枝である。必要とあらばどこでも神事を行うことが出来るように持ち運び可能とされた日本の儀式は、自然界のどこにでも神が宿っているという日本人本来の思想に基づいているわけであるが、家造りの際に行うこの地鎮祭くらいは、これから先もずーっと残っていってほしい儀式である。

そもそも家造りというのは、昨今のようになんでも大量生産大量消費の仕組みに当てはめられてしまう社会においても、これ以上進化することには限界がある取り残された分野であると思う。まず、どれだけ工場で生産するといってもそれを配置する敷地は形状が一定でない。細長い敷地もあれば変形地もある。その土地の形状に合わせて、さらには方位や様々な法規制に合わせて使用方法を考え設計するバリエーションはパターン化できるはずも無い。さらに、それを運搬する道路だって幅の狭いところでは4mをきってしまうし、ひどいところでは2mくらいの幅しか持たないのだから、工場生産といっても限界があるのだ。

ゆえに家造りの現場では未だに職人さんが現地へ出向き、一つ一つの部材を組み立てる必要がある。その職人さんの人数たるや20人にも及ぶ。また、大量生産できないのであるから、一つ一つに真剣に向き合う設計者も必要となる。そして20人の職人さんたちをまとめる監督も必要になってくる。これらの人たちが互いに力を合わせ、クライアントのためにと家造りを行うからこそ良い家が出来上がるのであり、この取り残された世界では、その人たちをつなぐ心が未だに重要なファクターを締めるのである。心は目に見えない。だからこそ要所要所での儀式は重要なのだ。今回はじめて自分の息子を地鎮祭に連れて行った。それもまた同じ小学校の先輩、後輩となる両者の心のつながりを期待してのことである。

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2012/10/05

午前中妻と二人で、埼玉県川口市にて中古住宅の購入を検討されているIさんご夫妻と物件の下見調査をするために現地へ出発。現場に着くと、すでにご夫妻がこられており、その物件の販売を担当されている不動産屋さんも鍵を開けに来てくれていた。

早速、Iさんご夫妻と一緒に購入を検討している中古住宅の中に入ってみる。ほぼ正方形の平面の角には必ず耐力壁が存在しているという非常に安心感のあるシンプルなプランなので、中古住宅にありがちな構造に対する心配は要らないな、というのが第一印象であった。

押入れの天井から、小屋裏やら2階の梁組みやらに頭を押し込んでみると、最近使用する材料と同等の45*90の筋交いもしっかりと入っているようだ。和室の柱などはすべてヒノキを使用しており、長押など造作もなかなか品が良い。地盤の不動沈下なども起きている様子が無く、なかなか上物の物件のようである。

中古住宅を購入して住み続ける際に最も気になるところといえば、やはり構造の耐久性だろう。木造の構造を判断するには主に2点。

・まずは、そもそもはじめから頑丈に作られているか。
・次は、雨漏りやシロアリの被害を受けて構造体が痛んでいないか。

ここに尽きるわけである。購入前にあちらこちらを壊すわけにも行かないので、判断にも限界があるのだが、だからこそその建築が「どのような思想で設計されていて」、「どんな職人がどのように丁寧に作っていて」、そして「どんな住人がどのように丁寧に住んでいたのか」を読み取る勘が重要になってくるのである。

この住宅の購入を最後に後押ししてくれたのは、きれいに手入れをされた庭であった。家の裏側まで飛び石を敷き、見えないところまできれいに雑草を取るということは、なかなか出来ることではない。そんな風に丁寧に使われてきた住宅は、新たな住まい手に出会えてなんだか嬉しそうでもあったように感じた。

2012/10/02

午前中は事務所にて打ち合わせ。

昼より2週間ぶりのお茶のお稽古。10月は風炉のお点前から炉のお点前への移行期間ということで、はじめての中置のお点前を行った。これは通常向かって左側、お客様から遠い方におかれていた風炉が、真ん中に移動し少しだけお客様の近くに移動した状態で行うお手前である。要するに炭と客の距離を調整して、寒暖の操作をしているということなのだろう。14時過ぎ終了。
 
今日は久しぶりに時間が取れたので早稲田大学教授の中谷礼仁氏が運営している編集出版組織体・アセテートから出版されている藤森照信氏の「グラウンド・ツアー 泥もの」を読んだ。藤森氏の素材に対するこだわりなどなど楽しい時間を過ごす。それにしてもこのアセテートという出版社が面白い。発行物の最後にはこのような記載がある。
 
アセテートとは何か?
 
編集出版組織体・アセテートは、世に未だ知られていない優れた成果をいち早く編集し、公刊する組織です。その名前は、ミュージシャンがプロモーションの為に作成し配布した、パイロット版のレコードに使われる素材に由来しています。
 
アセテートの運営は、完全な独立組織によっています。小規模出版ならではの可能性を考え、日常や事物への配慮を怠らず、あらかじめ決定された予算がつきるまで、活動していきます。
 
にわとりは ついばむ
 
運営者の中谷氏とは一度だけ、ますいいの顧問でもある建築家石山修武先生がカンボジアに建築した広島ハウスのオープニングセレモニーでご一緒したことがあるだけだが、なんとも面白い活動をしているようで興味が尽きない。

2012/10/01

今年も早くも10月。日曜日はどんな台風が来るかと思ったが、埼玉県はそれほどの被害は無かったようだ。

午前中は事務所にて雑務。

明日までの期間で、新宿パークタワーにあるリビングデザインセンターオゾンにて展示していたブースの出展が終了する。ここオゾンではこのような定期的な情報発信ツールを提供してくれるのだが、ますいいのように広報手段を持たずに運営している会社にとってみれば、このような場は大変ありがたい。

そもそも設計事務所と工務店という両方の機能を併せ持ち、年間に十数件ほどの住宅建築しか行わないますいいのような会社に、何千万円もかけて、住宅展示場に家を建て、体感してもらうようなスタイルはできるはずがない。例えば1営業区に一つの割合で年間経費2000万円の展示場をつくり、その営業区で年間50件の住宅を建てる場合に一件あたりに割り振られる経費負担が40万円ということになるわけだが、そこではそれ以外に営業担当の社員も必要になるであろうし、実際にはそれ以上の負担を強いることになる。これをもし15件の住宅で割り振れば、一件あたりが133万円!!そんなことは到底不可能なのだ。

そもそもこのようなスタイルでの広報活動というものが゙大量生産大量消費社会の中でこそ成り立つものであることは明白であるわけだし、ハウスメーカーなる業種は日本の高度成長期における住宅の大規模な需要増に対応する為に国策によって組織されたものであるわけで、同じものを大量に作るという大前提の下でしか成立し得ないのである。

それに引き換えオゾンでの広報はなんとも合理的である。設計時のプレゼンテーションに用いた模型を手直しし、撮影した写真を貼り付けたプレゼンボードを壁に貼るだけのシンプル極まりないものなのだ。しかしながらこれには設計時の思いや工夫がこめられている。ハウスメーカーなどとは比べ物にならないような質素な表現ではあるものの、なかなかに味わいあるものだと思う。

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