ますいいの運営するノンプロフィットレンタルアートギャラリーとギャラリー。各アート作品の展示・販売をするショップとなっております。

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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
ローコスト・セルフビルドでよい素材を上手に使い家族が幸せになる、そんな建築を目指しています。

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増井真也日記

2012年6月アーカイブ

2012/06/30

ゆっくり目の朝を向かえチェックアウトを済ませる。せっかく京都に来たのだからと金閣寺まで足を運ぶ。数ある寺院の中でなんとなくの金閣寺。棟にとまる金色の鳳凰に久しぶりに会いたくなった。改修工事を終えた金閣寺はまさに金閣寺にふさわしいどぎついくらいの金ぴか状態である。でもなんとなく憎めない、日光東照宮とは違う趣がある。

17時、帰事務所。さすがに京都帰りだけあって少々疲れる。メールチェックなどを済ませ、岸田君、池上君と現場についての打ち合わせなど。

20時、作業を終了し息子の柔道教室に顔を出す。一生懸命にがんばる姿を見ているとそれだけでほっとするものだ。

2012/06/29

朝礼終了後事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。

11時過ぎ、京都にて茶道関係の会合に参加する為事務所を出発。17時30分、京都ブライトンホテルにて京都青年会議所 茶道同好会50周年記念式典に参加。さすが京都だけあって、参加者の中にはお家元や大宗匠といった裏千家を率いてきた方々が多数。終始様々なかたがたのお話に耳を傾け、勉強させていただいた。

様々な会合に周年事業というものがある。PTAでも、行政でも、団体でも○周年というと必ず式典やらパーティーやらの会合がある。これまで様々なこれらの事業に参加してきたが、その意味たるやなんとなく曖昧であり、何の為にの意味も分らず義務的に参加することがほとんどであった。しかしながら、最近なんとなくその意味合いがわかってきたような気がするのである。組織というのは長く運営するうちにその意義が曖昧になるものである。創始の精神などというものは、次第に薄れ、いつの間にやら何の為の会合なのか誰も知らずに参加しているなどということもある。5年ごとくらいで、それらを見直し、これからのあるべき姿というようなことを構成のメンバーが考える機会は、そのその組織を新鮮な精神の元に維持するのに欠かせないものなのであろう。さらに外部の関係者にもそれを周知することで、これまでと変わらぬ関係を依頼するという都合もある。こういうことが理解できるようになったこともまた、一つの年の功というやつなのであろう。

18世紀イギリスではグランドツアーなる勉強の旅があった。この名前の由来はトマス・ニュージェントが英国貴族子弟に向けて出したガイドブックのタイトルが「グランドツアー」だったことに由来している。当時イギリス貴族は家庭教師を雇い、海峡を越え、大陸を横断し、アルプスを越えてローマを目指したそうだ。2年から4年ほどもかけて移動する大旅行だったそうだが、18世紀移動手段が発達したことにより普通の貴族でも行うことが可能になったということである。宮廷にしろサロンにしろ、文学・美術・古典・歴史などの知識がないと交流できない。ゆえに貴族子弟はそれらの場を好みその場を踏むことで教養と人脈を身につけたということである。

現代、移動の手段はますます発展している。情報たるやありすぎて理解に苦しむほどである。であるからこそ、貴族でなくとも様々な会合に顔を出せるようにもなったし、貴族などという身分そのものもなくなっている。誰でも現地に行き、人に会い、学び、行動することが出来る時代、だからこそ建築家も私のような一般人が目指すことができる職業になったのであろう。今回の旅行も私にとっての精一杯のグランドツアーといったところか。これをこれからの家造りに還元していきたい。

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裏千家家元 千宗室様との記念撮影

2012/06/26

朝10時、埼玉県さいたま市にある武蔵野クラフトワークスの工房の中にカフェを新設する工事の、女性目線でのデザイン監修を依頼した川崎さんとの打ち合わせ。近所の主婦層をターゲットとしたカフェの設計ということで、彫刻家であり、期間限定のギャラリーの運営などもしていて、さらにセルフビルドで自身の住宅を作り、現在川口市民ギャラリーアトリアで勤務している川崎さんに依頼をしたわけだが、ご本人の夢もまさにこのようなカフェを家具職人のご主人と一緒に運営することということだということで、これまた絶妙な機会ということになったわけである。私自身としては、もう何年も前に川崎さんのご自宅にお招きされただけなのだが、それ以来なんとなく頭の片隅にあった事からのこの機会、やはり人の縁というのは面白いものだなあの感であった。

私の住んでいる川口市というところはもともと物づくりの町である。古くは鋳物屋さんを中心とする工業の町だったのだが、今では様々なアーティストやクラフト系の作家さんなども移り住んできている。ゆえにそれらの人々がネットワークを築くことで作れるものの幅もぐんと広がるという土壌がある。確かに不景気の中従来の製造業の形態を保ち続けることは至難の技かもしれない。しかしながら、様々なデザインのアイデアを持つ人と様々なものを作ることが出来る職人の技やその製造施設を組合すことが出来れば、社会を豊かにする魅力的なものの生産地としての存在意義は簡単に作れるであろう。もちろんますいいは建築を中心として活動しているのでこの分野での生産活動となるわけだが、ますいいが運営するギャラリーが様々な人の交流のポイントとして、魅力的なものが生み出される発生の場として、機能していることを最近は特に強く感じるのである。

2012/06/25

埼玉県さいたま市のUさんの家の基礎工事が始まっている。敷地は台形のような変形敷地で、その形状を利用して少々変わったプランの住宅が建つ予定だ。約2週間の後に、木造の躯体の上棟となる。今年の露は雨も少なく、気温も落ち着いているので、順調に工事も進むことだろう。

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2012/06/22

埼玉県さいたま市にてKさんの家の工事が始まった。この住宅は木造2階建てで約25坪ほどの広さを持つ専用住宅で、1階にLDKと水周り、2階に個室を配置した非常にオーソドックスなプランである。吹き抜けなどの初期の提案もなくなり、かわりに天井の梁を現しにするなどの落ち着いた居心地の空間を作ることに重きが置かれている。壁はいつもの定番のタナクリーム仕上げ、床はパインフロアリングにする予定だ。南側には比較的ゆとりのある庭を設えることができるので、ウッドデッキのあるリビングと一体化した庭となるであろう。写真の様子は工事の最初の地盤改良の様子。これが終わるといよいよ基礎工事が始まる。

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2012/06/20

朝礼後各プロジェクト打ち合わせ。

10時過ぎ、神奈川県の箱根に向けて出発。所用があって出かけたものの、せっかくここまで来たのだからということで箱根彫刻の森美術館に立ち寄ってみた。

彫刻の森美術館では造形作家の堀内紀子さんと建築家の手塚夫妻によるネットの森が目を引いた。積み木のように組み上げられた木製のドームの中にネットのオブジェがぶら下がっているこの施設では、子供達がこのネットの上に載って遊ぶことができるように作られている。大自然と調和した、かなりアートな遊び道具は見ているだけでも楽しいものだった。

続いて足を運んだのがピカソ館。ここでは彼の妻ジャクリーヌを描いた18枚の銅版画を見ることが出来る。70歳にして26歳の妻をもらうところもなかなかのパワーだが、その肖像を18枚も書き直し、それでもなお完成させることなど何の意味もないといいながら、作り続けるあたり、本当に作品との関係を楽しみながら創作活動を続けていたのだなあの、ちょっとうらやましい自由を感じることが出来た。

md-20120620.jpg20日の夜は箱根泊。翌日、前々から興味のあったルネラリックの作品を多数所蔵しているラリック美術館に足を運んでみた。ラリックは19世紀後半から20世紀前半にかけて、アールヌーヴォー、アールデコの時代の中、多くのガラス作品を生み出したことで知られている。特に私が好きなのは、当時のブルジョワが自分の車のエンジンルームの先端につけたカーマスコットのガラス彫刻である。蛙や女神など、数々のモチーフで作られたそれらのマスコットは、当時の社交界の装飾の豊かさを象徴するかのようなものたちだ。

実は、この時代のモリス、ガレ、ラリックはますいいリビングカンパニーの会社精神の基にもなっている。産業革命の時代、人間が機会にとって変わられることに逆らう彼らが、人の手のデザインと大量生産できるガラス等の素材を組み合わせて作り上げたこれらの作品は、ハウスメーカーのつまらない住宅ばかりが建ち並ぶ今の世の中に、建築家の手による住宅作品をローコストで作るというますいいの生み出す住宅建築の目標となっている。要するに人なのだ。

下の写真は記念に購入した1930年当時のデザインのふくろう。用途はペーパーウェイトである。事務所の壁に固定したので、機会がある方はご覧いただきたい。

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2012/06/19

朝礼終了後、以前埼玉県の毛呂山町に新築住宅を作らせていただいた、浦和にある武蔵野クラフトワークス高橋さん・庇護さんご兄弟と打ち合わせ。今回のご相談はこの陶芸教室の1階に、ご近所のご婦人方が集うことの出来るカフェ機能を新設したいというものであった。

ますいいでもmasui・RDRなるギャラリーを運営しているが、物づくりを発信する場としての集いの場というものはただ単に情報を発信するというだけでなく、人と人とのつながりを生み出す場として、また街の中に新たな動きを生み出す基点として機能するという予想外の効果があるものであるし、そのような効果がなければ成功したとはいえないであろう。もちろん建築だけによるものではないのだが、されどその箱となる建築の魅力もまたそのような相乗効果を生み出すには必要不可欠なものであることは明らかであるので、こういう仕事は慎重に進めなければいけない。

熟考の結果、デザインを進めていく上でのパートナーを彫刻家であり自らセルフビルドで作った自宅を不定期カフェとして運用したりもしている川崎久美子さんにお願いすることに。やっぱりご婦人方の厳しい目線に耐えるには、ご婦人をパートナーに入れなければならない。普段は川口アートギャラリーアトリアにて働いているということもあるので、スムーズな打ち合わせなどが行えるだろう。来週の火曜日に第1回目の打ち合わせを当社にて行う予定。川崎さんからのご提案が楽しみだ。

2012/06/17

今日は私が理事長を勤める団体の例会で、裏千家大宗匠 千玄室様を招いての講演会を行った。13時より呈茶席を始めるということで、朝9時ごろより仮設の茶室の設えを整える作業を大工さんたちと一緒に行う。12時過ぎには一通りの作業を終え、13時には多くのお客様が来場していただいた。

講演会のテーマは「今を生きる」。講演の中で「昨日の今日は古、今日は明日の昔」なる言葉をご披露いただいたが、まさに混沌とする今の時代を生きる私たちにとっての意義あるお話だったのではないかと思う。

2012/06/14

朝10時、東京都文京区小石川にてマンションのリフォームのご相談。今回のご相談は大学時代の友人の知り合いであるMさんという大手ゼネコンに勤務している方が、お友達の家のリフォームの設計をしたということで工事のみのご依頼を受けたという経緯である。現場での打ち合わせには、Mさんが実際の作図の作業を依頼しているKさんという建築家が立ち会ってくれたので、KさんそしてクライアントのHさんと共に話し合いのもと進められる形となった。なんとも登場人物が多いのだが、まあやることは簡単である。クライアントのためにリフォーム工事をするだけのことなのだ。この根幹を見失わなければ、必ず工事は成功する。逆に多くの頭で考えながら勧める状況を楽しめばよい。

夜、今日は特に何もやることがないので子供の柔道の稽古を見に行った。小学生の子供達が一生懸命にがんばる姿は見ていてとても楽しい。そしてそれを支えてくれているボランティアの指導者達には感謝の一言である。こういう大人がいるからこそ、子供達は家庭以外の場所でも成長することが出来る。こういう行為は何よりもすばらしいことだと思う。

2012/06/12

朝礼後、埼玉県飯能市のYさんの家の改修現場についての打ち合わせ。写真のごとく古い鉄骨造人工地盤によってかさ上げされた土地に平屋の住宅が建つ建築である。Yさんはこの建徳の目の前にある大自然の風景に惚れて、この物件を購入した。この物件の前には、川が流れていて、その川を渡るダムの堤防のような橋が架かっている。河原では釣りをしたり水遊びをしたりの子供達がいる。毎日がキャンプ場状態、しかも飯能駅まで徒歩数分の県内で、東京とまでの通勤もそれほど苦にはならないという好条件なのだから、なかなかの好物件なのである。

しかし、一つだけ問題が、しかも大きな大きな問題があるのだ。この住宅をささえる人工地盤を形成している鉄骨構造は、一言で言って危ない。それもかなり危なそうな状況である。見たところによると工事は3期にわけで行われている。そのうちの一部分はおそらく鉄骨工事業者ではなく、たまたま溶接が出来る近所のおじさんが片手間でやった、というような質の悪さだから困ったものだ。今回はこの人工地盤の補強の部分だけをピックアップして構造事務所、そして鉄骨工事業者と共に現場下見を行い、それぞれの見解に基づく補強方法を検討し、300万円程度で実現可能な、それでいていざというときの崩壊を避けるための工事提案についての打ち合わせを行った。

実際に行う予定の項目は以下の通りである。

・柱の新設とそれにともなう基礎の新設
・各所のブレース(筋交い)の新設
・スラブ受けのデッキプレートの入れ替え
・破断しかけている水平の触れ止めブレースの入れ替え

以上の工事により、倒壊につながるような大きな構造体の変動を抑えることで補強を実現することがコストを抑え、さらには実効的な効果も期待できる最良の方法と考えている。もちろん現行の構造計算に当てはめて考えることなど出来ない。それを求めたら造り替えるしかないであろうことは誰の目にも明らかであるし、そんなことは予算的に不可能であるのだ。「建築の街医者」、先日大学の同級生で現在は建築家をしている友人に言われた言葉だが、まさにそんな気持ちになる仕事である。

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2012/06/11

埼玉県さいたま市の家では、ますいいの板金屋さんの家造りが進んでいる。6年ほど前からのますいいの家造りの屋根工事のすべてを依頼している職人さん自身の家である。写真は、まさに「自分で自分の家をつくる」様子である。

ますいいでは過去にも基礎屋さん、水道屋さんなどの家造りをしている。何で職人さんたちが数あるお付き合いしている建築会社の中からますいいを選択してくれるかというと、それはセルフビルドを推奨しているからだ。もう10年近くになるが、水道屋さんの家を作ったとき、クライアントのSさんはその当時にお付き合いをしていたほかのハウスメーカーに依頼することを考えたということであった。普段そのメーカーの水道工事をしているSさんが自分の家を作りたいのに、その現場において水道工事を自分で行うことを認めてもらうことができないという、なんとも理不尽な状況に納得がいかず、そんなときに出会ったのがますいいであった。「水道工事は自分でやっても良いでしょうか」の質問に、私はごく自然に「どうぞ」と答えたのである。

保証の問題だのの面倒くさい事を考えれば、すべてをますいいの工事業者で行うことが安全策であるのだろうが、自分の家を自分でお金を払って作るに当たって、その自分にやる気があるのであれば、そして技術的に満足できるのであれば、自分でやったほうがよいというのはより本質的な真理であるのであって、そもそも保証問題などということの前に優先されるべきことであると私は考えている。何でもかんでも契約だの保証だの裁判だのの制度に頼る社会の生み出した、典型的な弊害が先のハウスメーカーの答えなのであろう。

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2012/06/08

八日から3日間、所用で香港に。アヘン戦争による英国の植民地支配に始まり、南京条約により1842年に譲渡されて以来英国領だった香港であるが、戦後は国際金融都市として発展してきた歴史がある。1997年に中国に返還後も、共産主義国家の中にある資本主義国として、法制度や貿易や関税も自由主義のものとして維持しているから驚きだ。つまりは一つの国に二つの制度があるという、日本ではちょっと考えられない状態の国が今の香港なのである。面積が1100平方キロのところに700万人が生活しているとあって、一言で言って大変な密度である。

写真の集合住宅。一つ一つの棟はほんのちょっとだけ離れていて、一応分離しているのだが、このまるで壁のようなマンションのお化けをはじめてみたときはさすがに驚いた。狭い地域に多くの人を住まわせる為には、ここまでの高密度の開発が必要ということなのであろう。

一番左の写真は、竹の足場である。写真には撮っていないが、なんと30m以上の高層建築の足場も、まだ竹で作っているというから驚きであった。世界有数の富裕層の住む地域でありながら、このなんとなく自由奔放な感じというのが日本の気質とまったく異なるところであった。

この差は建築の仕上げなどにもいえることで、例えば洗面器のコーキングの納まりなどをとってみても日本では非常に細いコーキングの見付をきれいに納めるのに対して、香港のホテルといったらまるで指でこすりつけたようなひどい有様なのであるが、それはそれで良いとしてしまう気質があるのであろう。このことはすべてのことに当てはまるのであるが、実はこれが原因で日本の建築の値段が高くなっているということは余り知られていない。日本建築の粋である数寄屋などを想像してもらえばわかるであろうが、美しい納まり、例えば和室の床の間の床柱と鴨居の納まり一つとってみても、材料と材料がぶつかる瞬間の納まりを大事にするという職人気質が日本建築の美を作り上げていることは言うまでもないのである。そしてさらにいえること、それはこの建築の仕上げに対する細やかな意識が少々違う方向に、つまり本質的ではない方向に行ってしまっていることがまた問題であるのだ。例えば、漆喰の壁は割れる、この事実をどうも納得してくれない人がいる。無垢材の床は反るし、収縮もする。だけどそんなことまでクレームだという人がいるのだ。ますいいには幸いにしてそういうクライアントは来ない。私が経験した実際の話だが、大手ハウスメーカーの営業マンからその会社で建築した新築住宅の内装工事だけを依頼されたことがある。その理由はなんとその会社の規定では無垢材の床や漆喰の壁などのクライアントの希望する仕上げが施工できないということが理由であった。

これはまさに価値観、つまり良し悪しの判断基準の問題であろう。なんでも一律に判断するしか出来ないのでは面白みがない。なんせ本当はほとんどのことには答えなど用意されていないのである。なんだか今回の香港の旅では、日本人に失われた自立、つまり人としての力のようなものを感じた3日間であった。

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2012/06/06

朝9時より埼玉県さいたま市にてU様邸地鎮祭に参列。雨が降りそうな中でのスタートになったが、いざ地鎮祭が始まと不思議とお天気も落ち着いてきて、和やかな中での進行をすることができた。なぜだか分らないのだが、いつも地鎮祭はこのパターンが多い。そしていつも思うことは、なんとなくその土地の神様が雨を一時だけ留めてくれるような気がするのである。終了後は、神主さんを浦和駅の向こう側にある神社までお送りして帰社。

md-20120606.jpg14時過ぎ、近所の先輩のご自宅の玄関に新しい扉をつけて欲しいのご相談。なんでも猫が出入りできないように、玄関の内側にもう一つ玄関をつけて欲しいという事であった。こういう小さな工事も、工務店ならでは、特に地元に根付いている会社ならではのものである。そして頼まれるとなかなかに嬉しいのである。

2012/06/03

午前中は事務所にて各プロジェクトうちあわせ。

石山修武「生き延びるための建築」読了。フィリップ・ジョンソン「ガラスの家」とミース「バルセロナ・パビリオン」の比較について。そしてルイス・カーン「ブリティッシュ・アート・センター」の光の空間についての考察など。

この本の締めくくりでは、スタンリー・キューブリック監督の描いた「2001年宇宙の旅」の黙示録的なシーンについて話をしている。猿人類が人間に進化していく過程を描くシーン、猿人類が拾っている動物の骨、それを棍棒として武器に使い、武器になった動物の骨がぱあっと空に上がると宇宙船になるシーンである。

石山は今現在をこのシーンと同じくらいの転換期であると言っている。2001年、イスラムとアメリカの資本主義の激突という形で起きた世界同時多発テロ。その前、1995年に起きた阪神淡路大震災による都市インフラの破壊と地下鉄サリン事件。特にこれについては人の考え方が、より強く、より高くという方向に向かっていたものが、内へ内へと戻ってきているということを言っている。つまり、猿人類カが人間に進化した上昇志向から、内へ内へという精神世界への転換期であるということだ。この本はここで締めくくられている。

日本ではこのあと2011年に東日本大震災という非常に大きな災害を経験した。さらには原発の問題である。これまで当たり前だと考えていた都市インフラや、生活の安定が一瞬で崩れ去るかもしれないという現実、この現実を局所的なこととしてではなく、どうにも逃げることの出来ない広範囲な、国家的な出来事として、そこで暮らす人々全員が認識したのがこの時だった。

放射能問題は、一つ間違えれば、この東京という大都市も私が住んでいる埼玉県をも廃墟と化す可能性があった。そしてその危険性を誰もが感じながら、どうすることも出来すにじっとテレビの画面を見続けたのである。戦時中の情報統制かと思えるほどに、信憑性がなくきれいにコントロールされた情報。そしてそれを鵜呑みにするしかないという諦めた国民の反応。2012年に生きる私たちはそんな事件を現実のものとして体験したのである。

1995年からうすうす感じてはいたものの、それで何かを変えることはできなかった人々が、2011年以降、その思考の変化を行動で現すようになってきた。住まいを求める行動も、家族が安全に暮らすことの出来る場であるという面をより強調するようになり、都市型の集密化した生活よりも、郊外型の住宅に回帰してきている。

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Mさん夫妻が移り住む予定の埼玉県川口市にある、亡くなったおじいさんが住んでいた家


そして今、欧州の金融危機に端を発する世界恐慌の気配がしている。これもまた貨幣至上主義に端を発した行き過ぎの金融システムに、人間が翻弄されるという、まさに日本で起きた原発問題と同じロジックによる出来事が起きているのである。

さて、これからが問題である。科学・技術を否定することは出来ない。だってこのおかげで人間の寿命は格段に延びたのだ。

6月3日、今日は東京と副知事の猪瀬直樹氏の講演を聞く機会があった。この中で猪瀬氏は原発問題をこう言った。「世界最大の技術を世界最低のガバナンスの会社が運営していたことが問題である。」さらに原発技術について言うならば、「福島を廃炉にするには40年かかる。日本はこれから世界一の廃炉技術をもつ国になるであろう。」そして日本社会を指して「戦後日本はディスニーランドだった。今は災後社会である。」おそらく今の日本で最高の政治コンビであろう石原都知事と猪瀬にして、災後社会の形を描く中で行ったことといえば、東京湾での天然ガス発電所建設、そして尖閣諸島の購入、といったプロパガンタ的政策に限られている。

産業革命の昔イギリスでは職人がロボットを自分達の仕事を奪うものとして打ち壊した。しかし、現在高速道路の入り口だって、駅の改札だって人の姿はない。ひとたび出来てしまった技術は普及すればもう元へは戻れないのである。原発を無くせいという声はあるが車を無くせとはならないのだ。作る側の意識は原発もテレビも同じである。世界を混乱に陥れている金融システムだって、なくなるわけはないのだ。人の行為は「寄せては返す波の音」である。だからこそせめてもの本質、個々の今を囲む場の質を高める位のことしか私には出来ない。

2012/06/01

今日は朝一番から町田分室で打ち合わせということで、昨夜宿泊した新百合ヶ丘のホテルモリノからの出勤である。はじめて降りた駅だが、整然と整理されたこの駅の様子は、川口駅の10年後くらいなのかななどと考えていた。移動中、手には和辻哲郎「古寺巡礼」テーマはアジャンター壁画の模写・南禅寺の夜について。壁画の方はインドの壁画の手法とギリシアとの関係についての考察である。南禅寺のほうは、古美術研究の旅にたつ前夜、医師である父親に言われた言葉「お前の今やっていることは道のためにどれだけ役に立つのか、頽廃した世道人心を救うのにどれだけ貢献するのか。」の問いに対しての自身の考えを述べている。いつの時代も若者は悩みながら進んでいたということだろう。

9時、町田分室にて横浜市に3世帯住宅を新築したいというTさんご家族打ち合わせ。今回はご要望をすべて受け入れたプランを提案したのだが、延べ床面積が90坪という巨大住宅になってしまった。今後の打ち合わせで不要な部分は無くして行く等の調整を進めていく必要がある。

終了後新宿OZONでの打ち合わせが、クライアントの奥様のご出産ということで急遽キャンセル。ということで、14時ごろ事務所に戻る。

夜、息子が通う大道塾にて柔道稽古に参加。前回と同じように中学一年生との練習を行うも、最後の最後で自分の息子との乱取り中に左太もも肉離れ。昔の古傷をまたまた痛めてしまった。しかし、6年生の息子にやられるとはなんとも情けない。

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