増井真也日記

略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

2011年

1月

2011/1/29

午前中は事務所にて雑務。

午後より東京都足立区にて計画中のYさんの家打ち合わせ。今回の打ち合わせでは前回ご提案したプランを変更する形で2案プレゼンしていたものの、打ち合わせの中で新たな建築計画がむくむくと頭をもたげてきて、結局のところまったく違うプランのご説明をすることとなってしまった。クライアントののびのびとしたリビングが欲しいの一言から発想が展開したのだが、なんだか面白そうなプランになりそうなので次回はこれをまとめてみることに。こういう基本設計の時点での紆余曲折は一番楽しい部分であるだけに、プランができるのが楽しみである。

2011/1/28

午前中、川口市飯塚の家のリビングについてのスタディー。小さな土地に建つこの住宅の2階のリビングは、中心を貫く螺旋階段によって、キッチンスペースとリビングスペースそしてサンルームの部分に分けられている。平面の角の部分に配置されたサンルームは一方をワーロンという障子紙の様な透光性のある素材で作られる建具によってリビングと隔てられているのだが、もう一方の壁をFRPの壁によって仕切られる予定であったが、今日の現場監理の時に感じた空間の広さを感変えると、この壁も取り外しができる壁もしくは可動性の間仕切りにしたほうがよさそうの感を得た。

このような現場での設計変更というのは、確認申請の制度が厳しくなってからというものめっきり少なくなった。昔話では、巨匠といわれる建築家が、現場に来たらあっちを壊せ、こっちを壊せと設計変更を繰り返したなどという逸話があるのだが、今ではそんな自由な変更を繰り返していては、そのたびに変更申請を要求されて、いつになっても工事が終わらないであろう。図面の通りに工事が進行するというのは、性悪説的には非常に優れた制度であると思うのだが、建築を良い方向にコントロールしていこうという変更までもを制限してしまうという点においてはもろ刃の剣であると思う。

事務所にて進行中の枕木の階段の補修工事がいよいよ明日で終了する。もともと10年前に造られたこの階段で使用している枕木はヒバとクリであった。ヒバのほうは正方形の断面をしていて鉄橋などの上に敷かれて使用されているものである。栗のほうは長方形のよく見かける枕木で、こちらのほうが固くてもちが良い。事務所の階段ではかつてJRの関連会社から払い下げていただいた枕木のうち、ヒバのほうを主に主要構造部と断板として使用し、長方形断面で使い勝手の悪い栗のほうは手すりなどの材料として使用していた。

改修工事の中で分解してみると様々なことが分かる。まずは約10年間の雨ざらしの使用でクリとヒバの枕木がどの程度傷んでいたのかが興味深いところであろう。使用されていた部位が違うので一概には比較できないのであるが、それでもクリとヒバを比べると圧倒的にクリのほうが耐久性が良い。ヒバの枕木のひどく傷んでいる部分は手で崩すことが出来てしまうほどもろく傷んでいたのだが、同じ年数雨ざらしで使用されたクリのほうにそのようなところはなかった。特に角材の小口に近い部分のヒバの痛みは顕著で、水が残ってしまいそうな平面でもその腐れは激しくあらわれていた。

基本的に原状復帰を旨としていたため計画段階ではヒバの枕木を入手しようとしたのだけれど、近年はこの正方形の枕木をケンパスなどの外洋材で作るそうであり、ヒバの枕木はあまり使用しないとのこと。そこで今回はこのケンパスの枕木を使用して構造体やら断板やらの主要部を作ることとした。ヒバも雨に強いといわれている木であるが、このケンパスもご多分にもれず耐久性のある木として有名である。ヒバとケンパスを比較すると圧倒的に違うのは針葉樹と広葉樹の違いであろう。そしてクリも広葉樹であることを考えると、恐らくこのケンパスはヒバよりも耐久性が高いことを予想できる。重さも一人で持ち上げることが出来るヒバとは違い二人がかりでもちょっと重く感じるクリと同じくらいの重さがあるので、比重つまり木材のつまり具合も大きいのであろう。そういえばかつて屋久島で仕事をしたときに、地元の大工さんに屋久島で切られた杉の材木と鹿児島で切られた杉の材木の持ち比べをさせていただいたことがあるのだが、岩盤で覆われて成長の遅い屋久島の杉のほうは、同じサイズの鹿児島の材木と比べて非常に重く感じた。同じ樹種であるのに成長の度合いによってここまで重さ、つまり比重が違うものかと驚いた思い出がある。

下の写真は階段完成の様子である。これまでより40センチメートルほどサイズを小さくした以外はほとんど以前あったものと同じように作った。作業に参加したスタッフも図面のない工作の様な作業を楽しんでくれたようである。かつては学生ボランティアと一緒に作ったこの階段、次は15年後の作り替えであろうか。なんだか20年に一度行われる伊勢神宮の式年遷宮の様であるな。


2011/1/27

朝一番で東京都練馬区にて進行中の現場確認。今日は建具屋さんと塗装屋さんの最終仕上げ作業など。2時間ほどの確認、打ち合わせの後帰社。

途中、川口市飯塚の家の現場確認。現場では床の断熱工事が行われている。写真はその様子を撮影したもの。このビニールシートは次世代省エネ基準を満たす為の工事の一つであり、室内の温められた空気が床下に逃げないように機密性を高める為に施工されている。このほかにもその基準のためには様々な工事が行われるわけだが、クライアントにはそのコストアップの代わりに、フラット35などの金利が安くなる制度が利用でき、さらには生活するうえでの光熱費のランニングコストが安価になるというメリットがある。

まあ、このようなメリットがあるのであれば設計に採用することには異論はないし、環境にも優しいわけであるので悪いことではない。しかしながら人間の暮らしがこのように快適性を求める一方になることにはなんとなく不安を感じる。四季の移り変わりを感じるのは、やはり気温や湿度であったりするわけだし、その四季の移ろいの中で少しでも快適に過ごすようにする為の工夫があったはずである。現代住宅においても、庇や開口部の配置の工夫などで日射量を調整したり、室内を通り抜ける空気の量をコントロールしたりの工夫はできるわけで、機密性を高めて省エネにして、それが環境によいからと金利で消費をコントロールし、結果的には経済効果○億円、というような話が絶対に正しいとはやはり思えないのである。その証拠にこの機密性の高さがシックハウスなどの問題を生み出しもしたし、さらにはそれを防止する為に換気扇の設置を義務付ける、これが本当に正しい選択とはやはり思えないのである。

2011/1/22〜23

朝一番から京都小旅行。今回は裏千家の茶道会館にある今日庵に訪問した。今日庵とは京都市上京区にある裏千家のお茶室のことで、一般公開はされていないものの、千利休の孫にあたる宗旦によって造られた大変貴重な建築である。内部には写真の左上にある秀吉から頂いた銅鑼があったり、利休が秀吉に取り上げられないようにと角を落とした灯篭があったりと、まるで突然江戸時代に入り込んだかのような錯覚を受けるほど、静かで厳粛な空気で満ち溢れていた。

古い日本建築を見るといつも思うこと、それはこの国の建築が木と土と草で作られていたんだなあという素朴かつ当たり前の感である。当たり前だけれど今の時代ではそれが当たり前ではない。多くの新建材やコンクリートが多用される現代建築においては、下手をすると仕上げにこれらの自然素材が見えることは無いのである。ビニルクロスの壁天井、木のような模様の付いた合板フロアリング、プラスチックのカバーの付いた照明器具、セメント系の外壁サイディング、誰もが決してそれが気持ちがよいと思っているわけでもなく、望んでいるわけでもないのに、利便性と価格の安さからか大量に普及し、私達の生活を埋め尽くしている。先日の日記にも書いたが、これらのイミテーション的なものには時間の経過に耐える力が無い。逆に自然素材には時間と共に増す魅力がある。古い建築だからこそ、経年変化により増した魅力というものが余計に目に付くのであり、余計に意識されるのである。

そしてもう一つ特筆すべきこと、それはこの侘びさびという世界観が決して豪華絢爛なものではなく、むしろその時代のローコスト建築であったことである。もちろん時代と共にその侘びさびに法外な値がつけられたことは周知の事実である。しかしその侘びさびという精神が作られた根幹は、書院造の豪華絢爛な時代に対する反発であり、まさにその時代における前衛的思想によるものだ。くねくねの百日紅の柱が今では銘木としてとんでもない値段で取引されている。しかし、それは初心からかけ離れた経済原理によってつけられてしまった価格であり、決して本質ではないと考える。この初元的な考え方こそ現代のローコスト住宅にも引用できる思想なのではないかと思っている。

2011/1/20

午前中事務所にて雑務。

夕方、エクスナレッジ社の雑誌「建築知識」取材。この雑誌は主に建築設計者やその卵を読者とする雑誌で、今回は5月号にて特集されるローコスト住宅についての取材を受けた。簡単に言うとローコスト住宅を作るには?とのテーマで1時間ほどのお話をした。

ローコスト住宅の設計と一言で言っても、それには様々な段階による様々な判断がある。まず具体的な建築の設計に入る前に、建築を造る体制そのものが大きく影響する。というのはますいいリビングカンパニーのように設計事務所機能を兼ね備えた工務店で家造りを行うのと、設計事務所に設計を依頼し工務店に工事を依頼するのとではかかる経費が変わってくる。一人の担当者が設計をし、そのまま現場の工事管理を行う方が、別々の人間がそれを行うよりも経費がおさえられることは明白である。
もちろん現場に常駐する現場監督が必要となるような大規模建築の現場にはこの理屈は当てはまらない。でも現場に大工さんが一人と電気屋さんが一人、日によっては左官屋さんが一人という具合の小規模住宅の現場監督は、私がかつて勤めていたような大ゼネコンで行うような朝礼による作業確認儀式などのようないわゆる一つの閉鎖的な建設現場という社会を管理するようなことをする必要は無い。必要な製作図を良いタイミングで現場に運び、指示し、確認するという作業に加えて、材料の手配と工程の管理、そして定期的な清掃作業などの雑務を行えばよいのである。

この家造りの体制の後にローコストの要素として重要となるのがいよいよ住宅のプランなどの構造にかかわる問題、そして各種収まりによるコストダウンといった問題であろう。つぎにはセルフビルドやら分離発注などの手段も当然出てくる。この辺の手法については、

「ローコスト住宅建築記 埼玉県川島町のカフェ兼住宅」に詳しく記載したのでご覧頂きたい。

最後に、取材にこられた金子さんに注意を促したのは、ローコスト住宅特集と銘打つ陳腐な収まり図集を発行することは危険だということである。コストダウンを行うには素材やら作り方やらの工夫を行うのは当然であるのだが、住宅というクライアントの個人物においてその成果の性能が満足されるかどうかは、経験による念入りな説明が不可欠であろう。それがなくしてのただの真似をすれば、当然に意見の食い違いによるクレームにつながることであろうし、それではクライアントも設計事務所もどちらも不幸な結果に陥ることとなってしまうのだ。取材の担当者ともこの点については意見が一致したが、どのような結論が出ることか楽しみに待つこととしよう。

2011/1/17

朝礼後、東京都江戸川区にて中古住宅を購入する計画を進行中のSさんと一緒に購入予定の物件の下見に動向。2件の住宅を拝見したのだが、そのうちの1件は非常に面白いものであった。話によるとどうやらその建築は設計事務所の事務所兼自宅として建設され、その後リフォーム会社に勤めている方が購入し、そのあと現在お住まいの方が購入されたということで、話を聞いたらなるほどなの感である。いかにも設計事務所の設計という感じの内部木製建具などは、無垢の木枠が良い色合いに日焼けをしていた。屋根裏部屋として設けられた子供部屋も露出の筋交いが良いバランスで取り付けられており、構造的な安心感と居心地のよさを兼ね備えている。ローンの問題などがクリアーされて購入に結びつくことを期待したい。

中古住宅の購入の相談というのはこれまでも度々依頼され、そのたびにさまざまな建築を見てきたのだがその中でもこのように設計事務所の自宅として丁寧に設計されているような建築を見たことは無かった。たいていは大工さんの設計によって作られたちょっと和風の古屋、若しくは建売のようなものが中心である中で、このような建築に出会う機会というのは少ないのであろう。現在建設されている住宅を見ても日本の住宅市場の中心は依然として建売が占めており、そこに数少ないハウスメーカーの住宅と、さらに少ない設計事務所による住宅が作られているのであるから、必然的にそうなるわけである。古くなったときにその価値が高まるような建築を造ることは、今後ますます大切になるであろう。幾世代も住み継がれることはもちろん理想であるが、そのような建築を造っていれば結果的に他者に販売したときに快く購入していただけるような建築になるのであろうとの思いを強く感じた。

2011/1/16

朝5時過ぎ起床。寒波が入り込んでいるらしく、この川口市でも早朝は雪がちらついていた。空気が澄み渡っているようでまだ星が見える。きっと良い天気なのだろう。

9時過ぎ、子供を柔道の稽古へと芝スポーツセンターまで送る。一緒についてきた末っ子の真子が退屈そうであったので近所の公園で遊んでいると、手が冷たいというのでこれまた近くにあった24時間営業のスーパーマーケットで手袋を買ってあげた。赤ちゃん用のコーナーがないなと思っていたら、「パパ、これが良い」というもんだからそれを手にとって渡してあげたのだが、以外にも真子の手にぴったりとはまった。しばらくこうして遊んだことは無いのだが、いつの間にか大きくなっていたんだなの感慨にふける。長男のときは日々の成長が親としての楽しみであったのだが、さすがに3人目ともなると、私の忙しさの増徴もあってか触れ合う機会が少ない。ゆえに子供の手の大きさのイメージも、もみじのような赤子のころと変わらずにいたわけだが、思えば4歳、そんなはずは無いのである。1時間ほど公園めぐりの散歩をしたのち、一時帰宅。1時ごろ再び子供を迎えに行き、家に帰ってお昼の親子丼を作ってあげた。何もやることのない日曜日、たまにはこんな日曜日もよいものである。

2011/1/15

朝9時過ぎクライアントのKさんを迎えに行って、東京都足立区の現場の地鎮祭へ。この現場では社内コンペを行い、クライアントが選定する形で設計担当者を岸田に決めたわけであるが、いよいよ設計作業も終えて家造りをスタートすることとなった。

地鎮祭はちょっと寒いけれど大変穏やかな天候の中無事執り行うことができた。下がその写真である。いまどきの神社というのは私達が思っているのとは違い、資格を採ると開設出来るそうである。ゆえに地鎮祭などを商売としている、社等を持たない商売神社が存在する。私の会社にも度々ダイレクトメールが送られてくるのだが、そういう手紙には、地鎮祭セット3万円といった表記がされている。その土地の神を敬い、家族の健康、工事の安全を祈るという初元的な意味はそこには無い。経済至上主義の病はこのようなところにも深く入り込んでいるのである。

建築士にしても神主にしても今の世の中何もかもが資格でその人の力量を判断しようとするところがある。その傾向が上記のようなゆがみを発生させる。大学院を出たばかりの一級建築士と住宅を何十棟も建てた無資格者の力量を比較すればその答えは歴然であるのに、その経験を評価する基準が日本には存在しない。物事の本質を見極めるのに要する苦労、人付き合いといった大切なものが失われ、何もかもをわかりやすく表現しようとしてしまう現代人の傾向が生んだ薄っぺらな社会、まったく何とかしたいものである。ちなみに今回の神主さんは、先の類のものではない。れっきとした神主さんである。商売神主の類は使わない。それなら私が地鎮祭をやる方がましであろう。


東京都足立区の家の模型

 

2011/1/11

午前中、東京都足立区にて基礎工事が進行中の美容室兼住宅の現場打ち合わせ。現場では鉄骨工事に向けたアンカーセットが行われ、耐圧版のコンクリート打設を待つ状態になっている。立ち上がりの鉄筋など若干の修正を指示し確認終了。

引き続き近所の美容室にて、新店舗のレイアウトについての打ち合わせ。限られたスペースでのレイアウトだけに、何度も検討を重ねているが、案もそこを尽きた感がある。そろそろ決めなければならないときだろう。途中お店の雰囲気について打ち合わせをしていたところ「カジュアルでちょっとリッチ」なとの注記のある写真を見ながら、このようにしたいとの申し出を受けた。要するに装飾をバランスよくちりばめ、シンプルになり過ぎないアールヌーヴォー的内装である。

このような人の手のあとが感じられるような作業を要する装飾建築には、調布の集合住宅の門扉と同じように、作り手、つまり作家さんとのコラボレーションが重要になってくる。写真の中沢さんが、調布の集合住宅兼住宅における門扉の製作作業をしている様子である。ただ門を図面どおりに作るのではなく、そのもの一つ一つに作家としての魂をこめて作り上げてくれる作家さんの存在があってこその装飾であると思う。多用するとコストもかかるが、うまく取り入れることですばらしい美容室となることであろう。

2011/1/9

日曜日の今日は、通っている茶道教室の初釜に参加した。地元の能楽の先生も招待しての初釜であったが、教室の行事ということもあり、厳かな雰囲気というよりは。和やかな中にも指導が入り込むといった和気藹々としたものであった。今回は茶事の中でも難しいといわれている七事式の一つ、花月を行った。実際遣っていると何がなんだかわからず、順番に札を引いて決まる自分の役をこなすだけで慌てふためいているといった様子なのだが、これも実は禅の精神から作られた作法との事。意味もわからずにやる事ほどむなしいことは無いので、一応帰宅後にその意味を調べてみた。

茶道についていろいろと調べ物をしているとなんだかこれは前衛といわれた70年代の建築家が行ってきた建築活動につながるのではないかの感が沸いてくる。モダニズム建築が正統とされている世の中にあって、決まりきったスタイルを壊し、より人間らしい、芸術的な世界観を作りだしたり、新たな価値観を生み出した精神は、室町時代の豪華絢爛な茶道から侘び寂という新しいスタイルに移行した利休の精神に通じるものがある。それに引き換え現在行われている茶道というのは、まさにわび寂の仮面をかぶった室町時代の茶道であり、つまりは凝り固まった価値観に支配され、まるで宗教団体の上納主義のようにお金だけが動いていく、そんな感覚を感じざるを得ないのである。

安定した時代に文化芸術は発展するというものの、それは退廃的な発展であり、この茶道という世界も他の世界同様、退廃的な発展の中でその存在意義を模索しているのであろう。

茶室について考えてみた。柱一つ、建具一つにどれだけのお金を掛けたのかのみに価値を見出す茶室には何の興味も無い。これだけ西洋化が進んだ今の時代に茶道、茶室などというものにいったい何の意味があるのだろうか。

私が考えるその意味というものは、失われてしまった日本文化を現代社会において生活の中に取り戻すこと、つまり私達のアイデンティティーを求めるという意味である。これは決して昔回帰、つまりは昔の型にはめよというものではなく、生活や慣習の中から自然に感じる帰属意識というものを生み出す装置としての役割である。例えば畳や障子といった建築素材と毎日生活の中で触れ合っていると、ただそれだけで、自然と日本的感覚が身につくという。それは私達の中にある感覚が、畳の間では正座をすることを当たり前に生み出すからであり、西洋人が畳の間にダイニングテーブルを置いて椅子に座るという奇妙な行動をするようなことは無いからであり、それこそが精神にしみついたアイデンティティーであるといえるであろう。

茶室が現代住宅の中に再興するとすればそれはそういう装置としての役割を持つべきであり、日常生活に密接につながりを持つ中で、心を落ち着けて、家族が団欒をする場として、はたまたちょっと改まって食事をする場として用いられるべきであろう。わかりやすく言うとサザエさんに出てくるお父さんの部屋といった感じであろうか。そんな茶室を造ってみたいものである。

2011/1/8

朝一番で東京都練馬区の家の現場打ち合わせ。昨年中に終わるはずだった仕事の進行についての工程打ち合わせなどを行った。

午後、事務所にてメール対応など。現在中古物件を購入しようとしているSさんに対するアドバイスの中に、他の人にもちょっと参考になるものがあったので掲載したい。今回のご相談の一つは、予算内で物件を探しても違法建築になってしまうことが多いのだが、どうしたらよいだろうかという内容であった。それに対する返信は以下の通りである。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・返信内容

予算内で建築を探した場合に、違法建築ばかりになってしまうということですが、建築の値段というのは多くの場合違法かどうかよりも建築年数
によってきまることが多いものです。木造住宅の場合通常では築年数が25年程度で価格はほぼゼロになってしまうというのが現状であります。しかし、しっかりと作られている建築であれば25年で壊れることはありませんし、この時代の建築はすでに新耐震基準で作られていますので、良心的な会社で作られ、かつ完了検査を受けているものであれば一応安心して購入することが出来ます。ですので地域での評判の良い工務 店、評判の良いハウスメーカー、などによってつくられた築年数25年程度の物件を探してみてはいかがでしょうか。
また、違法建築についてですが、例えば採光面積が十分に取れないため居室を納戸で申請している部屋名違反、ロフトを実質3階建ての様に使用している、などの違反であればそれほど問題はないと思われます。しかし、本物件の様に3階建ての建築の1階の耐震強度に不安を感じるもののような場合はその建築の根本的な部分に欠陥がある可能性があるわけでお勧めはできません。例えば同じようなプランであっても、鉄骨や木製門型フレームで補強している建築などもありますし、本来そうしなければいけないと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回のご相談は、購入希望の物件に対する意見を述べるという形であったのだが、土地や建物を購入する際にはこのようにできるだけ購入前にご相談いただけるとありがたい。特に中古物件などの場合、耐震強度などについてみるからに怪しい代物もあるわけだが、素人目には表面がきれいにリフォームされていたりするだけでその欠陥があることに気付かない場合が多いであろう。普段図面を書いている私達にとっては一目でわかる違和感に、気付かないのは仕方が無いのだが、だからこそ購入前の相談をお勧めしたいのである。

2011/1/7

新年明けましておめでとうございます。

いよいよ今日から仕事始め。8時30分にスタッフ全員が事務所に集まり簡単な挨拶を行う。終了後、川口市役所に出向き市長、市議会議員さんが田への挨拶。

夕方は好例の我が家での新年会に向けて準備。今年は昨年末に購入しておいたいのししの肉があるので、牡丹鍋を行う予定。さてさて、そろそろ料理に入らなければいけないな。

2011/1/1〜6

元旦は妻の実家の東近江市で行われたマラソン大会に出場した。これまでこのような大会に、しかも元旦から出場したことは無かったのだがなかなか気分がよいものだ。それにしても正月返上でこのような大会を準備してくださってくれているかたがたには本当に頭が下がる。寒気の影響で大雪が降ったにもかかわらず、靴下がちょっとぬれるくらいで済んだのも、夜明けと同時に行われた懸命な除雪作業のおかげであろう。まったく感謝の一言である。

二日は滋賀県にある焼き物の名所、信楽に足を運んだ。この信楽焼きは荒っぽい自然の色あいが特徴で、焼きぐあい、灰のかかり具合によってなんともいえない模様が生じる。皆さんもあの玄関先に飾ってある商売繁盛を祈るかわいらしい狸はどこかで目にしたことがあるだろう。今回は信楽にあるギャラリー有楽さんの展示室の中にあった高橋光三さんの手による小さなふりだしを購入した。このふりだしという道具は、第140回の直木賞を受賞した山本兼一氏の作品「利休にたずねよ」の中にある一幕の中で、大徳寺の高僧である古渓宗陳が家康に茶を振舞う前に干し納豆を出す一幕に登場したひょうたん型の菓子入れのことである。ふってだすから「ふりだし」ということだ。

私が購入したものは赤い土色をした、手の中にすっぽりと入るお菓子入れである。小さな小さな作品だけれど、なんともいえない愛着を感じるものであった。

二日の夜中に埼玉県に戻り、三日の昼間は埼玉に住む親戚一同を介しての昼食会を行った。久しぶりにあうアメリカ帰りの従兄弟など総勢15名の宴会。とても楽しいときを過ごしたものの徹夜明けにて小小疲れが出てきた。それにしても毎年正月はハードである。

四日から六日はゆっくりと静養。ビデオ鑑賞、読書などを楽ませていただき、ようやくゆっくりとした正月気分を味わった。

masuii living company| よみがえる家masuii R.D.R gallery| コンセプト| プロジェクト| 作品集
増井真也日記設計室雑感| 仕事の進め方 | お問い合わせサイトマップ