増井真也日記

略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

2010年

8月

2010/8/29

朝10時より、新しく家を建てたいというWさん打ち合わせ。まだ家造りを考え始めたばかりということで、土地探しの希望エリアなどについてのお話を伺った。

12時ごろ終了後、事務所の庭掃除。

13時過ぎ帰宅。残暑とは思えないくらいに厳しい暑さが続く中で、どこにも出かける気分にはならず家で読書にふけっていた。山崎豊子の「不毛地帯」第2巻読了。司馬遼太郎「坂の上の雲」第6巻読了。

途中夕食の買い物に近所のスーパーマーケットに出かけたのだが、あまりの暑さにこれからの家造りについて考えてみた。ここまで夏の暑さが厳しくなると、南向きの大開口や日当たりのよい間取りというものがどこまで必要なのかの疑問まで感じてしまう。通常これらの直射日光をさえぎるための庇やら植栽の重要性がうたわれることが多いが、このさえ住宅を地下に埋め込んでしまった方がよいのではないかの感まで感じてくる。地下であれば、外気温が39度になろうともそれほど影響されることは無いであろうし、一度エアコンで冷やしてしまえばすぐに温まることはまず無い。

かつて石造りの建築からの開放を夢見て、開放的な建築を目指した時代からの流れで今に至っているわけであるが、今も昔も灼熱の地方では穴倉の中で暮らすなどの工夫はその地域独特のものとして生活に生かされている。かつて旅したギリシヤのサントリーニ島では急な斜面を利用した穴倉住宅がその地方独特の白い町並みを形成し、魅力的な生活が営まれている。

家々には必ずとっいってよいほど大きなテラスがあり日光を浴びたいときには存分に地中海の太陽の恵みを楽しむことが出来、また家の中でゆったりとくつろぎたいときには薄暗い穴倉の中で攻撃的な太陽光から逃れるように落ち着いてくつろぐことが出来る、そんな住宅が建ち並んでいた。

人の自由を象徴するような技術発展がさまざまな利便性を人々の生活の中に生み出し、それを受け入れることで豊かな生活を送ってきた現代社会が生み出したこの地球温暖化ではあるのだが、だからこそ受け入れ得る形態については、地方で受け継がれた伝統や風土的生活というものを受け入れ、元も地球に戻す一助となるべく変わっていかなければいけないのではないかと思う。

2010/8/26

午前中は事務所にて雑務。

12時ごろ事務所を出て東京都駿河台にある主婦の友社にてミーティング。建築の造られ方、会社の理念をお話してきた。私が取り組む活動の中で、新しく始めようとしているアーティストとのコラボレーションに関することは、どうやら一番興味を持っていただいたようだ。

この活動はすでに東京都調布市の現場でスタートしている。この現場では巾2mくらいの門扉を製作しているのだが、この製作を依頼したのはロートアイアンの作家である中沢知枝氏だ。中沢氏はMASUII・RDRギャラリーの紹介である。この門の製作の過程にカタログは存在しない。中沢さんの描くスケッチやこれまで作ったものをみて、話し合いの中からある形が生まれていく。まるでモリスのパターンのような有機的な形状は、図面にされることなく作家さんの脳の中を通り抜け、作家さん自身による手作業を経て、形になるのである。

図面化することが困難なイメージを形にする自由がそこにはあるのだ。

http://www.whollys.com/profile/index.html
(中沢さんのプロフィール)

私の理念は、身の丈にあった価格でこだわりの住宅を作ることにある。意味も無く高価な住宅などは他の建築家に任せておけばよい。ますいいではクライアントと共に取捨選択を繰り返しながら、何にいくらのお金を使ったのかお互いに納得した上で、そのクライアントにとって価値のある住宅をローコストで提供することが一番大切にされているのである。

その中で、この現代に生きる作家さんとのコラボレーションは必ず大きな成果を出してくれることと考えている。大きな企業であるメーカーでなく、材料をたたき曲げして製作する本人との直接のやり取りだからこそ実現できるローコストと自由、これこそがこれからの家造りの可能性を広げてくれるであろう。


中沢さんの製作風景

終了後、東京都港区白金台にあるリフォームの現場打ち合わせ。9月7日ごろからの工事開始に向けて、1時間ほどのお話をした。

2010/8/24

埼玉県川島町の現場では、外壁のフレキシブルボード゙を貼る工事が進んでいる。ますいいの事務所にも使用しているこの材料は、セメントを平板に整形したもので強度、耐久性共になかなかのもの。これから施工される予定の杉板の外壁とも非常に相性がよいので楽しみである。

2010/8/21

朝9時過ぎ、千葉県柏市にある分譲地にて購入を検討されているS様ご家族とまちあわせ。土地の購入前に希望の住宅を建てることが出来るかどうかの問い合わせということで、ご自身で作成された簡単なプランを拝見しながらのアドバイスを行った。土地購入前にこのようなご相談を受けることはとてもよくあることだ。もちろん不動産屋さんもそれなりのアドバイスをしてくれるわけだが、建築のプロというわけでもないのであるから、最終確認ということで相談してくれることはとても大切なことだと思う。特に防火地域やらの特別な規制が付いている地域の場合、この規制のせいで希望の建築が建たない場合などもあるので、余計に注意しなければいけない

2010/8/19

今日は東京都練馬区にて建設中の現場のコンクリート打設を行った。この現場は狭小地に建つ、地下1階地上2階建ての住宅である。地下部分はタケイ式の防水コンクリートを使用し、地上部分は鉄骨造にラムダサイディングの外壁が貼られる予定だ。

都内の狭小地にて地下工事を行う場合、どうしても近隣の建物からわずか数十センチメートルしか離れていないようなところにH型鋼を打ち込み、矢板と呼ばれる土留めの工事を行いながら根切り(穴掘り)を進めていかなければいけない。今回のように非常に地盤がよい地域ではそれほどの心配は要らないのだが、地盤が悪いところではこのH型鋼の山留めが動いてしまえば、周辺の建築に損害を与えてしまうわけであるので細心の注意を払わなければいけないということになる。

下の写真の様子は1階の床に当たる部分の土間コンクリートを左官屋さんが押さえている様子だ。暑い中の作業で大変だが、ここまでくれば一安心というところだ。

2010/8/18

朝10時よりM様ご夫婦来社。東京都北区赤羽にある既存の住宅の建て替えのご相談。

14時、東京都近郊にて土地の購入を検討されているK様ご夫妻来社。土地購入のご相談など。

東京都調布市にて進行中の集合住宅併用住宅の現場ではすでに足場も外され、細部の工事を残すばかりとなっている。写真の様子は屋上に取り付けられる予定の木製の手摺りと鉄製の手摺り柱の関係を試しているところである。既製品のアルミ笠木などを利用するわけではないので、このように寸法を検討しながらの製作をすることが出来るのも注文建築の面白いところだ。

ちょっとノスタルジックな雰囲気を醸し出す建築にしたいなの思いはどうやら上手に表現されているようだ。建築の各所に着く小庇やこれから屋上に取り付けられる予定の手摺りなどの各部が、近年のシンプルな建築で排除されている装飾のような役割を果たし、一つのイメージを作り上げてくれることだろう。なんといってもプロの建築カメラマンのご自宅だけに、完成写真が撮影されるのが楽しみである。

2010/8/8〜14

昨晩より車を走らせ妻の実家の滋賀県に家族で移動。朝8時過ぎ滋賀県東近江市の実家に到着した。約6時間ほどのドライブであったが、さすがに夜中ということで渋滞も無く快適なドライブであった。滋賀県に来るといつも思うことなのだが、まず空の大きさが東京とは違うことに驚く。当たり前のことなのだが、高いビルが無いというのはここまで景観に影響を与えるものなのである。大きな空を見ていると、心まで和らいでくるから不思議だ。稲穂を実らせている水田の緑と青空のコントラストはいつまで見ていても飽きない。

9日に近所の書店で山崎豊子の「不毛地帯」を購入した。シベリアに11年間も抑留された元参謀が戦後日本の中で商社マンとして生きていくというストーリーなのだが、大変興味深く、読みふけってしまった。

15日のニュースでは菅直人政権が靖国参拝を誰も行わなかったなどというニュースが報道されていた。それとは対照的に石原慎太郎東京都知事が靖国にてそれに対する批判を論じている報道もあった。

8月のこの時期の日本は、毎年必ずこの手の話題が論じられる。終戦記念日、原爆、私達の先祖がわずか60数年前に味わった苦しみを忘れないために、そして現在の社会の平和に強く感謝するためにこの議論は非常に有効であるし、これからも続けていかなければいけないものであるということを強く感じると同時に、今後のこの国の行く末をどこに定めるべきなのかの疑問を払拭し得ないのは私だけではないと思う。

10日と11日は福井県にある安納海岸というところに宿泊した。この海岸は小さな入り江に遊泳用のロープを張り渡し、遊泳区域の真ん中にはいかだが浮かんでいるいわゆる田舎の海水浴場なのであるが、お盆休みだというのに人も少なく、こじんまりと落ち着くのには最適なところであるのだ。確か4年ほど前にも訪れたことがあるのだが、当時と何も変わらない様子に懐かしさを感じた。以前泊まったところと同じ民宿「いそべ」に泊まったのだが、おばちゃんがちょっとだげ老けた以外に変わったところは何も無かった。唯一つ変わったことといえば4年前はボートを借りて沖に出て、素もぐりでサザエを採って遊んでいた私の体力がすでにそれを許さなかったことくらいであろうか。遊泳区域の4mほどの海底に手を付くのがやっとの状態ではサザエなど採れるはずも無く諦めた。

子供の自由研究にとはじめた家系図作りをしていたら妻の実家の古い家系図が出てきた。慶長18年つまり1600年ごろの宮崎さんがどこどこの村にて長曽加部氏の没落後に庄屋さんになって、・・・。というとんでもなく古いところからの家系図を読んでいるとなんだかそんな昔の時代からのご先祖様があって自分たちがいるんだとの、当たり前の感慨にふけってしまった。家系図作りこれはなかなか面白い。もう少し続けてみようと思う。

14日朝、川口市の事務所に戻ってみると駐車場の芝生があまりにも伸び放題になっているのに驚いた。徹夜での運転明けの眠たい目をこすりながら芝刈りをすること1時間。ようやく何とか見れる状態に戻って一安心。さあ明後日からまた忙しい日々がはじまる。

2010/8/7

昨日の夕方、以前造った住宅における火災の緊急連絡を受けたのだが、今日は朝からその対応に追われた。9時過ぎに担当の中村と一緒に、想定される復旧工事に柔軟に対応してもらうことの出来る大工さんとの連絡を取りながら、現場に向かった。10時過ぎ現場到着。火災はベランダの一部を焼いているのみで非常に規模の小さな小火で済んだようだ。発見が早かったのが幸いしたのだろう。留守中に通りがかりのご近所さんが消防連絡をしてくれたというから、感謝、感謝だ。

現場の状況というと、焼けてしまった被害とは別に、住宅の約4分の一の面積にあたる部分が放水作業により水浸しになってしまったようだ。特にひどい部分は天井裏にたくさんの水がたまっている状態だったので、とりあえずその水を処理した。夕方には火災保険の担当者が現場にいらしたので、その後の見積もりなどの打ち合わせを行い作業終了。

火災の復旧工事を行うのはこれで2度目のことである。初めての経験は親戚の住む鉄骨造3階建ての住宅の3階部分が全焼し、その内装のリフォーム工事を行った。その際に鉄骨造の火災に対する強さを実感したのだが、今回木造の火災を見るにやはりその構造の弱さというのは否めないなという実感を受けた。今回の火災は2階ベランダに置かれているエアコンの室外機が全焼し、底から住宅の一部に燃え移りかけたところで消火されていたのであるが、それでも火元に最も近い部分の柱や筋交いは真っ黒に焦げていて炭化してしまっていた。消火作業がもうしばらく遅れていたら、火は屋根裏に燃え広がり全焼の可能性もあっただろう。とにかく不幸中の幸いとしか言いようが無いのである。

2010/8/5

朝7時過ぎに事務所を出て東京都小平市の集合住宅打ち合わせ。昨日考えた改修工事のストーリーを説明した。もしも自分の建築だったら、この思いで考えた改修ストーリーだけにクライアントも納得していただいたようだ。建築会社的思考で物事を考えると少しでも請け負い金額を高くする方向での全面改修に行き着く。しかしちょっと視点を変えてみると、もし自分の建築物で自分のお金を使って改修するとしたら、絶対にそんな多額のコストをかけることはないであろう。

クライアントとの打ち合わせをするとき、私はいつももし自分がその立場だったらの想像をするようにしている。美容室の設計であればもし自分がその敷地で美容院を経営するとしたらどのような建築が欲しいか、賃貸住宅の設計だとしたらもし自分がオーナーだったらどのように考えるか、この考え方はどのような場合でも非常に有効だ。脱建築会社的思考回路は建築家にとって必須であると思う。

2010/8/4

今日は東京都小平市にある築35年程度の集合住宅の改修工事についての社内打ち合わせを行った。この集合住宅は屋上防水ガ破れていたり、外壁のコンクリートが爆裂していたりの非常に悪い状態で管理されている。これを何とか使える状態に戻しつつ、かつコストは抑えたいという相反する要求のどこで折り合いを付けるかというのが判断の難しいところである。資金計画などを考えてみてもそれほど多くのコストはかけることはできないであろう。その中で今回は躯体のリニューアルと給排水の配管のリニューアル、内装の改修を提案することとした。

夕方、ホームページ作成作業。トップページの掲載情報などの変更を指示。

下の写真は、東京都調布市に建設中の集合住宅併用住居の様子。白い壁について昨日の日記に記載したが、こんな雰囲気に仕上がっている。開口部に付くコンクリート製の庇などの造作がいわゆるシンプルモダンといわれるようなキーワードからずれているが、このあるべきものが一つの塊から出てきたかのような造詣が逆に美しい。早く足場が外れるのが楽しみな建築である。

2010/8/2

朝8時30分より朝礼。終了後池上と共に東京都調布市にて建設中の集合住宅併用住居の現場管理に。現場では二人の塗装屋さんが内・外部のコンクリート面を白色に塗装している。白いペンキで塗られるとコンクリートの塊の印象も和らぎ、優しい雰囲気のまるで豆腐のような状態になっている。他には設備屋さんや石膏ボードの工事をしている職人さんが、短い工期の中で何とか完成に向けて進めようと必死に作業をしていた。

屋上に出ると都会の住宅地のわりにはとても眺めがよい。敷地の中に庭を作ることができない狭小地に建築をする場合には、やはり屋上があるとよいものである。特に今回の建築では構造が鉄筋コンクリートであるので屋上を作りやすい。木造でも作ることができないわけではないのだが、木造の場合はベニヤなどの下地にFRP防水を施すということになるので、あまり大きな屋上を造るというのはどうしても心配な部分が残ってしまうのである。

写真はタケイ式防水コンクリートによって作られた屋上である。このタケイ式というのはコンクリートの水分の割合を低減させる薬剤を混ぜた特殊なコンクリートによって造られる。コンクリートだけの防水というと、アスファルト防止などに慣れ親しんだものとしては若干の心配を感じなくもないのだが、以前「ローマのコンクリートが防水機能を持たなかったら、ローマは出来なかったんだよ」と言っていたある建築家の言葉を思い出したら、今回のコンクリート防水の方ガ優れているような気もしてきた。だって、躯体そのものが防水層であるほうがメンテナンスも漏水の確認も確実に簡単に行うことが出来るのである。なにも、表面にべたべたといろんなものを張るだけが能ではないのである。

続いて、東京都練馬区にて進行中の建築現場管理。木曜日のコンクリート打設にむけて急ピッチで型枠工事が進行中だ。大工さん二人、そして墨だし屋さん二人の合計4人で作業を進めていた。



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