増井真也日記

略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。「
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

2010年
10
11
12

4月

2010/4/26

今日の朝礼では小泉中央の嶋田さんによるお話を聞いた。全体的にはTOTO商品の注文方法など実務的なことが中心。次々に入れ替わる設備器具の商品知識を頭の中にインプットすることはそれほどの価値があることとは思わないのだけれど、商品の正確な注文は非常に大切なこと。これを間違えてしまった結果の使わない便器などが倉庫の中にあるが、こういうミスはなくさなければならない。

最近読み進めている大江健三郎氏の「水死」がようやく半分のところまで来た。大江氏の小説は始めて読むが、9条の会などの活動をしている人、ノーベル文学賞受賞者、くらいの知識しかなかったので、どんな小説なのかがだんだんとわかり始めたというところである。なぜ文学者が9条の会のような一見政治活動のようなことをするのか、このことを考えながら読んでいる。戦後、日本の国民の多くはそれまで信じてきた天皇制という絶対的な価値を奪われてしまうことで、一種の喪失感を味わった。その喪失感から経済復興という前進的な思想に基づく脱却を遂げることが出来た人と、絶対的なものがなくなったあとに来る空虚感の中においてそこから脱却できずに新たな体制を目指す革新的な左よりの思想に向かった人、そしてどこにも向かうことをせずにひたすらにその空虚感と無かいあった人がいるとするならば、大江氏はその空虚感と向かい合った人なのだろうという気がする。そして何も無い中でひとつだけ目指すことがあるとするならば、それは平和である。その平和を守る9条を存続させる限り、日本が戦争を再び起こすことは無いということなのではないか。そんな思いが今の時点の解釈である。

〜2010/4/27
昼間、タキイの種から送られてきた庭の芝生の肥料を撒いた。この会社はインターネットで安く種や肥料の販売をしてくれる。ガーデニングに利用するにはもってこいの会社で、素人でも注文することが出来るので良い。外構屋さんにわざわざ頼むまでも無いくらいの庭遊びであればぜひ御利用ください。

https://www0.takii.co.jp/netshop/catalog/index.htm

たまたま夜つけたテレビで中国の家族体制の崩壊が社会問題化しているとの報道を見た。儒教体制の中において、これまで大家族で生活し親の面倒は子供が見ることが当たり前だった中国において、近年核家族化が進んでいるそうだ。その状況を重く見た政府やNPOなどがさまざまな活動を開始しているという。例えば、親の面倒を見ますという契約。こういう契約を親子間で結ばせることを政府が進めているらしい。そこには週に1回は親のところへ行きますなどの記載がされていて、もし行かない場合は政府の担当者による指導が入るそうだ。

番組の中で、「経済は豊かになり生活環境も改善された。しかし豊かな老後を遅れる人の数は減り、また若い人たちもいつ解雇されるかわからない不安でノイローゼになり自殺する人も増えている」というようなコメントを行っている人がいた。

一度動き出してしまった成長路線や経済活動を元に戻すことなど出来ないだろう。再び昔の中国に戻ることも出来なければ、日本も昔の日本に戻ることなど出来るはずがない。しかし今から出来ることを探すことは諦めてはいけない。その中のひとつに大家族制がある。核家族が進んだ日本においても、土地購入の難しさからかこの大家族制が見直されているように思える。現にますいいリビングカンパニーのクライアントの中でも、御両親の住む土地の中に新しい家を作る計画や、御両親の家を新しく2世帯住宅に作りかえるなどの計画が増えている。各言う私もこの大家族制の実行者なわけだが、少なくとも親と契約書を結ぶよりは自然な成り行きの中で親と暮らしているほうがよいように感じる。

2010/4/24

今日は朝一番から所用のため新潟県に出かけた。新潟県に出向いたことは学生時代とサラリーマン時代の2回だけ。今日は観光旅行というわけではなく、拉致問題に関するフォーラムに参加するために新潟に訪れた。会場は新潟小学校体育館。横田滋ご夫妻によるフォーラムで、家族愛をテーマにした内容であった。

知り合いがこの会を主催するということで聞きに行ったわけであるが、この手の問題というのは自分に無関係である場合、関心を持つことは非常に難しい。当の私もこれまで興味を持ったことは一度もないし、中学生の娘をさらわれたご両親の気持ちなどというものを考えたことは一度もなかった。ご本人の声、姿、こういうものに触れたときに、人は初めてその事件を自分に置き換えて感じることができる。まして子を持つ親である以上、余計にそういう感情が生まれる。難しい問題である。

講演終了後、新潟の風景を見た。やはり地方の空の大きさは心にしみる。東京は何と言っても空が見えない。人は感覚的に自分のいる空間から感じ取った要素を組み立てて物の価値を感じる。東京という空間で周りのものを考えたときには、人間がすべてのような、つまり少しでも人間にとって都合の悪いことはすぐに直さなければいけないことのような気がしてくる。道もビルも交通機関も、どこを見ても人間のスケールに合わせられた人間のためのもので埋め尽くされた空間では、水溜まりや段差一つが改善すべき邪魔なものとしてとらえられる。

その一方で、大きな自然の中に身を置いてみると、おおらかにすべてのものを受け入れようとする自分がいることに気がつく。自然界に平坦なところは一つもない。舗装されていない道もあれば、水たまりもある。こんなところでは文句を言っても始まらない。自分がそれに合わせるしかないのである。自然に触れること、それは自分を取り巻くいろいろなものを許す気持を取り戻すことにも通じる。連休は久しぶりに筑波山でも登ってみよう。きっと新緑の広葉樹が美しいだろうな。

2010/4/22

東京都にある調布の集合住宅併用住宅では1階部分の型枠が解体された。この建築の外壁は最終的にペンキで塗装されることとなる。打ち放しの表面を見ることが出来るのは後わずかの期間であるが、コンクリートの工事をしているとやはりこの方枠ばらしの瞬間が何よりもうれしいものである。

2010/4/20

13時より千葉県柏市にて家を立てる予定のYさん来社。御両親の住む土地の一角に新しい家を建設するというものなのだが、今回は1回目の打ち合わせということで、土地の区画の方法や建物の配置計画、1階と2階の機能の分配などについての基本計画の打ち合わせを行った。

日本において戸建てを所有するという夢を実現するためには、一般的に土地という大変大きな投資をしなければならない。多くの人は数千万円もする土地を購入するために、数十年もの間払い続けなければいけないローンを組むことになるわけであるが、今回の計画のようなケースの場合建築費用だけで済むこととなる。もちろんこういう計画は一部の恵まれた人にしか実現できるわけではないのだが、最近このようなケースが増えてきていることも事実である。私個人の感想として、このような住まい方というのは経済的にも、そして精神的にも大変好ましいことであるように感じる。

夕方に行われた東京都足立区に計画している美容室併用住宅のミーティングでは鉄骨造の計画を進めることになった。この計画は防火地域において1階が美容室、2階が住居という建築を建てるというものである。防火地域における非耐火建築の木造建築というのは100平米以下、そして2階建てまでしか作ることができない。もちろん住宅だけであればその広さで十分かもしれないが、美容室が併設されているとなると少少狭すぎる感がある。ちなみに鉄骨増の耐火建築の場合はその広さの制限は無い。そういう理由に基づいて今回の計画では鉄骨造の倉庫のような大きな箱を作ることとなった。

箱の1階は美容室として利用される。2階はリビングや寝室などの居室が配置された非常に天井の高い大空間になる予定である。将来的にはその2階の大空間に自由に間仕切壁を作ったりの造作が可能である。一部に床を作ることで3階として利用することも可能だ。今回の計画のように店舗などを併設する建築というのはクライアントのさまざまな状況の変化に応じて形を変えることのできるフレキシビリティーが求められる。なんといってもちょっと増築するために、一度建てた木造住宅を全部壊してまた鉄骨造を作るなんていうばかげたことはしたくないのである。

2010/4/19

朝8時30分より朝礼。今年も春になり庭の緑も色づき始めたので芝生の手入れの時期になってきた。ということで庭の種まき、芝刈りの指示。

新人の増田君にとっても2度目の朝礼。だいぶ仕事にも慣れてきたようで、会話をしていても非常にしっかりとした受け応えをしてくれる。新人とはいえ頼もしい限り。

ますいいリビングカンパニーは大学や大学院を卒業した新人を積極的に採用している。というのも、設計事務所としての仕事から、工務店としての仕事までを含めた建築にまつわることすべてを学ぶことの出来る学び舎としての会社のあり方を模索しているからに他ならない。高度成長の時代、若しくは大量生産を美学とした時代におけるスキルの学び方は、一連の仕事の、ある一部分を習得し、ラインの一部として働くという労働形態が合理的かつ生産的であったのであろう。しかし、最近の社会のように、こだわりのあるものを作り上げるためには、生産者それぞれがそのもののデザインを作り出せるアーティスト性と、そのものを作り上げる職人性を兼ね備え、一人の人間の一貫した生産体制が必要とされる。そしてそのような教育の場は大学にも無いし、社会の中にも無い。こういうものは独自に作り上げるしかないのである。

今日は埼玉県にある川口市役所の近くにあるTさんの家の現場にて上棟式がとりおこなわれた。現場ではすでに屋根もかかりサッシなどを取り付けている。この外壁周りの工事が終わるといよいよ内装工事に入る。至極近所の現場だけにいろいろな人に見られているようで、とても緊張感のある現場なわけだが、ぜひ満足していただける家に仕上げたいものである。

2010/4/17

午前中は事務所にて雑務。

12時、事務所を出て世田谷美術館へ。今日は石山修武氏のINAX出版から出る「生きのびるための建築」出版記念レクチャーに参加。

冒頭より川合健二の自邸の話から始まり、玄庵、開拓者の家など石山氏の手がけた建築とそれぞれの建築を造るにあたっての人生の転換点についてのお話をされていた。石山氏はある時期、建築の標準化を目指した活動をされていたとのことであったが、その活動には見切りをつけてまた表現者としての建築家に戻ったというお話をされていた。その当時はミサワホームなどの大手ハウスメーカーの前進がアメリカからツーバイフォーの建材を輸入して日本の住宅市場に持ち込んだころだと思う。当時としては画期的な工法であり、住宅の造り方や物流に関心のあった石山氏がある時期没頭したのも理解できる。そしてその活動に可能性が見出せなかったということも、現代日本の住宅の状況を見れば当然だろう。

そんな先見の明を持つ石山氏が現在関心があるのが農業だそうだ。さまざまな計画が発表されていたが、500坪の家付き農地を1000万円で売る計画はちょっと面白そうだった。この計画については私も独自で調べてみようと思う。


開拓者の家(石山修武)

2010/4/16

午前中、東京都にある調布の集合住宅併用住宅の工事打ち合わせ。昨日2階スラブまでのコンクリート打設を終え、いよいよ2階の壁型枠に入る。今のところ順調に進んでいるが、最近の天候不順は工事の進行の妨げにもなるので心配なところ。天気が悪くて迷惑をこうむるのは野菜の値段だけじゃないんだよね。

続いて、埼玉県にある伊奈町での住宅建築にまつわる敷地調査の打ち合わせ。このプロジェクトではまず農地の一部を宅地に変更するという手続きが必要である。今回はその調査結果を土地家屋調査士の海老沢さんからもらい、今後の進め方についての打ち合わせを行った。

さて、川口市にあるTさんの家の工事は順調に進んでいる。下の写真は木造の構造体の防腐塗装を施工した様子である。都会の住宅でシロアリの被害にあうケースはだいぶ減ってきている。街を歩いていて見かけることも今ではそれほどあることではない。が、念のためである。ごくまれに公園の木製の手摺などがシロアリに食われて腐っている様子などを見ると、やはりこの塗装はやっておいたほうがよいと思う。

2010/4/12

朝8時過ぎより朝礼。終了後各プロジェクト打ち合わせ。

東京都にある調布の集合住宅併用住宅の型枠工事が順調に進んでいる。写真の床にある穴はそれぞれの集合住宅部分の階段が設置される。この集合住宅はそれぞれ1階と2階を利用するテラスハウスのようなタイプになっており、住居は手前の1階から2階、そして3階全部を利用するように配置されている。予定では、15日にコンクリートの打設を行う。いよいよ、2階スラブまで立ち上がるということで進行が楽しみである。

2010/4/11

11時、新宿にあるハイアットリージェンシーホテルにて友人の妹さんの結婚式参列。何と旦那さんがフランス人ということで、私としては初めて参加する国際結婚であった。フランス人の紋付き袴の旦那さんに、日本人のウエディングドレスの花嫁さん、なんとも不思議な披露宴であったが、参加者の笑顔が多かったのを見るとやっぱり良いもんだなあという思いがわいてくる。遠い土地での暮らしとなるが幸せに暮らしてほしい。ぜひ遊びに行きたいものだ。

2010/4/10

午前中、埼玉県にある北本に家を建てたいというSさんご夫妻打ち合わせ。今回が初めてお会いする機会だったのだが、たまたま私の川口市内の知人と同姓同名ということでなんとなく以前から知っていたかのような感覚になってしまった。家づくりの流れ、設計の進め方などについてお話をして、打ち合わせ終了。12時過ぎまで。

午後、久しぶりに磯崎新の建築談義03、ヴィッラ・アドリアーナを読む。この建築は136年ごろのローマの皇帝「ハドリアヌス帝」によって作られた、私的なテーマパークのような別荘で、現在見られるものはほぼ廃墟といった様相のもの。磯崎氏は非常に広大な敷地の中に、決して多くの民衆に使用されることのない都市を作ったという意味でテーマパークという呼び方をしている。それにしてもローマの建築群というのは、その洞窟的なイメージが見ていて面白い。ローマ建築は煉瓦を型枠としてその中にコンクリートを流し込んで作られている。太い柱、分厚い壁で囲まれた空間は、千年以上の年月を経て廃墟になっていても、まるで自然の洞窟に入るかのような感覚を思わせる。柱と柱をつなぐアーチ、そのアーチを平行移動することによってできるかまぼこ型の屋根のヴォールト、それを交差させてできる交差ヴォールト、アーチを回転させたことによってできるドーム、これらの屋根一つとってもその重厚感が特別な感覚を持たせるのであろう。


パンテオン内部

2010/4/8

午後13時ごろ、埼玉県川口市にある幸並中学校の入学式に参加。本当は最後までいたかったのだが、急遽予定が入ってしまい顔を出すだけになってしまった。

19時より、埼玉県にある川口市にて家を建てたいというTさんうちあわせ。2世帯住宅の計画である。2世帯住宅というと様々な形式がある。完全分離タイプのもの、玄関だけは同じタイプのもの、水周りを含めてすべての設備を共有するものといろいろだが、それぞれにおいて生活のスタイルというのは少しずつ違ってくる。

ちなみに私も、妻と子供を含めた家族5人、私の両親、さらには私の祖母との同居という大家族制をとっている。3世帯にわたって暮らしているが、冷蔵庫以外の玄関やふろ、キッチンなどのすべての設備は共有している。8人もの人間が設備を共有するということは、自然とぶつかり合いも起こる。そして、その結果、我が家の生活スタイルに合わせた特有のルールが生まれる。

たとえば、私の母はますいいリビングカンパニーの社長であるわけだが、夜は19時ごろに帰宅する。私の子供たちや祖母はそれまでに風呂を済ませ、母が帰宅するまでには、一度ふろのお湯を捨てて、浴槽をきれいに洗い、一番風呂を用意しておかなければいけない。そしてその風呂を用意することは私の妻の仕事である。つまり一日に2回、ふろを沸かすということ。はじめ不経済に思えたこの行為も、家族が限られたスペースで上手に暮らすために作られたルールである。そしてこれをクリアすることで、我が家の風呂は一つですんだわけだ。

他にも一つしかない駐車場を誰が利用するかなどのルールがある。たとえば私は車で家に帰ることができない。この駐車場は母が利用することと決められている。近くに駐車場を借りれば済む話なのだが、会社から徒歩10分という距離なので、基本的に私は会社まで徒歩で済ませている。ちなみに私の家の周りの駐車場は月に二万円かかるので、これによって二十四万円節約している。

これらのルールを守るためには多少の我慢が必要である。そしてその我慢は多くの場合子供世帯に強いられる。でもそのちょっとの我慢をするだけで、経済的にも子供に対する教育という面でも、そして自分自身の人間的な状況としても、さまざまな面で昔の人が当たり前に受けることができた恩恵にあずかれる。60年生きてきた人が目の前にいるほうが、子供たちにとって良いのは当たり前だ。そして我が家には87年生きた私の祖母もいる。まるでサザエさんの家といった感じなわけだが、今はこの状態がとても気に入っている。 さて、今回の計画はどのように進むことやら。次の打ち合わせが楽しみである。

2010/4/7

朝7時過ぎ、田山と一緒に事務所を出発して埼玉県にある伊奈の家の計画地調査。ここにある広大な農家の敷地内に造成した住宅地を作り若夫婦のための住宅を建設するという計画である。30坪程度の敷地の利用計画と違い、水の流れ、敷地の高低差の作り方など土木工事の部分についての考察が必要だ。現場にて一緒に打ち合わせをしていただいた土地家屋調査士の海老沢氏はさすがにその道のプロという感じで、行政方面の手続きに関する説明などを一通りしていただいた。とりあえずは敷地調査を入れて結果を待つことに。

帰り際に、海老沢氏と一緒に近所のロイヤルホストにて朝食。ほぼ同時期に会社を立ち上げた地元のお仲間ということで、ついつい話し込んでしまった。

12時過ぎ帰社。

午後は事務所にて雑務。

夕方、川口市の東川口の住宅の庭の部分に離れを建てたいとの相談を受け、現地視察。ほぼ新築住宅のコンクリート製のガレージの上に建てる離れということで、建設した会社に依頼することを勧めた。もしも既存建築物の上に当社が離れなど載せてしまったら、構造の10年保証などのサービスが切れてしまうことが予想される。新築のうちは建築した会社に相談するのがすべてにおいて合理的だと思う。

2010/4/4

午前中は娘と一緒に荒川の河川敷を1時間ほど散歩した。だいぶ春らしくなっては来たものの少々肌寒い朝であった。川口駅から荒川までは歩いて10分ほどの距離であり、駅の周辺に乱立する高層マンションの間をすり抜けるように歩いて行くとすぐに荒川のどこかしらにたどり着くことができる。上流に向かうと戸田市、下流に向かうと足立区のほうに向かう。私はいつも上流に向かうようにしている。荒川大橋から戸田橋、時間のあるときはその先の笹目橋まで向かう。風の強い日は少々難儀するが、それさえなければ絶好の散歩コースである。

駅周辺のマンションを見ていると、その顔だちのすべて同じことに驚く。たいていは下層部分に何らかのテナントを有している。保育園やレストラン、歯科医院の類が多いようである。3階から上部が住居となっているものが多いようだが、これは何らかの法則があるのであろう。ディベロッパーによって正確に導き出された売れるための、そして採算の取れる法則によって作られる設計というのがどれも同じような形態につながることは当然のことではあるのだが、ここまで同じようなものが乱立していると少々不気味さを感じるものだ。知らない道を歩いていると、いったい自分がどこを歩いているのか見失うこともあるくらいに同じなのである。1棟だけならランドマークになるであろう立派な建築である。都市の発展の結果とはいえ、開発というものの難しさを感じざるを得ない。


埼玉県川口市 高層マンション
(撮影 増井真理子 公募展川口百景 市長賞作品)

都市部への人口集中の結果、東京周辺のベッドタウンではこのような現象が同時多発的に起きている。おりしもバブル経済が崩壊し、東京近郊にある製造業の工場街が衰退を余儀なくされたのを機にこのミニバブルに基づく開発行為がスタートしたように思える。埼玉県にある川口市で55階建てのタワー型集合住宅が建設される様子を、私はバブル崩壊後の大学4年生の時に見ていた。そのタワーを皮切りに川口市では次々と高層マンションが建設された。初期のころは珍しさのおかげか、非常な高価格で取引されていたが、その価格はどんどん下がり最終的には三千万円台後半で販売されていた。

商業システムによって作られてしまったこれらの大型住居建築は、今後とも何らかの形で利用され続けていかなければならない。都市部への人口集中は今後も続くであろうし、また地方は加速度的に縮小していくことは避けられないであろう。個人の力ではどうすることもできない大きなシステムによって作られた街並みというのは、自然環境のごとくである。その環境の中で暮らす方法を考えることもまた個人としての建築家に求められることであろう。

2010/4/3

朝一番から千葉県の柏にある建築計画地視察。既存のご両親の住宅の敷地内の空いている部分に、Yさんご夫妻のための小住宅を建設する計画である。今日は既存宅やその周辺に配置されているコンテナなどの物置の処遇について、また新しい住宅に関する要望などについてのお話を伺った。


計画地の庭

近年このようにご両親と一緒の敷地内に居を構えるという傾向が増えているように思う。これはひとえに土地の購入の困難さを理由としているようにも思えるが、それに起因する他の効果として核家族化の弊害を緩和することが予想される。各言う私も妻と子供3人、両親、私の祖母と何と8人の大家族制をとっているのだが、この大家族具合がなかなか心地よい。特に子供たちにとっては、朝、御経を唱える祖母と一緒にお仏壇の前に座る時間や、夜私の両親とともに食事をするなどの交流の中で自然と両親が教えることのできない事柄を学ぶ機会を得ることができるようである。

夕方、東京都にある葛飾区に計画中の住宅打ち合わせ。今回で2回目のプレゼンとなるが、設計の仕事の進め方やますいいリビングカンパニーの家づくりの理念などについてのお話と、今回作成した2通りのプランについてのお話をさせていただいた。まだまだ初期段階の打ち合わせということで、さまざまなパターンを模索している段階だが、まずは土地の可能性を一緒に考えていく中で結論を出していきたいと思う。

2010/4/1

春らしい天気になってきた。庭の桜の花も満開である。今年は枝を切らなかったので、花の付きも例年に比べてよいようだ。

ますいいの庭に咲く桜の花は例年1週間ほどで散ってしまう。花持ちが悪いと思っていたのだが、今年の花はいつもよりしっかりとしているようで、これもまた10年たってしっかりとしてきたということであろうか。はかなさと日本人の精神性の象徴としてしばしば引用される桜だが、出来れば一日でも長く見ていたいものである。

春になると桜のほかにも様々な色があらわれる。昨年植えた柿の木も小さな芽を出している。3年ほどは実がならないよと言われているのだが、今年はどうなることやら。

先日西川口駅を久しぶりに歩いたときにふと思ったこと・・・。それはなんとなく元気になってきたのかなということであった。

西川口駅周辺の現状は、違法風俗の摘発に伴う賃貸ビルの空室化が再生することなく続いているという状況である。一部助成金事業などにより飲食店の誘致などが進んでいて、家賃補助がある上での6店舗の入居、開業が始まっている。また、ドンキホーテなどの大型店舗の出店もあり、少しずつではあるが街に人が戻ってきたような気がする。大学の研究室やNPO団体などさまざまな活動も見られて、この単体の営業活動などを大きな町の変化につなげていけるような計画を描いているようだ。ますいいで運営しているギャラリーもそのような拠点となることを目指して開設した。魅力的な小さな活動が集合体となったときに街の魅力となることはすでにさまざまな街によって実証されている。ぜひ長いスパンでおのおのの活動が発展していくことを願う。

日本の都市の成長はこれまで疑うことなく続いてきた。しかし、さびれた公団アパートに見られるような廃墟化があちらこちらで見られるようになり、その原因はさまざまであるとしても、作れば満員御礼という時代から、スラム化と再生を繰り返す時代へ突入したといえる。アメリカのハーレムが富裕層を相手にした高級住宅街から、地価の暴落を期に治安の悪いスラムと化し、現在は治安も改善されその文化を楽しめることが出来る魅力的な都市として発展している様子などを見ると、日本の都市も衰退から再生への道筋を探さなければいけない時代に入ったといえるだろう。

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