増井真也日記

略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。「
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

2010年
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3月

2010/3/30

午前中は事務所にて打ち合わせ。東京都にある葛飾区の家のスタディーなど。

夕方より、西川口コラボにて学生と地元企業の懇談会なる行事に参加。2時間ほどますいいリビングカンパニーの仕事などについてレクチャー。それにしても参加者の多くが社会人かそれに類する方々で、本当の学生が数名しかいなかったのが気になるところ。行事の趣旨は理解できるが、参加者がそれに伴っていない。この手の企画の難しいところである。

2010/3/29

朝一番は恒例の朝礼開催。今日は星野木材の星野さんが講師として参加。材木屋さんの立場からみて、改善してほしい点などのアドバイスをいただく。前回のだくさんに引き続いての開催となったわけだが、話を聞いているスタッフだけでなく、私としても気付かされることがある。視点を変えて自分を客観的にみることはなかなか難しいわけであるので、こういうことは継続しなければならない。
14時、東京都にある世田谷の住宅のリフォームのご相談。4年ほど前に新築した住宅の寒さ対策を求められてのリフォームである。RC構造ということで断熱材の施工忘れなどの原因を考えてみたが、どうやら原因は開口部の単板ガラスのようだ。外壁部分をどれだけ断熱したところで、ガラス一枚で外部と仕切られている開口部がたくさんあっては、その部屋全体の熱損失はかなりのものとなってしまう。そこで今回は、サッシのガラスをペアガラスにする提案をさせていただくこととした。

断熱性能というのはその個人の感じ方によって変わりうるものである。ある人にとっては温かい家も、ある人にとっては寒い家になってしまう。実際に今回の世田谷の住宅もそれほど性能が悪いというわけでもなく、これでよいかと思えば思えるくらいの寒さであった。感覚によるものだけに難しい。

夜、明治大学商学部の学生面接。商学部を出て住宅の仕事を行いたいとの申し出にしばし当惑したが、やる気のある話を聞いて大方の理解はできた。建築学科での勉強を勧め、しばしお話をして終了。

2010/3/25〜26〜28

朝8時30分より埼玉県にある北越谷の家の地鎮祭。あいにくの雨であったので、前日にテントを建てての準備をしておいた。天気が悪いからといって簡単に日を変えられるほどの余裕は現代人にはない。皆の予定を調整するには、恐らく1週間はかかってしまう。そしてその分工事も遅れてしまう。決行するしかないのである。

地鎮祭の祝詞の中に、地面を耕し土を練り固め・・・・家傾くことなく・・・・という言葉がある。今日の悪天候のぬかるんだ土地を見ていると、この祝詞の言葉が身にしみる。こんなぐちゃぐちゃな土地を、人が快適に雨風から守られる空間に仕立てる、それが住宅づくりの現場だ。土練り固め・・・とはこれから行われる予定の地盤改良工事、そして基礎工事のことだろう。匠の技で・・・とは現代におけるプレカット技術、そして大工さんの刻み、作業、もろもろを指す。何もない土地に、人が生きていける場を作るという住宅における根源的なものが感じられる最初で最後の場面、それが地鎮祭であるのだ。

地鎮祭終了後、11時ごろ帰社。また軽トラックの具合が悪いようだ。双栄自動車さんに修理を依頼。信号待ちでエンジンが止まってしまうので安心して乗ることができない。なぜかスタッフが乗る車がすぐに調子がおかしくなる。なぜだろう。運転が荒いのだろうか。

昼過ぎ、東京都にある足立区にて建設予定の住宅について田村と打ち合わせ。夜のクライアントとの打ち合わせの内容を決める。この現場では鉄鋼つで作られた大きな倉庫のような箱の中を自由にアレンジできるような住宅を作りたいと考えている。地盤の強度がどれくらいあるのかが可能かどうかのカギになる。あまりにも弱い地盤では、食い工事に多額のお金がかかってしまいコストが収まらないからである。まずは地盤調査をすることに決定した。

夕方、午前梅雨の地鎮祭で雨に打たれたせいかちょっと寒気がしたので早めに帰宅。

翌日、風邪をひいた様子もなく一安心。6時におきることができたので、近くのショッピングセンター「アリオ」の周りを2週ほど走る。朝8時、普通に出社。軽トラックが気になったので動かしてみると普通に動く。岸田に荷物を降ろさせ、さて双栄自動車さんに車を持っていこうとしたら、何とエンジンがかからなくなっている。うーん。どうしようもないな。結局、車の引き取りを頼んだ。

月末ということで、職人さんや材料屋さん達への支払いのチェックなどを済ませる。きちんとした支払いをすることが次の良い仕事につながる。どんなに忙しくてもこういうことはしっかりやらないと、信用がなくなってしまう。優秀な職人さんたちをひきつけること、これは良い工務店の条件である。

夕方羽田空港から兵庫県三宮へ所用のため出張。日曜日まで三宮の地で過ごす。28日20時帰宅。

2010/3/23

13時、昨日準備した東京都葛飾区の住宅の打ち合わせ。1時間ほどで終了。

引き続き東京都港区白金台にあるリフォームすべきか、はたまた新築にすべきかを悩んでいるというNさんの既存住宅現場の調査。がけ地ということである程度の覚悟はしていたものの、高さ約2mのがけを石積の擁壁で支えているものの上からさらになだらかながけが続き、全部あわせるとおそらく5mくらいはあろうかというたいそうなものであった。

がけ条例というのは2mを超えると関連してくる。まずは建築士の判断により安全と判断された擁壁などによってきちんと支えられた土地であることが条件となる。さらに設計段階において、その既存の擁壁に荷重をさらに加えることが無いように杭工事などで擁壁に影響の無いところまで荷重を伝えるなどの工夫が必要となるわけだが、そもそも一つ目の条件、つまり支えている擁壁が安全であることが重要だ。

今回の計画地にあるがけはちょっと頭を悩ませんるレベルのものであろう。安全かどうか・・・まずは構造家に相談してみるとしよう。

下の写真は、現場に行く途中に見た建設中の東京スカイツリー。HPによるといよいよ300メートルを超えたそうで、ようやく半分の高さになったということである。なんと完成すると634mになるというから驚きだ。このようなビックプロジェクトに対してはたいてい嫌悪感を感じるものだが、なんかこの建築に対しては期待してしまう。

2010/3/22

午前中、明日の打ち合わせに向けた東京都葛飾区に建設予定の住宅スタディー。初めてのうちあわせということで、岸田の作成した2階にリビングのあるプランと正反対のプランを考察。今回はらせん階段を中心に回遊できるようなリビングを考えた。

住宅のリビングというのはどのように過す場だろうか。よほどの大豪邸は別として、通常は食事をするダイニング、それに隣接したキッチン、そしてくつろぎの場としてのリビングが一つの空間に収まっている。リビングにおいてはテレビを見たり、読書をしたり、お父さんが晩酌をしたり、子供と一緒に将棋やオセロなどなど、そんな家族団らんが繰り広げられる。

昼間の時間、つまり日曜日の昼下がりなどを考えてみよう。1階にあるリビングではテラスや庭と呼ばれる外部スペースとリビングを行ったり来たりの楽しみが考えられる。子供やその友達が庭で遊んでいたり、もしくはお母さんが庭でお花を育てていたり、もしくはお父さんがこだわりの家庭菜園を作っていたり。そんなプライベートな外部と内部空間がつながっている様子が望ましい。

2階にリビングがある場合もそういう行為が行えるように考慮して、デッキテラスを作ったりする。デッキテラスは土地の狭い現代人が考えだした空中の庭であるし、プランターなどを利用すれば畑だってできる。

一戸建ての住宅とマンションの絶対的な違いの一つはこの外部空間とのつながりを持つことができるかどうかである。大変大きなコストをかけて土地を購入したからには、この外部空間と内部とのつながりを作らないのは少々もったいない。20坪以下の狭小地ではなかなかそうはいかないが、ある程度の広さがあればそれは可能だ。小さくてもよいから多少の庭と呼べる空間を残せるようなプランを住宅においては作るべきであろう。緑は生活を豊かにしてくれるものだ。

それに対して寝室や子供室といった個室の扱いは千差万別である。吹き抜けなどを介してリビングと柔らかくつながる計画をしたり、もしくは完全に分離したりの差は、クライアントの意向によるところが大きい。子供室に関して実際に私自身が子どもだったころを考えてみても、幼少のころは家族の過ごすリビングとのつながりを求めたであろうし、受験勉強をしていた時期などは団らんの音から断絶した静かな集中できる部屋を求めた記憶がある。このような考えというのは、その子供の年齢などに大きく左右されるものだ。そういうことをすべて満足できるようにと考えると、ある程度フレキシブルに変化できるようにしておくことが良いと思われる。そのためには建具や可動式の壁などを利用することが良いであろう。

バルコニーは・・・・などなど、考えていると考えは尽きない。日記がだらだらと長くなってしまうのでここら辺でやめておこう。

2010/3/18

朝10時、埼玉県にある伊奈町にて家を建てたいというTさん打ち合わせ。奥様のご実家の畑の一部を切り開いての家づくりということで、広大な敷地のどの部分を利用するかなどの楽しみがある。

この仕事をして13年になるが、農家さんの土地に対する感情には驚かされることが良くあった。その中でも一番驚いたのが、相続税を支払うために相続人の息子さんが農地を1億円で購入して、その資金を相続人が納税したというエピソード。サツマイモが取れる土地とはいえ、1億円でそれを購入する人はなかなかいない。でも、ご先祖様から引き継いだ土地を次の世代にまで引き継ぎたいという思いがそうさせるわけである。今の税制では、都市部における農家さんがその土地を維持することは非常に難しい。結果、販売された土地が区画され、多くの分譲地となり、小さな建売などがたくさん生まれる。その繰り返しによって生まれたのが、現在の都市部の姿であり、またそうすることがこれまでの政策であったのだろう。

今回の敷地はそれほどの都市部ではないので、こういった問題はないかもしれない。でも世代が変わった後にも有効に利用できる、そして親族が集まって暮らすという理想的な状態を無理なく実現できるような計画を考えたい。

引き続き、東京都にある足立区の家のスタディー。岸田が考えた4案について。リビングを1階に配置するか2階に配置するかの課題で悩んでいる。今回の計画地では広くは無いものの東南に面した魅力的な庭が造れるのではの話をして1階案を進めた。次は土曜日に打ち合わせの予定。

2010/3/17

午前中事務所にてうちあわせ。

午後、野村萬斎主演のマクベス観劇。シェイクスピアの3大悲劇の一つとされるマクベスと先日国立能楽堂で見た狂言や能の世界観にどのような共通点が見いだせるかの疑問を持ちながら見た。

この種の劇というのは、どれも共通して人間の弱さや怒りといった感情を単純なストーリーの中で表現している。現代映画などの世界と比較したら正直物足りないストーリー性を持ち、始まった瞬間に終わりがわかるくらいの単調さを感じる。ようするにドキドキ感はない。
一つの芸術として眺め、1600年代の昔に思いをはせながら、人間とは?の考えを深める、そんな意味くらいは感じるものの、それ以外にいったいどのような意味があるのだろうか。

以前、六本木ヒルズ森美術館にて「医学と芸術・生命と愛の未来を探る」を鑑賞した時は、「この展示会は医学と芸術、科学と美を総合的にとらえ、人間の生と死、また愛の意味をもう一度問い直そうという展覧会とのこと。会場には解剖図や、解剖の作業をしている風景を描いた絵画、さまざまな医療器具など時代を超えて展示されており、非常に興味深いものであった。」の感想を持った。

国立能楽堂にて狂言「鶯」、能「藤戸」鑑賞した時は「私にとって初めての鑑賞だったのだが、狂言のほうは今で言うと日本昔話みたいなもので、あるエピソードを面白おかしく演じるという感想を持った。それに対して能は、過去のエピソードを伝える中から、人間の生と死、死生観のようなものを伝えているのだと思う。今回の能の中のせりふで、「人の世は仮の宿なり・・・・」というようなものがあった。こんなところが儚さや矛盾に満ちた昔の世の中を、あらわしていると同時に、そういう中でも貫き通した日本人的な美学というようなものを支えるための道具としての能の存在につながるのかと思う」の感想を持った。

どちらも非常に直接的に人体や人間の感情を表現しており、当時の人間というものに対する直接的な探求心や分析が感じられるものである。その様子はたとえばダヴィンチの人体解剖図をみれば明らかであり、芸術と科学、そして生物学といった垣根が取り払われた中での作品である。それと類似する形での感情学、そんなものがシェイクスピアの作品であり、能や狂言なのではないだろうか。

人間の感情、自分で最もコントロールできそうで出来ないものであり、現代の科学をもってしても解明しきれない未知の分野についての、探求と表現。そういう目でもうしばらく見続けてみようと思う。

2010/3/16

朝から朝礼。今日は大工さんの草間さんが朝礼に参加。特別講義というほどでもないが、現場での作業の中での注意点や心構えというものについて話をしてもらった。ますいいリビングカンパニーという会社は工務店機能を持つ設計事務所である。スタッフはおのおの設計者であり、現場監督という枠では捕らえていない。

もともと私がいた戸田建設という組織での現場監督の役割は、まず第一に大勢の職人さんたちのいる現場という世界を統治することである。始業から就業までを安全に、スムーズに過ごすことができるように設えること、これが一番大切な仕事であると感じた。そして次に大切なことは、設計事務所の図面どおりに現場作業が進行するように現場をコントロールすること、つまりコンストラクションマネジメントの部分であろう。そして最後にあげられるものが、コストマネジメントである。数十億円のコストをいかにコントロールするかは、多くの経験を要する作業である。

しかしながら住宅のような数千万円規模の小さい現場の場合、専属の監督が必要かというとそうでもない。分業化された職人さん一人ひとりの工事項目は数十万円からせいぜい数百万円の小さな工事であり、その使用する材料もリストアップするとA4用紙に記入できるくらいの種別と量である。設計段階で詳細な図面を作成することで、設計者が現場におけるコンストラクションマネジメントとコストマネジメントを行うことが出来るのである。また、職人の人数が絶対的に少ないのでひとつの世界を統治するような統治機能は求められることは少なく、職人さんの代表格である大工さんによる統制で十分といえる。

そういう考えに基づいて、ますいいでは1億円未満の工事についての工務店機能を実行している。とはいうものの現場での詳細にわたるさまざまな出来事は、管理者の采配によってスムーズに進行するようにも停滞するようにもなりうるもの。先を読んでスムーズな管理をできる様になることは、スタッフ一人ひとりの目標であろう。今日はそのための朝礼を行った。

夕方、東京都足立区に計画している住宅のスタディー。防火地域に建つ美容室を併用した住宅ということで、将来の増築を可能にすべく鉄骨増での耐火建築を計画しているのだが、その作り方について田村から新しい提案があったので検討していた。その提案というのは、大きな倉庫のようなボリュームを作って、2階の天井高さを将来2層に分けられるようなものにしてはどうかというものである。もし床面積を増やしたい場合は、木軸で簡単に小屋、若しくは茶室のようなものを作ってしまい、その上を3階の床のように使えないかというものであった。主体構造と完全に切り離されている可変的なものであれば、その可能性はある。審査機関等への調査を行い可能性を探ることを指示した。

2010/3/15

今日は朝から埼玉県川口市にある幸並中学校の卒業式に招かれた。私の子供が通っているというわけではなく、私の子供が通っている幸町小学校のPTA役員ということでの出席であった。2時間の式典ということで時間の長さに戸惑っていたのだが、実際にその場に居合わせてみると卒業生達の真剣な思いや涙が自分自身にも乗り移ってきて、あっという間に時が過ぎてしまった。参加している生徒、御両親、そして先生方、みなそれぞれに別れの寂しさや達成感といった感情から美しい涙を流していた。何の飾り気も無い寒々とした体育館であったが、それが逆にこの卒業式という式典の純粋さを強調しているようでもあった。

この式典の中で一番気になったこと。それは大人たちの挨拶があまりにもつまらないということだ。

勇気、感謝そんな言葉を誰もが同じように投げかけているが、そんなこといわれなくてもわかっているよと聞いている子供達は言いたそうであった。来賓挨拶にしてもなんにしても、大人達が読み上げる挨拶の言葉には、気持ちがこもっていない。少なくとも私の心には何も届かなかったし、その人たちが話を始めたとたんに、眠りだす子供がいたのがそれをあらわしていた。

挨拶は誰のためにしているの?といいたくなる気分だった。その言葉は誰に投げかけているの?といいたい気分だった。卒業生に投げかけているであろうその言葉は、あまりにも平坦であまりにも色が無い。そんな言葉で人は動かない。感動もしない。想像力の無い大人たちが多すぎる中で、子供達は困惑している様でもあった。

2010/3/12

午前中は事務所にて見積もり書などの打ち合わせ。

午後、埼玉県にある川島町の家の打ち合わせ。今回の打ち合わせは、プランニングなどがほぼ決まったところでの見直しのための打ち合わせ。敷地との関係やカフェとしてののびやかな空間構成などについて再度考えなおし、最終的な基本計画を決まることとなった。住宅と違い駐車スペースとカフェ、そしてカフェから裏側にある庭への抜けと連続するのびやかな構成を実現しなければ、結果的に窮屈な感じのするものになってしまうであろう。不特定多数の人が訪れる施設ならではの配慮というものが必要で、そこらへんのところには最後まで注意しなければならない。

18時ごろ、エクスナレッジ社が出版している建築知識取材。建築知識といえば、私たち設計を仕事としているものが教科書として参考にする本である。毎月、防水とかディテールとか様々な特集を組み、図面やコメントで説明しているので、設計者にとってはまさに生きた教科書として利用されている。今回は、水周りの防水特集ということで、ますいいで取り組んでいるステンレスの浴室防水パンが取材の対象となった。

このステンレスの浴室防水パンは2階に在来工法の浴室を制作する場合に利用している。もちろん基本的には2階に在来工法の浴室を作ることはお勧めしていない。むしろ反対である。防水は10年間の保証であり、それを過ぎたら確実にメンテナンスが必要になる。1階にあるのならまだしも、そんなものが2階に作られてしまったら、クライアントはそれからずーっとメンテナンスの必要と背中合わせになってしまう。でもどうしても2階に浴室を作りたいというクライアントが現れた場合、私はこのステンレスの特注の防水パンをお勧めしている。この手法はスポーツジムなどで階上のプールを作るときに用いられている手法だ。私が所属していた戸田建設で、ステンレスの缶体にコンクリートを打設して防水を施すという工法を利用していたのがアイデアの原点だが、浴室でも同じような原理で作ることにしている。

そもそも階上に浴室を作るなんてことは昔は全くなかった話。でも土地の条件、生活スタイルの変化などによって、2階のリビングか当たり前になっている以上、2階の浴室もこれからは増えていくことだろう。ユニットバスにはFRPの防水パンが付いているので大丈夫だが、在来工法の場合には有効な手法であるので参考にしてほしい。

2010/3/10

13時、ますいいにとっては変り種のサンデー毎日さんの取材。かと思いきやなんと取材広告の御依頼であった。具体的に書くのはまずいと思うので金額は書かないが、結構高いのにびっくり。丁重にお断りをして終了。

それにしても広告宣伝費というものは巷ではこれほどまでに高いものなのだな、の感想を持つ。ハウスメーカーなどはその広告宣伝や住宅展示場などにいったいどれだけの経費を裂いているのであろう。当然これらのお金はクライアントの負担に置き換えられるわけである。実際に建てられる住宅のコストのうちの広告宣伝費や営業マンの経費の割合を知ったら、私も含めみんながびっくりするんだろう。ますいいではHPも社員と協力して私が作っているし、雑誌などについても取材であるので広告費はかからない。そういう経費を最低限に抑えて、設計を丁寧に行うなどの人件費にかけたり、工事の材料費や職人さんに費用にかけたほうが、結果的に良い住宅が出来るに決まっているからである。

しかしながら最近このようなスタイルの危機が始まっている。なんと建築雑誌の廃刊やら、隔月になるやらの減少が始まっているのである。まあ、これは不景気による広告業界の不況が原因だろう。大手建材メーカーなどの広告収入がこのような雑誌の大きな収入源であるのに対し、近県の不景気はこのような業態の維持を難しくしているのである。そして結果、文化の伝播までもが危うくなるのだ。拝金主義に対する否定は今に始まったことではないが、でもやはりこのような仕組みをなくして、それでも雑誌を刊行できる新しいしくみはいまだ無いのが現状だ。かつてインテリアの雑誌「室内」が山本夏彦氏がなくなるとほぼ同時に休刊になった。良質の雑誌が姿を消していく様子は、お笑い番組とパチンコのCMばかりのテレビ業界に通じるものがあるであろう。「こうなったら自分で本を出すしかないか」の思いがまた沸いてきた。

夕方、池上と練馬の家、八潮のリフォーム打ち合わせ。

20時ごろ大工さんの草間さん来社。池上との打ち合わせも終わったので久しぶりに3人で食事に行った。680円の海鮮サラダにうにがたっぷりのボリュームに驚く。しかもそれが私が幼稚園のころまで住んでいた家のすぐ裏だったのでまたまた驚く。今度ほかの社員も連れて行こう。

2010/3/8

朝から恒例の朝礼。それにしても最近は日本語を知らないスタッフが多いことに驚く。話し合っていると誰が聴いても疑問に思うようなびっくりするような単語が飛び出す。一昔前ならパンチが飛び出すような言葉である。人と話すときに言葉の選択ができない、巷ではKYなどという言葉が流行っているが、結局はこれも学校や家庭の教育の問題なのだろう。

最近の取材の中では、工務店であることを説明する機会が多い。さて、皆さんは設計事務所の経営状態の実態をご存じだろうか。多くの設計事務所では設計費を総工事費の○%という風に設定し、もしくは人工計算の結果を見積もりとして提示して設計費を徴収している。とはいうものの一般住宅建設の場合、それほど潤沢な設計費を徴収できるはずもなく、結果的に7〜10%程度になることが多いという。たとえば2000万円の住宅を建築する場合、設計費は200万円程度である。住宅の設計は通常6カ月程度かかる。そして現場での監理(設計者の行う現場監督に対するカンリを管理ではなく監理という。)を引き続き約6カ月。そう200万円で1年間の作業を行うことになるのだ。こういうことを考えるとやはり設計事務所が経済的に心配なく、生き生きと仕事をできるのは1億円程度の総工費がある建築からだろうと思う。このくらいの規模になると設計費もだいぶ高くなるから時間をかけてじっくりと取り組めるだろう。現実に昔の著名な建築家が設計した住宅にはこのような大規模住宅が多いし時代もそういう時代だったのだと思う。

それに対し、ますいいのような工務店では、設計だけでなく、施工の管理まで行うことで、会社経費をいただいている。一つの会社が設計から施工の管理まで行うことで必要経費を削減することができ、結果的には設計事務所に設計を依頼し、工務店に施工を依頼するという従来の形よりも経費を抑えることができるというわけだ。工務店が設計力を身につける、これには深い意義がある。1億円の住宅を建てる人は関係ないとして、普通の住宅を建てる場合の選択肢の幅が格段に広がる。これまでは建売か、良くてハウスメーカーしか選択肢がなかった人たちに、アトリエ系の設計事務所と同等の設計力のある工務店という新たな選択肢ができる。このことはその地域の住宅のレベルを格段に引き上げるであろうし、街の魅力までをも引き上げてくれるだろう。

日本の住宅はどうしてこれほどまでに画一的なのだろうか。その疑問は多くの人が持っている。その答えは簡単だ。クライアントの側に選択肢がないからなのである。私はこのような小さな工務店組織を少しずつ増やしていきたいと考えている。第1号は現在ますいいで設計主任をしている田村にやらせようと思う。このような工務店は小さくてよいのだ。少しの仕事をこだわりを持ってやればよい。そんな小さな組織が各地にあれば、大手ハウスメーカーではちょっとな、という方々は新たな選択肢を持つことになるのである。

日本の建築学科の学生たちに、設計のできる工務店の親父になる教育をしている大学はないであろう。でも、ゼネコン予備軍をこれ以上作っても、大手組織事務所予備軍をこれ以上作っても、日本にはそれを支える公共事業はないのである。建築家が日本で建築を作る意味、力を注がなければいけない意味、そういうことを考えたときこの工務店という領域は古いけれど新しい、やりがいと可能性のあるフィールドであると思う。学生を集める人気取りのために建築学科を増やすのであれば、そういう教育方針も考えなければ大学の意味の薄らぐだろう。

15時過ぎ、日経ホームビルダーの渡辺氏取材。現場の効率化についてのお話をする。工務店と設計の両輪を担っている以上現場の効率化を目指すことも非常に大切である。とはいえ木製建具や手作りの家具のように手間のかかる作業を推奨しているところもあるわけで、そういう意匠や素材を大切にしたうえでの効率化ということになるであろう。約1時間ほどお話をして終了。

2010/3/6

朝から雨が降っている寒い日だったが、今日は東京都調布市にある集合住宅併用住宅の地鎮祭をとり行った。今日の地鎮祭はご家族と私たちだけの略式のもの。でもきちんと土地の四隅にお酒、お塩、そしてお米を撒いて、2礼2拍手1礼の作法で工事の無事完成と、ご家族のご健康をお祈りした。こういう神事というものを心の底から信じているかといわれるとそうでもないわけだが、デモ何となくやらないと気持ちが悪い、地鎮祭とかはそういうものだと思う。関係者全員で、同じことを願うという時間を共有することに意味があるのだろう。

終了後近所のジョナサンにてクライアントのYさんと会食。2時間ほど過ごしただろうか。この場所で初期段階から何回も打ち合わせをしてきた。私が参加しただけでも10回は来ていると思う。思い出のジョナサン、これだけ聞くと美しい女性のようだ。一つの建築を作り上げる過程の中では、いろいろと思い出ができるものだ。クライアントと過ごした場所や、職人さんと過ごした場所、役所での怖い担当者とのやり取り、こういう記憶は不思議となくならないもので、経験を積めば積むほどに蓄積されていく。

16時、事務所にてYさん打ち合わせ。千葉県の柏にて住宅建築を考えているとのこと。なんでもご実家の敷地内の余ったスペースに建てるか、それとも2世帯住宅として建築をするか迷っているということであった。敷地の条件を簡単に伺ったところ、既存の住宅は道路に面して建ち、道路と反対側に南側に庭を配置している。道路に面する部分の残地は玄関と物置になっているらしく、建てるとしたらこの玄関と物置をなくしてここに建てることになるだろうという予感がした。とはいえ現地を見ていないので何とも言えないところではある。

2010/3/5

午前中、明日の東京都にある調布市の現場で行われる地鎮祭他について打ち合わせ。確認申請も無事終わり、いよいよ工事に向けて工程管理、施工図面の作成をすすめているところである。この現場は鉄筋コンクリート増3階建ての集合住宅兼住宅である。集合住宅は長屋形式を採用し、それぞれ建物横の路地の部分から直接玄関に入ることができるようになっている。3世帯の集合住宅、そしてオーナー住戸をもつ建築だ。

鉄筋コンクリート造の建築を建てる場合のいわゆるコンクリート工事については、出来ることであれば梅雨の時期は避けたいところである。今回の工程では、6月頭には何とかコンクリート工事を終了できるであろうから、まずまず出だしは順調だ。コンクリートというのは固まってしまえばよいのだが、それまでは何と言っても流動体であるので雨にはめっぽう弱いのである。

午後、各担当者のプロジェクト進行状況打ち合わせなど。

2010/3/2

午前中事務所にて雑務。午後は決算の事務処理など。建築を作る仕事というのはアトリエとしての芸術家的な活動と、工務店としての会社的な活動の両輪を運営しなければならない。工務店的な活動の中では、お金の管理が非常に大切な要素となる。建築の設計だけを行っている皆さんにはご理解いただけないかもしれないが、クライアントにとってお金の管理をしっかりと行ってもらうことは、デザインと同じかそれ以上に大切な問題であり、何よりも人生の中で一度しかないであろう家づくりのご依頼をいただく信用には不可欠なものである。

現場におけるお金の管理、つまりコストに関するマネジメントを行うことは実はそれほど難しくない。家づくりにかかるお金というのは、大きく分けて仮設費、材料費、労務費、そして管理費に分けられる。このように書くとわけがわからないが、具体的に書くと誰でもわかる。

まずはじめに仮設費。これは足場や仮設のトイレ水道電気、作業者の駐車場費など建築に直接かかわらない費用が含まれる。大規模ビルを建てるとなると非常に煩雑な仮設費がかかるので、そのコントロールをすることが難しいが、一戸建ての住宅を作るとなると実はこれ、誰でもわかるレベルの問題である。足場を作るのに何人の職人さんが来るか、足場材量のリース期間が何カ月か、そういうことを一つ一つ考えていけば実は15項目くらいしかないのである。

次にあげたのが材料費。これはちょっと難しいが、ますいいのスタッフを見ていると大体3年程度の経験を積むと木造住宅の材料を一本一本拾い出せるようになるようだ。はじめて家を建てるクライアントが拾い出せるかというとちょっと難しい。でも拾い出した物を見て、そのものが高いとかを判断することはできるであろう。たとえば柱の値段。ヒノキの柱は5000円程度、杉の柱は3000円程度。100本の柱を購入するとなると、20万円の差額となる。ヒノキがいいなという気持ちと、20万円という値段。どちらをとるかの判断は、誰でも理解できる。他にもステンレスの手すりと鉄にメッキをした物の値段の差額、無垢材の階段板と集成材の階段板の差額、一つ一つ説明すればだれでもわかる内容なのだ。
労務費と、管理費はいわゆる人件費の部分である。大工さんが何日作業するかなどという作業日数とそれぞれの職人さんの経費などを合計して求めるわけである。

一軒一軒の住宅のコスト管理は大まかに言って上記のように行われる。私はこの作業をなるべくクライアントと一緒に行うようにしている。それが、クライアントの100%の判断になることは難しいけれど、なるべく多くの判断材料を提供して、一緒に判断することで家づくりの中でいろんなことに納得もできるし、後悔することもなくなると考えているからである。会社の決算の話からだいぶそれてしまったが、とにかくお金の管理は大切だということ。今後もしっかりとやっていきたい。

2010/3/1

今年もいよいよ3月にはいった。三寒四温とはよく言ったもので、2月の寒さがうそのような暖かい日が続くかと思いや、今日はまた肌寒くなった。こういう時期は体調を壊しやすい。ますいいの社員の中でも、先週は中村が体調を崩してしまった。工務店として現場管理をしている以上、やはり外にいることが非常に多いので注意が必要だ。現場の職人さんたちはその辺は非常に上手に管理していて、例えば大工さんが風で寝込んだなんている話はほとんど聞いたことが無いから、やっぱりたいしたものだと思う。

13時、東京都にある葛飾区の家の打ち合わせ。打ち合わせの前に土地を拝見してから、会社のほうにお邪魔した。初回の打ち合わせということで、クライアントの希望にあったデザインの住宅を作る工務店という当社の仕事の流れを一通り説明させていただいた。この葛飾という場所を今回のようにじっくりと拝見したのは初めてのこと。どことなく川口市と似ている雰囲気に愛着を感じる。街には大小さまざまな製造工場が散在し、その合間合間に住宅や商店がひしめくようにたっている。どことなく人情味あふれる町並みで、超高層ビル群が立ち並ぶようなエリアと比べると人と人とのつながりが深く残っている、そんな雰囲気を感じた。

最後に、家作りの希望をFAXにてお送りいただくことをお約束して打ち合わせ終了。この家作りの希望、これが実はとても大切。何を書いていただくかというと、家作りの根幹にかかわるような初元的な御希望を書いていただく。

以前建てたさんかくの家は直角三角形の土地に建つ母と娘のための小住宅である。外部に対して閉じることにより女性だけが住む家に安心して暮らすことができる環境を提供し、かつ光がふりそそぐ明るくて開放的な空間となるよう、住宅の中心には大きな吹き抜けが配置されている。薪ストーブの煙突が貫通するその吹き抜けの上部は、棟屋になっていて3つの壁面がガラスで出来ている。ただでさえ狭い土地を最大限に利用するためにさんかく形となった各階の居室には間仕切りを作らず、その頂点まで視線をさえぎるものは何も無い。その結果、吹き抜けを通って光がふりそそぎ、視線が伸びやかに交差する広々とした空間が出来上がった。母と娘の二人が暮らすこの住宅に玄関は作られていない。代わりに玄関部分には薪ストーブのあるホールが配置されることになった。このホールでは、冬のゆったりとした休日、薪ストーブの炎を見ながら読書をして過ごすことができる。

住宅というものは立体である。プランが決まったからといってその住宅の持つ空間の質というのは一定ではない。どこからどのように光や風を取り込むか、家族の視線が交差するか、日々の生活の動きの中で人がその部屋の雰囲気をどのように感じるか、そういうことは立体的な検討の中で決まっていく。同じ8畳の部屋であっても、その天井の高さによって居心地はまったく異なるものだ。そして、求められる居心地によって再びプランが変更されることもしばしばある。プランの設計図が出来たら、目を閉じてその住宅に入り込んでみよう。玄関を開けて、リビングに入り家族と一緒に食事をする。夜、それぞれの部屋に入って趣味の時間を過ごす。床にはいって休むときの静寂。そして朝目覚めるときの光。模型を眺めながら空想するその暮らしの形こそが、本当の設計図であると思う。そしてそれを作り上げる最初の初元的な条件、それこそがこの家作りの希望である。

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