増井真也日記

略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

2010年

1月

2010/1/30

朝8時事務所を出発して鎌倉の家の敷地調査。鎌倉市役所に車を止めるとクライアントの坂田さんがすでにいらしていて、出迎えてくれた。革のパンツに身を包んで葉巻をくわえ、豊かなひげをたくわえた御主人さんは好奇心旺盛でファンキーな青年がそのまま年を重ねたような方だ。こういうクライアントの仕事は絶対に面白い作品が出来る。なんと言ってもセンスが良い。こちらもがんばって、着いていかなければいけないな。

現地で一通りの説明を受けた後、田村とともに平面図を起こす。昔ながらの和風住宅だけに、間取りも非常にシンプルで1時間程度で完成した。終了後鎌倉駅前の喫茶店「ヲガタ」にてブレンドコーヒーを頂き、打ち合わせを終了した。

それにしても鎌倉の街を歩いているとどうしてこんなにも川口の町並みと違うんだろうと不思議になる。上の写真は鎌倉市役所の隣にある、御成小学校である。古い木造校舎が残っているのか、新しいコンクリートの建築群の中に一軒だけ木造の写真の建物があった。何でもこの小学校は旧鎌倉御用邸を払い下げられた土地を利用して建築されていると言うことである。ちなみにクライアントの御主人さんもこの小学校の出身ということであった。ほかにも街を歩いているとまさに小京都といったような趣があり、都市計画の難しさを本当に思い知らされたような感覚を覚えた。経済至上主義と建築の保存、歴史の保存、この一見相反する要求に対し、伝統の継承という行動の指針を貫き通してきた結果生み出された新しい価値、それがこの街に残る観光資源としての建築郡であることは間違いがない。一見すべてがうまくいっているように見えるこの街だって、ここにいたるまでには、そして現在もさまざまな軋轢を抱えているだろう。この小学校の建て替えられた新しい校舎を見ても設計者の苦悩やそれを発注した発注者やその周りの様子が目に浮かぶようである。先日京都に行ったときに感じた京都駅の町に対する威圧感、先斗町や木屋町の歌舞伎町化を見ていてもやっぱり一つの町の変化の過程をコントロールすることの難しさを感じるばかりであった。

夕方、足立の家の打ち合わせ。18時ごろまで。建築と土地の関係、成長する可能性を残した建築についての説明をした。自営業の美容室が新たな建築を作ってスタートすることの難しさは非常に良くわかる。何とかその助けになる本質的に意味のあるものを造ってみたいと思う。

2010/1/26

午前中、事務所にて雑務。合間に机の上に置いてある石山修武氏の「アニミズム周辺紀行4」に目を通す。そういえば先日国立新美術館で企画展に展示していた彫刻家の高野さんがアニミズムの言葉にえらく反応していたのを思い出した。アニミズムというのはすべてのものには霊魂が宿っているという考え方である。これだけ聞くと何が何だか分からないが、私が普段扱っている建築でいえば「新しすぎるものはあまり好きではない」というようなクライアントからの言葉につながってくる概念である。もしくは「この築60年の古い屋敷を何とか手直しして住み続けたい」の類の話も同じであろう。

つまり、住宅に限らず長く使い続けることを当然とする建築のようなものに対して、人は何らかの感情を抱くものであり、その感情を抱いたとするならば、その建築のようなものの中に物質的ではない何かを認めることにつながるということなのであろう。もしくはその物質の作られる過程つまり関わる人の手の跡が生々しく浮かび上がる様子や、そのもの自体の表徴のもつ力がある種のイコンのような表情を帯び出した時に感じる状態とも言えるかもしれない。

すべての人がそうであるとは言わないが、多くの大量消費社会に反対意見を持つある種のユートピア思想の類を持つ人々は、この手のアニミズム的感覚を持ち合わせている場合が多い。そして私もその一人である。先の日記の写真にある高野氏の彫刻に取りつかれる人は皆そうであろう。

彫刻家と家を作ってみようと思う。先の高野氏との共同作品を作ることを考えている。この計画に賛同する施主様求む!

2010/1/25

午前中、各プロジェクト打ち合わせ。八潮のリフォームが本格的に動き出しそうだ。外部に設置する階段はデザインのポイントになる部分である。この作り方次第で家に帰ってきたときの印象が大きく変わるんだろうなと思うと、自然と力が入ってしまう。
続いて川島町の家の打ち合わせ。模型でイメージを作成したものの外壁の作り方がまだ建築の特徴になっていないようであったので、再度挑戦するように指示。この辺の粘りが建築の質を高めていくと思われるので、納得いくまで調整を続けたほうがよい。

昼、いつもの青木食堂にて昼食。会社の裏にある古い食堂なのだが、いつもお客さんでいっぱいだ。メニューは焼き魚から揚げ物の定食まで様々で、値段も600円から800円とリーズナブルなのが人気の秘訣だろう。何のことはない古い木造家屋に、擦り切れた畳とちゃぶ台。若い男女が入ってくることは絶対にないだろうが、おじさんたちには人気がある。私もタクシードライバーや職人さんたちに混ざって週に4日は食べている。どれだけ時代が変わっても、人が求めるものはそれほど変わらないということだろう。

昼過ぎ、印刷業者さんでもあり地元の先輩でもある亀田さんと会社の現場シート作成打ち合わせ。
その後、日本住宅新聞社平山さん取材。セルフビルドをとりいれた家づくりについて1時間ほどお話をした。
夕方、駅の中の店舗設計についての打ち合わせ。
11時過ぎ帰宅。

2010/1/20

午前中、八潮の家のリフォーム計画などについてうちあわせ。限られた予算をどこにどう振り分けるかが設計者の判断の大切なところである。理想とするライフスタイルを描いたときに、ここだけはやっておきたいと思うところを抽出し図面にする作業はなかなか難しい。度重なる検討を重ねてだいぶまとまってきた。明日の朝には完成にいたるであろう。

午後、川口市の築60年の家のリフォーム打ち合わせ。古い木造住宅の改修工事ということで、まずは耐震診断からはじめる。今の基準の耐震強度まで高めることは到底難しいであろうが、なるべくそこまで到達できるように考えられれば良いと思う。このプロジェクトはクライアントの古い住宅を守りたいと言う思いで開始した。おそらくほかのクライアントであったら、解体されてしまっていたであろう。古いものを長く使いたい、まずはクライアントにその気持ちがなければ建築が残るはずはない。そしてその気持ちが美しい町並みを作っていく。最近、世間の考え方も大量消費を疑う方向に向かってきているように思う。その志向がさらに高まることで、日本の町並みの魅力も増してくれればよいのだが。


築60年の家内観

2010/1/19

午前中各プロジェクト打ち合わせ。

午後、足立の家の2回目の打ち合わせ。1階に美容室、2階に住居と言うプランなのだが、防火地域に建つ住宅と言うことで木造の場合3階建てに出来ないところが何ともむずかしい。この敷地は容積率が300%ある。ゆえにこの耐火建築にしなければいけないと言う制限を除けばかなり大きな建築を建てることが出来るはずの土地と言うことになる。今回の建設予算からしてRC造や鉄骨造を検討することは難しいと考えてきた。ゆえに本日のプレゼンでは木造2階建ての建築を提案させていただいた。

でもなんとなく腑に落ちないんだよな。今はこれしかない予算だからこの規模の建築を建てるけれど、将来的に美容室が成功したら増築してお店を広げたい、と言うような当然の希望にこたえられる土地を購入したにもかかわらず木造建築を立てたらそれが出来なくなってしまう。そんな選択をして良いのだろうかの疑問が捨てきれない。ここはやっぱりRC造での再検討を進めていこう。

2010/1/17

今日は家でゆっくりとする時間があったので、先日購入した構造家川口衛の「構造と感性V」を読んだ。この本は川口氏が開発したパンタドーム構法と言うドームの技術を紹介するものである。この構法自体は1985年のユニバーシアード開催に向けて建設されたワールド記念ホールという建物で初めて利用されているので、決して新しいものというわけではない。この構法の「本当に簡単な説明」としては、いわゆるドーム建築を巨大な足場を組んで建設するのではなく、いわゆる地組みをしてから、ジャッキアップしてドーム型に膨らませて、目的の形態にするという方法である。

本の最後に「パンタドーム構法における。リフトアップ中の構造の形態の変化を観察すると、実に千変万化であり、その過程では完成後よりも実にダイナミックな形態を示すものがあります。これらの様子を見ていると、パンタドーム構法の形態変化がリフトアップ過程に限定されているのが、むしろ窮屈な使い方のような気がします。完成した後も、用途に応じて変化し、最適な形態をとる建築、これがパンタドームの次の課題かもしれないとおもっています。」と言う記載があった。用途に合わせて動く建築、関節を持つ建築、なんだか面白そうな話である。

2010/1/15

夕方、国立新美術館でやっている、未来を担う美術家たち「DOMANI・明日展2009」を見に、六本木まで。作家の一人の高野浩子さんと待ち合わせして作品の案内をしてもらいながら、30分くらいの時を過ごした。

http://www.art-kouba.com/kono/06_niccho.html

高野さんの作品は女性の像が中心なのだが、その表情にはなんともいえない安らかさがある。彼女いわく「すべてを許してくれる女神」なのだそうだ。そして、「最近そういう人がいないよね」とも言っていた。多くの作家が個性の表現に明け暮れる現代社会において、この純粋な思いで活動を続ける姿に大変感銘を受けた。至極のひと時をすごした後、高野さんと二人でそのまま赤坂に移動し、TBSの裏にある「うのまる寿司」にて会食。原酒を少少飲みすぎてしまい酩酊。11時過ぎ帰宅。


想う人−夢の中の本− 高野浩子

2010/1/12

午前中各プロジェクト打ち合わせ。

続いて川島町の家についての数点の指示。
@構造計算を行わないで木造2階建ての壁量計算を行う予定なのだが、必要壁量を1,5倍とすること。
A水平剛性と躯体の防腐措置についての確認。
B1階の店舗を魅力的に演出する外壁の造り方の検討。
について話をした。

@については建築基準法で定められている壁量の1,5倍とすることでより強い構造となるわけで、住宅としてはこれくらいの安全を見たほうが良いだろうという判断である。そもそも建築基準法に定められている数値目標は最低限度であるし、100年に一度の大地震のときに壊れはしても人命を失うような倒壊をしないことを目標としているので、やっぱり安全を見たほうが良いということになるわけだ。

Aについては、木造というのは水平面が十分に硬いことを前提として、地震や風の力が壁に伝わりその力を耐震壁が負担することで安全に建っていることができるということになっている。ということは、床や屋根がしっかりと硬く作られていることが重要であり、そういう部分がしっかりしていないと、力が均等に伝わらないからどこかに無理が生じて壊れやすくなってしまうのである。防腐については当然なのでスルーしよう。

そして最も重要な部分がBだ。これに関しては再度模型を作成して検討しお見せする事とする。

午後、川口市内の本社のある食品会社にて駅の中に設置する予定のブースのデザインの打ち合わせ。まだ依頼されることが決まったわけではないが、面白そうな仕事なので全力で提案してみよう。

2010/1/9

藤森照信氏の「素材への旅」を読んでいたところ、土佐漆喰についての記述があった。土佐漆喰というのは石灰石を壷で焼成し、生石灰を粉末状にして消石灰としたところに発酵させた稲藁のスサを混ぜて、寝かせた材料のことである。本によるとこの藁の色が黄色みがかっているので塗った直後は黄色い漆喰の壁になるそうだ。そしてそれは時とともに白く変化するらしい。たまたまこの本に掲載されている土佐漆喰の会社がますいいでよく利用するタナクリームを製造している田中石灰工業だったので目に付いた。

このタナクリームというのは消石灰(Ca(OH)2)に水(H2O)を混ぜて空気中の二酸化炭素(CO2)と反応することによってもともとの石灰石と同じ状態(CaCO3)に戻るというものである。石灰石を焼成して作った消石灰に水を混ぜてペースト状にすることで、壁に塗ることができるようになる。そしてそれが空気中の二酸化炭素と反応して壁面の上でもともとの状態に戻り、建物を保護する外壁や内壁となる。

自然の産物に手を加え、そしてそれを塗りつけて、元の自然の状態に戻るというのがなんとも言えない良さを感じるのである。近年様々な左官建材が販売される中で、ますいいがタナクリームを使う理由はここにあるわけであるが、これまで使用したことのない土佐漆喰もいつかは使ってみたいものだ。

2010/1/8

午前中より事務所にて打ち合わせ。調布の集合住宅併用住宅の現場では解体工事が進んでいるが、その合間を縫ってボーリング調査を行う予定だった。担当者と解体業者の約束が交わされているとのことだったが一抹の不安を感じて再度確認させる。解体工事中に前面道路から5mの空地を作り調査を行うという計画ということだが、そもそもそんなことが可能なのかの不安を感じ電話させたところ、あっさりと断られてしまった模様。できもしない約束をする業者も業者だが、そこに不安を感じないスタッフもスタッフである。現場の進行状況を予測して物を考えることができないようではどうしようもない。

続いて川島町の家の打ち合わせ。セルフビルドを有効に取り入れることのできる外壁の作り方、それでいてカフェとしての魅力を高めるような工法を検討する。すぐに答えが生まれるような問題でもないが、ここを解決しないと魅力的な建築を作ることはできない。この点については1日刻みで打ち合わせを重ねていこう。

続いて八潮のリフォームの打ち合わせ。予算との戦いになった現場だが、最も効果的にコストを落とすことのできる変更項目を探す作業をもうしばらく続けてみようということになった。

夕方、数年ぶりに歯医者さんへ通院。特に今すぐに歯が痛いというわけではないのだが、奥歯が砕けてしまったのをほったらかしにしていたことをふと思い出し検査をしてもらいに行ってみた。心配していたほどの症状があるわけでもなく、簡単な治療で終了。2週間後に親知らずを抜かれることを宣告されて帰社。簡単に返事をしてしまったのだが、痛くもないのに何で抜く必要があるのだろう。

先日、知人の彫刻家の高野浩子さんより国立新美術館で開催されているDOMANI・明日展2009の案内が来ていたのを思い出し電話してみる。来週の金曜日に美術館にてお会いすることを約束した。なんでもこの企画展示は文化庁の芸術家在外研修制度の成果発表としての展示ということで、同制度でイタリアに留学していた時の作品が展示されているのであろう。若手アーティストが現代アート的な表現に走るなかで、いつも変わらず静かな女性の彫刻を作り続ける彼女の姿勢は非常に共感できるところなので作品を見るのが楽しみである。

2010/1/6

今日から本格的に仕事を開始。皆それぞれの現場に出かけて行った。昨日は午前中だけ仕事をして、午後からは私の自宅で新年会をとり行った。一年に1回くらいは自宅にご招待してと思っているのだが、12人の大人と私の家族が4人集まるとさすがに狭い。

午前中調布の集合住宅併用住宅打ち合わせ。いよいよ工事に向けて動き出す段階となり、地盤調査を経て確認申請へと進む。この建築では現場の近所に建つ安藤忠雄氏の集合住宅と反して、荒々しいコンクリート打ち放しの外観を作ろうとしている。別に安藤忠雄氏を否定しようというわけではないのだが、町中にあふれかえるきれいすぎるコンクリート打ち放しのぴかぴかした表面には何となく違和感を覚えざるを得ないからである。なんでかはよくわからないのだが、商品化されたファッション建築という印象が強すぎることが原因だろう。

コンクリートという構造体の持つ力強さが何も身にまとうことなく風雪にさらされ、時間とともに凄味を増していく、そんなコンクリートの打ち放しがある。そのひとつに挙げられるのが1966年10月竣工、東京渋谷区神宮前に建てられた東孝光の自宅(兼事務所)だ。すでに40年以上もの年月が経つそんな時の流れを感じさせる荒々しい表現は今でもたびたび建築誌などに登場する。一昨年に訪れたパリ郊外のロンシャンの教会でもそんなコンクリートを見ることができた。表面は白く塗装されているが、その奥にあるコンクリートの力強さが感じられる建築であった。設計を担当している田村がどのようにこの表現を実現するか、とても楽しみなところだ。


1月1日〜5日

家族で初詣。近所にある川口神社、そして錫杖寺(しゃくじょうじ)に出かけた。元旦ということでどちらも大混雑であったがやはり私よりも年上の世代の人が多いようだ。

一部の集団行動を楽しむ子たちは別として、少年少女の世代にはこのような行事は関係ないのであろう。そういう私も少年期、特に高校生のころはこういう行事にまったく無関心であったのに対し、今は自然と足が向いてしまう。現実とは違う何かを見ることができる年になってきたということなのだろうか。新年が明けたからといって何も変わるはずがないのに、なんとなくいつも歩いている街並みまでもがちょっと変わったような気がするのが不思議だ。目に見えない何かが、一年の終わりとい一年の始まりのその瞬間に降りてきて、人々の心や様相に棲みつく、そんな気がするのが不思議である。

年末のニュースで政府の新成長戦略なるものが発表された。なんでも観光、環境、健康の分野において2020年までに400万人の雇用を創出するそうである。亀井大臣の沖縄カジノ計画や小沢一郎の中国向け外交など今の日本は明らかにこれまでとは違う方向に向かいつつある。これが昨年の総選挙で国民が望んだ変化の表れなのだろうが、結果どこへ向かうのかはこんな短期間で分かるはずもない。アメリカ中心の世界体制は9.11のテロ事件を経て終わりに向かいつつある。中国、ロシア、そしてEU、多極化する時代の中で日本の取るべき立ち位置を考えたとき、まるで北欧諸国のような3つのキーワードを並べるのも必然なのだろう。日本は日本らしく、一つの個性を持つ国として生きていきましょうという、ごく当たり前の間違っているはずのない戦略なのに、この戦略までもがどこか均質化されたもののように感じてしまうのは、これがあまりにも他国によって使い古された言葉だからであろう。

そもそも、科学と経済の進歩によって世界を平準化してきたアメリカの帝国主義的思想そのものが限界を迎えている。メジャーではないものの、一部の建築の世界においても均質な表現から技術による多様化する空間表現や、土着的な素材や工法による表現、宗教的な感覚を感じさせる表現と、幅を広げつつあることを感じる。数年前の大学生による卒業設計選手権の類の図面には、まるでハウルの動く城のごとき物体が描かれていた。技術などの言葉で限定できない価値観への回帰がこういうところでも始まっているのであろう。

今日のニュースにドバイの800メートルの高さをもつ建築の写真が配信されていた。昨日の新聞には墨田区に建設中のタワーの写真が掲載されていた。これらの絵を見て、技術の進歩と人類の果てしない成長を感じることができるほどあっけらかんとした思考回路を持つことができる人間は今の時代、それほど多くはないだろう。ほとんどの人がドバイショック後に建った世界一の高層ビルの写真に、まるで風刺画のような哀愁を感じるであろうし、墨田区に建設中のタワーに対しても同じような思いを抱くはずである。経済至上主義が揶揄されたり、拝金主義が揶揄されたりの近年の論調は、それらの限界に立ち会うこととなった批評家たちの、その場限りの言葉のようにも聞こえるのだが、だがしかしこれらの政策の限界は世界中の認めるところとなりつつあり、その後の世界を明確にイメージできている人はまだそれほど多くはないのである。

まあこの2010年はそういう変化が少しずつ表面化してくる年になるであろう。その変化をじっくりと拝見しつつ暮らしていきたい。人間が人間らしく暮らすことのできる世界などと言うと、安っぽいユートピア嗜好のように思えるが、なんとなく少しずつだけどそういう方向に向かっている気がするのである。いや、そう考えたいというのが本音かもしれない。

なにはともあれ、新年明けましておめでとうございます。

本年も、皆様にとって良い年となりますことを心よりお祈り申し上げます。

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