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7月
2009/7/31
午前中、新宿のレストランにて調布の集合住宅併用住宅打ち合わせ。ヨーロッパ旅行に行かれていた御主人が戻られて、今回は奥様も同席されることになった。やはり住宅の打ち合わせは御家族がそろっていたほうがやりやすい。

大宮の家の足場が解体されだいぶ完成に近づいてきた。上がその様子。南に面する大きな木製建具は内部に障子がはめ込まれている。外壁はガルバリウムを使用した。小さいけれど住み心地のよい住宅が出来上がった。完成写真をご覧いただくのを楽しみにしてほしい。
2009/7/28
朝10時、野田の家のプラン変更打ち合わせ。ほぼまとまりかけていたプランの変更ということで御連絡を頂き、今朝お話を伺うということになったわけだが、予想以上によい方向への変更だったことに驚いた。これから模型の作成、展開図などの実施設計へと進行していく予定だがクライアントからの提案を生かした伸びやかな空間を作っていきたいと思う。具体的な変更内容としては、1階の廊下をなくすというものであった。これは簡単なようでなかなか実現しないプランである。ひとつの部屋を通り抜けないと奥の部屋にいけなくなったりの障害をクリアしなければならないわけだが、それがなかなかできないものなのだ。今回は住宅内部に2系統の上下階の移動手段を設けることでこれをクリアすることとなった。こうすることで、L字型の奥行きの深いプランでも動線が非常にスムーズになるメリットもある。まずは模型の完成を楽しみにしよう。
2009/7/27
朝一番朝礼。今日から佐野君が設計担当として参加する。自分の担当の建物を一つ一つ丁寧に建ててくれることを期待したい。それともうひとつ、設計担当の田村が無事一級建築士試験の1次試験に合格した。今年度より科目が一つ増え、年々難化傾向にある試験だけに一度で合格したことはなかなかのものだと思う。仕事をしながらの受験で大変だったろうが、やっぱりやるときはやる男だな。
10時、川口インキュベートオフィス風間氏訪問。11月の市民フォーラムについて打ち合わせ。今回はインキュベートオフィスを利用した西川口エリアの再生計画についてのフォーラムを開催することに。西川口エリアというのは違法風俗店の摘発後、クリーンな町のイメージを打ち出すこともできずに完全なるゴーストタウンとして再生を待ち望んでいる状況である。さまざまな角度からの再生事業が進行しているが、ここに一石を投じたい。
13時、八潮のリフォーム打ち合わせ。プランについての打ち合わせを行うも図面のスパンのずれが発覚。もう一度出直すことに。リフォームの現場の作図というのは現状に合わせた提案を行うことが基本なのだが、図面が正確に記載されていない場合などはこういう既存の図面を起こすという最初の作業で苦労することが多い。それにしてもクライアントには無駄な時間を使わせてしまうことになり申し訳ないことをしてしまったので、よりいっそう力を入れて作業を進めたいと思う。
夕方、野田の家の明日のプレゼンに向けての打ち合わせ。とはいえ明日は意見を聴くことが中心であるのですぐに終了。
2009/7/24
午前中は八潮のリフォームのプレゼン資料作成打ち合わせ。木造2階建てとはいえ階段の新設や既存階段の撤去などの大掛かりの作業があるので、少しでも既存建築をいためないように配慮することと、1階の住人が住みながらの作業を可能にするようなプラン作成を心がけることを指示。明日には再集計が完成する予定。
午後、電話にて住宅相談。工務店での家作り、ハウスメーカーでの家作りの相違点などを簡単に説明した。相談の内容は以下のようである。つまり3月に土地の契約をして以来すでに数ヶ月が経過してしまった。来年の3月より土地の住宅ローンの返済が開始されてしまうのでそれまでに建物を完成して引越しをしないと現在居住中の賃貸住宅の家賃との2重払い状態になってしまう。そうすると毎月の支払いが多すぎてどうにもまわらなくなる可能性があるので、3月に引越しができるようにはできないかとのことであった。
3月に引越しをしようとすると実質的には2月末には建物が完成している必要がある。工事期間は最低でも4ヶ月は必要なので工事に取り掛かるのは11月というところだろう。10月には確認申請を終了し工事契約をする必要がある。ということは実施設計は9月、基本設計は8月ということだ。このペースはまったく無理かといわれれば、絶対に無理だとはいえない。何とかなるかもしれない。しかし、通常のペースと比較するとどうにも時間が短すぎる。ますいいでは通常設計期間5ヶ月、工事期間が4ヶ月半は見てもらっている。これはいたずらに時間をかけようとしているわけではなく、やはり一生に一度の家作りであるので、本当に納得のいくまで基本設計を繰り返し、模型などで形状を視覚的にも確認したうえで、工事に入るようにしているためである。もちろん設計期間には個人差がある。基本設計が1ヶ月で終了するケースもまれにあることは事実だ。それとは逆に3ヶ月程度かけてじっくり行うこともある。この期間は私達がコントロールするものではなくて、施主がそのプランに対し本当に納得してくれたかどうかで決まるものだと考えている。

(蓮田の家・模型写真)

(浜田山の家・デッキ模型)
確かに通常の工務店ではこれほどの設計期間をかける会社はないだろう。通常の場合はプランニングのみの打ち合わせが行われ、模型などを用いた空間の検討がなされることはない。上記の模型のようなものを作ったり、それを基に打ち合わせを重ねたりすることが重要であるし、それには多少の時間を必要とするわけだが、2次元だけの検討をするのであればそれほど時間は必要としないだろう。そして、後のことは私どもに任せてくださいというのが通常の工務店のスタンスである。よほど信頼を置ける会社が見つかったのであればこの方法でもかまわないが、そうでない場合は私としてはあまりお勧めはできない。
そもそも模型を作成するのには二つの理由がある。まずはクライアントに対する説明である。そしてもうひとつは作り手側、つまり私達がクライアントの望む住宅に対する最適な形状や開口部の配置、風邪や光の抜け方、空間の広がり、そういうものを検討するための手段であるということだ。私達は住宅設計のプロである。そのプロであっても瞬時に形状を決めることはできないのだ。そしてそれを検討するために、下のような簡単な模型を作成したり、上のような細かい模型を作成したりを繰り返し、最終的な建物の形状にたどり着く。その最終形を施主にプレゼンしているだけのことであり、それまでには必ず数個の失敗作があるのだ。

(野田の家・比較模型)
この検討なくして家作りができないかと聞かれれば、それはできる。通常の工務店の場合、屋根は基本的に切妻、天井高さは2400mmを基本とし、外壁は通気層を設けたサイディングで軒ので寸法は455mm、こういう風に会社としての基準を決めている場合が多い。このような方法をとれば確かに平面図だけで家を作ることは可能だ。しかし、このように画一的な手法では下の写真にあるような船橋駿河台の家のリビングはできなかった。左側のプランを見て欲しい。プランだけ見て誰がこの写真のような大家根に包まれるリビング空間を想像できるだろうか。緩やかなヒノキのオープン階段を想像できるだろうか。こういうものはすべて模型による検討を経て作られたものなのである。
 
(船橋駿河台の家・リビング)
さて、以上のお話でお分かりいただけただろうか。なんだか昨日のお電話で伝わりきらなかったような気がするので説明をさせていただいた。そして、今回急ピッチでの家作りを行うということに御協力できなかった心ばかりのお詫びとして、依頼する地元の工務店さんが作成した図面と見積書をお持ちいただければ私なりのアドバイスはさせていただくことをお約束する。もちろん御代はいただかないので御安心ください。
2009/7/21
午前中各プロジェクト進行状況打ち合わせ。
夕方より越谷で集合住宅併用住宅を新築したいとの御相談。集合住宅をつくるにはまずは立地条件が非常に重要な要素を占める。その点では今回の計画地は駅徒歩60秒という高立地なだけに、事業の成功が予想される。最近考えた西青木の集合住宅のさまざまなアイデアを実現させることができそうである。
2009/7/18〜19
今日は以前より材木を用意して待ち構えていた小学校の防災キャンプ。12過ぎより材木を準備して校庭に乗り込んだ。
校庭に着くとすでに父兄の方々などが準備を始めていた。キャンプ担当の宮村さんと一緒に長すぎる材木を適当な長さに切りそろえ、早速キャンプファイヤー用のやぐらを組み上げる。
消防署の協力による防災体験、夕食、テント張りを経て、いよいよキャンプファイヤーに。輪になって歌を歌う子供達を見ていると、地域ぐるみでの子育ての大切さとか、今の子供達もそんなに捨てたもんじゃないな、なんていう気持ちが自然と沸いてくる。子供達は決して変わっていないと思う。きっとだめなのは大人のほうなんだよな。

そのまま翌朝に突入。ラジオ体操、テントの撤収、朝食を終えて8時ごろ終了したものの、帰宅後は3時ごろまでダウンして一日が終わってしまった。
2009/7/17
10時、埼玉りそな銀行大崎部長来社。経済四方山話。
17時過ぎ、川口市役所の近くで家を建てたいというTさん来社。なんでも敷地は私の住まいから徒歩5分程度の近所ということである。地元の仕事はなんとなくうれしい。ぜひとも良い家を作らせていただければと思う。
昨日はお付き合いのあるお弁当屋さんのお勧めで、スタッフ全員に土用の鰻を振舞うことにした。異常な暑さの中現場作業をしていると、ふらふらするくらいにしんどいものだが少しは元気をつけてもらったのだろうか。食が豊かになった今、こんな習慣も声をかけてくれる人がいなければいつの間にか忘れてしまうものだ。お弁当屋さんにとっては御商売なのだろうけれど、私達にとっては良い初夏の風物になっている。
2009/7/15
午前中、各プロジェクト打ち合わせ。その中で、興味深い出来事があったのでここにちょっと記すことにする。最近の家作りでは、住宅の骨組みとなる材木の加工、つまり長さを切ったり、仕口を作ったりの作業は機械で自動的に行われるようになっている。この機械作業のことを通称プレカットというのだが、このプレカットを依頼する工場は埼玉県内にもたくさんある。ますいいでは現在4社の依頼先を有している。なぜか?それは各工場によって得意不得意があるからである。
プレカットというとすべてを機械がやってくれるようなイメージがある。確かに建売住宅のような単純な構造形態の場合はすべての加工を機会が行う場合がほとんどであろう。しかし、登り梁や化粧の隅木のように、複雑な作業を要する場合には機会が行うことはできないので、結局は大工さんが行うことになるのである。ということは、大工さんがいないプレカットの工場ではこの手の加工はできないということになるわけである。そして、その工場の規模が大きければ大きいほど大概この手の大工さんは存在しない。つまりめんどくさいこと、人の手が必要なこと、そういうことはやらないのである。
地元にある大東木材なる材木屋さんにはその手の熟練の大工さんがいる。現場で作業をするには年をとりすぎているけれどでも経験と技術は確かなおじいちゃん大工さんである。この大工さんは私達の望む加工を何でもやってくれる。そして、その加工を手助けする施工図作成者の市川さんの存在も大きい。営業の古屋さんのことを書かないと怒られそうなので一応古屋さんのことも褒めておこう。地元にある小さな材木屋さんの力、それはその会社を支える人の力である。そして、時にはその人の力が大手上場企業の持つ工場の精度や加工技術を上回ることを忘れてはいけない。

2009/7/14
午前中は松戸のほうに土地を購入しようかなと考えているTさん面会。まだ最終的に決断したわけではないのだが、20坪程度の比較的割安な土地ということで、そこにどのような建築がどれくらいの費用でできるかなどのお話をさせていただいた。
何でもこの土地は区画整理の計画地になっているということである。詳しい話を聞くために役所に問い合わせたところ、いまだ組合も作られておらずいつ進行するかはまったくわからないということであった。それにしても驚いたのは、Tさんが自分で調べた内容と、役所の答えがほぼ一致していたことだ。クライアントの事前調査というのは大概どこかしら間違っているものだが、ここまで正確に話を聞いてくる方も珍しい。本来不動産会社が正確な情報を提供してくれるという点で土地を購入する人は守られているというのが建前であるのだが、あくまで不動産会社も建築に関しては素人であるということを考慮すれば、契約前にわれわれがアドバイスすることの重要性は明確である。そしてそれにもましてそういう情報を集めようとする施主の側の意識がさらに重要であることは言うまでもない。
午後は、各プロジェクト打ち合わせなど。
20時、埼玉県で土地を探し始めたというYさん面会。いまだ希望エリアの選定の段階ということで、一般的なお話をさせていただくことしかできなかった。どこに住みたいか、それくらいが決まったところでまたお会いしたいものである。
それにしてもこのようなお話をしていると住宅というものは設計だけでも施工だけでもないんだなあということをつくづく感じる。どこで暮らしていくか、そういう地域性の問題や交通事情、その他もろもろのことが決められて初めて設計などの段階に入っていくわけで、やっぱり地元に根付いている工務店だからこそ地元の情報には常に耳を傾け、知っておくべきなのだろうと思う。私も川口市のことについては以前よりだいぶ知識が付いたように思うが、ちょっと関東一円について勉強してみよう。
2009/7/11
朝一番で池上と一緒に伊奈の家の取材へ向かった。今日は扶桑社の住まいの設計の取材である。ライターさんはなんと船橋駿河台の家のクライアントだ。しかも、同姓。どちらもクライアントであり、取材ではライターさんと取材される側。なんだか非常に珍しい状況の中で取材は進められ、12時ごろ終了した。
住み始めて3年という取材であったが、このように良い住まわれ方をしている住宅というのは3年くらい建ったあとのほうが逆に絵になるものである。住まい手の嗜好が非常にセンス良くコーディネートされていることで、住宅に住むということのひとつのスタイルを提示してくれることになるわけだ。このようなものは建築専門誌にはなかなか現れないことで、むしろチルチン人のようなライフスタイル提案誌によく見る光景である。しかし、住宅はあくまでも人が暮らすための箱であり、住まい手が自由にアレンジして使い続けていくものであるわけなのだから、このような建築の紹介があるほうがより読者にとっても良い情報になるのではないかという気がするわけである。

2009/7/8
朝10時、毛呂山町の家打ち合わせ。施主のTさんは浦和で焼き物教室を営んでいる。今回はその教室内で打ち合わせをすることになった。打ち合わせの最後には近所の気になる家も拝見。木製の外壁が庭の雰囲気と調和する高原の別荘のような住宅であったが、毛呂山町の敷地の雰囲気にもぴったりと合いそうな感覚だなと感じた。
街を歩いているとこのように特に名作というわけでもなく、でもなんとなく気になる建築というものに出会うことがある。その場の雰囲気にうまく溶け込み、その場の質を高めることに貢献できている建築に出会ったとき、私達のような仕事をしている人間はちょっと得をしたような気分になるものだ。日本の住環境はその大部分が大資本によって作られる画一的な意匠とパターンの中に押し込められているので、このような出会いというものが諸外国に比べて少ない。どこの街に行っても同じようなものばかりが軒を連ねている。
住宅の性能は日々進化している。一昔前は30年で寿命だなどといわれていた木造住宅も今では当たり前に50年は利用されるべきものを作っているのである。だからこそ、これまでよりもさらに長い年月の使用にさらされていく中で深い味わいを生み出すような、良質の住宅を作って行きたいものである。
2009/7/6
朝一番で朝礼を行った後、毛呂山町の家、野田の家の打ち合わせ。
終了後、先日オープンした川口インキュベートオフィスに顔を出した。オフィスには2社の入居者がいて、始めたばかりの仕事についていろいろなお話を聴くことができた。
夕方、野田の家打ち合わせ。1階リビング案、2階リビング案の中から2階リビング案を採用することに決定した。2階リビングの採光や天井高さの自由度が決め手となった。
2階にリビングがあるというのはいつごろから採用された計画なのだろう。古い住宅に招かれて2階のリビングに上がるという経験はあまりない。そういえば私の母方の実家は2階に台所と居間があった。昭和初期に作られた住宅としては非常に珍しい形だったのだろうが、1階が木型屋さんの工場と事務所、2階が居室という配置になっていたと思う。道路よりも低い土地だったので、水が出たときに住まいの部分だけは守られるようにという工夫もあったのだろう。鉄骨の露出柱にはいつも船がくくりつけられていたことを覚えているが、昔は荒川が氾濫することがあったというからそのための備えが建築の形を決めたのかもしれない。
かの有名なコルビジェのサヴォア邸のリビングも2階にあるな。1931年にできた建築だが、1階は車のためのスペースと使用人室がある。このリビングは光あふれる上部への居住空間の移動という点で今日の決断に近いような気がする。
2009/7/3
午前中調布の集合住宅併用住宅打ち合わせ。概ね2案に絞られた案の概算見積もりを取ることを指示。地元の不動産屋さんに聞いたところによると、音楽室を独立した形で設置し、音大に通う学生さんの専用練習部屋を作るというアイデアはなかなかよさそうであった。学生時代に過ごす場としてふさわしい記憶に残る建築となることを目指したいと思う。
続いて、毛呂山町の家の計画案打ち合わせ。土地の切り方が最大の焦点なのだが、まだいまいちしっくりとこない気がする。この計画は築35年くらいの古屋の建っている敷地の一部に子供世帯の新築住宅を建設するというものである。親世帯が手塩にかけて育ててきたすばらしい庭を囲むような生活が繰り広げられる舞台としてふさわしい住宅を作りたい。
11時過ぎ、地元の解体業者より古材を手に入れる。これが2週間後に小学校にてキャンプファイヤーに利用される予定だ。私などは見慣れた材料だが、ほかの人から見れば珍しい古材であろう。利用できなそうなものばかりを集めてきたので、後は短く切って燃やすだけである。

2009/7/1
朝一番、日曜日に痛めてしまったひじの治療に接骨院へ。
いよいよ今月に入り、大宮の家と東大宮の家がほぼ同時にスタートをした。下の写真は大宮の家の基礎工事の風景である。土を掘り砕石を敷きこみレベルを合わせている。この上に鉄筋を配置し、型枠工事、コンクリート工事と進行していく。4年ほど前にRDRギャラリーのオープニングイベントのときに絵の展示を快く受けてくれた画家のNさんの自宅であるが完成するのが楽しみだ。

さいたま市大宮の家の基礎工事
夜、幸町小学校のPTA関係会合。この小学校では阪神淡路大震災以降、小学生を対象とした防災キャンプなるものを実施している。地元の町会やPTAによって行われるのだが、子供達にとってはよいイベントでもあるようだ。地域で子供を育てるという考えが非常に浸透している地域であるのでこのような行事があるのだとは思うが、やはり一番の担い手は子育て進行中のわれわれなのだろう。私は解体業者からキャンプファイヤーに使用する廃材をもらってくることになった。それくらいならお安い御用である。
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