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6月
2009/6/29
朝の朝礼にて岸田君、始めての出社。アトリエ経験5年の青年であるがこれからの活躍を期待したい。
朝礼終了後、付き合いのある商社にて太陽光パネルの打ち合わせ。材料の購入ルート、施工体制の確立を急ぐのだが、どうやら京セラの講習会を受講しなければいけないようだ。そもそも、専門的な知識が無いだけに、講習会は確かに必須だ。8月11日の講習を申し込み、スタッフと屋根屋さんで行く旨を伝えた。
10時30分、all aboutの編集の横道さん来社。
2009/6/27
今年もぼちぼち半分が終わろうとしている。年々時がたつのが早く感じるようになるというが、私の場合はそれほどでもない。なんとなくいつもと変わらない時間がゆっくりと過ぎていくような気がするのは、10年間ほぼ変わらない仕事をゆっくりとし続けているせいだろうか。100年に一度といわれる不景気の中、少しずつ世の中の仕組みも変わりだそうとしているような気がする。広告宣伝費などのコストを企業が削減していること、消費者の堅実なニーズが投資などの浮ついたニーズに変わってきていること、さまざまな変化が世の中を変えているのであろう。
10時、幕張メッセにて建築金物展を見学。杉田エースという建築金物商社による展示会だったのだがこれといった収穫はなし。それほど多くの新しい商品が出るはずもないし、これ以上必要も無い気がするので、特筆するような出会いがあるはずも無い。それにしても土曜日だというのに幕張メッセの展示場は一つしか動いていないようだ。これで大丈夫なのかと心配になる。
夕方、野田の家のプラン打ち合わせ。週明けに連絡する予定のプランについて最終調整。
2009/6/24
午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。
夕方、野田の家打ち合わせ。5つのプランをお見せしたが、ちょっと多すぎたようでどれにするか決まらず。
夜、今井兼次氏の建築創作論を読んでいたら、自邸に関する記載があった。その中に費用に関する記載があったのでここに記す。
基礎工事140円
大工工事1300円
屋根(瓦)工事300円
ブリキ工事120円
左官工事530円
塗装工事160円
建具工事350円
雑工事100円
合計総工事費3000円
ということである。時期は昭和初期であるので、高所得者の月給が100円程度。それぞれの数字に万をつけると3000万円の住宅の工事内訳ということになる。
ますいいの約2500万円の工事費内訳を記載してみると
仮設工事160万円
基礎工事136万円
木工事915万円
屋根(板金)工事67万円
左官・外壁工事210万円
塗装工事70万円
サッシ・木製建具工事182万円
金物工事180万円
内装工事・雑工事30万円
設備工事450万円
地盤工事100万円
という具合になるのでこれを比較してみると面白い。なお、今井氏の自邸も設計費がかかるわけもないので設計費などは除外して考える。両者を比較してみると現代の住宅では設備工事費の占める割合が多いことに気がつく。昭和初期の住宅では火災報知機もユニットバスも追い炊きもあるはずがなく、設備というほどのものはほとんど存在しないわけであるので当たり前なのだが、その分大工工事や左官工事などの職人手間や材料費にコストを配分できたことを考えると少少うらやましい。まあ、現代において薪でたくお風呂での生活を送れる人はそうそういないであろうから仕方がないのであるが。また、地盤改良費などの項目がないことも今とは大きく違う点だ。木造の住宅を作るのに地盤改良を行うことが一般的になったのはまだつい最近のことである。こういうものが増えれば増えるほど、人の暮らしの目に見える部分にかけることができるコストは減ってしまうので考え物だ。内訳明細の単純さを見ても、いかに昔の家作りは人の手によっていたかということがわかる。単純には参考にできないが、なんか感じるものがあることは確かであるので心にとどめておこう。
2009/6/23
朝8時30分、池上と一緒に機械基礎の工事を依頼されている近所の機械屋さんに見積書を提出に伺った。巨大なコンクリートの塊を作るだけの簡単な工事なのだが、既存の工場内部での作業であるということと、すでにあるコンクリートの厚い床を一度撤去してからの工事となることで、結構高い見積もりとなってしまった。
10時、岸田君入社面接。非常にやる気のありそうな青年で大変良い印象を受けた。アトリエでの経験も豊富なので頼りになる存在になりそうである。
夕方、野田の家のプレゼン資料最終チェック。今回は5パターンのプランの提案をさせていただくことにしたのだが、どれもなかなかのできばえである。
2009/6/20
午前中は事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。
午後より元社員の挙式に参加するため横浜へ。4時よりの挙式を終え、赤レンガ倉庫に向かうとなにやら夕闇に浮かぶ球体があった。写真はちょうど地球をイメージした画像が投影されている様子。携帯電話のカメラでちょっとぶれてしまっているが、初夏のちょっと汗ばんで意識も朦朧としている夕暮れ時に突然であったので、さすがに驚いた。先日見た映画、「地球が静止する日」に出てきたノアの箱舟をイメージした球体のようでもあった。

2009/6/18
朝8時過ぎに田村と中村とともに事務所を出発して、入間市のTさん宅にお邪魔した。そこはTさんの御両親が住む築37年の平屋の住宅が建つ土地で、御夫妻に愛され続けた庭が140坪の敷地に広がっている。この敷地の一部を利用させていただいてTさんご家族の住まいを作る計画である。敷地の利用方法からの提案となるのでこれからの進行が楽しみだ。

2009/6/16
午前中、家の時間のコラム作成、各プロジェクトの打ち合わせなど。
13時、野田の家プラン打ち合わせ。
16時、松本工務店さんとRC工事についての打ち合わせ。松本さんにはいつもRC躯体工事を行ってもらっている。躯体工事というのは、鉄筋を組んで、型枠を組み、そこにコンクリートを打設する工事のことを言う。この腕のよさで打ち放しの表面の精度などはすべて決まってくる部分なので、非常に重要な部分。今日のところは、練馬の現場での地下工事について簡単な打ち合わせを行った。
木造にしてもRC造にしても実際に建物を作り上げる職人さんの腕というのは、デザインと同じくらいに重要な要素であると思う。特にこの腕というのはなかなかコントロールできるものではなく、それぞれの職人さんの性格や仕事に対する誇りのようなもので、つまり個人の資質に左右される部分が多いと考えている。となれば、管理者としては信頼できる資質、性格、仕事への姿勢、このようなものを感じることのできる職人さんといかに大切にお付き合いをするかが重要であり、結果的にはクライアントへの誠実な対応となるのであろう。
現場にはさまざまな職人さんがいる。特にこの部分は重要だと思う職種、それはやはり大工さんであろう。木造住宅を作り上げる作業の大部分はこの大工さんによって行われている。もちろん左官屋さんやサッシ屋さん、設備屋さんも大切である。でも大工さんの担う作業の量や重要性はやはり特出している。構造に関することでいえば金物の取り付けや筋交いの取り付け、表層的なもので言えば仕上げ工事にかかわるさまざまな木工事、これらすべては大工さんと設計スタッフの綿密な打ち合わせで進められていくのである。
この関係はやはり対等でなければならない。設計者が上であるという意識は時に誤ったディテールを生み出す。長年の経験による職人さんからのアドバイスを汲み取りつつ、求める意匠を表現するという柔軟な対応ができなければ優れた設計者とはいえないだろう。工務店機能を持つ設計事務所であることの意味、改めて考えてみるとこの職人さんとの距離の近さもひとつ挙げられるかもしれない。
2009/6/15
8時30分朝礼。終了後山形県よりはるばる会社見学の学生が来る。設計の世界で働きたいとのことなので少少厳しいアドバイスをさせていただいた。短大を出てすぐに就職するよりも、もう少し勉強を続けたほうが結果的にやりたい仕事に就けると思うよ、といった内容である。設計の世界はさまざまなスタイルでの仕事への取り組み方がある。事デザインに関して言えば、やはり学生時代の時間の過ごし方はそれなりに重要なわけで、2年間ではあまりに短すぎるような気がする。
11時、入社面接。
16時、早稲田大学理工学部石山研究室訪問。久しぶりに石山先生とお会いしたが、今日は話が弾んで1時間30分ほどのお時間を過ごさせていただくことができた。一緒に過ごさせていただくだけで何かを得ることができるほどの「恩師」というのはそうそう得ることができるものではないと思う。私にとって石山氏と過ごす時間は何よりも貴重である。
2009/6/13
朝一番、さいたま市帰宅の家の地鎮祭に出席。現場に着くとまずは大工の草間さんから拝借した草刈機で草刈作業。腰の高さ程度の草が次々と切り倒され、30分程度で作業終了。いつもは鎌での手作業だったのだが、やはり機械の力はすごい。一通り敷地をきれいにしてから、いよいよ縄張り作業。田村と中村が一緒にいたのでこちらの作業のほうもスムーズに進めることができた。
11時、神主さんが現場到着。いよいよ地鎮祭スタート。始まる前に神主さんが榊の渡し方や2礼2拍手1礼の礼儀作法をクライアントのSさんにお話していた。これもまたいつもの光景なのだが、クライアントにとっては初めての地鎮祭であるということ、そして一生におそらく一度しかない一大事業がいよいよ始まるのだということを考えざるを得ない。私達は多くの地鎮祭に出席しているが一回一回がはやり新鮮な思いがする。

13時、事務所にて入間に家を建てたいというTさん御夫妻打ち合わせ。来週現場を見させていただくことをお約束。
16時、板橋に3年前に立てた大和町の家の3年点検。これといって大きな問題はなく、御家族も大変お元気な様子だったので安心した。外壁の木部の塗装がだいぶ落ちてしまっていたのでここだけはメンテナンスが必要だろう。先日お邪魔した伊奈の家といい、数年後に訪れたときに気持ちよくその住宅を使ってくれている様子を目にするときほどうれしいものはない。設計という作業がまさに実を結んだという証でもあり、大変大きな成果でもある。こういう瞬間を味わうために家作りの仕事はあるのだろうな。
夜、地元有志の集まりによるフットサル。しばらく運動していなかったのでダッシュができなかった。これはまずい、体を鍛えなければ・・・。
2009/6/12
朝8時30分よりTさんと一緒に近所の工場の機械基礎の製作打ち合わせ。住宅中心のますいいには珍しい依頼なのだが、実はこのTさん、私が幼稚園から小学校まで習っていた剣道道場の先輩である。まさかこの年になって再びお付き合いできるとは思っていなかったのでちょっとびっくりした次第だが、地元というのはこういうところが良いものだとも思う。ゼネコン時代に散々このような仕事はしたのだが、こういう仕事もちょっと懐かしい感じがするな。
13時、調布の集合住宅併用住宅の打ち合わせにいつものロイヤルホストに向かう。途中、田村がスピード違反で捕まる。60キロ制限の道路を81キロで走ってしまったらしい。周りに誰もいないようなすいている道路だけにしょうがない気もするのだが、白バイのおまわりさんも仕事だからしょうがない。今回の打ち合わせでは4パターンの計画をプレゼンしたのだが、音楽練習部屋を賃貸住居から離して1階に集中させる計画がなかなか面白い。クライアントのYさんも興味を示してくれたので、この方向をもう少し突き詰めてみようと思う。
2009/6/11
今日は久々に伊奈の家を訪れた。伊奈の家は2006年に完成した住宅で、一室空間の住宅部分と大きなガレージのある住宅である。5時過ぎに家に着くと御夫婦そろって迎えていただいた。ガレージにはとまっている筈の車ではなく、3台のバイクが置かれていた。2台のワーゲンがあったはずなのだが、方針変換をしたらしい。2台の車を維持するのではなく、バイクを楽しむことを選択したのだろう。
家中を見渡していると、なんだかとっても懐かしい気持ちになった。たかだか3年ちょっとの期間なのだが、その当時まだ小さかったお子さんがいつの間にか小学生になっていたり、当たり前のことだが私の子供も小学生になった。一生懸命足場を組んで一緒にセルフビルドをやったことや、収まりを考えていたことなどなど、次第にその当時の記憶がよみがえってくる。家というものはできて完成ではなく、長い間使われていくうちに次第にそのクライアントのスタイルに染まっていくものだ。口で言うのは簡単なことなのだが、こうして数年後に来てみるとそのことがまたずっしりと心に響く。
クライアントの暮らしを豊かにするようなデザイン、そういうものを作っていかなければいけないなとつくづく思う。

伊奈の家外観
2009/6/8
先週の事務所の模様替えから1週間、次第に落ち着いた雰囲気になってきた。やはり設計スタッフをひとつにまとめたのは良かったようで、模型室周辺ではいつもプランについての話し合いが行われるようになってきた。
下の写真は調布の集合住宅併用住宅のスタディーの様子。さまざまなプランのバリエーションを検討しているが、3案にまとまる模様。この建築ではいかに集合住宅としての魅力を引き出すことができるかがプロジェクトの成功の鍵となる。近隣にある音楽大学の学生にとって、学生時代を過ごすよき空間を創出したい。

心地よい空間とは、最近こんなことを良く考えている。街を歩いているときや建築見ているときに感じる心地よさ、懐かしさ、こういう感情はどんなときに私の心にあふれてくるのだろうか。下の写真は渋谷にある松涛美術館の階段である。私はこの階段が好きだが、いったいこの階段の何がすきなのだろうか。有機的に曲がる手摺、照明から四方に広がる光、ニッチに飾られたオブジェ、そして階段全体のフォルム、それらすべてが共鳴し合い心に響く、そんなたとえしか思いつかない。

下の写真はローマに建つパンテオンの内部である。ローマ建築にはこの写真にあるような円柱形の柱が良く目に付く。この柱、実は構造的にはそれほど重要なものではない。構造としてはその背後にある分厚い壁が上部からの垂直荷重を受けている。とてつもなく大量のコンクリートを使用する構造なのだが、そこに適切に穴を開けて部屋として利用しているのがこの写真の正面にある空間だ。ローマの建築家はそこに最後に柱の形をした装飾をつけた。それがこの建築を目にした人々を魅了する装飾であることを知っていたから、このような装飾を最後に付加することを必ず行っている。
もしもこのような装飾を取り払った姿を目にしたいと思うならば、現在のカラカラ浴場やコロッセオを見てみると良い。そこにはむき出しのレンガとコンクリートによって作られた構造が存在する。表層の装飾は取り除かれ、まさに構造だけが存在する様子を目にすることができる。

表面にむき出しにされた構造は時にその形で人を魅了する。ギリシア建築の時代、ローマ建築に見える柱は本当の構造体であった。それはむき出しの、しかし考え抜かれたフォルムによって見るものを魅了する構造であった。
ローマ人はそれを装飾として利用した。そして、求められる空間を作り出す新しい技術を利用した構造に人々の心を魅了する昔ながらのギリシアの装飾を取り付けたのである。

人の心に響く装飾、そんなものに興味がある。調布の集合住宅併用住宅の現場では大学生がここですごしたひと時を一生の思い出にしてくれるような空間を作り出すための装飾、そんなものを追及してみたい。
2009/6/6
今日は長野に出張。途中、戸隠というところでそばを食べたのだがこれがなかなかの美味。何でも昔修験僧が集まる場所だったらしく、そばというのはその修験僧たちの食料として利用されていたということだ。修験僧というのは、山岳にあるとされている霊力を身につけるための様々な修行をするらしい。現代社会ではあまりなじみのない言葉ではあるが、山に入ると大岩やご神木に太い縄が巻かれているのを見かけることがある。ああいうのもひとつの山岳信仰の名残なのであろう。
2009/6/4
午前中は事務所にて書籍の整理。午後より、南洋堂書店にて各種建築関係書籍の購入。今回は学研から出ている「世界の建築」を購入。事務所内に時系列に並べられた建築資料館を作ることを目指しての購入だが、ゆっくりと読み進めることにしよう。
今はヴィオレ・ル・デュクの「建築講話」を読んでいるのだが、この中でギリシア建築とローマ建築の比較についての部分でちょっと面白い表現があった。ギリシア建築は裸の人間の美学、つまり無駄のない均整の取れたものの美学であり、ローマ建築はそこにきらびやかな服を着せた場合の美学、つまり装飾の美学であるというものである。ギリシアもローマも見たことはあるのだが、ローマ建築をこのように見たことはなかった。言われてみれば確かにローマ建築はアーチの上にまぐさをつけるなどの構造上不明瞭な意匠が見られるのだが、このようなものをさしてのことなのだろう。
近年の住宅建築はギリシアかローマか。これは設計者によって異なる。まあ少なくともギリシアの神殿に人が暮すことはできるわけはなく、そういう意味ではさまざまな様式の中から、住まい手にあった意匠を抽出し、設計条件に合うように再構築していく作業はローマ的なのかもしれない。まあこの考えはちょっと無理があるな。
2009/6/3
13時、野田の家、打ち合わせ。今日の打ち合わせでは、キッチン廻りを含めた家事導線について細かな情報をいただいた。これまでのプランでは面積的にちょっと足りないので、もう一度考え直すことにしよう。
2009/6/2〜3(朝)
朝から事務所ではスタッフの総移動が始まっている。1階の机を含めた備品のすべてを3階に持って上がる作業はなかなかの重労働。14時ごろまでかかってようやくひと段落という状態まで落ち着くことができた。
夕方、先日怪我をしているところを捕まえて自宅で療養していた椋鳥の「ムク」が死んでしまったとの電話を受けた。だいぶ元気になってきたと思って喜んでいたところの急死だっただけに子供達のショックも大きかったようだ。
翌朝6時、家族全員でムクのお墓を会社の庭先にある桜の木の下に作ってあげた。もともとここで怪我をしているところを捕まえたから、ここが一番落ち着くだろうと思ってこの場所を選択した。毎年、桜が咲くころには思い出すんだろうな。

2009/6/1
朝一番朝礼。かねてより計画を温めていた事務所の机の大移動を実行に移す旨をみんなに伝える。1階の事務所と3階の事務所、それぞれ4人ずつの建築スタッフが働いているのだが、これまでは資料が上下に散在して、それを探し出すのに大変苦労をしていた。そもそも、分かれていること自体が無駄がある、ということで全員3階に集合することに。今日は3階の打ち合わせ室の改修作業。明日はスタッフの総移動をする予定である。
14時、千葉県の習志野市で家を建てたいというMさん来社。家作りの流れなどの基本的なお話を3時間ほど。陶芸作家のMさんは自宅に10畳ほどの作業スペースを作りたいとのことであった。こういう自由なライフスタイルを支える建築をローコストで作って上げることができたらどんなにすばらしいだろう。そんなことを考えながらお話をさせていただいた。
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