増井真也日記

略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

2009年

5月

2009/5/29

午前中、仙川の集合住宅兼用住宅の検討。

途中庭に出てみると椋鳥の雛が羽を怪我してうずくまっているのが見えた。田村と二人でしばし捕獲作戦決行。約10分後、無事捕獲に成功。このままほうっておいたら間違いなく猫にやられてしまうだろうということで、早速鳥かごを購入して怪我が治るまでのあいだ、家で面倒を見ることにした。ペットショップの主人の話によると野生の鳥というのは練りえさだけではおなかを壊してしまうらしい。というわけで、うねうねの虫がたくさん入った鳥用のえさを購入。ピンセットであげると、親鳥からえさを受け取るかのように喜んで食べている。

夕方家に戻ると、家では早速子供達が「ムクちゃん」という名前をつけていた。椋鳥だからムク、なんという単純な名前だ。私が名づけたラブラドールのゴンタといい我が家のネーミングのセンスは思慮に欠けるな。

夜、会合に出席した後近所のレコードショップでCD購入。「クインシー・ジョーンズのベスト」「カウント・ベイシー・オーケストラ」「ラムゼイ・ルイス・トリオ」などなど。ヴイオレ・ル・デュックの建築講話を読み始めてみたが、これまであまり読んだ事のなかったギリシア建築の作られ方などについて興味深い話が書いてある。そして1800年代のころより、都市化していく環境に対する疑問が投げかけられていたことを知った。当時の西欧は産業革命が一段楽したころであろう。これまでの生活習慣からガラッと変わって効率的な生産システムが作られると同時に、都市部への人口集中なども始まったに違いない。それに伴う大規模の住宅郡の開発、そして疑問、何やら今と変わらない話のような気がする。

2009/5/27

午前中は昨日の野田の家の打ち合わせを受けてプラン検討。都市部ではなかなか買うことのできない広い土地に対してどのように建物を配置するかのバリエーションは次第に絞られてきたので、その中でのプランの可能性を探る。外構も含めて設計することで、外部にも居心地の良い空間が作ることができるだろう。都会ではなかなか手にすることのできない贅沢だ。

先日庭に柿の木を植えた。以前はここに枕木のテーブルがあったのだが、夏の日差しをさえぎる緑がほしくなって、せっかくなら実のなる木をということで柿を選択した。思ったより小ぶりの木が届いたので柿がなるのはいつのことやらという感じだが、そのうちには願いがかなうことだろう。

夕方よりジュンク堂に買出し。ヴイオレ・ル・デュック「建築講話」「今井兼次・建築創作論」「マッキントッシュの世界」購入。

2009/5/25

月曜日の朝礼。各プロジェクト進行状況等の打ち合わせ。

朝礼終了後、所沢の家の現場に中村とともに出発。今日はセルフビルドでベランダデッキ材のレッドシダーにキシラデコールの防腐剤を塗布するお手伝い。このキシラデコールの塗装はほぼすべての現場でセルフビルドで行っているが、これこそ誰でもできるセルフビルドの代表格のようなものだろう。10時過ぎ現場に到着後、庭に散乱していた材料を片付けて早速作業を始める。さすがに暑くなってきたようで、作業を始めるとすぐに汗が滴り落ちてきた。このセルフビルドのお手伝いというのは運動不足を解消してくれるという点でも、現代人にとっては良い健康法のひとつだな、などと考えたりしながら作業を進め、13時ごろ終了。

下は、所沢の家リビングに設置した階段の様子。クライアントの趣味に合わせた設計を進めているのだが、人に優しい住宅、そんな表現がぴったりのすばらしいリビングができたと思う。色や素材へのこだわり、そんな感覚がこの空間を生み出している。徐々に引越しをしながら住み始めていく予定だが、しばらくして落ち着いたころの完成写真を撮らせていただくのが本当に楽しみな住宅である。

2009/5/23

午前中、横浜市港北区にて家を建てたいというMさん打ち合わせ。

午後、調布にて仙川の集合住宅併用住宅のYさん打ち合わせ。いくつかの賃貸部分に対する計画を提案したものの、個数を増やすようにとの申し出を受ける。確かに2部屋だけというのではちょっと物足りなかったか。再度検討してみよう。

2009/5/22

日中、野田の家スタディー。昨日までの作業が大体まとまりつつあり3つのパターンのプランが出揃ってきた。大きい敷地に余裕を持って建てる住宅だけあり配置計画をしているとさまざまなアイデアが浮かんでくる。その中でも、シンプルな箱型プラン、T字型プラン、L字型プランに的を絞って、1/100ボリューム模型を作成してみる。大方の道筋は付いたので、来週の頭にはプレゼンできる状態になりそうだ。

大宮の家の進行チェック。9坪の建築面積しかない住宅だけあって、すでに内装工事にさしかかろうとしている。写真は2階吹き抜けの様子。大きな開口部には引き違いの建具が収められる予定だ。天井の下地が組み終わり、骨組みが終わって、断熱材を入れたら、いよいよ壁が貼られることになる。今が一番現場の状況が変わるとき。大工さんと連携をとって細やかに対応していかなければならない。

今週で最後の時事通信社コラムとなった。毎週のコラムというのはなかなかの作業である。週末までに考えをまとめなければならないというのは大きなプレッシャーだが、まあいつも考えていることだからできるのであろう。推理小説などを書く作家などはいったいどんな頭をしているのであろうか。空想の世界を手に取るように描写する能力にはほとほと感心する。私には到底できないな。とにかく、良い経験であった。機会を提供してくれた時事通信社の岩楯さんには心より感謝したい。

2009/5/18

月曜日、朝一番は恒例の朝礼で始まる。10時過ぎ、川口市済生会病院にて診察。以前受けた手術もこれでほぼ完治となった。

午後、事務所にて仙川の集合住宅併用住宅の設計スタディー。このプロジェクトは仙川駅の近くにRC3階建て程度の集合住宅とオーナー住居を設計するというものである。延べ床面積は60坪から70坪程度になる予定で、まずは家賃とプランの関係などをつかむためにいくつかの賃貸パターンを組み立ててみることとした。近隣の不動産屋さんからの家賃情報なども参考にしながら計画を進めていく予定である。

2009/5/16

今週末が川口市長選挙と市議会議員の補欠選挙ということで町中がなんだか騒がしいムードになっている。まあ結果がわかっているような選挙だけに、興味を持つ人は少ないだろうが選挙の運動をしている人たちにとってはそんなことは関係ないようだ。ここ数年間でこの町は大きく様変わりした。そしてその変化する方向性を決める人が、地方自治体の首長であるということもすでに知っている。しかし、集合住宅が乱立し、人口が増加し、町の主幹産業が衰退していく様子は、必ずしも首長の意思だけではない。どうにも抗うことのできない経済の波、それにもまれながら町は変化していくものなのだと思う。そしてその中にも、自らの信念に沿ったオリジナリティーをちりばめてゆくことが町の特徴を作り出していく。いま、この町は成熟期に向けたスタート地点にいるような気がする。大きな変化はもういい。本当に住みよい町を作るための地に足の付いた政策を期待したいものである。

午前中、期日前投票。そして近所でやっている祭りに顔を出す。ここでも市長候補に出う。

14時、草加で家を建てるNさん打ち合わせ。土地探しを行っていたのだが急ピッチで良い土地が見つかり急遽昨日の契約となった。近くに鉄塔が建っていると言うことで周辺よりもかなり価格が低く設定されているようで、まさに希望の地域に希望の住宅を作ることができそうな展開になってきた。こういう出会いこそまさに運命的なものだろう。特に最近は土地の価格自体かなり下がってきているようなので、取得するには逆にチャンスのようである。景気不景気、どちらに転ぶかまったくわからないものではあるが、このように良い方向に進んだ話を聞くとちょっとほっとする。

17時、打ち合わせキャンセル。

19時、新入社員面接。またもや早稲田大学の後輩ということでなんとなくの仲間意識を持ちながらの面接となる。やっぱりなんだかんだ言って後輩はかわいいものだ。

2009/5/14

午前中は時事通信社コラム作成。作成後初めて掲載された新聞がFAXにて送られてきた。初掲載はなんと大分合同新聞ということである。自分が書いた文章が新聞という紙媒体で世の中に発信されるという感覚をはじめて味わうのだが、このホームページによるものとはいささか違った印象を受けた。まず、新聞というのは当たり前のことだが私の自由にはならない。編集者が興味を持ってくれて初めて掲載される。そして、この日記のように過去を振り返ることも通常はできない。その日にたまたまその新聞を見ていただいた方のみが、このコラムを読むことができる。なんだかちょっと運命的なような、人と人との出会いに似ているような、そんな感覚がある。まあ、この後どれだけの記事になるのかはまったく判らないところではあるが、随時知らせてくれるということなので首を長くして待つことにしよう。

夕方、野田の家設計打ち合わせ。今回の計画は南向き6m道路という最良の条件を持つ典型的な敷地条件である。まずは想定される部屋を含むボリュームをランダムにおく作業から手を付ける。ほとんど規制のない敷地であるので、最良のパターンを探す作業をしてみよう。

2009/5/12

午前中、仙川の家打ち合わせ。もともとは調布に土地を購入し設計を始めていたのだが、ここに来て仙川駅の近くに土地を買い換えることになった。今回はその新しい敷地をクライアントのyさんと一緒に拝見し、今後のプロジェクトの進行について打ち合わせをした。このように土地を計画段階で買い換えるということはめったにあるものではないが、本当に納得のいく家作りのためにそれが必要となれば、妨げるものではないだろう。これまでにも、敷地が狭すぎるということで隣地を購入した事例もある。

計画地の近くを歩いていると、安藤忠雄氏による建築があった。この建築は計画道路によって分断された敷地に建っている。道路の両側に建つ安藤建築は計画道路によってできた新しい町並みを構成している。駅前の雑多なエリアとは違う独特の雰囲気を漂わせる気配は感じたものの、まだまだ空きテナントが目立つ様子というのはいまひとつの状態。やはり町並みというのは建築という背景に人が入ってこそのものだなあとの感想を得る。

2009/5/11

昨日ゆっくりとしたおかげで5時過ぎに目覚める。6時、事務所にて芝刈り。久しぶりの芝刈りでビニル袋いっぱいの雑草やら芝やらを集める。いよいよ暖かくなってくるとますいいの庭も活気付いてくる。今年は枕木階段のあるスペースに柿の木を植えてみようと思う。桃栗3年柿8年というが、何年後に食べることができるのだろうか。桜に続き、季節の楽しみがひとつ増えることだろう。

そういえば、今朝久しぶりにツバメを見かけた。何年か前にはもっと頻繁に見かけたような気がするが、最近はその存在すら忘れてしまうくらいに見かけることがなくなった。軒の無い住宅を作る私達の責任もあるのかな、などと反省をしてしまう。

8時30分、朝礼。各プロジェクトの進行状況打ち合わせ。

続いて、所沢の家階段手摺最終チェック。こちらのほうもいよいよ完成間近の状態である。金曜日には手摺を取り付けて石膏ボードの最終仕上げを行う予定だ。そのあとは壁の仕上げと進行する予定。来週末にはクリーニングを行わなければいけないので最後まで急ピッチで進めていかなければならない。

2009/5/10

午前中、のんびり過ごす。

午後より行動開始。昨日上棟した西立野の家の現場チェック。さすがは上棟工事の専門職人集団だけあって完璧な仕上がり。鉄骨の柱というイレギュラーな状況にも無難に対応したようである。

続いて、先日のNさんが購入を検討している野田市の土地見学。豊かな自然に囲まれている大変環境の良いところ。計画地は中規模の分譲地で、周辺の土地ではすでに新築工事が始まっている。すでに住んでいる方もいるようであった。

17時過ぎ帰宅。

2009/5/8

今日は西立野の家の土台敷き工事を行っている。朝一番で現場に向かうと現場では東京ビケ足場の職人さんたちがすでに足場を組み上げた中で土台敷きの作業を行っていた。現場で1時間ほどの打ち合わせをして帰社。

13時、野田市で家を建てたいというNさん御夫妻来社。偶然にも私の愛車と同じワーゲンゴルフに乗っている方でなんとなくはじめから気が合うような気がしてしまう。そういえば数年前に建てた伊奈の家のWさんが乗っているゴルフを見て、私もゴルフ乗りになったんだっけな、なんてことを思い出してしまった。Nさんの車は故障が少ないといっていたが、私のほうはといえばこれまで何度整備工場に入院してしまったことか。うーん、これは運が悪かったのかな。

夜、石山修武氏「建築が見る夢」読了

2009/5/3〜4

連休を利用して一泊で長野県にある入笠山に出かけた。私の通っていた早稲田大学付属中学・高校の所有する山小屋の隣にある入笠小屋という小屋は以前からいつか泊まってみたいと思っていた。始めてこの山に来たのは中学3年生のころの林間学校。それ以来、山岳部の合宿やOB会など事あるごとに訪れている。

山での生活といってもここは車で30分ほど曲がりくねった急坂の山道を走ると富士見町に出ることができる。冬は一般車両通行禁止ということだが、バスは入ることができるのでほぼ一年中町とのパイプはつながっている状態だ。とはいえ、やっぱり山の上、通常の都会の生活とはまったく異なる。ここの小屋の主は小間井さんという72歳の老人だ。奥様と二人で切り盛りしている。

小間井さん、朝起きるとまず私達宿泊客の食事の支度をしてくれた。食事の支度の前にもし何かをしてくれていたとして、私には知る由も無いのでここからしか書くことはできない。食事を終えるころ、外から「丸のこ」(電動のこぎり)のうなる音が聞こえた。どうやら小間井さん、早速セルフビルドの工事をしているようだ。何でも上側の写真に写る白い窓の部分は小間井さんが自分で工事をして増築したということである。大工に頼んでもいいんだけど、こっちの言うとおりにやってくんないからな!といっていたが、このセンスをわかってくれる人はなかなかいないだろう。周りの風景にしっくりと溶け込んでいるこの建築は、なかなか造れるものではない。

子供達は、リビングの暖炉に薪をくべることが本当に楽しいらしい。山歩きをしている時間を除いて薪拾いとその薪を暖炉にくべることに徹していた。2歳の子供までがまねをしていたのでちょっとひやひやしたが、これもまたなかなかできない経験である。庭には大量のまきを保存するための小屋がある。周囲の木を伐採してはここに保存するということである。

リビングの内装も小間井さんの自由な発想による作品がふんだんにおかれていた。ラワン合板で作られた家具はなんともいえない味がある。うねる天井も、無理やり収められている建具枠やガラス枠、普通では考えられないようなものなのだけれども、何とか機能は果たしているのだ。冬には大量の雪が降る標高が2000m近い高地に建つ小屋の機能をである。外部との隙間はいたるところに空いている。隙間風なんてものではないくらいにきっと風も入ってくるんだろう。でも、暖炉をつけるとそんなことが気にならないくらいに暖かくなるだろう。そもそも山小屋にいて冬にTシャツ一枚ですごそうとする人もいないだろうし。

それにしてもこの建築はなんてロマンに満ち溢れていることか。多少ガサツでも良い。人の手のあとが感じられる。材料を何とか利用しようとする工夫のあとが感じられる。そしてきっととんでもなく安くできているんだろうということも予想できる。

大量消費社会や行き過ぎた金融主義の限界を感じるような出来事が起きて、何か社会が変わるのかなと思ってみれば、麻生内閣は赤字国債を大量に発行して公共事業に投資するらしい。このような流れになることは大体予想されていたことであるが、貨幣という価値をばら撒いて、物を大量に作り上げ、消費することでしか人間は幸せになれないのだろうか、などという青臭いことを本気で考えてしまうほど私の心も小間井さんのロマンに浸っていた。ここにはいわゆる社会から離別することでしか手に入らない自由とそして苦労があるだろう。銀座で生まれ大学を中退し山にこもった小間井さんはきっと何かを求めていたに違いない。当然予想される多くの苦労の中で、でもその中でしか味わえないものを手に入れたんだろうなと思う。

2009/5/1

朝一番、大宮の家現場管理。無事上棟を終えいよいよ大工さんの工事に入る。9坪の家ということでおそらくものすごいスピードで進んでいくことだろう。現場の進行を止めないように、詳細図の作成や材料の発注などを進めていかなければならない。

続いて蓮田の家の現場管理。こちらのほうは外壁の杉板下地やモルタルの下地などを施工しているところ。写真は正面の軒下の様子。深い軒に守られる玄関部分は居心地の良い場所になりそうである。

 

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