増井真也日記

略歴
免許登録番号 1級建築士 建設大臣登録 第290771号
1997年早稲田大学理工学建築学科卒業
2001年戸田建設株式会社退社
2001年ますいいリビングカンパニー主宰

「日本の住宅はどうしてこんなに同じものばかりなのだろう。」というのが私が設計を行うようになったきっかけでした。住宅はそれぞれの家族が自分たちのこだわりに合わせて自由に作り上げていくものだと思います。他の工業製品と違い工場での生産が出来ないということからも、本来は個別のデザインが許されて良いはずなのです。
しかし、現実には建築条件のない土地の取得の困難さという問題や、かつてのずさんな工事による工務店の衰退にともなう工業化住宅の発展によって画一的な住宅ばかりが作られるようになりました。
このような中で、今一度住宅の設計を一つ一つ丁寧に行い、そして工務店として作り上げる。その活動こそが個性あふれる豊かな住宅の生産につながると思っています。そして、そのこだわりを実現させるデザインが豊かな街を作り上げていくでしょう。
私は川口の町で生まれ、川口の町で育ちました。住宅を作るという活動を中心としてさまざまなデザインを街の中にちりばめ、この街をもっと魅力的に変化させ、魅力ある街づくりに貢献したいと考えています。

2009年

12月

2009/12/21

午前中、八潮のリフォーム工事の打ち合わせ。見積書の作成など。

午後、現場でのごみ処理についての打ち合わせ。建築現場と言うものは大量のごみを発生する。特に既製品を用いないオリジナルの家作りの現場においては、どうしてもごみが発生しやすくなる。この量をどうしたら減らせるかの根本的な対策を考えなければいけない。発生してしまったごみをいかに再利用するかの工夫はすでにしている。例えばあまり木工房での材木ごみの配布、そしてダンボールなどの資源ごみの分別、こういった取り組みでもひとつの現場あたりで1立米くらいの再利用にはつながっているだろう。

難しいのはごみを出さないようにする工夫である。こういうことに目を向けると、建築のモジュールや家具などの寸法の話になってくる。既製品のベニヤ板でちょうどとることが出来る寸法の家具を作るなどの設計は、画一的でない家作りにおいては実行することが中々難しい場合もあるのだ。

2009/12/20

日曜日、これまで打ち合わせを進めてきた川口の家の御主人が日曜日しかお休みを取れないと言うことで9時30分より打ち合わせ。普段はお休みと言うことで、非常にゆったりとした時間の中での打ち合わせとなった。こういうのんびりとした感じも中々良いものだ。電話もならないし、これと言って用事もないし。

終了後、子供をつれて近くの公園に。娘の連続20回逆上がりをみて、私も鉄棒で逆上がりに挑戦。何とか出来はするものの予想以上に苦しいことに驚く。体重が増えすぎていることをひしひしと感じる。それにしても子供は身軽だ。鬼ごっこをしていても長期戦になると1年生と3年生の子供達に捕まってしまう。

久しぶりの公園に行ったのだが、子供が少ないことに驚いた。日曜日の昼下がり、いったい子供達はどこにいるのだろうか。この川口市は人口が増えている。家庭の数も増えていて、特に私の家の近くは大型マンションにあふれんばかりの子供達がいるはずなのに、公園には一人もいない。まぶしいばかりの青空の中、外で遊ばない子供達はいったい何をしているのだろう。

2009/12/17

午前中事務所にて打ち合わせ。15時ごろWAVE出版面代さんと作家の榊さん取材。何でも年収200万円からの家作りについての本を出版されるそうで、その中の事例として、さんかくの家の取材をしたいとのことであった。年収200万円からの家作りというのはどういうことなのか。これに対する答えが、私の家つくりに対する考えともマッチしているので面白い。

つまり、この200万円と言うのはいわゆるキャッチであって、それに特別なこだわりがあるのではないと言うことである。

以下は編集者の面代さんからの手紙である。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本書の趣旨は、決して安く家を買おうというものではありません。 タイトルに「年収200万円からの」とうたっているのは、普通はそこで家を手にする のをあきらめているからです。 年収の問題ではありません。 「あきらめてはいけない」ということ。 そして、「幸福をお金で買ってはいけない」ということ。 訴えたいのはこのふたつです。

多くの人は、自分の予算で手の届くギリギリ上限の家を買おうとします。 モデルハウスも広告も、そこに家族の幸せや未来、豊かな生活があるかのように演出 します。 ハウスメーカーが悪徳でも悪いわけでもありません。 幸福をお金で買ってはいけないのです。いえ、本当は買えないのです。 自らの頭で考え、苦労をして人との出会い(自分の家づくりを手伝ってくれるパートナー)を求めるべきなのだと思います。 そして、手を使って、自分でできることは自分でする。 お金を使わずにできることからしか、幸福、居心地の良い暮らしは手に入らないのだ ということ。 すると、家に使うお金は少ないほうが幸福度は高いのだと言えるのではないでしょう か。

ただ、安ければいいというのではありません。 「安い=貧しい」ではないということを示したいのです。豊かさはお金とは関係ないのだということです。 それを人が人生でもっとも大きなお金をつぎ込む「家」で言えたのなら、これは多く の人を勇気づけるのではないかと考えます。ひいては、貧しいと言われてしまう日本の住宅文化を少しでも豊かにできればと思っ ています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の会社には、こういう「諦めない家作りをやりたい!」と言う強い考えを持つ方々がクライアントとしてやってくる。私の思うローコストもただ安ければいよいというものではないし、値段だけの勝負で言ったら県民共済の家で良いではないかという話になってしまうのである。でもそうじゃないでしょ、となったときにパートナーとして真剣に家作りをしてくれる、そんな存在であることを目指している。出版が楽しみだが、本が届き次第ご紹介したい。

2009/12/15

なんだか世間が騒がしいと思ったら、中国の要人が来ているということだった。都内では至る所検問だらけで大渋滞の様相。それにしても最近の新聞を読んでいると中国の話がよく出てくる。私の仕事には直接あまり関係はないのだが、経済の問題として考えるとアメリカ中心の世界の体制が崩れるとともに、中国の台頭が目覚ましくおこったわけで、そこに日本がくっついていくことは避けられないのであろう。9,11以降の世界の体制の変化が、ようやくわかりやすい形で見えるようになったというところだ。

そういえば東京がオリンピックに立候補していたころ、福岡も手を上げていたのを覚えているだろうか。その際に福岡は

「歴史的には東シナ海を中心にして、ひとつの文化圏がつくられてきた。近代になってその沿岸はいくつかの国家に分割されているとはいえ、政治的経済的さらには観光催事を含む文化的交流は盛んになされている。このような関係の組み立てられている領域は、地政学的に<東アジア共同の家(コモンハウス)>とよばれる。中央は海、その沿岸に重要な港のすべてが位置している。日本列島の中にあって、九州はこの<東アジア共同の家>の領域に所属し、その東隅にある。当然ながら、経済的文化的交流がさかんになされている。九州はこの<東アジア共同の家>の一員であることを強く意識して、沿岸諸都市とも協力しながら、各種予選会場をこれらの都市と共催し、2016年のオリンピック招致の準備をしたいと考える。10年後には、共同の家中心の居間である海上に、観光リゾート、さらには、新型の催事船の就航も予定されている。予備選を沿岸諸都市で行い、催事船では練習を続行しながら航海し、博多湾の停泊埠頭に到着することさえできるだろう。<東アジア共同の家(コモンハウス)>の一拠点としての博多湾の地政学的な利点が、こんな海を手がかりにする企画によって可能になる。」
石山修武研究室HPより抜粋

と言うコンセプトで計画を進めていた。この計画の旗手は世界的建築家である磯崎新氏、そしてますいいの顧問でもある石山修武氏である。

この福岡の立候補のコンセプトを思い出してみても、また鳩山さんの言う東アジア共同圏の構想を聞いてみても、日本が中国抜きに今後の経済活動や文化活動を行うことはありえないのであろうことはすでに明白である。街を歩く中国人の数も以前よりはずっと多くなったし、観光地やお土産店で出会う人の数も多くなった。何せ人口が正式に何人いるのかさっぱりわからないような国である。さらに成長すれば、日本など飲み込まれてしまう勢いであろう。

コモンハウス、共同圏、どちらもユートピア的においのする理想的な言葉である。争いなく、東シナ海を囲む国々が共存共栄できるとするならばそれほどすばらしいことはないであろう。しかし、考えてみると中国と言うのは数多くの火種を抱える国でもあることも事実だ。中華人民共和国の国旗の中心に輝く大きな星がそれを象徴しているわけであるが、いわゆる中華思想というものに対峙しながら共存共栄を目指すには、日本なりの強い姿勢も必要であろう。

先日息子と小学生向きの坂本竜馬の本を読んだことを思い出した。言うまでもなく島国日本は、周りを海で囲まれ鎖国を続けてきた国家である。それがゆえに、国民に強い外交意識と言うものはない。私にもない。こういうことは一部の政治の世界で進められている事であり、世間の意識には浸透してこない。と言うより意識しない。今確実に世界の体制が変わろうとしている。そして私達もその中にいる。かつてのそんな時、この国には坂本竜馬がいた。さて、現代の坂本竜馬はいったい誰なのであろう。

2009/12/14

月曜日、いつも通りの朝礼を行う。朝礼終了後、川口市の安行にある家具屋さんに工場見学。4人ほどの職人さんがいるこじんまりとした工場の中には、まさに制作中の収納や演台などがあった。これまで造作家具の製造工程を見たことがなかったので、私を含めて一緒に行ったスタッフ4名ともども、大変良い刺激になった。

家具はある芯材に表面の仕上げ材量を張って面を作り、それを組み立てることで箱になるわけだが、その芯材の寸法の規格や表面材の規格寸法を知っていて図面を書くことができれば、コストダウンにつなげることができるであろう。また、同じ川口市内に工場があるということで、打ち合わせを綿密に行うこともできるわけで、その打ち合わせの中で様々な工夫をすることもできる。今後のコラボレーションに期待したい。

10時過ぎ帰社。続いて川島町の家の打ち合わせ。現段階では究極のローコスト住宅に挑戦ということでコストの概算をつかむ作業をしているところである。どれくらいのオーバーが予想されるのかもう少しでつかめるだろう。今回のこの住宅はますいいとしては実験的にローコストの限界に挑戦している。総工費1200万円での注文住宅。一見不可能、というより不可能としか言いようがない価格ではあるのであるが、非常に今日協力的なそしてパワフルそうなクライアントと一緒になんとか実現できないかの夢を追いかけているところである。できるかできないか分からないが、既成概念を取り払った最低限すむことができる箱、そんな形を追求したい。

2009/12/13

今日は縁あって靖国神社に参拝をした。これまでも何度か訪問したことはあったのだが、正式な参拝と言うのは今回が初めてのことであった。待合室で待っていると、神社の中に招き入れられ、お払いをした後に参拝を行う。参拝と言っても戦争でなくなられた方々の御冥福をお祈りするわけであるが、これはこの国に生きる人間として当然のことであるような気がする。当然のことをなぜこれまでやったことがなかったのか。考えてみると不思議なものだ。

私が受けた戦後教育の中で、日本はアジア諸国を侵略した罪を犯したと言うどちらかというと罪の意識を教えられてきたように思う。そしてその戦争犯罪を犯した人が祭られている場所を参拝すると言うことは、小学校などの社会化見学にもなかったし、中学でも高校でも同じであった。ちなみに広島の原爆ドームは修学旅行のメッカである。でもなぜか靖国神社には学生服を着た学生さんがあまりいない。

戦争や国家と言うものに対する意識と言うのは育ってきた過程で何らかの教育を受けなければ、自然と身に付く類のものではないであろう。なぜなら平和な現代社会の中で生活の中で自然と感じることは不可能だからである。今普通の暮らしの中で、国旗を目にすることはほとんどない。戦争を意識することもない。この国の独立や逆に独立の危機を感じることもなければ、何もないのである。せいぜい言うのであれば、北朝鮮の拉致問題とミサイル問題くらいのものであろう。でもそれも、ワイドショウで1週間報じられれば良いほうで、まじめのそれを教育してくれることはほとんどないのである。

中国に物を言える小泉首相のころには、靖国問題は大きな問題になった。でも今は親中派の議員が群れをなして訪中する時代である。靖国参拝などするはずもない。他国に言われる筋合いのものでもないと思うのだが・・・。まあ、私は右でも左でもない。ただただ御先祖様の御冥福を祈る機会を持ててよかったと思う。

2009/12/10

今日はRDRギャラリーでのお付き合いのある画家さんの依頼で、築年数70年の古い住宅の耐震補強工事の御相談に出かけた。70年と言うことでどんな建物かととても楽しみにしていたのだが、予想以上に趣のある和風建築でとてもやりがいのある建物になりそうだ。今日はとりあえずの下見と言うことで私と田村だけでの訪問としたのだが、次回は構造家との下見調査をして、その次に耐震診断と言う運びになるだろう。

このような建築を残していきたいという感覚は大変すばらしいものだと思う。そういう思いがなければ、日本の町並みの風景と言うのはすべてが工業化製品化した住宅だけになってしまうであろう。私達がいくら建築の保存を訴えたところで、そこに住んでいる施主が「壊してしまえ」と思ってしまえば、それで終わりなのである。今回施主が行政機関に相談したときに言われた言葉の中に、「壊したほうが早いんだけどな」という一言があったそうだ。耐震と言う観点で見れば確かに壊してしまったほうが早いし、どんなに補強工事をがんばったところで、新築のほうが強固な建築が建てられることは確かであろう。しかし、何とかして強度を出し、この建築の持つ長年の暮らしの中でしみこんだ魅力の中で暮らすことができたらどれだけすばらしいことであろうか。何とか良い方向に持っていきたいと思う。

2009/12/7

朝一番より池上とともに現場管理。まずは草加の家の現場にて捨てコンクリート打設後の状況を見に行った。すでに工事は完了し、職人さんたちは現場を後にしていたのだが、非常にきれいな仕上がりに満足させていただいた。「現場をきれいに」は現場にかかわるすべての人が常に意識しなくてはいけないことだが、なかなか難しいことでもある。こういうことをしっかりとやってくれる職人さんには心より感謝したい。

続いて東大宮の家の現場へ。週末の引渡しに向けて最終段階となっているが、セルフビルドが多い現場だけに若干補修箇所が残っているようである。セルフビルドだろうがなんだろうが最後まで面倒を見ることがますいいの基本。職人さんに指示を出すのとは違い大変な部分が多いが、何とかしなければいけない。それにしてもこの住宅は本当に細部まで洗練されて作りこまれている印象がある。画家の施主と山崎のコンビで作り上げたものだが、良いチームを組むことができたと言うことであろう。

2009/12/3

今日は東大宮の家のクリーニング。非常に複雑な大工工事も終わりを向かえ、いよいよ建具がつけられたり、仕上げの塗装が行われたりの雑工事を残すのみとなってきた。事務所にはこの現場に取り付けられる予定の手摺も搬入されてきている。これも非常に複雑で本当に無事現場で取り付けることができるのだろうかと心配になってしまうような手摺である。下の写真は蛍光灯の照明BOXだ。ちょっとピントがずれてしまっているのでわかりにくいが、これまた手作りのステンレスBOXで、この住宅のちょっと即物的なアクセントになっている。もうじき完成引渡しを迎えるわけだが、ぜひ完成写真をしっかりと撮影したい住宅である。

2009/12/2

今日は所用で東京に出かけた。久しぶりに見る東京は人人人の大混雑で、息苦しくなるくらい。都市部への人口集中は加速するばかりで、特に東京の昼間の人口集中はやっぱりすごいな。それに比べると川口市はのんびりしている。

以前戸田建設に勤めているころ赴任していた滋賀県はもっとのんびりしていた。何よりも人が少ないし、一番感じたことは空が見えると言うことだった。普通に立って前を見ていて、青い空がよーく見える、そんな場所が当たり前にあった。冬の空なんか、遠くのほうで黒い雲が見えると、それがだんだん近づいてきて、いつの間にか雪が降ってきて、そういう天気の変化を目で見て感じることができる感覚は今でも覚えている。

私は田舎が好きだ。川口市はそれほど田舎ではないけれど、でも東京よりは幾分かましだ。仕事は人生の大部分を占める時間だ。確かに人は生きるために仕事をする。でも、お金のためだけに働いていると言うのはやっぱりさびしいものだと思う。自分のやりたいことをやりたい場所でできたらな、そんな思いでこの会社をスタートさせたわけだが、やっぱりやってよかったと思う。

中学、高校、大学とずーと早稲田に通っていたので、東京への憧れはない。と言うより長い時間を過ごす中で、どちらかと言うと田舎のほうが性にあうことが確認できたほうだ。私の会社のスタッフ達はみな私のようなタイプの人間が多いように思う。そもそも、デザインや設計を職としていて、普通なら青山や白金などの勤務地が普通のところ、わざわざ川口市の会社を選んでくる時点で人間性の傾向がわかるものだ。

先日読んでいた本に、こういう傾向の人間はみんなウイリアム・モリスの思想の子孫である、と言うようなことが書いてあった。モリスの言葉の中に「そうした工場における労働は、重荷であるどころか極めて魅力的でさえある。最も喜びを求める年頃の若い男女は、楽しいパーティに出かけるように仕事に出かけるだろう。」と言う言葉がある。これは、悪条件の工場が増えることを批判して、もしも工場が自然の本性に従って美しくあり、樹木と庭園に囲まれていたら、みんなパーティーに出かけるように仕事に行くだろうに、ということを言っている。

ますいいの事務所は周りを山に囲まれてはいないけれど、でも川口市では珍しいくらいの自然に囲まれている。そして、ムクドリなどの変わった鳥も庭の虫を食べにやってくる。事務所の窓から見える景色には大変満足している。「明日もパーティーに出かけるような気分で仕事に行こう。」そして、スタッフのみんなもそういう気持ちでこれるような会社であることを目標に掲げよう。それが結果的には、良い建築を生み出す原動力になるであろう。

2009/12/1

午前中は事務所にて打ち合わせ。14時より調布の賃貸住宅併用住宅の打ち合わせ。今日は初めての見積もり提出となったのだが、やっぱり500万円ほどの予算オーバーとなってしまった。ここから建築の魅力を失うことなく、減額していく作業が大変だ。

今回の打ち合わせのもうひとつの出来事、それは3階のリビング部分のプランの反転作業だ。この建築の3階部分は細長い直方体の中に、キッチンやリビングそして子供部屋スペースなどが配置されている。そ捨てそのリビングスペースの上部には、吹き抜けがあり、そこには光を取り入れるためのハイサイドライトが設けられている。今回の変更ではそのハイサイドライトと吹き抜けの位置を東西反転させることで、より魅力的なプランを作ることができた。早速構造のほうにも反映させなければいけない。

17時過ぎ帰社。

そういえば先日設置したソーラーパネルが元気良く発電をし始めて3週間ほどがたった。こういうものは使ってみないと実感がわからないものだからと言うことで設置したわけだが、やはり予想通り発電量を見るのが楽しみになってしまった。消費電力よりも発電量のほうが多いときなどは思わずにんまりである。電気代の変化や、売電の量などのデータがわかり次第またホームページにアップしたい。

 

masuii living company| よみがえる家masuii R.D.R gallery| コンセプト| プロジェクト| 作品集
増井真也日記設計室雑感| 仕事の進め方 | お問い合わせサイトマップ