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8月
2008/8/27
午前中、浦和の家と青木の家のリフォームの現場管理。
浦和の家では築30年以上たつRC住宅の雨漏り補修工事を行っている。当時の防水層は新しいウレタン防水に生まれ変わり、これまで悩まされていた雨漏りも完全にとめることができた。今は長いこと水に浸され腐りかけていた内装の交換をしているのだが、古くてもなんとなく愛着がわく家である。庭の緑、高台の敷地、と恵まれた点が多いことも確かではあるがきっと初期の設計段階で入念な打ち合わせが行われたのだろう。生活のスタイルと住宅とがしっかりとかみ合っている、そんな印象を受ける住宅であった。
青木の家では現在内装のクロスの張替え工事を行っている。職人さんの都合で日程が遅れ気味なのが気になるところ。腕のよさは仕事の内容だけでなく、こういう約束を確実に守ってくれるかどうかというところにもよるものである。特に内装などの場合は天候を理由にはできないのであるのだから、意地でも守ってもらわないと困るのである。来週には、大工工事に入る予定。リビングの天井に板が張られ壁に石灰クリームが塗られると印象がだいぶ変わるだろう。仕上がりを見るのが楽しみである。
2008/8/23
午前中フロアリングの見積書が届いた。ますいいではこれまでフレンチパインという厚さ21ミリ、幅約150ミリ、の無垢材の床板を頻繁に利用してきた。この床板は価格も安く、製品としても安定していて、安心して利用することができるものである。風合いも松の柔らかい温かみのあるもので、思わずはだしで歩きたくなる大変心地のよいものである。しかし、今この床板の値段が上がっている。ユーロの高騰により以前はu当たり3500円ほどで購入できたものが、今では1.5倍くらいまであがってしまったのだ。同じ製品の値段が短期間に急激に変化するということはガソリンの価格の変化を見ていてももう鳴れたことではあるのだが、いざ実際に現場に反映されてくるとどうしても違和感を感じざるを得ない。
それに対し、当社では埼玉県の西川材と呼ばれる杉材の床板も利用している。こちらのほうはこれまでフレンチパインに比べるとちょっと高価な商品であった。フランスから輸入してくる松よりも埼玉県で取れる杉のほうが値段が高いということにこれまでどうしても違和感を感じてきていたのだが、最近はこの価格が逆移転してきている。というのもこの杉材のほうは最近の商品価格の改定の波にもまれることなく一向に値段が変化しない状況なのだ。
輸送コストを換算することにより、地産地消の考え方を導入するということであればより理想的ではあるのだが、今回は為替の動向によって結果的に地産地消の方がコストを抑えることができるようになったわけである。一工務店として、物の価格を変化させるような力があるわけもないが、納得できる品質と納得できる経緯の中で住宅に利用するための自然から恵んでもらう材料を購入したいものである。

杉の床板を貼った浜田山の家のリビング
15時、Kさん御夫妻とはじめての打ち合わせ。
17時、川口氷川神社にて上棟式の打ち合わせほか。
2008/8/21
朝7時、市川の現場上棟作業立会い。現場に着くとすでに大工さんや鳶さんたちの作業が始まり1階の柱が立てられているところだった。敷地は河川敷に面している。河川敷は国土交通省の管理地であるので、その敷地をお借りし作業することになった。
通常の現場からすると資材の置き場やレッカーの据え置き場などに困らない最高の条件での作業である。通行車両に気を使わなくてよいということも現場運営上は非常に楽だ。敷地の前に広がる何万坪もの河川敷をまるで自分の家の庭のように利用できるのだから、土地の条件というのはわからないものである。同じ値段を払ってもなかなかこのような好立地の土地というのは手に入らないだろう。東京周辺で暮らしているとなかなか大きな空を目にする機会がない。しかしこの現場には見渡す限りの空が広がっている。空のある風景の中で暮らすことのできる数少ない住宅ができることだろう。
12時、大方の作業のめどがついたところで事務所に戻る。
事務所にて船橋駿河台の家の確認申請作業確認など。

2008/8/19
中落合の家の現場では屋根作業が進んでいる。屋根は2重構造になっていて、内側の層にはネオマフォームという旭化成の断熱材を利用することになった。この断熱材は断熱性能が非常によく同等の厚さで比較すると通常のものより倍以上の性能を発揮する。その上には通気層を設けて、熱い空気を外部に放出するという仕組みである。下の写真はその断熱材の様子である。
住宅におけるエネルギー消費量については
・照明38%
・給湯29%
・暖房23%
・冷房4%
ということがいわれている。そのなかで夏の暑さ、冬の寒さをどのようにしのぐかについて工夫を施すことは非常に大切だ。
夏の暑さに対してはまず一番大切にしていることは、風の流れである。外部の気温が36度なんていう日はもうどうしようもないにしても、通常のちょっと暑い日であれば風の流れが体感温度をだいぶ下げてくれるようだ。風の抜ける道というと大げさではあるが、家の中に熱気のたまる場所を作らないことは非常に大切なことだと思う。
次に考えることは開口部の断熱性能である。夏の暑さを和らげる手段としてはレースのカーテンの設置や熱腺反射ガラスの採用、そしてルーバーなどの設置があげられるだろう。ひさしも夏の高い位置からの日差しを和らげることには効果的だ。土地の形状や全体的なデザインとの調和を考えながらの話にはなるが、カーテンくらいはどこでもつけることができるので対策をとることを薦めている。
そして、最後に気を使うのがこの屋根である。屋根は太陽光を直接受けるのでどうしても高温になりやすい。その熱をいかに外部に放出するかについては通気層を設けるなどの手段で対応するほうが好ましいだろう。写真に出ている断熱材は今後の年々にもわたって家の中に伝わる熱気を防いでくれることだろう。居心地の良さとは、空間のデザインによるものであると同時にこのような性能にも支えられるものでもあるのだ。

2008/8/18
盆休み明け初日。子供の体調不良により今年の盆休みはこれといってどこにも出かけなかったのだがそれなりに充実した日々をすごすことができた。渋滞、ラッシュの中わざわざ大枚をはたいて遠くまで出かけることの大変さを逆に思い知ったわけだが、ゆったりとすごすことのできる家というものを持つ幸せを感じた。
最近の住宅は小さな敷地に建てることが多い。土地の広さは広くても30坪前後というのが一般的だ。土地の価格、住宅ローンの設定などを考えた分譲業者が土地の切り売りをするときにまず目標とするのがこの30坪という広さであるので、多いのも当然だ。
狭小地で広い家は作れない。広い家が良いに決まっているのだが、広くすれば当然コストの問題もあるし、建ぺい率、容積率などの法規制の問題もある。しかし、そんなときでも設計で広く感じるようにすることが重要だ。住宅の広さというのは生活の中で感じる感覚によるところが多分にある。そして、その広さの感覚が居心地の良い場につながる。
下の図面は設計中のW邸である。約30坪の敷地に建つ家族4人のための狭小住宅である。玄関スペースを持たないこの家は、庭から直接、8畳の居間に入る。居間の中心には柱が立ち、そのうえには化粧垂木のまるでお寺のような大きな小屋組みを持つ屋根がのっている。庭とつながる視線、小屋組みの奥行き感が、8畳の居間を大きく感じさせるだろう。
その奥には一段下がって台所兼食堂のスペースがある。ここでも台所と食堂を切り離さないことで伸びやかなスペースを確保している。台所側からは椅子で、居間側からは座布団で利用できるテーブルを設置する予定だ。
私の場合、住宅を設計するときには、まず家族が集まる場を作ることを心がけている。心地よくすごすことのできる場は、家の中で営まれる家族の暮らしを豊かなものにしてくれるだろう。洗練されたシンプルな空間というものではなく、自由にアレンジすることの出来る自分らしい部屋というもののほうがしっくりする。この家の場合、それは大きな屋根の下だ。庭にはいくつかの植木鉢が並べられることと思う。緑を見ながら、柱の周りにゴロゴロ、ゴロゴロ。居心地の良い場があれば、盆休みにわざわざ渋滞の中へ出かける必要がなくなるのである。

2008/8/6
今日は中落合の家の現場で上棟作業が行われた。天候にも恵まれ、スムーズな作業が行われたのだが途中鳶の職人さんが転落するという事故が起きてしまった。幸いにも大事には至らなかったのだが、現場での危険作業である上棟工事の怖さを改めて思い知らされた。温暖化によって夏の現場の労働環境は非常に過酷なものになってきている。また、作業員の高齢化というのも心配な状況のひとつである。きつい労働だけになかなか若い職人さんが定着しないという状況の中、何とかしていかなければいけないことのひとつだろう。
18時福島の三春にて知人の通夜参列。滝桜という豪快な桜で有名な地で、戦国時代には伊達政宗に統治されていたということ。山奥の城下町といいうことで、多くの寺があり歴史と自然に囲まれたよい町であった。
23時、帰宅。往復600kmの運転にはさすがに少々疲れを感じた。

2008/8/4
朝家族を連れて世田谷美術館へ。今、世田美では石山修武氏の建築が見る夢展が開催されている。300枚に及ぶ石山さんの絵とさまざまなプロジェクトの模型が展示されていた。
石山修武氏はますいいリビングカンパニーの生みの親である。当時、設計する工務店を作りたいという私の思いを汲み取って会社の基盤づくりに多大なる知恵を注いでくれたばかりか、その後も顧問として名前を残してくれた。この奇妙な会社名も石山さんの考案だ。増井と石山の「い」をつけて「ますいい」。なんとも単純な名前なのだが一度この名前を聞いた人は必ず何で「い」が二つなのですかと聞いてくる。そして名前を覚えてくれる。「まずは名前を覚えてもらいなさい」そんな考えがあったのだろう。
石山さんはまさに前衛の建築家である。今の石山さんは環境問題が深刻化し人々の生活スタイルが変化を余儀なくされる20XX年を見ているのだろう。展示されている作品のすべてに現代社会から逸脱したユートピア的自立社会が感じられた。開発されるさまざまな工業技術を組み合わせることにより、環境負荷のない自給自足型の農村社会の可能性を探る、この可能性は人類の次のステージを表現しているものだ。今の日本の政治体制の中でこのようなユートピア社会ができる可能性は少ないだろう。しかし、みんなの心の中にある夢を建築を通して形にしたい、そういう思いが強く伝わってくるものであった。そして、屋久島などの一部の地域ではこの夢に似たような社会ができつつあることも事実である。
私が以前建築した屋久島の家は東京での生活を捨て屋久島に移住した夫婦のための住宅である。この小さな住宅の前にはその夫婦の妹夫婦も住んでいる。周りには同じように移住した人々がいて、それぞれの得意分野を生かして物々交換、半自給自足の社会コミュニティーが出来上がっている。島であるということでエネルギーは本土よりも高い。多くの家には太陽熱を利用した給湯設備が設置されており、ガスの使用をできるだけ抑える工夫をとっている。世界遺産となったこの島には多くの観光客が訪れる。その観光客が持ってくるお金を島の住民で分け合い、力を合わせて生活する、そんな理想的な社会なのである。

屋久島の家
2008/8/2
近所の市営住宅に行ってみた。ここは昭和38年に建てられたいわゆる市営住宅で、この先4年ほどで取り壊しが予定されている。現在では約半分が空き家の状態で新規の入居者の募集はしていない。現在の入居者はお年寄りが中心で、その入居者達によって庭先や駐輪場はきれいに整備されている。ごらんのように決して優れた建築とはいいがたいものではあるのだが、その丁寧に利用されている様子を見ると、簡単に壊してしまうことはもったいないように感じる。せめて取り壊されるまでの間だけでも利用することはできないものだろうか。

市営住宅の居室を眺めてみると、そこは狭いながらもヒューマンなスケールが感じられる。1階の和室をのぞいてみると広さは約6畳というところか。そしてこの時代の住宅には無駄のない真剣さがある。それは、限られた材料を使い、限られた予算の中で建築されたからであろう。ぎりぎりの基準を定めたところから醸し出されるスケールが、逆に心地よさを感じさせるのかもしれない。
最後にこの市営住宅がよいところはやはり1軒1軒に専用の庭があるというところだろう。庭付き1戸建てなんて今の時代なかなか手に入るものではない。しかし住宅にはどんな形であれ緑はあるべきである。庭がなければ出窓とか、リビングに置かれる植栽でもよい。しかしどうあっても緑は作らなければいけないと考えている。その緑の中でも最も贅沢な庭が、最低限の基準を満たす市営住宅にふんだんに用意されているのだから驚きである。市役所のHPを見てみるとここの家賃は15000円から34000円の間のようである。具体的な金額はその人の所得などの条件によって決まるそうだ。
低所得者層のための集合住宅となれば、その絶対数を確保しなければいけないのは理解できる。しかし行政が予算をかけて建て替えなくても社会にはすでに多くの建築が存在している。投資目的ではないのだから建て替えたとしても収益を出すことは困難だろう。それならば古くなった建築物を購入し市営住宅として再利用するような手法を採用してもよいのではないだろうか。この建築はすでに古すぎてまともな住宅としての機能を果たすにはぎりぎりのところに来ているようである。しかしこれはこれでまだ使いようはある。少なくとも10年は工房やアトリエ、事務所などとして利用できるだろう。すでに作られた建築をいかに長く使うか。そこに頭を使っていくことはとても大切なことのように感じる。
2008/8/1
今年もいよいよ8月になってしまった。一年の過ぎるのがだんだん早くなるのは充実している証拠だろうか。世間では原油価格の高騰が続いているが、建築資材の値上がりも後を絶たない状況だ。月に一度くらいのペースでさまざまな業者から商品価格の改定のお知らせが届く。電機の値段まで上がるというのだから尋常ではない。
さて、今日は中落合の家で型枠の解体を行った。コンクリートの打ち放しというのは型枠を解体するまでその成果がわからないのがもどかしい。打ち込まれたコンクリートは型枠に守られてじっくりと固まるわけだが、この時期だと大体中4日程度で型枠をはずす。するとしっかりと固まったコンクリートが顔を出すというわけである。下の写真はその現場の様子。しっかりと打ち込まれたコンクリートは予想以上によくできていた。めだったジャンカと呼ばれる隙もなく、色合いもよい、しっかりとした躯体が出来上がったようだ。打ち放しというのはやり直しが聞かない。それだけに一安心である。

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