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6月
2008/6/28
朝8時に事務所を出発し、所沢のN氏宅へ。N邸は以前Nさんが競売で購入した家で、図面もなければ確認申請もない。この家を耐震改修、そしてリフォームしたいということで今回は図面起しのための調査をすることになった。木造の耐震改修などを手がけている大沼氏とともに約2時間かけての現場調査。
大沼氏によるとこの耐震改修という工事は最近急激に増えたそうである。特に最近話題になっている小学校の耐震強度不足の調査などが多いということで、最近では木造の保育園などの耐震調査も公共の設計事業として依頼されるそうだ。まだまだ技術的にも普及していない分野ということで十分な経験を持つ構造事務所が少ないということだが、大沼氏は埼玉県の耐震診断の委員になっているほどの経験を持つ。
氏、いわく、「誰もが経験のないことをやることが大好き。そして、みんなが出来るようになると興味がなくなる。」ということ。こういうアグレッシブな精神の持ち主でないと、なかなか新しい分野の開拓者にはなれない。とてもとても53歳には思えないパワーなのである。
16時、川口で家を建てたいというOさんご相談。家作りについての一般的にお話をさせていただいた。18時ごろ終了。

2008/6/27
朝9時、5年ほど前に立てた船橋市にある木造2階建て住宅のペアガラスのメンテナンス作業。ペアガラスというのはガラスとガラスの間に約6ミリほどの空気層を設けることにより断熱性能を高めたガラスで、最近では住宅の開口部のガラスとしてもよく利用されるようになった。特に冬場の結露の防止には硬化を発揮してくれるようだ。昔の日本家屋になった障子も同じような効果を生むものだが、最近この障子があまり使われなくなったことが、ペアガラス普及の後押しをしているようだ。
このペアガラス、ガラスとガラスを接着しているのはゴム状の接着剤である。これが永久に持ってくれていれば、空気層に水蒸気が入ることはないのであるが悲しいかなこういう建材は寿命がある。するとこの空気層に水が入り込み、ペアガラスの間の空気層が曇ったり、水滴が付いたりしてしまうわけだ。今回のメンテナンスでは合計13枚ほどのガラスを交換することになった。
メーカーによると通常このガラスの保障期間は10年間だそうである。数年前にサッシの排水の構造の改定があり、それ以降のサッシにはこのクレームは少ないそうだが、それ以前のサッシではよくある事例ということもわかった。このような事例はますいいの中では始めてであったので、当初わけがわからず途方にくれるという感じであったのだが、まあ考えてみればこういう事故が起きるのも不思議ではない。なんせガラスとガラスを接着している材料に寿命があるのだ。いずれはほとんどのペアガラスがこのような状況になるのであろう。
さんさんと太陽の光を取り入れる、そのような風潮が開口部の面積を大きくしていく傾向を作り出す。そこでの快適性を確保するために空調や、ペアガラスなどのものに頼る。このような循環を少し見直す必要があるように思える。南側の庇は冬場の低い光を取り入れ、夏場の高い光線をさえぎる。また、計画的に開けられた開口部は風の通り道となり、住宅の内部を快適な温度に保ってくれる。自然のエネルギーを利用して、快適さを作り出すということに大切さを改めて感じるとこの出来る一件であった。
18時、川口で趣味の小屋を建てたいというKさん打ち合わせ。少々面積設定にミスがあり再度打ち合わせを行うことに。50平米以上の面積を確保して住宅ローンを利用して行うという大前提を無視した提案をしてしまった。もちろん予算を考慮しての対応だったのだが、大前提の中で計画しなければ進むはずもなく、もう一度プレゼンすることになった。
2008/6/21
11時、越谷の家打ち合わせ。今日は久しぶりにお父さんを交えての打ち合わせとなった。大方の同意にまでいたったのでいよいよ実施設計を完了し、概算見積もりに入る。小小予算オーバー気味の感があるので心配である。
16時、川口に土地を購入して家を建てたいというFさん御夫妻打ち合わせ。まだ家作りについて考え始めたばかりということなので、これから本格的に土地探しを始めることになるだろう。この段階で相談していただくと、土地についてのアドバイスなども出来るので建築の設計のときに非常に助かる。土地というのは同じ広さであっても、用途地域や高度地区などの制限によって建築できるものがだいぶ変わってくる。そういうことを理解して購入できる方は良いのだが、なかなか難しい。土地と家はセットで考えないと、施主も建築家もあとで苦労する。ここら辺が不動産を一緒にやっているメリットなのである。
夕方、大工の草間さん、水道屋さんの関さん、電気屋さんの佐々木さんとスタッフ一同でバーベキュー。会場は鳩ヶ谷の家。関さんは鳩ヶ谷の家の施主さんである。今ではますいいの水道工事をやってもらっている。家作りが縁で、仕事のお付き合いになった。これからも良いお付き合いを続けていけるだろう。それにしても小小酔っぱらった。関さんがあそこまでからんでくるとは・・・。

2008/6/20
午前中、事務所にて各プロジェクト打ち合わせ。
15時、WEBマガジン「コラージ」編集長の塩野さん来社。なんでも川口の町を取材されるということで、親戚の木型屋さんや鋳物屋さんをアーティスト向けのギャラリーに改修して利用している川口アートファクトリーにご案内した。
夕方「川口の街とはどのような町か」、について考えた。
「享保13年(1728)の見沼代用水路の開さくによる舟運・陸上交通の整備に伴って商品の流通が盛んになり、今日の川口の発展の基となる種々の産業が起こりました。鋳物産業は、江戸中期以降は技術の確かさと江戸市民の需要増大によりますます盛んとなりその数もさらに増えて発展の一途をたどりました。また、承応年間(1652〜1655)に安行の吉田権之丞によって始められたという植木や苗木の栽培は、明暦3年(1657)の江戸大火によって焼野原となった江戸へ、植木や草花を供給して以来発展しました。さらに幕末期には、織物・釣竿が江戸を中心に商品として進出するようになりました。当時の川口町は、今の本町1丁目と金山町を中心に300戸ほどの家が集まっただけの小さな町で、現在賑やかな川口駅前や栄町・幸町付近は見わたす限りの田畑や湿地帯であったといわれています。明治末期には鋳物工場が150軒ほどになり、荒川や芝川を利用しての原料や製品運搬が行われましたが、その後川□町駅・新荒川大橋ができると川口は鋳物産業を中心に飛躍的発展をとげ、「鋳物の街川口」の名は全国に知られるようになりました。昭和8年4月1日には、川口町・横曽根村・南平柳村・青木村の1町3村が合併し「川口市」が誕生しました。」
市役所のホームページにはこのようにかかれている。
もともと鋳物屋さんの町だった、といっても良い。現在はというと、その鋳物工場が次々にマンションに変り壮大なベッドタウンが出来上がった。バブル崩壊後の産業構造の変化から、このような地域で工場を営むことに必然性が失われたのだから仕方がない。
首都東京の発展とともに人口が増加し、首都東京での労働者の生活を支えることが主な役割となった地域が今後どのように変化することが出来るか。生活を支えるということを考えると、街自体が「我が家」のような安らぎを求められていると考えられる。家族が安心して暮らすことが出来、日曜日にゆったりとすごすことが出来、・・・。そういうことは行政の政策にも確実に現れている。事実駅前図書館や、ギャラリーの広場などここ数年で風景はがらりと変った。政策の視点は暮らすということにむけられているといってよいだろう。
しかし、人が暮らすということは均質な暮らしやすい町を作ればよいというものではない。均質な生活空間でよいのであれば行き着く先は培養カプセルである。超高層マンションを見ていると時々それが培養カプセルに見えることがある。特に夜の街に浮かび上がる超高層マンションの明かりが規則的に並ぶ姿は、不気味としか言いようがない。
すでに多くの人口を抱えるこのような街はたくさんあるだろう。そしてそのどれもが同じような表情をしながらも独自の色を出そうと必死に活動している。川口市が現在、何の脈絡もない映像文化都市を作ろうとしているのもそのような活動のひとつである。わたしは、このような状況下における町の文化を醸成する方法は一人ひとりの活動以外にないと考える。映像でもアートでもそれを作り出すのは人だ。その人が集まるような仕組みを町は積極的に取るべきだろう。川口アートファクトリーという鋳物工場のあとをアトリエとして貸し出すスペースがある。ここの家賃は面積を考えると驚くほど安い。アーティストはそこで人目や騒音を気にせずものづくりに没頭できる。この工場跡地はその存在自体がひとつの文化のようにも感じられる。アーティストが街を作るとは思えない。しかし、そのような街に根付く活動は、子供が家庭の環境で変化するように、そこに暮らすにとびとにも何らかの影響を与えるだろう。そしてそのような空気が町の文化に変っていく。
今この街には際立つ文化はない。しかし、それがこのまま続くかどうかはこれからの選択次第だと思う。

2008/6/18
朝10時、船橋駿河台の家の解体現場確認。すでに工事は終了していて、地面は綺麗にならされていた。建物が建っていたときは大きく感じたが、更地になると妙に小さく感じる。
11時、5年ほど前に立てた船橋の家にてペアガラスの調査。ペアガラスのガラスとガラスの間の空気層に湿気や曇りが発生してしまったということでYKKのガラス担当者の方と一緒に現場を調査した。話によるとサッシの排水構造の改良以前のものにまれに見られるトラブルのようで、ほとんどすべてのガラスを交換することに。住宅の現場にペアガラスが登場してだいぶ経つし私もこれまでさまざまな現場にペアガラスを使ってきたがこのようなトラブルは初めての例であった。
そういえば5月にギリシヤに行った時飛行機の窓や電車の窓が曇っていたのを思い出した。おそらくあれもペアガラスだろう。ガラスメーカーの保証が10年という。10年を過ぎたガラスの空気層の曇りはどうすればよいのだろう。ギリシヤの電車の窓のように曇ったままになるというのだろうか。そういうことを考えるとやっぱり普通のガラスで普通に過ごすことが出来る工夫をするほうが、人間の生活としては良いのかもしれないな。複雑な構造になればなるほどこのようなトラブルに見舞われる。われわれは物に頼った行き過ぎの快適性を求めているのではないだろうか。
2008/6/17
13時、蓮田の現場にて擁壁の根切り底確認。現場に着くとすでに土木業者さんが穴を掘ってくれていて一目でローム層とわかる地盤が現れていた。ローム層というのは火山肺が堆積して作られた地盤である。その中に含まれる鉱物がさびて赤い土になったということだ。一般的に盛土でないローム層は住宅の支持地盤として信頼できる。約5トンまで地耐力があるといわれているので、今回の擁壁の支持地盤としても信頼できるというわけである。結局今回の件に関してみれば、地盤改良も必要なかったし、地盤調査も結果的には根切り底の確認を行ったのみであった。コストはゼロ。運が良かったのである。
まあでもこれは運ばかりのせいには出来ない。長年住んだよく知った土地であればこそ、このように地盤の良いところを選択することができたともいえる。事実ここに関してははじめからみんなが地盤はいいよといっていた。そのまま鵜呑みにして工事をすることはできないが、なるべくコストがかからないように地盤を確認し、工事をすることはできる。ここら辺でどのような方法を選択していくかという判断は非常に難しい。
2008/6/16
午前10時過ぎ、共栄ハウス外束氏来社。地震波による地盤調査試験についてのレクチャーを受けた。通常の地盤調査にはスウェーデン式サウンディング試験という方法が用いられる。この工法は鉄の棒を地面にさしていく時の抵抗で地盤の固さを推測するものであるが、木造住宅のための地盤調査のような場合だと5ポイントで4万円前後という価格で行うことが出来る。それに対してこの表面探査法という地震波を利用した測定方法は少々お値段がかかる。しかし、より正確に測定できるということで地盤の固さがスウェーデン式の場合よりも正確に求められ、その結果スウェーデン式サウンディング試験よりも地盤改良にいたるケースが少ないということだった。つまり調査費用は高いけど、地盤改良にいたらなければ改良費用は安くなるケースが多いということ。これは設計者としてはどちらを採用するか悩むところである。
今回どうしてこのように悩んでいるかというと、蓮田の土地に作る擁壁の地盤調査をどの方法で行うか検討しているからだ。この擁壁の必要とする地耐力は5トンである。普通の木造住宅は2トンから3トンであるので、5トンというのは結構良い地盤でないといけない。この5トンという数値をスウェーデン式サウンディング試験で得ることが出来るかというとなかなか難しい。この試験方法はとにかくあいまいな部分が多いので、木造住宅程度の軽い数値であれば良いのだがこのように5トンを求めるような場合にはなかなか利用できないのである。
そこで、今回はこの地震波を利用した表面探査法に注目した。説明を聞いているとなかなか信憑性があり気分は採用にいたるまでにいたったのだが、最後の最後で問題発生。今回この工法の採用は見送ることに。構造設計の大沼氏と相談し結局最終的には根切り底の確認をすることにした。つまり実際に擁壁の底盤の下に来る地面の部分まで穴を掘って確認するということである。なんとも原始的な方法であるが、結局この方法が一番コストもかからず確実であろうということになった。明日はその調査の予定だ。ローム層が現れ、めでたしめでたしとなることを祈ろう。
法改正以降、この地盤調査、改良工事については法律上義務付けられているという状況である。すべての地盤について調査し、必要であれば何らかの補強対策をとる。大体どこの補強会社も保険会社と提携を結んでいて3万円程度で10年間の地盤に対する保証も得ることが出来る。住宅を購入する施主は地盤が傾かないという安心を買うことが出来る。
しかし考えてほしい。これまでは2階建て程度の住宅にこのような大げさな調査や改良は求められてはこなかった。その地盤を見て、基礎工事に際に割栗石などで地盤を補強する程度で家を建てていたのである。確かにいくつかの住宅は傾いたりの例もあるだろう。しかし、すべてがそうだったわけではないのだ。日本の法律はどうも、一部の悪例があるとすべてを規制する傾向があるように思える。それは合理的解決策かというとそうではない。一部の限られた悪例を厳しく罰するのは当然だ。しかし、そのような事例を発生させないために、モラル等に頼るのではなくがんじがらめに規制するのでは、同じ成果を得るために要する労力をいたずらに多くするだけである。
人が生活するための住宅を作る作業はなるべくならその豊かさを醸成させるための部分に多くの労力を費やすべきだと思う。そしてそのコストの多くもそこに費やすべきだろう。必要以上に地面を固め、それを壊すときにはいったいその固められた地面はどうすればよいというのだろうか。解体費用が今の倍以上かかるのは間違いないし、それは確実に大量のゴミになるだろう。
2008/6/14
今日は家族で葛西臨海公園に行った。観覧車、水族館、バーベキューと楽しむことには事欠かない大きな施設。子供たちも一日十分楽しんだようだった。水族館は建築家谷口吉生による設計。写真はエントランス付近の海につながる水盤。

2008/6/12
午前中。越谷の家の打ち合わせ。若干の変更希望について内容の確認などを行った。この家の設計には奥様のお父さんがかかわっている。奥様のお父さんはわれわれと同じ建築の設計を仕事としている。つまり、まさに自分たちで自分の家を考える、という状況なわけである。私たちのところに相談に来ていただいたときにはすでにいくつものプランを考えられていた。そして今もスケッチなどをいただく。あと数回の打ち合わせでまとまりそうではあるが、私たちとしても吸収できるところがあるのでこの打ち合わせを大切にしていきたい。
護国寺の家が完成した。20坪弱の土地にたつ小さい家だが、以前建てたさんかくの家と同様に小さいながらも居心地の良い良い家が出来たと思う。外壁の吹き付け補修に若干手間がかかっているようだが、まあ人の作業するものなので若干のむらは仕方がないだろう。雨風にさらされて次第になじんでくる部分なのでご容赦いただきたい。

2008/6/11
朝一番より、三鷹のリフォーム現場管理。セルフビルドで壁の漆喰塗料を施工しているのだがそちらのほうもだいぶ進行している。外壁の板金も張り終え足場もばらし、あとはセルフビルドの完了を待つのみ。それにしても予定に入っていなかった屋根の塗装工事までセルフビルドで行ってしまったこの家の施主であるSさんのパワーには本当に感心するばかりである。
続いて、三鷹の家の現場へ。この現場ではすでにRC造の2階屋上までの躯体工事を終え、いよいよ大工造作工事に入ろうとしている。まだサッシュが取り付けられていないが、時間の問題だ。延べ床面積100坪という広い住宅だけに、建築としてのボリューム感が少々大きい。まるで美術館の中にいるかのような感覚を覚えたが、天井が貼られ、床が貼られてくるとそれもだいぶ変っていくだろう。何もしていないコンクリートの塊の状態が一番美しいなどと思ってみてしまったりする。
12時過ぎ、中落合の家の現場管理。基礎の鉄筋工事の真っ最中ということで細かい打ち合わせを行ったのだが、なかなかしっかりした職人さんでほとんど変更箇所などはなかった。この現場ではJIOという検査機関の検査を受けることになっている。この検査機関がまるで役所並みに細かい。まあそれも建物のためということで、こちらもそれなりの対応をしているのだが、鉄筋の数センチのずれまで言われるとチョット困ることがある。

三鷹の家のコンクリート
2008/6/7
10時過ぎ、護国寺で家を建てたいというKさん打ち合わせ。なんでも敷地は先日竣工したばかりの護国寺の家のすぐ近く。護国寺の家の地鎮祭のときに依頼した大鳥神社の境内の裏というから、これまた運命を感じてしまう。住宅の仕事をしているとこういうことが良くある。たとえば千葉県での仕事について言うと、ほとんどない千葉県の仕事なのだが船橋だけは貝塚の家と船橋の家の2件を施工しているのだ。そして今は船橋駿河台の家も設計をしている。板橋区の赤塚についても同じだ。はじめのスタートはさんかくの家。そのさんかくの家のすぐ近くのマンションに住んでいたMさんが建てたのが4コハウス。そして今設計しているのがその4コハウスがある赤塚のすぐ近くにあるA氏の家である。現場は会社の顔とはよく言ったもので、立ち上がった家を見て近所の方が依頼に来てくれる、それは一番うれしい瞬間である。どんな広告よりもそれが一番なのである。
14時、浦和にて防水のメンテナンス工事をしているT邸現場管理。下の写真は防水をする前にその下地となるモルタルのはがれている部分を再度接着するためにエポキシ樹脂を注入している場面。20センチくらいの間隔であけられた穴から樹脂を注入することで、はがれかけているモルタル面と躯体のコンクリート面の間に広がった樹脂が接着剤となるわけである。それにしてもこの作業は気が遠くなるほど手間がかかる。簡単ではあるのだがこういう作業をズーットやるのは大変そうだ。
今回の現場は築40年近い古屋のリフォームである。古い鉄筋コンクリートの住宅だけれどきちんと設計されていて、たたずまいはなかなかのもの。これだけの家を今建て直すとなるとかなりの予算が必要だろう。今この家はご両親の世代が利用している。そしてそのお子さん世帯もこの家を住み続けるつもりということである。つまりこれからもまた40年位はこの家は使われ続けることになるのだ。いま、雨漏りがひどくなってきた。家の応接室の天井は雨漏りで天井が下がり、クロスははがれかけている。玄関先の軒天は傘でつつくと水が滴り落ちる。こんな状況でも何とかしなければいけないし、やってみれば何とかなるものだ。今回の防水工事をすることで40年は無理でも10年の雨漏りは防ぐことが出来るだろう。そして、保証体制から外れはするけれどその後もすぐに雨が漏るというわけではない。きちんとしたメンテナンスをすれば、古い家も吉永小百合になるのである。つまり人間の体と一緒ということなのである。

6時過ぎ、近所のリフォーム打ち合わせ。始めてご主人にお会いしたのだがなんと早稲田高校の先輩という。どこでどういう出会いがあるかは人生の楽しみの一つなのだが、同じ学校の先輩後輩というのはなんとも言えぬ一体感を感じる。特に高校や中学の場合はそうだ。なんといっても絶対数が少ない。共通認識のある古文の中村先生、今はどうしているのだろう。お土産に早稲田高校ご用達の中村屋のゲッペイをいただいた。胡桃のようなものの入った饅頭なのだが、かつて事あるごとに学校から持ち帰った懐かしい味わいを思い出した。
2008/6/5
朝8時過ぎに事務所を出発して、船橋駿河台の家の工事前の挨拶回りに。挨拶回りをするととしいではほとんどの家が留守で、あいさつ文を置いてくることが多いのだが、この路地はいまどき珍しくほとんどすべてのお宅が在宅していた。割と高齢の方が多いようだったので、きっとみんな昔から住んでいるのだろう。こういうところに引っ越すと近所のおじいちゃんたちが子供の素行を注意してくれたりなど、最近の社会では失われつつある地域ぐるみのお付き合いが出来るだろう。きっとW氏もこういう点に惹かれてこの土地を選んだのだろう。
19時、川口の安行にて趣味の場である鳩を飼えるガーデニング小屋を作りたいというKさん打ち合わせ。延べ床面積20坪の趣味の小屋を作ってそこでガーデニングなどを行いたいというなんとも贅沢なお話なのである。予算は設備を抜いて300万円程度。クラウンを買う金額で趣味の小屋。このプロジェクトは現代社会の都市型生活の中での余暇の楽しみ方という点で、非常に面白いものになるだろう。チョット面積が大きいので予算的に厳しい面もあると思うのだがそこはますいいのことなので、セルフビルドで何とかしてしまおう。
20時、社内ミーティング。さまざまな工事中のミスや各プロジェクトの進行状況などについての週に一度の打ち合わせ。同じ家はひとつもないけれど同じような施工方法はたくさんある。そういう仕事をしていく中で、ミスの経験も共有することが良い家作りをさらに進めていく秘訣と考えている。21時過ぎ終了。
2008/6/4
10時、調布に家を建てたいというYさん打ち合わせ。建築関係の写真家さんということで建築のことは非常に詳しいご様子。その中でも面白い感覚だなと思ったのは、「居心地の良い醸成された空間ではあるけれども、綺麗すぎずに、セルフビルドを取り入れて多少ラフなつくりにしたい」というところであった。「塗装や簡単な家具の造作はもちろんのこと、壁の板張りなどももしかしたら施工してみたい、そのために仕事を休んでもかまわない、それが自分の仕事にも必ずプラスになるだろう。」というようなことをおっしゃっていたが、確かに建築にかかわる方であれば、その経験はさまざまな場面で生かされることだろうと思う。
そういえば住まいの設計のライターさんのW氏も自分の家作りをモデルにブログを書くということを言っていた。いわゆる取材の枠を飛び出した自由な文書を書くことで、また何か違うことが見えるかもしれないということも聞いた。普段完成された様子を取材している中ではなかなか見ることができない部分を、自分自身の家作りという体験を通して体感したいという思いには共通点があるように思う。
13時過ぎ、蓮田の土地打ち合わせ。お施主さんの知り合いの地元の土木業者さんが一緒に同行していたのだが、造成計画に関してはおおむね意見が一致したようであとは予算次第というところにいたった。鉄筋の量やその形態を簡易的なものにすればコストは下がるだろうという提案もあったものの、そのような減額案を安易に受け入れることが出来るはずもなく、とりあえずこちらの提案どおりに見積もりをしていただくことに。下がその造成工事を行う予定の敷地写真。やっぱりきちんとやった方が良いに決まっているんだよなこういうのは。

夜、事務所にて雑務。
2008/6/3
朝9時、画家さんのN氏打ち合わせ。N氏は自分の家を自分で設計したいと言ってきた。話を聞いているうちにわかってきたのだが、どうやらコストダウンにつながるという思いと家に対する自分のこだわりを自ら表現したいという両方の希望から出た言葉らしい。
初回の打ち合わせでは、1階にアトリエとリビング、2階に寝室と子供室が配置された吹き抜けのある箱型住宅のプランを提示された。浴室と洗面室はどうやら忘れてしまったようだ。とりあえず思い浮くものを描いてみたのだろう。そこで私は浴室と洗面室を組み込んだ提案を考えてあげることにした。きっと次回はまた違ったものを考えてくるに違いない。
私のところへ来る施主は私の作品を求めるというよりもこのように自分の思いを形にしたいという願望を持つ方が多い。雑誌やホームページで多くの情報を取り入れられる現在、素人でも住宅の基本設計くらいは出来てしまう。まったく勉強しないでというのは無理としてもちょっと勉強すればプランくらいは描ける。
家作りは、人生の中でもっとも大きな買い物であり最も贅沢な遊びだろう。これほどの大金をつぎ込むにもかかわらず、何にどれくらいのお金が使われているか、どのような人が実際に手を動かして作ったのかも知らず、まるで車を買うように家を買ってしまう人が少なくない。家にかかるコストを紐解けば、一つ一つのものの値段は驚くほど安い。たとえば杉の3mの柱1本の値段はわずか3600円ほどである。それがヒノキになってもせいぜい5000円ほどだ。ヒノキの180mm角もある太い4mの柱をリビングの真ん中に立てるとしても、その柱の値段は産地によっても異なるが1本5万円ほどなのである。
最近の建売の広告などを見ていると、システムキッチン(食器洗浄機、ディスポーザー付)浴室乾燥暖房機付などという設備の売り言葉を良く見かける。しかしこれらにかかるお金も当然ながら売値に含まれている。なんとなく車の特別仕様車のようにお得感があるものの、不要な革張りシートのようなものであればいらないから値段を落として欲しいというのが本音なのである。
自分の家を自分で設計する。それは本当に必要なものを適正な価格で購入することを見極めるということだ。そして大きなコンセプトを建築家と一緒に考えるということである。
たとえ素人でも自分にとって必要なものを見極めることは誰でも出来る。そして、大きな家のイメージを考えることも出来るのである。この画家さんが考えているコストダウンはこの画家さんの判断で行われることになるだろう。当然私も出来る限りの助言はさせていただくつもりだ。
夕方、耐震診断の相談の件で構造家の大沼氏打ち合わせ。
夜、船橋駿河台の家のスタディーなど。
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