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2007/9/25
朝8時ごろ事務所に出社。すでに田村が現場に出ているようで、机の上にマンションリフォームの見積もりがおいてありました。そのほかにも業者の支払いチェックなどを済ませ、午後よりホームページの作成作業など。
夜、近所の居酒屋「たなべ」にて山崎、池上、田村と一緒に打ち合わせ少々。次第に話題は建築から外れてしまい、気が付いたときにはかなり酔っていました。11時ごろまで。
2007/9/24
今日は秋分の日の振り替え休日です。9月2回目の3連休。新聞記事によると、意図的に作られたこの3連休にも世間は意外と冷静だそうです。消費行動が増加するかと思いましたが、実際に3連休を取れる人がそうそうたくさんいるわけでも無いそうでして、アンケート調査によりますと、実際にはそれほど消費は増えていないというのが実態でした。
午前中は打ち合わせ準備など。13時より鳩ヶ谷で2世帯住宅を建てたいという方の打ち合わせ。14時ごろまで。
以降雑作業。
2007/9/23
今日は埼玉県立近代美術館「勅使河原宏展」を見学に行きました。
いわゆる良く見る「お花」とは違い、勅使河原さんの生ける花は型や常識を感じさせないものでした。悪く言うとめちゃくちゃ。でもその中に、研ぎ澄まされた美学が存在しているからこそ評価されるのでしょうね。
実はこの方、「砂の女」などの阿部公房作品を映画化した監督さんとしても有名です。ダリの絵画などのようなシュールレアリズムの作品も多く残しています。
私が最も興味を引かれたのは竹を利用した「茶の空間」作品でした。
竹というのは独特に雰囲気を作り出すことの出来る材料だと思います。どことなく和の雰囲気を感じさせ、一つ一つの線を太くも細くも出来、そしてしなやかに自由に曲げることの出来る、そんな竹を思うがままに使った作品は見ていて楽しいものです。
そういえば熱海にあるブルーノタウトの「日向邸」にもたくさんの竹が用いられていました。竹で作られた建具やまるで壁紙のように貼られた細い竹。でも今日見た勅使河原さんの竹はもっと自由で躍動感がありましたね。

2007/9/22
午前中事務所にて雑務。
午後は川口市で家を建てたいとの方との打ち合わせを行いました。へーベルハウスにしようか悩んでいるということですが、ますいいに頼んでくれるのでしょうか。期待して待っていることとしましょう。
夕方より大塚のゲシュタルト研究所というところで開かれた小会合に出席いたしました。この会合は主に精神医療の現場での薬物乱用に付いての警鐘をならすことを目的としているものでした。その中で印象に残っている薬の名前が『リタリン』というものです。
リタリンとは塩酸メチルフェニデートを主成分とする中枢神経刺激薬だそうです。ADHDやナルコレプシーの治療薬として用いられ、副作用として、体重減少・うつ症状・発達不全・中毒性精神障害などがあるそうです。
詳しいことは良くわかりませんが他の参加者のカウンセラーの話によると、小学校のカウンセラーさんが生徒にこれを飲みなさいといって錠剤を渡す例もあるそうです。もちろんこれは違法行為だそうですが、薬の危険性を知らずにもしくは、薬を売ることでの利益を目的としてこの薬が、あたかも人格を正常な方向に持っていく魔法薬のように用いられている現状には驚きました。
数日前の新聞に大きく掲載された記事を拝見しましたが、こういう現象はすぐに食い止めなければ大変なことになってしまうでしょう。
それにしても世の中には良くわからない現象が起きるものです。建築の現場でも建材から発生する化学物質によるアレルギーは今大きく取りざたされています。こういう問題も一昔前には聞いたこともないものでした。昔のつくりの家であればわざわざ言わなくても自然素材が利用され、気密性がそれほどないので自然と風が通り抜けていたものを、今のように気密性の高すぎる住宅の作り方が良いものであるとしたおかげで24時間換気扇を回していないと建築基準法に違反するとされてしまうようなおかしな現象が起きています。
もっとゆったりとした人間らしい暮らし方。住宅とはそんな生活を包み込むことの出来るやさしい場所であり続けたいと思います。
住宅とは住むための箱である、なんて殺伐とした考えたかがまかり通った時代が今のような現状を作り出してしまったのでしょう。
2007/9/21
最近へーベルハウスと比較されることが大変多くなってきました。
なぜでしょう。
理由は良くわかりません。
へーベルハウスというのは鉄骨造にALCという軽量の気泡を多く含むコンクリート版を金具て固定して作られています。つくりかたはおそらくこの方法ひとつしかないと思います。工場である程度まで規格化して作っていることと、認定工法として登録していることが理由でプランの自由度は余りないというお話を聞きました。
今回のお話の中でも敷地のラインに合わせた斜めの壁は配置できないということでしたので、ある程度の枠の中で選択していくという作り方になるのでしょうね。
それに対して、設計事務所での住宅の作り方というのは敷地条件やご希望に合わせそこにあるべき姿というものを際限なく探していく作業になります。構造の選定も木造や鉄骨造、RC造、混構造野中から最適なものを選定していきます。もちろん斜めの壁はだめですよというようなことはありません。
建築というものはまず大地に建てられるものです。そしてその場所によって条件は一つといって同じものはないのです。その場所だから、そしてこういう人たちが、家族が住むからこういう形になる。そのようなことが真剣に考えられた結果建てられるものだと思います。
たしかにハウスメーカーが急成長した高度成長期以降には、大量にしかも企画化され品質の管理されたものが作られる必要がありました。
持ち家の全国着工件数を調べてみると
昭和49年 66万戸
昭和54年 71万戸
昭和62年 56万戸
平成10年 43万戸
平成17年 35万戸
となっています。ちなみに旭化成さんが住宅事業に着手したのが昭和47年。
この時代、高度経済成長期の都市への人口流入による住宅需要の増大がおき、住宅生産の工業化は国家的なニーズとして考えられるようになりました。1971年第二期住宅建設五カ年計画によって、建設における工業化工法への関心が高まったことによってこういった工業化住宅を大企業が作るという動きがはじまったのですね。
しかし、それ以降の住宅着工数を見てみるとわかるように現在その時代と比べると年間に建てられる持ち家の数は約半分です。これからの家作りは住まい手のこだわりを、敷地条件を、その他さまざまな条件を丁寧に読み取り、丁寧に設計していくそんなスタイルが求められるでしょう。
現に建築家に住宅の設計を依頼するということはもはや一般的な選択肢となりました。
環境問題が叫ばれる現在、新築住宅を作るということはそれなりの責任があると思います。少なくともその家族がそして子供の世代までもが満足して暮らすことが出来るような家作りをしていく必要があると、私は考えます。
一人の建築家が建てることが出来る住宅の数はせいぜい生涯で400戸程度です。でもその400戸を生涯大切にしていきたいと考えます。
2007/9/19
午前中は事務所でばたばたばたばた。見積書のチェックや、プランにチェックなど冷房の聞いた部屋にいるというのに汗をかきかき仕事をしています。その中で皆様にぜひ知っておいていただきたいことと出会いましたのでご報告します。
造成地の中にはよくコンクリート製の擁壁で段々畑のようになっているものがあります。擁壁はその高さにもよりますが3m程度の擁壁の場合は2m程度の耐圧版がL字型に敷地の地中に入り込んできている場合がほとんどです。つまり地盤面から3m下には擁壁のラインに沿って2m内側までコンクリートの耐圧版があるわけです。
そこに家を建てようとすると家の基礎は擁壁の耐圧版にあたってしまいます。まさか擁壁に穴をあけるわけにはいきませんので、表層の1mくらいを地盤改良することになります。そしてその表層の改良された部分の上に家を建てることになるわけですね。木造住宅程度であればこれでよいですがコンクリート造などの重い住宅となるとこういうわけにはいきません。基礎を深くして、擁壁に荷重をかけないようにするなどまた別の工夫が必要になります。
このような土地は銀行の抵当権の評価額も少なく見られるそうです。でも上のようなことがあればそれも仕方がないのかもしれませんよね。土地の価値は周辺状況、景観、駅、・・・さまざまな要因が絡みついて決まります。その中でこの擁壁の存在もきちんと理解しておかなければいけないということですね。
昼食をとる暇もないままに今度は浦和にある埼玉県産連会館に訪れました。今日は建築工事請負契約の改正に伴う講習会です。今回の改正は7年ぶりになります。アネハ事件の影響がこんなところにも及んでいるんですね。
夜、先日プレゼンをさせていただいたお客様より再度お問い合わせがありました。へーベルハウスにするかどうかで悩んでいるということなのですが、ご連絡をいただくとやっぱりうれしいものです。すぐ近所の仕事なのでぜひやらせていただきたいですね。
今日は妻の誕生日。プレゼントは・・・それは秘密です。
2007/9/17
今日は所要で熊谷に訪れました。
熊谷市は江戸時代に、中山道の宿場町として栄えました。あの有名な安藤広重が描いた浮世絵「木曽街道六拾九次」の「熊谷宿」の場面に、当時の様子が描かれていますがさて今の状況はどうでしょうか。
駅前にはかろうじて平安末期を忍ばせるような熊谷次郎直実の像がたっていますが、それ以外にはこれといって町の歴史を特徴づけるような物はありませんでした。建築もまたしかり。駅前は大型のショッピングセンターが建設され、それとは反対側の歓楽街は風営法の影響からかさびれきって人もいないような状況です。
当時の宿場町がこれでは昔の人も悲しむでしょう。建築とは本来その土地に歴史や風土に根付いた物であるべきだと思います。技術の進歩とともに、また経済至上主義の蔓延とともに場所や風土を無視した建築とそれにまとわり付く看板が街を彩るようになっていますが、私たちが暮らしている中で本当に訪れたくなるような町というのはそのようなものではないはずです。
すでに作られてしまったものを壊すというのは忍びないこと。これからの時代にはこれらのすでにある建築物をどのように利用していくのかを真剣に考えることがわれわれ建築家の使命のように思われます。

2007/9/16
島崎藤村「破戒」読了。部落出身の教師がその身分を隠しながら生きていく中での苦悩や葛藤を描いた作品なのですが、読んでいると引き込まれるとても良い作品でした。。そもそもこの本を読み始めたのは、島崎藤村を記念した藤村記念堂を見に行きたいと考えたからです。設計者は谷口吉郎。以前山崎が見学に行ったときの話を聞かされて私もと思ったのですが、今冬には行くことにしましょう。

2007/9/12
11時ごろ昭和女子大短期大学の学生さん来社。会社の設立から現在の仕事の内容などについて細かくいろいろなことを訪ねていきました。なんでもアンケート調査が夏やすみの課題ということで、いわゆる社会体験をしなさいということなのでしょう。学生さんの間にしておいたほうが良いと思うことなど簡単に述べさせていただきましたが、ためになったのでしょうか。
引き続いて中落合の家、本町の家などのプロジェクトの見積もり調整と確認申請打ち合わせ。
混構造や木造3階建てについても一応の見通しは付いた模様です。これまで、許可を下ろす見通しが付いていない中での作業は大変なストレスとなっていましたがこれでもう大丈夫でしょう。きちんとした仕事の進め方をしていればこそだとは思うのですが、この法改正によって世の中の建設会社さんたちがみな真摯な姿勢で仕事に取り組むようになってくれればよいと思います。
2007/9/10
午前中は中落合の家の見積もり作業を山本と一緒に行いました。まだ完全には設計が終了していない段階ですが、建築基準法の改正により工事着工後の変更がなかなか容易には出来ない状況になってしまった今となっては、この段階でなるべく正確な予算をつかむことが重要になります。
先日読んだ日経アーキテクチャーによると大手ディベロッパーもマンション建設のスケジュールの中に見積もり調査期間と言う期間を2ヶ月程度設けるようにしているということが書かれていました。これも、工事開始後の変更が出来なくなったことに対する対策なのでしょう。
夕方、RDRの作品展示を見に行きました。いま展示されているのは南條敏之さんという写真家さんの作品です。この作品は水辺に写る太陽の様子を撮影したものです。物の姿というものはそれを見る状況や方法によって信じられない変化を見せるものです。特に写真というものはレンズを通して写りこむ過程でその姿を大きく変化させることが出来るので、これまで気が付かない美しい姿を切り取ることが出来ます。
この作品は太陽を見る方法や水辺という恒常的な形を持たないものに対して写りこむ太陽の不安定な姿を楽しむものであると同時に、偶然に出来たその文様を楽しむという面白さを持っているように感じました。
先日息子が工作教室から帰ってきたときに、小さな箱に穴を開けてその内側に薄い紙を貼っただけのいわゆるピンホールカメラのようなものを造って持ってきたときの事を思い出しました。このカメラを通してみた景色はすべてがさかさまになります。いつも見慣れた家の周りのぼんやりとした光景がさかさまに写っている様子を見ていると、それだけでなんだがわくわくしてきました。
カメラの面白さって、対象を思わぬ形に変化させることが出来るというところにもあるんでしょうね。

2007/9/8
朝一番から元郷のGさん宅のカーポート門扉修理作業。ガイコウ工事を担当する岡村ブロックの菊池さんと一緒に作業を進めました。車をぶつけてしまい壊れてしまった門の交換という簡単な作業でしたが、施主のGさんの作業に対する知識の深さに驚かされました。物を作るということが本当に大好きな方なので、きっとこういう作業についても経験的な勘で出来てしまうのでしょう。
12時、土呂に家を建てたいというYさんとの打ち合わせ。その土地の造成工事自体に対する不安の話になったのでこの点については週明けに調査することにしました。このような造成地を購入する場合はどうしてもその造成工事自体の精度に建築が左右されてしまうことになるのできちんとした調査をすることにしましょう。
2007/9/6
朝7時過ぎに事務所にきて田村と一緒にふじみ野の福田さんの家の現場に向かいました。明日、台風が直撃するということで今日のセルフビルド講習会はどうなることかと思っていましたがそれほどひどい状況ではないので取り合えず予定通り行うことにしました。現場に着くと、福田さんご夫妻もしばらくして到着。あらかじめホームセンターで購入しておいていただいたジョイントテープやパテ材を用いて早速作業を始めました。
まずはご主人にジョイントテープを貼ってもらいます。石膏ボードの継ぎ手の部分にガラスメッシュのテープを貼るのですが天井が高いこの家ではなかなか大変な作業です。続いて奥様にはパテを塗ってもらいました。なれない人がやるとたいていの場合は厚くつけすぎてしまいあとからそれを削り落とすのに大変苦労する場合が多いので、ここは念入りな指導をおこないました。なかなか上手だったのでこれなら問題ないでしょう。
近くのお蕎麦屋さんで昼食を頂、15時ごろ現場を後にしました。2階の洗面室とトイレのパテ処理も今日中にやっておいてくださいねと宿題を残してしまいましたが、無事完了したのでしょうか。

事務所に付く頃にはだんだんと台風の気配が強くなってきました。ますいいの事務所は前面に大きなガラスを使用していますので、台風の時には板を利用して養生を行います。出来上がってみるとこれはこれでなかなかという状態に。

後はそれほどひどくならないことを祈るばかりです。
2007/9/5
今日はホームページの中のコンセプトのページの手直しを行いました。これまでの画像を大きくして見やすくするとともに、最近要望の多い2世帯住宅についての記載を作成しました。
さまざまなライフスタイルがある中で2世帯住宅というのはなかなか多くの問題を解決してくれるすぐれた手段だと思います。まず何よりも住宅を建設する上で最大の障害である土地の価格を、すでにご両親が住んでいる土地を利用するということでゼロにすることができるというのが最大のメリットではないでしょうか。
日本の住宅の寿命が短い理由のひとつに、土地のコストがかかりすぎてどうしても建築のほうがおろそかになってしまうということがあると思います。2世帯住宅ではこの点を解決できることが少なくありません。
また集まって住むことによる複雑な人間関係の中での面白さもあると思います。
そんな思いをこめて作ったこのページですが、ぜひご一読下さい。
2007/9/3
月曜日。午前中は事務所にて支払いのチェックなどの雑務を行いました。
午後より、護国寺の家の見積もり作業。以前のプランより若干規模を縮小したもので、使用する材料や各工事の面積などを拾い出していきます。クライアントの希望する予算まで追いつくかどうかを見極めるところですが、各業者さんからの見積もりが出揃うまでもうしばらくかかりそうでした。
夜スタッフと話をしていると、11月にみんなで長崎に行こうかということになりました。長崎には今井兼次氏による日本26聖人殉教地があります。(下写真)以前よりいつかは行こうと思っていた地でしたので、今回の研修に採用することにしました。
この記念館は、当時布教を許されていたキリスト教を豊臣秀吉が弾圧する際に26人の信者を長崎で処刑した事件を記念するものです。設計者の今井兼次はアントニオ・ガウディら表現主義の建築家を日本に紹介したことで知られており、この教会はそのような思いを伝えるものです。では、詳細は行ってからのお楽しみということで。

2007/9/1
昨日は久しぶりに大学時代の友人の小野と山崎と一緒に食事をしました。7時30分に日比谷の日生劇場にて待ち合わせ。村野藤吾氏設計のこの劇場はチケットが無いと中に入ることはできませんが、ライトアップされたその雄姿は最近の建築と比べてもまったく遜色あるものではありません。逆にその優雅な曲線美あふれる装飾の数々には見ていて気持ちの良くなるものさえありました。今度来るときはぜひチケットを持ってあの貝殻をちりばめたホールの中にも入ってみたいものです。
さて、今日から早くも9月に入りました。8月の猛暑はいつの間にか和らぎどことなく秋の気配を感じさせます。昨日話題になった、岐阜県馬籠宿にある藤村記念堂を見学に行こうと心に決めて、今日は早速島崎藤村の破壊を購入してみました。藤村初めての長編大作ということで読むのが大変楽しみです。
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