
2007/7/21
土曜日の今日は横浜で講演を聞くことになった。この講演には櫻井よし子氏と高橋史郎氏の二人が参加していた。この面々を見ればテーマは大体想像が付いてしまうことと思うが、そう歴史問題である。細かい話は別として、この歴史問題について感じたことはこのようなことであった。
まず、何が正しい情報かなどということはわからないということだ。日本にとって都合の良い歴史とはなんだろうと考えればとってもわかりやすいが、他国を無視し、また事実を無視してそれだけを考えることは無意味な気がする。しかし、外交政策と結び付けて考えるとこの日本にとっての歴史という考え方も重要になる。どういうことかといえば、他国のプロパガンタによって意思をコントロールされていしまうような国民が多数いるような状況では強い外交政策をとった政治家はその政治生命を失うようなことになりえるわけで、そんなことが出来るわけがない。靖国問題もしかり。つまり政治と切り離していまの歴史問題を考えるとわかりにくい。結局のところ敗戦後、戦勝国によって作られた歴史教育というものがある時期になって国家の自立や強い外交政策と結びつきながら変貌を遂げるムーブメントとなることは必然のことなのだろう。その先導役としての両氏の活動は非常に大切なものだと思う。しかし、そんな中でもっとも大切なことはあくまでこの日本という国が平和主義であるということなのではないだろうか。
と、まあ柄にもなく歴史問題などに首を突っ込んでしまったのだがこういうことは知らないといけないことだと思うので今日はためになった一日であった。
そういえば先日現場から持ってきた余り木がもうなくなっていた。これはそのときに撮った写真なのだが、天井下地材の残りや、柱の切り落としなど注文住宅の現場では普通に発生するいわゆるゴミの集まりである。しかし、こういう材木、ホームセンターなどでは100円くらいの値段をつけられて売っているわけでまだまだ十分日曜大工程度には利用であるのだ。そこで、ますいいでは余り木を木箱に入れて近隣の住民の方々に無料でお配りしている。何を作ってくれているのかわからないが、こういうことも小さな環境対策になるだろう。

2007/7/19
今日は朝一番より与野の家の地鎮祭が執り行われている。こちらのほうには山崎と山本に参加してもらい、私は池上とともに赤塚の家の現場管理に向かった。最近の雨で現場に地下室には大量の水がたまっている。ポンプでくみ出すこと約10分。ようやく作業が出来る状態になった。作業といっても、肉体労働をするわけではなく、出来上がったコンクリートの躯体の精度を確認する作業を行った。具体的には各壁の通り芯を出し、ガラスやサッシが収まるかどうかなどのチェックを行ったのだが、大体いいところまで完成しているようだった。若干の手直し箇所があるようだがこれくらいならば現場の進行の中で対応することが出来そうなので一安心。これがその現場の様子。雨の影響で上棟作業がだいぶ延びているのだがいよいよ来週の月曜日には上棟できるであろう。
事務所に戻ってからは各現場の支払いチェックなど。

2007/7/18
午前中、先週打ち合わせしたY夫妻の家についてのミーティング。西側に川や公園があり見渡す限り大きく開けた敷地に対してどのようなプランを配置するか、またどのように西からの眺望を取り入れるかの検討をした。以前ますいいにいたスタッフの一人でノルゥエーのオスロに住んでいた山田に聞いた話なのだが、北欧では西日を大切な光として住環境に取り込むという習慣があるらしい。しかし日本では西日をさんさんと取り入れたのでは熱くて生活など出来なくなってしまう。西には西なりの開き方があるように思われる。今回のテーマは眺望を上手に取り入れながら勝つ生活環境を崩さないような工夫という点になるだろう。
よる、飯田橋の日仏会館というところで行われている難民映画祭に参加。この日仏学院というところにははじめて足を運んだのだがさすがにフランスらしく非常に雰囲気の良いところであった。下の写真がその建物だが、なんでもこの建築はコルビジェの弟子の坂倉準三による設計ということだった。施設は広く開放されていて、語学を教えたりさまざまなイベントを開催したりしているということで日本とフランスの橋渡しとしての役割を担っているのであろう。
今日はここで、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)による難民映画祭が開かれている。。難民映画祭は2100万人の難民の置かれている苦境に対する認識を高めるためUNHCRが年間を通じて行っている取り組みのひとつ。今回はその中のひとつであるリティー・パニュによるカンボジアの記憶への果敢な試みという作品を見た。この作品の中ではカンボジアの一人の少年の日常と未来を描くことの出来ない苦悩が描かれていた。昨年、カンボジアに行ったときと同じ風景がそこには流れていた。昨年見たカンボジアの人々の深い瞳が思い出された。

2007/7/16
午前中は台風の通過直後ということで久々の晴れ間がのぞいている。こころもちか空気がいつもより綺麗になったようだ。都会の汚れた空気を台風が吹き飛ばしてくれたのだろうか。3連休の最終日ということもあり町の動きもいつもよりゆっくりだ。車の音、通りがかりの人の表情、すべてがゆったりとした空気に包まれているようでなんとなくこちらの気分までゆったりとしてくる。たまっているメールを読み、返事を書き終わると、各現場の手配や打ち合わせをあわただしく行う。現場が動いているますいいでは祭日の月曜日も普通の月曜日も変わらぬ仕事が待っている。
ごごチョット時間が出来たので六本木ヒルズの森美術館へ出かけた。森美術館では今コルビジェ展が行われている。写真家の新良太さんに聞いた話では今コルビジェの作品を世界遺産に登録しようとする動きがあるそうだ。その流れとこの展覧会とはなんらかの関係があるのであろう。会場に着くとあまりの人の数に驚いた。まるでディズニーランドのようだ。入場券を買うのに10分も並ばなければいけない。そこからエレベーターで美術館のある界までひとっとび。本当にひとっとびという感じだ。あっという間に着く。このスピードにもびっくりしてしまう。最上階には東京を見渡すことの出来る展望台があった。これまたびっくり。これではまるでおのぼりさんだ。都会の学校に通っていたとはいえ、暇さえあれば都会を逃れ山に登ったり、オーストラリアの小さな島やアラスカに旅行していた私はこういう都会のスポットにはほとんど行ったことがない。どちらかといえば嫌いなので避けて通ってきた。でもたまにはいいな、こういうのも。
作品を見ている中でひとつ心に残るものがあった。それは下の教会の建築風景。未完の建築ということで最近建築されたのだが立ち上がっていく様子を写したビデオを見ていて何か心に響くものがあった。
家に帰りテレビをつけるとさっきまでいたビルのエレベーターが地震で止まっていたとの報道を見た。やっぱり都会は怖いな。もういくのはやめよう。

2007/7/15
夕方台風が進路をずらし、晴れ間が除くほどに天候も回復した。息子と二人で道を歩いていると目の前に大きな虹がかかっているのが見えた。絵に描いたような大きなアーチ上の虹に道行く人もみんな立ち止まっている。高校生くらいの男の子が携帯電話のカメラで撮影したり、60歳を過ぎていそうな老夫婦が虹のほうを指差して話していたり、こういう風景には誰もが感動するんだなと心温まる思いがした。
2007/7/14
午前中は知人の永瀬さんより紹介を受けた元郷のGさん宅訪問。車をぶつけて曲がってしまった門の修理の依頼であった。簡単で小さな工事ではあるが地元に根付いた工務店にとっては日々の生活の中で起こるさまざまなトラブルを解決するのも大切な仕事であるのでうれしい紹介であった。それにしてもこのGさん、銀行の支店長でありながらその風貌には似合わないワイルドな趣味の持ち主で、車やバイクの話でずいぶん盛り上がってしまった。ジンセイを通じて取り組むことの出来る趣味を持っている人はなんともいえない味が出てくるがこのGさんもかなり味わい深い人だった。
午後からは新しく家を建てたいというYさん夫妻の初回プレゼン打ち合わせ。今回が初めてのプレゼンであったが、第1案を見ながらなかなか充実した話し合いをすることができた。打ち合わせ終了後には八幡木の家の外観を見学に行った。台風が近づいているということであいにくの天候ではあったが建物の雰囲気をわかってもらうことは出来たと思う。
2007/7/10
今年の梅雨は珍しく本格的な梅雨らしくスカッと晴れる日がほとんどない。こういう天気の中で赤塚の家ではコンクリート工事を行ってきたのだが結果的には非常に良い結果をもたらしてくれそうだ。コンクリートにとって急激な乾燥というのはひび割れなどの欠陥につながりやすい悪い要素である。だがここまで、曇りの日々が続くとそういう心配はまったく必要なくゆっくりとした乾燥を行うことが出来る。これが最終的には出来のよいコンクリートにつながるというわけである。
庭の芝生もこの雨にはだいぶ喜んでいるようで最近よく成長するようになって来た。この事務所前の庭には住宅の基礎に利用する割栗石が隙間なく敷き詰められている。その上にまさ土を蒔き、芝生の種を蒔いた。昨年はまだそれほど成長するにはいたらなかったのだが今年はその生息範囲もだいぶ広がり、またわだちには敷き詰めた割栗石がかわいらしく顔を覗かせるようになって来た。
植物の成長は人間の手で自由にコントロールできるというものではない。まして車を止めるスペースとなると芝生の生えるところと生えないところの差が出てくるのは避けられない。その境目も自然と決まってくるわけである。さまざまな条件によって形作られたその自然な形、水の流れによって削られた部分から自然に顔を出す割栗石たち。こういう自然の造詣がとても好きだ。四季の移ろいや時間の経過とともに楽しむことが出来る住宅というのが本当に居心地が良い住宅なんだと思う。

2007/7/9
今日は草加の家の2年点検。10時に池上と一緒に黒木さんのお宅に訪問した。久しぶりに見るその家は竣工当初とほとんど変化することなく、綺麗な状態を保っていた。街道沿いの家ということで外壁にはガルバリウム鋼板を仕上げとして採用したのだが、色が黒だということもあり汚れはほとんど目立たない状態だった。内部に入ってみても壁の塗装のひび割れなどがほとんどない状態であったので、おおむね問題なしといえよう。細かい部分については何点かの補修事項があったが1日で改善できそうなことだけであった。
この家は20数坪の小さな敷地に建つ家としてシンプルな構造、間取りを出来る限り採用した注文住宅であるのだが、結果的にはそういうシンプルな家としたことが成功につながったといえるだろう。住宅というものは建ったそのときが絵になればよいというものではない。そこで長年暮らし続ける中で時間の移ろいとともに愛着が沸く、そんなものでなければ意味がないと思う。この家はきっとそういう家になってくれることと思う。
14時、構造事務所打ち合わせ。夕方よりホームページ作成など雑務。

2007/7/5
朝6時ごろ事務所を出て赤塚の家の現場に向かう。梅雨らしい天気が続く中でコンクリート打ちの今日の天気を心配していたのだが、梅雨の中休みということですばらしい天気になった。
7時過ぎから現場で準備をしていると、コンプラストの青柳さん、基礎屋さんの伊藤さんとその職人さん、ポンプ屋さん、型枠大工さん、そして土間屋さんが次々に現場に集まってきた。8時過ぎにはクライアントのMさんまで出勤前に現場到着。
20坪しかない小さな敷地の中でますいいの社員3名を含め総勢9名がそれぞれ一生懸命動いている。大体の準備が終わると9時過ぎにコンクリートのミキサー車が現場に到着。今日の打設数量は大体17立米程度ということだが、現場が小さいのと前面の道路が狭いために小型のコンクリート車しか入ることが出来ないこの現場では7台もの車の入れ替えが必要になる予定だ。
近隣の方々への迷惑を考えると非常に忍びないのではあるが、仕方がないので道路を通行止めに。作業が開始されるとみな真剣な様子でそれぞれの役割を果たしている。私も木槌を持って型枠の表面をたたく作業を行った。この作業はコンクリート中の空気を抜くための大切な作業できちんと行わないときれいな打ち放しにはならない。
12ごろ作業を終了して、みんなで食事を済ませる。これといったトラブルもなく綺麗なコンクリートを作ることが出来たと思う。まあ型枠をばらしてみないとわからないのではあるがこういう気分で悪いコンクリートが出来たことはこれまでに一度もないので大丈夫だろう。
下の写真がその様子。黄色いヘルメットが私です。

2007/7/4
午前中はホームページに関するアドバイスの打ち合わせ。今回は無料でコンサルティングを受けることが出来ることになったのだが、やはりプロの意見というのは参考になるようだ。午後はそれぞれの現場の進行状況、納まりに関する打ち合わせなど。
明日はいよいよ赤塚の家のコンクリート工事。朝も早くなりそうなので早めに作業を終えることにしよう。
2007/7/2
今年も早いものでもう7月になってしまった。仕事をしているとあっという間に月日が流れていくのは皆さんも一緒だと思うのだが、私の時間もものすごい勢いで流れているような気がする。
さてさて、現場のほうもなかなか順調に進んでいる。西新井の家の現場ではいよいよ上棟作業に取り掛かることが出来る段階になった。第1期から始まって今回の上棟は3回目になるのであるが、これをもって構造の組み立ては完了することになる。外回りのサッシの取り付けや外壁下地の工事も順調に進んでいるので来週には内装工事に入ることが出来るだろう。とはいえ今日は雨。現場作業で動いているところはない。赤塚の家の現場だけが型枠作業を行おうと大工さんが来たのであるが、こちらもあまりの雨に作業をするにはいたらなかった。まあ、天気の力には勝つことは出来ないので、のんびりと進めるるしかない。
予定では今週の木曜日にはいよいよ赤塚の家のコンクリート工事を行う。打ち放しということで非常に綺麗な仕上がりが望まれるこの現場では、スタッフ一同力を合わせた完璧な施工を行わなければならない。通常のコンクリート工事の場合は躯体に対して何かタイルのようなものを貼ったり塗装をしたりするのでそれほどコンクリート自体の仕上がり具合には神経を尖らせる必要はないのであるが、打ち放しの場合はそのコンクリートがそのまま仕上げになるわけであるのでその表面の平滑さや、色のばらつき、ジャンカと呼ばれる表面の穴などを作らないような施工が必要となるわけである。コンクリートはその施工によって寿命が大きく変わるといわれている。100年は持つコンクリートとなるようにがんばりたいところだ。